別視点。……と思ったけどそういえば最近主人公視点書いてなかったや。
―――上手くいかない。
上手くいかない。
上手くいかない。
上手くいかない!
あの草みたいな頭の
今頃私の傍に居てくれるはずだったエモン様は、どこかにお隠れになってしまって!
なのに
そんな訳の分からない事態を引き起こしてくれる
「―――ああああっ! もうっ! いったい何なのよ、あいつはぁ!?」
苛立ちから放り投げたティーカップが、甲高い音を立てて部屋の扉に傷を作る。
床に散らばる砕けた欠片と、ジワリと広がるお茶の染みが煮立っていた頭を僅かに冷やした。
「はぁ……はぁ……」
……おちつけ。
そうよ、落ち着きなさい、私。物に当たってどうするのよ。
何よりこんな行動、淑女として、
それに、部屋の外には使用人だって控えているんだから、こんな風に騒いだりしたら───
「お、お嬢様? 今の音は何が―――」
「っ、何でもない、っわよ!」
案の定、異常に気付いて呼び掛けてきた使用人にギリギリのところで取り繕いつつ声を返す。
……あやうく激情のまま怒鳴り返すところだったわ。今この部屋の状態を見られるのとどっちが不味いか分かったもんじゃない。
「ちょっと……そう、ちょっと手が滑ってカップを落としてしまっただけよ!」
「え……で、ではすぐに清掃を───」
「あ、ああ大丈夫よ! 大したことにはなっていないわ! ……あなた達の手が必要だと思ったらちゃんと呼ぶから、それまでは勝手に私の部屋に入ろうとしないこと! 良いわね!?」
「は、はぁ……?」
扉を隔てて聞こえてきたのは、困惑を滲ませたような応答。
それでもややあって響いた、部屋の前から遠ざかっていく足音に思わず息を吐く。
……誤魔化せた? 誤魔化せたわよね?
全く……今までずっと気を付けてきたのに、こんなことで疑われるなんて馬鹿げてるわ。
…………うん。二度とこんなことがないように、今一度胸に刻んでおきましょう。
私は淑女。
私は令嬢。
「…………そうよ、私は……今の私は、みんなに愛される貴族令嬢……なのに、何で……っ!」
もう一度、思い出しては込み上げてくる怒りを必死に抑え込もうとして。
けれど
「う、ううう……っ! ああ、もう……ッ!!」
結局、人目が無いのを良いことに寝台に飛び込んでしまうしか、ともすれば暴れ出しそうになるこの身体を抑える術を見付けられず。
先の惨状を増やす事態を防ぐためにも、滑らかなシーツの中で思考に沈むべく視界を覆った。
―――なんで、あいつにだけ、
これがそもそもの問題。私の
理由は全く分からない……けれど、それならそうと受け入れるしかなくて。
大人しく
男爵家の護衛になんて元々大した『役どころ』は用意してなかったし、恙無く退場してくれさえすれば話はそれで済む。
……あの時点での私はまだそんな風に、あの女の存在を軽く考えていて。
私が己の考えの甘さを突き付けられたのは、その翌日のこと。
毎朝迎えに来てくれていたエモン様の姿が見えないことを不思議に思って、周囲に尋ねた言葉に返ってきた一言だった。
───人前で
…………意味が、分からなかった。
だって私は、そんな結果を
私が
……あの女は、私の力が効かないだけじゃなかった。
周りの人間から、私の力の影響を解除する力もあるんだ、と。
私が作り上げてきた『台本』を破り捨てる力の持ち主なのだと、気付けたのはその時だった。
今までのように、他人を介して事を起こすのは危険。……そう判断するしかなかった。
下手を打てば、私までエモン様のように『退場』させられかねない。
折角手に入れた今の身体を、この立場を、不意にされるだなんて絶対に嫌だもの。
力を使って追い出すことは不可能でも、自分から辞めるように仕向けることは出来るはず。
そう考えた私は、だからこそ
……まさかそれすら上手くいかないなんて、完全に想像の外だった。
なんで、あいつが行く先々に何を仕掛けようとしても、
あの
嗾けようとした虫なんて、背中にっ、口に……ッ! うあぅっ、思い出しちゃったじゃない!?
……いったいなんなのよ、あいつの力は!? 私の力の妨害だけじゃないっての!?
虫やネズミを使役? 学園の中にネズミなんか居やしないじゃない!
虫対策だってこれ以上なく念入りに───う、やば、あの時の感触思い出し…………お゛ェ
※しばらくお待ちください。
…………
……許さ、ない。
許さない、わよ……あの、虫女ぁ……
あんたがどんな力を持ってようが、諦めるもんですか……
このまま泣き寝入りなんて、絶対に受け入れてやるもんですか……っ!
此処はっ! この学園はっ!! 私の為に設えられた『舞台』なんだからッ!!!
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「───ごきげんよう」
「っ、ファルファ様……ご、ごきげんよう」
寝台の中で更なる惨事を起こし、改めて復讐を固く誓ったその翌日。
学園の廊下ですれ違った令嬢へ掛けた挨拶に、返ってきたのはどこか固い声色だった。
「……なにか?」
「い、いえ、何でもありませんわ」
そう取り繕いながら、足早に去っていく姿に思わず首を傾げた。
……はて、彼女には何か『役』を与えていたかしら? ……いや、ああ思い出した。その必要も無かった令嬢だったわ。
だって彼女、元からあの公爵令嬢の取り巻きだった一人だもの。
私がわざわざ『設定』しなくても、そういう『役回り』を自主的にやってくれてる子だわ。
……あら、そんな子が今みたいな反応にしていたということは……ひょっとして、いよいよ?
ふ、ふふ……そうね、そうよね? 裏ではきちんと
随分と遅いからまた妨害されたのかもと思っていたけど……ふふ、そうもいかなかったようね?
あの虫女の力がどこまでかは分からないけど、少なくとも『範囲』はそう広くないはずだ。
むしろあの食堂の時みたいに、自分の声を聞かせることが条件なのかもしれない。
だとすれば尚更、
なにせあいつの立場は何処まで行っても、いち冒険者、いち護衛。それも男爵家の、だ。
一方、今回の『役者』は天下の公爵令嬢様。あいつと対面する由などあるわけがない。
……これ以上、私の邪魔を、出来た道理が無い!
「ん、ふ……っ、ん゛んっ」
漏れ出そうになった笑いをどうにか堪える。
ちょっと周りに人目が無いからって、今漏れかけた笑いは流石に淑女らしく無さ過ぎだ。
……むしろ今の学園はどこにあいつの影響で私の力を逃れた人間の耳目があるか分からないし、あいつを排除出来るまでは気を張り続けているべきなのか。……全く、本当に厄介な……。
…………まあ、いい。
それに考えようによっては、今までがちょっと
何でも出来過ぎて……うん、何もかも思い通りになるからと、多くを望み過ぎたかもしれない。
今からエモン様を取り戻すのは多分無理だろうけど、他に幾らでも候補は居る。
あそこまで『進行』させていたのは彼一人だったとはいえ、まだまだ時間はあるわけだし。
……でも流石に
「……!」
誰か、居る。
目の前に迫る
公爵令嬢ご本人か、それとも実行役か───そういえばそこは
「……ふふっ」
それに気付いていないフリをしながら、ゆったりと階段を上っていく。
さぁ、これで後はどう転ぼうと、あの公爵令嬢様はオシマイ。めでたく『舞台』から退場だ。
……ちょっと痛い思いをするかもしれないけど、そのぐらいは必要経費よね。
これが済んだら、次は何から手を付けようか。
あまり多くの『役者』を巻き込むとまた邪魔されかねないし、暫くはごく狭い範囲で『攻略』を進めていくことになるかな?
まあ、まずはその『攻略対象』を厳選し直すところから……顔と性格は勿論として、財力辺りはどのぐらいを及第点とするべきかどうしても迷うのよねえ。
貴族家としての位はそこまで高くなくても良いんだけど。
将来何かの責任を負わされるような家の女主人になんて、あんまりなりたいと思わないし───
「【ウォータースプラッシュ】」
……は、へ?
なに、コレ、水……っ!?
ッ、おま、えっ、虫おん───
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
構えた杖、【牡丹灯火】から放たれたのは、怒涛と表現すべき銀白色の水流。
けれど真横から放たれたそれに押し流されるはずだろう子爵令嬢様の身体は、その水流の只中にぼんやりと立ち尽くしたまま───全てが過ぎ去った其処に、へたりと座り込んでいた。
「す、ごい……っ」
「……ファルファ様!」
微かに聞こえてくる呟きと一緒に背後から抜け出してきた人影の主は、公爵令嬢ロクシーヌ様。
水流が過ぎ去った直後にも関わらず、濡れた痕一つ無い踊り場に一瞬驚いて───そこで視線を向けないでください。わたしにだって割と予想外なんです───座り込む子爵令嬢ファルファ様の元へと駆け寄っていかれた。
───レインに【憑依】されている状態で、放つ魔法。
あの指輪霊(?)の一件で何某かの不可思議な効果があると発覚した、レインの能力。
わたし達にその術理は分からないけれど……身体を傷付けることなく憑依した『ナニカ』だけを攻撃出来るという一点については疑いようが無かった。
それでも万が一を考えて、以前の火魔法じゃなく水魔法を使ったけど……なんというか、まるで『魔法の幽霊』とでも言えそうな水流だったなぁ。……レイン、わたしあんなの聞いてないよー?
「ぁ…………? っ、わたくし、は……?」
「……ファルファ様、お加減は……私の事が分かりますか?」
「ロクシーヌ、様……ッ!? も、申し訳ありませんっ! わたくしは決してあのような……!」
「…………いえ、良いのです。事情は凡そ分かっていますわ」
……うん、経過はどうあれ結果は思った通りになったみたい。
以前の時とは違って、
「わ、あ……やりましたわね、ユズ様!」
「……ありがとうございます。ですが、これはどちらかと言えばサラ様の功績ですよ?」
「え? そ、そんな……私などユズ様が居なければ何も……」
「それを言ったらわたしも、です。……子爵令嬢様に杖を向ける、だなんて普通許されませんし」
後ろから輝く笑顔で駆け寄り労ってくれたサラ様に、殆ど反射的にそう返した。
……なんだか寄せられている信頼の分だけ心苦しく……どうしてレインはいつもあんなに飄々としてられるのかなぁ、もぉ……。
───当人の意思ではない『何者か』によって、子爵令嬢様は身体を操られている。
そんな突拍子も無い主張を公爵令嬢様をはじめとする方々に受け入れてもらえたのは、サラ様が皆々様を説得してくれたから。
ファルファ様を襲っている現象が以前自身の身に降りかかったモノと同じなのだと、訝る人々に説明してくれたおかげだから。
最終的に「我がクリィサム家の名に懸けて、これに嘘偽りは無いと誓わせて頂きます!」という彼女の言葉で、公爵家の方々も今回の事を了承してくれた。
《お、おう……えらいモン背負っちゃったね、ユズちゃん……》というレインの言葉に遠い目にさせられたのも、この場の結果に辿り着けたのなら、まあ……うん。
……というか、事に気付いたのはレインで、この不可思議な魔法もレインの力で……やっぱり、わたしこそがこの場においては何もしてないような。
それこそがわたしの力なんだから胸を張れと、レインにはまた笑い飛ばされるだろうけどなぁ。
「……ありがとうございます、『狐鼠姫』様。後の事は我がプルーヴァ家が……ティーグ家の事も含め、悪いようにはしないと約束いたしましょう」
「ええ、ご配慮痛み入ります」
「こちらこそ……この功には、後日必ず何らかの形で……勿論、クリィサム家も含めて報いさせていただきますわね。……それでは」
そう言って、まだ少しふらついた様子のファルファ様と共に、お付きの方々を連れて歩き去っていくロクシーヌ様。
……その途端、すぐ傍からなんだか気になる呟きが聞こえてきて、思わずそちらに顔を向けた。
「…………我が家に、報いる……プルーヴァ公爵家が、クリィサム家に…………」
「……良かった、ですね? サラ様」
「っ、は゛い゛……ッ!!」
……以前、レインから聞かされていた『挽回』というのもこれで何とかなるんだろう。
本当に、一時はどうなる事かと思ったけど、結果は全て丸く収まったと言えそうなのかな?
そうして感極まった様子のサラ様を宥めながら───踊り場の壁の向こうに目を向ける。
銀白の水流が、ファルファ様の身体から
(ねぇ、レイン? ……
《よぉ……ちょっと
おまけコーナー:作中に登場した固有名詞の由来紹介 ~キャラ名編(C1~2)~
・糸々山 雨巫(C1-1~ 幽霊っぽいナニカ系主人公)
C1-1後書き参照。実はヒロアカ二次のオリ主用として考えた名前だったり。
・ミナ(C1-5 第一犠牲者系幼女)
特に由来無し。
・シャニム(C1-7~ 転生者受け入れ系女神)
「転」生先の女神様 → 転 = 車 + ニ + ム = シャニム。
・ロザリー(C1-7 指輪奪われ系未亡人 名前が出たのはC1-8)
特に由来無し。
・フォルナー=マースル(C1-8~10 切れ者系領主)
four = 四(英語)。街名と合わせて命名。
・カトル(C1-8~10 産業廃棄物系領主息子)
Quatre = 四(仏語)。街名と合わせて命名。
・ユズ(C1-10~ 振り回され系現地人主人公)
実は特に由来無し。ちゃん付けが合いそうな響きという条件だけで考えた名前。
C3-7後書きでも触れたように草案の段階では例の怪談と絡めたサラちゃんだったが、こちらはなんか脳内イメージに合わなかった。
二つ名を決めるのがもう少し早かったらアンリちゃんに……いや、やっぱしっくりこねぇや。
・レイン(即席系主人公の偽名?)
C1-11作中参照。
ファンタジー世界の住人の台詞に日本人名っぽい響きの単語が入るの嫌う系作者なのです。
・ポルト、クルガン、ラクス、サーシャ(C2-3~9 『銀の翼』系ベテラン冒険者's)
頭文字PQRSだけ決めて名前っぽい文字列を三十秒で考えた。
パーティ名は作者の前作に登場させたオリサポートアイテムから。
・ヤーネ=スペクハイド(C1-1~ 主人公の今世?系伯爵令嬢)
資料散逸につき由来不明。
……いやその、なんか彼女の名前だけExcel表に残ってなくて……(・3・;)アッルェーナンダッタカナァ…?