半年間の異世界グランバハマルの生活を終えてから数日がたった。
かっちゃんが(引きつった顔で)病室から去った後に駆け込んできたナースに簡単な検査を受け、母と半年ぶりに再会。
泣きながら抱きしめる母の胸の中で、ああ帰ってきたんだと実感した。
あの過酷な異世界生活。このまま死んでしまう、帰れないのではないかと何度絶望しただろうか。
けどセ○サターンソフト読者レースの最終結果を見るまで死ねない(超どうでもいい)と強く想うおじさんが横にいたから諦めずに生きていけたんだと思う。
なお件のおじさんはそう遠くない未来で「ガーディアンヒー○ーズ」が1位ではない現実に絶望し異常気象を起こす模様。
あと数日は検査と、僕がトラックに轢かれたことによって起きた騒動の件で入院するらしい。
騒動か、ヘドロヴィランのことかな?
あるいは交通事故の話かもしれない。
だがそんなレベルではすまない事態が起きていた。
翌日の検査の後に警察から聞かれた質問は交通事故について、僕が自殺目的で道路に飛び出したのでないかという話だった。
なんでも無個性だから学校で苛められ、ヘドロヴィランの事件でも無個性だからと過剰に責められたことが原因だと世間は思っていたらしい。
僕としては報道されている事に驚いたけど。
だが自殺のために道路に飛び込んだなんてそんな事実はない。
僕はその瞬間何も考えてなんかいなかった。ただ子供を助けようとしたんだ、と告げた。
その言葉に嘘はなく、誰かに強制されてないと判断されてこの件は終わった。
口答だけで納得されたのだからきっとその場に嘘発見器みたいな個性の人がいたのではないかと思う。
警察とのやり取りが終了したら、今度はヘドロヴィランの騒動に参加したヒーロー達が面会しにきた。
僕の疑惑で評判を下げた話かと思ったけど、来たヒーロー全てがすぐ近くの交通事故を防げなかった不甲斐なさを謝罪してきた。
面会が終わった後、彼らがヘドロヴィランの件で説教したことを謝られなくて良かったと個人的には思う、謝ってきたらそれは保身のために感じるからだ。少なくとも僕はあの時の彼らからの説教を間違いだと思っていないのだから。
「明日から学校か」
警察やらヒーローの反応を見る限り学校でもなんかありそうだなと想像できる。
塚内という警官がこっそり打ち明けてくれたことだが、ヒーロー公安委員会が僕の件に便乗して差別問題の撲滅に動いているらしい。無個性、異形個性、ヴィランっぽい個性、それらの漠然としたイメージによる迫害がヴィラン発生の根源である(あとは貧困)。さらに人間性を育み、社会性を学ぶ教育機関で受けた仕打ちこそがその後の人生に大きな影響を与える。
今までは他所の管轄だからと手を出せなかったが、僕の件で強引に介入して改革に動いているらしい。
うん、正直途中から話が大き過ぎてついていけませんでした。
学校やクラスメートはどうなっているやら、かっちゃんの変わりぶりを思い出すと恐怖すら感じるよ。
屋上にて空を見上げる、秋空の下はやや寒い。
けどなんか今高速で通り過ぎたような?ヒーローかな。
「予想してたけど存在が腫れ物扱いだったよ、かっちゃん」
「あれから咎められたり罰則こそねえが、半年間毎日倫理教育が追加であったからな」
「それはもう洗脳では?」
折寺中学校復帰初日。
まず校長室にて説明と教師一同からの謝罪、そして身を挺して子供を助けたことを讃えられた。
その後授業だったけど、うんクラスメートの反応が今までと違う。昔のような嘲る態度を取る者はいなくなっていた。
反面ずっと意識を向けられていて、こちらの行動全てに注目されてるような感じはしんどかった。
別にいじめられたとか騒ぐ気ないのに。
「いや、それはお前が変わりすぎて気になったんだろ。半年間寝たきりだったんだよな?」
そんなに変わったかな?もやしな肉体が寝たきり生活で悪化したと思ってたら、いつの間にかグランバハマルで過ごした肉体になってたけど。
「異世界グランバハマルで隠しダンジョン巡り(強制)してたからかな」
「あ、うん。それは大変だったな」
「本当だよ。突然の帰還イベント発動タイミングに居ないとまずいからとおじさんとずっと一緒だったからね。こっちはレベル1の雑魚なのに」
おじさんは人が良く、こちらを気にかけてはくれたけど容赦もない人だった。
自分ができたから僕もできるだろ認識だったみたいだし。
「すまん、ちょくちょくゲーム用語で語られるから信憑性が薄れるんだ。意味は伝わるから普通に言ってくれ」
「おじさんが何事もゲームで語る人だったから影響受けたなあ」
「大丈夫かその恩人」
「ヒーローじゃなくてセ○に夢中になった僕みたいな人だからね」
「ダメ人間じゃねーか」
「ん?今おじさんがソファー担いで空飛んでたような」
答、おじさんが送料無料で落札する能力を覚えたからです。
「病院には付き合うから辛かったら言えよ」
むしろ性格が豹変してる君が心配だよかっちゃん。
「授業にもついていけるし、受験は大丈夫かな」
持ってた鞄ごと転移して良かった。
「そこは皆驚いていたぞ」
「向こうだと娯楽なんて、食事か、おじさんのエグい過去と、おじさんの修羅場と、おじさんの女性関係のアレコレと勉強くらいだったからね」
おかげでずいぶんと勉強に集中できたよ。
「雄英高校を受験するのか?」
「今はちょっと悩んでいる」
ヒーローは好きだ。
でも今は、自分が成ろうとすることに違和感を持ってしまっている。
おかしい話だよね、半年前より力を得て強くなったのに。
個性があればこうしようとあれだけ妄想していたのに、いざできるとなると戸惑いが拭えない。
「そうか」
ギチリッと音が鳴る程に歯を食いしばったかっちゃんがなにかを堪えるように言う。
「俺は成るぞ、オールマイトをも超えるトップヒーローにな」
だから雄英高校に行くのだと。
「もう雄英受けるななんて言わねえ。好きな道選んで、成りたきゃヒーローに成っちまえ」
そう言って屋上から出ていった。
本当に変わったんだね、かっちゃん。
夜中、市営多古場海浜公園。
海流的なアレで漂流物が多く、そこにつけ込んだ不法投棄だらけのここは人も寄り付かないから身体を動かすにはうってつけだ。
ましてや、
「光剣顕現(キライドルギド リオルラン)」
(あ、やっぱり魔法使える。感覚的にイケそうだったし)
異世界転移後の能力確認とか、誰かに観られたくないことをするにはうってつけだ。
(身体能力強化も合わせがけしてと、こっちは戦士系のスキルだからおじさんは出来なかったけど)
肉体を動かした瞬間浜辺を埋め尽くす粗大ゴミの山が宙を舞う。そして空中のゴミに光剣を振るい粉微塵になるまで切り刻む。
(現代素材も関係ないか、魔法が通じないとかもないようだ)
確認したいことは確認できた。
今の僕はこっちでも強い。
でもだからこそ、
「ヒーローになるとか、悩むよね」
叶わぬと諦めた夢に追いついた僕は、その入口に一歩踏み出すことを躊躇った。
平穏の尊さを知った今、それを手放すことがあまりに惜しい。
戦わなくて済む生活の素晴らしさに目が眩む。
何よりも、僕がヒーローになることは歓迎なんてされていない。
魔法とスキルが使えるようになっても僕は無個性のままなのだから。
今回の件みたいに、そこにはいらぬ騒ぎがついてまわるだろう。
それはちょっとうんざりだ。
おじさんならどうするんだろう、今あの人はどう暮らしているんだろう。
ヒーローに成りたかった。
けど打算無く、何も考えず、とりあえずで人助けするおじさんを見てしまった。
何の為にが存在しない、思いつきのような善意の振るい手を。
おじさんを思い出すとヒーローになるべきかわからなくなる。
目標を見失いどうしたらいいのか分からない。
誰か僕に道を示してくれ。
「探したよ緑谷少年」
この声は。
「私が君に会いに来た!!」
オールマイト。
僕の憧れた平和の象徴。
「言いたいことはいくらでもある、君に提案したいこともある。けど最初にコレを言いたい、あの日君に伝えようとした言葉を」
結局あの日僕は問題を起こしただけなのに。
「君はヒーローになれる」
異世界で力を得る前の無力で無個性だったのに。
「これはあの日君に言えなかった言葉だ。
だが今は、私が間に合わなかっただろう命を救った君にはこの言葉を贈りたい」
それでもこの人は。
「君はもうヒーローだ」
僕にそう言ってくれたんだ。