ちょいホラー味、かもしれない。
「…………?」
不意に感じた何かの気配に、彼女は手元の作業を止め、顔を上げた。
目の前に横たわる彼の様子に変わりはなく、しかし感じた気配はごく近く。
耳をぴくぴくとそばだて、見慣れた住処をぐるりと見回す。
「…………」
立てた耳が拾う音にも、目が映すものにも、異常を訴えるような何かは存在しない。
やがて気のせいかと思い至り、彼女は再び意識を手元に戻す。
「―――っ」
再び生じた違和感。それも今度は視界の端。
即座に振り向くとともに、感覚のあった辺りに手を回す。
しかし顔を向けたその場所に、何某かの気配は無かった。
「……??」
首を傾げ、何度目を凝らそうとも、薄明かり差し込む入口と、そこに繋がる土壁が広がるのみ。
住処の入り口からそう遠くない場所で作業をしているにしても、自分が振り向くまでの間に外へ出られるような距離ではない。駆け出していくような足音も聞こえなかったとなれば尚更だ。
何をどのように考えても、「誰か」や「何か」の存在を疑うには至らない。
「…………」
彼女の視線が天井と、それから足元に向けられる。
天井から零れ落ちた小石か何かが、たまたま視界の端をかすめたのではないかと。
またそれほど小さな何かであれば、落ちる音が耳に入らずとも不思議はないか、と。
自身の中でそのような解決を付けた彼女は、再々度手を動かし始める。
「…………」
彼女にとってその作業は、焦りはせずとも急ぐ理由のあるものだった。
ただでさえ最近
とはいえ
「 ? ? ? ? ? 」
再びの違和感は、これまでとはまるで毛色の異なるモノであった。
視覚……ではない。
聴覚……でもない。
嗅覚、触覚……彼女の
気付けば知らぬ間に片膝を立て、手に握っていた道具は地面に転がっていた。
口からは荒い息が漏れ、指先がぶるりと震える感覚すら奇妙なほどに遠く。
―――外に出よう。
「 !? !!? 」
浮つく頭から弾き出された命令に、全身が疑問を訴える。
されど残された意識が理解に追いつく暇も無く、彼女の脳は矢継ぎ早に指令を送った。
―――直ちに外に出よう。
―――出る。
―――朝が来た。
―――出るべきだ。
―――朝なのだから出るのは当たり前だ。
―――出る。
―――出なければならない。
―――外へ。
―――丁度出ようと思っていたんだ。
―――出る。
―――外へ。
―――出る。
「 ………… 」
いつしか、彼女は丸太の如き己の脚で立ち上がっていた。
住処の土床をゆうるりと踏み固めながら、背を向けていた入り口へと振り返り。
そのままズリズリ、ズリズリと、自らの身体を引きずるようにして彼女は歩き出す。
その視界の中央に、ただ
「―――っ!」
早朝の空、低空に浮かぶ陽の光が、薄暗い住処に慣れた目を炙る。
半ば反射的に上がった腕がそれを遮り、彼女の視界を影が覆った。
「…………!!?」
次の瞬間、彼女の頭を埋めたのは直前までの自身の行動に対する疑問の噴流。
何故ここに、何故、何の為に―――そんな思考の渦を宥めようとしていた彼女に再々度、そして今度こそは
―――強大な魔力の気配。
―――自身を害する敵意の存在。
度重なる驚愕に疲弊する己を叱咤しつつ、彼女は背後を振り返り……
まだ夜にも近い暗青色の空を背負う人影。
その手から伸びたシルエットの先に輝く、目の覚めるような黄白色の光。
それは夜闇に煌めく星のようで、また雲の彼方に揺蕩う月のようでもあって。
あたかも道を違えた旅人を牽引するが如き『灯火』が、彼女の眼を奪った。
「ォ……!」
理解に費やした時間は一瞬。
そこに渦巻く魔力の波動に、自身の本能が起こした行動の意味に、彼女はようやく気付く。
同時にその時間の浪費が、己が身を
「―――放て……【
……ああ、これは、知っている。
相手は『人間』だ。
それも、こちらを見れば逃げていく個体とは違う、『力』を持つ人間。
「ブゴ―――」
自身の喉から漏れた断末魔が途絶えるのが、何処か遠くに聞こえた。
視界を埋める光、「熱い」と思う間もなく『己』が消えていく、悍ましい喪失感。
「――――」
ああ、でも、
分からないままに終わらなくて良かった。
理解出来ない『終わり』でなくて良かった。
誘い出された先にあったのが、光に焼かれる『終わり』であってくれて良かった。
そんな想いを最後に、彼女の意識は輝く熱の中へと沈んでいった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
《……ロマン砲って、良いよね》
「……言わんとすることは何となく分かりますけど」
呟き合う私達の目の前にあるのは、首から上を爆散、もとい
たった今この惨状を作り上げた杖───命名【
……何をしたかと言われたらアレだ。この杖の機能の一つ。魔力
杖無しでもある程度は可能だし、この杖ほどでなくとも同機能を持つ物は幾らでもあるという。
それでもこんなに底無しに蓄積出来る代物なんて―――と彼女から色々所感を語られたものの、この世界の魔法というヤツに全く縁の無い私にその辺の感覚は分からん。誠に遺憾ながら。
私にとって重要なのは、ユズちゃんの手に非常に強力な攻撃手段が存在するようになったという一点のみだ。……時間さえかければだが。
そこで今回は、私が洞窟内に引き籠り中のオークを外に引っ張り出しにかかり、彼女は出てきた相手を狙い撃てるように崖上から照準を定めつつスタンバイ、という分担作業を試みたわけだ。
……図らずも杖名の元ネタに近い役回りが出来て満足、なんて思ってたのは内緒である。
そして結果から言えば、この作戦はピタリと嵌った。
私の【鬼火】(御札着火。なんか紫紅色に変わってた。何故に?)に気を取られて誘き出されたオークが洞窟から頭を出したその瞬間、溜めに溜められた魔力による火魔法が炸裂。当のオークは何かに気付いたように振り返るも時既に遅く、僅かの抵抗も許されぬまま無残な姿に。
正面から戦えばそれなりに苦戦するはずだったとのことで、楽な戦いになって良かった……と言って終わりにしてしまいたいところではあるのだが。
「……この杖の初陣が対人でなくて良かったと、心から思います」
《……さもありなん》
機能の確認はしていたし、威力の推定も───感覚任せではあれ───やってはいたんだけど、実際に撃ってみたのはこれが初めてだったんよね。
……ねえ、コレ使った魔法自体は───あ、やっぱり前に盗賊相手に撃ったのと同じヤツ?
これもう無双出来るんじゃ―――溜めに凄い時間かかるし対面からじゃまず無理? そっかぁ。
《……これほどの力をお持ちとは……流石はめがみ―――》
「いや、杖っ! 杖の力ですからっ、今のは!」
ユズちゃん、必死の弁明。
というか今また女神云々言いかけたやろ、少年? やっぱ人の話聞いてねえよコイツ。
全く何度も訂正してるってのに聞き分けの無い……と言いたいところなんだけど、これそういう問題じゃないかもしれんのよね。面倒な事に。
何がって言えば、わりと彼ギリギリなんだよ。その、『型崩れ』的な意味でさ。
進行抑えるべく彼女に憑依した時点で輪郭ぼやけてて……その影響だとすると責め辛いんよね。
……ま、その心配もここまでの話だ。
《ほら、いいからあんたはさっさと行くとこ行きなさいっての》
《え―――あ、はい。ありがとうございましたっ》
「んぅ……っ」
憑依状態を解除して、一目散に飛んでいくラビ少年。
……ふむ、少年が抜ける瞬間のユズちゃん若干えろ―――イエ、ナンデモナイデス。
《……いけるはずだよね?》
「ええ、まあ……オークの習性からすれば間違いなく」
《そっかぁ……んー……》
「……レイン?」
《いやぁ、何だか最近カルチャーショックって言葉が身近になったなぁと》
「……???」
首を傾げるユズちゃんから視線を逸らし、何ともなしに朝焼けの空を眺める。
いやはや、世界を隔ててもこの美しさは変わりませんな。無限に眺めてられる気がするよ。
…………。
……………………。
…………遅っせえな、おい。はよ出てこいや。
いや、ひょっとして何かややこしいことにでもなってるのか?
見た目には分からんところに傷でも付いてたとか。
《……ちょっと様子みてくるわ》
「え、あ、はい」
同じく朝日を眺めてたユズちゃんに見送られ、今は亡きオークの巣穴に吶喊。
おーい、少年ー。生きて……もとい、
「…………」
《まったく、返事の一つも―――ああ、なるほど?》
そんな私を出迎えたのは、適当に敷かれた草の上で横になっていたラビ少年、の身体。
光源の遠い巣穴の中でゆっくりと―――
《おはよう、少年。……ま、もう
Q. 杖名の元ネタ?
A. 日本三大怪談が一つ、『牡丹灯籠』より。
でも幽霊が家人に表に出てくるように仕向けた、ぐらいしか共通点無いですよ、レインさん?
Q. 御札着火版【鬼火】で誘き寄せただけにしてはオーク視点おかしくない?
A. さてはて……何でやろなあ()。
ところで牡丹の花って紫紅色が基本のようですね。……深い意味はありませんよ? ええ。