前世師匠の押しかけ魔女様は“こい”が知りたい。 作:流星の民(恒南茜)
「もう一口、ですっ。カエデ。もう一口、くださいっ!」
「……わかったから、そう焦るな。また頭、キーンってなるぞ?」
そんな注意も虚しく、俺がスプーンでアイスを掬えば、ソフィーはすぐにぱくつく。
高級アイスの魔力、恐るべし──なんて。
「──んぅっ!」
「……先に注意しただろ。痛くなるって」
予想通りというべきか、ソフィーは頭を抱えてひとしきり悶えた。
というか、まあ。
一番悶えたいのは俺自身、だったが。
「……結構、距離感近いのな。お前ら」
「……親戚、なんだよね?」
梨久と三浦の視線が痛い。
先程、魔法を使って疲れ果てて寝てしまったソフィーを横たわらせる場所はこの狭い部室にはなく、中々起きる様子もなかったので、仕方なく膝枕をしていたのだけれど、起きてからもソフィーは全くこの体制を変えようとしない。
それどころか、そのままアイスまで食べ始める始末である。
「……なあ、ソフィー。そろそろ自分で座ってくれないか?」
「そうしたいのは山々ですけど……私、疲れてしまって……。起き上がるのは難しいですね」
恐ろしくなるぐらいの棒読みだった。
確かにパートナーになるとは言った。彼女の
実際、ついさっき頑張ってくれたのもわかる。
だが、目の前にはソフィーの顔。膝を介したボディータッチ。それも衆目にさらされる場所で、だ。
これは流石に距離が近すぎやしないか……?
アイスの容器はあっという間に空っぽに。それでも、彼女は離れる素振りを見せない。
使い終わったスプーンでソフィーの頬をつついてみる。
「んぅ──っ!」
威嚇するように睨み返された。それでも膝は確保したまま、意地でも動かない気らしい。
「それじゃあ、茶番はさておき。そろそろ本題に移っていきたいんだが──」
ホワイトボード前に移動した梨久が声を張り上げる。
さておかれた。三浦も既に視線を梨久の方に移し、頷いている。
自然に流された以上、これはもうどうしようもないやつだ。諦めて座り直す。
「どうですか? カエデ」
ソフィーも身を起こして──かと言って、離れることはなく。
そのままちょこんと膝の上に座ってしまう。
「
何なら、目を輝かせ勝ち誇ったような表情を浮かべている。
「……近すぎると逆効果なんだぞ」
途端、彼女の笑顔が凍った。
そそくさと膝から降りると、部屋の隅から椅子を持ってきて座ってしまう。
いい意味でも、悪い意味でも──
◇ ◇ ◇
◇ ◇
◇
「──まずは、企画概要からだ。テーマは──」
バン、と。
勢いよく梨久がホワイトボードを叩く。
──『ひと夏の恋』
「
甲高く、興奮した面持ちで。
叫ぶソフィー。第二波が来ても耐えられるようにキンキンする耳を塞ぎつつ。
それでも、完全にシャットアウトするに至らなかった。
「お、おう……どうした、親戚ちゃん。そんなに珍しかったか……?」
「私が最も求めているものですっ! ですよね、カエデっ!」
目配せされ、仕方なく頷く。
テーマが恋だったのが運の尽きだ。
「だったら……出てみるか?」
「出たら──演じたら、
「……もしかしたら、な」
「なら、出ますっ!」
トントン拍子に話が進んでいくことに恐怖を覚えつつ。
それでも、ソフィーがこちらの世界の常識とズレている部分が多いのは確かだ。
もしかしたら、何か弊害はあるかもしれない。
「な、なあ。ソフィーは初心者だぞ……? 出しちゃって、大丈夫なのか……?」
「そんなこと言ったら、ここにいる人間は大体そうだ。それに、メンバーは増えるに越したことはない。何せ、映画同好会は少数精鋭だからな」
俺を含めてこの場にいるのは四人。
これでもなお、映画を撮るには足りないだろう。
だからこそ、一人補いたい──正論だった。
「……わかったよ。頑張ろうな、ソフィー」
「カエデがわかってくれるなら結構ですっ!」
ソフィーは息巻いている。これは徹底的にやるタイプのやつだ。
ため息を一つ、そののちに吸った空気はホコリ臭い。
仕方あるまい。ソフィーを満足させるためだ。
「……ところで、テーマ以外にストーリーは決まってるのか……?」
「大枠は決まってる。それでも、俺は脚本を書けない。だから、餅は餅屋だ」
梨久が書かないとなれば、あと一人。
自然と視線が集まっていく。
「──あたし!?」
三浦だった。
「文芸部員なんだろ? それに、三浦さんが文化祭に寄稿する予定の小説、読ませてもらった。……感動したよ。だからさ、嬉しかったんだ。プレイヤーを使わせる代わりに手伝ってくれるって申し出てくれた時。頼む、脚本を書くの、手伝って欲しい」
深々と頭を下げる梨久。珍しい、真摯な態度だ。
「脚本……書きたい。書けるなら、書きたい、けど……」
躊躇いがちに、震える声音。
指先が幾度か膝の上で跳ね、頷くとも、首をふるとも、曖昧に頭を揺らし。
けれど、最後に彼女は首を振った。
「……ごめんなさい。他に手伝えることならやるけど。あたし、脚本は書かない」
「……そう、か」
心底残念そうに、梨久が声を漏らす。
静まり返った部屋で、ただ、扇風機の駆動音だけが響いていた。
◇ ◇ ◇
◇ ◇
◇
「……カエデ、結局
「保留だ。他に脚本書ける人がいるならそっちになるだろうし、無理なら梨久が書く。最悪、頓挫じゃないか」
もう八月が近いからか、夕方になっても日は高かった。
まだ、明るい帰り道。
ぽつりと、ソフィーは溢した。
「それでは……
「……かも、な」
一応、今日決まったことを説明しつつ、それでも疑問は残った。
断るなら、もっとはっきりと断れば良い。
それでも、三浦の態度は曖昧で。
最初に彼女は”書きたい”と口にした。何なら、最後には”書けない”じゃなくて、”書かない”から、と。
それに、図書館で彼女が落とした大量の戯曲。
もしかしたら、書きたくて。それでも書けない理由がある──彼女はぼかしていたけれど、忙しい、とかではなく。
都合が良い考えかもしれないが、そんな気がしてくる。
とはいえ、詮索するのは良くない。中止かどうかは流れに身を任せるしかないだろう。
半ば、肩の力を抜きかけた時。
「──そんなの、待っていられないのですっ!」
ソフィーが、叫んだ。
諦めたくないと言わんばかりに、首を振った。
「彼女──スミレは
「別に、そうとは……」
「そうとは限らなくても、可能性があるのなら私はそれに縋りたいのです。それに──」
いつの間にやら握り締められていた一本の杖。
彼女が言わんとしていることがわかってしまった。
「わたしには、
梨久の時、ソフィーは記憶をいじった。
それでも、今回はちょっとだけ都合を良くする、とか。絶対そういう使い道じゃない。
「──やめろ。力づくで考えを変えるのは間違ってるっ!」
「それは
次第に声が荒くなっていく。
焦燥感に塗れたように捲し立て、息切れしながらもソフィーは叫ぶ。
弟子、と。
何故かはわからない。
だけれど、チクリと胸に痛みが走る。
叫んでて、彼女の言うことを否定して。
息が、上がる。
歪められた表情が、視界に映る。
辛い、嫌だ。
とにかく、揉めたくなかった。
「……わかったよ」
「わかっ、た……?」
「……三浦に脚本を書くよう、説得してみる。だから、
ふっと杖が消える。
指先が、所在なさげに震えて。
けれど、次にはソフィーの手は俺の頬に触れていた。
「……カエデ」
握り締めていたからか、先程まで感情が昂ぶっていたからか、熱い。
はっきりと彼女の温度が伝わる。
僅かな間だった。すぐに、離れていく。
ほんのりとした熱は夏の暑さに溶け込んで、すぐに消えてしまった。
「……ごめん、なさい。感情的になりすぎてしまいました。ワガママ、ですよね……?」
「別にワガママでもいい。ただ、俺は手段のためなら何をしてもいいとは思わないし、
「……っ、……はい」
振り絞るようにして返事だけを口にして。
こくり、とソフィーは頷く。
家路を辿る中で、不意に彼女が強く俺の手を掴んだ。
手を繋ぐだけというには、あまりにも強すぎて。けれど、時折震えては、力が弱まる。
昔、よく繋いでた大きさの手だ。
その真意すらよくわからないまま、とにかく俺は覚えている力加減で握り返す。
互いに言葉すら交わさないまま、歩き続けた。
速まったソフィーの歩調に合わせるため、少し、焦り気味に。
影二つ、乾いたアスファルトに差し込む。
長い長い夕暮れの中、騒がしいセミの鳴き声とともに、八月が始まろうとしていた。