謎の数字が見える男が非日常へ捲き込まれていく話 作:kosutoko
ニコニコと笑っていた顔が少し不思議そうに歪められた。お姉さんがこちらを心配するように眉を潜める。
しかし、何度見てもその顔のあたりにある数字は5桁。思わず言葉が漏れる。
「……人じゃ、ない……?」
言った後に気が付いた。──ヤバい。お姉さんの顔が心配からかけ離れた、形容できない表情へと変わった。バッ、と手で口を覆う。
「……きみさ、」
お姉さんの口が動き始めた。手遅れかも知れない。一体目の前の
印鑑を震える手で勢い良く押しつける。そのまま、靴を投げ出す勢いで荷物ごと扉へ駆け込んだ。
「ありがとうございましたーー!!!」
バタン!! と壊れる寸前の力加減で扉を閉める。荷物を慣性に任せて投げ込んだ。
転がった荷物をほおって逃げるように奥へと駆け込む。そして、その勢いのまま広げていた布団へ飛び込んだ。
ドクドクと心臓が脈打つ。そして、息を押し殺すように枕へ押しつけ──、
『……えーと、あのー? きみさ、今なんて言った?』
──ドクン、と再び心臓が脈打つ。一枚の板を隔て、声が聞こえる。コンコンと扉が叩かれた。
『ちょっとー? あのー? 聞こえてるー?』
コンコン、コンコンとノックが増える。
『あのー? ねぇ? ねぇねぇねぇねぇねぇ?』
完全に地雷だったようだ。そして、この反応からして恐らく向こう側の誰かは人じゃないことは確定した。
一体なにが、なんの目的で──そんなのはどうでも良かった。さっさっとどっかに行ってくれ。
その思いだけが胸に積もる。
『……はぁ』
そして、途切れることのない程早くなったそのノックが、ピタリと止まった。
息を止める。意味はないだろうが、しないと死んでしまいそうだった。
「…………なんで今更こんな数字が……!」
枕へ向かって、小声で怒りを吐き出す。そうだ。これまでなんの意味も無かった数字が、なんで今更になって意味を持ち出すのだ。
『……数字? ねぇ、数字がなんだって? 聞こえてるんでしょ?』
「ひっ」
マジで人じゃない。聞こえるわけがない。そういう距離で、大きさの声だった。
『ひっ? ひっ、ってなに? ひひ◆◇】#○★のこと言ってる?? ねぇ? ねぇねぇねぇ? 気になるなぁ、教えてよ』
声が激しくなる。誰か気付いてくれよ。隣の人は今いないのか? 他の誰でも良い。そうすればこの化け物もどっかに行ってくれる筈だ。
『気になるなぁ、気になるなぁ、気になるなぁ、気になるなぁ、気になるなぁ──!』
そうだ。コイツが消えたら家を変えよう。もっと都会へ行くんだ。大学から離れることになるがそんなの知ったとことではない。ここは店も少し遠いしご飯も美味しくない。関東かどうか疑いたくなるレベルだ。
『気になるなぁ、気になるなぁ、気になるなぁ気になるなぁ──ねぇ』
そして、ブチッ、と
そして、音は消え失せた。数秒、数分──1時間経っただろうか。
「……消え、た?」
恐る恐る枕から顔を離す。扉へ恐々と近付き、のぞき穴を覗く。誰もいなかった。そう、誰も。
これが俺の初めての『なにか達』との接触で、そしてこれからまっとうな生活が送れなくなることも、当時の俺は欠片も認識していなかったのだった。