前世師匠の押しかけ魔女様は“こい”が知りたい。   作:流星の民

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幕間II 『縁遠く、目を逸らし』

『これ——すっごいロマンチックじゃない?』

『ほんとほんと。あたし、こういうの大好きなんだよね』

 

机に行く間すら惜しみ、本棚に立てかけながら読んでいた本をわざとらしく閉じて。

少女は、すぐ後ろで盛り上がってきた会話を避けるように、別の本棚へと移ることにした。

 

知を得るという、人としては根源的な欲求。

専攻している魔法から、本当に些細な生活の豆知識まで——本当にどんなものでもいい。少女は、そういった欲求が人一倍強かった。

先ほど読んでいたのだって、魔法とは全くもって関係ない植物についてのもの。今、それを手放したとしても、次に読みたいものなんて、いくらでもあった。階を変えても、どれだけ分類が違う棚へ行ったとしても、そこに待っているのは彼女にとっての興味の対象だ。

 

一冊読めば、未知は小さな既知へと変わる。

そんな小さな既知を、二冊、三冊と積むことで膨らませていく。そんな作業に明け暮れていた少女にとって、図書館は正に楽園と言っても差し支えのない場所だったことには違いない。ただ一点を除いて、ではあったけれど。

 

『——今日の授業、難しくなかった?』

『ねー、古式錬金術なんて、絶対役に立たないのに』

 

学校の図書館というものは、ある程度、集会場に近い扱いを受けている。それに、丁度新入生が入ってきたばかりだった時期なのも災いした。

どれだけ棚を巡っても、どれだけ別の階に移ったとしても、そこら中に生徒がいた。

そして、揃いも揃って、皆が談笑をしていて。

 

喧騒は、少女が特に嫌っていたものだった。

けれど、どこもかしこもそんな状態である以上は結局避けようがない。

 

——仕方が、ありません。

 

結局、少女は適当な場所で妥協することにした。

棚から、なるべく分厚いものを引っ張り出してきて、いつもの如く立てかけるようにして読み進めていく。

手にしたものは、町の歩き方——なんて、比較的興味のないものに分類される本ではあったけれど、取ってしまったものは仕方がない。

半ば、そう割り切りつつも文字列に視線を走らせていた時だった。

 

『だから、その女のことがどうしても許せなくって!』

『……あんた、随分と嫉妬深いわね』

 

僅かに集中力が途切れた一瞬、たまたま、少女は近くの会話を拾ってしまった。

 

——色恋沙汰。

 

それは、こと読む本のジャンルには拘らない彼女でも、片手の指で数えられるほどしか手をつけたことのないもので、かつ、最も嫌う話題だった。

 

有り体に言ってしまえば、時間の無駄。

いくら文字を追ったところで、欠片も中身の入ってこないものを読む意味なんてなかったから。

 

町の歩き方、食べちゃいけないキノコ、冒険活劇。どれを読んだって、知を得た感触があったはずなのに。

ふと、そんなことが思い返されたせいか、少女は顔を顰める。

 

自分と同い年な等身大の主人公たちの瑞々しい恋愛、上流階級同士の気品がある恋愛——いくら回想したところで、蘇ってくるのはあらすじだけ。それ以上は、何もなかった。

 

きっと、さしたる興味すらもなかったのだろう。

 

喧騒に混ざったことがないのと同じだ。人と話すことにすら興味がない少女に、()()——なんて。存在として程遠すぎる。

 

定義は理解していても、生じる感情なんか何も知らない。

恋に恋したことですら、一度もなかったのだから。

 

 

——縁のない()()について考えていても、仕方がありません。

 

 

間違いなく、こうして思索を巡らせているだけ時間の無駄だ。

周囲の会話なんて必要ない。ただ、読書をするために自分はここにいる。

本の内容にのみ集中して、周囲の会話を思考から排除する。

 

脳を満たしていいのは、今、目の前にある文字列だけ。

 

自分一人がそこにいて、本さえあれば、未知を既知に変える作業なんて、少女にとっては十分なものだった。


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