二話に分けるつもりで書き始め。
これは一話に詰めたいなと思い直す。
そんな感じで視点変更です。
※前話のやたら大きな空白には白文字を使用しております。念のため。
※作品あらすじをちょっと変更しました。(2023/04/12 8:10)
このままだと微妙にタイトルと食い違ってるなぁ、と思ったもので。
「―――ふう」
手配されていた宿の一室。
ベッドに勢い良く倒れ込めば、ぼふん、という音と共に柔らかく受け止められた。
「あ゛ー……良い宿をとってくれた―――のねぇ……」
今までの寝床に比べれば数段上、と即座に分かる肌触り。
少々はしたなく思いつつ、誰にも見られやしないと割り切って、もふもふと感触を楽しむ。
……崩れかけた口調は流石に整えた。変に慣れるとうっかり漏れてしまいかねないし。
「…………運気が向いて来たわ」
眠気を誘う暖かさの中で、しみじみと呟く。
直近の苦労、心労を頭に過らせて、それでもなお天秤は
「お金さえあれば何もかも……とまで美味くはないけれど、大半の問題が片付くのは確かだもの。のんびり胡坐を掻いてるわけにはいかないにしてもね」
天井を眺めながら、近く迫る問題について思い起こす。
……この身に詰まった幸運を大手を振って活用するには、越えねばならぬ課題は未だ多く。
けれど焦る必要までは無い……そう、これから先、時間はたっぷりとあるのだから。
「もう何日か滞在したくもあるけど……そうもいかないかぁ。少なくとも王都に着くまでは余計な日数は使えない、のね……」
目を閉じて、頭の奥から今の旅路の予定を引っ張り出す。
前の街での滞在期間が予定より伸びた影響もあり、明日には王都に向かって発っておかないと、これ以上の不測の事態に対応出来なくなってしまうと言われていた。
「……焦らない。焦らない。これまで長く長く耐え忍んできたじゃない、私」
色々な意味で残念ではあるけれど、この身の立たされた状況を鑑みれば無茶は出来ない。
上手くいっているからこそ優先順位を違えてはならないのだ。諦めよう、潔く。……潔く。
「…………ん゛んー……っ」
我ながら形容しがたい呻きが喉の奥から漏れた。
今日一日の分だけでも、目に収めてきた様々な物品の姿が脳裏を過る。
―――欲しい。
―――手に取りたい。
―――使ってみたい。
届きそうで届かないところに並ぶ、身目麗しき煌びやかな品々。
眼前で誘惑を放つそれらを前に、沸き出す想いをどれほど堪えてきたことか。
「……ダメ。ダメよ。冷静になりなさい、私ぃ」
手に入れる手段があるからと言って、考え無しに使えば待っているのは破滅だけだ。
刹那的欲求の満足を優先して、大局を見失うなど一生の恥。
何より今後の展望は既に明るく開けているのだから、ここで道を誤るなどあってはならない。
「そう、そうよ。それに何より―――こんなに
視界の中央に、指輪を嵌めた手を掲げる。
数度、裏返したりもしながら、矯めつ眇めつ
傷一つ見当たらない、白く美しい素地。
手入れを繰り返しても直ぐにざらつくそこらの品とは違う、滑らかな触り心地。
手に入れてすぐ故の違和感は未だ残れど、そんなことはじきに気にならなくなるだろう。
「……性能で見ればもう一つの方が良さそうではあったけど、別に荒事に使うわけでは無いもの。見栄え重視が一番よね。私の場合は特に」
早く感覚を馴染ませるべく指の曲げ伸ばしを繰り返しながら、掲げていた手を胸元に添える。
とくんとくんと心なしか早く思える鼓動もまた、冷めやらぬ興奮を助長した。
「ああ…………楽しみだわ」
今一度、指輪にあしらわれた紫の宝石の光を収めながら、ゆっくりと目を閉じる。
そうして身体に迫りくる、暫くぶりの安らかな睡魔に身を任せて。
その夜見た夢は、今までの私には想像も出来なかっただろう栄華に溢れていた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「―――問題ありませんか?」
「ええ、確認は済みました」
「では……出発いたします、お嬢様」
翌日早朝、確認の声に馬車の中から頷けば、御者台へと向かう足音となって返ってくる。
ややあって、動き出した馬の歩みを伝い、窓から見える景色がゆっくりと動き出した。
何気なく視線を動かせば、目に入るのは馬車内に積み上がった荷物。
……荷馬車を別に手配する必要が無い量に抑えてきたということなのだけど……改めて見ると、こう、貨物と一緒に運ばれている感じが───こ、今度からは余裕が出来るはずよね、うん。
昨日の時点で欲を表に出さなくて本当に良かったと実感する。
こうして馬車の中に不自由なく座れるだけの空間が、二人分残っているのだから───
「……あっ」
「? どうかしまし―――あっ、あー……」
馬車の中、対面席に座る『狐鼠姫』様。
その手の平の上に、堂々と鎮座する一匹のネズミ。
どうしても異物感を感じさせられるその光景に、思わず視線が固定された。
……さっきまで今から進む道の索敵をされていたのだから、当然と言えば当然なのか。
そんな私の視線に気付いたのか、グッと親指(?)を立てて背中を向けるネズミ。
何とも言えない表情で若干目を泳がせるはその主。
……つい最近己が行った選択が、ぼんやりと頭の片隅にちらついた。
「……大丈夫です。わたし達が同乗している限り、不測の事態には遭遇させませんから」
「え、ええ、勿論それは信用していますわ」
「この後、暫く進めた所で一度街道を外れてもらいます。少し森の中を通ることになりますけど、了承して頂けますよね?」
「……ユズ様がそれが必要だと仰るならそうなのでしょうね。分かりましたわ」
瞼を閉じれば容易に思い起こせる、このネズミその他がもたらしてきた数々の
現実と認識出来るまでに時間は掛かったけれど、こうも積み上げられては疑う方が愚かだろう。
ただ、その、ええと…………私の選択は間違ってない、うん。
「(―――チュウッ)」
…………こうして時々流し目を向けてくるネズミがどうしても気になるけども。
そしてそのネズミを握り締めにかかるのは何か意味があるんだろうか? 謎の多い人物だなぁ。
「―――『狐鼠姫』様」
先の宣言通り、街道を外れた馬車が森の中を進むこと十数分。
鬱蒼と茂る木立ばかりが見えていた窓に、少しばかり開けた空間が見えた時だった。
「……着きました?」
「ええ、しかしこのような場所があるとは……伺った通りとはいえ、やはり驚きますね」
二人のやり取りからして、出発した時点での目的地に辿り着いたらしい。
……頭の奥から周辺の地理情報を引き出しても、大したモノがあるとは出てこないが、いったい何の目的でこんなところに向かっていたのだろう?
「……サラ様。暫くここに馬車を停めておくことになりますが……折角ですし、一緒に辺りを少し散策しませんか?」
「え? ……え、ええ構いませんけれど……」
突然の申し出に、少し考え―――そう間を置くことなく了承を返した。
傍に控えるフォーク共々、多少不思議には思えど
彼女に先導される形で馬車を降り、背後にフォークが控える形で歩き出す。
ゆっくりとした足取りで向かう先は、木々の中に自然と出来たらしい草の生い茂る広場。
背の低い草を踏みしめるように進んだ彼女は、その広間の中程で不意に立ち止まった。
「…………?」
ゴクリ、と。
息を呑み込む微かな音が、背後から聞こえた。
それがすぐ後ろに立つフォークが漏らした音だと、理解したのは一瞬後の事。
けれどその理由までは分からず、意識の一部がそちらに引き寄せられたその時だった。
「―――あなたは、
…………
…………えぇ……?
うーん…………
めんどくさ。
「っ!!」
「ぁ……ッ!?」
めんどくさ。めんどくさ。あ~あ、めんどくさぁ。
なんで? 何でバレたの? どこでバレたわけ?
完璧だったじゃん? 完璧に模倣してたはずじゃん?
このサラ=クリィサムって男爵令嬢ちゃんをさぁ!?
記憶から、感情から、仕草や振る舞いまでかんっっっぺきにィ!
「やめてよね、そういうの? 人の努力を何だと思ってくれてるわけ? こちとら用意に何十年とかけた乾坤一擲の大勝負だったわけよ? なにしてくれてんの? ねえ? ……ねえってば?」
「折角何年も何年もかけて、あの冴えない男を
「このお嬢様が"私"を
「ちゃんと周りの人間も
このままいけば、この見目麗しき貴族令嬢様に
しかも丁度これから景気が良くなるって、超優良物件だったってのにさぁ!
こんなんなっちゃったら、どう転んでもスンナリとは行かなくなっちゃうじゃんかぁ!?
「どこで気付いてくれたか知らないけど……人の気持ち踏みにじって楽しい? ねえ楽しいの? なぁ、何か言ってみろよ、このネズミ娘がよぉ!?」
「…………っ」
…………なーんて。
何も
「私の力で
「昨日はそこから
「溜めに溜めた魔力は昨日で大半使っちゃったから、もうそうやってちょっとの間、縛っとくのが限界なんだよね。それだってこのままじゃすぐ解けちゃう。だからさ───」
えーっと……男爵令嬢ちゃんの持ち物に良さげなモノは無し、と。
そしたら、うん、一番近いのは、ネズミ娘本人が腰に差してる
「しょうがないよね? 私ってば荒事には向いてないんだもん。動けない今の内に
「…………」
……動けない身体で、視線だけ私を睨んでら。
あはっ、良いねぇ……。ご自分の細剣でブッ刺されるまでそうやって睨んでられるか───
「───えっ?」
なんか、耳のすぐ近くで乾いた音が聞こえたような。
パシンって、なんか、なんだろ……革でも叩いたみたいな音?
そんで……何で? 何で私の視界は───
あ……? 身体も、傾いてる?
あちこち擦ったみたいな……なんでこんなに、
それに……何で? 何か、その…………痛い?
「い、イッた、いづっ……い…………???」
…………わかんない。
わかんない、わかんないわかんないわかんない。なにがおきたのかなんにもわかんない。
なにがあったの? なにをされたの? わたし……あいつはわたしに、
「《───親父にもぶたれたことないのに! ……ってとこかな?》」
……なん、で?
なんであいつ、しゃべってるの?
なんであいつ、うごいてるの?
なんで、なんで……なんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんで───
「なんでわたしにこうげきできるんだよぉーーーーーっ!??」
「《……説明してあげるわけないじゃん、ばーか》」
『指輪を嵌めた手』を掲げ―――『それ』を眺めた。
……日本語って楽しいなぁ。