前世師匠の押しかけ魔女様は“こい”が知りたい。 作:流星の民(恒南茜)
「……三浦、さん……? 近頃、ぱったり来なくなっちゃった、かな」
頬杖をつきながらそう答えると、目の前の女子生徒は再びパソコンに向き合う。
八月が始まって最初の平日。
俺とソフィーは文芸部の活動場所である図書室に来ていた。
三浦をもう一度映画同好会の脚本として勧誘するために。
「……来なくなった……? でも、部誌には作品が載る予定だって聞いたんだけど」
「それ、勧誘号の作品だから……多分、四月には出来上がっていたやつじゃない? 少なくとも、今年度に入ってからは数えられるぐらいしか来てないわね。……聞きたいことは以上?」
「……一応は」
「だったら、早く帰ってくれる? こっちは原稿が忙しいの。もちろん、その子も連れて、ね」
ヘアバンドを手で直し、落ちてきた髪を掻き上げ、彼女は深いクマが刻まれた目を本棚の方へ向けた。
「……あ、ああ。本当に助かったよ、ありがとう」
その虚ろな瞳孔は瞬き一つせず、本を漁っているソフィーを捉えていた。
……完全に危ない人のそれだ。さっさと退散しなければ。
「カエデっ! これ、見てくださいっ! この形状──どこに生息して……」
「……蝶だ、結構いる。それは置いておいて、早いところ帰るぞ」
「ここ──本、多くて……もう少しだけ、
「……残念だけどそいつは無理だ」
「……どうして、ですか?」
実際になぜかわからないというように、ソフィーの目が見開かれる。
口頭で伝えるのも憚られたので、目配せして彼女を名もなき文芸部員の方へ向ける。
それが運の尽きだった。タイミング悪いことにかち合ってしまったのだ。
鬱々とこの世の深淵を煮詰めたような文芸部員の瞳と、ソフィーの視線が。
「──んぅっ!?」
「川柳……短歌……コラム……」
涙目。
悲鳴にも動じず何事かを唱える文芸部員を前に、ソフィーは理由を完璧に理解したようだった。
先程までの騒がしさが嘘だったかのように、静かに本を閉じると彼女は音もなくドアの方へと逃げ出す。
──自分だけ何をっ!
叫びたいのを堪えつつ、俺もソフィーがいる場所までそそくさと移動し、何度も頭を下げながら、ドアを閉めようとした時だった。
ヒュン、と。視界の端を何かが掠めた。
もう何度も経験しているからわかる。ソフィーの魔法だ。
とはいえ、一瞬。直接の変化はわからず、困惑しかけた時だった。
「短編……個人さ……」
突如として呪詛が止まり──パタン、と。
その場で女子生徒が机の上に倒れ込んだ。
「……ソフィー……? 何を……っ!?」
「……眠らせただけです。流石に、その──危ない状態に見えたので……」
確かに、耳を澄ませてみれば寝息が聞こえてくる。
表情も気持ちよさそうだ、ご就寝されたようだった。
その安らかな寝顔を傍目に、起こさないようにそっとドアを閉める。
「……それにしても、三浦は消息不明か……困ったな……」
「スミレがあの場にいれば解決、だったんですけど……」
心底残念そうな表情を浮かべつつも、ソフィーは早足で俺の数歩先を行く。
いつも通りの焦れた歩調……というよりも、若干引き攣った表情を見るに先程の文芸部員が怖いから、とか。そんなところだろう。
「……でも、いたとしたらあの空間にずっといる羽目になったかもしれないぞ?」
怖気が走ったかのように、ピクリと肩を震わせると青ざめた表情を彼女は俺に向ける。
直接目と目を合わせたがゆえの恐怖、だろうか。
「……それでも、スミレを取ります。
ぽつり、と消え入りそうな声を残しつつ。
それでも、ソフィーは
◇ ◇ ◇
◇ ◇
◇
「……進捗、どうだ?」
「……ああ。すごい。すごいぞ、多分」
進んでる、ともヤバそう、とも言わず。
ただ妙なことをブツブツと唱えながら、梨久が向けてきた瞳は、こちらもこちらで濁っていた。
図書室から校舎一つを挟んだ旧校舎の更に奥、映画同好会の部室は図書室の数倍蒸し暑かった。
「……元々、脚本は誰が書くつもりだったんだ?」
「……一応、文芸部と約束してたんだよ。一人、書けそうな部員を貸してくれるって」
恨めしそうに呟きながらも、梨久はキーを叩き続ける。
目に見えてその進みは遅かった。
「……それが幽霊部員だったとはなあ。してやられた」
文芸部側の人員不足か、それとも映画同好会という名前を聞いたこともない団体への悪ふざけ、か。
そもそも、まともに取り合ってくれていたのかすら謎だ。
「何か、手伝えることとかあるか?」
「……だったら、三浦を見つけてくれた方がありがたい。連絡も取れなくてな。仮に脚本ができたとして、このままじゃ人員不足だ」
もう少数精鋭だ、とばかりに強がる余裕すらないようだった。
弱々しく吐き、彼はキーボードの上に倒れ込む。
辛うじて立てられた親指は、任せた、というハンドサインだろうか。
「……カエデ?」
「一応、心当たりがあるんだ。行こう、ソフィー」
言葉を交わさずとも、通じ合える。
それが男同士のコミュニケーションというものなのだ、多分。
出ていく間際、買ってきたスポーツ飲料を机に置いておいて。
俺は部屋を後にした。
◇ ◇ ◇
◇ ◇
◇
「
目を輝かせてすぐさま本に飛びつこうとするソフィーに待ったをかけつつ、俺は棚と棚との間を進んでいた。
市営図書館、以前に三浦と出会った場所だ。そして、目指す場所は一つ──。
「……あった」
──戯曲・シナリオ。
ひしめく本の中。かと言って、待ち人は見つからず。
そのまま待つのも憚られたので、取り敢えずその場にあった本を取る。
「……カエデ。これは……?」
「妖精っていう……こっちだと、架空の生き物だな」
「……妖精、ですか。かなり見た目は異なりますが、そちらにも伝承はあるのですね」
顎に手を当て、何事か考えているかのような仕草を見せつつも、ソフィーはどこか遠い目をしていた。
多分、これ以上は話が噛み合わなくなる。
弟子なら、と。彼女が口にしていた言葉が脳裏をよぎる。
途切れた会話、ページを捲ろうとした時だった。
ちら、と。
見覚えのある亜麻色の髪が、一瞬、視界の端で揺れた。
「──楓、くん……? どう……して?」
案の定、というべきか。
困惑したかのような表情を浮かべた三浦が、そこにいた。