とある聖槍の人理保存 作:ネシエル
立花響は全身を焼き尽くすような痛みに呻いた。
存在そのものが崩れ去るかのような感覚に、
彼女は歯を食いしばりながら必死に立ち続けていた。
目の前に広がるのは、
絶対的な否定を体現する空間――ネガメシア。
その概念結界は人外の存在を拒絶し、
人間以外のあらゆるものを消滅させる力を持つ。
「痛い……!」
響は膝をつき、ガングニールを握る手に力を込める。
身体は英霊とのハイブリッドとなっているが、
それでも人間としての部分が確かに存在していた。
ネガスキルの人外を否定する力は、
殺傷の基準を「体」「心」「思想」など、
人間本来の人間性からどれだけ逸脱しているかで定める。
たとえ肉体が人の形を成していなくとも、
その心が人間の尊厳を宿していれば、
即座に排除されることはない。
立花響の身体は確かに
人ならざる存在との融合により変質していた。
しかし、その思想も、
心も、揺るぎない人間性を保っていた。
もし彼女が悪意に染まり、清き心から遠ざかっていたならば、
ネガメシアの結界に足を踏み入れた瞬間、
存在そのものが無に帰していただろう。
その「人としての心」が彼女を完全な消滅から
守っている唯一の盾だった。
ロンゴミニアドが冷ややかに響を見下ろす。
「無駄だ。その身が何で構成されていようと、
私には傷一つつけることはできない。」
だが、響は諦めなかった。
苦痛に耐えながらも、彼女はガングニールを操作し、
大神進言――オーディンの槍として知られる
その力を最大限に引き出した。
自動戦闘を可能とする神造兵器が、
意志を持ったかのようにロンゴミニアドに向かって疾走する。
「はあああああああ!」
響の叫びと共に、
ガングニールは光の軌跡を描きながらロンゴミニアドに突き刺さった。
だが――。
「ふん。」
ロンゴミニアドは冷笑を浮かべながら槍を手で払い、
粉砕する。
神の槍が砕け散り、響の心までもが打ち砕かれたかに見えた。
しかし、砕けた肉体は幻影だった。
花となり、儚く散る。
「幻影か。」
ロンゴミニアドは眉をひそめた刹那、
白き竜は息を吸い込んだ。
そして――星の息吹と呼ばれる高圧の風が天地を繋ぐように解き放たれ、
都市を更地に変える破壊の激流が響を襲った。
「気づかれた……!」
響は胸を押さえながら後退し、
未来の元へと向かった。
「本当に響なの? これは夢じゃないよね?」
未来は不安げに問いかける。
響は小さく微笑みながら首を振った。
「ごめん、未来。
でも、今はそんなことを言っている場合じゃない。」
未来を抱きかかえ、空へ飛ぶ
そのとき、響はフォウの言葉を思い出しながら進む
『いいかい、立花響。
今の君たちではロンゴミニアドに勝つことは不可能だ。
仮に僕が獣へと変身したとしても、
ネガメシアの影響範囲に変わりはない。
彼女が僕の存在を知りながら、
何の対策もしなかったことが何よりの証拠さ。
人間――特に清き人間しか存続を許さない彼女の能力は、
僕にとって最悪の相性なんだ。』
フォウは小さく息を吐き、響の瞳をまっすぐに見つめる。
『え? じゃあ、どうすればいいのかって?
そんなの決まってるさ――逃げる。それだけだ。時を待つんだ、立花響。』
その言葉に、響は強く頷いた。
「信じてるからね、フォウくん。」
▲▲▲
天からは星の息吹が降り注ぎ、地上を覆い尽くす。
都市は完全な更地となり、
生命の気配すら消え去ったかに見えた。
その上空を悠然と飛ぶロンゴミニアドは、
静かに考えを巡らせていた。
『何を企んでいる、
立花響。もはや誰も私を止めることはできない。
このまま槍を一点に集め、塔を形成すれば、完全なる救済が成就する。
神を殺す哲学兵装ですら、私を止めることは不可能だ。』
その思考を遮るように、一発のミサイルが上空の彼女を直撃した。
爆風と轟音が空を切り裂くが、ロンゴミニアドの鱗にはかすり傷一つ残らない。
「ほう……意外な来客だ。」
下を見下ろすと、そこには毅然と立つマリアの姿があった。
「まだ、終わっていないわ、ロンゴミニアド。」
マリアは力強く宣言する。
「一度拾った命を無駄にする気か、マリア?」
ロンゴミニアドは静かに問いかける。
「いいえ、無駄にはしない。貴方を止める。
それが、私たちの願いよ。」
その言葉に応えるように、切歌と調がマリアの隣に立つ。
「その願いは、多くの人を傷つけるデス!」切歌が叫ぶ。
「だから、あなたを止める。」調もまた、冷静に決意を口にした。
ロンゴミニアドは目を細め、彼女たちを見据える。
「くだらん。
痛みがなければ、人は前に進めない。
進化を恐れていては未来には行けない。
耐えた先にこそ、人類は新たな明日を得るのだ。」
▲▲▲
その頃、ロンゴミニアドの意識空間には、
無数の悲鳴が響き渡っていた。
約六十五億四千万もの人々が、
その内部に収納され、物理的に圧縮されているのだ。
「あああああああああああ!」
翼はその地獄のような光景に言葉を失った。
「何で……こんな惨いことを……。」
「まあ、当然の帰結だろうな。」
軽い口調で割り込む声があった。
翼が振り向くと、そこにはローブを着た青年。
花の魔術師、マーリンが微笑んで立っていた。
「いくらフロンティアを取り込んだとはいえ、
収納できる能力には限りがある。
だから、物理的に圧縮して容量を収めたんだろう。
とはいえこの悲鳴ももう直ぐなくなる――
あと少しで
人格が崩壊するかもしれないからね。」
「あなたは……!」翼は驚きに目を見開く。
「失礼、僕の名前は花の魔術師マーリン。
気軽に“マーリンお兄さん”と呼んでも構わないよ。」
マーリンは肩をすくめながら、しかしその瞳には真剣な光を宿していた。
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