前世師匠の押しかけ魔女様は“こい”が知りたい。 作:流星の民(恒南茜)
「見つけました──
「は……え……あた、し!?」
ひらりと身を翻し、脱兎のごとく駆け出していく──逃げた。
飛びついてこようとしたソフィーに悲鳴を上げて早々、それを躱すと三浦はリノリウムの床を蹴り上げる。
『お静かに』──と、図書館ならば当然守らねばならないルールなんてお構い無しに走る二人を俺も追いかけるしかなかった。
「何っ!? 何でそんなに追ってくるの──!?」
「あなたが脚本を書けば、
「え!? そんなの知らないってばっ! というか、脚本は書かないって言ったじゃんっ!」
突き刺さる視線すら置き去りにして飛び出した図書館。
ジリジリと照りつける日差しが眩しいアスファルト上に舞台を変えてもなお、追いかけっこは続いていく。
一度断られたからといって諦めるものか。
何せ
「それは書いてみなければわからないでしょうっ!? 試してみれば良いではありませんか──!」
「違うの! 試すとか試さないとかそういう問題じゃなくて──うぅ……しつこいよっ!」
ソフィーと三浦──二人の間には、相当な体格差がある。
頭一つ分ほど、ソフィーの方が背丈が低くて。そんな体で躍起になってしまったのか、逃げる三浦を追いかけようと彼女は前傾姿勢になってしまったから。
「──おいっ! ソフィー!」
──それ以上は、危ない!
慣れない体で、転んでしまうこともままある。実際以前に図書館で三浦と会った後にもそんなことがあったから。明らかに危険な体勢のソフィーを止めるために叫ぼうとした──時にはもう遅かった。
「……きゃっ!?」
悲鳴が上がった直後、ソフィーの体は前のめりに──そのまま、彼女は転んでしまう。
とにかく急がねば──と、倒れたソフィーの下へ駆け寄ろうとした時だった。
「ソフィーちゃん!? ちょっと、大丈夫っ!?」
ソフィーの下へ先にたどり着いたのは、振り返った三浦だった。
心配そうに声を上げ、さすさすと背をさすり、慌てたような様子で彼女はソフィーに触れる。
「……捕まえました……よ……」
──と、その瞬間に事は起こった。
息も切れ切れ、涙目になりながら、口元だけは吊り上げて。
駆け寄ってきた三浦の腕をがっちりと、ソフィーは掴んだ。
俺の想像よりも──ずっと。彼女は三浦にご執心なようだった。
◇ ◇ ◇
◇ ◇
◇
「……痛くない? えっと……これで大丈夫……かな……?」
幸いソフィーの怪我はそこまで大きなものじゃなかった。
若干膝を擦りむいたぐらいで済んだものだったから。公園のベンチに座り込み、膝にこてんとソフィーを乗せると、三浦は彼女の膝に慣れた手つきで絆創膏を貼り付けた。
「その……ごめん。ここまで三浦さんにやってもらっちゃって」
「いや、あたしが逃げたからソフィーちゃんが転んじゃったわけだし……あれ? でも、ソフィーちゃんが追いかけてこなかったらそもそも……」
首を傾げつつ、三浦は何か考え事をしているようで、多分その答えはソフィーにとっては都合の悪いものだったのだろうけど、結局彼女はうんうんと頷くだけでそれ以上何も言葉は発さなかった。
そうやって三浦は”大人な対応”をしていたわけだけれど。
「むぅ……もうあまり痛くない……スミレは手当てが上手なのですね……?」
ちゃっかりと手当てをしてもらっているソフィーは、先程までの涙目はどこへやら、さして反省はしていないようだった。
「……まあ、あたしもよく転んでたからね。それでよく手当てしてもらっててさ。上手くなったみたい」
ふわふわした髪の毛、膝に座らせたソフィーを撫ぜながら。
「……お姉ちゃんの、真似っこがさ」
お姉ちゃん、と。
目の前のソフィーとは違う、どこか遠いところ、遠い相手──そんなものを見つめるような目をして三浦は呟く。
「……なるほど。スミレの”お姉ちゃん”は、優秀な方なのですね?」
「うん。それはもう、あたしなんかとは比べ物にならないぐらいに……ね」
「それなら……」
何かを閃いたかのように、ソフィーは続ける。
「スミレの代わりに──”お姉ちゃん”に、脚本を書くことはできませんか?」
そんな提案に、どこか驚いたかのように瞬きを一度。
「あはは……それができれば、すっごく良かったんだけど……ちょっと、無理かも」
眩しすぎる日差しが影を落として。
まつ毛の下、伏せられたその瞳がどんな感情を映していたのか──わからなかった。
「……ねぇ。ソフィーちゃんはさ、どうしてそんなに脚本を書いて欲しいの?」
「
「
不意に投げかけられたそんな問い。それにソフィーは僅かに言い淀む。
答えを出すまで、間が空いた。
「それは──今、知ろうとしているところです。でも……まだ手遅れではなくて。きっと、わかるものだって……そう、カエデが教えてくれました」
ソフィーは焦りだしている。
窘めればその場では落ち着くけれど、それでも、確実に。そうでなければ、ここまで自主制作映画で描かれようとしている『ひと夏の恋』に執着することはないだろう。
それでも、ソフィーはカエデが教えてくれたからと、手遅れではないと、そう言った。
彼女なりに自制心を保って。
何とか焦っているなりに、必死に、
それならば、パートナーとして。せめて、俺ももう少し歩み寄るべきだった。
「……三浦さん。俺からもお願いだ。俺と梨久で精一杯手助けはする。だから、ここはソフィーのためだと思って──どうか、手伝ってくれないか……?」
少なくとも、ソフィーが繰り返し口にする”弟子”ならば、多分そうしていたから。
頭を下げて、そう懇願した。
首筋に当たる日光がじりじりと皮膚を焼いていく。
答えが返ってくるまでの間が恐ろしく長いように思えた。
「……ごめんなさい。ソフィーちゃんの──誰かのため、とか……まだ間に合うから……とか。そういうの、羨ましいや」
ぽつりと、拒絶される。
「許されるのかなって。あたしには、わからないの……」
ふるふると首を横に振って、項垂れたまま、三浦は言葉を継ぐ。
「……あたしの脚本はね──お姉ちゃんのためのもの、だから」
お姉ちゃんのため。だけれど、それすらも羨ましい。
まだ間に合うと、そう口にする他者が。
どこか普通じゃない。
恐る恐る、ソフィーが問う。
「……なら、その、”お姉ちゃん”は……?」
急に吹き付けた風が、木々の間を掠めていく。
葉を散らし、夏にしては冷めきっていて。木陰の中、身が凍えそうだった。
そして、そんな冷風に押し流されたかのように──三浦は口にした。
ぽつんと、一人淋しく。
「……もう、いなくなっちゃったんだ」