あの状態で止めるのは苦痛なので、頑張って書きました。
アリエッタがラルフを振り切り、走り出した頃と同時刻。
ルークは一人、自室のベッドの上で頭からシーツを被り、ただ震えていた。
「俺は……俺は、ルークなのか? ルークを名乗ってるだけの別人なのか?」
その口から零れ出る言葉は、自分の存在を否定するかのようなものばかり。
無理もないだろう。クリムゾンやシュザンヌがどう思っているかは別として、ルークからすれば今までの自分の人生は全て他人の人生を借りた偽物だと言われたようなものなのだから。
勿論、ルークも両親から話を聞いて、最初はそんな訳が無いと否定した。
シュザンヌもクリムゾンも、ルークが自分達の愛する息子だとは何度も告げてくれたが……ルークがレプリカなどではないと否定してくれることは無く。沈痛な表情を浮かべながらも、ルークに自分の髪の毛を数本抜くように指示をした。
今までルークの散髪は、目元に温めた布を被せた状態でされており、その事について何も疑問に思う事は無かった。自分の抜け毛を見た覚えが無い事も、掃除が行き届いているだけとしか思っていなかったルークだったが……。
「……っ!」
その時の事を思い出し、シーツをきつく被りなおす。
――――言われるままに抜いた数本の髪の毛は、自分の指の間で金色の粒子となって虚空に消えてしまった。
音素で構成されているレプリカの細胞は、身体から切り離されると実態を保てない。
それこそが、ルークがレプリカであるという何よりの証拠であり、ルークを絶望の淵に叩き落とす決定的なものだった。
そして、何よりもルークを苦しめている事は――――。
「お、俺、レプリカだって……アリエッタの好きな、イオンってやつの、い、居場所を奪ったレプリカの、仲間だって…………っ!」
自分が、アリエッタが憎んでいるだろうレプリカの仲間だという事だった。
自分がルークの偽物で、両親の本当の子供では無いという事も今までの価値観が全て崩れ去る程の衝撃だった。
だが、それよりもルークは、アリエッタから拒絶される事を何よりも恐れていた。
確かに、シュザンヌ達が今ルークに真実を教えた事は正しい。
アリエッタに出会う以前なら、例え髪の音素化という証拠を見せられたとしても、頑なに自分がレプリカである事を認めず、いずれは精神に破綻をきたしていただろう。
それ程に脆い存在だったルークが、アリエッタと出会う事によって、確固たる意思を持つ一人の愛する息子として成長した。
――――アリエッタが傍に居てくれれば、きっとルークは乗り越えてくれる。
そう信じ、ルークに真実を告げた夫妻だったが、一つだけ見逃していた事があった。
ルークの中でアリエッタという存在は、周囲が思うよりも遙かに重く、大事な存在になっていたのだ。
そう、アリエッタに否定されたらと考えるだけで、自分の存在意義を見失ってしまう程に。アリエッタはルークにとって、生きる意味そのものになってしまっていた。
両親は自分がレプリカでも愛してくれている事は分かっている。
オリジナルのルークを知らないヤナギも、自分の事は受け入れてくれるだろう。理由なくそうだと確信できるほどには、ルークとヤナギの付き合いは長い。
だが、アリエッタは――――レプリカという存在がきっかけで全てを無くしたアリエッタは、自分を受け入れてくれるだろうか?
来賓室から飛び出した時に見た、アリエッタの無垢な瞳。
いつも自分を見守ってくれている、大好きな桃色の瞳。
あの優しい瞳に、敵意や怯えが混じったら…………。
「嫌だ……」
両親に真実を打ち明けられた時。母は、自分に話し終えた後はアリエッタにも話すと言っていた。ルークを本当の意味で支えられるのは、アリエッタしかいないからと。
けど、真実を知ったアリエッタは、自分を嫌わないか? 拒絶されないか?
――――俺の前から、いなくなるんじゃないのか?
「嫌だ……嫌だ…………嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だッッ!!」
最悪の未来を想像し、半狂乱で涙を流しながら首を横に振るルーク。
護りたいと。ずっと傍にいたいと思った愛しい人が、自分の傍からいなくなってしまう。
それはあまりにも恐ろしく、ルークの心はこの僅かな時間だけでも、もう壊れる寸前まで追い詰められていた。
そんな時だった。
「ルークっ!」
ルークが今、一番会いたくて、一番会いたくない愛しい人が、息を切らせて部屋に飛び込んできたのは。
◇
「ルークっ!」
余計な事は何も考えられなかった。
――――ルークに会いたい。
消える事の無い悩みを抱えながらも、それ以上の強い思いで、アリエッタはルークに会いに来た。
灯りの無い部屋に飛び込んで目に入ったのは、ベッドの上でシーツに包まる誰かの姿。
「…………ルーク?」
「っ!」
名前を呼ぶと、先程のように悲鳴こそ上げられなかったが、明らかに怯えるように息を呑む気配。
それだけでシーツに包まった人物がルークである事は、疑いようが無かった。
「ルー……」
「で、出て行けっ!!」
傍に寄ろうと一歩を踏み出したアリエッタを迎えたのは、ルークが発したとは思えないような、強い拒絶の言葉。
「えっ……」
「頼むから……頼むから出て行ってくれよ!」
思わず足を止めたアリエッタへの、止まらない拒絶。
「な、なんで……」
「き、聞いたんだろ? 俺が……俺が、レプリカだって事!! だから、よくも騙したなって、い、言いに来たんだろッ!!」
「あ……」
いきなりの拒絶に頭が真っ白になりかけたアリエッタだったが、続くルークの言葉に、何故ルークがここまで自分を拒絶するのかに気付いた。
「ち、違う! アリエッタは――――」
「嘘だ!! アリエッタは、イオンが大好きだったんだろ!? なら、そいつをいなかった事にしたレプリカが憎いに決まってるじゃねえか!」
「――――っ!」
その通りだった。
自分がレプリカに対して悪感情を持っている事は紛れもない事実で、それは否定できない事だ。
「そうだけど……で、でも……」
「そうだよな! レプリカなんて、人の居場所を奪うだけの盗っ人だ! 俺はそんな奴等の仲間なんだよ! こんな……こんな俺なんか…………!」
全てがどうでもよくなったかのように、自嘲し続けるルーク。
そんなルークに自分の気持ちをどう伝えればいいか分からず、涙目で立ち尽くすアリエッタ。
だが、次のルークの言葉が耳に届いた瞬間。
「俺なんか、さっさと音素になっていなくなっちまえば良いんだよ!!」
考えるよりも先に、身体が動き出していた。
「ダメ――――――――――ッッ!!」
「う、うわっ!?」
そう叫び、ベッド上のルークへと飛び込むアリエッタ。
蹲っていたルークにその勢いを支えきれる筈が無く、仰向けに押し倒されてしまう。
「い、いてて……いきなり何を…………アリエッタ?」
「やだ……やだよぉ…………ルーク、いなくなっちゃやだぁ……!」
軽くぶつけた頭を擦りながら目を開けたルークの目に入ったのは、自分に覆いかぶさるようにしがみ付き、ボロボロと大粒の涙を流すアリエッタの姿。
そんなアリエッタの姿を見たルークは、訳が分からなかった。
「な、何で……お前、レプリカは嫌いだろ?」
ルークからの問いに、胸に顔を押し付けたまま黙って頷く。
「レプリカの事が憎いんだろ? 大好きなイオンの居場所を奪ったレプリカが、嫌いで嫌いで仕方が無いんだろ!?」
続く問いかけにも、何度も頷くアリエッタ。
「だったら、何で嫌いなレプリカの俺が消えるのを止めるんだよ!!」
「そんなの、アリエッタにも解らないもんっっ!!」
勢いよく顔を上げたアリエッタが涙でくしゃくしゃの顔で答えたその答えに、一瞬空気が止まった。
「…………は?」
「レプリカは嫌い! 大っ嫌い!! でも、ルークの事は大好きで、ルークがいなくなったらって、考えただけで怖くって!!」
「…………」
「アリエッタは、ルークが良い。ルークじゃなきゃイヤ……! だから、イオン様みたいに、アリエッタを置いて行かないでよぉ…………!」
そこまで勢いのままに言い切ると、再びルークの胸に顔を埋め、嗚咽を漏らすアリエッタ。
そんな彼女の様子を見て、ルークは先程までの身体の震えが止まっている事に気付く。
「アリエッタ……」
「うぅ……うぅぅ…………!!」
「……ごめん。ごめんな、アリエッタ」
そう呟き、自分に縋り付いているアリエッタを軽く抱きしめる。
アリエッタの人形のように華奢な肩が驚きで軽く跳ねるがそれも一瞬で、そのまま体を預けてきた。
「……俺、レプリカなんだぞ」
「……知ってる」
「……父上と母上の、本当の子供じゃないんだぞ」
「知ってる」
「…………ルークの偽物なんだぞ?」
「…………アリエッタのルークは、一人だけだもん。偽物なんかじゃない! アリエッタの本物は、ルークだけなの!」
そう言って、アリエッタは強くルークの服を握りしめた。
――――あぁ、俺はなんて馬鹿だったんだ。
内心で自嘲しながらも、アリエッタの思いに応えるように強く彼女を抱き締める。
先程までのルークなら、例えアリエッタの言葉でも心から信じる事が出来なかっただろう。
けど、彼女の心からの叫びと涙を見て。
思いを受け止めて。
本心で自分が本物だと言ってくれた事を、何の疑いも無く信じる事ができて。
もうルークは、自分の思いを抑えきれなかった。
「アリエッタ」
「…………? 何? ルーク」
「俺、お前のことが好きだ」
「……? うん。アリエッタもルークが大好き!」
どうして改まってそんな事を言うのかとばかりに首を傾げながらも、満面の笑みで自分も好きだと返してくれるアリエッタ。
明らかに通じていない返答に苦笑するルーク。今までならこれでも満足出来ていたのだが、今のルークはどうしても自分の気持ちを理解して欲しかった。
「あー……多分、アリエッタの言う好きと、俺が今言った好きは違うと思うぞ」
「……違う?」
「アリエッタの“好き”は、父上や母上、ヤナギの事が好きなのと一緒の好きだろ? 俺が言ったのは違う“好き”なんだ」
「えっと、どう違うの?」
「どう違うって……えーとなぁ…………その、見てるだけでこう、胸がドキドキする相手っつーか……」
「ドキドキ……」
自分の胸を見ながらまた首を傾げるアリエッタ。
何で自分は好きな女の子相手にこんな恥ずかしい説明をしてるんだろうと、耳まで真っ赤にしながら内心羞恥に悶えるルーク。
――――この時の自分は恐怖という重しから解放され、好きな相手に思いを告げた勢いでテンションがおかしくなっていたんだと、後のルークは語る。
「そ、その…………つまり、こういう事をしたい相手って事だよ!!」
「え? こういう事って――――――んむっ!」
疑問に思うアリエッタの言葉を最後まで聞かず、ルークはその小さな唇を、自分の唇で塞いだ。
「――――? ――――――!!?」
最初は何をされたのか分からずに目を丸くしていたアリエッタだが、ルークの唇と自分の唇が重なっている事に気付くと、この行為の意味は分からないながらも、原因の分からない胸の動悸に襲われ、顔中が赤く染まっていくのが分かった。
それでもルークから離れようとは思えず、気づけばそのままルークに身を委ねていた。
そのまま、十数秒……二人の体感時間では何分も経っているように感じただろうが――――が経ち、同時に唇を離す。
ルークは大胆すぎる事をしてしまったと羞恥に顔を染めながらそっぽを向き、アリエッタは高鳴る胸に手を当て、そんなルークを熱っぽい瞳でじっと見つめていた。
「る、ルー、ク……?」
「その、い、今のが好きな相手……恋人同士がやるキスってやつだ!」
「キス……恋人……」
熱で浮かされ胡乱気な瞳のまま、ルークの言葉を繰り返すアリエッタ。
「だから、その、キスをして、嬉しいって事は、相手の事が恋人って意味で好きって事でな? あー……その、アリエッタは俺とキスをして、どう思った?」
今更ながらに、ほぼ無理やりにアリエッタの唇を奪った事に対し罪悪感を感じ始めたルーク。ひょっとして自分は、酷い事をしてしまったのではないかと思い始めたが、その心配は杞憂だった。
「……うん。アリエッタ、ルークとキスをして、凄く嬉しくて、幸せって思った……」
「ほ、本当か!?」
「う、うん」
「――――――――っっ!!」
アリエッタはもじもじと恥ずかしそうに両手を絡めながらも、ハッキリと嬉しかったと告げた。
それを聞いたルークは、思わず叫びたい衝動に襲われるも必死で押し込め、無言でガッツポーズを取るに留めた。
「じゃあ、俺とアリエッタは今からその、こ、恋人って事で良いか?」
「恋人って、キスをしたい相手の事だよね? じゃあ、アリエッタは……ルークと、その、恋人になりたい!」
「…………――――~~~~っ!! アリエッタ!」
「きゃっ!」
晴れて恋人同士になった喜びを今度こそ抑えきれず、再びアリエッタを強く抱きしめるルーク。
突然のルークの行動に戸惑うアリエッタだったが、ルークの目尻に僅かに涙が浮かんでいる事に気付くと、黙ってルークの背中に手を回し、抱きしめ返した。
「俺……レプリカだからってアリエッタに嫌われるのが怖くって。でも、アリエッタが俺に消えないで欲しいって言ってくれて、恋人にまでなってくれて……!
俺、今、すげぇ幸せだ……!」
「…………うん。アリエッタも、幸せ!」
二人で顔を見合わせ、同時に笑う。
たったそれだけの事で、互いに自分は一人じゃないんだと実感できた。
「あー……安心したら眠たくなってきたなぁ…………」
「うん。アリエッタも……」
「もうこのまま寝ちまうかー……」
「ん……さんせいー……」
思いが通じあい、心に余裕が出来た途端に、二人同時に睡魔が襲ってきた。
無理もないだろう。この数時間の感情の波の変化は凄まじいの一言だ。精神的に満身創痍の二人は、一つのベッドでそのまま眠りについてしまった。
◇
翌日の早朝。クリムゾンとシュザンヌ。ヤナギの三人は、足早にルークの部屋へと向かっていた。
昨夜から姿の見えないアリエッタの行方を、ルークならもしかすれば知っているのではないかという考えからだ。
「アリエッタちゃん、どこに行ったのかしら……。昨日は部屋に戻ってこなかったのよね? ヤナギ」
「はい……。心配だったのですが、奥様が行方をご存じとばかり……申し訳ございません」
「いいのよ。これは私がアリエッタちゃんを最後まで見てなかったせいだもの……」
「……ルークは大丈夫だろうか…………」
三者とも、その表情は暗い。
ヤナギはただ自分達の部屋に帰ってこなかったアリエッタが心配なだけだが、シュザンヌとクリムゾンの二人はアリエッタが本当にバチカルを離れてしまったのではないかと。もしそうなら、心の支えを失ったルークはどうなってしまうのかと、内心気が気ではなかった。
ヤナギも昨日のルークの様子からただ事ではないとは感じていたが、夫妻が理由を語ってくれない以上は、口を紡ぎただ心配する事しか出来なかった。
そうしてルークの自室前に辿り着いた三人。
代表してシュザンヌが扉をノックするも、反応は無い。
まだ寝てるのか、それとも返事をする気力も無いのか。出来れば前者であって欲しいと願いながらノブを回すと、鍵がかけられていない事に気付く。
「……開いてる? あの子は寝る時は、鍵を閉める筈だけど……」
「ルーク様、留守なのでしょうか?」
「……ここで話していても仕方あるまい」
クリムゾンの言葉に頷くと、扉を開け中へと進むシュザンヌ。
ルークを呼ぼうと口を開けるが、部屋のベッドが目に入ると、文字通り開いた口が塞がらなくなってしまう。
「シュザンヌ? どうしたのだ?」
「奥様?」
固まってしまったシュザンヌを疑問に思う二人。
シュザンヌはブリキの玩具のような動きで二人の方を向くと、黙ってベッドの方を指さした。
「一体何が………………は?」
「旦那様? どうなさい………………え?」
三人が三人ともに固まってしまう光景。
「へへ……へへへ…………」
「う、ん…………ルークぅ……」
その目線の先には、絶対に離れないとばかりに強く抱きしめあい、幸せそうに眠るルークとアリエッタの姿があった。
激甘注意報発令中(遅
前半を書くのは悲しくて辛かったですが、後半を書くのは甘すぎて辛かったです……。
ちょっと展開早かったかなぁ。作者の技量的には、これが限界です。