自己確認に余念がない主人公 vs 確認すればするほど新事実が見つかる幽霊(?)ボディ。
―――いやあ、びびった。マジでびびったよあれは。
誰のせいっていったら疑うまでも無く私のせいなんだけれども。
きっとあれだね、何とかして自分の顔が見れないかなー、って水面に顔を近付けてたからだね。
そしたら霊力さんが勝手に何かして、水面がこう……何か起きたんだろうね(語彙消滅)。
……しかし何も動くことはないじゃないか、水面の顔さん(仮)。
しかも何よあの「……見られちゃった、キャッ」的な反応は。
殺気を帯びて駆け込んできた護衛さん達の怖いこと怖いこと。まあ当然の反応だけども。
私、思わず隠れ場所を探しちゃったからね。見えないのに。
「穴があったら入りたい! イヤ、穴要らないじゃん、幽霊なんだからっ」って感じで地面に潜っちゃったからね。……そもそも見えないつってんだろ。
ま、まあ、経験豊富な冒険者の中には私みたいなのへの対処法とか持ってる奴も居るかもだし、石橋叩きって奴だよ、うん。
その後、暫く様子を窺ってたら、そのうち商人さんも再起動したらしく馬車は動き出した。
冒険者さん達の視線を改めて一人ずつ確認、私の姿がその視界に映っていないことをしっかりと確かめてから馬車に戻る。
正直もう乗ってく必要もないかなぁ、とも思ったけど、自力でふよふよ移動するより早く人里に辿り着けるわけだし、乗ってかない理由も同じく無いんよね。
―――実は今、私の中で人里に辿り着くことが一転して重要な要素になっている。
何故ならつい先程まで私に真綿で締めるかのように迫っていた危機感を、解消する手段の一つがはっきりしたからだ。
水面で動いた顔に商人さんが悲鳴を上げた瞬間―――私も悲鳴を上げたが―――空腹感(仮)が急速に解消されていったのを感じたのだ。
どうやら幽霊にとっての『食事』とは、生きた人間をびびらせる事だったらしい。
……心霊スポットで写真を取ると、よく手やら顔やら写り込んでたが、それを見た人間がびびることが彼らの『食事』になっていたんだろうか?
いや異世界の幽霊事情があっちにも通用するかどうかなんて知らんけども。
そして商人さんを大いにびびらせたおかげか、はたまた元から出来た事を私が知らなかっただけなのか……まあともかく色々と試した結果、また新しく今の私に出来る事を発見した。
《……ほいっ、と》
ちょいと気合いを入れて―――気持ち的には霊力を込めて―――木の床を手の平で叩く。
私が手をどけると、そこにはぼんやりと手形……に見えるような黒ずみが出来上がっていた。
こんな感じで何かの表面に、ほんのちょっぴりの『痕跡』を作れるようになったのだ。
汚れか何かが偶然手の形に見える……かな? 程度ではあるものの、これでも使い方次第で人をびびらせることは十分可能だろう。
元来人間の目は見たものに何かしらの意味を付けようとするように出来ている。
点が三つ集まれば顔に見えるし、雰囲気次第で木の影を顔と認識したりもするのだ。
幽霊の正体見たり枯れ尾花ってやつだね。……いや、私は
それにびびらせるといっても、さっきのように腰が抜けるほどでなくて良いようだ。
現に商人さんから話を聞いた冒険者さんが「何か気味悪いな」程度の様子で水を口にする度に、ちょっとずつだが何かが『腹に溜まる』ような感覚がある。
これなら「あそこ何か出るらしいぜ」程度の心霊スポットをそこそこの規模の街に作るだけで、二度と飢餓感に怯える心配はなくなるんじゃないだろうか。
そんなわけでこの一行をこれ以上怖がらせる必要はないので、作った手形は消しておく。
……私の意思でなら作った『痕跡』は消すことも可能なのだ。
同じ場所で撮った写真に、変なモノが写ったり写らなかったりするのはこのせいかなー。
消さずに置いたらいつまで残るかなんかも追々確認していくとしよう。
あとは霊的に都合のいい物品の捜索についてだけど、これについては特に収穫無し。
一応隅っこにあった銀製のアクセサリーに触れてみることで、私の身体に悪影響が出ないことを確認したぐらいか。日光、塩に続くアンデッドの定番弱点その三だ。
いやぁ今のところ全戦全勝ですな。敗北を知りた……くはない。常勝無敗が理想です、はい。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
―――馬車に相乗りして過ごすことはや数日。
今日も今日とてこっそりと幽霊版体力(?)作りに勤しみつつ彼らの道中を見守ってます。
護衛の四人は冒険者としてはそれなりのベテランなのだそうで、何度かモンスターに襲われるも危なげなく対処している。
それぞれの得物は剣、槍、弓、それと火葬を行った魔法使いが接近戦用に軽めの槌。
襲ってくるモンスターは『ゴブリン』―――緑の体色に、小さな角の生えた小男という見た目だ―――を中心に、まんま野生の狼の『ウルフ』、豚顔の巨漢『オーク』と、これまたテンプレ。
……ここまで細かくリクエストした覚えは無いんだけど……よくもまあ、こんなテンプレ世界があったもんだよ、本当に。
「―――そろそろ村の近くのはずだよな?」
そんな折、再々度遭遇したゴブリンをしっかり処理した後で、訝し気に呟く冒険者が一人。
「ああ、そろそろ見えてくる頃だが……どうかしたか?」
「こうもゴブリンが出るってことは、村の近くに群れが出来ちまってるんじゃないかと思ってな」
「そうだとすると……ああ、面倒だな」
一人が抱いた疑念に、他の三人が顔をしかめて頷く。
「何せ小さな村だからな……常駐してる冒険者なんざ居るわけない。既に依頼が出てればいいが、最近群れが発生して、切羽詰まってる状態だとしたら……」
「俺達にお鉢が回ってくるな。人助けと思えば悪かないんだが……」
「……退治は難しいのですか?」
歯切れの悪い調子の冒険者達の様子に、やや不安そうに商人が問いかける。
四人は首を振ってそれを否定するが、続けて苦笑を浮かべながら言葉を返す。
「ここらの様子を見るに、俺らからすりゃ大した規模じゃなさそうです。問題は実入りでして」
「旦那だって、通過点の一つである村の経済状況は把握してるでしょう?」
「それはまあ……なるほど、そういうことですか」
「相手がゴブリンじゃ何体居たって儲けにゃほぼならねえ。……牙やら皮やらが売り物になる相手なら別なんだがな」
「村として用意できる報酬つっても高が知れてる」
「とはいえ彼らにとっては死活問題ですから、放っていくのも忍びない」
「いっそ危険を感じる程度の大集団なら、名を上げる機会にもなるんですがね」
……まとめると、骨折り仕事が待ってそうって感じか。よっぽど寒村なんだねえ。
懐にも名声にも、大して足しになりそうな案件でもない。それでも見て見ぬ振りするって意見が出てこないあたりに人の良さは出てるかな。
「というわけで一応、村から依頼されたら討伐に動くことになると思いますんで、それまで護衛を外れることになりますが構いませんか?」
「滞在中の自由行動については契約の範疇ですし、私からどうこう言う権利はありません」
「話が早くて助かります」
そう言って背中越しに冒険者達と笑い合う商人さん。
馬の手綱を握る手を片方、首から提げた水筒に伸ばして―――中身が無い事に気付いた。
「……すみませんが、また水を補充してもらえますか」
「旦那……まだ水面が怖いんですかい?」
商人さんがさっと目を逸らす。
……あー、腹に溜まるわー。
「自分で気のせいだって言ってたじゃないですか。自分の顔がうつってただけだって」
「動いたように見えたのも振動で波立ってたせいだって……」
「…………」
あの水面の顔(仮)は、あの後すぐに消しちゃったから冒険者達は誰も見てないんだよね。
商人さんも自分の悲鳴に集まった彼らを気のせいだと言って収めていたし。
……必死に「気のせい、気のせいだった」と主に自分に言い聞かせる様が逆に真に迫った感じになっていて、冒険者達は以降この件を追求しないようにしていたわけだけども。
水樽から柄杓で飲んでいた彼が急に水筒に詰めて飲むようになっても、特に言及はしなかった。
極力水面を見ないように行っていた水筒への補充作業を次第に冒険者の誰かに頼むようになり、街道から池が見える場所でやけに馬を急がせたり……
そうしているうちに、冒険者達の目には胡乱な色が溜まっていく。
その表情を読んで曰く、「アンタ、いつまでそうやってる気だ」と。
そんな四つの視線に、やさぐれたように商人さんもボソリと呟きを返す。
「……あのとき私の悲鳴に被せるように……女性の悲鳴も聞こえた気がするんですよ……」
「あんた今になって、そういう……ああもう」
……あーお腹にガンガン来るわー。これは五人分ぐらい来てるわー。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
―――村から馬車が見える距離になった頃。
彼らが予測した通り、切羽詰まった様子の村人数人に駆け寄られて暫しやりとりをかわした後、冒険者達は詳しい話を聞くべく村長の家へと連れられていった。
商人さんが即席露店を用意し始めたのを尻目に、私は集まってくる村人たちに目を向ける。
露店に注目する視線の中に、一つぐらい私に向いた視線があったりしないかと見回してみるが、こちらはどうにも空振りらしい。
こうして見ていても二十人、いや三十人は居ないだろうな程度の村ではあるが、所謂霊感体質な人間の一人や二人居てもおかしくないかなと思ったんだけど。
……いや、前の世界でもそうだけど、本当に霊感体質ってあるのかなぁ。
自称霊能力者とかいう胡散臭いのは幾らでも居たけど、その人達が本当に『見えて』たかどうかなんて誰にも分かんないしねえ。
眼球の病気とかで確かに『他人には見えないもの』を見てた人も居たかもしれないし、みんながみんな嘘をついてたわけではないとは思うんだけども。
それに未だ私には『幽霊タイプのアンデッド系モンスター』疑惑も残っている。
これについては何かしらの手段で情報を得るしかない。
……あとは人里なら『お仲間』に遭遇する可能性もあるかな?
「―――冒険者、か。どうせならもっと早く来てくれてたらな……」
ん? 何やら近くに立っていた少年が沈痛な面持ちで一言。
それを聞いた周囲の大人達が「そんな事を言うんじゃない」と宥めてますね。
「だって……っ、もっと早く助けを呼んでいたら、あいつは……ミナはっ!」
食いしばった歯の隙間から絞り出される少年の言葉に、周囲からも辛そうな「あの子か……」という呟きが広がった。
……ああ、既に犠牲者が出ちゃってる感じか。まあそれはそうだろうね。
断片的な呟きを要約すると、やはり始めにゴブリンが村の近くに見られるようになって、これは最寄りの街まで討伐の依頼を出さなければならないか……と大人達がうんうん協議している内に、村外れで野草を摘んでいたミナちゃん(推定八才)が襲われ、最初の犠牲者と相成ったらしい。
とはいえ仮にどれだけ村の初動が早かったとしても、ここから冒険者ギルドのある街まで確実に往復三日はかかるとのこと。
対してミナちゃんが襲われたのは協議を始めた翌日との事で……すなわち少年の憤りは的外れなわけだが、そう言われたところで彼も納得など出来るまい。
「……商人さん、何か……女の子に似合う装飾品は無いかな?」
村人の青年が、少年を目の端に捉えつつ商人さんに問いかける。
その様子に何かを悟ったような様子で、彼は手にした袋から髪飾りを取り出した。
「それでしたら、こちらはいかがでしょう」
「えっと、お代は……」
「……銅貨一枚としましょうか」
「っ……ありがとうございます」
赤い花を模した髪飾りを受け取った青年が、うつむいたままの少年の前にそれを差し出す。
気付いた少年は、濡れた目で青年を見上げた。
「お前からミナちゃんに……渡して来い」
「え……で、でも……」
「お前達の気持ちはみんな知っていたさ」
周囲を見回す少年に、誰も彼もが暖かい視線を返す。
少年は微かに頬を朱く染めた後、ぐいと目を拭って髪飾りを受け取ると、そのままどこかに歩き去っていった。
……多分その方向に、犠牲者が弔われた場所があるんだろう。
「……ありがとうございます」
「私はお客に髪飾りを売っただけですよ」
「でも、本当はもっと……」
「私が銅貨一枚と言ったのですから、銅貨一枚です」
「…………」
村人の黙礼に、商人さんはただ微笑みだけを返した。
……何だよ、めっちゃ良い人やん、この商人さん。
「生きた人間には勿論ですが、死者にも猶更敬意を払うべきです。人は自分が死んだからといってすぐ何処へと消えられるものではない。死した後どうなったか気になるのは自然なことでしょう? それが時として、生きた人間の耳目に触れることもある……私はそう思っているんですよ」
…………ああ、うん、えっと……そういう風に自分を納得させたんですね、この人。
何ていうか、その……ごめんなさい。いやほんとマジでごめんなさい。
「……そういえばあいつも、『まだミナが近くに居る気がする』と、よく言ってたな……」
…………おう、
これはひょっとして
圧倒的テンプレ世界。なお主人公。
次回、初の異世界人との交流……?