『天使様』と呼ばれる少女が居た。
成績優秀、スポーツ万能、学業秀才。おまけに性格もよく、誰にでも分け隔てなく優しくし、容姿も神が贔屓したと思うしかないほど整っている彼女は周りからすればまさに天使そのものだった。
美しい栗色の髪は腰に届こうかという程に長い。その髪一本一本が艶を放ち、肌はみずみずしい。
同じ学校に通う男子達は皆一様に彼女にハートを撃ち抜かれていた。彼女に想いを打ち明け、倒れた男の数は両手ではとても収まらない。
彼女の名前は椎名真昼。廊下を歩いている今でも、同級生の女子から声をかけられ、男子からは好奇の目線で見られる。その全てに嫌な顔せずに対応する彼女はまさに完璧才女。
そんな彼女は目的の場所に辿り着き足を止める。顔をあげれば、そこには一枚の大きく長い紙が壁に張り出されていた。
名前の両脇に数字が書かれているそれは、今回のテスト結果だ。
上位50位までの生徒の名前と点数が張り出されたそれを見に結果表の周りには少しばかりの生徒が集まっていた。
それぞれがその結果に一喜一憂する様を横目に、真昼は迷わずに表の左上を見る。
【1 椎名真昼 495点】
それが示すのは、学年トップの証。いつも通りだった。
「すごっ、椎名さんまた一位」
「流石天使様。俺達とは頭の出来が違うんだなぁ」
「しかも運動も出来て可愛くて、やっぱり椎名さんは『天才』なんだねぇ」
離れた位置にいる男子が、一緒にここまで歩いてきた女子が、それぞれ真昼のことを褒めたたえ、尊敬の視線を送る。
真昼はそんな視線を感じながら、しかし慣れたように過剰な反応を見せないし、この結果に驚いたりはしない。自己採点はテスト後に行っていたし、予想通りの点数だったという感想しか出てこなかった。
もう教室に戻ろう。そう思って視線を表から切ろうとして、違和感に気づいた。
それは、真昼がいつも占領しているトップの一つ下。
いつも通り、「2」の文字が書かれているであろうそこには、今回は違った数字が書かれていた。
【1 水野悠 495点 】
同率。いつもなら2位に差をつけていた真昼と同じ点を取っている生徒の名前がそこにはあった。
真昼は表に張り出された生徒の名前はだいたい把握している。毎回上位50は固定メンバーのようなもので、真昼にとって見れば「この人の順位上がってるな」という感想が湧き出てくる。
しかし、この名前に真昼は見覚えがなかった。
少なくとも、クラスメイトではない。なら、他クラスの生徒だろう。
「お前一位じゃんっ!」
「すげぇ!天使様と並んでるぞ!!」
少しその生徒に興味が湧いた辺りで、ふとそんな声が聞こえてくる。そちらを見れば、二人の生徒が興奮したように一人の男子生徒に声を上げていた。
声を掛けられている生徒の顔を見る。状況から、あの男子が『水野悠』という人なのだろう。
やはり、記憶にない。
今まで出会ってきた男子の顔と照らし合わせて、彼のような人は居なかったはずだ。
(そういえば、転校生が来たと言う話を聞きましたね……)
なら、その人だろうとアタリをつける。
そんな彼は、表にあった自分の名前を見て、何か喜びや驚きを見せることなく「賭けは俺の勝ちなっ。定食頂きぃ!」とそばにいた生徒に告げる。その賭けとやらに負けたのであろう男子は「手加減してくれよォ」と両手を合わせながら彼に頭を下げていたが、彼は取り繕うことなくこちら側へと歩いてくる。
「一番高いやつなんだっけなぁ」
「勘弁っ、まじ金ないって!!」
三人ほどのグループで歩いている彼等はとても楽しそうだった。真昼は学友は多い。しかし、親友と呼べるほどに深い仲の友達はいなかった。だからだろう。羨ましそうな目で彼等を見つめ。
「……いいなぁ」
「ん?」
思わず呟いてしまった声はちょうど近くを通っていた彼に聞こえていたようで。彼の黒く凛とした瞳が真昼の顔を捉える。
足を止めた彼の背中に顔をぶつけた生徒がこちらを見て「て、天使様っ……!?」と声を潜めて叫んでいた。何時もなら少し恥づかしく感じるその言葉はあまり入ってこない。真っ直ぐこちらを見つめてくる彼は何を思っているのか全く分からない。
下卑た視線を向けてくるわけでもなく、ただ真っ直ぐ真昼の顔を見つめていた。
数秒の膠着。さすがに気まづくなってきた真昼がこの静寂を切り開こうと声を発する。
「……あの、」
「髪ながっ。一気に三人くらい締め殺せそう」
「は?」
これが、椎名真昼と水野悠の出会い。
思わず今まで出したことの無い声を出してしまった天使様は許されていい。