ちょっと遠い所からの別視点。
拝啓
皆様お変わりなくお過ごしでしょうか。平素は何かとお心にかけて下さり有難うございます。
前回の便りにて含めました通り、私は現在王都近郊の街ミイグルにて来学期までの余暇を過ごす身分となっております。
時に何事も無ければ次の便りは再び王都の地を踏んだとの報告になるかと存じておりましたが、つい先日予てよりの教えを守り身代を持ち崩す恐れなき投資を行ないましたところ、望外の結実に至りましたため急ぎ筆を執った次第となります。
事を簡潔に書き記せば、出所も定かではない古地図により示された土地の調査を一人の冒険者に依頼した、という一文になります。
当然ながら、定式の報酬にて事足りる冒険者を対象にする心算のもとにありました。
ここミイグル周辺には既知の遺跡が数点存在すること、捜索という分野でギルドより非常に高く評価された冒険者が居合わせていたこと、また後述致します報酬にて受領していただけたこと等の佳運はあれど、益を得られる蓋然性は低いと思慮していたことを、ここに記しておきます。
発見された遺跡が全く未知のものであったことは真に青天の霹靂と呼ぶべき事態でありました。
そこで種々の成果の目録、およびその内の一つをこの手紙に同封致しました。
ギルドを通した配達依頼ではなく、大金を必要とするギルド間配送を利用する連絡としたことにつきましては、同封した首飾りの威容にてご理解いただければ幸甚に存じます。
件の冒険者『狐鼠姫』様との間では既に得られた成果を金銭にて試算し、その半額を報ずるとの契約を交わしております。
幸いにして、私が学生の身分を終えるまでならば、支払いの履行をお待ちくださるとのお言葉を頂きましたので、支度相応の期間は得られたかと存じます。
ところで、発見された遺跡の占有権は当面クリィサム家に帰属する運びとなりました。
早晩、方々より追加調査の許可を求める懇請が殺到すると存じますが、取り立てて謝絶出来ない故の無い限りは、受諾すべきではないと具申致します。
何となれば、件の遺跡が刑場もかくやとばかりに永の眠りに満ち満ちた墓所であるが故であり、ひいては益を守るではなく無為に散る命を減らすためであると標榜ください。
またそれにあたり『狐鼠姫』様の意向により、得られた限りの遺跡内部の情報の半分をギルドに移譲いたしましたので、ご活用ください。
それでは、ご多忙とは存じますが、どうかご自愛くださいませ。
再びクリィサムの地を踏み、お会いできる日を楽しみにしております。
親愛なるお父様へ
追伸
『狐鼠姫』様は他国のお生まれであり、現在は家名を持たれていないそうです。
追伸の二
この首飾り一つでクリィサム領の収益五年分は固いとかフォークが言うんですがマジですか?
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「―――マジだそうだぞ、娘よ」
クリィサム男爵家現当主 ディッシュ=クリィサム。
数日前に届いた愛娘からの手紙を読み返した彼は、ふっと息を吐きつつ椅子に腰を下ろし―――最近急激に薄くなった気がする頭を抱えた。
「……どうすっかなぁ。マジでどうすっかな、これぇ……」
「……落ち着いてくださいませ、御館様」
今回の事は清貧―――と言えば聞こえは良いが―――を旨とする男爵家としては、降って湧いた幸運、と呼んで差し支えないものではあった。
その一方で手紙でも予想されている通り、突如として繁忙の極みへと飛び込まされ、誰も彼もが―――当主すら例外無く―――内心で悲鳴を上げる事態が引き起こされているわけだが。
現在の彼を主に悩ませているのは、この手紙に対する返信について。
文面の先に娘の表情を想像しつつ、文字通り悲喜交々な胸中を脳裏で捏ね回す。
「……ひとまずは御館様よりお嬢様へお褒めの言葉は必要でしょう。家の教えを守り行動した結果多大な利潤を獲得されたのですから」
「う、うむ。そうだな……利潤には間違いない」
「『債権者』様からお気遣いを引き出されたことも非常にありがたい。支払いまでに頂けた時間は勿論、遺跡関連の対応の大半をギルドへ投げられるようになりましたからな」
「…………」
いつの間にかクリィサム家の内では、件の冒険者を『債権者』と呼び表すようになっていた。
……勿論館の外でその呼び名を出すことは決して無いが。
元の契約に厳密な支払期限を設けていたわけではなかったようなので催促されるようないわれは無いにせよ、何せ額が額である。
声高に請求されたとしてもこちらから何も文句は言えない状態にある以上、そちらの意味で懐を握られていると言って何ら差し支えはない。
現場(?)でのどのようなやり取りの末に決まった事柄かは不明であれ、これもまた娘の功績に数えて相違ないと、彼はやや投げ遣り気味に勘定する。
「例の首飾りを見せて回るだけで方々への支払いは何れも待っていただけることになりましたし、あの品だけでも幾ら感謝しても足りませんからなぁ……」
「……ああ、それもあったな……」
そもそも家の名前を担保にどこぞから債務を負う、ということはクリィサム家のような、貴族が張らねばならぬ見栄を懐事情が追いきれない下級貴族には珍しいことではない。
返済期限の解消の為にと、あっちの商家からこっちの商家へ債権を移し、その都度嵩増す利息に青息吐息―――そのような悩みが綺麗に一元化され、また現金化への苦労は見えども返済の目途は間違いなくついているのだから、喜ばしい以外の感想などあろうはずもなかった。
「初期投資を最小限に、どう転んでも損害は小さく。お嬢様が御館様の薫陶を正しく受け継がれた何よりの証左でありますな」
「それは、その、そうなんだが……」
執事の言葉に相槌は打ちつつも、男爵の視線は手紙の文面から離れない。
―――特にその末尾に、思い出したかのように書き連ねられた追伸から。
「……一つ目の追伸が不穏過ぎるんだが? 何故わざわざ『現在は』とか書くんだ娘よ!?」
「それは、まあ、
おまけのようなその一文が、件の人物を単なる冒険者として扱うことを強烈に戒めていた。
仔細が分からずとも、こんな書き方をされてしまっては『そういう事』として扱う以外に彼らに選択肢は無い。
「隠されているのか、既に家を出られているのかは分かりませんが……こちらから無作法をしない限りは憂う必要はないでしょう」
「ああ、勿論そうなんだが、しかし―――」
建前、を口にする執事に同意しつつも、ガリガリと薄くなる頭を掻く男爵。
二度、三度、目を皿にして文面を睨んだ彼は、声に苦悶を込めて叫んだ。
「既に何か
「……まあ、あちらから言い出されない限りは気が付かない振りをすればよろしいかと」
娘への厚い信頼(?)を叫びながら、天を仰ぐ男爵。
半笑いで遠い目をする執事の顔も「もう、なるようになあれ」と言わんばかりである。
「……というか初めは余裕が無くて気付かなかったが今読み返すと―――『私は教えられた通りにしたんですぅ! こんな事になるとは思わなかったんですぅ! 私は悪くないですぅ!!』としか読めんぞ! 全力で保身に走ってないか娘よ!?」
「……筆を執るお嬢様のお顔が目に浮かぶようですなあ」
「しかも追及を避けるために当分領地には帰って来ないつもりだろう!?」
「無理に帰らせようと思えば学園を退学させるぐらいしかありませんが―――」
「そんなことしたら、支払期限まで一緒にやってくるだろうが!」
「期限はお嬢様が
手紙にもある通り、初めは大したものが見付かるとは―――そもそも何かが見付かるとも―――期待してはおらず、仮に見付かっても手持ちで支払いには事足りるという考えだったのだろう。
しかし支払いを自身からクリィサム家へと変更するというのは、娘の口から咄嗟に出た言い訳であっただろうし、事実その事が男爵に伝わったのは手紙による事後報告である。
さらにはそんな横紙破りを冒険者に受け入れさせた、という負い目まで作っているのだ。
もたらした利益が常識外れだからこそ褒めざるを得ない流れになっているが下手をすれば―――否、普通に勘当放逐も視野に入る大失態である。それは保身にも走ろうというものだ。
しかし、そんな失態を犯した娘に然るべき対応をしようものなら、折角与えられた数年の猶予を自らの手でふいにすることになる。それは今のクリィサム家にとって絶対に取れない選択だ。
即ち自身を何事も無く学園に通わせることが家としての至上命題―――そこにこぎつけることで時間を稼ぎ、なんとか挽回の機会を見出そうという思惑が透かすまでもなく曝け出されていた。
「いやはや……本当に御館様の薫陶をしっかりと受け取っておられますなぁ」
「……おい、不敬だぞ」
「おや、ではお暇をいただけるので?」
「そんな余裕があるわけないだろうっ」
堪えきれない悪態を吐く男爵は、それでも先程より幾分か心を落ち着かせたようである。
澄まし顔の執事にもう一度だけ溜息を吐き、気を取り直すように顔を上げた。
「とにかく『債権者』様へ向け、御館様より支払いに関する正式な連絡が必要でしょう。現状では単なる口約束ゆえ、空手形とされかねませんからな」
「我が家にそのようなつもりは無いが……まあ、そうだな」
契約の相手がクリィサム家に、ひいては男爵家当主たる自分がこの変更に同意、誓約したことを取り急ぎ件の冒険者に伝える必要があると彼は考える。
徐々に遺跡の情報があちらこちらへと広まり、他の貴族家等からの注目も集まりつつあることもあって、こちらの誠実さを内外へ見せることもまた急務であるからだ。
まだ件の遺跡から出土する品々の価値までは広まっていない―――価値に吊り合う持ち込み先を探している最中である―――から良いが、それらがひとたび明るみに出れば、この注目具合は今の比ではなくなると予想される。
そうなるまでに、如才ない対応をした実績をなるべく積み重ねておくべきでもあった。
「……そういえば、件の遺跡に入らせろ、という訴えはどこからか来ているか?」
「いえ、今のところ、ギルドへ行け、で済む相手ばかりですな」
「…………ひょっとすると、これに関しては『債権者』殿の発案だろうか」
「その可能性もありますな。しかしそうすると……いったいどれほど危険な遺跡なのでしょうな」
先んじて冒険者ギルドに半分が流されたという、遺跡内部の情報。
手紙の文面からうかがえるのは、それを成果の一つと捉え、あちらが一足早くその半分の権利を行使する、ということにしたのだろうやり取りだ。
文から予想される娘の心情からして、成果の扱いに関してこちらから申し出たとは考えづらく、したがってこの部分はあちらの意向なのではないかと彼は思案する。
そして現状自分達から見えているのは、ギルドを通してその情報を得ただろう者達が、そこから
ただでさえ目が回るような状況にある中、駆け込んでくる者が居ないことに安堵すると同時に、手紙の中でも妙に仰々しく表現されていたその実態が、どんな代物なのかと恐ろしくもあった。
……そんなヤバイ遺跡を調査し生還した
「……こちらから連絡が届くまではお嬢様の近辺に居られるのでしょうし、いっそ専属護衛として打診してみるのはいかがでしょう?」
「む? ……ふむ」
執事の提案に、男爵は暫し考え込む。
同行させたフォークは側仕えとしては十分でも護衛としての能力はお世辞にも高いとは言えず、自領から丁度良い人材を用意できなかったことは、悩みの種であったのだ。
「特定の分野に特化しているらしき事が書かれていますが、他の能力が無いとは考えにくい。またあちらの都合としても悪くはないでしょうし、受けてくださる公算は高いでしょう」
「……では契約を承知した旨とその打診、あとは娘に先の手紙では分からん細かい部分を報告するよう含めるとするか」
娘の手紙を脇によけ、返信用の便箋を取り出し、男爵は未だまっさらな紙面と改めて向き合う。
暫し額に手を当て唸っていた彼は眉間に深く皺を刻みつつ、不意にその口角を微かに緩めた。
「……ようございましたな。お嬢様を処断せずに済んで」
「む……」
内心を言い当てられた男爵のひと睨みを、執事はやはり柳に風と受け流す。
男爵はしばし向けていた視線を溜息と共に逸らし、どこか遠くへ聞かせるように呟いた。
「……次の学期の終わりには腹を括って帰ってくるんだな、馬鹿娘よ。その頃には路銀の心配など無用の長物と化しておるからな」
モブ冒険者's「「「未踏の遺跡? まだまだ財宝一杯? ヒャッハー、一攫千金じゃー!」」」
男爵家「遺跡の占有権はウチにある。探索の許可については応相談だが、情報をギルドに出してあるらしいから来るなら先にそっち見ろ」
ギルド「発見に関わった冒険者様が遺跡内部の情報を半分公開しています。もう半分は男爵家の財産ですので悪しからず」
モブ冒険者's「「「さっすが~、同業者は話が分かるッ!」」」
モブ冒険者's「「「…………」」」
モブ冒険者's「「「……………………」」」
モブ冒険者's「「「……しってる? いのちって、ひとつしかないからとうといんだよ?」」」
レインさん「なんか手紙で凄いやり取りしていらっしゃる……え、他国の貴族? ナンデ?」
もしかして:オーバーキル