前世師匠の押しかけ魔女様は“こい”が知りたい。   作:流星の民

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幕間Ⅲ 『せめて、触れたいのなら』

──授業の後、屋上庭園に来てくれる?

 

豆粒ほどの小さな文字によって構成されたメッセージ。

それが、授業中に頬杖をついていた私の前に現れたものでした。

これが俗に言う”呼び出し”というものでしょうか──なんて。

 

「諸君らも知っている通り、魔法は魔力を持たざる対象にのみしか通用せず……」

 

相変わらず眠気の滲む瞼を擦り擦り、そうやってとりとめもないことを考えていた時、教授の鋭い眼光がこちらを捉えました。

 

「……それはなぜか。そこの魔女、答えてみよ」

 

教授の持つ杖が指したのは概ね教室の左側、最上段の列──はっきりと目が合います。

間違いなく、わたしでした。

 

「……そ、そもそも魔法は体内にある魔力を変換したもの……根本的な耐性の有無、ですっ」

 

不意打ちで指されたがゆえにしどろもどろながら何とか答えます。

自身に集まっていた視線から逃れるように、慌てて腰を下ろしながらも、頭の中では恥ずかしさが六割、メッセージの送り主に対する恨みが四割を占めていました。

 

 

◇ ◇ ◇

 

◇ ◇

 

 

 

「ありがとね、ソフィーさん。来てくれて」

 

緑のアーチが生い茂っている空中庭園。

木漏れ日に目を細めながらも、私が来たことに気がつくと彼女は振り向きました。

 

「授業が終わったらすぐに出ていっちゃうから捕まえるのが大変で……授業中、迷惑だったでしょ? ……ごめん」

「……いえ。手短に用事をお願いします」

 

茶色のお下げにそばかす。純朴そうな顔に薄い微笑みを湛えると、私を呼び出した女子生徒──ミラは頷きます。

二言三言、文句を言うつもりでここには来たつもりだったのですが、その表情を前に思わず毒気が抜かれてしまいます。気づけば、溜め込んでいた文句はどこへやら、なぜ呼んだのか、と。質問を口にしてしまいました。

 

「この子を、生き返らせてほしいのっ!」

 

彼女が私の目の前に突き出してきたのは一匹のネズミでした。

そこら辺にいそうな見た目をしていながらも、灰色の毛並みは整えられていて身ぎれいな印象を受けます。きっと、大事に世話をされてきたのでしょう。

ただ、一点。それはピクリとも動きませんでした。

 

「……あなたの使い魔、ですか」

「そう。チャーリーって子なんだけど、昨日、死んじゃって……でも、大事な子で、だから……」

 

次第に言葉は支離滅裂に。ミラの瞳には大粒の涙が溜まっていきます。

私自身は使い魔には手を出さない身ですが、その悲しみは見て取れました。

 

「……なぜ、私に……?」

「ソフィーさんが、時間逆行魔法を成功させたって噂──聞いたからっ」

 

それを聞いて、思わず私は頭を抱えそうになってしまいました。

 

──時間逆行魔法。

 

文字通り、対象の時間を巻き戻す魔法です。

そして、それは生き物を相手にしても然り、対象物がそこまで大きなものでなければ生き返らせることだって不可能ではありません。そして、確かに私はそれを使えます。

 

ただ、使える魔法使いはさほど多くありません。私のものだって、苦心した上に長い年月をかけてようやく習得したものです。

それがバレたらどうなるか──少なくとも彼女のように頼み事をしてくる生徒はいるでしょうし、それがきっかけで面倒事に巻き込まれる可能性もあります。

 

「……私が使えるという証左は……?」

「研究室の前、通りかかった時にちょっと見えちゃって……ドア、しっかり閉めた方が良いよ」

 

だから、伏せておきたかったのですが。

彼女には現場を目撃されてしまっていたようでした。

それでもまだ、頑張れば誤魔化せる──そんな気はします。最悪、逃げ出すことだってできますし。

 

「……使えます、けど」

 

それでも、使える、と。

口をついて出たのは本当のこと、でした。

 

「ほんと……っ!? じゃあ……」

「……それでも、この魔法は消耗が激しいのです」

 

渋ってしまった理由がもう一つ。あまりにも消耗が大きいゆえ、でした。

前回も実験の直後に気絶してしまったこと、良く覚えています。

使いたくないのは確か、です。

 

けれど、目の前で微笑んだり、瞳を伏せたり──コロコロと表情を変える姿を見ていて──何だか気の毒に思えてきました。

 

「……ですから、使用後、私を受け止めてください。体、地面に打ち付けたくないので」

「……えっと……」

「……時間逆行魔法を、使うということです」

 

一瞬、驚いたようにぱちくりとミラの瞳が瞬いて。

次の瞬間、彼女は私に抱きついてきました。

 

「っ、あの、何を……」

「ありがとうってジェスチャー、あと……ソフィーさんが倒れないようにするため……っ!」

 

あまりの距離の近さに思わず面食らってしまいます。

 

「……ち、近すぎますっ。その状態じゃ魔法が使えませんっ」

「ご、ごめんっ! あと、お礼、何でもするからっ!」

 

熱くなった頬を抑えながら、指示通り、彼女にネズミを置いてもらいます。

気持ちよさそうな芝生の中、頭をもたげて目を細めている姿は寝ているようにも見えて──あまり死んでいるようには見えません。

でも、だからこそ、受け止めきれないのでしょう。

 

「──それでは、始めます」

「う、うんっ! お願いっ!」

 

杖を構え、口先で長ったらしい呪文を唱えます。

瞬間、眩い光がネズミを包み、宙へと浮かせます。

 

……それにしても、ミラは少し緊張しすぎです。

私の一挙一投手、ネズミの様子一つ一つで声を出されると集中できません。

それほどまでに、必死なのでしょう。

 

「──”還れ”」

 

最後は死ぬとわかっているのなら使い魔なんて、飼うものじゃ──。

 

プツリ、と。

呪文を唱えきった瞬間、そんなとりとめもない思考もろとも、眩い光の中で意識が途切れました。

 

 

◇ ◇ ◇

 

◇ ◇

 

 

 

ペチペチと、私の頬を叩く小さな手。

薄く目を開くと、そこには先程のネズミがいました。

体も痛みません。その辺りはしっかりとミラが受け止めてくれたのでしょう。

 

「……上手く、行ったみたいですね?」

「うん……うんっ! ありがと、ソフィーさんっ!」

 

喜色いっぱい、興奮したような面持ちでミラは何度も頷きます。

先程まであそこまで狼狽していたのです。それが一転したのですから、よっぽど嬉しいのでしょう。

 

「……一応、今日のことは秘密にしておいてください」

「もちろん。ソフィーちゃんとあたしの間だけ、だよね」

 

恐らく、彼女ならその点は心配いらないでしょう。

使い魔にあそこまで優しいのですから。

 

「……あ、それとね。お礼、どうしようかなって……」

 

不意に、ミラは困ったように首をかしげました。

お礼に何でもする、そういえば先程そう言っていたような気がします。

 

「……別に、必要ありません。特にお願いしたいこととか、ありませんし……」

「ううんっ、あたしの気が晴れないから……そうだ! 今度、あたしお気に入りのスイーツ、一緒に食べに行かない? もちろん、奢るし」

 

指先でネズミとじゃれ合いながら、彼女はそんなことを提案してきました。

奢ってくれるというのならやぶさかではありませんが、それでも──と。

 

「それじゃあ、ソフィー()()()。今度のお休みに時計塔前ね!」

 

私が逡巡している間にも彼女はささっと計画を立ててしまいました。

さして急ぎの用事もありません。予定は空いています。

 

ただ、一つ問題があるとすれば──。

 

 

◇ ◇ ◇

 

◇ ◇

 

 

 

「……えーっと」

 

──誰かと出かけるのはこれが初めてでした。

 

続かぬ会話に息を吐き、ミラおすすめだというケーキをつつきます。

店内には見知った顔もいくつかあります。それほどまでに人気があるのでしょう。

多分、味も良かったのだと思います。緊張のあまり渇きっぱなしな口は感覚を失っていましたが。

 

「そういえば、ソフィーちゃんは好きな動物とかいるの?」

「……いえ、特には。素材として使うことしかありませんし」

 

だから、早く食べて帰ってしまおう。

そんな私の魂胆は、脆く崩れ去ってしまいました。

 

「じゃあ、この後お店見に行こうよっ!」

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

キーキーだのカーカーだの。

ミラに連れられて訪れたお店には、狭い店内のこれまた狭い籠の中で大量の動物が鳴いていました。

そこに混ざる人々の話し声……慣れない身には堪えます。

 

「ねー、この子可愛くない!?」

「可愛い……でしょうか」

 

ミラの言葉すら曖昧にしか聞き取れず、オウム返し。

人混みに揉まれ、揉まれ──店内をふらついている間に、私が辿り着いたのは一つの鳥かごの前でした。

狭い店内で、大きい鳥かごでした。

私の体半分ほどの大きさで──それだけの待遇を受けているだけに、ふてぶてしい表情を作ってそれは止まり木に鎮座していました。

 

「ホー?」

 

真っ白い羽毛にクリクリとした目。

私の視線に対して我関せずと言うように自身の毛に嘴を埋めて、その白フクロウは毛繕いをしていました。

 

「どんな……」

「ホー」

「どんな……感触ですか……?」

「ホー」

 

恐ろしいほどの()()が、そこにはありました。

その羽毛は、一体どれほどまでに深いのでしょうか。

触ったらふわふわしているのでしょうか。それとも、案外ゴワゴワだったり……?

 

「ホー」

 

私の質問を無視して、フクロウはずっと同じトーンで鳴きます。

使い魔の中には魔法を介して意思疎通を図れるものもいるとは聞いていますが、多分この子は例外なのでしょう。

だとすれば、自分で確かめるしか──。

 

反射的に値札に目が行きます。

ただ、そこにあった数字は今月分の貯金を切り詰めてもなお、ギリギリ届かない額でした。

 

「ソフィーちゃん、その子がお気に入り?」

 

不意にかけられた声に、肩が跳ねます。

そこには先程まではぐれてしまっていたミラがいました。

 

「……お気に入りというわけでは……」

「でも視線、凄くご執心だよ? もしかして、お金足りないの?」

 

図星です。

不服ながらも頷きます。

 

「そっか。じゃあ、あたしが少し出してあげてもいいよ?」

「……そこまでしていただく必要は……」

「でも、この子がお気に入りなんでしょ? 次に来た時は売れちゃってるかもよ?」

 

恐ろしい論法です。

今だけだ、と。そう思うと思わず鳥かごに手が伸びて行ってしまいます。

 

「……少しだけ、貸してください」

「うん。ただ、一つだけ条件があるの」

 

いつも通り、純朴そうな笑顔を彼女は浮かべます。

けれど、その裏に含みがあるのは確か──それが何か、と。

 

恐々と、私は問いました。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

「……それで、フクロウくん。どんな名前にするの?」

「……検討中です」

「よろしい。使い魔は大切に扱わなくちゃ」

 

籠の中のフクロウを見つめ返すと、これまた「ホー」と。

相変わらずの仏頂面でただ鳴きます。

 

「それじゃあ、最初の”使い魔集会”は次のお休みの日にしようか」

「場所は?」

「この間の庭園でいいんじゃないかな」

 

──使い魔集会。

 

それを、私とミラで開くこと。

お金を貸してくれる代わりに、彼女が提示した条件でした。

 

「この学校、あんまり使い魔飼ってる子いないから嬉しいんだ。一緒にお話できる子が増えるの」

「そう、ですか……」

 

確かに使い魔を飼っている生徒、というのはあまり見ません。

手間もかかりますし、授業だけでも手一杯です。第一、ミラのことを覚えていたのも珍しく使い魔を連れている生徒だったから、というわけですし。

 

……私も、手を出してしまったわけですが。

 

 

「──だから、あなたは最初の使い魔友達」

「……トモダチ、ですか……?」

 

()()、でした。

 

魔法の研究に明け暮れている中で同士というのは少ないもの。

いたとしても、分野が違います。

それだけに、口にしたことない響き……かなり強い違和感です。

 

「うんっ! ソフィーちゃんは友達っ! それじゃあ、次の授業でね!」

 

最後にそう言い切ると、何か返す間もないままパタパタと忙しなくミラは帰って行ってしまいます。

 

「……友達、なんですって」

「ホー」

「どういうもの、なのでしょう」

「ホー」

 

フクロウに聞いてみても、何か答えが得られるわけもなく。

 

重い鳥かごを抱えながらも、心中消化不良なものがあって。

 

それを引きずるようにして、階段を上がっていくのでした。


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