まだまだ続くよ設定紹介回。
こればっかりは二次作品に比べてどうしても長くなりますねえ。
―――さて、触る気があれば物をすり抜けずに触る事が出来るということは分かった。
私が馬車に乗れている事からも、これが単なる気のせいでは終わらないことが証明されている。
馬車の速度は私がふよふよ移動するよりは確実に早いので、置いてけぼりをくらってないということは、私に対して慣性の法則は機能しているという証左になる。
ひいては現世から私への干渉が行われていることになるからだ。
ただ、逆がどこまで可能なのかどうかは今の時点ではよく分からん。
現状、どれだけ力を込めても木の壁が傷付いたり軋んだりってとこまではいけそうにないし。
……商人さんの肩でも叩いてみるか?
いや、それで気付かれたら気付かれたで面倒な事になる気もする。
アンデッド系モンスターの存在する世界だし、ゴースト系モンスターとか言われて討伐の運びになったらやばそう。
そういう相手に対してこの世界の人間がどういう対処を取るかもさっぱりだし。
あと少なくとも『私』の記憶にはそういう事態に関する記憶は無さげ。
……オカルト系の物語ぐらいならこの世界にもあるみたいなんだけど、ヤーネ嬢は特にそちらの造詣が深いわけではなかったようで。
アンデッドモンスターについての知識も無いものかと探してみたけど、これまた微妙というか、これこれこういう名前のモンスターが存在する、程度。
まあモンスターの生態なんて貴族のお嬢様が興味を持つ分野ではないわな。
―――と、いうわけで荷馬車内部へと移動しました。ここなら今、誰の目もありません。
各種商品に加えて、旅に必要な水と食料なんかが積んであるだけです。
まずは私の手が現世の物体を動かすことができるのか、なるべく軽い物で実験してみましょう。
えー、何か粉物でも無いかなっと……。
…………塩か。
最初に見つけたのがよりによって、塩か。
いやまあ、商品としては普通よね。人間が生きるには絶対必要だし。絶対売れるし。
しかしなー、私って塩平気なんだろうか。
清めの塩とかいって浄化されたりしないか? いやいや私、悪霊ではないし……ないよね?
……まあ、日光についてもチェックしたわけだし、これも調べんわけにはいかんよな。
そろーっと手を伸ばして指先でつんつん……あ、触る意識忘れてた。もう一回。
……指先に粒が当たる感触、続いて小山がほんのちょっぴり崩れる感触。
すかさず手を引っ込めて確認……指先が欠けてたりとかしないね、うん。
続いてさっきつついた塩の小山を確認……ほんのちょっと、へこみが出来ている。
では今度は迷いを振り払って手の平ドーン。
……おおっ! しっかり手形がついたではないか。
手を離すと馬車の振動ですぐに均されてしまったが、まあええことよ。
これで日光に続いて塩も私を傷つけることはないと判明した。
そして何より、私が現世へ干渉が可能だということがはっきりと証明されたのだ。
ふっふっふ……一時はどうなる事かと思ったが、いいじゃないか転『死』ライフ。
面白くなってきたじゃないか。
次の実験は……物を持つ、持ち運べるかどうか、これだな。
先程も実験に使った塩を今度は一摘み……うん、いけるいける。
うわーこれ周りからしたら塩が独りでに浮かんでるんだろうなー……とんだ心霊現象だ。
……え、魔法がある世界ならこれぐらい普通? もうちょっと浸らせてよ『私』。
サラサラサラ……ってあれ、塩が落ちた。
私また気抜いて「触る意識」忘れてたか?
もう一回摘まんで……あれ、なんかめっちゃ疲れる……
―――疲れる?
おう、ちょっと待て、
私の身体に疲労とかいう概念あったん?
昨夜から完徹してるってのに眠気の一つも感じないんで、そういうのとは無縁かと……マジか。
休めば回復するんかな? ……掴んでた塩が落ちたってことは一回体力的な物が空っぽになったわけで、 もっかい掴んだらすぐ疲れたわけだから……本当に体力ゲージ的なモノだな、うん。
ちょっと休憩して―――もう一摘み、うん大丈夫。
あ、でも掴んでるとまたすぐ駄目だわ。……うわっ……私の体力、無さすぎ……?
……うん、固体については一旦これぐらいにしとこう。次は液体に挑戦だ。
というわけで今度は水樽の前にスライド。水も人が生きていくのに必須だもんね。商人に限らず旅人の荷物には多かれ少なかれ必ず水が用意されてるよね。
今は蓋が閉まってますが、商人さんが飲みにきたのを見てたから中身は分かってますよ。
閉まった蓋を開けるってのはハードル高いだろう。ウチ、塩一摘みで瀕死なもやしっ子やし。
けどまあ、開ける必要なんかないんだ。だって私、幽霊だもん。
というわけで樽の中にー、顔をー……そぉい!!
……うん、見える見える。若干水面が近いけどちゃんと見えるね。
どうでもいいけど今私凄い姿勢だな。誰かに見られたらやばいね。誰にも見えないけどね。
あれ、密閉した樽の中なのにしっかり見える?
幽霊の目は夜目がきくのか。まあ、きかない幽霊とか幽霊としてどうよ? ってなるな。
昨夜は月明かりのお陰で色々見えると思ってたけど、実際にはこっちだったんかね。
さて、予想通り水面に私の顔はうつってない。いやどのみち光源が無いから駄目か。
多分前世の顔なんだとは思うんだけど、本当に確認する手段が無いなー。
手形みたいに粉に顔突っ込んで型を取るとか? ……それで分かるのは魚拓的なアレだな。
まあこれもそのうち何か考えるとしよう。
気を取り直して実験開始。まずは水面をつついてみる。
しっかり波紋が生まれるねえ。馬車の振動で常にふるふる揺れてはいるけど、それを踏まえてもちゃんと分かる範囲。
では次は手形を……あれ、なんか硬い?
……水の表面張力ってやつか。硬貨を浮かべるぐらいにはあるんだっけ。
続いて一掻き掬い取る。……まあ、この辺も塩と一緒かなー。
掬った手を素早く樽の外に出す―――樽の内壁で水は置いてけぼりになった。当たり前か。
んー……ひとまずはこんなもんか。
始めは触れると分かってれば『私』の埋葬も私がやったのに……とか思ってたけど、この分だと人ひとり入れる穴を掘るとかとてもじゃないが無理だったね。何日かかったやらだよ。
……しっかし、昨夜調べた時も地面やら草やら『私』の腕やら触ろうと思って手足を伸ばしたと思うんだけどな。
あの時触れずにすり抜けちゃったのは何が悪かったんだろうか?
成りたてだったから上手く力を使えてなかったとか? ……今となってはもう分からんね。
あとは体力―――うーん、体力って呼んでるけどどっちかっていうと『霊力』?
いやそんな高尚なサムシングかなー……まあいいや、暫定的に霊力で。
これをもうちょっと色々出来るように鍛えることは出来んもんか。これじゃ奴らを殴るどころか毎晩枕元で髪の毛を一本一本抜いていく程度の嫌がらせが関の山じゃないか。
…………とりあえず『私』の恨み返しの第一案はそれにしておくか。
もう少し何か出来そうなら適宜更新ということで。
霊力―――体力的なものを鍛えるとなると、持久走的な?
使って、疲れて、休憩して、また使って……を繰り返してれば何とかなるかな?
後は動かすのに霊力をあんまり使わない物質とかないもんか。
霊体と相性の良い金属とかテンプレファンタジー世界にならあってもおかしくはないと思う。
そうと決まれば、手始めにこの荷馬車の中を片っ端から調べてみようじゃないか。
彼がどの程度の商人なのかはともかく、それなりの種類の物質を調べることができるだろう。
日光や塩の他にも幽霊の弱点になりそうなものがあったら早めに調べておきたいし。
というわけで後は目に付いた物体から順繰りに持ち上げていこうかね。
それから持久力&出力上昇目指してブートなんちゃら(幽霊式)開幕だ。ワンモアセッ。
―――疲れた。そして何というか……腹が減った。
空腹もあるのかよ、私。幽霊なのに。
……いや、空腹とかなんか違う気が。『食べたい』という感覚があるわけではないし。
そして空腹感(仮)を感じ始めるようになってから、霊力の回復が遅くなったような。
使って休んでを繰り返す内に許容量というか上限が上がったような気はするんだけども、疲労が消えるまでの休憩時間が加速度的に伸びていった。
始めはほんの数秒休めばまた粉を掴めるようになっていたのに、今では十数分はかかる。
……『何か』を補給しろと身体が訴えている。
しかしその『何か』が分からん。
目の前には食料も色々とあるが、これを食べる気にはならない。
そもそも摘むのが精一杯の現状で『食べる』とか絶対無理だ。
……ぼんやり構えているが、これは転死ライフ始まって以来の危機ではなかろうか。
このままこの空腹感(仮)を放置していたら私はどうなってしまうのだろう。
餓死(仮)? いや(仮)で済むのか、これ?
じりじりと迫る焦燥感を紛らわすように、さっき見つけた小麦粉をぺたぺた触る。
握ればすぐ固まるはずの小麦粉が、手の中でさらさらする感触がまさに新感覚だ。
上限の増えた霊力を一気に使って一塊掬い上げ―――
「…………えっ」
《おおうっ?》
荷馬車に入ってきた商人さんと目が合った。
……いや、そう感じたのは私だけだ。私の姿は彼には見えないのだから。
ついでに私の口から漏れた情けない声も彼には聞こえていないはず。
彼の目が見ていたのは、一瞬前にどさっと塊が落ちたように見えた小麦粉の袋だ。
「…………」
訝し気に小麦粉の袋を覗き込む商人さん。
私が表面に付けた手形は馬車の振動で逐次消えている。
ぺたぺた触っていたといっても、私の手から皮脂だの埃だのが付くはずもないので、衛生的にも問題は無いのだよ。
「……気のせい、か」
そうそう気のせい気のせい。
ここには貴方がさっき水を飲みにきてから、今また入ってくるまで誰も入ってませんよ。
……少なくとも生きた人間は。
商人さんが気を取り直すように水樽を開け、手にした柄杓で一口あおる。
そして開けた蓋を戻そうとして―――固まった。
水面にうっすらと浮かぶ、
覗き込んだ商人の顔とは全く違う、
《「―――っ」》
目を見開いた商人の前で、水面に浮かぶ顔が、微かに動く。
見られていることに驚いたとでもいうように、目を見開き、口を開いて―――
《「ぎゃあああぁぁぁーーーっ!?」》
商人の悲鳴に、すぐさま荷馬車内に駆け込んできたは護衛の冒険者達。
そこには腰を抜かし、へたりこむ商人と、放り投げられた水樽が転がっていた。
恨み返し第一案。毎晩枕元でちょっとずつ頭髪を毟る。
……これにはヤーネさんも草葉の陰で大苦笑。