校舎棟の前でクラスの確認をした新入生が少しづつ減っていくなか、一人の生徒だけ、その場を動かずに、じっと自分の名前を見つめている少女がいた。
そして、胸の前で手を組み、
「お父さん、私の選択、間違ってないよね。私も誰かを守りたいの。お父さんのように」
そう、ちいさく呟いて目を閉じ、昨夜の母との会話を思い出していた。
「奏(かなで)。あなた、制服着てみたの。」
母は仕事から帰るなり、玄関で靴を脱ぎながら、その少女の名前を呼んだ。
居間から顔だけ出して、母を見ながら、
「おかえりなさい。うん、着たよ。大丈夫だったよ。」
「お母さん、明日も朝早くから仕事なのよ、あなたの制服姿みれないから、今から着た姿見せてくれない?。」
奏は少しだけ嫌そうな口調で、
「えっ?今から?もう夜だし・・・。」
「どうせ、あなたのことだから、健司や沙耶、それにお父さんにもみせてないでしょ。」
奏の弟の健司は、小学四年生。妹の沙耶は小学二年生。
弟、妹も一緒に居間にいたのだが、母親の言葉に強く興味を示したのは、妹の沙耶。
「あっ、私もお姉ちゃんの制服姿、見てみたい。」
目を輝かせながら訴える沙耶。弟のほうは、別にどっちでもいいかという感じでテレビをみているが、ちらっ、ちらっ、と姉に視線を向ける辺りは、どうやら気になってはいるらしい。
肩にかかるか、かからない程度の長さの髪を触りながら、
「わかったわよ。着替えてくるから、ちょっと待ってて。」
奏は居間を出ると、自分の部屋に向かいながら、顔だけを後ろの玄関に向けて、
「お母さん、ご飯出来てるからね。」
そう言うと、自分の部屋へ戻っていった。
母親は居間に入ると、仏壇に手を合わした。
仏壇には、父親の写真が飾られていた。もともと、奏たち家族は、静岡の浜松に住んでいたのだが、ヒュージに襲われ、避難の途中、奏たち家族を守るために、父は犠牲となった。
母は、仏壇の下にある引き出しから、何かを取り出し、さらには、押し入れも開けながら、少し大きめな声で、
「あ、かなでぇ、今日のご飯は何?」
「ん? 唐揚げ。」
「ありがとね。いつも。」
そう言いながら、取り出したものは、居間のテーブルの上に置き、奏の部屋へと向かった。
「奏、入っても大丈夫?」
母の声が聞こえた時に丁度着替え終わっていた奏は、
「あ、うん。大丈夫。」
奏の声を確認してから、扉を開けた。
奏の姿を見るなり、満面の笑みで、
「うん、そのセーラ服、良く似合ってる。」
奏の前に立つと、少しだけ視線を上に向けないと目が合わないことに気付いた母は、
「あれ?奏、いつの間にか、私より背が高くなったのね。」
そう言いながら、奏の肩に手を置いて、
「もう少し大きめの制服でもよかったんじゃないかしらね。嫌よ、来年着れなくなったって言うのは。」
「いや、それはないと思うよ。」
苦笑いしながら、返す奏に、母は、視線を下に下ろし、セーラーのスカーフを触りながら、
「私は、母親としては、失格よね。」
「えっ?!」
なぜ、突然そんなことを母が言ったのか奏には理解することはすぐには出来なかったが、
母のすすり泣く声で気が付いた。自分はリリィとして、ヒュージと戦う道を選んだんだと。
「どこの・・・世界に、死ぬかも・・・しれない・・所に大切な娘を行かせる母親がいるのよ。・・・そんなのを、母親って・・・呼べるの?」
涙声の母の声に言葉を失ってしまう奏。
「・・・・・」
「そうでしょ。・・・だから、私は・・・・母親失格なの。」
奏と視線を合わせようとせず、涙混じりの声で、下を向いたまま話す母に、
「お母さん。」
その一言だけを出すのが精一杯の奏だった。
その時、母が奏の体を強く、強く抱きしめた。そして、
「奏。あなたは言った。・・・・・進路を決めた時に、私に言った言葉覚えてる?」
「う、うん。」
「あなたは、・・・・言ったよね。守るために月華に行く。」
「うん。」
「私たちと・・・同じような・・・家族を作りたくないって・・・・・。」
「はい。」
「それ・・・聞いて・・・。お母さん、反対できなかった・・・。ううん。違う。反対できるわけないじゃない。」
「もしかしたら、私、卑怯だった?。あんな言い方して?」
母は、無言のまま、首を横に振っていた。そして数秒の沈黙の後、
「お父さんだったら、きっと、よく言ったって、褒めてくれてたわよ。」
母は、ゆっくりと奏から離れて、涙を両手で拭いながら、笑顔で、奏に顔を向けて、
「奏、武運長久を祈ってるわよ。」
「武運長久?」
疑問形で返す奏に対して、母は、自分の腕を組みながら、
「あら。知らないの?。じゃ、お母さんからの宿題ね。その言葉の意味、調べておいてね。」
奏と母。お互いを見つめあってから、
「さ、記念写真とりましょ。って、わたし、ひどい顔になってるわよね。」
母は、そう言いながら、部屋から出ていくと、弟と妹に
「あなたたち、お姉ちゃんと一緒に写真とるから、玄関に行っててね。」
奏、健司、沙耶の三人が暫く玄関で待っていると、化粧を直した母が、
「ごめんね。待たせちゃって。さ、まずは、お姉ちゃんと健司、沙耶の三人から撮りましょうね。」
普段と変わらない母に戻っていた。
そのあとは、健司と奏。沙耶と奏。健司に頼んで、母と奏で写真を撮った。
小型のカメラ付きの携帯端末では、家族全員では写真が撮れなかったが、母は、
「あと、もう一枚、全員でね。ちょっと待っててよ。準備するから。」
と言い、一旦、家の中に戻り、すぐに何かを持って出てきた。
母が持って来たものに、奏には見覚えがあった。
「お母さん、それ、お父さんのカメラ?」
三脚にカメラをセットしながら、
「そうよ、よく覚えてたわね。奏。」
「でも、それ、壊れてるんじゃなかったっけ?」
セッティングしながら、母は、
「壊れててもいいの、これで撮ったら、天国のお父さんにもみてもらえるじゃないの。」
母の言葉に納得した奏は、
「そうだね。うん。撮ろう。」
その後、セルフタイマーのセット方法がわからず、時間はかかったが、家族全員がカメラに向かって笑顔を向けた。天国に父に届くように。
そんな昨夜のこと思い出し、少しだけ気持ちが楽になったようで、表情が少し柔らかくなった奏だった。
もしかしたら、入学式で、思っていた以上に緊張していたのかもしれない。
一つだけ、軽く息を吐き、空を見上げた。青空だが、所々に白い雲が点々とある。そんな青空に向かって、
「お父さんに写真届いたかな。」
と、小さく呟いた。そして、視線をもとの掲示板に戻し、
「そう言えば、昨日も今日も、同じこと言われてるな・・・。言葉の意味を調べろって・・・。」
そんなことを考えながら、周りを見ると、誰もいないことに気が付き、慌てて、学院の配置図をみながら、職員棟へ向かった。