CA-p Like a spirit
「───"降り続ける雨を止めて欲しい"……?」
首を傾げ、若草色の髪を揺らした少女の呟きが、雑多な賑わいの中に紛れ落ちた。
魔物の討伐から失せ物探しまで、多種多様な『求め』の集まる冒険者ギルド掲示板。
貼り出された無数の依頼書の中、厄介払いとばかりに追いやられたような隅の隅。
天に希う『雨乞い』、ならぬ『晴乞い』の依頼。
冒険者などより神殿にでも対応願うべきではと、当たり前の疑問を抱えた彼女が問い掛ければ、答えたのはどこか疲れた目をしたギルド職員の女性で。
曰く、とりわけ雨季に当たる時期も無い土地に十日間、絶えず降り続けた雨模様を異常と断じたその地方の領主───後の依頼主が起こした初動については、まさしく神殿への働きかけであり。
彼の人物の潤沢な懐事情も手伝い、厚い『寄進』を受け取った神官達は意気揚々と出立、様々な儀式祭式鎮守の宴が催され───何の成果もないまま一ヶ月が経過。
残ったのは半月時点で青筋を立てていた領主に、哀れなまでに権威を折られた神殿勢。
いよいよただ事ではないと腰を上げた国より、調査を任された魔術、呪術の専門家等々が次々と現地に赴いたものの、これまた一向に状況の好転には繋がらず。
その後も大小様々な勢力が各々の思惑で彼の地に集まるも、原因の特定はおろか有効な手段すら見い出せた者すら皆無のまま。
事態発生から徒に時が流れること既に一年弱、そうして堆く積もった諦念の末が、掲示板の隅を飾った件の『壁紙』とのことである。
「(これは…………『お祓い』案件、なのかなあ……?)」
こうして遠方から訪れた人間に説明するのも慣れたものだと、苦く笑った女性に礼を返しつつ、少女は天を仰ぐようにして物思いに沈んだ。
国を挙げた魔術的、呪術的、その他諸々の調査一切に引っ掛からない『何か』の存在。
多くの賢人達が頭を捻り、首を傾げて、遂には匙を投げたと思しきその正体───世にも稀なる『霊能力者』である彼女の思考に滲んだのは、冒険者らしい少々の興味と微かな期待。
「(……まあ、わたし以外に
───国中を翻弄している難題を、颯爽と解決に導く在野の冒険者。
脳裏を一瞬過った青い妄想に小さく笑いつつ、少女は再び奇怪な依頼へと目を向ける。
記された土地の名、地理的な距離、付随する情報群。
予想される道程の凡そを思い描いた彼女の中で、やがて結ばれたのは一つの結論。
「(…………行ってみようかな? 今は他に依頼を抱えてるわけでもないし)」
事態を解決できるできないはともかく、観光ついでに足を延ばしてみるのも悪くはなさそうか。
元々が
誰かに語れる話の種の一つも増えれば儲けもの───そんな軽い心持ちのもと、その年齢にややそぐわぬ健脚は次なる旅に続く路へと動き出したのだった。
…………後に、彼女は語る。
当時の自分に声が届くとしたら、引き止めるだろうか。はたまたそのまま行かせるだろうか。
その答えには非常に悩むが……少なくとも深く考えずに行先を決めてしまったこの瞬間こそが、己の人生における最大にして
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
ぱらぱらと。
しとしとと。
霧のように。
雨音の勢いは様々に、されど薄暗い空模様は一様に。
彼の地に近付くほど強まるでもなく、さりとて立ち込める雲は風に流れる様子もなく。
奇事に苛まれる土地から早々に逃げ出したのか、小鳥や獣の姿すら道中には殆ど見えず。
然れば忽ち泥濘に沈むだろう街道は、不気味な程に硬い感触を踏み出す足へと返しくる。
それはまるで、天から注ぎゆく水こそが幻であるようで。
それはまるで、水の姿をした奇妙なナニカが辺り一帯に覆い被さっているかのようで。
なるほど、これは、『異常』である。
《───やぁやぁ遠からん者は音にも聞け! 近くば寄って目にも見よぉ! 我こそは水天逆巻く雨の精霊レイン様なるぞぉ! おどろけー! ……なんて。誰にも聞こえやしないし見えもせんてとっくのとうに分かっとるやろって話なわけでね。はぁ~……》
「(…………なんか居る)」
そんな『雨』の下、少女は『それ』に出会った。
「───嗚呼、世の不条理に涙する天の神よ! 憤りの儘に大陸を洗い流さんとする荒ぶる者よ! 其が全てを呑み込む前に、この『聖女』たる身を捧げます! 御身の嘆きと怒り、我が身をもって受け止めん!」
「(……さらになんか居る)」
『それ』と相対しているようでしていない、もう一人も追加で。
《……なに言ってんだこいつ。なんやその中身ペラッペラな聖女ムーブ? というかよく見たら、どこぞの身持ち悪々な子爵令嬢やないかい。……受け止める? ほな望み通りやったろやないか。ほれ、ピンポイント驟雨~☆》
「そうして御心を鎮められた暁には、私のちかあばっばばばべば!? ……ちょ、ちょっとぉ! やり過ぎよ、やり過ぎ! なにすんのよ!!?」
「(なにこれ)」
雨雲に覆われた一帯の中央、土地を覆う『異常』故に人通りも疎らとなった領都の広場。
そこに広がる、曇天に向かって一人叫んでいる女性、と傍からは見えているだろう光景を前に、少女は多くはない聴衆の影で呆然と『眼』を瞠っていた。
「(……やっぱり、アレが見えてるのも聞こえてるのも、わたしだけ……? それじゃ、アレって幽霊、なの? いや、でもさっき精霊って……というか、聖女、様?)」
喉奥に幾つもの疑問と思索を溢しつつ、彼女は己の『眼』が映すものに改めて意識を傾ける。
聖女を名乗る煌びやかな女性に、その背後を固めるように居並ぶ眉目麗しい数名の男性、そしてそんな彼らをうんざりとした表情で見下ろす───精霊を名乗った、黒髪の幽霊(?)へと。
「ごほっ、うぇっほ……だ、大丈夫ですわ、みんな落ち着いて! 今のは……そう! 雨の神様が私の声に応えてくれた証拠よ! 清らかな心を持つ私になら、きっと神様の御怒りを鎮めることもできるはず! だからみんな、私を信じて待うぼばばべっぼぼばぼぉ!?」
《清らかな心て自分で言うんかい。これ見よがしに王子様まで侍らせちまってよぉ。誰かさんから寝取りかました婚約者サマはどうしたよ? ……よく見たら後ろの取り巻きズの中におるやんけ。ええんか? お前その位置でええんか? どう見ても取り巻きA以外の何者でもあらへんぞ?》
「(…………なにも見なかったことにして帰っていいかな? いいよね?)」
神(?)への呼び掛けを宣い、その度に高密度の雨を浴びる自称聖女。
呆れを多分に含んだ声音で、聖女の聞きたくなかった裏話を次々と暴露してくる精霊(?)。
流れで知ってしまった取り巻き、もとい、控えた男性達の正体も相俟って危機感を覚えた少女が退避を考え始めた、その時だった。
「ぜぇっ、ぜぇっ……! もう、なんで言うこと聞かないのよ、こいつ……! 私の『聖女』って肩書きの箔付けの為に用意された
《……んぁ?》
「(えっ?)」
濡れ鼠になった聖女(?)から溢れた悪態に、呆れ顔だった精霊(?)が目を見開く。
少女に漏れ聞こえた言葉の意味は分からず、伝わったのは中空に浮かぶ彼の者の変化で。
「いちいち小煩い伯爵令嬢を叩き出して、高慢ちきな公爵令嬢からは男奪って追い払って……次は聖女に、ってところで発生したんだから、あの女神様も気が利いてると思ったのに……ああもう! さっさとイベント進めなさいよ! 面倒くさいわね!」
《………………ほっほう、なるほど、なるほどぉ?》
「(え、あ……)」
ざわりと波立つ、透けた黒髪。
ずしりと天から注ぐ、澄み切った声。
唯一人、たったひとり、その変化を知ることができた少女が一歩、後退りした、その瞬間。
《オマエノ シワサ゛ ダタノカ》
「!? ぐげ───」
「ぁ……!」
天まで
慌てて駆け寄ろうとした男達の身を、異様に太い豪雨が槍衾もかくやと叩き伏せる。
目に映る『精霊』の豹変に動けない少女が見たのは、急激に空を覆い広がりゆく漆黒の雲海。
《……こりゃ丁度いいや。流れっちまえ、全部。少しはキレイになるやろ》
「……!」
どこか投げ遣りに響いたその宣言を、やはり唯一人聞いていた少女が総身を震わせた。
温度の一切を伴わない、ただ其処にある
───流される? なにを、どこまで…………
そんな、そんなの……止めなきゃ……どうやって?
わたしが……そうだ。わたしだけが、
「待ってください! 精霊様───レイン様っ!!」
《…………ファッ!?》
周囲に響いた少女の呼び掛け、降り注ぐ槍雨に生じた空白。
疎らに惑っていた聴衆の、十数秒振りの呼吸にありつけた聖女達の視線が、中空の一点を確かに見据えて祈るように両の掌を組む彼女へと、一心に注がれた。
「レイン様にとってわたし達は洗い流せば消えるごみのようなものかもしれません! それでも皆懸命に生きて───」
《うん待って
「えっ……あ、はい! 見えます! 聞こえてます! ですから、どうか……!」
《ああ、うん……そっか》
『視』えぬ者にも感じ取れた、万物を轢き潰すような圧力が晴れて、一拍。
『聴』こえぬ者さえも返答を待った、静かな沈黙を経て。
《───いいよ》
あっさりとした一言が、少女の耳朶を叩いた、その直後。
霞のように消えた重圧に、組んだ手をそのまま顔を上げた彼女に。
雲間を裂いた真白の陽光が、その身を包んだ。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「───以上が、確認の取れました限りの顛末となります」
「……うむ。大儀であった」
王国、王城、とある一室。
国政に程近いその場所で、密やかに言葉は交わされていた。
「……猛りを見せた僅かの間とはいえ、如何なる手段でも祓えなかった黒雲の範囲が、
「畢竟、過去に例を見ぬ大凶作に襲われる運びとなりましたでしょうな。尤も、問題はそれだけに留まりませんでしょうが」
「ああ、あらゆる面から王国の終焉は近かっただろうよ。なにしろ相手は大自然の化身そのもの。人が如何に知恵と力を絞ろうとも覆せぬものはあると思い知ったわ」
重ねた齢と経験を皺に刻んだ顔を苦く歪め、過日の騒動を語り合う複数の声。
そこに含まれるのは一様に、一つの重荷が下りた安堵と、新たに圧し掛かった難題による既存の事象一切とは方向性の違った心労の色で。
「それで、精霊殿、なのですが。……
「……ほう」
「指定した地域への降雨は勿論、特異な力を秘めた水の生成、また水の流れを通して国中の事象も凡そは把握されているとか……」
「…………ほう」
「……彼の方々が健勝である限り、我が国は干魃の危機とは永続的に無縁であるのは間違いないと言えるでしょうな! わはははは……はぁ」
「ああ、うむ、良く分かった。其方も一度休め、な?」
虚ろな哄笑が漏れる室内。苦労を分かち合う声と声。
俄かに流れた和やかな空気の中、挙げられた手が、一つ。
「……失礼、件の巫女殿について続報がございます」
「む? 何か変事があったか?」
「いえ、そういうわけでは。……これは当人からの申告なのですが」
「自身の持つ『体質』。これは決して、
「……ほほう?」
「少なくとも
「うんなるほど
《───ほむ? 遺跡近郊の街で未知の疫病発生とな? ほむほむ……ああ、これかね。したらば病原体を洗い流すイメージで……よっしゃ完成、喰らえや『病原浄化の雨』! そぉい☆》
「……精霊様から願いは聞き届けたとのお言葉です。……あとすみません、胃薬の追加を……」
『幽霊や精霊あたりの肉体を持たない存在以外に近くなることは無理だったと思うわよ?』
by
例によって例の如くバグり散らかしている一方、実は幽霊()より実装に無理が少なかったり。
そのため比較的制約が緩々、故に王都側に取って返して『
ただしこの時点では
最終的な能力規模は『水の王』(アトリエ黄昏シリーズ)@全盛期レベル。やばい。
本編に比べて孤独が長かったこともあり、流石の彼女も少なからず人間性が削れていた模様。
ただし今話において彼女が『流す』と言ったのは、国中に蔓延した
とはいえもう暫く放置されていれば、どこぞのギャル語ロボさん出動案件だったかもしれない。
後々を踏まえればファインプレーだったのは事実。やはり『救世者』であったか。
ユズちゃん精霊の巫女様ルート。戦力的には本編の数百倍。彼女の胃痛は数千倍。
気紛れで大陸を雨に沈められる大精霊の
本編未登場の師匠さんをオチに持ってこようかとも考えましたが四月ネタが初登場は流石に、と踏み留まりました次第。そろそろこの人も設定固めないとなあ。
なお本編再開の目途はまだまだ未定となります。ゆる~くお待ちいただければ幸いです。
・『オマエノ シワザ ダタノカ』
誤字に非ず。ご存じなければ「いぬえんど」で要検索。……さては割と余裕あったな?