へい、天丼お待ちー。
───我輩は名も無きゴブリンである。
……もとい。その程度の矮小な存在に寄生するより無くなった塵芥に過ぎぬ存在である。
はぁ……どうしてこうなったのか……。
溜息を吐こうにも、ガラガラとした鳴き声が出るばかり。
ゴブリンという種族の喉は、とことん発声に向いていない。いや声量だけならそれなりだが。
同種が相手なら一応話は通じる。……会話になるとは言っていない。知能的に。
こやつらの世界は弱肉強食、力が全てだ。いやまあ、別にこやつらに限った話でもないか。
たとえ同種かつ同位種だろうと、下手に出れば搾取されるのみ。
かといって、力で屈服させて従えたところで物の数にはならんし、数を揃えようとすれば最後、離反されればまだ御の字。同格の存在に従うストレスで寝首を掻かれるのがオチだ。
上位種に率いられた群れなら最低限の社会性はあるが、その中の下位種など使い捨ての駒同然。
おまけに少しでも長の機嫌を損ねれば、突如始末されることすらザラにある。
我輩が操る以上、抗えば下位種の身体でも一方的にやられはせんが、そこで勝ったところで元の木阿弥だ。残った下位種同士の泥仕合など、
僅かでも上位の種に乗り移れる力さえ残っていれば、こんな苦労は……はぁ。
……結局こうして、はぐれ個体として隠れ潜むように生きるのが一番マシだと結論付けたのは、果たしていつのことだったか。
数多の悪魔を束ね、
…………それもこれも、あの女のせいだ。
なぁにが『破邪の聖女』だ、あんのア○ズレが!
折角、我輩が
───人間の中に時折、勇者と呼ばれる強力な個体が現れるのは知っていた。
その個体を旗頭に、徒党を組んで我輩の領域に攻め込んでくるのも珍しくはなかったのだから。
それでも、あの娘が……『聖女』が現れるまで、我輩が危機を感じることなど有り得なかった。
何しろ我輩および我が眷属の力は『魂の浸食』。如何に強靭な勇士と言えど、その魂に憑りつき肉体を奪い取ってしまえば戦いの舞台に立つことすら許されぬのだからな。
……だからこそ、魂への干渉を遮断する力を持つ人間の存在には仰天したものだった。
それに気付いたのが、多くの眷属が討ち取られた後だったことも今にして思えば実に口惜しい。
巡り巡って、我輩自身が対『聖女』に動かねばならなかった一因にもなったのだから。
……おそらくは女神の差し金だったのだろう。『聖女』の力は本物だった。
対悪魔に特化した力……たとえ我輩でも、あの娘本人に干渉を試みるのは無謀と分かる程の。
故に、『聖女』に近しい人間を利用すべく相応しい器を探し……そうして見付けたのだ。
かの娘に対して程良く嫉妬と憎悪を抱いた、突けば容易く堕ちるだろう
…………少なくとも当時の我輩の目には、そう映ったのだ。
まさか、それが、あそこまで……つーか、あんなもん予想できてたまるか。ちくしょう……
かつての力は見る影も無く、塵に等しい欠片のみとなった
こんな断片で憑りつき支配できるのはゴブリンがせいぜい……理性が強く本能の弱い人間ならば時間を掛け、篭絡することができればあるいは、というところ。
そんな有り様でも、この世にしがみつけたことを幸運と思うべきか否か。
あの女が死したなら、力を取り戻せる可能性も無いわけではない、のだが……
…………無理だよなあ。だってあいつ、
それこそ何百年だって生きられるだろ。なんたって我輩の力だぞ? …………はぁ。
───結果だけ見れば。
当初の目的であった『聖女』の排除には、成功したのだ。
『聖女』の身内でありながら嫉妬に狂った女に憑りつき、余人を排して気を緩めたところを……という、まさに想定通りの段取りだったことも間違いではない。
想定外だったのは……その時点で既に我輩、憑りついた女に
加えて、そうやって我から力を奪い取った女が、自ら手に掛けた『聖女』の魂からも
……我輩達の『魂の浸食』って、そんなことできたの? 我輩知らんかったんやけど?
あいつ本当に人間だったんか? いやマジで。
さらにはその結果を以て、本来の『聖女』に「悪魔の依り代」という汚名を擦り付ける始末。
……いやそれお前のことやろ。依り代どころか主従反転させやがったが。
マジで本当に人間かよ、お前。それこそ我輩が言うことじゃないだろうけどさぁ。面の皮ぁ。
……その後、主たる我を失った眷属は悉く討ち取られた。残ってたとしても一人か二人だろう。
そうして我が領域の全てが『勇者』と『聖女』の……人族の手に渡りて既に数百年。
今では見事な人族の国へと作り変えられ、奴らの子孫が栄華を謳歌していらっしゃるとくる。
一方の我輩はと言えば、あの女に喰い尽くされる寸前でどうにか分離した魂の断片にて、卑賤な肉体を渡り歩きつつ糊口を凌ぐ日々……力を蓄えようにも身体の寿命がなぁ。
ゴブリンなんて5年やそこら生きられれば良い方なんだよ。外敵を避け続けても。
あのとき勇者に蹴散らされた眷属が一人でも残っていれば……いや、ダメか。
弱った上司に尽くすような部下とか居なかったわ。ゴブリンと変わんねえな、我輩……はぁ~。
……正直、我輩もう大悪魔の矜持とか残ってない。自覚もある。最初の数年で擦り切れたわ。
悪魔よりずっと悪魔らしい人間の姿も特等席で見たし。怒りとかプライドとか諸々通り越して、我輩なんだったんだろって気分になったもん。……あいつ差し置いて『大悪魔』とか、ねえ?
───だからさ。……だからね。
もう今の我輩、この洞穴に引きこもってるだけの名も無きゴブリンなんよ。
そりゃまあ……旅人を襲ったりとかしなかったとは言わないよ? ゴブリンだし。
畑の作物を狙ったりとか、群れで活動してた頃には村を襲ったりなんかも、まあ……や、だってゴブリンってそういう感じだからさ。
それでも基本はもう、人間には近付かないようにしてるんだよ?
なんせゴブリンの死因で言えば最上位に近いからね。人間、とりわけ冒険者との遭遇って。
次々身体換えるほど余裕あるわけじゃないから、それなりに肉体を生かす努力は必要だし。
全盛期の武技は健在でも身体が弱過ぎるし、危険そうな相手とは戦いたくないな~……って。
……なんでこんなしけた『巣穴』に来ちゃうかなあ、冒険者。
しかも灯りの類も持ってないのに真っ直ぐこっちに……索敵か空間把握系の能力持ちか?
そんな上位の輩が、わざわざ辺境のゴブリン一匹の為に骨折るなよぉ。
いやいやいや、慌てるな。慌てるにはまだ早いぞ、我輩。
冒険者と言ってもたった一人。それもよく見れば年端もいかぬ少女ではないか。
あれなら経験の浅い冒険者が偶々見付けた洞穴に足を運んだだけかも……いやそうに違いない。
なればこの狭所と暗闇を活かして戦えば、脆弱なゴブリンの身体でも十分勝ち目はあるだろう。
……あまり使いたくはないが、切り札だってあるのだから。一応。
うむ。そうと決まれば息を潜めて……むぅ、やはり真っ直ぐ来ているな。
ここはもう少し引き付けて……我輩の間合いに入り次第……
…………よし、今だ!
いざ、尋常にっ
───あっ
あれ、ちょ
あ、やばい、強い! この娘、強い!?
お、おのれぇ!? かつての我輩なら、この程度ぉ!
……おふぅ!? あ、だめ、待って!? 死ぬ、死んじゃ……ぬおぉっ!?
ふ、ふははっ! や、やるではないか……こ、こうなれば
…………もう二度と人間相手には使いたくなかったのだが……ええい、恐れるな我輩!
最早背に腹は代えられんのだ! というか、
零落したとて悠久を越えし大悪魔! こんなところで終われぬのだ!! さあ、行くぞ───
その身体! 貰い受け
Nullam エッ? utatio.
《───おつかれぇ。何か妙にしぶといというか……動きの良いゴブリンだったね?》
「ですね。こっそり畑の作物をくすねていく悪賢いゴブリン、とのことでしたけど……上位種でもないみたいです。……他の個体の姿はありました?」
《んにゃ、巣穴の周辺や奥まで見てきたけど全く。いわゆるはぐれ個体って奴だったんかねえ》
「そうですか……ついでに聞きますが、幽霊が居たりとかも?」
《しないねえ。そう上手くはいかんようで。ま、そこまで期待してたわけではないんだけども》
「…………」
《……ユズちゃん? どうかした?》
「ここまでに会った一番古……ええと、時間の経った幽霊が、一年弱前の方、でしたよね」
《んむ? んー……ああ、確かに》
「何か、理由があるんでしょうか。それより前の幽霊が残っていない理由が、何か───」
【イヤーッ!】(元)ラスボスさん終了のお知らせ【グワーッ!】
そろそろお察しの事かと思われますが、本章のコンセプトはこういう感じのアレです。