婚約破棄モノの元祖って何だろう? と思って調べてみると、初めて『悪役令嬢』という言葉が使われた作品等々の情報に行き当たりました。2009年かー。
……2009年かぁ。
「―――本当に、すみませんでした……」
「い、いえっ、ユズ様には何ら瑕疵はありませんわっ!?」
学園食堂で起きた、突然の騒動から約半日。
王都にあるクリィサム家の屋敷に戻って来たところで頭を下げたわたしに、サラ様からは慌てた様子でそんな反応が返ってきた。
「いえ、でも……わたしの発言から急に場が収められたと言いますか……まだ話の途中だったのに強引に解散させたように思えたんですが……」
「あれは、その、むしろそうなって然るべきと言いますか……言われてみればそうじゃないか、とその場の人間が一斉に気付いたといいますか……」
思いもしない言葉に堪らず叫んでしまったあの瞬間から、流れたのは数秒の沈黙。
一挙に集まった視線に慄いたわたしを余所に、動き出した警備の方々が騒ぎの中心に居る二人を───特に騒ぎ立てる男性の方を───別室へと撤収させる形で事態は一息に収束した。
それでもどうにも座りが悪いというか、あるべき流れを寸断してしまったのではというわたしの不安に、何だか困り切った顔で首を横に振るサラ様。
そこから教えてもらえたのは、あの状況が如何に有り得ない光景だったかについてだった。
学園の中、食堂という場所においてあれ程声高に自身の意思を主張する、という点がまず一つ。
また二家の間で話し合うべきだろう『婚約破棄』なる件を不特定多数の前で口にしたばかりか、両者の様子からして明らかに男性側から一方的に宣言したと思われること。
おまけに『真実の愛』などという演劇の中でしか聞かない言葉(演劇でならあるんだ……)を、恥ずかしげも無く使用したあの宣言。
細かく言えば他にも色々……ともあれ何れに照らし合わせようとも『有り得ない』言動であり。
それ故にその場の全員が陥った『思考停止』を破ったという意味で、わたしの発言を咎める方はおそらく居ないだろうとのこと。
言われて肩を撫で下ろしたわたしの前で、けれどサラ様は小首を傾げつつ呟く。
「───イヤ本当にどうして卒業パーティでならアリ、なんて思ったりしたんでしょう、私……? あっ、過去にそのような事例が起きていた、なんて記録があったりもしませんからね、ユズ様!」
「えっ、は、はい……?」
……時々、サラ様達にわたしはどう思われているんだろうと疑問に思うことがある。
様々益をもたらした冒険者として信頼されている、にしても扱いが何かおかしいような……?
これについてレインに聞いてみても、なにやら笑って誤魔化されるだけでしたし。
……その時の表情からして、絶対何か知ってて黙ってる感じだったけど。
たぶん、その方が面白いから、とかですかね。……まったくもぉ。
「それにしても、あのお二方……いえ、
「……あの二人の関係について匂わせるような噂等は無かったのですか?」
続けて思案に首を傾けたサラ様に、そう尋ねてみた。
それはつい先日あの学園に足を踏み入れたばかりのわたし達に比べれば、何かしら予兆を見聞きしていてもおかしくないと思っての言葉であって。
「…………ユズ様。私は、男爵令嬢です」
けれどその問い掛けに返ってきたのは、どこか哀しげにも見える真顔だった。
「え? ええ、存じてます」
「渦中のロクシーヌ様は、公爵令嬢に有らせられます」
「あ……縁遠いと?」
「それはもう、天と地ほどに。私の事など視界に入れたことすら無いかもしれないぐらいには」
「……そういうものなんですね」
「そういうものなのですわ」
……同じ教室で机を並べる仲と言っても、わたしの考える『学友』とは話が全く違うらしい。
わたしがすっかり慣れてきた納得を噛みしめる中、不意にサラ様は吹っ切れたように微笑んだ。
「……まあ結局どちらの家も遥か雲の上ですもの。後の事は二家の間での話に終始する筈。驚きはしましたけれど、これ以上この件について私達が気を揉む必要などありませんわ」
「そう、ですか……」
……頭の片隅にちらりと、嬉々として『情報収集』に飛んでいった
わたしも訳が分からなかったし、事の次第を確かめるには最適だと思って送り出したけど───
「むしろ変に首を突っ込んでしまって、高位貴族家同士のやり取りに巻き込まれる事態になっては堪りませんもの。何も知らずにいるというのもまた一つの処世術ですわ」
「…………」
…………大丈夫だよね?
レインが何か碌でもない情報仕入れてきて、そこから問題に巻き込まれたりしないよね?
う、ううん、大丈夫だ。レインの姿はわたし以外には見えないし、その声も聞こえない。
たとえ彼女が何か厄介事を見聞きしてきたとしても、わたしがそれをわざわざ口にしたりしない限り……いや、いっそのこと何も聞かなければ───
《ユズちゃーんっ! やっべぇわぁ! ヤッベェ情報仕入れてきちゃったわーっ!》
「……っ!?」
「……どうかされましたの、ユズ様?」
「い、いえっ……何でも……」
……まさに噂をすれば、影。……いえ、彼女に影は無いですけど。
ほんとに、本当にどこかでタイミング計って出てきたりしてるんじゃないですよね?
いえ、今はそんなことどうでもいいです。彼女が何か言う前に───
(ソレ、わたしには教えないで下さい。いいですね、レイン?)
《えっ? ……あ、うん。……ごめん?》
……どんな情報かは聞いてみないと分かりませんけど、レインの声音からして絶対とんでもない代物です。雰囲気で分かります。……絶対悪戯する時の笑い方だったもん、今の。
そう毎度毎度大人しくからかわれてなんてあげません。わたしだって慣れてきたんですからね?
……あれ? ちょっと、レイン? そんな隅っこに行って何して……え、まさか拗ねてるの?
折角重要な情報も持って来たのに、って……わ、分かった分かりましたから! 教えてくださいお願いします! ……あ、でもいつもみたいなからかいはナシですよ、今回は!
えっ、一世一代の舞台を邪魔された逆恨みが待っている?
…………えっ。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「───き、きゃあああぁッ!?」
絹を裂くような女性の悲鳴。
続いて聞こえたのは、バシャリという水音に、床に硬い物が叩き付けられた音。
突如響いた音にざわつく空気を感じながら、出元となったのだろう教室の窓を
「……何が起きたのでしょう?」
「……さあ、何が起きたんでしょうね」
視界の端で動き出す警備の方々を見送り、首を傾げるサラ様に額を抑えたい気分でそう返す。
現場になったのだろう、上階の教室が俄かに騒がしくなるのを耳に留めながら、彼女を促す形で校舎の中へと
(……で、何をしたんですか、イタズラ幽霊さん?)
《いやいや、イイ歳して子供染みた嫌がらせを計画する輩にお灸を据えてあげただけですがな》
校舎の中を歩きながら、わたしの元に得意顔で戻って来たレインに【念話】を送る。
……というか子供染みたって……まあ確かに、さっきその様子を聞いたときにはわたしも本当にそんな真似をしようとする御令嬢がいらっしゃるのかと呆気に取られましたけど。
《校舎に入ろうと近付く頃合いを見計らって、上階の教室の窓から水をぶっ掛ける。定番と言えば定番だけど、やるならやるで校舎裏に呼び出して……とか、もっと自然な手段が取れんもんかね》
(イヤ何の定番なの? そしてどこに文句言ってるの? ……で、レインはそんな輩に何を?)
《……覚えてる? 私が最初に気付いた幽霊的能力が何だったか?》
(え、確か水面に……あぁ)
……それならさっきの水音とそれに続く床を叩いた音は、わたしに掛けようとしていた水の器を取り落とした───いや、恐慌から投げ捨てた音かな?
手の中に抱えた器を見た瞬間、
(まあ、それはいいとして……なんでまたそんな事やろうとしてるんですか、その人?)
《知らぬ。分からぬ。理解出来ぬ。……会話は盗み聞き出来ても其処に至るまでの思考に関してはサッパリやからね……。なんなんだ、あいつ。いやマジで》
……先日の『舞台』を邪魔をされた腹いせに、わたしを標的にした嫌がらせを計画する。
その行動の意味も経緯も理解出来ないのは、わたしが貴族の世界に疎いせいではないらしい。
レインもまた腕を組んだままクルクル縦回転して思案を……だからどういうポーズなのそれは?
《……ま、他にも色々計画されてたけど、こんな調子で未然に潰していくか適当に反撃しとくからユズちゃんは気にせずお仕事頑張ってね》
(……それは、まあ、良いですけど。ちなみにこの後は何が予定されてるんです?)
《その辺で確保した
(うわぁ)
本当に、ホントに貴族の家に生まれた方々が考える事なんですか、それ?
子供染みた、を通り越して完全に幼児の発想というか……むしろ大丈夫なんですか、この国?
……わたし達が心配するべきことじゃないから大丈夫? え、それってつまり……あ、ハイ。
(……でも別に荷物の中ぐらいなら騒ぐほどでもないですけどね?)
《……えっ》
(えっ?)
《えっ?》
え、だって
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「───きぃやあああぁっ!?」
「───ギャアアアアアァーーッ!?」
「───ヒァウイィイイいいいぁぁあああッ!?」
「…………最近いったい何が起きてるんですの?」
「さー、なにがおきてるんでしょうネー」
……暇潰しの対象が日々聞こえてくる悲鳴と、その解説に変わってきたわたしが居ます。
というかいい加減諦めましょうよ。段々悲鳴が凄くなってきてるあたり、うちの幽霊さんからも容赦が無くなってきてるんでしょう? ……わたしが言うことじゃないでしょうけど。
(……今回は?)
《食堂の鍋に汚水混ぜようとしてやがった。もう目的が迷子……いや、それは最初っからか》
戻って来たところを呼び掛ければ、額を抑えるレインと目が合った。
……彼女も段々やり返しを楽しむというより、辟易が先に来ちゃってる気がする。
(えぇ、それ被害が大きくなり過ぎじゃ……どうやって止めたの?)
《そりゃもう、厨房に忍び込んだ瞬間『鬼の顔』集団が満面の笑みでお出迎えよ》
(わぁ、こわい。……そんな目に遭っても続けるんですね)
《ホント、しょーもない事に熱意を燃やす輩ってのは何だってこう…………何かね、その目は?》
(イエ、なんでも?)
《……ま、いいや。次の妨害行ってくるね。……しかし護衛用の控え室にネズミの腐乱死体って、怒らせる人間が多過ぎるやろ常識的に考えて……》
そんな事を呟きながら、また天井の向こうへと飛んでいくレインを見送った。
……容赦が無くなってるのは彼女のせいじゃないですね。もう形振り構わないというか……
ここまでくると嫌がらせ……嫌がらせ? を成功させた方が問題になる気がするんですけど。
…………というかそもそもどうしてレインだけが対処に奔走する事態になってるの?
最初の頃の小さな嫌がらせ(未遂)はともかく、ここ数日は大勢が迷惑を被りかねない内容だ。
それにレインが未然に防いでいるといっても、返り討ちに遭った犯人を検めに向かっているのは周囲の人達であって……そこで何が為されようとしていたか、分からない人達ばかりな筈がない。
いい加減、わたし達以外に対処に動く人達が現れてもいいはずじゃ───
「……ところで、その、ユズ様? 実はご相談したいことが、出来てしまったのですが……」
「サラ様? ……わたしに相談、ですか?」
「ええ、先の授業の終わりしなに……こちらを頂いてしまいまして」
「これは……お茶会の招待状?」
いつものように授業を終えて合流したサラ様の手に、見慣れない招待状が握られていた。
……御令嬢同士で非定期にお茶会を開くことは知っていますし、傍に控える形で参加したことも今日までに何度かある。
けれどあくまで御令嬢同士の催しであるはずで……わたしに相談とはいったい何が……?
「その、私の護衛であるユズ様を参加させて欲しいと…………
…………ロクシーヌ様?
あれ、それって公爵令嬢様の御名前、ですよね?
上から順に、公爵侯爵伯爵子爵男爵……えっと、とにかく、サラ様も雲の上だと仰ってらした、公爵令嬢様からお呼び出し、ですか? ……わたしを、名指しで???
…………。
……あ、あはは……。
レイン、タスケテ。
水面の顔さん(仮)「私のこと、覚えてましたぁ?」ニッコリダブルピース
壁鬼さん's 「「「 I'm back. 」」」