前世師匠の押しかけ魔女様は“こい”が知りたい。 作:流星の民(恒南茜)
「──私のために、菫は書くんだ」
スポットライトほど眩しかった陽光。
それならば、ひっきりなしに鼓膜を揺する蝉の音はカーテンコールの代わりだ。
華やかな舞台とは程遠い──切り株の上。
観客はあたしだけ、そんな舞台を披露して見せて、それからすぐに彼女は私に向かって手を伸ばしてみせる。
「これは──私たち姉妹の約束だったよね? はい、指切りげんまん」
「うんっ! 指切り、げんまんっ……!」
誰にも見せるともない舞台の上で大きく手を広げ、朗々と歌を口ずさみ。
そうして、最後にはいつもあたしを必要としてくれていた。
たった二人きりで──あたしの姉は。
◇ ◇ ◇
◇ ◇
◇
「聞いて、菫! 私主役になったの! ガラスの靴にぴったりなお姫様!」
「おめでとう。お姉ちゃんのクラスは劇やるんだっけ?」
「そう! しかも体育館の大舞台でね。ほんと、たまんないよねっ!」
あたしの姉──"
何もあたしたちの家庭に原因があったというわけでもなく、幼い頃にテレビを観ている時、たまたま映っていた演劇を指さして叫んだのだという。
「私はこれがいい」と。まるで、導かれでもしたかのように。
我が家はそんな姉にとっては不幸と言うべきか、父も母もガチガチの仕事人間と言った具合で、ちっとも芸術方面には興味が無かったから、最初の頃は大層手を焼いたらしい。
ただ、それが解決できたのはあたしのおかげだった──酔いつぶれた時、母の口からは今もそんな言葉が漏れ出すのだ。
二才離れた姉の背を見て育ってきたあたしは、姉の影響というべきか、自分で言うのも変な話だけれど、芸術がまだ理解できる側の人間だったのだと思う。
幼かった頃から母に読み聞かせをせがみ、それでも忙しくて拒絶された時は、いつも姉が構ってくれた。
「そしてね、王妃は言うの! 『愛は盲目って言うじゃない!』」
演劇脚本だ。それも親が適当に買い与えたものだったから、かなり難しいものだったと思う。
読み聞かせされたところでそんなに意味がわかっていたはずもなかろうに、あたしは姉が読み聞かせしてくれる度に喜んではもう一度読み上げるようにせがむのだ。
抑揚ついたその読みが愉快だったのだろうけど、姉はまんざらでもなかった。
「ねぇ、お姉ちゃん。これってどういうこと?」
「えーと、これは皮肉ね。菫にはまだちょっぴり難しいかも」
次第に姉が読み聞かせてくれるものを理解するために、あたしは脚本を読み漁るようになった。
意味がわからなければ姉に尋ね、辞書を開き──そうしている内に、次々に手を出していって。
台詞だけなら姉よりもたくさん覚えていることがあたしの自慢。
一家で一番の姉の理解者であったことが、あの時は堪らなく特別なことだったのだ。
「どうだった? 今日の舞台──私のシンデレラは!」
「キラキラしてて──本物のお姫様みたいで──最っ高だった!」
あたしが褒めて、姉は満足して。
そんな風に、観客と演者の関係性だったあたし達が交わることになった転機。
それは、あたしが小学校中学年の時に訪れた。
◇ ◇ ◇
◇ ◇
◇
「今度、従姉妹のミキちゃんの結婚式があるじゃない? それで、あなた達の顔が見られるのが楽しみだって話になってね──」
「余興を私にやって欲しいって?」
「そう。夏芽ならできるでしょ、演劇とかあんなに得意じゃない。見せてあげたらきっと喜ぶわよ」
その頃のあたしは幼い頃から辞書を読み漁っていたおかげでようやく余興という言葉を覚えたばかりの時期だった。
とはいえども、誰かの結婚式に参列するのはそれが初めてだったからどうにも母の話がピンと来てなくて、姉の演劇を楽しみにしつつもぼーっとしていたように思う。
「ん〜、そうだなぁ……」
だからこそ、驚いたのだ。
「私
急に姉があたしの腕を引っ掴んできて、そんな風に堂々と宣言してみせたことに。
私
「えっ!? でも、あたしに演技なんて……」
「そういうことじゃなくて。菫ってさ、最近色々書いてるでしょ?」
そんな姉の質問にこくりと頷く。
この頃のあたしは大量の読み物に影響されて、自分でも短い物語を想像してはノートに書き連ね始めていた時期だったのだ。
「それを私のために書いて欲しい。姉妹で、一緒に──演劇をやってみたい。どうかな?」
いつも舞台の上にいる存在には決して手が届かない。
精々が拍手と歓声だけ、それ以上は眺めているだけの立場にいるものだと思っていたから──あたしにとってその提案は想像すらしていないものだった。
夢みたいな話だった。姉と一緒に舞台を作れるだなんて。
「……ほんとに、あたしでいいの……?」
憧れていた存在に、あたしが手を伸ばせるだなんて──!
「もちろん。菫とならきっと、いい舞台が作れるもの!」
その言葉に頷いたから、やってみせるのだと決心したから。
それからの日々はとにかく必死だったのをよく覚えている。
何せ大好きな姉の舞台だ。成功させたかったに決まっているし──あたしのことをある程度姉が認めているからこそ、こうして誘ってくれたのだと信じていた。
「私のお気に入り、使ってくれるんだ?」
「……うん。お姉ちゃんにきっと、似合うと思うから」
花園で噂される──妖精たちの結婚式。
姉がよく読み聞かせしてくれたその舞台脚本を元に、短尺の脚本に落とし込むことにした。
皮肉じみた表現は抑えつつ、ロマンチックな部分を強調できるように。
学校では教科書の陰に隠してこっそりと続きを書いた。
家に帰ってからは寝る間も惜しんで辞書と格闘した。知らない言葉なんてもう無くなってしまうんじゃないかって、そう思えるぐらいに──あたしは必死だった。
ここで姉が認めてくれたら、次もこういうお願い事をしてくれるかもしれない。あたし
そして、何よりも。華やかな結婚式の舞台で最っ高にキラキラした姉の姿が見たい──。
親の目を忍んで子供の頃からよく二人で出かけていた秘密の森へ。
木漏れ日の中、そのリハーサルを忘れるべくもない。
「──誓いましょう! あなたとの愛を、結わえられた絆を!」
切り株の上で、手を掲げる姉。
敷き詰められた木の葉はカーペット。陽光は天上への梯子かのように、姉の手のひらへ射し込む。
ひらひらり、手を広げるたび、掲げるたび、舞った花びらが妖精みたいに姉について回る。
赤、黄、緑、紫──色とりどり。
森すらも姉を祝福する。
思えば、姉は──本物のお姫様みたいな人だった。
生まれながらにして人を虜にする才に恵まれ、それ相応に努力する才にも恵まれ、所作一つとっても華やかで、凛と響く声には振り向かざるを得ない。
「サイコーだったよ、菫! ほんとに、こんなに頑張ってくれて……!」
「ううん、お姉ちゃんがこんなにすごいから……」
結果から言うと、余興は大成功で終わった。
新郎新婦を祝福する妖精とも、その前途を予言するかのように愛を囁く姫とも、どちらとも取れる姉の立ち回り、そして、あたしの脚本。
終わった途端、メイクそのままに姉はあたしに飛びついてきて、頬ずりをする。
「ねえ、私さ。今、すっごい良いこと考えた!」
「なに?」
ステンドグラス越しの陽だまりの中で、大仰に手を広げて、姉はあたしを指さしたのだ。
「私のために菫が書いた脚本、それを──私が羽ばたかせるの! いつまでも、どこまでも──どう?」
芝居がかった口調での姉からのプロポーズ。
差し伸べられた手を取らない術は、あたしには──なかった。
──いつまでも、憧れた姉といられるのなら。
それ以上に望むものは、きっとない。
ずっと、あなたの
「もちろんっ……! きっと、それって最っ高で……誓いますっ……!」
覚えたばかりの言い回しで、姉の手を取る。
陽だまりの中での誓いに、あたし
あたしが新しい脚本を書いては、あたしたち
秘密の森の切り株の上で、あたしのためだけに姉は上演してくれる。
永く続かなかった。ささやかな、二人きりの時間。
有頂天でいられた、今までの人生を振り返っても最良だった時間。
そんな日々の中で、思うわけもなかった。
そんなに大好きな姉の言葉を──後に一生引きずることになるだなんて。
「まだまだ生きられるの──羨ましいや」
◆ ◆ ◆
「……ついてきてよ。事情だけなら、説明してあげるから」
振り向くと、三浦は歩き出す。
「……ソフィー、行こう」
「……は、はいっ」
呆けたままのソフィーと顔を見合わせると、俺たちは慌ててその後を追った。
そうしてついてきた俺達に一瞥くれると、三浦はこぼしたのだ。
恐る恐るといった口調で──もっと、具体的に言うのならば。
ソフィーが”弟子”のことを話している時のような、そんな口調で。
「──あたしね、ずっと、お姉ちゃんの夢を見るんだ」