https://www.morden-gunfighters-community.net   作:楢樫書局私人有限公司

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Military Slogan
"Stay low. Go fast. Kill first. Die last. One shot. One kill. No luck. All skill."

Archilochus
"I have a high art. I hurt with cruelty those who would damage me."

Christopher Lynn Hedges
"The rush of battle is often a potent and lethal addiction, for war is a drug."

Muhammad Saeed al-Sahhaf
"These mercenaries and hirelings kidnapped civilians in the Al-Faw Peninsula so that they might claim that they captured Iraqi soldiers. "

Ken Loach
"No political politicians on the board and stop sub-contracting anyway, which means getting out of Iraq. If anything needs to be policed, it needs to be done through a proper international body...not through us sub-contracting teams of mercenaries."

Studs Terkel
"We hear the term independent contractors in Iraq. Independent contractors? Mercenaries!"

Sgt Charles Benjamin Mawhinney
"It was the ultimate hunting trip: a man hunting another man who was hunting me."

Tom Clancy
"Wars are begun by frightened men."





IED Ambush in the Najaf - https://youtu.be/js1e4SShT18

US Special Forces activity in the iraq - https://youtu.be/VCQVJdwdryc

BPRE Main Memu Theme - https://youtu.be/GAz0EIWzSCc



Coalition of the billing(多国籍請求連合団)
Night Camo Parka(ナイトカモパーカー) / Route Irish(ルート・アイリッシュ)


 

 

 

 

 

 快適な睡眠からは程遠いと言ってしまえばそれまでだが、性悪の夢魔と付き合って律儀に魘される事は無い。過去の残影が企画編集する悪夢であれそれ以上であれ、懐古の念を浮かべこそすれど何度見たか分らない懐かしい記憶を前に、最早揺れ動く心の一つすら無かった。

 

 額に浮く脂汗の一滴、上下の対合歯を軋らせる微音でも有れば、まだ自分を真っ当な人間だと言い張れただろう。だが椅子の腕置きを掴む両手に力を込めた気配は無く、跳ね起きる自分を期待しても鼓動が跳ねる予兆も見えない。品性有る静かな目覚めが寝起きを迎えただけだった。そこには騒の近づく足音は疎か、苦に気触れた陰鬱の吐息一つありはしない。

 

 そんな切り貼り加工された記憶の閲覧者たる僕は、愛用の睡眠補助用目隠しを外して半分だけ噛み殺した欠伸を口内で接待させ、夢見た旧懐の情に対して瞬刻未満の思いを馳せる。

 

 デイヴィッド。コリン。フォーサイス。あぁ、なんと懐かしい響きだろうか。こうして彼等の顔触れを思い起こしたのはこれで一体何度目か。百か、千か、それより少し多い位か。いや、答えはとうに知れた事。数える事に意味は無い。生きていれば、それだけ折る指を増やすだけだ。恐らくは死ぬまでそれは変わるまい。今日の夜、明日の夜、明後日の夜、一年二年が経とうと僕はそれを見続ける。物の見方によってこれは悲劇か喜劇か、彼等が軍務を全うし息を引き取ったという事実を僕が忘れる事は無いし、それによって人の死にさしたる動揺を覚えなくなった自分に対しても無感動が貫かれるであろう事も又変わらない。だからと言って世は事も無し。世の常として、生きる過程で喜の情を得る者有り、苦の情を得る者も有り。個人の内実がどうあれ逆立ちしてもそうでなくても、僕もその一片に過ぎぬ取るに足らない存在だ。

 

 ふと、頬皮をちりりと熱する暖を感じる。暖の呼気を受け揺れる産毛は、機窓側に位置する左頬の。そういえば、寝る前に遮光幕を下ろさないで舟漕ぎ始めたんだっけ。相変わらず慣れない空港の人ごみを横切って、自販機で買った果汁飲料を一口二口呷って注文した機内食一式もそのままに眠りについた所までは記憶にある。そして夢見悪くも、唸り声一つも無く目冴えを始めた起き抜けの今に繋がると言う訳だ。

 

 頬の肌にじんわりと染み込んだ熱は皮膚組織の感覚器官が受け取り、生成した電気信号を脳へ向けて発信。ここで一つ、人体内に於ける刺激の情報をその司令塔たる脳機関が受け取るという神経系のやり取りが生まれた。その流れから大脳が受け取った情報は直ちに僕の思考空間と情報を共有化を図り、僕の中にある小さな好奇の感情は熱源体を確認せよとの要達成事項を加記させた。

 

 脱力し項垂れた頭蓋は首後の筋肉が収縮する動きに合わせて上げ角の運動を見せ、続けて脊椎を旋回の中心軸として約七十度程度左に回る。視界の中心には届いていないが、それでもそこから見える像はある。窓外に浮かぶ日の出の像が。

 

 色鮮やかとはこの事だろう。重ねて溶かした色彩、滲ませた水彩画。手前の貧弱な語彙は、何処かで耳にした様な在り来りの感想だけを繰り返した。

 

 朝の訪れを告げる空の移ろい。それは、天体から垂れ下がる光の隙間を埋めた夜闇が戦慄き後退りしたなら、長針が大きく動く前までに鋭角の見晴らしは光に刷新される現象。万人へ伝わるかは知らぬ事だが、それは和紙に滴り落ちた種火がやがて隅から隅までに燃え広がって赤銅色の揺らめく衣を羽織る様とよく似ていた。

 

 一つ違いを認めるなら、火に焼かれた紙は黒く焦げ落ちるが、日に焼かれた空は青く澄み渡る。そして鶺鴒の羽毛に近い純白を織り重ねなければ、この水平線を拵える事は出来ない。少なくとも漆喰塗りと表現するには、言葉選びを違えている。木目細かすぎる仕上げは、その言葉には不釣り合いも良い所だ。そう、夜明けとも日の出ともつかない薄明りの中で朝焼けから伸びる火柱の直立を引き立たせるには、陰影の塗り分けを躍らせる余丁を残した下地と背景が必要だった。練り固まった黒天井の上に、ただ幾重にも筆先を加えただけでは、単純作業工程が完成させる間延びした白の平面では色乗りに不足する。丁寧に塗り重ねたからこそ、たかが白一色で塗りつぶされた空の余白にも等しい空間にも奥行きと立体感を感じるのだ。

 

 日の出の近づきを悟ったのはつい今しがたの寝覚め時とほぼ同時だったが、橙色の染みを広げる空模様を見れば寝惚け眼を擦る必要も無く、否が応でも陰らぬ熱を悟らされた。そんな思念をぼんやりした心の内で弄ぶ内に気付けばほら、遠空を昇りつつある光源は境界から顔を覗かせ始めている。

 

「人肌で温めた榻背に項を預けてしまっては、まだ夢見心地が後を引くか。それにしても空気の温いことで」

 

 常用薄明(BMCT)の超過段階、水晶体越しに集束した燭光の円錐が網膜を突き刺した。上下の瞼縁を重ねても尚、溢れんばかりの光と熱を抑えきる事が出来ない。自己質量で球状集合体に落ち着いた水素とヘリウムの混合気化物質は光の瞬間直進距離にして約八分先の位置で燃え続けるが、それだけの間隔を置いて尚、力強い核融合反応が零す太陽光は瞼の裏に透けて見える。厚さ数ミリに満たない蛋白質由来の被膜程度では力不足も甚だしいだろう、七時位置近くの太陽高度が湛える大光量の前には。紫外線や赤外線含む不可視光線の類いならまだしも、照度十万、人間の知覚限界域寸前にも迫る白光の奔流を相殺無力化するなら人間本来の遮光機能は余りにも無力と言わざるを得なかった。

 

 規定巡航高度一万メートルを維持継続する現在、地表よりかは僅かに太陽に近い位置に居ることになる。そう、地球から太陽までの距離一億四千九百六十万キロメートルが純然不動たる事実である以上、僅かな差という表現は何ら間違ったものではなく寧ろ適切な用法とさえ言える。では、自己位置と太陽との相対距離がそのまま体感温度にも反映されてくるのかと問われれば、話は変わる。

 

 氷点下五十度前後。一部の博識な一般民衆や気象学会有識者を回答役に採用した上で、旅客輸送に用いられる飛行航路上の気温に関する問を投げたとしよう。無作為に十人から五十人を選びそれぞれから回答を得た所で、その全員は先ず間違いなく前述の数値をそっくりそのまま返して寄越すに違いない。

 

 年間通算でコンマ二気圧の平均値を記録、ロシア連邦極東行政管区(FEFD)の冬季最低気温すら凌駕する極寒気流に支配された世界。凍てつかせる実体こそ含有水分以外に持ち合わせぬものの、その不変性は言うなれば大気中の永久凍土層と言っていい。生物全般の生息に向かぬ尖りすぎた性質故に人類の生存はおろか、地球原生有機体大半の生存すら許さないという、まさしく生命の存在を拒絶するかの様な極限の不可侵自然環境。航空機に搭載された与圧、温度調節機能若しくは専門機材が無ければ我々人間は生命活動を維持したまま現在の寒冷領域に居る事は出来ない。無論、それが機内であれ機外であれ。その点に於ける一切の垣根は主題の大きさと比べ余りにも些末故、この際は一旦捨て置くとしよう。

 

 そして少し極端な場合を挙例として許されるのならば。高高度降下地点(HARP)、即ち高度一万メートル付近を設定降下起点とし、そこから戦術自由降下(MFF)を実施可能とする公的組織の要員ですら、降下地域(DZ)に生きて辿り付く為だけにも専用装備を最低一抱え分は必須とする。その具体的な内訳としては可操性自由降下傘(MFF ARAPS)電気作動式全自動開傘装置(EAAD)降着誘導機器(NAVAID)から降下用酸素供給装面具(Cobham Phantom POM)腕部着装式同期型高度表示計(MA2-30)といった標準作戦機材一式を皮切りとして、生命保護用途に降下用保護眼鏡(Kroops Boogie Goggles)強化樹脂製降下帽(Pro-Tec Full Cut)戦闘用防寒保温被服(Patagonia PCU Block 1)までを。

 

 僅かな上昇変動すら望めない圧倒的冷気と些かの希望的観測が不幸を呼びかねない致命的気圧差に曝され、それでも竦む両足と恐怖心を抑え込んでまで挑むことを止めない空の勇者達。石油系合成化学繊維の両翼を広げ優雅な天使の如く地上に舞い降りるか、減圧症で意識を失い無抵抗で地表に叩き付けられ風速冷却に悴んだその五体を氷柱の如く無残に散らすか。彼等自身の命運を最終的に分かつ物は、何もそう複雑怪奇を極めた錬成課程を必要としない。高度な最終到達伎倆水準は必須となるが、それは完成まで万年単位の時間を要する峡湾地形(Fjord)の様な自然の芸術とは対局に位置する。何故ならそこには悠長さを忌避する人間の意志があり、その意志に基づく努力が発生するからだ。

 

 つまり極限まで磨き抜かれた研鑚意思の結晶、滾る様な熱意の結果が必要とされる。軍歴を賭け全霊の下に鍛え上げた自らの技量。ゴルゴダ(Golgotha)から赦しを与えた荊冠の受刑者より頂戴する比類無き天賦の才覚。やや抽象的な表現を用いればこれだけだ。たった二点限りの単純明快な要求要素に集約される。

 

 だが訓練を受け特殊技能を有する彼等も人間の範疇なる絶対の枠組みから解放された訳ではなく、記述の装備品を着用する大前提を無視してしまえば、その行いは途端に単なる身投げへと実態を書き換える。恐怖の芽生えを自覚するより早く貨物格納室(Cargo Bay)から伸びた運務用傾斜板(Slope)の床を蹴った所で、一面の層雲を突き抜け冷風が後ろ髪を梳き終える頃には、既に物言わぬ骸の身柄だけが意志無き眼で大地を睨むのみに終わるだろう。

 

 種族的限界という柵から逸脱する事を許されぬ我ら人類は、知恵の鎧無くして鳥には成れぬ。端的物言いで結論を述べるならば、科学技術が大きく発展した現在という道理があればこそ、彼等の様に空中環境での生存を成立可能とし、快適な座席に収まったままアクリル樹脂の向こう側に景色を楽しむ現在が許されるという事だ。

 

 しかしそれでも、快適が約束された筈の機内で蜜柑の搾り汁を喉に通す今、肌表を鑢掛けられている様に錯覚する。これは痛みだ。日差しが皮膚の細胞をゆっくり時間を掛けて炙り焦がす痛みなのだ。我が物顔で客室窓から入り込んだ太陽光が、腕掛けに寝かせた右と左の両前腕を強烈に照り付けているが故に。

 

 空調は離陸から一切の時間を冷暖房に費やしているが、これだけは誤魔化し様がない。さしもの空調機様も、直射日光に関しては全くの門外漢だ。旅客機の機内でこの状態なら、地表は更に酷い有様だろう。それを思い至れば少しだけ気が重くなる。憂鬱極まりない。飛行状況に支障が無かったならば、もう間もなくで砂の大地へ降り立つ予定なのだ。遥か眼下で焼け続ける四大河文明の一角、メソポタミア(Mesopotamia)文明発祥の地へと。

 

「これより着陸前機内放送を致します。乗機中の御客様各位におかれましては、お手数ですが今一度御謹聴なさいませ」

「機長より当機へ御搭乗中の皆様へ御案内させて頂きます。おはよう御座います、長時間の空旅お疲れ様でした。当機は間もなくバグダッド国際空港(Baghdad International Airport)へ着陸致します。又それに合わせまして、間もなく免税品の機内販売を終了致しますので御希望のお客様は早めに乗務員へお申し付けください。続きまして各機内状況、現在時刻はアラビア標準時(AST)適用で午前七時五分、自動空調機の設定機内温度は摂氏十七度前後の維持で固定。各座席頭上の調整操作盤にて各自適温に対応する若干の個別調整は可。機体周辺外気温は氷点下五十一度を検出。地上気象台の情報提供に寄れば本日の空模様は最低観測雲量値の快晴、摂氏二十九度、湿度零パーセント、最大瞬間風速三メートル北北西の風。気温、天候、風向、視程状況共に極めて良好。バグダッドの晴れやかな一日が、御客様各位を手厚く歓迎する事をお約束致します。この度はイラク航空(Iraqi Airways)を御利用頂き、誠に有難う御座いました。本機は間もなく―」

 

 さて困った。機内放送の一通りを聞く限り、どうやら懸念は現実の物と化したらしい。終局の実態を容易に予想出来た筈にも関わらず蓋を開けてみるや案の定、淡い期待は急ごしらえの楽観的視点を道連れにして打ち砕かれた。今や回避不可能、接触を確定された不都合な未来像は内心を苛立たせるには十分な理由で、表情には反映されない負の感情が特有の不快感を肋骨沿いに渦巻かせる。主気管支の分岐点を中心に旋回を始める不快感は左右両肺を圧迫し、獲物を絞め殺す無毒種蛇の様に肺胞の集合体へ軌跡を絡めれば、円周軌道の内側へ圧力を高めていく。

 

 空気を含んだ膨らみが絞り上げられるばかりか、その反動的初期症状は間を置かずして現れる。無意識に腹筋を浅く収縮させ、それと共に咽喉を低く震わせる挙動として。我ながら煩わしいものだ。生来の楽天家を思わせる甘い見通し、希望的観測の代償はさして痛くも無いしっぺ返しに留まったが、それに輪を掛けて気を滅入らせる体験が進行中だった事も併せて言及せねばなるまい。誠に不服ながら現状を見ただけでも、不快感に曝された反動を噛み殺した唸り声として身体的に表露させる醜態を許してしまっている。それと同時に脳裏を過る感情はその上塗りとして、僅かばかりの気勢を削いでいた。

 

 着陸後に炎天下で項垂れているであろう予感。これは内心の憂いと動揺を精神の内面に表面化させた物で、大自然の洗礼を前に揺さぶりを掛けられた理性と本能意識の組合せは手持ちの選択肢に現実逃避すら加えかける有様。鬩ぎ合い拮抗した理性と本能の小闘争の末がどちらへ転ぶかは分らないが、仰ぎがちになりつつある視線の先を見れば選んだ分岐が何を示すかは明らかだ。動揺に流されるままに進んだ分水嶺の先が危うい物として実を結ぶ場合が多く、その結果として碌な最後を伴わない事を知りながらも、旗色の明暗は急速にその雌雄を決しつつある。

 

 死ぬほど暑いのだろう。恐らくは、生きる気力すら萎えて溶け落ちそうな程に。話には聞いているが、まさかこれ程までとは。今昔東西に名を残した哲学者、思想家、啓蒙家を相手に手前の頭を手札として知恵比べを挑む積もりは毛頭無いが、この自然環境を師と定めれば照り付ける太陽の真なる意味も見出せるだろう。

 

 嘗て西洋伝来の基督教が太陽信仰を上書きする前。自らは没さずの太陽を湛えると謳った黄金と繁栄の帝国より出で来た征服主義者の尖兵達が、持ち込んだ教えを人々に強制し風土に染み込ませる以前の、四度の再生期を信じ古の太陽を奉ったアステカの民よ。現代人の九割九部は自然と会話出来る程の純真な精神を持ち合わせないだろうが、この土地に馴染めば貴方方に近しい思想を得られるやも知れない。何しろ七月下旬のダラス(Dallas)だってこんなに酷くはないのだから。熱と光、生活の糧を無条件に与え続ける太陽の偉大さを、これ程までに肌で感じさせる啓発の大地は中東を措いて他にあるまい。

 

 この暑さに比べればディーリー・プラザ(Dealey Plaza)の茹だった大気などまだ控えめな方だ、間違いなく。ザプルーダー・フィルム(Zapruder Film)が収めた、冬の予感に香る金曜正午過ぎのエルム通り(Elm Street)コンバーチブルリムジン(Lincoln Continental)を圧倒せしめた、緋色の弾着一撃に対する血潮の沸き立ち。怒号と混乱入り混じる喧騒に猛り狂った、白線擦り霞む車道を席巻する起源十色の大衆達。建国以来脈々と受け継がれる厄災の反復(Tecumseh's Curse)と、それを繋ぐ結果となったミンスク帰りの海兵(Lee Harvey Oswald)。嘗ての希望と怒り飽和する白黒混在(Monotone)六十年代(1960s)に生きた諸兄姉千万は、地球上にこの様な暑さが存在することを露ほども知り得なかっただろう。そう表現するほか無かった。

 

 

 

 

 

 バグダッド国際空港の航空交通管制塔(ATCT)指令室、その屋根部に設置された球形のテフロンレーダードームを基準観測地点として東西南北、それぞれの方角四方へ視線を投げかけても雲一つ見当たらない。爽やかな群青の空に浮かぶ太陽が、地表の生命を文明もろとも焼き払おうとしているのではないか。そう思わせてしまう程に強烈な日光が、ひび割れた滑走路を薄く積もり重なった砂埃ごと焼いている。照り付ける日光は一種の暴力性すら感じさせ、その膨大な熱量をもって陸上の生命体を攻撃した。

 

 その対象物に無数の細胞組織が織りなす有機的体積の総和、その大小は関係無い。虚空の砂塵で羽毛を洗う大鷲であれ、薄汚れたアスファルトの亀裂から顔を覗かせる大柄な駱駝蜘蛛の成虫であれ皆等しく、その強い日差しの前に着々と寿命を削り取られていく。

 

 なだらかな曲線を描いた駱駝蜘蛛の大顎は漆を塗ったように澱みの無い光沢を放ち雄々しさを感じさせるが、力なく垂れさがっているのが現状であり、その命がもう長くは無いことを語っている。時たま噛み合わされる左右二対揃った鋏角の動きは時間の経過に比例して緩慢になりつつあり、その丈夫な毛並みに包まれた巨体を大地に横たえる瞬間はすぐそこまで忍び寄りつつあった。幸か不幸かはさて置き、明日の太陽が地平線から顔を出す頃には、この疲弊しきった生来の捕食者も苦しみを終え安らかな眠りを享受しているだろう。

 

 そして何れは腹を空かした野鳥が遺骸を見つけ、仄暗いアスファルトの割れ目から引き出し、啄ばむことで飢えを満たす。幸いにして、この風前の灯とも思える命の持ち主は丸々と肥え太った四肢と腹部を持つが故に、その身を狙う相手には事欠かなかった。

 

 一時の利害明瞭とした鳥葬の後、やがて野鳥の大便となった遺骸の成れの果てはこの広大な砂の大地に落ち、風化と共に乾いた土地の中に散って消える定め。誰が設計したでもない天然無垢の自然環境は、ある意味で究極の持続可能な循環型社会として完成されている。

 

 大自然の掟は何処であろうと絶対で普遍的体制を敷いていた。その法則において治外法権は認められていない。この世に生を受けたならば、誰であれ、何であれその緑の憲法を破る事は叶わないだろう。時に無常と表現される自然の在るがままの姿は、ある種の神もしくは強大なる法規範として人間の意識外で存分かつ無遠慮に力を振るっている。

 

 砂礫包む滑走路の一角には一本の吹き流しが立ち、支柱の先端に黒々とした蝿が張り付いていた。風向を目視観測(Visual ID)する目的で設置されたそれは、航空機が滑走路に離着陸する度に揺れる。しかし、頬の産毛を梳かす程度にしか風を感じない今日この場ではその役割を殆ど果していない。

 

 地平線の向こうからやってきた熱風が、弱弱しく吹き流しの尾を揺らす。水気が抜けきり半ば干物と化した蝿の羽はそれだけで儚く砕け散り、羽の残骸が微風の余韻に煽られ防水舗装の地表へ消えていった。後に残されたのは、干からびたアカシアの枝分かれと見まがう痩せ細った翅脈のみ。蒼天を衝く実らぬ穂先の数々は、最早その先端に通わせる血を枯れ果たしていた。自分の身に起きたことに蝿は興味すら抱かず、その無感情な複眼を尚も地平線へ向け続ける。蝿はその虚空の果てに、己の旅路の終局を幻視していたのだ。既にその身に焦燥は無く、悟りを開いた御仏が如き明鏡止水を保ったまま己に歩み寄りつつある死を受け入れていた。その身に相応しい死の到来を。

 

 足元に転がる無数の同胞達の亡骸はその腹を天に曝し続け、情け容赦のない日差しが音もなく砂に汚れた骸を焼き焦がしていった。腹の膨らんだ雌蝿の中で腐りかけの卵が煎られ、形崩れた幼体の体液を沸かす。名無しの骸に嵌った光無き複眼は父なる太陽を映し、父なる太陽は野晒しの無縁塚を見下ろす。その光には死を追悼する意志も、生への賛美も無い。無機質な分子の相似的熱運動が空に波風を立て、可視光の濁流が屍山血河の全景を無情に踏み付けるだけだ。水牛の湿った糞の味すら知ることなく果てた小さな命。墓標も無く、その死を悼む者すら存在しない命。それら野生に生きた生命の結末が、小さくも穢れなき魂の終着点が、人類文明旋転の片隅に広がる。

 

 滑走路と駐機場、さらにはターミナルビルの全貌を一手に捉える管制塔中枢部からは、灼熱の熱波がもたらした蜃気楼が遥か遠くに見える乾いた地平線に横たわり、その境目を揺さぶり灰色に霞ませる様を眺めることができる。もっとも、それが出来るのは視力に優れた一部の者に限られる。大抵は空気中に漂う砂の粒子が織りなすスモッグが地平線までの間に居座っているお陰もあり、地平線をはっきりと目視確認することは難しい。流動的に浮遊地域が変遷するスモッグ帯は、さながら柔軟な原生生物のように気ままだった。意思を持った生物の如くうごめく砂色の怪物は、明け方から成長を続けるばかりである。

 

 詰まる所、管制室に詰める航空管制官(ATC)達は気晴らしに遠方の空に羽ばたく鳥を数えて日光から気を反らすことすら叶わないのだ。冷える夜更けの頃になれば、凪いで萎縮した地平の果てが鮮明に拝めるというのに。

 

 設置された空調機が日出と共に稼働を始めたが、時計の短針が七の境界を指す頃には窓から差し込む日差しによって空調機の努力も気泡に帰り始めた。イラクの太陽、それは何を措いても空気と地表に伝熱する事を得意とし、その力量発揮に於ける余念は一点も存在しない。おかげで管制室のみならず、この古の神都全体がどっぷりとその身を熱波の海原に浸し、ひっきりなしに飛来する旅客機への対応に迫られる職員達のどれもがその苛立ちを叩き付けたが如き形相で喧騒の場を手編み、管制室中に木霊させていた。

 

 仕事に没頭し自らも喧騒の一部となる。たゆまぬ職務に身を沈め、己の務めを果たし続けることに生きる。前向きな視点を以て仕事を楽しむという思考を育めば、少しは暑さを忘れることが出来るだろう。この管制室に勤めて長い老練の管制官は、日の浅い同僚にどうやって暑さに耐えているのか尋ねられた際、そのような回答をして柔和に微笑んだという。出来れば空調機の数を増やすか、その配置を変えて欲しいのだがね、と心の内を付け加えて。

 

 人の成長を促進させるこの空間にも、ささやかな物ながら一時の休息が用意されていた。草木寝静まる刻を待ち、檳榔子黒の磁器碗で揺らすセイロン茶一杯で喉を潤しながら自己を労い英気を養う。怒涛の業務に疲れ強張った五体に弛緩が広がる感覚を自認すれば、一日で果たした責務の数々を振り返って自賛に浸っても罰は当たるまい。個人個人で若干の差異は有れど、これが日夜役務と格闘する管制塔職員一同、密かに心待ちする夜分の楽しみだった。前述の老若両輩が世代の垣根を超えて親睦を深めた際、こうして茶匙数杯分の渋味を喫しつつ膝を交えたものだった。唯一惜しまれるのが、日々の激務に喘ぐ近頃では丑三つを跨ぐ頃合いまで誰もが喫飲機会すらお預け気味となっている点か。

 

 空港に隣接したバグダッド空港空軍基地(Baghdad Airport Air Base)ヴィクトリー複合基地(Victory Base Complex)に飛来する機体が彼らの管轄外なのは幸いだった。この管制塔は軍属機の管制まで務めるには設備人員錬度全てが不足していた。加えてヘリコプターといった回転翼機と、戦闘用途ないし非戦闘用途の固定翼機では離着陸時の航空管制要領も異なる。仮に貧弱な現有設備のみで軍民両方、固定翼機と回転翼機両者の管制をすることになった場合、ほぼ確実に職員による労働環境是正を要求する集団的抗議運動(Strike)が勃発するであろう事は想像に難くない。

 

 更に付け加えれば、本来は軍民両者を密接すぎる距離に置くべきではないのだ。容易に民間人の目が入る公的環境等、軍事機密保持の観点からして危険が大きすぎる。非必要な箇所まで透明化を進めれば、早晩に人命すら脅かしかねない不利益を被るだろう。よって、彼ら企業戦士が業務の合間に官用機を横目にする事が出来るというのも、身の程を良く弁えた老獪なる企業経営陣の計らいであり、蛮勇を嫌う老人達からの返答。機密情報の漏洩流出を恐れる駐留軍首脳部の総意であり、官民両者合意の妥協点。詰まる所それらは全て例外無く、すべからくして自明の理でもあったのだ。

 

 兎にも角にも、空港ではそんな日常が繰り返されている。張りつめた鋼鉄線の上を転がる硬貨の様に不均衡な平和を、彼らは明くる日も受け入れる義務を背負っていた。

 

 揺らぎ続ける地平線を飛び越えて一機の空軍所属機(HH-60)が飛来したのは、今や日常風景の一端と化した多国籍軍が取り仕切るバグダッドの喧騒を今日も今日とて存続させる為だったのか。その意図の汲み取り方は各個人個人に一任したとして、答えの振れ幅が数通り以上に大きくなる事は無いだろう。海を越えてまで自前の兵器を持ち込んだ彼等が、そうまでして此処へ留まる理由は明白なのだから。

 

 政府の依託を受けた広告会社経由ではあれど、民衆へ向け公表周知される公式の開戦理由が用意されている現実があり、この海外展開がそれに則っている様子は各情報発信媒体を通じ民間人でも容易に知ることが出来る。歴史の流れは一般市民の情報取得手段を新聞の紙面から液晶画面へと進化させ、現地と同期したかのような迅速な情報伝達が確立された結果、民衆への疑似的な戦争追従体験すら提供可能とした。

 

 遠隔操作で受像機の電源を入れれば、当初の目的を達成した証として引き倒されるフセインの立像を何時何度でも再生出来る。勿論それだけでは無い。衛星放送へ受信周波数を切り替えれば、現地支局員の従軍記者が撮影する中継映像だって手に入る場合がある。何処で攻撃があり、何人がその犠牲となったのか。軍と無縁の民間人であれ詳細な現地の動向を知り得る世界が、新世紀の地球全土に急速な勢いで広がりつつある。

 

 イラク市民の解放。独裁体制の強制撤廃。民主化政府への移行。正義への前進。少数派民族虐殺を止めなければ。武力を背景にした人民への横暴非道を許してはならない。全ては自由主義繁栄の為。流血を許そうとも我々は進む。これは地球に蔓延る疫病との戦いであり、言わばこれは外科手術にも等しい。民衆がそれを待ち望んでいるのだから。

 

 裏にどのような合衆国対外政策の思惑が隠されているにせよ、誰もが知る表面上ではそれが戦争の正当性を形作る一応の理由とされていた。彼等の言う民衆なる単語が米国民を指すのか、それともイラク国民を指していたのかは分らないが。そして米国民はそれを承知した上で、国家首脳部が開戦へ舵取りする歴史の一幕を容認したのだ。垂れ下がる合衆国星条旗(Stars and Stripes)を背にした四分弱の大統領演説放送が開戦前夜の取りを務め、これから始まる人道的抑圧解放戦争とやらの喊声となった。その事実はこれから何世紀が経過しようと決して変わる事は無い。

 

 前方から機体後方へ流れる気流が流線形で構成された航空機用複合材の強化外皮を撫で付け、唸りを上げる尾部回転翼が設計意義通りに反作用トルクを打ち消せば、丸みを帯びた機首は左右へ暴れる事無く真っ直ぐに進行方向を見据える。

 

 大口を開けた外気吸入口(Air Intake)の鋭い縁がすれ違う空間から薄皮状に空気をこそげ取り、取入口の中心目掛けて押し寄せる流入大気の束が圧縮タービンを経由し高圧化した後、燃焼室内部でノズルから噴き出した燃料と混合。点火燃焼したガスが爆発的膨張を見せる気体体積でパワータービンを押し回し、出力変換伝達機構(Transmission)を挟んで四本の翼面積を機体上部に高速で奔らせる。軍用規格航空燃料(JP-5)高効率発動機(General Electric T700)の組合せは、全備重量九トン前後の巨体を悠々と空中に浮かべ続けると同時に、最高飛行速度毎時二九六キロの速力で空を駆け抜ける事すら実現していた。下方向へ吹き付ける暴風が砂の大地を突き飛ばす様は荒々しいが、反動利用式の飛行推進時に掛かる荷重負荷を適所に分散させ容易に受け止める堅実な機体構造が軋む事は無い。操縦席二つを囲う合計九枚の風防は昆虫の複眼に見える故、古代メソポタミアの住人がこれを見れば腰を抜かして蜻蛉目の怪物と誤認した事だろう。生憎、その翼は薄くとも硬度が違えば羽ばたきの調べも比較にならない程五月蠅い上、接地脚は三点のみの金属製と近くで見れば非有機性をありありと見て取れたが。

 

 そんな機械仕掛けの化け秋津虫はまるで光沢の一つも浮かぬ源氏鼠の肌仕上げを叩き付ける様な陽光に曝し、低速の気流を強引に掻き分け進む機体の側面には短く簡潔に主要運用体(Primary User)を示す合衆国空軍(USAF)の標章が一つ。米軍が牽引主導国となり進められる国際的な軍事部隊展開(Military Deployment)存在感(Presence)の確保、実力行使を伴う対国家主体武力介入行動が多方面域で同時継続されている二十一世紀初頭の現在、事実上の戦時下にあるも同然の深刻な治安悪化国があり、その上空に救難飛行隊(RQS)を腹に収めた空軍所属救難機(Pedro)が上がる事自体は特段人目に付く光景では無い。

 

 加えて、搭乗員用戦闘飛行帽(Gentex HGU-56/P)顔面保護装具(84/P Maxillofacial Shield)を被った厳つい面相が操縦席横の小窓から覗く事は更に多い。角度が良ければ、機付き射撃手(Door Gunner)が握る無痛銃(GAU-2/A)の銃身すら日常的にお目に掛かれる。運が悪ければその銃口を向けられる。敵と判断されれば死ぬ。文字通り、大脳皮質が痛みを知覚するより早く。場所が場所なら、付近の人間も巻き添えを食うかも知れない。人的被害がその場の人口密度に比例して跳ね上がるという事は予想できる。もしそうなれば、身元の洗い出しにかなりの時間を要するだろう。単体発揮火力毎秒五十発以上の実効制圧能力を前にして、着弾痕散らばる荒れ果てた銃撃現場に人間らしい骨付きの肉片一片も残っていれば、それだけでも御の字というものだ。

 

 発生揚力で地表を強烈に打ち据えながら直線的水平機動飛行で遠くの地平線を過ぎ去ったそれは、大型の主要回転翼一基で大気を切り裂き絶大な加速性と推進力をもって砂塵の上を滑るように進んでくる。その頼もしいまでの躍動感に溢れる堂々とした佇まいは、我こそは低高度域に於ける空の覇者なるぞ、とでも言いたげな威風を鼻先から機体後端までに棚引かせていた。あとは行儀良く所定駐機位置の飛行列線(Flightline)に収まってくれさえすれば、誰も口を出す野暮な真似をせずに済む上、常に顰め面でいる上級作戦将校が機嫌を損ねる事も無い。

 

 レドームを透過する不可視の発信電波もその様子を捕らえていて、機影を視覚化出力する指示器の液晶(Radar Display)に目を向ければ初期進入起点(IAF)を通過後、通常着陸手順に準じて規定速度まで減速しつつ終期進入起点(FAP)へ接近する輝点(Blip)の軌跡が一つ。

 

 視界一杯に紺碧を広げる後傾姿勢が齎すのは速力減殺に適した大きさの後進推力だが、反発力を前進推力より僅かに上回らせるその絶妙な力の比重を機体操作で再現するには手綱の握り方を完全に体得した熟練の航空士官(Flight Officer)が必要で、当然ながらそう言った手腕を持つ稀有な人材は当人の素質次第で早熟する事もあるが、大抵の場合は一朝一夕で培われる事が無い。つまり空での振る舞い方一つ一つが操縦者本人の人的価値を証明すると言っても過言ではなく、経験に裏打ちされた技術と洗練された飛行を着陸復行(Go-Around)無しの一発決めで地上勤務要員(Ground Crew)達に見せ付ける事自体が空軍関係者間での非公式な慣習として機能し始めている始末だ。

 

 自信に満ち満ちた低空飛行(LLF)の足取りは場周経路(Airfield Traffic Pattern)で管理された三次元空間を唯我独尊の通過痕で切り分け、双発の低振動内燃機関を吠え上がらせた勝ち虫はこの場の脚光を全て自分が為の物にせんと無視し難い存在感で八方を威圧する。操縦桿を預かる機長(PIC)副機長(Co-Pilot)視認進入(Visual Approach)時に必要な対応を一切の淀み無い連携の下に進めた事実が、そっくりそのまま飛行軌跡に反映されていた。もし電子回路と配線基盤の塊に人間的感受性を秘める世界線があったならば、この熟練者の理想的手際が生む芸術作品にも似た航跡に感銘すら覚え、惜しみない称賛嘆美の言葉が音声出力機構最端部の振動板を衝いて飛び出した筈である。

 

 総合出力三千八百馬力にも迫る大出力で大気を羽撃ち瞬く間に専用離発着場(Heliport)の上空に達した全天候対応作戦機は滑らかな動きで発着場に降下着陸を始め、基地内に積もった土埃を強力無比な下降気流(Down Wash)で吹き散らす。空力特性を考慮した科学的合理追及故の外観が、徐々に低下する秒間主翼回転数に比例して砂雲の中に潜り込んでいった。

 

 踊るように舞い上がった細かな砂の粒子は微風を溶媒に、砂の羽衣となって遠方より望む空港の輪郭を柔らかく覆い隠す。砂塵を乗せた空気の流動は、やがて黄金の風となりその存在の中に一種の神秘性を育んでいく。楼閣の陰影はただ、揺らぐ砂の中に聳えるばかりだ。静謐たる機能美に溢れた設計は凛とした貴婦人の全身骨格が如く、うねる風砂の中で尚も健在であり続ける。その色彩にはアブダビ(Abu Dhabi)が誇る瑠璃の水平線が如き清涼感こそ無かったが、お伽噺の一節を描いた絵巻物にも比類する美術的、若しくは文学的な魅力を感じさせた。その光景が誰に見せる為でもなく明日も明後日も日常の中で繰り返され、人知れず消える儚き定めにあろうとも、弦楽の重奏が此処にあればと惜しむ情緒は何人たりとも否定出来まい。

 

 

 

 

 

 空港周辺では米陸軍第八十二空挺師団(US ARMY 82nd Airborne Division)隷下、第五百五歩兵連隊(505th Infantry Regiment)の隊員達が軽装甲高機動装輪車両(HMMWV)数台からなる巡視車列を組み、航空機を撃ち落とそうとする不遜な輩がいないかと目を光らせている。

 

 バグダッドのみならず、イラク各地に潜伏する不法戦闘従事者達は骨董品のカラシニコフ発展系等(AK Family)の雑多な小火器だけで武装しているわけではない。その装備的充実度で言えば、ラングレー(CIA)対北部同盟連絡担当班(NALT)こと通称岩山砕きの大顎門(Jaw Breaker)カルシ・ハナバード空軍基地(K2 Air Base)経由でヒンドゥークシュ山脈(Hindu Kush)を挟んだ反対側、獅子の寝間が翠玉山峡パンジシール州(Panjshir Prov)所在の北部同盟(Northern Alliance)司令部に派遣した時期のタリバンにやや劣る程度だ。

 

 野戦砲(FA)及び自走式の多連装ロケット砲(MLRS)で編成された長射程攻撃部隊。先のソヴィエト連邦(USSR)によるアフガニスタン侵攻時に鹵獲した一定輌の主力戦車(MBT)ないし歩兵戦闘車(IFV)から成る装甲部隊(Armoured Forces)。入手整備が容易且つ足の速い民間車両と、それを活用することで大きな機動力を手にした軽歩兵を主体とする自動車化歩兵部隊(Motorised Infantry)。八十年代終盤の連邦軍撤収時に残置された結果、新規国内政治体制樹立を志す者達にとって上々の置き土産となった軍需物資の山。そして三日月の金粉を背景にカイバル峠(Khyber Pass)を経由して国内へ流れ込む違法な武器弾薬と、殉教の日を夢見て国境線を跨ぐ一途な外国人義勇兵の集団。それら国内抗争を平定した全盛期の、司令官(Amir)に忠誠を誓う秘蔵の多国籍親衛隊(055 Brigade)によって手解きを受けたタリバンが戦闘の骨幹として運用した強大な戦力の数々は、敵性領土潜入初期に展開したアルファ作戦分遣隊(Operational Detachment Alpha)群や、その主力要素として同じく矢面に立つ役目を担った統合特殊作戦機動部隊(JSOTF "West" "South" "North")を苦しめた。

 

 そうとも、アフガン作戦戦域(ATO)を覆う冷涼たらんとする凍空と曇天の狭間、頭上に圧し掛かる積雲の群れを仰いだ彼等の苦難は並大抵とは言えないものだった。応報の決意を胸に枯れた原野に散った剣の御子三群(TF "Sword" "K-Bar" "Dagger")は北部同盟の闘士と共闘を演じつつも、厳寒厳暑両極端の気候と古典的教義を背光にした渓谷生まれの男達には苦戦を強いられていたのだ。

 

 とりわけ、後続の米海軍特殊部隊(Navy SEALs)到着までにトラボラの洞穴集合地帯(Tora Bora Cave Complex)にタリバンとアルカイダ(Al-Qaeda)両組織幹部を追い詰めた第五特殊部隊群(5th Special Forces Group)と、それに随伴した少数の戦闘航空管制部隊(Combat Control Team)。そして熟練の老工作員(Gary Charles Schroen)に率いられたバストロップのカウボーイ(William "Billy" Waugh)白髪交じりの言語専門家(David "Dawson" Tyson)をはじめとする極少数名の準軍事作戦担当官(PMOO)が。

 

 彼らの力を以てしても、暗雲めいた戦局が転じ始めるのはトラボラの銀嶺包む雲海に煤を塗し終えた(Battle of Tora Bora)直後。或いは番いの金床(TF Anvil)双頭の鉄槌(TF Hammer)が両者互いの隙間から獲物を取り逃がし、一同が逃走経路(Ratline)の彼方に消えた大捕物の良き幕切れを惜しみつつバグラムに指揮統制本部を置く合同部隊(CJSOTF-A)への諸任務部隊統合再編を終えた辺りからであった。

 

 勇者一行の名誉を擁護する為にも一言述べさせてもらうが、三日月の風作戦(Operation Crescent Wind)はその機能を十分に発揮していなかった訳では無い。事実、雷嵐豪雨の如き勢いでアフガン各地に突き刺さった空爆の心理的効果は大きく、彼等原理主義勢力の戦力を大きく削り、その気勢を挫かんとした。無力化ないし機能停止に陥った敵拠点や部隊も少なくなかった事は、当時の英米両軍はその戦果を正確に把握している。第一波目の空爆でこれだけの重要拠点や抵抗手段が破壊され兵力の多くが屍を晒した以上、指揮統制(C2)構造の崩壊は時間の問題だ。士気の維持状況は更に悲惨と見ていい。こうなった現在、組織的な反抗さえままならない状態だろう。立ち昇る黒煙の柱が空を支えるより少し前、航空攻撃開始まで要衝地域を抑えていた敵は今やその大多数が蜘蛛の子を散らすように陣地を離れ各地に離散した。無抵抗開城も同然の拠点を前に、地上に展開した精鋭歩兵達は旗色の良い戦況に後押しされ作戦はより早く進行するだろう。

 

 侵攻当初の作戦首脳部はそう結論付けていた筈だ。士気の差は歴然としている。これまでの暗雲は打ち払われた。失態の歴史をこれ以上続けさせはしない。我々は極東地域の一国で繰り広げられた悪夢の様な熱帯戦争の敗戦から続く黒星に終止符を打ち、今ここに立ち直った。ベトナム効果(Vietnam Effects)ソマリア症候群(Somalia Syndrome)。それら長きに渡り合衆国の手を焼かせた苦難の時代は過ぎ去ったのだと。希望回復(Restore Hope)が成し遂げられた今、息を吹き返した天下の合衆国軍に最早敵は居ないも同然だ。後は髭面の大頭目二名を引っ捕らえ、丁重に被告人席へお連れして司法の裁きを受けさせるだけだと。その身を民意の手に委ねさせる。誰もがそう思っていた筈だ。

 

 だがその後はどうなった。今の現実は何だ。皆が知る通りだ。地獄。世紀末。泥沼の戦い。六十年代の再現。砕けぬ敵。妄信的に繰り返される自爆攻撃(Suicide Attack)。噴き上げられた土塊に混ざる魂と人骨の欠片。拾い集められた鮮血滴る肉片。焦げ落ちた眼窩から流れ出る走馬燈混じりの脳脊髄液。数字で処理された誰かの死。損壊された米兵の遺体が、列成す棺の中で埋葬の時を待つ。我等は死人だ。歩き、喋る。生きる屍(Living Dead)共の、なんと哀れな事よ。

 

 随分と控えめな表現ではないか、その程度ならまだ可愛げを残していただろうに。それに反論する余地は無い。結論を言おう。事の顛末の語り部となろう。イエメン生まれの富豪の倅は消えた。天啓に従う隻眼の戦士もまた同じく。霧の様にして、多国籍軍の手中から。実の所、延ばされた指先には確かに彼等の実像があった。強か者の聖戦遂行者(Mujahideen)達は、嘗て社会主義の大国と一戦交えた際の経験から巨人の指間から逃れる術を熟知していたのだ。そしてその熟達した手練手管は世界の警察官が相手であれ通用する技術だったというだけだった。

 

 米国は愚かにも敵を侮っていた。敵は馬賊にも等しい野蛮人の結党に過ぎないと。社会主義連邦の強大な武力さえ弾き返した彼らの強さを。嘗て大国を相手取っても不足の無きように彼らへ武器を提供し訓練したのは誰か。敵の敵は味方として暴風の名を冠する工作活動(Operation Cyclone)の一環で資金装備を与え、挙句の果てに終戦後の内戦を引き起こさせる火種をばら撒いたのは誰か。給与した最新防空兵器の買い戻しに失敗し、杜撰な戦後処理のまま西アジア地域から手を引き政治情勢にも興味を失っていったのは誰か。現在に続く関係過激派組織間の国際連絡網構築に助力し、地下協力体制の確立を主導したのは誰か。麻薬と言う名の天然なる疫病の蔓延に加担した者の名は。それら罪穢れを煮詰めて固めた原罪の所在は何処にある。

 

 他でもない。合衆国自身がそうしたのだ。詰まる所、今の敵を作り出したのは他ならぬ米国自身で、八十年代に米国自らが直々に支援し鍛え上げた対連邦武装闘争に身を投じる自由の代行戦士達は、時代の節目を超えて尚その牙を鋭く繊細に保ち続けていた。

 

 皮肉な話だ。二十一世紀の合衆国は、二十世紀の合衆国が残した因果に縛られ自らの業と向き合わざるを得ない状況に陥り、代理戦争による自陣営拡大と国益の保護という東西冷戦期に横行した対外有害工作活動の危険性を身を以て学ぶ羽目になったのだ。多大な犠牲を払い、今にして浮き彫りになった事実はただ一つ。過去の自分と戦う代償がこれ程大きなものになると、合衆国第四十代大統領ロナルド・レーガンは予見出来なかったようだ。

 

 残念ながら、非難されるべき人間は合衆国の中に未だ複数人存在する。例えばここで一つ、九十年代に行われた対タリバン支援の実例を挙げてみよう。

 

 ロシア連邦(Russian Federation)、タジキスタン共和国、ウクライナ(Ukraine)、イランイスラム共和国、インド共和国(Republic of India)パキスタンイスラム共和国(Islamic Republic of Pakistan)サウジアラビア王国(Kingdom of Saudi Arabia )。以上名を挙げた計七か国はアフガニスタン内戦期にバグラム空軍基地(Bagram Air Base)カンダハル国際空港(Kandahar International Airport)の修繕を行い、回復した空路輸送網を利用して大量の支援物資を国内へ流し込んだ。その品目は幅広く、重軽火器から各種対応規格の弾薬類、最新の無線通信機と電話、食料や燃料と言った平均的軍事援助物資に始まり、興味深い所では航空機部品や地対空索敵施設、新車の軍用輸送車両が数百台。人的援助では、一部派閥への軍統合情報局(ISI)を主体とする技術顧問団派遣が確認されている。あの痩せこけた荒野が延々と広がる一国に、これだけの多勢力による干渉と援助活動があったと判明している事実には目を見張る他無い。イスラム諸国、非イスラム諸国の強大な後援が齎した物は内戦悪化の一因であり、各地方有力者間の軋轢をより一層煽り立てた結果が、タリバンの最終目標たる首都攻略占領の完遂なのである。

 

 そして我らが合衆国の動向はと言うと。九十年代中期、タリバンを利用した対イラン不安定化工作に使用する秘密予算の申請が複数回行われ、米国議会がこれを承認した記録が有る事を一体何人の人間が知っているのだろうか。その対外工作は、当時米国の大手石油企業ユノカル(Unocal)が提案したトルクメニスタン(Turkmenistan)国内の進発点からアフガンを経由し、最終的にはパキスタンまで延びるガスパイプライン建設計画を非合法的側面(Illegal Side)から支援する目的があったとされている。

 

 極秘裏に工面された支援予算の流れつく先が現在の過激派集団を構成する母体となった組織である事からも分る通り、つまり米国は目下の憂慮要素に対する尖兵として再び彼等イスラム義勇兵達に白羽の矢を立てる事にしたのだ。

 

 又、現在の対米外交構造を強く刷り込まれた年代からすると意外に思う人が多数派を占めるであろうが、当時の米政権はタリバンに対してかなり肯定的或いは擁護的ともとれる立場を表明していた。その理由について、九三年に米国務省南アジア担当次官補の席に就任していたロビン・ラフェル(Robin Raphel)女氏は

 

「私達にアフガン問題への積極的介入を行う意図は御座いませんが、アフガニスタンを旧年来の友人も同然に思い、その秩序無き分裂した国内事情を耳にする度に何とか私共の力を役立てる事は出来ないものかと我が力の及ばざるが所に日々憤りと歯痒さを感じてきました。一つ前置きとして、合衆国が内政干渉に踏み切る可能性は万に一つも有り得ないと否定の意を表明する次第ですが、当然ながら人道上の観点からもこれら諸問題を放置し更なる禍根を増やす事は二一世紀的倫理観を以てして到底看過していい物ではありません。自国民同士で血を流し合う事にどんな意味があると言うのでしょう。我々は熟慮に熟慮を重ねたその結果、第三者としての立場から可能とする最大限の助力は話し合いの場を設ける事だと結論付けました。だからこそ、アフガンに住まう人々自身が流血の武力衝突を回避し国内問題の平和的解決と相互対立関係の改善緩和を目指して建設的且つ有益な会談を行うよう呼びかける為、この場を訪れたのです。又それと同時に我々は、同国の政治的安定が得られなかった場合に経済上の発展機会が失われ、同時に天文学的にも昇る社会的損失を創出するであろう可能性を危惧しています」

 

と説明している。

 

 カブール(Kabul)マザーリシャリーフ(Mazar-i-Sharif)、カンダハールといった国内有力派閥の根拠地をその足で訪問し、続いて周辺の中央アジア三ヶ国へ足を運んだ外交官たる本人の口からは公式声明発表の場を借りて前述の文言が発信され続けたが、合衆国としての本音は天然資源開発事業の権益保護に焦点を当てている上、民族間紛争はその建前として利用されたに過ぎないであろう事を聞く者に感じさせた。

 

 共産思想の弱体化を狙った工作でアフガンは利用され、今度は国益確保の為に利用される。アフガニスタンとは悲劇の大地だ。あらゆる時代で、覇権主義に染まった大国の意志が国家の命運を我が物顔で転がしては弄ぶ。今にして見れば米国にとって二十世紀に於けるアフガンの役割とは、東西代理戦争に兵力を提供する都合のいい駒でしかなかった。

 

 閑話休題、話を戻す。イラクに於いてアフガニスタンよりましな点があるとすれば、トラボラの山岳地帯やシャヒコット渓谷(Shah-i-Kot Vally)全域のような天然の要害に恵まれた地形、或いは強固に要塞化された一大拠点がない事。強力な火力を発揮する兵器を保有、その専門的部隊を効率的に運用可能とする組織が存在しない事。そしてそれら不退転の過激派組織諸派閥を束ねるべくして自ら信徒の目前に立ち、唯一神より非凡なる資質を賜った指導者が預言者伝来とされる外套に袖を通していない事だ。

 

 仮にバグダッドやその周辺に同様の守備拠点があり、同規模の火力と兵員を備えた組織が居たならば。組織の精神を自分で率先して牽引し、意思決定に大きな影響を与えられるだけの宗教的権威が居たのなら。第三歩兵師団隷下の機甲大隊(Desert Rogues)が先遣隊基幹戦力として落雷の如き速度(Thunder Run)でバグダッドに進入、首都中枢部占領の足掛かりを作る結果を許さなかっただろう。

 

 しかしそれがこの国に置いて安全を示す指標の一つとして成立し、油断を許す理由になるかと言えば実際は大違いもいい所だ。ここイラクでは、ダッラ・アダムケール(Darra Adamkhel)の様に銃器密造で有名な土地や、シーア派民兵御用達とされるテヘランの闇市場(Black Market)ですら取り扱っていないような重火器を保有する組織というものが少なからず存在する。前世紀とは異なり、人や物の流通がより一層活発化した現代においては武器兵器の取引は一段と国際化され、複雑化の一途を辿りつつあった。陸路、海路。特に取り締まりや検査の厳しい空路は基本的に使われることはないが、前者の二つはインド洋に面し、周囲が陸続きである要素を持つイラクでは特に密輸ルートとして利用される機会が多い。

 

 実際にイランとイラク間の国境地帯ではクルド人による密輸が長年に渡って続けられ、現在に至るまでにそういった事例は多々報告されている。では、その巨体で西アジアを袈裟懸けよろしく切り分ける雄大なザグロス山脈(Zagros Mountains)の頂きを踏破してまで、彼らは何を運んでいるのか。

 

 その答えは以外にも血生臭さとは無縁に見えるものだ。胡散臭さ拭えぬ逞しき彼らがイラン国境から持ち込む物は煙草等の嗜好品、家電品と言ったごくありふれたものばかりで真っ当な法的価値観を育んだ者であれば、密輸行為そのもの以外に違法性を見出すことは難しい。

 

 とは言えども、隊商の荷が微塵の疑い無く潔白そのものであるかと追及の手を強めれば、必然的に不透明性が色濃く残ることは否めない。何故なら当該地域で横行する密輸には、かの有名なクルディスタン労働者党(PKK)の関与が噂されているからだ。

 

 当組織は、七十年代後半のクルド人民の文化及び政治的権利と民族自決権を要求する運動の最中、当時アンカラ大学で就学に励んでいたアブドゥッラー・オジャラン氏(Abdullah Öcalan)を中心とする学生集団により創設されたという起源を持つことで知られている。

 

 そして期待を裏切らないと言うべきか、この地で発展を願う武装政治組織の定めと言うべきか、マルクス・レーニン主義(Marxism Leninism)を政治精神の根幹と定めた非合法左派系武装組織である彼らは、上はトルコ政府首脳部から下は国内治安当局の軍警察各方面までに対する反骨的武力闘争を長年に渡って継続するにあたり、その主要活動拠点をイラク北部とシリア国内の計二か所に設置した。

 

 トルコ政府と事あるごとに反目する彼らの活動圏は組織の拡大に比例して重ねゆく抵抗と武装の日々と共に肥大化の一途を辿り、ディヤルバクル県(Diyarbakır Prov)ハッキャリ県(Hakkari Prov)シュルナク県(Sirnak Prov)といったトルコ国内に限定されたテロ活動に留まらず、その攻撃の手は一時的ではあれど地中海やエーゲ海沿岸諸外国の観光地にまで波及。その結果、恵まれぬ者達の理想で骨組んだ赤色五芒星の御旗は折れることなく、その社会革命闘争の長期化を許してしまう事態を招く。

 

 その後九十年代後半期に入り、米国政府による外国テロ組織(FTO)への正式指定や最高指導者の身柄拘束及び収監といった出来事に見舞われながらも、彼等が只では転んでくれる程柔な存在である筈が無く。なんと今度は欧州各地に点在するクルド人居住地域での違法薬物取引や人身売買、密輸、金品強要、誘拐等後ろ暗い事業によって多額の資金を着々と手中に収めていったのである。この司法支配の外界にて行われる流血的ビジネスは、欧州各国だけではなく当然ながら彼らの御膝元であるイラク領クルド人民自治区(Kurdistan Region)でも頻繁に横行していたと噂されている。

 

 もっともその年代は、旧イラク政府の取った南下政策の隙を突いて同時多発的武装蜂起を引き起こしたり、民族内部での派閥争いから始まった大規模な内輪揉めを経験したりと国内情勢は悲惨の一言。混乱と政変の嵐を極めていた当時、如何に無頼とは言え独立建国を悲願とする有志の徒党が果たして平常を保てたのか。内乱と戦火の渦中にある故郷を見てそれでも各々の通常業務に準じていたのか。彼等が愛国者だったのか、それとも初心を忘れた哀れな一党だったのか。その所は未だ不明瞭な点が多く残されている。

 

 ただ世間一般に知ることが出来るのは世界史の教科書に載っている通り、彼の地は何世紀にも渡り動乱の絶えない場所であるという簡潔明瞭な事実のみ。例えそこに住む彼らが明日明後日に武器密輸のかどで検挙されたとしても、西暦二千年を数える人類史全体からすれば極々小さな事例の域を出る事は無く、その史学的事象が海を越えてまで誰かの耳に入ることはついぞ叶わない。

 

 しかし、ペシュメルガ(Peshmerga)クルド人民防衛隊(YPG)を始めとする大規模なクルド系武装勢力(Kurdish Armed Organization)への装具供給は、やはり彼らが関与していると見て間違いない。何故なれば、当組織への戦闘服(BDU)供給にはアルビール(Erbil)ロジャヴァ(Rojava)に所在する装具品店が深く関与している、という通説が最近では主流になりつつあり、現地情勢に詳しい専門家達もまた同様の見解を示す事が多かったからである。

 

 近年、ある極東出身のジャーナリストが行ったクルド人民兵組織への密着取材により、誰も詳細を知り得る事無かった自治区内の戦略物資流通事情、この暗部が白日の下に曝される事となった。そう、これが現在の定説流行の火付け役となり、従来から一部で実しやかに語られていたクルド人武装組織の装備自給説を裏付ける形となったのだ。

 

 二週間に渡る現地取材の見分推移とその結論を事細かに表した調査報告書の内容は、クルド人兵士各個人に支給される戦闘服の大半がイラン製の生地を加工して製造されている事を明示。発表当初は専門家界隈を一時賑わせるのみに留まったこの情報だが、二千年代初頭から拡大するテロとの戦いで対外事案に対し過敏化、極度に神経質となった一般社会の注目を次第に集めるようになり、やがて時代の流れを受けたこれは公衆が委細承知とする事実となった。

 

 これに加え、世間の関心事に触発された複数の報道機関による追加取材でも同様の結果が齎された結果、前述の情報は読者層の後押しを受け自治区の内情解明とその周知に貢献した報道の一角として扱われるようになった。

 

 被服品の素材がイランから流れ、尚且つイラク公官庁の認知していない非正規の輸入品である事等から、彼らクルド人密輸商達に疑いの目が向けられるのは避けられない事だった。銃器密輸に関しては未だ不透明な点が残るが、少なくとも彼らが完全に白では無い事は皆が知っている。

 

 年間にイラク国内へ法外的手法を用いて輸入される武器の量を調べれば、地下トンネルを経由してガザ地区(Gaza Strip)へ運ばれる兵器の数といい勝負になるだろう。世界有数の危険地帯の中でも、ここイラクに於いては特にその傾向が顕著に表れており、過去に多国籍軍が行った作戦で押収された武器類はさながら合衆国火器及び装具見本市(Shot Show)、欧州方面で言う所の仏国際陸上防衛機器展示会(Eurosatory)独国際銃器博覧会(IWA OutdoorClassics)に近い様相を呈している。検挙後に押収された武器弾薬類の山を見た米軍高級将校団の一人が口笛を吹き、

 

ラスベガス(Las Vegas)を思い出す」

 

と零したのはある意味必然的流れだったのかもしれない。

 

 アルジャジーラ(Al Jazeera)の報道を見ればそれもよく理解できる。お馴染のナシード(Nasheed)を背景に、イラン製の携帯式防空用途誘導弾発射筒(MANPADS)を担いだワッハーブ主義者(Wahhabist)が白いアラビア文字のテロップ上を飾り、年寄りの古びたデュシーカ(DSh K 38)を操作するサラフィー主義者(Salafist)が飛行機雲を棚引かせた多国籍軍航空機に向かって対空砲火を吐き出させる。閉幕の瞬間まで焦点を合わせることなく終わった三日月浮かぶ鉄紺色の夜陰を支持体に、烏合の戦闘員達が放つ曳光弾(Tracer)の群れが靡く蜜柑色、白緑色混合の尾を彩りに乗せる。やがて機影が見えなくなると、自らが崇め奉る者の名を叫び対空射撃を停止する。

 

 それら局所的武力衝突の一端を切り取った戦闘記録映像(Combat Footage)の数々は、もはや飽きるほどに見慣れた光景の一つだ。

 

 空港周辺で定線巡察任務(Patrol)に当たる第五百五歩兵連隊の小銃小隊(Rifle Platoon)が最も恐れているのは、正にそれら対空攻撃能力を保有した対外遊撃戦闘集団(Guerrilla)で、彼らはそういった者が身を隠せるような稜線の陰や窪地を常時監視警戒していた。

 

 対人鉄条網(Barbedwire)を絡めた空港の侵入防止柵外縁に倣い、ある一定の間隔を置いて臨時設営された保安検問所(Security Checkpoint)には例外なく分隊支援火器(SAW)ないし汎用機関銃(GPMG)規格の露天掩体(Foxhole)が有り、踏み固めた盛り土二つの谷間から覗く銃口は大抵そういった箇所に指向されている。そして勿論、堆く隆起した土塁と土嚢袋を組み合わせて構築した強固な射撃陣地(Fire Position)からは、各々が担当する広大な射撃区域(Sector of Fire)を望むことができた。

 

 その一角をみれば、上等兵(PFC)の階級章を付けた若いヒスパニック系の兵士が、土嚢袋に乗せた軽機関銃(M249)を構え、割り当ての警戒方向に目を凝らしている。

 

 丸みを帯びた鼻筋を玉の汗が流れ落ち、足元の砂に染みを作れば、件の彼は小さな溜め息を一つ。汗を吸ってふやけた官給品(GI)のインナーシャツが背筋にへばり付いている感覚は不快と言う他なく、彼はただただ苛立ちだけを蓄積させていった。

 

 誤解の無いよう説くが、彼は特別に疲労を溜め込む体質では無かった。朝方から二十四時間体制での警衛に上番した彼の身体からは、既にとめどなく汗が流れている。休憩時間になれば戦闘背嚢(Molle Pack)に詰め込んだナルゲンボトル(Nalgene)の上蓋を開けて水分を取れるが、生憎その時間まであと二時間ある。それまでこの炎天下の中をじっと耐えなければならないことを考えると、彼は頭が痛くなる思いになる。それ故、個人携行性の高い肩掛け水嚢(Camelbak)を背負って来れば良かったと一瞬後悔するが、あれは使用後の乾燥整備が面倒だったと思い直す。

 

 いつ発令されるとも知れない射撃指示(Fire Command)に対する即応性を維持するためにも、自身の健康状態には気を配らねばならないが今の状況は良好と評するにはほど遠い。気のせいであればいいが、割り当てられた殺傷区域(Kill Zone)の方向を観察する自身の視界が時折霞みを帯びる気がする。蛇腹形有刺鉄線(Concertina Wire)で区切る防御境界線(Security Perimeter)の左右両限界で挟んだ責任区域は広大で、事実上その面積は自身の視界範囲とほぼ同等かそれ以上。不審要素の検出監視とその侵入阻止に少なくない気力を常時割きながらも、困憊の色を誤魔化すのは中々に堪えるものがあった。

 

 分隊支援火器運用者(SAW Gunner)向けに弾納類を組み上げたモジュラーロードベアリングベスト(Fighting Load Carrier)と重ね着したボディアーマー(IOTV)は、ナイロンシャーシそのもの重さだけでは双方共に二キログラムを上回る事は無い。しかし、アーマー前後左右のプレートポケットに挿入した抗弾板(SAPI)と、ベストの弾納に格納した弾薬や弾倉類の重さを加算すれば総重量は十六キログラムを優に超過する。それだけでなく、駄目押しとばかりに追加された垂下式局部防護具(Groin Protector)が重心を前方に引っ張るせいで、背筋を垂直に保とうとするだけで背筋に疲労が溜まった。姿勢を正そうと無意識の内に足を動かし、重心を踵へ預けるも、それでは只の気休め程度にしかならず時間が経てば再び疲労感が背に圧し掛かることは解っていた。

 

 勤務場所が場所だけに各個判断で防弾衣を外すことが不可能であることは間違いなく、袖捲りの許可願いを申し出た所で陸軍士官学校(West Point)を出て間もない新任少尉殿(Butter Bar)が相手では受理される望みも極めて薄い。赴任したて或いは任官したばかりの士官が現場を知らぬ故、陸軍野外教範(Army Field Manuals)に記された規則順守にこだわる余り頑固な態度と定型化された

 

「有り得ない。歩兵学校(SOI)の教えはどうなっている、教えは」

 

の常套文句と共に古参下士官の助言に戸惑いを見せる光景は、誰しも一度は目にするものだ。恐らくは我らが少尉もその例外ではなく、赴任から一カ月と経たぬ今日ではその考えを改める予定も無いだろう。新米少尉が現場を学び融通を覚えるまで、肩肘を張り余裕を持てぬ今現在は、自身の不運を内心で嘆きながらもこの重みに耐え忍ぶ以外に選択肢が存在しないのだ。他人に責任を求めても仕方ないと割り切っているが故に、つくづくプレートスロットに居座る対外傷防護板(Trauma Plate)が恨めしいことこの上ない。

 

 雲といった隠蔽物のない空からは包み隠すことのない正直な日差しが降り注ぎ、戦闘鉄帽(A C H)高防弾性化学繊維(Kevlar)越しに頭蓋前頭部を熱していた。それ故、透き通る様な空模様とは対照的に兵士達の心情は優れない。週間天気予報が連日快晴の報を垂れ流し続ける最近では、気分が上向く気配すら皆無であった。おまけに時折砂を含んだ風が吹くせいで口の中に砂が入る。歯を噛み合わせれば、肌理の粗く尖った砂の粒子が歯の上で擦り潰されていく感覚が残った。厄介な事に、このシャープな塵芥の数々は、歯のエナメル質の表層部に微細な幾何学模様の筋彫りを置き土産として残していく。硬質な砂の角は小さいながらも、凶器として十分に機能するのだ。こんな物をうっかり飲み下しでもしてしまえば、内臓の粘膜に傷を付けかねない。こうなっては不快感と共に砂混じりの唾液を吐きだすしかなかった。

 

畜生(Damn it)...」

 

 食いしばった歯の隙間から消え入るような毒を吐いた。とは言え毒を吐いたところで気怠さと暑さが失せてくれる筈も無い。埃っぽい吐息とは何とか折り合いを付けて、気持ちを切り替えるしかないだろう。

 

 気だるげさを醸す彼は、頬に張り付いた砂粒を陸軍戦闘服(ACU)の袖口で軽く拭い取り、ヘルメットを深く被り直す。やがて若い分隊支援射手(Automatic Rifleman)は再び浅く息を吐くと、自身の職務を果たすべく加水分解しかけた車両整備士用皮手袋(Mechanix Fast Fit)を嵌めた手で組扱い火器(CSW)を構え直した。

 

 その左腕に巻いたチープカシオ(CASIO F-91W)の液晶が音も無く時を刻み続けている。所有者の手により消音改造を済ませたそれは、一操作一入力の度に煩わしい電子音を吐き出すことも無く、まさに現場環境に最適化された機能を備えているのだ。細かな傷をそのケースとベゼルに数多刻み込んだ勇姿は、言葉無くしてその歴史を雄弁に語り続けている。沈黙を貫き、責務の全うに努める。持ち主と同じくこの小さな化学技術の結晶も、己の役割に対して貪欲なまでに向き合っている。その姿勢は献身と忠誠という二単語を表しているといえよう。

 

 この場が一度鉄火場と化せばこの防御戦闘陣地(DFP)がその最前線となり、あらん限りの弾薬を標的に投射、脅威排除における重要な役を担うだろう。だが実際に戦闘になった場合、敵に致命的一打を与えるのは彼らではない。

 

 陣地周辺に広がる一見手付かずの一帯は、こう見えて一度米陸軍工兵部隊(US ARMY Combat Engineer)海軍建設工兵隊(Seabee)の主導下で手が加えられている。当初、地形の起伏といった個性に富んでいたこの土地は、工兵隊の資機材によって均されその素朴さは必要最低限まで削られていた。敢えて残された起伏は、所謂要撃用火力指向地点(Kill Point)としての役割を付与されている。

 

 実際に戦闘になった際はそういった防御に適した地形が利用されることを逆手に取り、敵が密集しやすい所に砲迫射撃を与え一撃で高い効力を望めるというわけだ。隆起した地形は側防火器等が放つ水平方向からの攻撃に対して有効な遮蔽能力を提供発揮できるが、曲射弾道を描き目標にほぼ垂直に砲弾を投射できる迫撃砲の前には無力でしかない。事実、空港近辺には射撃陣地が構築されており、そこに設置された迫撃砲は過去に二度程その猛威を振るっていた。曲射弾道のその先に捕捉されているのは、言うまでもなく先程の殺傷地点のただ一か所である。

 

 展張された偽装網の下、迫撃砲射撃陣地(MFP)の中で射撃班長(FTL)の役割を担う軍曹階級者がおもむろに立ち上がり、片手に持った小型風速計(Kestrel)を空に掲げた。筐体上部に埋め込まれる形で内蔵された小型のプロペラが風を掬って回り、フレーム内部の電子計算機が基盤回路伝いに伝達された諸情報を処理。情報収集終了からコンマ一秒未満の短時間で高度気圧気温風速、更には冷風指数といった気象状況(Weather conditions)が液晶に表示される。軍曹は即座に着弾地点最適化を実施するため、射撃指揮所(FDC)から事前に通達された情報と照合。情報の整合性を確認した上で、迫撃砲の射角方位角その他を同砲班員に修正させ、現在の状況に最も適合した諸元を完成させた。

 

 人工の死を地表に降り注ぐために生み出された迫撃砲のフォルムは、さながら巣の中で獲物が通りかかる機会を静かに待つ大蛇の様な威光を湛えている。その砲身に描かれた髑髏の印(Kill Mark)が五つ、日の光を浴びて鈍く光った。まだ魂を食い足りぬと言わんばかりに。

 

 鋭利な三脚の石突きを砂地に沈めた火砲照準用視準器(Collimator)の放つ、頼もしい存在感が心を打ったのだろうか。若い黒人の照準手(Gunner)がはにかんだ様子で短く姿勢を正す敬礼を送る。そのすぐ隣で弾薬壕の床に敷いた枕木を腰掛け椅子代わりにした弾薬運搬手二名が、筒状の樹脂製保護容器(Fiber Container)に収めた有翼迫撃砲弾を一発一発取り出しては目視確認で点検する作業に追われていた。弾種、製造番号、生産単位。砲弾本体の重量、変形、汚点、亀裂有無。次に信管(Fuze)雷管(Primer)発射装薬(Propelling Charge)の緩み脱落、任意着脱式付加装薬の装着状況、弾尾姿勢安定翼(Tail Fin)の点検まで。砲弾を構成する部品の一つ、またその付加器材一つに着目しても確認すべき点は少なくない。並々ならぬ物品愛護精神の現れか、軽口を嫌い黙々と業務をこなす仕事人としての性か。ともすれば血生臭さと無縁に思われるこの光景も彼ら砲迫射撃に親しむ者達の間では今や通例として馴染まれつつあった。

 

 

 

 

 

 バグダッド市街地では、ボディアーマー(MTV)に身を包んだレザーネック(US Marine Corps)の一団が陸軍と轡を並べるが如く多用途四輪駆動車を乗り回し、この砂塵に浮かぶ広大な都市に一定の秩序をもたらしている。彼ら強面たる武装車両哨戒隊(Rat Patrol)の睨みと大口径車載機銃(M2 Browning)の銃口が抑止力として効果を持つが故だ。その秩序が形作られる様を間近でバグダッド市民達が眺めているのも何時もと変わらず日常の一部に過ぎない。

 

 時折、未成年路上生活者(Street Children)が食べ掛けの携行野戦糧食(MRE)薄揚げ菓子(Doritos)、口を開けたばかりの缶入り栄養補助飲料(Wild Tiger)を恵んで貰おうと彼らに近づくが、

 

貴方の傍に平安あれ(As-salamu alaykum)。すまない、服務規定上そういった過度の接触は禁止されていてね。気が向いたらまたおいで。運が良ければ、封をしたままの固形栄養調整食(Snickers)か飴玉の詰め合わせが落ちてるかもしれないよ。なに、心配いらないさ。ただの偶然、誰かの荷物から零れた物だろうからね」

 

とだけ返され、気と一緒に肩も落とした子供達が元来た道を引き返し、名残惜し気な情緒を引きずりつつ砂色混じる市街の影へ消えていく。

 

 南部訛りを色濃く残した拙いアラビア語翻訳でありながら、放浪児の耳にはその努力も無駄に終わることは無かった。本来、一家の輪に身を寄せ団欒に心を安らぐべき準青年児達が、こうして日々の糧を得るために埃濡れになって擦り切れていく様を見るのは中々に辛いものが有る。そんな世の不条理を極めた少年期に翻弄され続ける痩せこけた背を追う米兵達の視線は同情的な感情が三割、規則を遵守したことに対する達成感が六割、残りの一割が自身には関係ないといった具合だった。

 

 見守りに徹する同僚達の内心を推し量ったのか、南部生まれの若い白人兵士はその各々の立場に同調する様に浮浪児達の姿を見送る。やがて襤褸を着た小人の大名行列が見えなくなった頃合いを見計らうと、米海兵隊最大の天敵(Charms Candy)を詰めた小袋を懐から引っ張り出して街路の目立たない場所へ放り、路面の埃を蹴って軽く砂を被せた。先程言葉を交わした未熟な物乞いが、今夜の暗がりから這ってでもこれを見つけてくれることを願って。主の導きとやらが実在するなら、大いなる存在の慈悲深さとやらが本当に存在するなら。異教徒だの何だのと、そんな下らない戯言で罪の無い子供達を煉獄で遊ばせておく事こそ、道徳に反するというものだろう。

 

 熱く焼けたアスファルトの上を古びた乗用車の川が流れ、渋滞にはまり一向に目的地に近づけない事に苛立ちを募らせた運転手達がクラクションを鳴らしている。この路上ではアラビア語の怒鳴り声、怒気を含んだエンジンの唸り、渋滞を解消しようとするイラク警察の奮闘が、その機械的な大河淙々のせせらぎとなり、バグダッドの市街を揺らす。路肩に街路樹のように疎らに立ち並ぶナツメヤシの葉にとまった蝿達も、そんな光景を無機質な複眼で捉え続ける。

 

 地表を這う陽炎の中、彼ら大衆が発する熱気と太陽から放たれる熱波が混じり、一層勢力を増した灼熱が舗装されたアスファルトを洗った。路面に歪な轍を残すゴムタイヤも長年の酷使に音を上げる様に焦げ臭くなりつつあり、摩耗劣化の激しい接地面は今や虫の息だ。

 

 大脳を直接掴まれ揺さぶられる様な感覚を覚えつつ、路上勤務に当たるイラク人警察官の面々は心に小さな決意を作る。勤務が終わり次第顔なじみの喫茶店に赴き、砕氷を浮かべ山羊乳を注いだほろ苦の珈琲で自身を労おうと。運と店主の虫の居所が良ければ、その労働環境に同情したが為にもう一杯無料で丸みを付けた山羊乳割りを提供してくれる筈である。祖国の為に働くイラク人を、同じイラク国民は無下に扱ったりはしないだろう。来るべき甘美の刻が訪れるまでは、こうして仮設の車両検問所(VCP)に身を詰め黙々と業務をこなすしか道は用意されていない。確かに、通過する乗用車の底面に車体下部検査鏡を差し込み、丸々二十四時間を使って黙々と車体底側爆発物(UCBT)の有無を調べる作業は一見退屈な勤務環境と錯覚する事だろう。   

 

 しかし、実際に現場に立つ人間の心中には何時鏡面に映り込むとも知れぬ爆弾の恐怖が常に付き纏う。勤務中の二十四時間が死に怯え竦む自分の心を相手取った持久戦になるのだ。気が触れそうになる自分をどうにか誤魔化しては葛藤を繰り広げ、その末に軍配を勝ち取るのは理性か本能か。命を懸ける割には地味に見え他人から評価されにくい勤務だからこそ、実働に就く警察官達は極限の苦痛を強いられるのだ。だからこそ願わくば、今日その気前の良さが発揮されることを祈るばかりだ。告時係(Muezzin)の宣告が黎明に御座す夜闇の幌を打ち払った時、夜明けの礼拝(Fajr)でも同じことを願った。彼らの日頃の行い、信仰の深さを見るに、偉大なる神はその願いを聞き入れてくれるだろう。神よ、勤勉たる彼らに報いたまえ。敬虔たる信徒の彼らに、是非その偉大なる慈悲をもって報いたまえ。細やかなれど、彼らに幸あらんことを。非凡なる貴方様の手で、是非とも恩寵の救済を。我等の神に祈りを捧げよ(Takbir)唯一神は偉大なり(Allahu akbar)

 

 路肩の歩道上はこれとは対照的で、人の数こそ多いものの、人の波が大地を打つと表現できるほど人ごみに溢れているわけではない。紛い物のレアル・マドリードのロゴ入りシャツを着たイラク人少年の一団がサッカーに興じている一幕もあるならば、積載限界寸前まで荷を小山大に積んだ荷車を牽引するロバが疲労から座り込み、それに急げ(Yalla)と発破をかける飼い主とのやり取りまでと多様性に富んでいる。

 

 その人だかりの中にも邪なる意志を隠した人間は在り、隙あらば路肩に仕掛けた即席爆発装置(IED)を作動させようと企む者も極少数ながら居た。少なくとも昨日までは。故に住宅の高層階のような道路全体を見渡せる見晴らしのいい位置にこっそりと陣取り、道路を行く米軍車列を監視する非合法交戦因子(Unlawful Combatant)側の敵性動向監視員(Dicker)もそれと同等の数が潜んでいようと何ら不思議ではない。例え、まだ顔一面にあどけなさを色濃く残した子供達が、褪せたシャツの下に自爆攻撃用爆薬衣(Suicide Vest)を着込み各々の将来を語り合っていようが。偽名(Kunya)で素性を隠した戦闘員が内に滾らせた報復心を代弁する如く、その小規模な聴音哨所(LP)監視哨所(OP)に軽火器を持ち込んでいたとしても。どんな想定であれそれが悲劇性を深めていく程、ここイラクでは一笑に付してしまうまでにありふれた光景の域を出ない。ここで耳にするもの全ては瓦解した人間性でさえ理解を拒み、その反応として大概は意味の無い笑みが出力されるのだ。

 

 ここバグダッドのみならず、銃器を携えた人間は合法的あるいは非合法な存在も含めればこのイラク全土に散見されて久しい。この国においては銃を目にするのは特別なことではない。その事実が兵士達の心に爪を立て、ささくれ立った感情を呼び起こす。震えに震え、怯えた心を介して映し出されるバグダッドの亭午は紛れもなく地獄だ。それも恐怖は不可視で、音もなく頸動脈を締め上げる。アドレナリン漬けの鈍感になった心でそれを感じ取ることは出来ない。黒色自動小銃(M16A4)切り替え軸部(Selector Lever)に乗せた人差し指が頻りに安全装置を解除したがっている。右手親指、正確にはその指の腹に不快感を感じる。セレクター表面のざらつきが指の腹を擽っているせいだ。親指が細かに震えていなければ、こんな思いをせずに済んだというのに。しかし、それを見ることで改めて己の怯えを知ることが出来た。タフに振る舞うのは得意だ。だが怯えをごまかす術は知らない。

 

 この戦争は異常だ。戦闘服を着た敵が居ない。 彼らは皆民間人と同じ服装をしている。敵味方の識別が難しい。 今朝見た衛門前の花屋の娘、例えば彼女が敵だったとしてそれが分るのはこちらに銃を向けた時か、明確に敵対行動を示した時のみ。彼らは武器さえ隠せば何時でも民間人を装うことができる。更にややこしいのは、イラク人の家庭には護身のため銃を保有している場合もあることだ。銃を持っているから敵であるとは限らない。戦闘員と非戦闘員(Non Combatant)を隔てる定義がここではどこまでも曖昧だ。基準は何処だ。現場を知らぬ事務屋と人権屋共が能動的彼我識別(PID)の基準を決めている。こいつは一体何の冗談だ。あんな戯言の箇条を書き示した積層加工紙(Laminate)の切れ端如きが、薄っぺらな紙片の一枚風情が何の役に立つと言うのだ。花畑を咲かせるしか能の無い連中は、非回教徒課税(Jizya)さえ支払えば彼らが我々を受け入れるとでも思っているのか。彼の著名な小説家が手掛けた作品を思い出せ、本筋の前置きに記した一節を。獅子と人の間に盟約が成立する事は無く(There are no conpacts between lions and men)狼と羊が互いに協定を交わし合う事も無い(and wolves and lambs have no concord)。あれは的を得た真理だ。誰もが自分が獅子であり狼となる事を願い、敵が人であり羊となる事を祈る。その関係に忖度を差し挟む余地は無い。戦いに文民の思想を持ち込んでは、敵に理性的すぎる対応を期待しては痛い目をみる。ただでさえ、従来の部隊行動基準(ROE)では対応しきれないと言うのに。非敵性と敵性を隔てる物はなんだ、貴方がたは戦場の何を知っている。有線放送(CNN)の戦争特集を見て何を知ったと言うのだ。聞きかじった狭い世界の情報で現場に役立つ規則を作れるものか。何を持って俺は危害射撃を行うんだ。

 

 これは過去に海兵の一人が言った言葉だ。だがそれはこの地に立つ兵士全員が抱く疑問でしかない。誰もが同様の結論を感じていた。侵攻当初の多国籍軍陸上部隊司令部(CFLCC)でさえ、現在の共和国治安機関訓練再生化計画(NTM-I)を主導する駐イラク多国籍軍司令部(MNF-I)でさえもがその例外を許されず。装備、人員、士気の点で勝る連合国軍は実際の所、圧倒的不利な状況に立たされている。敵味方の定義が曖昧なままに始まった次世代の対非国家主体戦争(Fourth Generation Warfare)は今や己の身にも牙を剝きつつあり、その苦境は更なる拡大の兆候を見せ始めていた。

 

 骨身の芯にまで走るこの戦慄は、深層の野生に突き刺さった。研ぎ澄まされたストライダーナイフ(Strider Knives BN-SS)の先端よろしくエッジのきいた恐怖は、例え心臓がタングステン並に頑丈だったとしても、容易にその切っ先で表層を食い破り核に達してしまう。

 

 視界に捕捉できる大凡の人影が敵のような気がしてならない。路肩で海賊版のディスクを売る露店のあの主人、先程からこちらを覗っている気がする。身体の輪郭を隠すように羽織ったあのディシュダーシャ(Dishdash)、左下腹部に不審な膨らみが浮いている。何故だ。だぶだぶの外套を不自然に押し上げる形状はそう多くは無い。張り出しの強い外形を隠し、携帯を悟られぬよう自然に振る舞っているのか。後ろめたさを誤魔化す為に。短絡的なれど危機回避としては堅実で現実的な考え方、典型的な兵士の思索方式に当て嵌めれば。その思考方は結論を瞬く間に弾き出す。然らばあれは、隠匿携行(Concealed Carry)したツァスタバカービン(Zastava M92)の握把ではないのかと―。

 

 少し視線をずらせば目に飛び込んでくる道路中央分離帯の上には、大小さまざまな大きさの瓦礫が転がっている。それだけでは無く、中身を飲み終えその後放置された空き缶や、設置者不明のごみ箱等で中央分離帯上は雑然の極みにあった。ただのごみなら問題は無いのだが、近年のゲリラ達の攻撃手段はそういった路上に放置された屑物を利用する傾向にある。例えば先程見えたあの瓦礫。あの中に角が削り落ちた日干し煉瓦が転がっている。一見すると長年野曝しにされ、経年劣化でぼろぼろになっただけの、何処にでも転がっていそうな物に見える。外見からは脅威を感じることは当然無い。故に警戒する地物の対象からは早期に外されがちになるのだが、それこそが不正規戦闘(UW)の申し子達の利点と成り得るのである。敢えて古びた外見になるよう見せかけの外殻を作り、その中に簡易爆発装置等を仕込む。続いて夜間といった人目の少ない時間帯にこっそりと路上に設置し姿をくらます。後日、何も知らずに付近を通過する米軍車列が有れば、最も損害を期待できる距離まで引き付け、そして点火爆破である。不発弾(UXO)等を再利用した路肩爆弾であればまだ、一目で危険物(Hazmat)ないし不審物と理解できるだけに前者の設計運用は悪質極まりない。そんな背景があるからこそ、この様な爆発装置を密閉内蔵した種類の爆弾は専科的訓練を受けた軍用犬操作手(K-9 Handler)爆弾探知犬(EDD)といった連携運用資産計二種の同時動員をもってしても検知困難であり、その処理作業完遂の為には熟練の戦闘工兵ないし高練度の爆発物処理班(EOD)を筆頭とした各種専門特技支援要員の存在が欠かせないのだ。

 

 爆発物本体の視認性の低さもさることながら、真に厄介極まりないのは遠隔爆破させるための起爆信号送信手段(Ignition Device)として一般にも広く普及した携帯電話が使われる点である。路肩の歩道を行き来するイラク国民一般大衆は、大抵携帯電話を携行している。スーツを着たビジネスマン等は歩行中にもよく電話をかけているし、何か特別仕事に追われている訳でもない人間も大抵は通話していることがある。米軍車列が付近を通るとなると、携帯電話を構えて動画を取り出す輩まで出てくる始末だ。これが大きな問題で、周囲に携帯を持っている人間が大勢いる中、起爆役の人間を見つけ出すことはほぼ不可能に近いのが現実だ。

 

 厄介な事に路肩で油を売る人間には旧政権解体時の煽りを受けて職を失った者も少なからずいる。職にあぶれた人間の多くは、その原因を作り出した外国人を快く思っていない。つまりそれは、占領軍への悪感情を抱くのに原理主義的思想は必要としないという事を意味している。国民全体、国土全域への広がりを見せる米国含む西側諸国、延いては物質主義世界への嫌悪感情。一種の憎悪犯罪(Hate Crime)にも似た外国軍排斥への機運は今この瞬間も水面下で成長続け、地下へ潜伏した過激派組織と民衆間を結ぶ相互協力関係をより強化する要因ともなり得る。事実それを裏付ける如く、過去に過激思想に傾倒したことも無い様な一般市民による多国籍駐留軍への攻撃事案は被害統計学上の数値的にも年々増加傾向にあったのだ。

 

 海兵が搭乗したハンヴィーの横を乗用車が走り抜ける。運転席に乗った男が携帯電話を右耳に押し当てつつ、横目で此方を見た。気のせいであればいいが、あの視線には僅かながらに悪意の様なものを感じた。そう思うと背筋に戦慄が這い上る。この男が付近に仕掛けた爆発物を作動させるつもりなのではないかと考えれば―。

 

 無論それを裏付けるような物的或いは状況証拠があるわけではない。不審な動きの一つでもあれば、それを理由に事情聴取として引っ張ることも出来ようが相手はただ此方を見ただけだ。周りを見れば、車内で電話をかけている人間は大勢いるし、少なからず此方を気にしている。路上に座り込む手持無沙汰げな老いた物乞いだって此方を見ている。同じ行動を見せる地元民の一人を連行した所で、一体何になるというのか。現地民の反感を買い、ゲリラにとっての都合の良い土壌と気風(Comfort Zone)を作るだけだ。彼らの活動に対する抑制者として海兵はここに派遣されたのだ。活動活性化(Escalation)を許す要因を作りに来たとでも。断じて否だ。嘗ての古き時代、青染めのデニム(Blue Jeans)を草木に擦りつつ緑顔の男達(Green Faces)が密林を闊歩していた頃。仰ぐべき先人達が我等が生誕は殺戮と尽滅の為(Born to Kill)という金言を残したが、生憎此処はフエ(Hue)でもなければサイゴン(Saigon)でもなく、北ベトナム軍(NVA)も存在しなければ解放民族戦線(Viet Cong)に怯える必要も無い。抑圧の匙加減が何よりも重要となる安定化及び支援作戦(Stability and Support Operations)において要らぬ悪感情を煽り促すような真似は極めて慎まれて然るべきだ。反米感情の促進に繋がる恐れのある行いは努めて避けなければならない。

 

 海兵達は怯える心に折り合いを付け、恐れを表には出さず再び精悍な面持ちで道路の監視警戒に戻った。しかし三十分もすると、力を抜いて楽に垂らしていた右腕が無意識に小銃の握把を握り、セレクターレバーに指を添えてしまう。それと同時に後ろ向きなイメージが脳裏に流れこんだ。至近距離で路肩爆弾の直撃を受け燃え上がる自分の姿が。反射的に頭を振ってそれを振り払うが後味の悪さだけはどうしようもなかった。仮にボディアーマーに引火したとしても、搭載された緊急分離投棄機能(Quick Release)が焼死の危機から救ってくれるだろう。だが、余りに接近した状況で爆破を受ければ爆炎で焼け死なずとも、高速で飛来した弾子によって頸動脈を切断されかねない。失血死直前に陥るとされる恐慌状態の体験を生前最後の記憶にするのは御免被る。

 

 砂埃混じりの淀んだ空気に含まれる死の気配は本物で、共和国の隅から隅までを覆っている。米軍兵士すら脅威を感じる乾いた空気、これも無法と野(Wild)蛮の連邦(lands)ならではの宿命なのだろうか。

 

 統制無し(No Rules)法律無し(No Law)秩序無し(No Order)。言葉が過ぎるかもしれないが、今の言葉は現在の共和国を表していると言える。何しろ、サドルシティ(Sadr City)辺りまで足を延ばせば外国人の首を切り落とす処刑映像程度は手頃な価格で手に入るのだから。生きたまま捕虜を火炙りにする、猿轡をさせ後頭部に小銃弾を一発撃ち込む、檻ごと水槽に沈めて溺死させる、果ては各関節部ごとに切断して遺体を損壊させる。或いはそれ以上、口に出す事も憚られる様な処刑の一部始終を収めたディスクが一枚五十セントの価格で闇市場に出回り、実際に売買されているという事実。どんな言葉を持ってしても、治安の悪い文明国家だという印象を覆すことは不可能に近い。

 

 全く持ってサドルシティの露店が取り扱う商品の品揃えの充足ぶりには驚かされる。探せばきっと、この世の悪徳と憎悪をそのまま切り取ったような映像を収めた逸品だってあるに違いない。露店主人の商人魂の強さを考慮して支払い料金を通常価格分より弾めば、トルコ(Turkey)経由で旧ソ連構成国発祥の殺人映像記録(Dnepropetrovsk Maniacs)すら取り寄せてくれるだろう。真偽の程は定かではないが、まだ十歳にも満たない様な子供の腹を麻酔無しで切り開き、はらわたの中に爆弾を埋め込む工程を記録した代物も過去に扱っていた。そんな噂を耳にしたこともある。常人が踏み入るには余りにも闇が深すぎる世界だ。いや、誰であれその闇の深さは等しいのかもしれない。口を開けた深淵の底なんて誰の目を持ってでも見通すことなど不可能なのだから。万人、万物に等しく開かれた闇の世界。バグダッドの片隅では、その入り口に至るための切符が安値で取引されている。そんな現実を目前にしては、地獄の悪鬼も目を背けるだろう。悪魔だって死体をいたずらに損壊させる趣味はないだろうし、死体を道具として扱う真似はしないだろうから。

 

 となれば嘗て独立国シエラレオネ(Sierra Leone)で悪虐非道の限りを尽くした革命統一戦線(RUF)の構成員達は、ある意味でこの世の存在ではなかったのかもしれない。殺害した旧ローデシア軍退役兵たる白人傭兵(Robert callen Mackenzie)の遺体から心臓を抉り出し、それを食すなんて所作は狂気の沙汰でしかない。あのような行為に一体何の意味があったのかは未だに理解することが出来ない。他国文化を陥れたり、貶したりする行いは人間そのものの人格資質が疑われてしまうが、あれを文化として受け入れる事は二十一世紀現在の世界を生きる我々には観到底不可能な話だ。

 

 この土地は多くの人の血を貪欲に吸い続けてきた。そういった点では麻薬戦争(Drugs War)最盛期のマイアミ(Miami)シウダー・フアレス(Ciudad Juárez)と共通する。どちらも地獄という表現が上品に感じられるような場所には違いない。熱気に溶けた悪意の影は何処へ行こうが逃がしてはくれないだろう。蛮徒ひしめくこの悪徳の帝国で生きている限り、死を齎すまで背を追ってくる。それこそがこの瓦解しかけた法治国家における唯一真理の摂理。擁護不可能の反道徳的流行に導かれた不健全国家に於ける無二の憲章と言えた。

 

 

 

 

 

 そういった剣呑な雰囲気を漂わせた日常の上を、ある一機の旅客機が飛行していた。

 

カブールの通り(Chicken street)なら茶を楽しむ機会もあったが」

 

 バグダッド上空を飛ぶボーイングの座席に背を預け、小さな窓枠にはまった分厚いガラス越しに眼下を眺めつつフォードが言った。

 

 フォードこと、本名フォード(Ford)カムデン(Camden)。アメリカ合衆国、カリフォルニア州ロサンゼルス出身。訳有って陸軍を除隊した後再び公僕の身へ転身、つい数年前までロサンゼルス市警察(LAPD)巡査部長(Sergeant)を務め上げていた白人男性だ。

 

 身長百九十センチを優に超える長身と、合衆国北西部に広く生息する灰色熊(Grizzly)を連想とさせるがっしりとした骨格を持つ彼は、しばしば熊の子フォード(Ford the bear's boy)なる渾名で呼ばれることがあった。これは家族、友人、あるいは職場の同僚達、フォードと何らかの関係で結ばれている人間の大半がその呼び名を使った。彼自身、そんな渾名については寛大あるいはあまり関心を寄せておらず、さして何とも思っていないのが実情でありこれからもその呼ばれ名を許していくだろう。

 

 彼の特徴はそれだけではない。その小山の如き巨躯をさらに際立たせているのは、全身の骨格を覆う分厚くしなやかな筋繊維の層だ。生まれついて骨太で堅牢だった体は、生まれてから今に至るまで、少年期は野球で、青年期はレスリングやボクシング等の格闘技といったスポーツ、陸軍勤務時代は近代化格闘術(Modern Army Combatives)で、警察学校(Police Academy)を通した警官現役時代は格闘武術諸般(Martial Arts)で鍛えられ、彼もまたそれらを楽しんだ。幾数年の心地よいながらも苛烈たる鍛錬にて錬成された身体を包み込む分厚く頑強な筋肉の鎧は、もはや警官のそれを逸していた。嘗てジャーヘッド(Jarhead)、転職後はニューヨーク市警緊急対応部隊第三分隊(ESS-3/ESU/NYPD)を歴任した経験を持つ軽武装警察戦術部隊の常勤隊員(Full Time SWAT Officer)からも、お前の身体は軽歩兵(Light Infantry)のそれに相当するものだと評されたものである。その元ブルドッグからのささやかな称賛は未だ彼の記憶にうっすらと留まり続けている。当時、称賛の言葉を送った剛健な彼が市警警備部本部中隊(Metropolitan Division)の虎の子たる精鋭小隊(D Platoon)所属だったが為に、誇るべき記憶として克明な像を結んだまま。

 

 彼がまだ十歳にも満たない頃は、未発達のか弱い筋肉が少し付いているだけの、何処にでもいるごくありふれた白人の少年に過ぎなかったというのに。その頃は太陽の下を駆け土や自然と親交を深めるよりも、涼しい日陰で本を読む方を好む人間だった。何が彼の人生へ介入し、現在へ至る流れを決定付けたのだろうか。

 

 彼の父はスポーツに関して特段熱い人物ではなかったが、身体を動かすことの楽しさと健康な身体を育んで欲しいとの願いを込めて野球をやったらどうかと薦めた。野球を勧めた理由に関しては特筆するべき物はなく、ただ町内に少年野球チームがあったからという簡単な理由があるだけだった。

 

 そんな訳で、球技の世界に踏み入る経緯が多少流れに身を任す運びではあったものの、斯くしてフォード少年はあまり気が乗らないながら、一度本を閉じることを決め、地元のクラブ活動に加わったというわけだ。

 

 入団の際に本人の署名を必須申請書類に記載する必要があったが、彼はペン先に嵌ったボールを紙面に落とすその瞬間最後まで、入団に抵抗感を感じていた。今となってはその記憶も懐かしいものだ。白球を追って芝生の上を泥塗れになって駆けた回ったことも含めて。

 

「失礼ですが御客様、どうかシートベルトのご着用を」

 

 窓外の景観をぼんやりと眺めている内に意識が上の空になりかけていたらしい。掛けられた声によって意識が急速に引き戻されるのを感じた。幽体を取り戻した肉体は再び活性化させ、その反映として群青の遥か彼方にあった焦点が勝手に目前の窓ガラスに像を結ぶ結末を作った。曇りも汚れの一点も見受けられない高透明度のガラスは、まさに手入れの行き届いている状態と言ってよかった。この丁寧な仕事ぶりは、職務に妥協を持ち込まない勤勉な乗務員がきめ細かく織り込んだ絹の布地で丹念に磨き上げたのだろう。そうでなければ、この見事な磨き具合に説明がつかない。長年の経験に裏打ちされた妙技が光らせる窓の表面は透明で、故にヒジャブを巻いた客室乗務員の顔がアクリル樹脂表面に反射していたのは必然。意中より霞みを取り払った自我がそれに気付くことが出来たことも又、必然に過ぎないわけである。

 

「これは迂闊でしたね。では失敬して」

 

 異国の空気に飲まれすぎたかな。自身の過去を思い起こす程とは。まぁ、それも仕方のない事か。こちらはロス育ちとは言え本質的には田舎者なんだ。異国情緒にのぼせて浮ついてしまってね。醜態をさらしてしまったが、どうか寛大な心で許して欲しい。本当に申し訳ないが。

 

 座席の傍らに据え付けられたシートベルトの末端を手で掴んだ際も、顔が乗務員の方を振り向く事はなかった。やや色を付けたごく簡潔な返答だけを機械的に返し、素早くタングを銀色に光るバックルにねじ込む。頑丈なナイロンで出来たベルトが腹筋上を横断、灰色の化学繊維が音を立てて撓った。きつめに正中線を締め上げられる感覚は守られている事を想起させるが、最終的に窮屈さがどうにも気になり軽くベルト幅を調節、呼吸毎に息苦しさを覚えない程度を見つけ出す。

 

「お声掛けをどうも御親切に」

 

 事が終わった後に先ほど乗務員が立っていた方を向いてみたものの、彼女はすでにそこには居なかった。アーモンド型の形の整った目は、とうの昔にこちらを視界から外したと見える。ターコイズブルーの美麗な瞳は、他の座席を点検するために客室の各所へ視線を投げかけていた。既に自分は相手にされていないらしい。或いはベルトをするところまでは見届けてさっさと次へ移ったか。何れにせよ、染み一つ無い純麗な面様がこちらを捉えることは暫くないだろう。

 

 全く。小さいながらも醜態を重ねてしまうとは。誰もいない虚空に応じてしまったなんて。出来損ないのコメディアンだってもっと上手い筋書を思いつくだろうに。自分のささやかな失態を自覚した今、矢張りというべきか胸中にうっすらと羞恥の感覚を覚える。そうやって虚空相手に会話を図った僕自身を、他ならぬ僕が笑った。

 

 一頻りの声を殺した笑いが止んだ後、笑い種の自給自足を済ませた三流芸人のフォードは口端を僅かに釣り上げ、形を整えた口髭の片隅に自嘲の色を腰かけさせた。小さく鼻を鳴らしながら頭を振り、目の前の座席テーブルに置いた飲みかけのペットボトルを掴む。ガトウィック空港(Gatwick Airport)のターミナルで購入してから二度しか口を付けていないが、既に中身が生温い。原材料のオレンジが慟哭の声を上げる様子が脳裏で展開される。声にならぬ果実の叫びが右脳の中で響き渡った。

 

 スペイン王国(Kingdom of Spain)バレンシア(Valencia)の果樹園で育てられたとラベルにはあるが、よもや熱波で温くなり味が落ちた頃に再び口を付けられるとは夢にも思わなかっただろう。無残な物だ。冷たいうちに飲んでやれば、シアンカラーのバレアレス海(Balearic Sea)を瞼の裏に望むことも出来ただろうに。残念ながら今は、濁ったグアナバラ湾(Guanabara Bay)の波間に揺れる腐ったパイナップルが見える。柔らかくなった外皮に果汁が染み出し、それを舐める汚れた蛆虫の姿さえもが。

 

 蓋をひねり爽やかな酸味香る液体を一息に呷った。熱を持ち幾分風味が落ちたものの、柑橘系特有の鋭い酸味が舌を突き刺す。オレンジの余韻を口の中に残したそれが、滑らかな動きで喉を滑り下りていった。

 

 程なくして中身の殆どを胃に流し込み、透明なボトルの内側を伝って飲み口から滴る最後の一滴を飲み込む。中を干したばかりのボトルはとても軽く、ボトルを小さく歪ませる程度に握ったり揺すったりしたが、次なる一滴を頂戴することは当然出来なかった。座席テーブルに乗せたキャップを取ると、凹み跡の残ったボトルに蓋をする。これを捨てられる機会があるとすれば着陸した後に限られるだろう。

 

 座席テーブルの上を占領していたのは、温いボトルだけではなかった。純白でシンプルなデザインのプレートが、その大きさを主張するようにどっしりと机の上に腰を下ろしている。元々は機内食がこのプレートに乗せられて提供されていたのだが、料理の大半をフォードが平らげたこともあり、今ではいちょう切りにした胡瓜とトマトのミックスサラダが少し残っているだけとなった。

 

 輪切りにしたレモンが傍らに添えられているのは有難い。この暑さの中でもキレのある爽やかさと瑞々しさを演出してくれるおかげで、食べれば気分はさながらオアシスに佇む泉の上澄みを飲んだ時のように晴れやかになる。

 

 着陸までまだ少しだけ時間が有るが、早めに平らげてしまおう。そうすれば滑走路に降りた後慌ただしく動く必要もなくなる。そう決めたフォードは、残りわずかなサラダが入った発泡ポリプロピレン製のトレーを取り、緑がかった透明なフォークを使って一瞬の間で腹に収めた。オリーブオイルと酢、更には塩胡椒を混ぜ合わせて作られたドレッシングソースが絡められたトマトは特に美味いと感じる。豊潤な水気を含んだ内果皮が、丁寧に磨かれた汚れ一つ無い上下の第一と第二大臼歯の間で噛み潰され、酸味を持った果汁が弾けるように溢れだした。ドレッシングの塩気や風味の中に溶けたそれが、一時的に暑さを忘却の彼方へと追いやってしまう。過度な装飾の無い真っすぐな味わいは、茹だる様な気候の中では他の何よりも趣深い。熱に浸った舌背の正中溝に噛み潰した果肉を絡め、子室から零れたゼリー質を飲み下せば食道管の壁面を伝いながら冷やしていく。これが人体内で繰り返されるこの感覚こそ、この心地良さに拍車をかけているに他ならなかった。

 

 手始めに味わった、複数種類の香辛料で味付けした肉厚のチキンソテー。鶏肉の余韻に良く合う良質なインディカ米と卵を使ったオムライス等華やかな料理の数々は、普段殆ど食に興味を示さないフォードですら唸らせるのに十分な物だった。仕事柄、航空機を頻繁に利用する機会に恵まれがちなフォードだが、イラク航空の機内食は十分当たりの部類に入るだろうと心中で結論付ける。

 

「仕事でこちらへ」

 

 不意に声を掛けられた。張りのある男の声だ。若くはないが、決して老いが過ぎている訳でもない。それでいて僅かに意志の強さを滲ませている。ついでに外国語訛りも無い、恐らく同郷の人間だろう。

声には感情が宿るとよく言われるが、この声から感じ取ったのは一抹の興味。そして何かを期待している。

 

 声の主に面を合わせるべく、首をひねり隣り合った座席へ視線を這わせた。

 

 背の小さな男だった。無論自身の身長を基準にして比べればの話だが。それでも百八十センチは下らないだろう。

 

 プリムを大きく折り曲げた茶色のベースボールキャップ(Carhartt Odessa Cap)を被り、黒いフレームのバリスティックグラス(GATORZ MAGNUM)を鼻梁に乗せている。歳は四、五十と言ったところか。いや、老けて見えるだけで、実際は同い年かもしれない。よく目を凝らせば、口元に広がる皺の深さなど自身とまるで変わらない。帽子の隅から覗く頭髪は白髪交じりの黒髪で、後頭部で一本に結わえてある。全体と対比すれば白髪の占める頭髪の割合は多いが、それでも髪の毛一本一本のしなやかさと肌理の細かさは、普段から美容に気を使う世の一般女性達ですら羨むであろう物を秘めていた。

 

 浅黒い肌の面構えはイスラム世界の住民の物とはまた一味違った個性を放っている。低く潰れた鼻筋の通り方や微笑みに滲む親しみやすさから察するに、大味でややいい加減な推測になるが東南アジア系移民の者だろう。恐ろしいほどに自然体な英語を話されていては、言語分析で出身国を特定することはほぼ不可能だが。今にもタガログ語(Tagalog)辺りで会話を始めそうな顔付きに反して生粋の英語圏に生を受けた者も同然の発音や、その習熟度を見るに移民二世か三世といった所か。

 

 彼は小さく微笑んだ顔を溢れんばかりの好奇心で彩り、老山羊の如き潤沢な顎鬚を指で撫でている。薄いステムを乗せた耳は、遥か昔に怪我でもしたのか右耳の耳垂だけが欠けていた。グレースモークのレンズ越しに見え隠れする双眸はどこか荒々しさを感じさせるが、それを補って余りある知性の影も同居させている。この容姿を一瞥しただけなら、上品さの背後に陰を作る暴力の気配に気付ける者はまず居ないだろう。

霞んだ光沢を放つポリエステルの黒い半袖上衣(Propper Edge tec Polo)を着こみ、コヨーテブラウンの刻印入り作業用下衣(UA Storm Tactical Patrol Pants)を穿いている姿は、被服品だけ見ればどこをどう見ても単独長期旅行者(Backpacker)として通用する。履き潰して久しいと見えるバスクの登山靴(Vasque Juxt)も、アメリカ人旅行客のフットウェアとしては頻繁に目にする物であって、特別に注目するような点は何処にもない。

 

 備え付けの机に乗せたノートの紙面を見れば、その方面では権威的な経済新聞の切り抜きが天声人語の如く見開きを飾り、堅苦しげな書体と手書きの補足事項で犇めき賑わう方眼上はこれまた如何にもと言える見出しが陳列していた。逆に言えばその点だけだったのだ。着目すべき異様、旅行者の持参品としては少々物珍しい物があるとすれば。

 

 

 

 撮影元不明の動画流出。米海軍艦艇と革命防衛隊(Sepah)武力衝突か。防衛隊司令官報復戦闘準備を指示、イラン弾道弾部隊臨戦態勢へ移行、即応の構え。ホルムズ海峡周辺の軍事的緊張高まる。

 

 ヘルマンド州(Helmand Prov)地方居住地域に反体制派地上部隊迫る。攻撃頻度に上昇傾向の兆候有り。その規模は過去最大に相当。六月中旬のシャワリコット渓谷攻勢作戦(Shah Wali Kot Offensive)を決行させた集結行動は陽動作戦の一環か。散発的戦闘が激化、州内広範囲へ拡大。米国政府系研究機関(Think Tank)所属の専門家は反体制派戦力の高度機動化、戦術面更新と戦略変更による影響と分析。更なる懸念点として麻薬栽培と輸出産業の再活発化を指摘。現政権打倒を目指す軍閥組織は、来週にも計画第二段階へ移行、更なる攻勢強化の狙い。重要防衛拠点掌握に更なる一手。最強硬派組織幹部へ独占取材、対談の場にてその心情を語る。銃を手にした神学生達が明かす真意とは。ジャクソン前方作戦基地(FOB Jackson)に駐屯中の第五海兵連隊第三大隊(3rd BN/5th Marines Regt)隊指揮官、徹底抗戦と国土奪還、再度の警備区内安定化へ意欲示す。近隣所在のゼーブルッヘ前方作戦基地(FOB Zeebrugge)からは第十二海兵連隊第三大隊(3rd BN/12nd Marine Regt)が増援として出動。共同で民間人の避難誘導、作戦完遂に望む見通し。レザーネック駐屯地(Camp Leatherneck)駐留中の第三六一海兵重回転翼機飛行隊(HMH-361/MAG-16/3rd MAW)がこれを支援、兵員輸送及び火砲含む武器弾薬の運搬へ向け緊急展開作戦を実施中。サンギン地区(Sangin District)住民の避難活動は依然進展無し。現地治安当局責任者は消息不明、側近人物も同時期に行方暗ます。

 

 イスラエル海軍(Israeli Navy)が地中海洋上をパレスチナ国(State of Palestine)へ向け航行中の密輸船一隻を拿捕、臨検時に発見された武器弾薬合計二トン相当の積荷を押収。パレスチナ政党組織ハマス(Hamas)非合法部門幹部主導による装備調達と推察される。アル=カッサーム旅団(Al - Qassam Briga)の軍備増強姿勢が表面化。イスラエル外相、ガザ地区の戦力拡大政策を非難。明日未明にも自国大使を通し国連安全保障理事会(UNSC)の場で非難声明発表の予定。

 

 ナイジェリア陸軍(Nigerian Army)による北東部要衝奪還作戦完了。敗走の過激派組織は壊滅寸前と推定。残党勢力も大半が武装解除、和平化移行に円滑化の兆し。現地住民は国軍入城を歓迎、行政当局代表者は治安安定化貢献に対する感謝の意を表明。国境無き医師団(MSF)等非営利人道支援団体の医療従事者第一陣が明日現地入り。人道的介入の模範を示す狙いか。

 

 

 

 罫線そのどれもが例外なく匂わせている剣呑な響き。なんときな臭い事か、その字面が羅列する様の刺々しさときたら。最早、万人に対する危機的意識をこれ程までに殊更煽り立てる文面は他に類を見ることなどあるまい。海上での軍事的衝突、陸上での難民避難と市街地戦闘の同時発生、暗雲の立ち込める中東の政治動向、原始の大陸で燻る宗教紛争の火種。右を見ても左を見ても戦争、戦争、戦争という理解及ばぬ混沌(FUBAR)を極めた病める現代。世界が常に混乱の種に事欠かない事は、こうして人類の情報伝達技術により自らに周知され、それを基に世界が動く。何ら小難しい話ではない。世界を動かす動力は情報によって作られ、その情報を作り出すのもまた人間である。

 

 南米地域や亜州、大洋州だろうと場所は何処でも構わない。一例として、どこか経済都市の一角に株取引を生業とする個人が居を構えていたとして。夜が明けたばかりの時間帯、寝椅子と毛布一枚の間で意識が覚醒。気だるげで緩慢な動作で身を起こし、寝ぼけ眼を擦りつつ業務用机に向かって歩を進め商売道具を起ち上げる。起動したパソコンの液晶を脇目に捉えながらトースターに一切れの食パンを放り込み、食器棚から気に入ったマグカップを一つ取り出して即席スープの粉末を注ぐ。外出の予定も無いので身支度を軽く済ませた後、軽く焦げ目の付いたパンを引っ張り出しながら、お湯割りからが漂う粉っぽい匂いを同伴者に席に着く。脳活動に必要な栄養分を摂取しながら鍵盤を叩けば、良く見知った値動き表が呼び出され市場株価変動の情報を一から十まで手に入れる。パンを半分腹に収めスープを半ばまで啜り終えた頃、ふと毎朝定刻に配達される朝刊新聞の存在を思い出す。郵便受けに投函された紙束を回収し部屋に戻った後、早速今朝届いたばかりの朝刊を傍らに広げてその視野を開いていく。

 

 仕事に意欲的な姿勢はある種社会人として模範的。しかしその内面を見れば、旺盛な知的好奇心の挙動にも似た職業病故の所作の反復で。凝り固めた生活習慣に支配され、その規則性を肯定的に享受する人間が見せる朝の一旦。その目に飛び込む情報は大半が仕事に関係する物で、紙面を捲る指先と規則性を持った視点運動は半ば特定行動の往復を入力した産業機械にも近い。その職業上、生活の糧を得る手段は部屋にある物だけで事足りている故に外界へ身を晒す必要も無く、自身の身嗜みには関心が薄い。己の人生に必要な情報を探し出し、それを基に歩み行く人間の外見は意図したものか、偶然か。各個人の人生に対して最適化された関係に変化を遂げる。これはフォード自身がこれまで重ねてきた人生経験上で学び、確信を深めるに至った人間社会内部で見られる自然法則の一つだった。

 

 だからこそ一際浮いて見えてしまう。着眼点同士の関係性に不透明性を感じ取ってしまうのだ。一見では冒険好きの旅行者らしくも見えるその服装。しかしそれらと明らかに不釣り合いで、危機管理意識の高い旅行客ですら通常持ち歩かないような物々しい雰囲気を醸し出す手製小冊子。ショートスリーブから伸びる油圧ショベルめいた印象を抱かせる剛腕。そして脈動する上腕に彫り込まれた吠え猛る剛の荒鷲(Screaming Eagles)と精悍な鳥居の刺青。これら諸要素の乗法から導き出される積について。

 

 かつてまだ自分が十にも満たない頃、アイダホ(Idaho)にある祖父の家で見た古めかしい防寒戦闘外衣(M42 Jacket)の右肩にも、それによく似た肩章(SSI)が縫い付けられていた。陸軍部隊きっての精鋭揃いでその名を馳せる空挺部隊(Airborne)向けに設えられた、陰りを乗せたカーキ色の堅牢な生地に映える白頭鷲の力強い咆哮。鮮やかな臙脂色が目を引く鳥居の厳かな輪郭。

 

 まだ祖父が主の下へと旅立つ前。テラスのロッキングチェアーに腰かけた在りし日の祖父が夕闇の中に影を舟こがせながら語った、朝鮮半島での色褪せぬ武勇の数々。丹念に砥上げた銃剣(M1905 Bayonet)の切っ先が敵の首筋に突き立つ瞬間を語って聞かせた祖父が、若き日の武勲を作った際に在籍していた部隊。朧げになりつつある自分の記憶に間違いが無いならば。あれは第百一空挺師団(101st Airborne Division)百八十七歩兵連隊(Rakkasans)の―。

 

「ええ、そんな所です。運送関係の仕事でして」

「奇遇ですね、私も似た用件で此方に飛んできた次第で」

 

 嘘を交えた、否。仕事に関する情報を限定的に絞り、本来の職務内容を推測できないよう予め用意していた欺瞞で応えてやった。声を大にして話せる様な仕事ではない。自分の仕事に対して感じる後ろめたさは皆無と言っていい。だからと言って胸を張ろうとする思いが無いのもまた事実。ウンム・カスル(Umm Qasr)に陸揚げした日用品から雑貨、加えて幾分かの輸入食料品をイラク北部方面まで運ぶ民間の輸送会社に携わっているだけだ。モスル(Mosul)ダフーク(Dahuk)、時には隣国シリアとの国境線を目前に控える郡都機能行政区画シンジャール(Sinjar)や、兼ねてより中東地域の経済事情を影ながら支えてきた物流上の血管とも揶揄されるアルカイム枢要陸上交易路国境通過交通点(Al-Qa'im Border Crossing)を有した地方都市フセイバ(Husaybah)にまで足を延ばすこともある。

 

 とは言え輸送業に従事しているというのは少し語弊があると共に正確さを欠いた答えでもある。僕は運輸会社の社員ではないし、貨物自動車の総舵輪を握る事が仕事ではないのだから。厳密に回答するなら、紛争地域で操業する配送業者にとって必要不可欠とされる警備支援に従事していると言ったほうがより適切であろう。

 

 僕達が行う警備事業というのは、一般大衆が存じ上げているような業務形態からは大きくかけ離れている。米国本土の大規模商業施設等に常時配備されている警備員は、拳銃こそ携帯しているものの併せて小銃を携行する事例は極めて少なく、一般利用客視点で過度に厳重な保安体制敷設は忌避されるきらいがある。だが我々の様な武力衝突発生国に事業展開する警備員にとって、小銃とは当たり前のように携行すべき代物なのである。イラク基準ではごく普通のことだが。これは我々外国人警備要員だけに限られた話ではなく、国外からの旅行客向けに営業している宿泊施設等に常駐するイラク人警備員だって小銃を携行している姿を目にする。

 

 現在となっては、難燃性メタ系アラミド繊維(NOMEX)フライトスーツ(CWU-27P)を着た警備要員をイラク国内で見るのは大して珍しいことではない。セージグリーン(Sage Green)タン(Tan)ジャンプスーツ(Jumpsuit)は、今やイラク国内に展開活動を行う警備要員達を象徴する個人用戦術被服系(Tactical Wear)としては極標準的装備として認識されつつある。イラク国内外場所を問わず、小銃と飛行服の組合せが連合国暫定当局行政命令第十七号(CPA Order 17)に依拠する者達の代名詞として成立する日はそう遠くないのだ。

 

「髭を蓄えなければ現地雇用職員(Local Staff)と共に働くことすら儘ならない。全く、此方の標準業務準則(SOP)は厄介面倒なものです」

 

 あぁ、やはりか。今の言葉で理解した。目の前の名も知らぬ彼も同業の者だったか。世界は狭いな、とは感じない。イラクにやってくる外国人には、少なくない割合で我々の様な契約社員(Contractor)が混じっている。よくあることだ。

 

 そしてもう一つ合点がいった。このタイミングで彼は自身の職務に関する情報を零した。露骨にも現地雇用職員とか業務規程といった分り易い単語を交えて。極めつけは髭に関する言及。何が琴線に触れたか知る由は無いが、この男は僕が同業者であることを薄々勘付いていたのだ。先程感じた興味と期待の感情。そして僕と交わした一連のやり取り。彼は今、答え合わせの段階に踏み込んできていた。その結果、彼は正解を見事勝ち取ったらしい。

 

 民間軍事要員(Private Military Contractor)民間警備要員(Private Security Contractor)といった名称が一般世間に広まってから何年も経過した。依然として一般民衆には認知されていない職業だが、その手の業界に明るい人間はそう呼ぶし、僕達も自身をそう称する。そして此方側を快く思わない者達からは傭兵といったネガティブなイメージを伏せ持った名称で呼ばれる。僕達に能動的に発揮される攻撃性は無いというのに。保持する攻撃性は基本的に受動的なもので、警護対象者ないし警護対象物(Protection Objectives)や、僕等のような近接警護部隊(Close Protection Team)自体が危険に曝されなければ攻撃性が発露することはまずありえない。

 

 資本主義が非合理な行動を望むか。否、射撃要求(CFF)が無ければ据銃動作に入ることすら無い。僕達要員の身が所属しているのは資本主義国家の企業であり、その本質もまた資本の戦士である。尚且つ、警察や国軍のような営利を目的としない公的な組織と違い、主体は民営化された企業であり、その目指すところは利益の追求その一点。損失という言葉が使われることを何より嫌う。能動的攻撃性の発露により、弾薬を無意味に消費して経費が意味もなく使い潰されることを許す筈がない。つまり、必要とされる機会がなければ銃口は基本的に静かで生ぬるいままだ。銃身内部に彫り込まれた腔内旋条線(Rifling)を、油で湿らせた綿棒でなぞろうとも僅かな煤だって取れないだろう。眼鏡を掛け如何にも神経質そうな火器管理下士官(Weapons Sergent)に同じ手順を踏ませた上で銃点検を実施させたとしても、結果は同じに終わる。

 

 結局どれだけメディアが騒ぎ立てようとも、所詮僕達は肉と骨、それから千デニールの軍用規格ナイロン(1000D Mil Spec Nylon)個人付加抗弾器材(ballistic Plate)で構成される盾に過ぎないのだ。小銃や拳銃、短刀や警棒を携行してこそいるが、その威力が発揮される機会は実際のところ極めて限定的であるのが実情とされる。

 

 誰が好き好んで人に向かって銃を撃ちたがる。侍の刀と同じで、常日頃から磨き研ぎ澄ますことに余念は無いが実際に鞘から抜くことなど望みはしない。少なくとも僕自身と、僕のよく知る同僚は皆口をそろえて同じことを話すだろう。戦争屋(Warmonger)殺人部隊(Kill Team)、戦争中毒者、非公然戦力保有集団(Shadow Company)という単語は僕達業界人にとって侮辱以上の意味を持つのだ。職務上どうしても荒くれ者という印象を持たれやすい事は事実だし、実際に仕事でも荒っぽいやり方が必要とされる場面が多々あるのは認めるが、それでも無辜の市民を虐殺する事はない。少なくとも僕の引き金は決して軽くは無いつもりだ。

 

 何時も使っているカラシニコフのクローンモデル(Norinco Type 56)は、三ポンドと十一オンスの力で撃鉄(Hammer)が落ちるよう調整してあるが、小銃握把(pistol Grip)に手を添えた瞬間はそれ以上に重く感じる。引き金の重さ(Trigger Weight)は単に数値化出来るものではない。実際に小銃を手に取れば即座に理解できる。引き金の重さだけは教範に記載された諸元(Catalog Spec)通りではないことに。射線上(Down Range)に人の姿を捉えている時は尚更だ。時間が引き伸ばされ、シアが外れる感覚を恐れるようになる。ロアレシーバーの側面で待機休止(Rest)させた人差し指を用心金(Trigger Guard)の中へ入れる瞬間は誰であれ背筋に緊張が走る。撃鉄が撃針後端を叩き付ける映像が脳内で繰り返され、なけなしの理性が射撃要求に対する拒否を叫ぶ。人間への射撃は誰もが忌避するものだろう。人を撃たずに仕事を終えられるなら、撃発を回避できるなら、それがどんなにいい事か。これまで自身が経験した伏撃対処行動(Counter Ambush)の折に、数え切れぬ幾千通りの理性が残した断末魔が脳裏で今もなお反芻される。引き金の重みは変える予定は無い。これまでも、これからも。そう心から願っている。

 

「シャツの脇腹が毛羽立っていたのでなんとなく同業かな、と。それにダナーの厳めしい戦闘靴(Danner USMC Rat)を履いてイラクを訪れる人間は多くない。違いますか。まぁ、サロモン(Salomon)アゾロ(Asolo)メレル(Merrell)の類いなら話は別でしたが」

「製造元の事業規模は常時視野の外にありました。しかし、酷使状況にも耐え得る(Heavy Duty)構造で設計されているなら、我々の様な人種がそれ以上を考える必要も無いでしょう。正直、防水透湿素材(GORE-TEX)ビブラムソール(Vibram Sole)を同時採用していれば何でも良かったのですがね。こいつを薦めてくれた友人がアフガン帰還兵(Afghan Veteran)だったもので。彼も私もパナマソール(Panama Sole)に良い思い出が無いのは同じだったのですが。どうせならマザーリシャリーフに雪崩れ込んだ騎兵隊(14 Strong=Tiger 02=ODA595)の装いに近づけたかった」

マーク・ヌッチ少佐(MAJ Mark D Nutsch)に似せるには貴方はまだ若すぎるでしょう。それにしても編み上げ方式(Lace Up)の半長靴では着脱が面倒でしょう。サイドジッパー(Side Zipper)では何か不足が」

「以前、少し荒っぽく履き潰した際にすぐに駄目にしてしまって。頑丈な噛み合いファスナーを(YKK Zipper)使っていれば良かったんですが、それ以降は編み上げを使うことに」

 

 饒舌な彼の魂に引き付けられ、僕自身もそれにつられて何時になく口数が増していった。ラテン系の人間には特有の人懐っこさがあるが、眼前の名も知らぬ彼からも類似した物を感じる。面識が無い故に普段の彼の様子など知るわけもないが、これが彼の素なのかもしれない。アイウェアのレンズ越しに覗く視線に純粋な興味の色しか浮かんでいないのなら、そう考えるのも仕方ないことだ。時には陽気な人格に靡くというのも悪くは無いだろう。そもそもの話、同業者同士でいがみ合うということを前提に考えてしまうのも妙な話だ。イラクに展開している警備事業者の中で、同様の生業を持つ他者を見下したりする者は殆どいない。僕の知る限りでは。

 

 例外の一つとして、少し前までは外交保安部(DSS)の連中と仕事の関係で水中爆破員の混血児達(Blackwater USA)が頻繁に揉め事を起こし、事あるごとに外交保安部のことを貶したりしていたらしいのだが。やれ官僚主義に染まった役立たず、腰の重い役所仕事が関の山だのと言った痛烈極まる非難轟々、それらいっそ清々しいまでの批判展開姿勢は保安部職員達の自尊心を大いに傷つけたに違いない。

 

 そんな他社とは一線を画す彼らの高い競争心は、当然ながら民間業界にも向けられた。公的機関の保安職員の限りではなく、イラクに展開する警備業者が相手であれ我の強い姿勢を隠そうともしなかったという彼らの個性は実に米国的力強さに溢れている。

 

 そんな事情もあってか、逆にブラックウォーター社はイラク国内の同業者からは特に忌み嫌われていたのだ。しかし、そんな四面楚歌にも等しい逆境の中に身を置きながらも、提供するサービスの特筆的と言う表現に値する品質から米国務省(DOS)との直接的な契約を交わす程に大きな力を持った企業だった。国連職員や行政代行官といった政治的重要人物(VIP)の武装警護、駐イラク米国外交官を含む各政府機関人員の保護、果ては初代暫定国民議会選挙への間接的関与や陸軍資機材軍(AMC)を主要発注元とする兵站支援計画(LAP)への本格的参入等、彼らの華々しい活躍話を上げれば枚挙に暇が無くなってしまう。公的機関相手の市場開拓及び事業規模拡充、加えて業績向上努力に奔走した末いつしか強い信頼関係を築き上げるまでに至った彼らは、当時の成長著しい警備産業界の顔役を担うまでに成長を収めた。ところが、実際に現場に勤務する警備要員達の評判が同業の者からは芳しくないという一面も無視できる物でないのも確かで、やがて来たメディアへの露出を転機として彼らを取り巻く評価は変化を迎える。ある者が言うには、

 

「彼らのやり方は攻撃的なんだ。いや無論、高視認性警護形態(High Profire Protection)時にはある種の恫喝的な姿勢で職務に望まなければならない。それは当然だ。我々は低視認性主体警護形態(Low Profile Protection)に従事する様な葉隠れの戦士(Discreet Warrior)とは毛並みが異なるからね。

車両縦隊(Conboy)の警護には可能な限りの防弾処理を施した車両(Hard Car)を使用し、襲撃対処行動部隊(Counter Assault Team)を収容した嫌われ車両(Hate Truck)も用意する。車両後部と前部に危険、百メートル以内への接近を禁ず(Danger! Stay Back 100 m)、と記した意志表示板を張り付ける。実働中に車両隊の進路上に接近する者がいれば発声による警告を行う。握り固めた拳を対象方向に突き出して威嚇的に。下がれ(Imshi)消え失せろ(Go back)、といった強い語気でね。不服従の場合は警告射撃の実施に移る。無論、加害射撃ではなく、至近弾射撃による警告を。それに加え、標的周辺やその後方に民間人の存在を確認した場合や、住居や公共施設等イラク国民の資産を視認した場合、自動的に警告射撃にも大きな制限が設けられる。誤射防止の為に。これが敵性環境下近接警護(HECP)に於いて一般的な基準脅威対応行動(Standard Reaction to Threat)と規定される。事実、当時我々の遵守行動基準を視覚的に明確化した交戦規定明示表(ROE Card)にも同様の項目が記載されていた。

 だが私は彼らが発声警告の段階を無視していきなり警告射撃をした場面を目撃したんだ。路面に跳弾した内の数発が警告対象に直撃して、無関係のイラク人数名が負傷したと記憶しているよ。まさに彼らの姿、立ち振る舞いこそ強者の憲法(Big Boy Rules)を信仰する者の姿を体現していたと断言できる。彼らは自身の流儀を貫き、その報酬に悪名を馳せたのさ。その対価に、第二のファルージャの悲劇(Fallujah Ambush)が何時どこで再誘発されても可笑しくない土壌を育てながらね。彼の会社が一流の戦士揃いだった事は認めるさ。ただ、今まで何人を撃ったかで倅の大小を決めようとする悪癖があったのも事実だ」

 

ニソール広場虐殺事件(Nisour Square Massacre)は彼らの残した大きな失態の一つだ。あの事件以降、イラク国内における僕達民間警備要員へ風当りは勢いを増す一方だった。事件当時、僕は首都地域米軍管轄重点警備区域(Green Zone)の警備を担当する保安部隊に所属していたんだ。比較的軽武装の初動危機対応要員(First Responder)として。言うまでもないだろうが、僕はブラックウォーターに在籍していた訳ではない。配属先の関係上、彼らとはよく顔を合わせる立場にはあったがね。あの日を境にして、我々を見るイラク国民の目に明らかな敵意が見て取れたよ。完全にアウェーな状況の中で服務していたからね、トランクモンキー(Trunk Monkey)として車両の後方警戒に当たっていた時は生きた心地がしなかった。防弾パネルと土嚢袋に囲まれた荷室の中で、内心震えながら旧ソヴィエト製の汎用機関銃(PK)を構えなければならないなんて。窮屈な場所で何時間も。その間、連結式弾薬供給帯(Ammunition Belt)に組み込んだ真鍮製の薬莢同士がぶつかり合って耳障りな金属音を出すんだが、そいつがまた一層堪えるんだ。神経を逆撫でするようでね。目に見える人影全てが神威の徒に見えて仕方が無かった。車列運用作戦(Convoy Operation)に於いて尾部銃手(Rear Gunner)という役割は存外神経を擦り減らす役職なのさ。ここで一つ告白するとしよう。あんな思いはもう二度と御免だと。

 当然だが、高度脅威地域(High Risk Area)での個別対象警護業務(Personal Security Detail)を担当する部隊に異動した際はもっと肝が冷える場面に遭遇した。その時は警護作戦指揮官(Agent in Charge)の任に就いていたんだ。近接警護における現場の指揮系統を掌握し、部隊全体を対象とした操作権限を最大限発揮して業務遂行に当たるのが僕の仕事だった訳だ。前任者から一連の引継ぎを終えた翌日だったか、兵站基地(Supply Base)の建設資材を輸送する車列の護送任務に従事した。考えなくても余りに性急すぎる話だった。部隊指揮者が行動訓練や部隊操作に習熟する期間も確保できないまま実働状態に移行するなんて、前代未聞の事だ。後にして思えばイラクに於ける保安産業バブル期で散見されたそれらは、当時の保安産業界の需要と供給の比率を明確に示した一種の縮図とも言える。事業規模拡大と業務体制確立はどんな時代であれ、常に相反しやすい関係である事を図らずとも証明してしまった訳だ。翌日早朝、間に合わせながらも何とか編成した部隊を率いて、ウルフ駐屯地(Camp Wolf KCIA)とバグダッド北方に所在する兵站支援地域(LSA)間を往来する米軍の補給兵站車列(Supply Convoy)と合流した。クウェート(Kuwait)側国境地帯に位置するナビスター駐屯地(Camp Navistar)で警備計画に関する打合せを行った後、到達目標施設に設定されたアナコンダ駐屯地(Camp Anaconda)を目指し高速道路一号線(Freeway 1)幹線道路一号線(Highway 1)を北上してスンニトライアングル(Sunni Triangle)に進入。暫くの間は理想的な運航そのもので何も問題無かったんだ。だがサーマッラー(Samarra)郊外に差し掛かったその直後、自動車爆弾(VBIED)作動と同時に小火器射撃を受けて即座に応戦に入った。そう、もう言わずとも理解してもらえるだろうが、あの時の僕達は先頭から後尾の路上斥候車両(Point Vehicle)までが計画伏撃地点(The Box a.k.a "X")に嵌り込んでいたんだ。業務情報保全(OPSEC)機密保持契約(NDA)の観点から詳細情報の開示は不可能だが、目前に大鎌を振りかぶった死神の姿を見たとだけ言っておこうか。僕自身ガンファイター(MSA ACH TC-2002)を被っていなければ頭のない身元不明の遺体(John Doe)として地元警察に処理されていたと思う。身の震える事さ、本当に。あの殺意を以てすれば、カルザイ大統領お抱えの選抜親衛隊だろうがブレマー閣下(Paul Bremer)御自慢の武装警護隊だろうと惨たらしく食い破ってみせるだろう。何しろ、彼等は僕達を月面旅行に送り出したいのかと思える程に大量の爆薬を使うんだ。手間も省けて旅費も不要なのは大変嬉しいんだが、生憎そんな風に天体衝突痕を眺める趣味は無かった。だって嫌でしょう、誰だってオルドリン大佐(Col Buzz Aldrin)が打ち立てた星条旗への片道切符を受け取るにしたってもっと真面な旅路を望む筈だ。本人だってこんな冒涜的征途を許すとは思えない。

こんなことがあるから、万一の場合を考慮して必ず遺書を用意するようにしていたし、私物のパソコンには遺言動画を保存していた。結局それが役に立つことはついぞなかったけどね。本当に嫌な話だ。イラク国民からすればブラックウォーター社所属の警備要員だろうが、他社の所属だろうが関係ない。武装した外国人なら誰もが憎悪の対象になりえたよ。ユーフラテス川(Euphrates River)に架かるブルックリン橋(Brooklyn Bridge)の上部構造から吊るされた焼死体三つをテレビで見た時、それを痛感した。イラク国内で活動する警備会社全体に特大の暗い影を落としてしまったからね、彼らは。同業者からもあれ程大きな不評を買った例は他に見ない」

 

アブグレイブ刑務所(Abu Ghraib Prison)での捕虜虐待事件をイラク国民は忘れていなかった。あれをやらかしたのは米国政府の公的機関(Public Agency)だったが、イラク全土で反米感情が高まる機運を作ってくれた一因には違いない。普通考えられるか、国家機密が週刊誌の一面を使って掲載されるなんて。そのほとぼりが冷め切る前に、追い打ちをかけるような件の銃撃事件だ。全てが悪い方向へ転がっていくようだった、本当に頭の痛くなる話だよ。

 無様にも、我々アメリカは失態に加え更なる失態を重ねたわけだ。因果って奴かね、アメリカ人らしい傲慢さの報いを我々自身の血で支払う結果になるとは。私自身、カライジャンギ要塞の攻防(Battle of Qala-i-Jangi)で類似した代償を清算したつもりだったが、どうやら払い残しを抱えていたらしい。両者共に代償は高くついた。憂き目と言う他無い。アフガンで海兵上がりの聡明な同僚(Johnny Micheal "Mike" Spann)を失い、イラクでは私の両足が捧げられた。共に原理主義運動の祖たる者(Objective Gecko)反ヨルダン王政主義者(Abu Musab al-Zarqawi)両名の追跡捕縛活動に心血を注ぎ、合衆国に命を捧げることを誓った仲だったというのに。私は職務に殉ずる事を許されなかったのだ。

 開戦当初はイラクを解放するため、人民を抑圧から解放する(DE OPPRESSO LIBER)ために戦ったつもりだった。先の戦争で戦術弾道弾狩り(Scud Hunt)に赴いた時、タリンコット(Tarin Kowt)の友軍誤爆が陸軍の友人(ODA574)を奪った時ですらその思いに揺るぎは無かった。しかし時間が経てば銃口の前に立つのは旧政府軍残党からイラク市民へ変遷してしまった。おかしな話だ。少なくともあの時はナイラ証言(Nayirah testimony)が単なる政治的演出であると知りながらも、一抹の嫌悪感を抱かずにはいられなかった。

 だがそれ以前に問わねばならないのはフセイン氏を政権の座から引きずり下ろす行い自体、本当にイラク国民が望んでいた物なのか。私にはそれすら分らんよ。赤い夜明け作戦(Operation Red Dawn)に投入され、ダウル村(Wolverine 1、 2)の洞穴から彼を白日の下に引きずり出したディーボーイ(D-Boys)も、恐らくは胸中で同じ事を感じていたかもしれない。私とて大義を忘れたつもりなどなかったのだがね。

 今にして思えば、あれは所詮資本家の都合で引き起こされた戦争な気がしてならない。彼らに聞きたい事はただ一つ、我々の流した血は一体どれだけの金になったのかということだけだ。我々の流した血液一滴は石油何ガロン分の値打ちと釣り合いが取れたのか、とね」

 

といった具合に評する。率直に言うまでもなく、その殆どが非肯定的と言っていい。

 

 その後のブラックウォーター社の動向としては、体勢の立て直しを図るための社名変更が二度、さらには企業方針を変更に始まり、従業員も大幅に入れ替える等の努力が見られた。そういった長年の努力がある意味で実を結んだと言えるのかは視点によって異なるだろう。同社は後年、同様の警備企業を多数傘下に従えたコンステリス社(Constellis)の下へ収まることで生き残りを果たす事となる。姿形を幾度となく変え、生き残るための術を常に模索し続けた彼らは、歴史の暗部に抹消される憂き目を見ずに済んだのだ。

 

 不意にシートが傾いていくのを感じた。上体内部にぶら下がる胃袋が前後に揺れ、胃液の水面が静かに傾く。窓外に伸びるボーイング機の主翼を見れば、フラップを下方へ傾けているのが見えた。主翼下部にぶら下がった巨大な航空用エンジンが唸り、圧縮した大気を排気口から吐き出している。圧縮燃焼後にタービン経由で排気された空気は熱く、陽炎が尾を引いて流されていった。

 

 ふくよかなシルエットをしたエンジンの背後に広がるバグダッドの大地が先程見た時よりも身近に感じる。航空機の飛行高度が徐々に低くなっていることは、視覚的情報からは明らかだった。今しがた感じた座席の動きと胃のむかつきは、飛行機が頭を下げたことを意味する。この場でガラス玉を床に落とせば、傾斜に導かれるまま機首方向に向かって転がり始めるだろう。

 

 眼下を流れ去る家屋の一つ一つはまだ小さく、ミニチュア模型で出来た町を見ているようだ。灰色や薄茶色のコンクリートで出来た建物が通りに並び、背の低い電柱から無数の電線が縦横に走っている。歩道からはみ出した露店の群れが机にうず高く商いの品々を乗せ、道行く人々に威勢の良い声をかけていた。

 

 人が放つ活気の海へと降下していく航空機の中からは砂ばかりがその存在を主張してくるが、決して緑が無いわけではなかった。今や遥か彼方に過ぎ去ってしまったバグダッドの郊外を見れば小麦畑か葡萄畑の類だろうか、豊かな緑色を湛えた土地も見える。確かに見える農耕の軌跡はこの大地にも確かに水源が走っている事を証明していた。一見して潤いに不足した土地に見えるがその実、熱風に煽られ揺れる麦穂は存外豊かに育っているのかもしれない。

 

「無事に国土を踏むことを祈ります。或いは空の棺にならぬよう。御手に勝利を(Venceremos)

旅路に幸あれ(Good Speed)共に幸運を(Good Luck)

 

 名も知らぬ男と交わした最後の会話は短く簡素な物だった。名無し男はフォードの知らぬ間に取り出した並製本を開き、それに目を落としている。先程まで開かれていた自前と思しき渡航情報書は、既に頁の両端を重ね終えた後だった。言葉を交わした瞬間こそフォードを一瞥したが、程無くして視線を紙面に戻す。先程この男が見せた関心の姿勢は既に失せている様だった。この男はこの短時間で目まぐるしく表情を変えてくれる。この反応の若さから改めて分るのは、実年齢或いは精神年齢がフォードと同年代かそれより低いということだけだった。

 

 これでいい。同業者同士の関係はこれ位がちょうどいいんだ。慣れ合うでもなく、かといって貶し合うでもない。まして偶然隣り合った座席に座っただけならば。一言二言を交わし、互いの幸運を祈る。今この場での僕らの繋がりはそれで最適だ。あとはお互い仕事をする。それぞれが生きる糧を得るために居るべき場所に散ればそれでいいさ。

 

 フォードは再び窓外の光景を眺めようと、再び窓を向いた。既に高度は百メートルも無い様に感じられる。この場所からは地表を這う砂埃の動きすら見えた。萎びた植生の列が砂に濡れ、その中から赤黒い身体のイナゴが一匹飛び立つ様子まで。

 

 この高度であれば着陸まで一分や二分も要さないだろう。携行式地対空誘導弾(PSAM)を警戒した着陸進入としては進入降下角が若干浅すぎる気がしないでもないが、裏を返して着陸で降着脚を折る事は無いと考えればいい。滑走路に引かれた白線が視界を横切り、僅かに引き起こされた機首が空を掻き分け小刻みに揺れていた機体が眠ったように大人しさを帯びる。機体後部の動きが硬くなった事も加味して考えれば、後部ランディングギアが接地したことが容易に予想できた。さて、仕事が始まるまで秒読み段階に入った。気合いを入れよう。自分と同僚、そして僕を拾い上げてくれた恩人(Boss)の為にも。

 

 概ね規定された着陸進入手順表(Approach Plates)に忠実なランディングアプローチを無事終えたボーイング機は、左右両翼のスポイラーを稼働限界域寸前まで起立させ機体を失速させる。増大した空気抵抗により順調に滑走速度を落とした機体は、焼けた滑走路上を悠然と突き進みながらその巨体で攪拌した空気の余波を周囲へばら撒いていった。

 

 そして空港の何処か、フェンス沿いの一角に突き立った小さな旗が柔らかく翻る。揺れ動いた旗柱の頭で今生最後の一時を過ごしていた蝿の影は既にそこには無く、代わりに小ぶりな蜥蜴一匹が新たな占領者として太々しげに根を下ろしていた。栄光無き玉座を飾る仮初めの主として相応しいその風貌も、あと何刻かの天下を楽しみやがて散る。有機体同士が織りなす生態系の上で、無機物が我が物顔で支配を続ける。バグダッドの日常、否。屈折した現代社会の日常はそれでこそ完成するのだ。

 

 

 

 

 

 生温いとは言い難く、さりとて冷たいとも表し難い微妙な温度の水が顔面の表皮に叩き付けられ、そして砕けて散った。塩素処理された一般的な水道水だ。薬品で殺菌処理を行った水は独特の臭気を放つ為、識別自体は容易だった。似たような臭いを医療施設で嗅ぐことがある。土や砂の混入も認められず、毒性の強い有害物質も含んでいない。ムンバイ(Mumbai)の安モーテルで浴びたシャワーの水に比べれば、アルプスの雪解け水並みに綺麗に見える。そう、綺麗すぎるからこそ理解できてしまう。この水が既に死んでいる事に。

 

 水とは人の手が加えられていない本来の状態であれば、その土地の匂いが染みついているものだ。流域に分布する植生や、生態系そのものの嗅覚的縮図として。しかし、残念な事にこの水は塩素という物質を用いて化学的に処理、個性を完全に殺されている。人間で例えればこれは教育による均等化にも似通っていた。死化粧を施した水に抵抗感を覚えるのはある種、先進国に住む者の特徴とも言える。

 

 ではユーフラテス川かチグリス川(Tigris River)から水を汲んできてそれを使えばいい。そう結論を出したくなるが、実際の所そうはならない。ユーフラテス川は上流で灌漑用水としてトルコとシリア二国間で取水され、その後農地で消費される。ここまでなら問題は無いのだが、次の過程に大きな課題を抱えていた。それは農地で使用した水溶性の化学肥料が水に混入した状態で川に戻されているという点だ。これにより、放流施設より下流のユーフラテス川の水質は大きく低下、飲料水としての品質に大きな汚点を生んでしまった。現にメソポタミア沼池に生息する淡水魚に有害な影響を及ぼしているという。

 

 又、半破綻国家ならではのケースではあるが水死体が流域近辺から発見されるということも、これら諸問題に少なからず拍車をかけていた。時には長期間水に浸かりドロドロに腐敗が進行した死体すら見つかるという話が絶えない辺り、この国の闇深さには軽く震えが走る。死因特定の為に検死を行おうにも肝心の仏は人の原型を留めぬまでに腐敗しきり溶け落ちている。生前の性別が男であったのか、或いは女であったのか。骨格構造の特徴から辛うじて性別と大まかな年齢を見分けることこそ出来るが、生前の姿や氏名住所職業といった個人情報の全てが不明。加えて大凡の無法がまかり通るイラク国内の惨状を見るに、イラク警察が十分に司法機関としての役割を果たしていたとしても同じような案件は山とある。彼らがその一つ一つを把握し、処理するというのは到底不可能な話だった。

 

 ユーフラテス川に於ける水の濁りとは、それすなわち液状化した人間の体組織に他ならない。前回の派遣で勤務期間を共にした同僚がふと零していた言葉が思い出される。成程、水面の際で揺れる薄汚れた気泡に蝿が集る理由はそれだったか。フォードは声を押し殺して小さく笑った。

 

 簡単な話が衛生的に問題のある水系の水と、薬品処理された安全な水どちらを使うかというだけのことだ。これに対する答えは無論後者であり、恐らく国籍人種思想の垣根関係なく後者が選ばれるだろう。フォード自身、それらイラク国内の諸事情は既知であったため、内心に感じる抵抗感は初めてイラクに訪れる欧米人のそれよりも遥かに小さな物だった。

 

 二十一世紀初頭、アルキバル原子力発電施設空爆(Operation Orchard)の折には放射性汚染物質の海洋流出すら現実の物となりかけたユーフラテスの脈動は過去には繁栄を、現代では呪いを齎しているように思えてならない。自然環境の保護が叫ばれる昨今、仮に核物質の流出を許し領海領土の広域汚染が実現されてしまった場合、それがどんな災禍を齎すのか。イスラエルはどう責任を果たすつもりだったのか。また核汚染に対抗、破壊された生態系を回復させる有効な術を人類は持つのだろうか。時間経過による自然解決ではなく、化学的除染技術による人工的環境回復といった策を。

 

 幾つもの小さな飛沫として飛び散った水滴が、重力という万有の法則に捉えられ、洗面台の水槽へ落下していく。水槽底面に落着した雫は、自らの重みに耐えきれず弾け、平たく透明に花開いた。楕円形の水槽は底深いが傾斜は浅く、白磁の表面を花開いた雫の花びらが排水溝へゆっくりと伸び、そして流れ落ちる。水は低きに流れるという言葉に忠実な動きを見せながら。

 

 フォードは今、バグダッド空港のターミナルビルにある洗面室に立っていた。航空機着陸後、しばらく滑走路上を移動し空港のエプロンに出たボーイング機がボーディングブリッジに接続。客室乗務員誘導の下、頭上の物置棚からデューティーナイロンの背嚢(Maxpedition Vulture-Ⅱ)を回収。ガトウィック空港からの間世話になった旅客機の威容を後にした。空港ゲートを通る際、人相の悪いイラク人入国審査官から睨みをもらったが、さしあたって大きな問題は起きなかった。此処で茶化し目当てに渡航目的が不法就労であるとでも宣えば、その笑えない冗談に堪り兼ねた空港職員の手で強制送還措置に訴えられる場合も有り得ただろう。しかし、此方が正規の入国手続きを踏まえている以上はその立場で咎める点等何一つ無く、難癖を付ける機会は端から用意されていないというのが現実だった。相手方も自分に求められている以上の働きを見せる積もりは無かったのか、反抗的な態度はあくまでも不快気に歪んだ瞳から煮え切らない怒りを滲ませる程度に留まり、何か含む所は有ったのだろう複雑な感情を抱いた視線が途切れたのは、フォードの背が群衆の波に埋もれてからである。記憶に後ろめたさの覚えが無いことも手伝ってか、その小さな敵意ですら鋭敏に感じ取れる自身の状態に寧ろ好感触すら感じていたことを件の彼は永遠に知ることは無いだろう。

 

 その後、クーフィーヤを被ったイラク人ビジネスマンや栗毛のクルド人女性旅行客、地元警察の私服警官と思しき人影複数を脇目にしつつ一目散に洗面室を目指した。道中、天井から垂れ下がった航空機の飛行状況を知らせる電光掲示板の下をくぐり、アラビア語で記載された何枚もの案内板の横を通り抜けなければならなかった。人垣をかき分け、長い道のりを踏破しようやく目的地に着いたのが航空機着陸から十分後。機内で感じた以上の暑さと雑踏に揉まれつつ、洗面室の戸に手を掛けたというわけだ。

 

 灰色のタイル張りの床を踏みしめつつ、よく手入れされた清潔感漂う鏡の前で立ち止まり、今に至る。

 

「タフに振る舞え、出稼ぎ野郎(Expat)

 

 フォードの濡れた面持ちの中に、切れ長の双眸が浮かぶ。人工の大理石で出来た化粧台の縁に力強い掌を当て、項垂れた上体を骨と筋肉の支柱が支えた。

 

 上腕の脈動を感じる。脚の脈動を感じる。自分の呼吸が深く大きくなった。分厚い胸筋が上下し、心臓が収縮のペースを速め始めている。横隔膜が降下し肺にありったけの空気を送り込んでいる。分るぞ。感じるぞ。アドレナリンの迸りを。動脈に流れ出したアドレナリンが自身になるべき姿を教えてくれる。血管に流れる血液量が増えていく。押し広げられる毛細血管の軋みが指の末端まで走り、神経の感覚が研ぎ澄まされる。手足の痺れは、ぬるま湯に浸かった己の心に呼び戻る戦意の前振りだ。束の間の酩酊を楽しめ。暫しの別れを告げよう、再びロスの土を踏むまで本土用の人格とは別離するのだ。戦士になれ。兵士になれ。死を恐れるな。怯えるな。背を見せるな。お前の身体は誰の物だ。所有権は誰にある。私だ。私以外にあってなるものか。自分を支配できるのは私だけなんだ。せいぜい野生に教えてやれ、お前の身体は理性によって動かされるということを。目を開け、フォード・カムデン。お前の顔を見るんだ。怯えが見えるか、お前の目の中に。いいや、見えない。恐れなどありはしない。お前は何をしに来た。言ってみろ。お前の仕事はなんだ。血に泥濘む大地に足を踏み込んだ理由を述べてみろ。

 

「あぁ、そうさ。日給六百ドルの対価を払う。労働者階級(Proletarian)の義務完遂に努める。それだけだ」

 

 自身の言葉に呼応するかのように感覚が冴え渡っていく。内に留めていた感情を音声として出力、聴覚から再度入力することで自身の目的がなんであるかをより整理明確にする心理的プロセスは、やり方が単純なだけに痛いほど効いた。鏡の向こう側からフォード自身に問いかけたのが野生や原始的感情を司る象徴的存在とするならば、それを聞いて気持ちが整理されたこちら側は理性を司る側である。

 

 仕事前に行う恒例の儀式を終えた司祭者フォードは、その余韻を強引に払拭するように自前のマイクロファイバータオルで顔を拭う。

 

 この瞬間で洗面室に佇むのは、フォードただ一人。この殺風景ながらも小奇麗で、やたらと広い空間に存在するのはフォードを覗いて他にいない。出入り口とは扉一枚を挟んだ形になる空港のメインロビーに人の動く気配が充満している。動と静、対局にあるもの同士が身近に寄り添うこの空間だからこそ、自身の立つこの場所は時間が止まったように思われた。粛然を内に満たしたこの空間に反響するは、フォードの浅い呼吸ただ一つ。

 

 明滅を始める理性の息吹が自身の中で渦巻き、やがて来る戦士に切り替わる瞬間に備える。戦士の心を呼び覚ますには、それに相応しい精神構造(Mind Set)が必要だ。車の鍵を回してエンジンを始動するのと同じで、元軍人兼警官の一民間人フォード・カムデンから小銃手(Rifleman)フォード・カムデンに切り替わる瞬間がある。そのために火入れの儀式を行ったのだ。種火を放り込まねば戦士の心臓は動くまい。炉に火を灯してやらねば、仕事が出来ぬ。燻る火種は猛らせなければ、兵士に戻る事は出来ない。だが心配する事は無い。身体に広がる熱が、鮮明さを増す視界が、攻撃的になった思考はフォードが既に戦士へ変わり始めたことを証明してくれるのだから。

 

 この部屋にただ一人佇む男は、先程まで浮かべていた牧歌的表情を切り捨て、称賛無き影の戦士(Shadow Warrior)、或いは数えられぬ者(No Count)としての表情を取り戻した。米国防総省(DoD)の公式記録に決して記載されることのない戦闘を渡り歩く者の資格を手にして。

 

 背嚢から音が鳴る。正確には背嚢に仕舞った社用携帯から。

 

 フォードは吹き残した顔の水滴を急いで拭き取り、用済みになった化学繊維の塊を畳む。綺麗に折りたたんだタオルをサブコンパートメントに仕舞い、フロントポケットのファスナーを引いて筐体を引っ張り出した。電話ではなくメールの着信を示す甲高いビープ音は何時聞いても耳障りだ。鼓膜をステンレススチール製の鋭利な探針で引っ掻き回された気分にさせてくれる。髄液に波紋を作るノイズが聴覚野に及ぼす影響は如何ほどか。きっと殺傷能力がないだけで、この音をもっと大きくしてやれば、それだけで人様の体調を悪化させることだってできるだろう。

 

 部分的に武器扱いできそうな凶音を奏で続けるスマートフォンを、液晶に浮かんだ着信確認のアイコンを指でタップすることで無力化させる。ロック画面の壁紙に設定したホットドッグと包装紙の豊かな濃淡と色艶がスクリーンに表示され零から九までの数字が規則正しい順序で並ぶ中、液晶の上で短く指を躍らせ数桁の暗証番号を入力する事でようやくホーム画面との謁見を許された。

 

 現在時刻と日付、本日の気象状況、内蔵バッテリーの残量や電波状態を教える画面には、余計なアプリケーションの一つもインストールされていない。考えなくても当たり前な話だ。社用携帯に私用で無駄な機能を入れる人間なんていないだろう。

 

 厚さ一ミリに満たない液晶保護フィルムの反対側に電子の運動を感じながら、手紙を収めた封書を簡略化した記号表現に指先を重ねる。液晶への接触を起点として記録格納領域(Storage)に収納された管理運用機能体(Operating System)が運転を再開。たちまちに画面が切り替わり、青と白の二色で構成された味気ないユーザーインターフェースが展開した。

 

 装飾を犠牲に良好な操作性を獲得した相互作用接続点(Interface)の恩恵に与る事を強制されるのは立場上致し方なし。それに、近年の急激な合理追求を続ける情報技術業界の熱意と成長をこうして身近に感じられるというのも却って面白い。折り畳み式の携帯からタブレット型情報端末へ進化する過程を身をもって体験してきた世代としては、まだ見ぬ次世代の通信機器がどのような形状機能を持つか興味と期待は尽きないものだ。如何にも現代の先端的技術を詰め込んだと言わんばかりの立体映像投影型や、空想科学小説で頻繁に小道具として登場する肉体と電子機器の融合技術。もしそれらが実現普及した時代が到来すれば広大な情報共有空間と人間の生活環境、その二者間の距離関係は一層と縮まるのだろう。次に世界が産み落とす文明の利器がまだ己の使い熟せる代物なら、今度はいい加減に好きな楽曲の一つでも端末に入力してみようか。例えば、ポストロックなんかも良いかもしれない。いや、方向性を変えてグランジを聞いてみるのも悪くないだろう。たしか、海兵隊上がりの同僚の中にオルタナティブロック方面に造詣の深い奴が居た筈だ。彼の推薦を是非とも参考にさせてもらおう。そのついでに、寝床下の雑品収納箱(RV Box)から南部の遮光眼鏡三兄弟(ZZ Top)の大判印刷紙を引っ張りだそうかな。随分と昔に流行りに乗って購入しただけの、今では日に焼けて黄ばんだ年代物もいいところの埃を被った骨董品だが、居室の壁に飾ったら多少は映えるだろうか。フォードの胸中にはそんな考えが渦巻いていた。

 

 フォルダー一覧と表記された無機的意匠のディスプレイに目を戻せば、受信項目、送信項目、未送信項目、文書破棄といった文字が作為的に整列し、受信項目の隣に新規受信一件と表示が寄る。受信項目を開き、削除機能から免れた過去数十件分の着信郵書記録の中から最新の物を検索し通知内容を確認した。本文は次の通りである。

 

 

 

件名(Subject)情報概略通達(INTSUM Report)

送信者(From)多国籍重装歩兵及び(Universally Hoplites and )集団戦術研究所(Phalanx Institute)

情報管理区分(Classification) 非機密指定情報保全管理区分適用(Unclassified)

確認優先順位(Precedence) 最優先(Immediate)

 

 第一種項目(Line 1) 未構成箇所、入力途中

 第二種項目(Line 2) 脅威主体(Threat Actors) 未構成箇所、入力途中

 第三種項目(Line 3) 部隊防護(Force Protection) 未構成箇所、入力途中

 第四種項目(Line 4) 未構成箇所、入力途中

 第五種項目(Line 5) 未構成箇所、入力途中

 第六種項目(Line 6) 未構成箇所、入力途中

 第七種項目(Line 7) 未構成箇所、入力途中

 第八種項目(Line 8) 未構成箇所、入力途中

 

 全保安職員及び協同関係各所へ(To all officers and partnership sections)。昨日から本日未明までの間に更新された脅威情報について連絡。昨日二十四時間内に観測された米軍部隊並びに多国籍軍所属部隊(Multi National Forces)への攻撃事案は、現時点で全三件の報告を確認。それぞれ、ナジャフ市(Najaf)ティクリート市(Tikrit)ファルージャ市(Fallujah)にて爆発成形侵徹体(EFP)携行小火器(Small Arms)を使用した同時多発攻撃が確認され現在までに戦死者一名、重軽傷者合わせ五名の損耗が発生している。

 

 現在、米海兵隊及び各所管轄の現地市警、政府中央が応援派遣したイラク連邦警察(Iraqi Federal Police)を中心とした統合化部隊(Joint Force)が当該地域に集中展開を開始。各衝突発生区画外縁線を主要戦闘地域前縁(FEBA)と設定、当区域付近広域に非常封鎖線を張り同種攻撃再発に対する警戒を強化。ゲリラの活動兆候に対する情報収集行動(Intelligence Collection)に移行した模様。

 

 ナジャフ、ティクリート両行政区画首長の要請により共和国大統領は二市へ対し厳重警戒宣言を発令。これと同時に連邦首相はテロ対策局(CTS)に対し指揮権を発動、これら二地区の情勢安定化及び治安維持部隊活動支援(SFA)を目的とする即時出動を指示した。出動要請容認後、当局指定の部隊能力管理機関(Force Provider)であるイラク特殊作戦部隊(ISOF)傘下より、第一特殊作戦旅団第三六特殊作戦大隊(36th CDO BN/1st SOB)第五大隊(5th BN)それぞれ大隊二個を対象にして緊急出動命令(Scramble)を下達。各大隊共に旅団本部(Brig HQ)より作戦命令書(OPORD)受領後、第三六大隊は兵員輸送車両にて陸路移動、ディヤーラー県(Diyala)アル・ラシード空軍基地(Al Rasheed Air Base)へ到着。爾後、回転翼機を使用した空路移動によりナジャフ方面へ戦闘展開、現地部隊に合流する。残る第五大隊は高速道路一号線上に統制点(PP)を設置。車両縦隊にて北上、ティクリート市街地到達へ向け現在前進中。

 

 米国防省、駐イラク米軍司令部、イラク内務省(IMOI)それぞれの代理広報担当者(Spokesman)発表とする公式声明(Communiqué)は確認されていないが、ファルージャ方面封鎖地域にて既にゲリラと接触、交戦した部隊が目撃され、現在も治安部隊(SECFOR)との局地的小規模な武力衝突(Localized Conflict)が散見されるとの報が入っている。詳細情報が錯綜しているため治安当局各方への問合せを行ったが、いずれも窓口担当者が回答を差し控えたため詳しい事実関係は以前不明。一部報道機関関係者筋の情報では、イラク警察が設置した監視警戒線(Outer Cordon)付近にゲリラが進出。歩哨の警察官と交戦した線が濃厚。又、イラク・イスラム軍(Islamic Army of Iraq)等スンニ派民兵組織が有志人員を募集し人民保護部隊を編成、該当地域在住のスンニ派教徒及び礼拝堂等の宗教関連施設警護の為中隊一個規模を派遣したという情報も確認。以上の点を踏まえ、現場情勢は極めて混乱している物と判断。現在複数の点から情報資料(Information)を収集、情報を作成、確度を精査している。

 

 それに関連する情報について追加連絡。ニナワ県(Ninawa)西部、タル・アファル(Tal Afar)に所在するサイクス前方作戦基地(FOB Sykes)上空にて、第百六十特殊作戦航空連隊(160th SOAR)所属と思われるブラックホーク(UH-60)の機影が複数確認されている。当機飛来と同時期に当施設内の特定区画が一時的に封鎖、一部関係者を除く人員の立ち入りが制限され、現在も限定封鎖が継続されている。その後、駐留部隊員数名への聞き取り調査により、基地内駐機場にて出撃待機中(In Standby)の同上連隊所属の機影複数、封鎖区画内にて指揮官直轄緊急対応部隊(CIF/5th SFG)連隊偵察中隊(RRC/75th RNG Regt)と見られる要員を多数目撃したとの証言を獲得。

 

 更にバグダッド空港空軍基地に於いても、合衆国空軍(US Air Force)第四三二航空団第十五偵察航空戦隊(15th Recon Sqn/432nd Wing)所属の無人攻撃機(UCAV)プレデター(MQ-1)数機が機体格納庫(Hangar)から搬出され、偵察用の各種光学観測及び熱感知機材を搭載し出撃準備中との動きも見られる。また、翼下装着型燃料槽(Wing Tank)の装備が確認されていない事から長距離作戦運用(Long Range Operation)の可能性は低く、イラク国内に限定された作戦行動を前提に運用されるものと推測される。尚、当航空機に関連する飛行計画書(Flight Plan)の詳細は現時点では非公開につき不透明であるが、近隣の航空基地と連携する動きが観測されていない点から、これら航空資産(Air Assets)固定翼高速機(Fast Mover)による空中護衛(Escort)といった支援無しの単体独立運用(Stand Alone Operating)を計画しているものとされる。しかし留意事項として観察対象があくまでもイラク国内の陸上活動拠点限定であり、イラク領海に隣接するアラビア海に展開中の米海軍第五艦隊(US 5th Fleet)といった海上作戦部隊の動向は一切関知していないという点を各自銘記すること。

 

 検出された基地内外及び周辺環境の諸状況、判断材料、現在の国内情勢を考慮した結果、弊社情報分析部門(Analysis Section)主席担当者はファルージャ方面への攻撃前段階の兆候であるとの分析結果を提示した。よって各基地内で待機中の部隊、資機材がファルージャ封鎖区域へ投入、直接行動(Direct Action)及び情報支援(Intelligence Support)に従事する可能性が高いと予想される。

 

 これら警戒強化中、又は戦闘激化が予想される地域付近を通過予定の部隊は、直ちに前進予定線を変更されたし。出動前の部隊に関しては警備責任者各位が個別化命令書(FRAGORD)再参照の後、作戦管理室へ提出済みの行動予定書と警備計画書を修正。更新された道路状況(Route Status)を確認の上、準警戒態勢(Medium Threat)指定以上の後方連絡線(LOC)を回避最適化した行動計画を再度作戦管理室へ提出すること。又、作戦補佐官以上の上級部隊責任者各位は手続きを通じ、五種人為脅威要素(CBRNE)の対策防護を念頭に置いた専門装備を各部隊定員分申請することが推奨される。尚前述の作戦機材は特殊用途装備に該当する為、割り当て当事者以外による代理受領及び返納は原則禁止。通常服務規定に従い、当事者による自主搬出及び返納の徹底を基本とする。

 

 既に出動中の部隊は可及的速やかに(ASAP)行動予定を修正し、訂正後計画の是正点詳細について部隊責任者が管理室へ一報入れるよう留意されたし。以上、連絡事項終了。

 

 追申(PS)。以上の当該三地域を展開区域とする弊社所属の一部人的資産及びその他の政府機関職員(OGA)近距離目標偵察(CTR)含む各種情報収集行動により戦術情報諸種(Tactical Knowledges)を取得完了後、山犬群党(Wolfpack)並びに大鯊魚(Akula)与儀之一振(Recon Bowie)に合流。我在拠点の消毒作業完了を以て、当部隊の近接保護対象へ移行。廃棄拠点から最寄り、受入れ体制万全に分類される退避用途家屋(Safe House)へ収用された。現在は情勢沈静化後の再展開計画へ向け各種準備を進めている。

 

 関連事項として追加通達。非合法市場へ流出後、反米武装勢力の手に渡ったとされる中国製携行式地対空誘導弾の回収及び無力化任務を担当していた中央情報局所属の人員及び現地協力者合わせ計九名が殉職した模様。イラク外務省(IMOFA)北南米担当室(NSAD)は当事件に対し、殉職した正規雇用職員(Blue Badger)ないし契約雇用職員(Green Badger)、随伴連絡員の計九名が国内に於けるイラク国防省(IMOD)未承認の作戦行動に従事した疑いがあるとの抗議声明を発表。駐イラク合衆国大使館(US Embassy in Iraq)等外交窓口を通じてこれら未承認作戦の詳細を記した作戦行動文書の機密解除手順(Declassification Process)実行、即時公開及び情報提出を求めた。

 

 これに対し中央情報局バグダッド支局(CIA Baghdad Station)の広報担当者並びに駐イラク大使館の公式外交使節団代表は記者会見の場で、当職員が従事していたのは極めて違法性薄い認可された通信傍受情報収集活動(Sigint)及び人的情報収集活動(Humint)計測情報収集活動(Masint)のみであり、その当時に大使館敷地外に情報収集拠点が設置されたという記録は無かったと関与を否定。更に前述の職員一同が何れも先月末時点で退職届を提出しており、事件発生時には既に機関職員の名簿から除籍、情報局の指揮統制管理下とは無関係の立場にあったとする物的証拠数十点を提示。イラク対米外交当局の見識を強く牽制否認すると共に、当職員らが昨日未明にバスラ市(Basra)南部アル・マコール港(Al Maqal Port)特定重要交易区画に隣接する輸出入用穀物貯蔵施設跡地で発生した銃撃事件に関与している可能性が高いとの公式見解を示し現在調査活動を進めている。

 

 遺体回収作業完了後、一部遺体を除きクゥエート国際空港発着の空軍貨物機に積載し本国へ向け送還される。尚、本人意志と遺族希望により内七名の遺体はアーリントン国立官営墓地(Arlington National Cemetery)へ埋葬予定。以下判明した殉職者の経歴一部を簡易的に記す。

 

 補記情報(Appendices)。下記の電送情報は対外厳秘指定情報保全管理区分適用(Restricted)に該当する。取扱いの厳重性が上記内容に比べ格上げされる情報であり、一部特定の情報取得資格(Security Clearance)を保有した者に限定して自動的に添付送信されている。個人保全(PERSEC)の見地に基づいて有資格者(Licenser)から非有資格者へ情報資産の内部構成要素を開示し相互共有化を図る事は厳しく禁止されている為、同じ職員間に於ける情報共有の際でも相手が情報取り扱い資格を保有しているかを事前に確認する事が推奨されている。仮にこれら記載情報を無関係の第三者ないし外部へ伝送し漏洩流出させた場合、その当事者は故意過失の意思を問わず情報閲覧規約に抵触する事を留意されたし。違反認定者へ科される一般的な懲戒処分の種別はそれぞれ重から軽段階順に、免職、降任、停職、減給、戒告、訓戒及び厳重注意等が設定されている。又、それと同時に罰則区分の段階別によっては最悪の場合、事前通告及び本人承諾無しの永久的権限剥奪措置、秘密情報保護準則違反の罪に問われる事も有り得る為、引き続いて情報の取扱い方に注意。

 

 

 ベネット・バルガス・ミューレン(Bennett Vargas Mullen)。準軍事作戦担当官。第二海兵師団第八海兵連隊第三大隊(3rd BN/8th Marine REGT/2nd MARDIV)にて従軍。大隊本部及び本部管理中隊(STA PLT/)隷下観測及び目標捕捉小隊(H&S Co)に所属。一九八八年、南米諸国軍合同水陸両用機動演習(UNITAS)に参加。一九九十年、湾岸戦争(Gulf War)を経験。砂漠の盾作戦(Operation Desert Shield)及び砂漠の嵐作戦(Operation Desert Storm)に参加、教育課程修了射手(PIG)から実戦修了狙撃手(HOG)に昇格。一九九八年、海兵保安連隊第一艦隊付属対テロ保安中隊(1st FAST Co/USMCSFR)転属(PCS)。二千四年、海兵特殊作戦軍(MARSOC)前身となる試験運用組織、海兵特殊作戦分遣隊(Det-1)へ転属。実験部隊を退役後、民間警備会社コンクエスト・インターナショナル(Conquest International)へ就職。情報局を契約先とする保安業務競争入札に当社が指名参加した結果、選考の末に無事これを落札。総額二億ドルの保安契約締結後、対政府間成立契約(Government Contract)履行と精鋭要員の派遣を徹底する企業方針により国際派遣対応要員(GRS)に選抜され在パキスタン情報局支部イスラマバード(Islamabad)支局へ派遣。一年の契約勤務期間を経た後、情報局人事担当者からの直接勧誘を受け現職に依願退職届を提出。公式入局手続き完了と同時に人材教育の為ピアリー駐屯地(The Farm)へ移動、情報局員訓練課程、情報分析課程を受講。両訓練課程修了後、特別行動部(SAD)傘下特殊作戦群(SOG)へ配属。海上作戦班員(MBO)として勤務。

 

 

 ラコタ・サントス・マクベイ(Lakota Santos McVeigh)。準軍事作戦担当官。第十山岳師団第八七歩兵連隊第二大隊(2nd BN/87th INF REGT/10th LI DIV)にて従軍。一九八九年、第七五レンジャー連隊(B Co/3rd RNG BN/)第三大隊ブラヴォー中隊(75th RNG Regt)に転属。一九九三年、レンジャー任務部隊(TF Ranger)へ編入、陰鬱の大蛇作戦(Operation Gothic Serpent)に参加。モガディッシュの戦闘(Battle of Mogadishu)を経験。二千一年、アルファ中隊(A Co)へ異動、不朽の自由作戦(Operation Enduring Freedom)に参加。猛進の犀牛作戦(Operation Rhino)へ投入。前進武器燃料再補給地点(FARP)の確保設置作業に従事。二千二年、部隊作戦能力評価演習(CAPEX)への参加中、ジョージア州(State of Georgia)フォートベニング陸軍駐屯地(Fort Benning)汎用戦技訓練施設群マッケナ市街地戦闘(McKenna MOUT Site)演習場での部隊訓練中事故により負傷、怪我療養の為一時除隊。戦傷回復後、志願先を陸軍に据え再入隊。二千三年、直接人材登用の受入れ窓口として開設された制度、特殊部隊員候補生課程(18 X-Ray Program)を修了。第三特殊部隊群第二大隊(2nd BN/3rd SFG)へ配属。その後イギリス、フランス、ドイツ連邦軍(Bundeswehr)等の北大西洋条約機構(NATO)加盟国軍を構成主体として組織された国際治安支援部隊(ISAF)所属の米陸軍派遣将校として勤務。アフガニスタン陸軍(Afghan National Army)第二百一軍団第一特殊作戦大隊(1st CDO Kandak/201st Corps)の創設、陸軍特殊作戦大隊志願者を対象とする候補生選抜及び要員養成課程の考案設置に関与。二千五年、当年度に開催された年次全米陸軍部隊最優秀戦闘員選考技能(Best Warrior Competition)競技会に於いて第三特殊部隊群代表者に選出され、善戦の末に下士官の部で第二位入選という結果を残す。二千八年、部隊常駐作戦拠点を共和国南東部パクティカ州(Paktika Prov)へ移動。シャラナ前方作戦基地(FOB Sharana)を機動展開基点として地方警察(ALP)及び国境警察(ABP)と連携。ワジリスタン(Waziristan)及びバローチスターン(Balochistan)方面から越境を図る反体制派戦闘員の浸透阻止及び掃討作戦、村部地域安定化作戦(VSO)を始めとする地方哨戒活動に従事。退役後、特別行動部傘下特殊作戦群へ移籍。地上作戦班員(GBO)として勤務。

 

 

 デシルヴァ・アレン・モンテネグロ(Desilva Allen Montenegro)。準軍事作戦担当官。第五二五遠征軍事情報旅団第五一九軍事情(519th MI BN/525th EMI BDE)報大隊にて従軍。第五一歩兵連隊分遣付属中隊フォックス(F Co/51st INF REGT)に所属。長距離監視中隊(LRSC)所属の下士官として勤務。二千七年、非対称戦研究対処群ベイカー戦闘中隊(Baker Sqn/AWG)へ転属。以降の詳細情報は不明。

 

 

 コスタス・ヴァン・ザント(Costas Van Zant)。準軍事作戦担当官。第二十空軍第九十ミサイル航空団(90th MW/20th AF)にて従軍。第九十保安部隊群第九十施設警備中隊(90th SFS/90th SFG)に所属。戦術対応部隊(TRF)の一員として勤務。以降の詳細情報は不明。

 

 

 ディエゴ・フェルナンド・ナバーロ(Diego Fernando Navarro)。バスク系スペイン移民二世。スペイン内戦期に父親が米国本へ渡航。母親は不明。第二次世界大戦(WW II)末期に行われたノルマンディー上陸作戦(Normandy Landings)で父親が戦死した為、少年期に戦災孤児化。準軍事作戦担当官。第二歩兵師団第二三歩兵連隊第一大隊(1st BN/23rd INF REGT/2nd INF DIV)にて従軍。朝鮮戦争(Korean War)に参加。砥平里の戦い(Battle of Chipyong-ni)を経験。一九六一年、第五特殊部隊群第一大隊(1st BN/1st SFG)へ転属。同年南ベトナム軍事援助司令部付属研究観察群(Macv-SOG)所属の南ベトナム軍事援助顧問団(MAAG Vietnam)へ編入、ベトナム共和国陸軍(ARVN)支援の為在外米軍作戦拠点の沖縄を経由して南ベトナムへ派遣。情報局管理下で進行していた民間不正規戦群訓練整備計画(CIDG Program)へ参加。共和国初代大統領ゴ・ディン・ジエム(Ngo Dinh Diem)在任政権から地方少数民族の武装及び強兵化について厳しい懸念の声が上がる中、米国は訓練計画案推進を強硬。在中央高原少数民族(Montagnard)から構成される機動打撃部隊(MSF)機動遊撃部隊(MGF)の技能付与訓練に関与。一九六五年、共和国陸軍特殊部隊(LLDB)及び第九一航空挺進大隊(91st ABN RNG BN)の作戦能力開発を目的とした長距離偵察訓練計画(Project DELTA)に参加。ラオス(Laos)領内への空挺降下及び越境偵察に投入された選抜編成の部隊全四十個中三十五個が壊滅、人的損耗が許容限界を超過した為に実働要員の再編成が行われ、米軍顧問の本格的な実戦投入が実現する。一新された偵察計画従事者の構成が民間非正規戦群及び米特殊部隊に移行後、特殊部隊群分遣隊員の指揮官及び補佐官、随伴の無線通信手(RTO)、不正規戦群志願攻撃隊員から成る合計十二名編成の混成戦闘偵察小隊(PLT Roadrunner)を運用、ラオス及びカンボジア(Cambodia)領内を通過する沿敵性陸上補給幹線(Ho Chi Minh Trail)地域、三ヶ国国境集中地域(Triple Border)等への越境侵入、長期浸透偵察及び親共産派外国人軍事顧問排除に従事。一九六八年、カムデュクの戦い(Battle of Kham Duc)を経験。一九六九年、第五特殊部隊群エコー中隊分遣隊(Project GAMMA)へ機密性偵察任務を移譲した後、特別行動部傘下特殊作戦群へ編入。鳳凰計画(Phoenix Program)へ参加。地下共産組織及び潜伏工作員、労働党政治基盤(VCI)に対する捜索撃滅作戦(S&D)をより効率化する為、民事作戦及び開発支援計画(CORDS)と並行する形で各地方統治機関下に設置導入された準軍事特殊作戦部隊、省偵察隊(PRU)と連携。こうした野戦警察部隊の作戦指揮に携わる形で、解放戦線関係者又は共産党支持者と目される被疑民間人複数名の捕獲及び殺害を実行。戦争終結に伴う米軍撤退後も地上作戦班員として勤務継続。

 

 一九七二年、コンドル作戦(Operation Condor)へ参加、チリ共和国(Republic of Chile)へ派遣。アウグスト・ピノチェト(Augusto Pinochet)将軍が実行したサルバドール・アジェンデ(Salvador Allende)大統領及び内閣、以下の左派政権強行転覆作戦に関する非軍事的事前工作、軍部内層に於ける反共産思想の醸成、政権発足後の施政評価に従事。独裁政権樹立から程なくして国外退去、本国へ帰還。一九七九年、チャーリー作戦(Operation Charly)へ参加。当時の米ソ間対立関係の改善ないし解決を目指す緊張緩和政策(Detente)の影響、二年後に発令施行された合衆国情報機関職員による暗殺活動(Wet Work)を全面的に禁止する追加制限条項を盛り込んだ大統領行政命令第一二三三三号(Executive Order 12333)の効力を受け情報局が活動規模縮小と人員削減方針へ転換していた事もあり、慢性的人手不足による個人担当規模拡大へ対応する形で中米地域三ヶ国へ派遣。同年ホンジュラス共和国(Republic of Honduras)へ移動、第三一六大隊(Battalion 3-16)への訓練に関与。一九八一年、グアテマラ共和国(Republic of Guatemala)へ移動、陸軍特殊部隊旅団(KAIBILES)への山岳戦闘(Mountain Warfare)教程授講に関与。一九八四年、ニカラグア共和国(Republic of Nicaragua)へ移動、親米派民兵集団(Contras)に対する武器給与及び反共作戦に於ける戦術的助言提供を実施。

 以上の通り、氏は冷戦期終盤の中米地域に於いて白色テロ組織(White Terror)等所謂死の部隊(Death Squad)への訓練に幅広く関与した人物である。特記事項一点として、八一年に教導を行った部隊が翌年十二月にドス・エレス集団虐殺事件(Dos Erres Massacre)を起こしている。一九九三年、州政府への届け出が確認されていない未登録の自動小火器(Automatic Firearm)を不法所持した容疑で逮捕服役。一九九五年、恩赦制度適用により釈放、出所後に情報局が再雇用。尚、この特例措置発効は一部政府機関による合衆国司法省(DOJ)連邦裁判所(Federal Court)刑務所局(BOP)各方への政治的圧力が有ったためとする見方が強い。以降の活動詳細不明につき、追記報告事項無し(NSTR)

 

 

 ボイド・カリート・セントブルック(Void Carlito StBrook)。ギリシャ系キプロス移民二世。白黒混血人種(Mulatto)。準軍事作戦担当官。第百一空挺師団第三二七歩兵連隊(1st BN/327th INF REGT)第一大隊(101st ABN DIV)にて従軍。空挺降下徽章(Parachutist Badge)落下傘降下資格(SQI 5P)双方共にこの部隊在籍当時に取得。ベトナムに於ける派遣勤務中、同空挺連隊隷下に組織された特殊作戦小隊、別名猛虎部隊(Tiger Force)に纏わる様々な武勇を耳にする。これに触発される形で心境が変化、現任の陸軍一般歩兵部隊から特殊作戦部隊への入隊を志す転機となった。任期制隊員(Short Timer)としての任期満了(ETS)後、勤務成績優秀者である事を理由に部隊上級者が当人の勤務継続を希望。本人意思を確認した所、任期継続や下士官への昇進について前向きに検討していた事が判明した他、周囲からの推薦等も有り下士官候補生(NCOC)に選抜され当事者がこれに志願。フォートベニングに於ける二十三週間構成の下士官候補生課程(NCOCC)を修了した後、ベトナムへ再配置。一九六七年、カインホア省(Khanh Hoa Prov)ナトラング(Nha Trang)所在南ベトナム軍事援助司令部(MACV)管理下、第五特殊部隊群運営下に設立された浸透挺進戦訓練学校(Recondo School)に入校。三週間に及ぶ短期速成を目指した長距離偵察斥候隊員訓練課程(LRRP Course)修了後、第一騎兵師団第五二歩兵連隊(LRRP Detachment/HHC/)本部及び本部中隊(52nd INF REGT/)隷下長距離斥候分遣隊(1st Cav Div)へ転属。当部隊が同年十二月中旬にエコー中隊(E Co)として再指定、部隊編成完了して以降は当陸軍空中機動師団所属の下士官(NCO)としてクアンチの戦い(Battle of Quang Tri)ペガサス作戦(Operation Pegasus)デラウェア作戦(Operation Delaware)共和国軍技術局連絡部(SCU/NKT)及び研究観察群直轄偵察部隊(SOG OPS-35/CCS)空挺作戦執行部(SOG OPS-36)との協働によるシハヌーク陸上補給線(Sihanouk Trail)終端部通過地域カンボジア南東部スヴァイリエン州(Parrot's Beak)への浸透打撃含む深部偵察行動(Deep Reconnaissance)軍事境界線(DMZ)南部ラオス中部国境地帯こと通称ニッケル・スチール作戦地域(AO Nickel Steel)内部で活動する冬眠工作員(Sleeper Agent)の回収支援に参加。シグナルヒルの戦闘(Battle of Signal Hill)に従事した際、搭乗中の回転翼機(UH-1)原動機回転不調(Engine Trouble)により墜落機損(Crash)。本来の目標である降着地域(LZ)確保と構築に失敗。識別救急法(Triage)に於ける負傷度判定の結果、軽度の脳震盪と左腕肩関節亜脱臼、左脚部大腿骨の閉鎖骨折と診断。待機的治療群(Yellow Tag)と認定後、作戦行動を継続。野戦発着場掌握中に戦況が悪化、敵方の銃撃を受け左下腹部及び右脚脛部の二か所に被弾。診断により外傷性の大量出血(Massive Hemorrhage)と血管筋肉含む体組織の重度損傷を確認し、多湿劣悪な衛生環境に起因する重篤な発熱症状及びそれに連鎖した対光反射反応の鈍重化と意識明瞭度の低下混濁、突発的な記憶並びに言語機能障害の兆候が散見された為、最優先治療群(Red Tag)へ再指定。負傷者集積地点(CCP)へ一次搬送。翌日明朝までに後送手段を負傷者後送(CASEVAC)から医療後送(MEDEVAC)へ変更、最寄りの米軍作戦拠点への緊急搬送を決定。負傷者後送機(Dust Off)を要請後、軽武装回転翼機(Slicks)の空路搬送により戦闘降着地域(HLZ)からエバンス駐屯地(Camp Evans)へ移動。戦傷治療完了後の部隊復帰時、この一件が契機となり部隊幹部より名誉負傷章(Purple Heart)を授与。負傷の為、ジェブスチュアート三号作戦(Operation Jeb Stuart III)への参加を辞退。その後、本人の健康状態回復に伴い前線へ復帰。ラオス領土内の共産勢力拠点を偵察目標とする越境作戦(CBO)へ参加、これを事実上最後の任務に除隊。退役時の最終階級は二等軍曹(SSG)。保持徽勲章はそれぞれ戦闘歩兵徽章(CIB)優秀歩兵徽章(EIB)陸軍栄誉勲章(ARCOM)陸軍善行勲章(AGCM)派兵記念章(AFEM)国防勲章(NDSM)越南従軍勲章(VSM)等を筆頭に他多数を確認。当事者一個人間に於ける公式殺害記録(Official Kill Count)は十二名。尚、誤報及び報告漏れ(Report Error)等による未確認の非公式戦果を加算修正した場合その総数は十五名以上、二十名未満に上ると推定される。

 

 一九七十年、米国籍人義勇兵集団こと通称縛られた白頭鷲(Crippled Eagle)の一員としてローデシア共和国(Republic of Rhodesia)首都ソールズベリー(Salisbury)へ移住。市民権取得後、同国陸軍へ入隊。ローデシア軽歩兵連隊第一大隊(1st BN/RLIR)にて従軍。無線通信手としてローデシア紛争(Rhodesian Bush War)に参加。以降は人民同盟(ZAPU)民族同盟(ZANU)解放戦線(FRELIMO)といった現地武装抵抗組織との戦闘に従事。タンジェント作戦地域(OA Tangent)を管轄警備隊区として配備され、共和国北部国境線接続地域ザンベジ川(Zambezi River)流域での各種強行斥候活動、カリバ湖(Lake Kariba)以南部族信託地(TTL)内部への隠密潜入とそれに伴う敵遊撃部隊追跡殺害、親共産住民居住地含む非友好地域(Denied Area)での武装工作員排除を目指す弾圧作戦等を経験。部隊内では部隊間通信用無線機(A76 VHF Radio)を支給され、斥候部隊と空中強襲部隊(Fire Force)戦術降下展開群(Stick)を連携運用する能動的な対反乱作戦(COIN)に於いて先行機動部隊との連絡調整等戦術行動上の中核役を担う。在住白人主体政権と黒人解放運動推進勢力、両交戦勢力間に於ける作戦行動各般中の活躍健闘、旺盛な敢闘精神が認められ紛争末期までに一般従軍勲章(GSM)国防勲功記章(DMM)従軍勲功記章(MSM)勲功行動記章(MCM)等の勲章複数を受領。この従軍期間中に米国人傭兵デイヴィッド・マグレイディー(David McGrady)に遭遇し、これを契機に軍事専門系商業誌幸運の兵士(Soldier of Fortune)からの取材要請に応じて数点の従軍体験記を寄稿するが、現役隊員の個人情報秘匿を徹底したい軍上層部の意向や米軍退役兵による他国紛争参加に否定的な見方を示していた当時の米政権、一部の国防部高等職員、安全保障関係者による出版社への圧力等政治的諸事情が度重なって干渉した影響により、紙面掲載は見送られた。

 

 一九七九年、南アフリカ共和国(Republic of South Africa)へ亡命、生活拠点をヨハネスブルグ(Johannesburg)へ転居。亡命要請受理後、同共和国陸軍への入隊を希望。陸軍入隊後、第三十二大隊デルタ中隊(D Co/32nd BN)にて従軍。抗共産思想作戦(Operation Moduler)に従事。退役後、市民協力局(CCB)が雇用。退役時の最終階級は曹長(MSG)

 

 一九九十年八月、市民協力局の解散が決定。離局から一ヶ月後、元同僚からの推薦で民間軍事会社エグゼクティブ・アウトカムズ(Executive Outcomes)へ再就職。一九九二年、英国人傭兵サイモン・マン(Simon Mann)氏及び天然資源開発実業家アンソニー・バッキンガム(Anthony Buckingham)氏の紹介を経てアンゴラ政府と契約を締結し、アンゴラ内戦(Angolan Civil War)へ介入開始。アンゴラ解放人民戦線(MPLA)との顧客契約関係により政府軍部隊への戦闘訓練提供を含む各種練度向上教育業務、反政府勢力アンゴラ全面独立民族同盟(UNITA)支配地域に位置する希少鉱物産出地の採掘場奪取及び再稼働を目的とする南部地方山岳地帯での作戦に関与。一九九五年、シエラレオネ内戦(Sierra Leone Civil War)へ参加。先発隊に於いて発生した人的損耗の補填及び前線勤務者との定期交代要員を兼任する形で、シエラレオネ共和国(Republic of Sierra Leone)首都フリータウン(Freetown)へ派遣。ルンギ国際空港(Lungi International Airport)へ到着の後、南アフリカ国防軍特殊部隊旅団(Recces)で将校を務めたヘニー・ブラーウ元統合作戦部隊大佐(Ret JOD COL Hennie Blaauw)、局地紛争に於ける豊富な実戦経験と巧みな操縦技術で知られるニール・エリス元空軍大佐(Ret SAAF Col Neall Ellis)キングス・シュロップシャ―軽歩兵連隊(KSLI)で二年間と連合王国軍特殊部隊(UKSF)で延べ二十一年間の軍務経験を持つ古参兵フレッド・マラファノ(Ret SAS SGM )元特殊空挺部隊上級曹長(Fred Marafano)、南アフリカ陸軍史上での最年少大隊長昇進記録を持つコ―バス・クラセンス(Ret 1st Para Bn Officer)元第一落下傘大隊将校(Cobus Claassens)らが率いる約百七十人の地上戦闘員で構成された第一次派遣部隊に合流。シエラレオネに於ける介入行動では瓦解寸前となった政府軍部隊の代替戦力として急遽投入された側面が強く、中隊一個規模の部隊を敵戦線前方及び後方までの縦深地域で運用する方針の下に政府側との業務委託契約が締結されていた為、直接戦闘業務にも数多く関与したと推測される。親政府派メンデ族民兵組織(Kamajors)の訓練を行った後、実戦投入可能な練度に達した人員を集め編成した部隊と共に実戦へ参加。革命統一戦線とその支援国家リベリア共和国(Republic of Liberia)間を繋ぐ補給線の破壊を目指した作戦行動中、統一戦線側の巡察部隊に接触。この遭遇戦闘を発端として大規模の山間部広域捜索活動が行われた結果、その過程で発生した敵散兵部隊(Skirmishers)との銃撃戦により被弾。左肺下葉に貫通銃創一、右脚部大腿骨を複雑骨折の重傷を負う。その後、班付き戦闘救急救命士(CLS)として同行していた王立グルカ小銃連隊(RGR)出身者が迅速な対応で戦術的第一戦救護活動(TCCC)を実施した事で辛うじて一命を取り留める。被害の拡大化を懸念した作戦首脳部が派遣した回転翼機により回収され、戦線復帰見込みのない戦闘継続困難者に認定された後に治療の為南アフリカ本国へ帰還。次年度までに戦傷回復を叶えるものの、後遺症として残った軽度の歩行障害に後年悩まされる。二年後、外国軍事援助規制法制定の影響により非合法企業に認定され年度末期までに解散したことで、シエラレオネ内戦への関与が当人にとってアフリカ大陸に於ける事実上最後の戦闘行為となった。次の情報局勤務までの間は企業在籍時に培った個人的な人脈を活用し、マダガスカル共和国(Republic of Madagascar)西部に位置する地上石油採掘基地警備員の職を得る等して社営施設警護や外国人従業員護送等の対人対物を問わない期間雇用型警備業務に従事して過ごす。

 

 一九九九年、中央情報局の要請により渡米帰化した後、同年略式入局。特別行動部傘下特殊作戦群へ配属。地上作戦班員として勤務。二千一年、米国の対アフガニスタン武力介入宣言後、パンジシール渓谷に展開した対北部同盟連絡担当班とは別編成の部隊定員に編入されアフガニスタン北部バルフ州へ投入。先行展開中の第五特殊部隊群最小分遣規格へ合流後、北部同盟諸派閥中最大規模と目されるラシッド・ドスタム将軍(Abdul Rashid Dostum)を首領とするイスラム民族運動(Junbish)の軍閥に接触。当勢力への懐柔活動及び親米派勢力への路線転向工作、現地民兵勢力の軍事訓練と組織再編成並びに小規模部隊(Small Unit)の戦闘運用を担当。マザーリシャリーフ陥落(Fall of Mazar-i-Sharif)、解放作戦終結に伴い現地民兵組織と連携してシェベルガーン刑務所(Sheberghan Prison)へ捕虜を輸送。護送中に発生したダシュテ・ライリ拘束者大量虐殺事件(Dasht-i-Leili Massacre)及びその組織的な死体遺棄隠匿工作に関与した疑いあり。翌年一月までに活動区分を変換、海軍第三特殊作戦部隊(SEAL Team 3)掌握下のザワルキリ複合洞穴拠点(Zhawar Kili Cave Complex)へ移動。二次高度機密施設探査(SSE)に従事。三月上旬より アナコンダ作戦(Operation Anaconda)に参加。先遣部隊作戦部(AFO "India" "Juliet" "Mako31")が実施した事前作戦環境調整(OPB)を支援。後続の海軍特殊部隊(MAKO 30)の降下地帯選定に関与。作戦終了と共にバグラム空軍基地に帰投(RTB)アラビア半島(Arabian Peninsula)方面への配置変換のため一時的に本国へ帰還。

 

 人事異動後、中東地域担当部門へ配属。以後、イラク国内に派遣され諜報活動に携わっていたと見られる。

 

 温帯気候下での植生密集森林戦闘(Jungle Warfare)と国境紛争従軍、人種隔離政策(Apartheid)最盛期の情報機関勤務で培った経験から戦闘環境下追跡行動(Combat Tracking)対革命戦闘(CRW)及び対外防諜活動(Counterintelligence)等の幅広い分野で特筆的な成果を上げる等、特殊な方面に於いて手腕を発揮した人物であった点をここに銘記する。

 

 偽名使用による匿名化措置の下、回顧録二冊と冒険小説五冊等総計七冊の作品を過去に執筆出版。ニール・シェリダン(Neil Sheridan)の筆名で手掛けた新刊小説が来月発行予定。事実上、当作品が遺作となる流れ。

 

 

 ソーヤー・デヒー・ボスポラーク(Sawyer Dahy Vothpolark)工作担当官(Operation Officer)第二海兵遠征軍司令部群(2nd ANGLICO/)第二航空艦砲射撃連絡中隊(2nd MEFCE)にて従軍。国連平和維持活動(UNPKO)レバノン紛争調停派遣団に参加、現地戦災難民の避難活動支援に従事。一九九六年、第二無線大隊ブラヴォー中隊(RRP/)隷下無線偵察小隊(B Co/2nd BN)に転属。退役後、中央情報局へ入局。国家秘密工作本部(NCS)に配属。大学在籍中にアラビア語専攻を選択していた為、堪能な語学力を買われ中近東南アジア部(NESAD)に勤務。以後、非合法作戦要員(Illegal Campaigner)として活動していたと見られる。二千二年、イラク戦争(Iraq War)開戦に先立ってクルド人居住地域に現地入り。イラク北部地域連絡班(NILE)に合流後、南部地域へ潜伏。旧フセイン政権軍部による秘匿が疑われていた大量破壊兵器(WMD)捜索に従事。

 

 二千七年、ナジャフ県クーファ地区(Kufa District)で発生したシーア派民兵集会場の爆破未遂事件現場で現地住民による酷似人物の目撃証言を複数確認。この攻撃はイラク国内政党中最大の会派規模を誇る親イラン政治運動団体イラク・イスラム革命最高評議会(SCIRI)の軍事行動担当部門にして、シーア派政治組織ヒズボラ(Hezbollah)直属の反米主義武装集団カタイブ・ヒズボラ(Kata'ib Hezbollah)と共闘関係にあるバドル軍団(Badr Organization)の幹部暗殺を目指すものだったとされている。当暗殺計画の露見は実行段階への移行直前、匿名人物の通報により現地治安当局側へ通知された。現地警察による事件現場封鎖後、表門から集会場玄関口に繋がる階段付近にて電気雷管(Electric Detonator)数本と即時起爆可能状態にある未発の高性能軍用爆薬(C-4)十五キログラム、施設に直結する避難用地下連絡通路内部からも不審物二点が追加で発見され、捜査中の警察当局が当事件に関係する危険物品と判断しこれらを押収。科学捜査部門による回収物の精査が行われた結果、要調査対象物二点がそれぞれ小型の遠隔操作式発火装置及び、胞子状炭疽菌を充填封入した高気密性の金属製完全密閉容器であると判明。警察はその後、追加調査過程で国内闇市場に於ける軍用爆薬の流通経路洗い出しと並行して指紋照合を行い実行犯特定を進め、押収物側からボスポラーク氏及びイスラエル国籍の男性の物と一致する指紋を検出。更に爆薬自体がイラク政府による最終使用者証明書(EUC)の自主提出後、米軍の対外有償軍事援助(FMS)によって国務省正式国外持出許可を受け国防安全保障協力局(DSCA)管理の下に提供調達された合衆国政庁自己裁定基準上何ら違法性を認められず、現合衆国政権が公示展開する対中東外交政策と全く矛盾しない極めて正当な公式支援物資であり、国内の弾薬類保管庫複数箇所から盗難ないし管理責任者の営利目的による違法対外譲渡で流出した品である事実を把握。警察側は、犯行人物が領内の横流し品密売商を仲介して記録改竄され廃棄処分扱いとなった火工品を汚職当事者から入手後、共謀して襲撃計画を策定。陽動として爆薬を使用する事で地上経由の退避を制限し出席者を退避坑道へ誘導、避難者の通過直前に容器本体を意図的に破損させ内封物を外気との接触により周辺大気中に散布、地下閉鎖空間の空気滞留特性を利用した限定範囲への気化毒物拡散を行い、目標に形成した生化学的高濃度汚染環境を通過させることで空気感染による重体化を狙った段階的攻撃を企図したと結論付けた。捜査報告書へ従来の爆弾攻撃実行と生物戦闘(BW)を併用した複合攻撃であると纏められた後、イラク治安部は当事件を外国政府の関与が疑われる重大犯罪として認定登録。イラク司法当局が当事件の重要参考人(Material Witness)として合衆国外交部を通し容疑者の身柄引き渡しによる捜査協力を要請していたとされる。

 

 補足事項一点として、当武装組織設立時の中心的人物で新規参画人材の勧誘とイマーム・アリ非正規戦指導訓練施設(Imam Ali Training Facility)ないしエル・ボッカ準軍事工作員教練所(El Boqaa Training Facility)等、中東地域以内で設置運営される親シーア派戦闘員養成拠点への対米工作参加志願者斡旋、武器及び活動資金調達部門の幹部等組織運営構造上の中枢部を歴任していたと目される元ゴドス部隊(Quds Force)上級作戦将校ナザレ・ガゼム・アクトゥブ(Nazare Gazem Aqutb)容疑者は、翌年二月に対革命市民行動集団(Basij)出身の上級身辺補佐官数名を伴い定例幹部連絡会へ向かっていた所を暴走車両との自動車衝突事故に遭遇。意識不明の重体で最寄りの病院へ緊急搬送された後、担当医が誤って高濃度の希釈性アドレナリン液を輸液により過剰投与した事で容体が急変悪化。この医療事故が原因で誘発された心室細動により死亡、イラン側も同日中に当人の医学的死亡成立を検証し、事実確認(Fact Check)を行った。

 

 

 ワトバーン・アブドゥル(Watban Abdul)=ヘクマティヤール(=Hekmatyar)

イラク国家情報局(INIS)から臨時出向。両国諜報組織間に於ける情報交換及び行動調整等両者間に於ける橋渡し役を担当。対米連絡将校(Liaison Officer)として勤務。

 

 

 バッシャール・アル(Bashar al)=カサル・バフラーム(=Khasar Bahram)

非公式工作員(NOC)部外協力員(Extra Asset)情報提供者(Informant)。自治区政府直轄治安組織にて従軍、地域警備旅団に所属。二千三年、海賊の鉄槌作戦(Operation Viking Hammer)に参加。アンサール・アル・イスラム(Ansar al-Islam)追跡撃滅、その監督下にある化学兵器製造施設ないし有害毒物質製錬所の捜索特定及び破壊に従事。この当時第十特殊部隊群(10 th SFG)に師事、アルファ分遣隊群(ODA081 091 094 095)の作戦に同行。イラン国境へ逃亡したアンサール・アル・イスラム残党を追撃、イラン国境警備隊に足止めされた残勢力の両側面部に我部隊を展開させ、これを撃破。退役後、国土安全保障評議会武装公安部(Asayish)へ移籍、工作員予備役に登録。以降は地元通商企業に就職、一般社員として精励恪勤する傍ら非常勤の現地情報員(Field Agent)として活動。

 

 返信不要。当直職員。

 

 

 方や米特殊作戦軍(US SOCOM)隷下運用部隊(Sub Command)に、もう一方で統合特殊作戦司令部(JSOC)麾下部隊を同時投入するとは随分と豪気極まった話だ。旧対テロ作戦専門直接行動部隊(Blue Light)の御子息を支援対象に棺桶(Coffin)から航空機を引っ張り出したのも、相互運用監視偵察(ISR)の任に就かせる為か。人工密集地が作戦地域(AO)なのだ、どうせ近接航空支援(CAS)の為に爆装することも無いだろう。あの環境下に於いては、空対地機銃掃射(AGG)であれ、空対地墳進誘導弾(AGM)を使用するのであれ、発揮される火力が些か過剰と言わざるをえない。

 

 部隊主力投入前に敵火点や陣地を潰し抵抗軽減を図るならまだしも、既に現地には治安部隊が展開を終えているのだ。それも、広大とは言えない作戦区域を包囲するようにして。加えて現地住民の避難も完了していないとすれば、そのような環境下で武器使用の許可を出す人間もいない筈。過剰火力の投入が、時として作戦破綻の原因になる事は士官から兵卒までもが理解出来る。兵装選択によって強弱は左右されるが、近接戦闘機(CCA)の搭載する火器火力と言うのは大抵、歩兵が発揮可能な火力的限界を優に凌駕してしまう。小型無誘導爆弾(Mark 81)の一発、航空機関砲の短連射一回。両者どちらを取ろうともその瞬間火力は小銃分隊、小隊、中隊では到底到達し得ぬ領域にあり、戦砲隊斉射にさえ匹敵した総合火力を全天候且つ即応的に前線部隊へ提供可能とする戦術無人航空機という存在がどれだけ絶対的脅威であるのか。取り分け地表を這う者達にとって。死の先端科学技術。致命的攻撃力(Deadly Force)の象徴。新世紀軍事戦略の脚本家。瞬き知らずの眠らぬ眼。機械仕掛けの暗殺者。相応しい賛辞の言葉を掛けるのなら、自然とそういった方向に収束するだろう。

 

 とは言え、戦場の女神なる砲兵の二つ名を襲名、専売特許を事実上崩壊させる形で台頭した航空戦力も、所詮は人が生み出した物。いくら革新的兵器と言えども、完璧と呼ぶことは出来ない。例えば、両翼に懸架され目標上空で分離投下、地上目標の粉砕撃破を目的として装備される落下型爆弾。手を加えない簡素な無誘導自由落下にせよ光線照射を利用する目標指示方式精密誘導であるにせよ、目標到達後の起爆炸裂時に発火中心から全方位に無差別な猛威が放たれる事に替わりは無い。科学技術で爆発を制御、指向性を付与したと言っても殺傷力にまで指向性を持たせて敵だけを無力化する、そんな好都合な兵器は存在しないのだ。空爆に巻き込まれれば彼我の境界線等まるで意味を成さない。爆風で、破片で、気圧差で。肉は焼け爛れ、身骨は砕かれ、肺は破れ散る。皆等しく傷つき、ある者は死の運命に抗いきれず息絶え、ある者は四肢の何れかを永久的に絡繰り仕掛けで代用する羽目になるだろう。

 

 熟練士官が取り仕切る地上管制の下、計画的な空爆統制が実施されたと仮定してもだ。命中率十割という数字を叩き出せる部隊が果たして現実に存在し得るのだろうか。ましてや、兵士一個人に圧し掛かる重圧を馬鹿にできない実戦環境の中で。イラクでは米軍随行の上、更に友軍信号を出していたのにも関わらず空爆された報道記者の車列という実例が存在するし、アフガンは言わずもがな。情報局管轄無人機指揮統制室(Predator Bay)が企画主導、管理する連邦直轄部族地域(FATA)への長期的空爆作戦。パキスタンとアフガニスタン国境に広がる、現地制法適用されぬ辺境の無法地帯。彼の地で繰り広げられた優に千を超える攻撃目標へ非合法暗殺行動で一体どれだけの誤爆、無関係の一般市民を巻き込んだのか。民主主義覇権国家の名の下に、民草の骸は幾数積み上げられたのか。こうした実例を見れば、航空機への爆装が同時に大小様々な危険を背負う行いでもある事は理解できるだろう。超大国或いは貧困国であろうと特殊作戦界隈に於いて陸空の連携を必要としない活動等殆ど無いと言っても良いが、同時に火力まで扱うとなるとより一層の慎重さが求められる事は言うまでもない。味方部隊や住宅地と余りに近い場所に弾着地点を設定した場合、それにどれだけの錬度経験、綿密な部隊間連携、連絡調整が要求されるのか。些細な手違いの一つ、誤った諸元報告かその入力一つでさえ友軍誤射誤爆(Friedly Fire/Bomb)非戦闘関与者への付随的損害(collateral damage)といった悲劇的事故を誘発しかねない。ましてや兵器を運用するのは何時だって人間。既にその時点で危険が付き纏う。実に皮肉的だがそれが現実であり、現代の戦術学上避けて通れぬ結論だった。

 

 故にこの様な作戦では火力支援を実行する機会は与えられず、目標捕捉(Target acquisition)を含む対地監視行動(Ground Observation)といった戦略情報面での支援に比重を置いた役割を付与される可能性が高い。無人機が如何に非武装と言えども、敵方が高高度を飛行する航空機に対して電子的無力化措置(Soft Kill)物理的無力化措置(Hard Kill)といった対抗手段を持ち得ぬ限り不動の戦術的優位性(Tactical Advantage)を確保する事が出来るのだから。平面探査により地表広域を視覚的掌握下に置く空対地監視行動(AGS)と、投入される地上展開人員の卓越した技量。この要素が相互に欠落機能を補完する形となれば、未確認脅威要素(Fog of War)早期発見(Fast Look)即時排除(Fast Kill)も一段と容易となる。こういった昨今の戦術開発と戦技発展事情から、世界各地で展開されて久しい国際的対テロ戦争(GWOT)に於いては、これら軍事的資産総合(Military Assets)の連携を緊密にした管理運用方法が重要項目であることは誰もが知っている。

 

 新世紀を迎えて間もない二千年七月十二日水曜の午後。ラスベガス北西部の飛行場で国土安全保障関係者や情報機関職員、並びに合衆国空軍特殊作戦機材開発部門(Big Safari)の重役達を魅了した瞬間以降、その運命は半ば約束されたと言っても過言ではなかった。特に、米陸軍内部に無人航空機の作戦運用に特化した専門部隊(Task Force Odin)が設立された件等はその最たる例と言える。北欧の軍神の名を模したこの陸軍航空大隊は、その仰々しさに違わずイラク国内に展開する米航空部隊の中でも特に攻撃的な振る舞いを見せる事で有名だった。だからこそ地上目標の監視(Observe)検出(Detect)、不審要素の識別(Identify)及び無力化(Neutralize)を専らの任務とする彼等がファルージャの一件に投入されないという事には驚かされる。

 

 支援機に対地攻撃能力を付与しないのであれば、火力の諸元調整及び誘導任務(Fire coordinating)を担う統合末端攻撃統制官(JTAC)ないしその同伴補助者たる初等級航空攻撃統制官(ROMAD)のみで編成運用される戦術航空管制班(TACP)が随伴することも無いのだろう。イラク本土から西方の本初子午線(Prime Meridian)を跨いだ遥か彼方、クリーチ空軍基地(Creech Air Force Base)敷地上の地上管制局(GCS)から指示を乗せた電波信号を航空機に送信するだけで事は足りる。戦術航空支援(Tac Air)に投入される機が有人仕様であれば、第二十四特殊戦術飛行中隊(24nd STS/724th STG)の出番も有ったろうに。まぁ、彼らの大半はアフガニスタン戦役(Afghanistan Campaign)に引っ張り蛸だろうから、ただ単に統合司令部麾下部隊からイラクに回せる前線航空管制(FAC)を担当可能とする航空連絡士官(ALO)を確保出来なかった可能性もあるかもしれないが。

 

 第一階層(Tier 1)特殊任務部隊(SMU)に分類される彼らの作戦従事頻度(OPTEMPO)が極めて高く、碌に身体を労わる暇もないのは確かだろう。先ず第一に対米友好国の軍事組織や親米派抵抗勢力に対する特殊作戦教育、局地遊撃戦闘や後方攪乱技術の訓練教導、現地住民への人心獲得工作(Heart and Mind)といった心理作戦(PSYOP)等の遂行を目的として創設された合衆国陸軍特殊部隊群(US Army Special Forces)ですら、中東方面の直接行動に大半の部隊が駆り出されているというこの現状。本来戦術指導等を専門とする彼らを超常識的部隊運用により各指定担当区分を一切無視、重複環境下へ過密ともとれる程の集中投入を行うといった強行策に踏み切らざるを得ない米国の対テロ戦争への向き合い方こそ、最も重きを置いて憂慮すべき事態なのだ。何にせよ、タクルガル(Takur Ghar)で世話になった借りを返し終わるまで彼のお空の人達は、あの血生臭い荒野を離れることは無いだろう。きかなし回教徒の凶弾に斃れた仲間(TSgt John A Chapman)の無念を晴らすまでは。

 

 どうやら部隊能力運用機関(Force User)たる特殊作戦軍司令部(SOCOM HQ)もしっかり腰を据えて事に望みたいらしい。少なくとも、フロリダ(Florida)の制服組も駐イラン米大使館(Operation Eagle Claw)の二の轍を演じるつもりは毛頭無いと見える。現状で揃えられる限りの強力な手札を徹底的に押さえているのだ。一部の部隊は例外として統合運用を可能、前提とする部隊の中でも、特に精鋭とされる部隊を送り込むという姿勢がそれを裏付けている。合衆国陸軍特殊作戦司令部(USASOC)が管理統轄する第一線級戦闘部隊の筆頭格がこれだけ名を連ねるのは感無量というもの。それでも、ここ最近で外国籍の人間が拉致された話を聞かない所に着目すれば、今回彼らの投入される任務が必ずしも人質救出作戦(Hostage Rescue)とは限らないが。フォードはそう感じた。

 

 それでも、わざわざ名うての辣腕野郎共(Pipe Hitters)を使うにはそれ相応の理由があると見ていい。米国の介入が無ければ、イラク政府は何時ものように第三十六大隊の前線投入を決定し、当該区域へ出動させるだろう。ところが今回は部隊展開予定地からファルージャの名は除外され、その機会が失われた。彼ら部隊幹部陣の受領掌握した大隊命令(Battalion Order)がどのような物であれ、その内容には一抹の違和感を覚えずにはいられなかったに違いない。

 

 それどころか、その奇妙な力の空白を埋め合わせるように出動する兆しを見せ始めた米軍部隊の姿がある。それも、荒事を得意とする腕利き達が肩慣らしを始めたとなると、彼らによる実力行使が間近に迫っているのではないかと勘ぐってしまうのも無理は無い。

 

 米国や欧州各国、延いては東側諸国陣営等の東西世界一般が定義する、戦闘への非直接関与の姿勢を主体としながらも訓練及び非戦闘支援を提供する同盟関係諸外国内部防衛(Foreign Internal Defense)の一線を大きく踏み越えた軍事行動。支援国家(Host Nation)と被支援国家間で行われる安全保障援助活動(Security Assistance)の面からも見ても、旧政権解体再編後の新生共和国国家主権に必要以上の干渉をしたと見做されかねず、イラクという一国家の現状、暫定政府の安定性を加味して考慮したとしてもその強引さが目立つ。これら一連の動きは、天下のアメリカが直接手を下したいと思うだけの何かがあの町に潜伏している可能性を示唆するには十分な証拠だった。

 

 分ったぞ。旧政権の愉快なお仲間トランプカード(Most-wanted Iraqi playing card)で言えば、王子(Jack)王妃(Queen)国王(King)、或いはエース(Ace)に匹敵するような高価値目標(HVT)でも見つけたに違いないだろう。はてさて、目標は戦火を生き残った旧バアス党員(Ex-baathist)か、或いはカルデン訓練施設(Khalden Training Camp)で教練を受けた狂信的な聖戦主義者(Jihadist)か。今回連中の的にかけられた目標(Object)になったのが何処の誰であるか、或いは何であるかを知る由は無い。それは勿論、統制線(PL)の中で何が行われるのかも含めて。ナジャフでブラックウォーター契約社員がやった様な七面鳥撃ち(Turkey Shoot)に興じるつもりなのか、それともカルセルモデロ刑務所救出劇(Operation Acid Gambit)の真似事に現を抜かす気でいるのか。或いは海神の三叉槍(Operation Neptune Spear)が旗印に集いし海軍特殊戦研究開発群(NSWDG)アボッターバード(Abbottabad)要塞化された邸宅(Waziristan Haveli)を夜間襲撃した様に準え、重要戦略目標の攻略無力化を目的とする斬首作戦(Decapitation)に直接的関与を果たす腹積もりなのか。彼らが陸軍別働部隊(ACE)の後塵を拝したいというのなら、僕が口を出す余地など一向に無い。そうだとも、自分に出来る最大限の事と言えば、彼らの武運と作戦成功(Jackpot)を祈る程度が精々だ。どうぞ、貴重貨物(Kurt Muse)リトルバード(MH-6M)の座席に押し込んだ時の様に、鮮やかな手口を披露して頂ければ。公正なる大義(Just Cause)の下、その辣腕を余すことなく発揮すれば申し分無い。

 

 だが彼らがどんな行動に出ようとも目標を生け捕りにしたならば、グアンタナモ湾収用キャンプ(Guantanamo Bay detention camp)メタリカ(Metallica)のナンバーを骨の髄まで楽しませるのだろう。数多存在する帰結の可能性を秘めた結末の中でも、最後に大きな苦痛を伴うという点では最悪の部類である。合衆国政府の敵性戦争捕虜(EPW)に対する取扱いは、ロッソ生まれの告発者(Mohamedou Ould Salahi)が記す回顧録を読めば分かる通り法的にも多くの課題問題を残している事で名を馳せている。塩の縦孔(Salt Pit)淡群青(Cobalt)を筆頭に数える悪名高き非公式政府施設(Black Site)への収用措置は自由諸国大多数に仇なす者にとって死と同義以上と成り得るのだ。そんな訳で、戦争捕虜(POW)に成り下がるよりも胴体に二発、頭に一発頂戴する結末の方がまだ温情味があるし、何より人間として最低限度の尊厳を保ちつつ死ねるというのがここ近年の全公共敵対者(Public Enemies)共通、全人類一致の見解だった。

 

 本文最下部までスクロールしながらぱっと目を通したが、内容のどれもがここイラクでは日常的なものだ。死者、負傷者。共にこの仕事では取り立てて珍しい単語ではなく、悲しい事に今や身内でこの言葉が使われることが無ければさしたる感情の起伏も見られない。顔を知らない見ず知らずの人間の死を悼む機能はフォードの精神に組み込まれていない。自らの手から零れ落ちた人間性の欠片は、もう自分の手の届かぬところに行ってしまった。果たしてこの仕事に身を置く前から自分がこのような人間だったのか。それとも、そういった人間になれる素質を以前より有していて、この環境下でそれが発露を迎えたのか。今となっては知る術もなく、また興味すらわかない。考えたところで、結論が出ないことが分っていたからだ。余計な事に思考を割いた自分を戒め、深い自嘲が産声を上げ自身を支配する前に携帯電話のホームボタンを押して閲覧機能を終了させる。

 

 ホーム画面に戻れば、そこにあるのは壁紙に設定した自身の写真。一介の現役警察官(Active Duty)として職務遂行に邁進していた古き時代、馴染み深いクラウンビクトリア(Crown Victoria)を転がしていた時の自分が微笑みを浮かべ此方を見透かした。撮影した時間帯が夜に近い時間帯だった故に、細かな表情は顔に落ちた影が覆い隠してしまっているが。それこそ、眼窩上縁から頬骨付近までが完全な闇の中にあった。ちょうど、その辺りに垂れ下がっていた夜の蚊帳を切り取って目隠しにしたような具合だ。

 

 背の高いオレンジ色の街灯の光が照らす背後に控えた警察車両(CVPI)。黒く塗装されたボンネットの上に支給品の警察制帽を乗せ、手に持った有名なコーヒーショップのロゴがあしらわれた紙コップの中で仄かに湯気を立ち昇らせたエスプレッソを揺らしている。そしてその隣に立つ、手製の一点式負い紐(Single Point Sling)に繋いだ私物の自動小銃(Bushmaster XM15)を胸の前で吊るす同僚。はにかむ様な表情を作り、友好的な空気を身に纏った彼は良い意味で警官らしくない人物だった。事実こうして彼は写真の中で機動警邏隊用携行小銃(Patrol Rifle)を肩から提げているというのに、攻撃的な雰囲気を一切感じさせない。彼の人となりは常に何処か友好的で、言ってしまえばから怒れる者を落ち着け毒気を抜いてしまう為にある様なものだった。顔に仏を宿していたと言ってもいい。低解像度の粗い画像からはそれ以上のことを知ることはできない。古い時代の思い出は、記憶も記録も薄れゆく定めにある物だ。それの良し悪しに関係なく。

 

 液晶の向こうに見える、低画素数で切り取られた懐かしき日常の一端。あぁ、国家仕えた忠実なる公僕の我が日々よ。ダッシュボード周りに燻らせる煎り豆の残香を楽しんだ遠き記憶よ。ロサンゼルス市警と表記された車両ドアに背を預け深煎りのコーヒーを呷っていたあの頃、今の自分を予想できていたか。分厚い鋼板を溶接したシボレーサバーバン(Chevrolet Suburban)に乗り、サンルーフから身を乗り出して小銃を握る自分の姿を。固定部各種の腐食化が進み緩んだ上下両被筒部(Forend)をダクトテープで殆ど無理矢理同然に補強修繕し、製造年号の刻印が少なくとも自分の生年月日より二十年以上は歳を食った五十六式小銃に命を預け、公的記録に残らぬ秘匿された戦闘(Covert Warfare)に従事する事になると、少しでも考えたことはあっただろうか。セラダイン製(Ceradyne)のミディアムサイズ抗弾プレートが凶弾を阻止してくれると願う日が到来することを、誰か予想できたのだろうか。

 

 携帯の電源を落とし、背嚢に再び入れる。もうここに留まる理由もない。身体も魂も十分に温まった。表層筋、深層筋共に動きにぎこちなさは認められない。身体の準備は出来ている。無論、心も。あとは歩を進め、自分の居場所に戻るだけだ。

 

 フォードは静かに背嚢を背負い直し、左腕にはめた軍規格腕時計(Luminox)を見る。同僚らとの合流(RV)設定時間まで残り二十分(Twenty Mikes)武装車両隊(Armed Convoy)出発予定が一時間五十分後に迫っていた。積り控えた定例行事を捌く為にも、そろそろ動き始めねばなるまい。何しろ時間は不可逆的なのだから。

 

 毛髪を一本も残さないように丹念に剃り上げた頭皮を左手で撫でた。頭髪の大凡が絶滅したようにも見えるフォードの頭は、指通りも何もあったものではなかったが。

 

 自らの愛用する直刃剃刀は今では骨董品半ばと化しているが、フォードが高校に上がった頃から長い間を経て親しんできただけに、その昔から変わらぬ切れ味と確かな品質についてはよく心得ていた。ステンレス刃物鋼と精密極まる設計によって生み出された冷たく幅広の刃は、肌の表面に馴染む。立てた刃の上に林檎を落とそうなら、刃に接した面からすっぱり切断されてしまう程に切れ味が冴え渡った代物だ。

 

 白く艶のある鹿の角を柄の素材として用いたその一品は、一度でも皮砥の上を往復させたならその切れ味に更なる鋭さを齎してくれる。遠い東方の島国で、老いた刃物職人の深い皺が刻み込まれた両手から生み出されたとの謳い文句で売られていたが、こうして見ればそれも嘘ではないことが理解できる。フォード自身、それに対して一般的な工業生産品ではなく、一種の民芸品として扱い一段昇華された評価を下していた。

 

 柄を握った瞬間に指先を包み込む柔らかな暖かさ。短くない年月を掛けて太陽に焼かれ、ようやく完成する鹿角材の柄を覆う薄いべっ甲色の被膜。その被膜が湛えた上品ながらも、年季と味わい深さを感じさせる淡い艶。頭皮の上を滑走させた瞬間に感じる刃先の冷たさは、只の工業製品と言うには過ぎたものである。趣深さと正反対の武骨な刃渡りとが織りなす、ある種の完成された黄金比の不均衡を形作る佇まいは正に神業と呼ぶに値する。

 

 機械の手がこしらえた品には無い、人の手が作った物にのみ吹き込まれる有機的呼吸とも表現できる唯一無二の個性。それを掌に収めた瞬間、物と神経が繋がるような感覚が中枢神経を駆け、持ち主から生気を借りた白銀の切っ先がより輝きを増して無声の咆哮を上げる。切れ味は保証する。貴方はただ振るえばそれで良い、さあ刃を通す物を寄越せ、と。

 

 そんなフォード自らの人生と永きを共にした逸品は、今は近くにない。地平線を超えた遥か彼方、サンタモニカ(Santa Monica)の自宅で一時の休眠についている。ミンクオイルでひび割れぬように手入れされた牛革鞘の中で。毛髪の屠殺者と再び会いまみえる機会に預かれるのは、当分先の話になりそうである。それまでは、地元の市場で調達した品との付き合いが続くだろう。精々、安物の粗悪品(Junk)を掴まされない事を祈るだけだ。赤錆のざらついた感触を楽しみながら洗顔をするのは誰しも真っ平である筈だ。

 

 つるりとした感触を指の腹で感じながら、残る右手でベージュのベースボールキャップに手を掛けた。ベルトとパンツ生地の隙間につばをねじ込んで強引に携帯していたにも関わらず、型崩れを起こしていない。プリムの面積で視界不良を起こさぬよう、通常の野球帽よりも幾分かバイザーを短く切り詰めた一風変わった構造である。サンドベージュの生地に鳴き砂を薄く塗したような分厚くごわついた堅牢なシルエットは、古強者が放つ猛禽類に似た鋭く澄んだ気配を一段と引き立てる。湾曲し、解れたつばの輪郭の下に、古参兵の多くはその双眸を隠しているものだ。

 

 俗に言う戦術野球帽(Killer Cap)のクラウンに入れた戦闘射撃及び戦術(Combat Shooting & Tactics)の高可視性刺繍は、同業の者が見れば一種の履歴書として認識された。幸か不幸か、実際のフォードの実力がバカラマーケットの英雄達(Combat Applications Group)の足元には遠く及ばないという事を知る人間は少なく、それを過ぎた攻撃的代物として笑う者は居ない。

 

 仕事の関係上幾度となく講義を受講した末にフォードは理解した。彼の精強な一個人達には逆立ちしても肩を並べることなど不可能だという事に。彼らを比較対象にしてしまえば、自分なんて所詮はただの軍人崩れに過ぎないんだ、と。 

 

 人間としての表情や感情を持ち、遺伝子構造や身体組織構成はフォードとそう大きく変わらない彼等は、生きながらにして最大の効率化調整を施された作戦実行機材だ。それも膨大な時間と資金をつぎ込んで作り上げた米軍内最高傑作の。軍を退役した身と言えども、彼等はその本質を変えることは無い。

 

 頭に軽く乗せた帽子をつばにインサートした樹脂整形板ごと軽く引っ張り、双眸に軽く被せる様に目深に被る。続いて私物のアイプロテクション(ESS CROSSBOW Suppressor One)を鼻柱に乗せれば、個人防護装具(PPE)着用と火器含む各個運用武器の受領、部隊責任者統裁の隊容検査(PCCs/PCIs)前に済ませられる被服類合わせ個人携行品の準備点検が完璧に済まされる。

 

 紫外線吸収剤を練り込んだ熱可塑性強化樹脂(Polycarbonate)は厚さ三ミリに満たず一見脆弱にも見えるが、その堅牢堅固極まる物性が大半の脅威を跳ね返すという事をフォードは深く心得ていた。ハイデフコッパ―の眼部保護板(Eye Shield)を介して知覚できる世界は薄い橙色のベールに包まれ、暖色に彩られた視界を後頭葉に楽しませつつ靴の爪先を出入り口に向ける。一度、二度、或いは三度か。靴底と白色のタイルが擦れる床鳴りを響かせた後、フォードの背中は扉の向こうに消えた。小うるさい置き土産を残した彼の足取りが扉の向こうに消えるまでの間、その足取りは軽やかなものだった。それこそ、仕事終わりにビアバーに向かう事務職労働者(White Collar)の様な何処か楽し気な足取りで。

 

 

 

 

 

やぁ(Yo)美国人(yankee)

中共(Chicom)の犬が。腐れ豚野郎(Fuckin' pig)

「嫌に饒舌じゃないか。響きの端々に苛立ちを感じるぞ、年嵩に青みを残すには些か歳を食い過ぎている癖にな。かと言って物言いを忘れる程耄碌する時期でも無かろうに。口の悪さに磨きを掛けたじゃないか、兄弟。話せて嬉しいよ。全く、礼節を弁えない入植者の落胤共(Americans)はこれだから退屈させてくれない。流石は紅茶葉を海の藻屑に自由を得た民族。阿片塗れの豪商共に一泡吹かせた連中は言う事が違う。罌粟の呪縛に身を窶した我々だが、下衆野郎(Slime)の鼻を明かした開拓者根性その一点のみは見習わなければ。とは言えその様子、単にニコチンを切らしただけではなさそうだ。俺の読みだと大方―」

 

「三週間の保養休暇(R&R)は楽しめたか」

お陰様で(Yap)テネシーの訓練機関(Tactical Response)車両戦術講義(Vehicle Tactics Course)を再履修してきたさ。降雨天下での部隊行動でな、泥塗れになって野外演習場(Maneuver Area)を駆け回ってる内に自前のカラシニコフクローン(Centry Arms C39V2)が故障しやがったんだ。おまけに腰のポリマーオート(Canik TP9 SF Elite)まで作動不良(Malfunction)を起こし始める始末だ。回収離脱車両(EVAC Vehicle)に乗り込むまでの間、味方から拝借した小火器で応戦しなきゃならなかった。でも、あの環境下にしては中々頑張って動いてくれた方だと―」

 

「麻酔用のモルヒネの補充を申請してるんだが、受領までもう暫く時間が掛かるんだとさ。空のシリンジが何の役に立つのやら。ソマリア治安維持機構(AMISOM)の仕事なら闇市でカート(Khat)を調達出来たんだが。上に言ってやったよ、鎮痛剤無しで銃弾を摘出する痛みを知りたいかって。タフガイ気取るにも限界はある。ジョン・ランボー(First Blood)の真似事は御免被るね。亜酸化窒素(N2O Gas)の可搬式容器を少量入手出来たのがせめてもの救いか」

「火急となればバイコディン(Vicodin)アスピリン(Aspirin)の錠剤で代用か。血中にスミルノフ(Vodka)密造酒(Moonshine)を流し込めば痛覚を誤魔化せるイワン共(Russian)とは違うんだぞ。上の連中、俺達の身体がサイバーダイン(Cyberdyne Systems)製だと勘違いしてやがる。生憎、俺はチタンプレート(Reconstruction Plate)を入れちゃいるがチタン合金の骨格なんざ―」

 

「風の噂で小耳に挟んだんだが、ルートタンパ(Route Tampa)で他所の社員が殉職したって話は本当か」

ガセじゃないさ(That's true story)突撃殉教隊(Inghimasi)の乗った八三年式ボンゴがサフワーン(Safwan)の十字路から出てきて車列の死角に近迫した直後、保安車両二台道連れに神の下へ召されたのさ。どうせ記録は何処探しても無いだろうけどな。運の無い奴等(Poor Bastard)だ。不幸中の幸いか、運び屋連中(KBR)の五体は無傷。輸送中の積荷も被害無し。粉々に吹き飛んだのは部隊防護(Force Protection)に就いた何人かの男達だけだった。この被害状況から第三次兵站民事補強計画(LOGCAP-3)上層管理者の米国防首脳部(Pentagon)、法人登記元の英国政府中枢部(Whitehall)共に積極的介入は避けた対応に則っている。米軍放送網(AFN)移動性爆発物搭載車両(SBVIED)使用の攻撃があった事は発表していたが、死傷者統計の情報だけは綺麗に省略してやがった。意図的に秘匿したんだろうな。現場検証の結果、非軍用爆薬と思しき化学化合物の残渣物と玉軸受含む大小金属片多数が検出されたらしい。爆発規模から、過酸化アセトン(TATP)換算でも約二百九十キログラム相当の威力と想定されるそうだ。現地特派員の旧友が言うには、被害現場で最大計測値を示した個人用爆風圧測定計(B3 Blast Gauge)が無傷の状態で発見されたが、どの遺体も原型を留めない程に損傷が激しかったとも。仏が粉微塵なのに遺留品だけが綺麗なままとは実に皮肉と思わないか。イラクデイリーセキュリティー(Iraq Daily Security)日間報告書(Daily Report)によれば、実行犯候補は無名のスンニ派民兵組織(Sunni Militia)説とマフディ―軍(Mahdi Army)分派組織説、サダム殉教挺身隊(Saddam Fedeyeen)の残党勢力説に三分化されている。結論を言えば、どの細胞(Cell)が下手人なのか不明ってことだ。主要補給線(MSR)イラク人(Hajji)共の攻撃があった事は駐留軍も知ってるさ。でも民間連中を公式戦死者として発表する事は決して―」

 

 政治的表現を抜きにすれば傭兵擬きもとい、民間軍事要員連中が思い思いの言葉を繋ぎ談笑を繰り広げる空間には、金曜夜のゴールドジム(Gold's Gym)といい勝負が出来る量の男性ホルモンに満ちている。野卑、下品。ハリウッド映画で頻繁に目にする粗野で粗暴な傭兵(Mercenary)の像そのままとまでは行かないが、少なくとも堅気にも見えない輩が空港の一角に屯し占拠しているのだ。成程確かに、わざわざ目敏い論客を引っ張ってきて有難い品評を頂戴するまでも無く、個々の風体は戦地で活動する警備員という先入観抜きに見ても暴力的なまでに雄々しい。そこそこの目利きであっても、一目で個人個人の経歴を精査する手間は不要であると断じさせる程の凄味と説得力がその体躯から染み出している。普段から目にする故に別段気にするでもない見慣れた光景だが、武力の期限付き外部貸与で稼ぐ世界とは縁の無い一般の目を通せば威圧感を感じずにはいられないだろう。

 

 右を見ても左を見ても目に付く山賊紛いの郎党共は、月曜の朝に気合いの入った一張羅で着飾り平凡な務め人を気取れば一応は文明人に見えない事も無いではないが、やはり控えめに見ても業務計画書をぎっしり詰めた書類用鞄(Brief Case)を携えるより小脇に軽機関銃でも抱えて土埃に塗れているほうがよほど似合う様な連中ばかり。例えばの話、落ち着いた雰囲気の小奇麗な喫茶店で文庫本片手に腰を下ろしていれば印象の調和を崩してしまい、手中で親し気に捲るべき頁を弄んでいれば尚の事見る者を当惑させかねない。何故、この手の人種が此処に居る。茶屋の楽しみ方を知らないから窓側の座席に陣取って景色でも眺めて時間を潰しているのだろうと思わせておきながら、中々随分と文学愛好家の作法を心得た所作ではないか、と。この場に立つ奉公人の面々は実際にそれだけの違和感を生じさせても何ら可笑しくは無いのだから、少なくとも外見は根っこからの文化人とは何かを比較するまでも無く大きくかけ離れているのだ。

 

 酷い言い草ではあるが本当にその通りで、現に普通の観光客に混じって空港の一風景を作る人並みから自分達が浮いて見えている自覚もある。実際にあからさまな距離を取られていれば、それこそどんな朴念仁でも容易に大衆の胸懐を推し量れるというものだろう。遠巻きから注がれる視線には薄い恐怖とその二倍以上はある好奇心が乗せられているが、勿論彼らが踏み込んでくる事は有り得ない。

 

 こんな場所でもなければお互いの存在を生涯知り得ることすら無かったであろう、本来顔を合わせる運命に無い不釣り合いな種族同士が共存し合うこの歪な環境を改めて意識すれば、誰に向けるでもない笑みが自然と零れた。整理して考えなくても、実に変な絵面ではないか。重苦しい不穏な空気すら意に介す事無く寛いだ様子の見るからに柄の悪い外国人の一党と、それを恐々と囲み眺める老若問わない一般人の諸兄姉達という構図。そういう物珍しさが繕われた一景の中で、肌の色も違えば母語も違う国際色豊かな荒事の専門家達がこうして一堂に会して和気藹々と話し込み、そのどいつもこいつもが示し合わせたかの様に一致して仕事始めの時を今や遅しと待ちわびている。

 

 さぞかし女性受けしそう(Chicks Dig It)な力強さを振り撒く強面連中の分厚く頑丈な筋肉から今も尚、これまたむせ返る様な熱気が放たれているが、この奇妙な光景をイラクやアフガンの空港以外でお目にかかる事は基本的に無いと言っていい。何か得をする訳ではないがそれは保証しよう。この会社に採用されている以上、今この場に居合わせる面々は全て真っ当な経歴を保証されている筈だが、何処からか漂う非合法な雰囲気は未だ拭い切れなかった事は余談の一つになる。

 

 しかし、そう見えるのも仕方の無い事なのかもしれない。同僚を色眼鏡で見る訳では無いが実際の所、現在のイラク国内で活動する契約警備員には後ろ暗い背景を抱えた人間も一定数ながら存在する。その毛並みと毛色を端的に現した小話として、例えばこんなものがある。

 

 近年、ペルー共産党(Sendero Luminoso)の元構成員が戦後の糊口を凌ぐ為に開発途上国出身の警備要員として採用されイラクに現地入りした。だから、スペイン語訛りの英語を使うラテン系が手慣れた様子で自動小銃を振り回していたら、多分それで当たりだろう。気を付けろ、仮にも共産思想に共鳴して絶対の忠誠を誓った連中だ。もし奴らの聞こえると場所で初代共産党主席の名を貶めてみろ。彼等が思想を捨て嘗ての大義名分を忘れていない限り、見せしめにお前を生きたまま切り刻むか、ドラム缶に詰め込んでガソリンを浴びせた後、火炙りにかけるだろう。兎に角、何らかの報復があると考えたほうが良い。

 

 一体、誰が信じられるだろうか。光輝く繁栄への軌路(Shining Path)なる御大層な表札を掲げ、アンデス地域を中心に共産思想の普及一般化を図った平等世界実現を目指す文革派極左武装組織が、今では生まれ故郷を離れ遠い異国の地で宗教原理主義者と銃火を交えているなどと。初耳の者なら大抵、酒の席から零れ落ちた世迷い言と切り捨てる。だが仮にこれが事実であるなら、何とも面白い状況だ。素行経歴といった過去を一切不問にする代わり、命知らずで銃が撃てる事を募集条件に掻き集められた人員は破落戸にも等しくて。いや、最早これは西部開拓時代の荒野にその悪名を全米へ轟かせた武装強盗団(Wild Bunch)も顔負けの顔ぶれではないか。

 

 紛う事無き暴力と銃の性能が物を言う十九世紀当時は主流だったであろう情動のままに、感情を剥き出して生きる野生児めいた生き様。現代の道徳倫理なる文化が民衆へ一定量浸透した今日では埃を被り黴が生えたも同然で、浪漫すら感じさせる古臭い人生の送り方に思われるが、彼等は図らずしも銀貨が似合うその生き方をなぞっている。アンデス山脈の山賊。南米生まれのカウボーイ。流れ者共の愚連隊。無法者(Outlaw)の徒党。コンドル印の拝金同盟軍。古き流血の西部(Wild West)に根付いた価値観とよく似た視点を携えて、金を求めて縁も所縁も無い果ての異邦を彷徨う彼等の姿をそれ以外に何と例えればいいものやら。

 

 どんな人材であれ、銃の扱いを知っていて戦える人間なら。真面な払いの為なら命など惜しくない、給料日に相応の額を指定の口座に振り込んでくれるなら、硝煙弾雨に曝されようが知った事か。これまでもそれなりの修羅場を踏み手強い死線を潜り抜けてきた。度胸付けにグラス一杯のピスコ(Pisco)を呷らんでも疾うの昔、部隊(Tropa)に身を寄せると決めたあの日から腹の中は決まっている。岐路に流され舵柄を握る今、伊達男を気取って恰好付ける必要は無い。学無しコカ農家出の自分が最後に辿り付いた、ただ一つの固めた覚悟。無謀。蛮勇。その身に過ぎた感情滾らせて、明日さえ忘れてひた走ってきた。再入を望むのなら、この際何でも良いじゃないか。それが不足分を補うと言うのなら、足を踏み出す為に勇気の足しに出来るなら。何はともあれ、今は前に進まねば。

 

 雨あられと言う表現すら手緩い弾幕の下を這い、ウアンカサンコス郡(Huanca Sancos Prov)の青々と色付いたコカ葉香る緑深い山麓を離れると決めた日。焼け落ちる故郷の火柱が星空の裾を焦がす様を山頂から眺めた日。霧雨の中で化膿傷の悪臭絡む死臭を嗅いだ日。今は亡き往年の同志達とマテ茶を回し飲みして焚火を囲み、南米大陸同時革命への熱意を語り合った日。アヤクーチョ(Ayacucho)の古戦場跡地に散った仲間を満足に埋葬してやれず、腐肉に飢えた禿鷲共の群れに蛆を添えた足手を啄ばませてやった日。心中に敗走由来の苦いものを覚えていようと、舌に馴染んだ濁酒(Chicha)の甘い酒精が臓腑に染み渡ろうとも。何時どんな日だろうと、それだけは誓っていた。生きる為には命を惜しまぬと。男一匹に覚悟が一つ。我が揺ぎ無き決意の狼煙を胸中に、そんな自分が今更何を恐れるというのか。

 

 そも、自分の身を心配するには明日を手に入れる必要がある。そう、満身創痍だろうが生きている前提条件を達成していなければならぬ。そして生きるには金が要る。だから喜んで鉄火場に身を捧げてやろう。生活の糧は其処に転がっているのだから。火中の栗か、虎穴の虎子か。美味い言葉もあったものだ。大いに結構、利益には変わりないさ。手を伸ばして物にする。その手に握れるだけの札束を掴むだけ。我が称賛される事無き人生の刹那的始終に、慰め程度の栄光を添えるだけだ。金が第一、命は二の次。万一殺されようとも保険は下りる。それで家族に幾ばくかの金は残せる。俺の命が欲しいと言うならくれてやる。手前の薄汚れた命一つ程度、失くした所で大して惜しくもない。今一番無くして痛いとすれば現世に残した家族、遺族に給付される死亡保険の受領権利だけだ。それさえ保障されると言うのなら、思い残す所など何一つなく死に切れるだろう。俺の死が金になると言うのに、中途半端な怪我は寧ろ願い下げだ。二度目の潰走は許されない。今度こそ戦場に散って見せる。自分を照星の先に捉えた不心得者を何人か道連れにして。だから殺すならいっそ一思いに、五体を血煙に還さんばかりの勢いで吹き飛ばしてくれ。俺もただで殺されてやるほど優しくは無いからな。見る者共の魂に刻み込んでやろう、己が血肉を対価にして。一人の人民の生き様を。一人の労働者が職務に殉じた事実を。弔いは無用、振り向く必要さえ無いと思える程深く強烈に。そうやって人様の記憶に割り込んでこそ、根無し草人生の冥利に尽きるというものだ。

 

 そんな命知らず(Desperado)の鉄砲玉を擬人化した如き男が居れば、残忍なまでに単純明快な経済的動機に突き動かされる荒くれ者がいるなら、銃を与えて二の句を継ぐ前に現場へ投入する。イラクの警備業界全体にその法則が適用される訳ではないが、その一貫して単純極まりない選考基準を厳格に守らざるを得ない企業も少なくない。結論に何を含みたいのかと言うと、玉石混合の人材がイラク国以内で溢れ返っている現状を見れば、嘗て行政側に弓を引いた経験の有る人間がそこに紛れ込んでいても誰も驚くことは無いであろうという事だ。

 

 誇れる話とは到底言えないだろうが、メイズ英国刑務所(HM Prison Maze)聖金曜和平合意(Good Friday Agreement)の一環で出所して間もない筋金入りの共和軍暫定派(PIRA)出身者が紛れ込んでいたとしても僕は驚かない自信があった。

 

 時たま職業兇手の守衛門(Assassins' Gate)を通り抜けた辺りの酒場でギネス(Guinness)チュボルグ(Tuborg)を嗜んでいる呑兵衛のアイルランド人を見かける事も有るが、彼らの正体がアーマー南部方面旅団(South Armagh Brigade)傘下の実働部隊(ASU)上がりだったとしても多分意外とは感じないだろう。酔いが回ったのかふと思いだした様に口を滑らせ、英軍兵士の何人かを自家製迫撃砲(Barrack Buster)五十口径狙撃銃(Barrett M82)で血祭りに上げた事もあると零せば流石に方眉位は動くだろうが。出来れば、そんな風にアイルランド人特有の個性(Paddy Factor)が発揮されない事を祈っている。

 

 この地では腕の良い用心棒に付けられる値札は決して小さくない。豊かな実戦経験を持つ特殊部隊出身者が、最も脂の乗った三十代半ばで民間企業に下る実例が絶えない理由はそこにある。ダインコープ・インターナショナル(DynCorp International)トリプルキャノピー(Triple Canopy inc)、ブラックウォーター。イラク国内で活動する民間警備企業は今挙げた御三家が最も幅を利かせていると言われるが、事実その通りだ。どの企業も一致して社員に高給を支払っているし、所属する警備要員達はその高い練度を以て雇い主へ給料分かそれ以上の成果を確実に還元する形で貢献している。そう、この業界だけの法則ではないだろうが、高い給料を保証する会社には総じて精鋭に属する人間が多く集まる。或いはその傾向が強い。勿論、陸軍や海兵隊の一般部隊で経験を積んだ人間も数多くいるが、それ以上に特殊な能力開発訓練を受けた人種が数多イラク国内に根を張っている。その優秀な人材の大多数は先に述べた三大警備会社が雇いあげている。それも当然の話だ。能力に見合う金銭を求めるのは彼等退役軍人達とて例外ではないのだ。まして仕事で命を危険に曝すなら尚更に。そうした逸材をだけで現場の人間を固めた企業と言うのは、市場規模と比較すれば存外少数派だったりする。

 

 だからここで又一つ例え話をしなければならないが、切羽詰まった何処かの会社が功を焦る余り数合わせで如何わしい人間を雇い入れたとあっても、不利益が表面化するまでは誰もそれを咎める事は無い。少なくとも審査基準の厳しい国際安定化作戦協会(ISOA)辺りの審査に通る事が難しかろうとも、イラク民間保安企業協会(PSCAI)からの活動許可証をもぎ取る位は容易いというのが実情である。現在の国内で活動する保安企業全てが律儀に協会からのお許しを得て開業しているとは限らないという点も又、嘆かわしい限りだ。

 

 過去に摘発された不祥事を新聞に書き立てられ尚、悪しき伝統とも思える規律の緩さが改善された兆しは掴みづらい。この業界自体の閉鎖的で秘密主義めいた気風がそれに拍車を掛けている事は言うまでもないが、これでも警備企業勃興期の混沌とした内幕に比べれば企業倫理自体は大分改善された方だと知る者は言う。実際に保安業界に身を置く自身としては全面的ではないが、その言葉にだけは概ね賛同してもいい。

 

 イラク国内の警備市場は需要の増加に平行して急激な膨張拡大を遂げた。それに応じて無数の参画者が誕生しては消えていった。言うまでも無く、そこでは年間に莫大な金額が動き、圧倒的規模の金銭が注ぎ込まれている。それこそ途方もない様な、巨額の金が。戦火の口火が切られて暫くが経つ今、未だ対テロ戦争が下火になる気配は薄い。派兵に継ぐ派兵を重ね、穏健層からは国力の浪費とも批判されかねない莫大な軍事予算が今も尚、陰りを見せる各戦線を維持するために使われている。失墜した国威回復と米流自由主義の再強化という目的が有るからこそ、合衆国は当分の間は矛を収める気にはならない筈で、その恩恵に与る者達が今後も現金を求めて紛争地帯に根を下ろす事はほぼ確実と言えた。

 

 しかし、支払いの良い契約先を確保出来るかは又別の話で、当然ながら発注元にも業務委託先を選ぶ権利は有る訳で。それに、人材に関してもまた同じく。大概の場合は大手の警備企業が大口契約を独占している。合衆国国務省、国防省、国際開発庁(USAID)。そして代理行政組織に始まるその他外国政府の戦後復興支援機関。民間分野では多国籍石油資源開発企業から、国際的食料供給事業体や人道支援団体に至るまで。民間警備企業が是が非でも蜜月たる関係を築きたいであろう国家機関や有望な大口取引先は、実績と歴史を持ち信頼するに値した警備会社を相手に話を進めたがる。起業して間も無い無名会社と真面目に商談をしたい役人がどれだけ居るだろう。実質的な官庁官僚の天下り先で役員務め時代の人脈をそのまま利用出来るか。会社務めの身となるより以前から、外殻団体辺りの人間と何か特別な繋がりか伝手を作っていたか。そうでもしない限り、新参者の企業が公的機関ないし大企業との契約を手に入れる確率は低い。

 

 今も昔も新規参入社が出世街道に入り込む余地は少なく、この業界では若葉が日の目を浴び、やがて巨木となるまで成長し得る可能性は低い。先ずそれは間違いない。それがいい加減な仕事に終始する企業の将来に焦点を当てたなら。この業界自体の自己浄化作用によって自然と衰微して滅び行くのが定めである。

 

「血の気の多いことだな、本当に。皆仲良く雁首揃えて御立派な事だ」

 

 軍隊出身者(Ex-Military)準軍事組織出身者(Ex-Paramilitary)法執行機関出身者(Ex-Low Enforcement Agent)競技射撃業界出身者(Ex-Practical Shooter)第三国出身者(TCN)、その他の業界からこの仕事に馴染んだ者。周りを見渡せば、前職で銃を握った経験がない人間も極僅かながら我が社の兵隊に混ざっていた。

 

 辺境も辺境で知られるクナル州(Kunar Prov)戦闘前哨基地(COP)に派遣され、古馴染みの戦友(Brother in Arms)と共に骸重ねの血染め谷(Korangal Valley)で嘶く夕暮れを踏み拉いた者。フィリピン国家警察(PNP)対テロ作戦(CT)技術を学び、バシラン島(Basilan)に潜む数多のアブ・サヤフ(ASG)戦闘員を血溜まりに沈めた者。米沿岸警備隊(USCG)海上阻止行動(MIO)含む各種海上治安作戦(MSO)の訓練を受け、幾度となく領海内を密航する大陸間麻薬輸送潜水艇を拿捕検挙した者。九十年代初頭、麻薬取締局と国境警備隊戦術行動部(BORTAC)の支援する抗麻薬拡散作戦(Operation Snowcap)の最中、地方麻薬撲滅警察(UMOPAR)河川哨戒行動(Riverine Patrol)に従事した者。陸軍空中強襲部隊(Air Assault Troops)を退役した後、国際実用射撃連盟(IPSC)主催の国際競技会で見事上位選抜射撃選手の座を勝ち取った者。

 

 こうして列挙再具体化すれば個々の経歴は十人十色、その全てが長所と短所を併せ持つ。更に付け加えるなら、その幅広い人材構成はさながら、かつてイラク特需で爆発的成長を遂げ報道界隈を賑わせたカスターバトルズ(Custer Battles LLC)クレセントセキュリティグループ(Crescent Security Group)といった、所謂低価格設定(Discount)層に分類される保安契約企業に大きく似通ったものがある。

 

 では格安依託警備企業のご多分に漏れず、特有の錬度にばらつきのある職員達が戦力利用されているのかと言うと、実際の所そうではない。フォード自身が在籍する会社では動員前調整訓練(Pre Mobilization Training)の一環として社が指定する陸上保安職員向け訓練を提供する専門機関を通し、各々が履修指定講義を修了することが義務付けられている。掛かる雑費を除く必要諸経費は会社持ちで。それ故、例に挙げた前二社とは異なり、業務に従事する人員は各職種共に一定の錬度水準を保ち、尚且つ実務場面に於いても各個は職務遂行に何ら問題の無い力量を示してきた。現場で通用するだけの技量を備えた人員は確かに此処にいる。兵站支援代表者(LAR)としての腕を存分に振るえる連中が今、この場に。

 

 弾体貫徹阻止改修(Bulletproof)されたトヨタランドクルーザー(Toyota Land Cruiser)に寄りかりながらパステルブルーの人工清涼飲料水(Gatorade)をさも美味そうに呷る同僚の横を通り抜け、血気盛んな雑踏から一時距離を取る。バビロン(Babylon)サマラ(Samarra)ニネヴェ(Nineveh)とそれぞれ名付けられた三つ子の空港ターミナルが鼠色のアスファルトの表面に大きな影を落とす中、掠れて消えかかった白線が等間隔に並び、細いひび割れの上に儚げな存在感が演出されていた。のたうち果てた蛇の背骨を想起させる空港通りの湾曲を足元に敷き、額から滴り落ちた汗が熱いアスファルト上に楕円形の染みを作っている。

 

 黄金色の日光から熱を吸収した舗装は静かに焼け爛れ、溶け出した油膜が歴青の上に薄汚れた虹を描く。刺激臭に手厚い歓迎を受けるのはこれが初めてではなかったが、鼻腔を上昇する不快感が神経経由で電気信号に変換されるや顔を顰めずにはいられない。山羊の吐いた反吐に腐った牧草を混ぜ合わせた物とはまた方向性の違う悪臭は田舎人気質の人間には酷く堪えるもので、この体の拒否反応を見るにつけ自身とこの空間との相性の悪さを再度痛感させられる。今この瞬間も脳髄を揺さぶり続ける天然の有毒性気化物質を忘却に追いやりたい衝動に駆られ、ここは一つ同僚と世間話でもして気分を切り替えるか、再派遣直前に各自配布された準備命令書(WARNORD)の詳細を再確認して備えることを思案する。

 

 熱く焼けた路面に手荷物を直に下ろすには気が咎め、肩紐を少し緩めて左肩から外した。六週間の派遣勤務期間を無事凌ぐには、当然の事ながら背嚢に詰め込んだ入れ組品だけでは到底充足し得ない。三日間前後の作戦行動を想定して製造された一品であるからして、残りの不足分を補うには当然現地調達といった手段に踏み切る他道は無い。現地人の代理購入者に手数料を上乗せした幾ばくかの金銭を握らせ、バグダッドの市場に出向かせなければフォード達は早々に干上がってしまうのだ。白人が出入りすれば三分と生きていられないような場所でも、彼等地元を深く理解した人間を立てれば日常品の買い付けで人員損耗に至る危険性を回避する事も出来るー。

 

 

 

 

 

未構成箇所、入力途中

 

 

 

 

 





We lived as the potentially savage cells.

Moment of sometime. In the cold. In the hot. In the drifting. In the thirsting. In the hungering. In the Shivering. After the cry at long time and disappeared vitality, only remained by the numb.

But, we still sharpen up the my hatchet. For following the rogers' rangers. To the seeking to next sacrifice.

War of the people, by the people, for the people.
Privatized of war is just history of we humans.
In a nutshell, building foundation to only more economized new world order jointing to 21 centuries was starting at far long ago...

Military ? Security ? Instruct ?
What's happened inside the ruthless bloody business ?
Who's dropping blood in the failed state ?
When were they in coming the capital city ?

Okey. For one example, a man stood behind a rotten puddle. Many killed in a day.
That's aftermath of the "Worldwide Activities(OIF OEF/〃-HOF/〃-P OIR OFS)".

In the complex proxy warfare(Pax Americana) at the rogue nations. Standing in the scattered shadow of peacemakers elite(Civilian Contractors). I'll be remember the flat dark earth. Even if hadji do surf. Because allegiance is here.

We was too indifferent people for living in peace. So they'll in coming soon again. For release the fate of judgement day. Like the four horseman.

Don't forget that warpath. Remember the fallen brothers. That's why, this vengeance is mine.

Cry havoc ! and let slip the coalition of the billing(Dogs of War).

From "Ivory tower(Base/Actual/Lead)" to all "Spearhead(Element)", welcome to the apocalyptic nation(Babylon and Kabulistan).As long as epic vice is finding you.

Look that. A pillar of carbonic smoke is piercing the blue...





A Day Convoy Ambush on the Baghdad - https://youtu.be/TlE9ebyBc_c

The framework of modified room entry procedure
- https://youtu.be/b2mmK3NyGqk

BPRE Compromised Theme - https://youtu.be/nyLDGh1Xunw
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