無垢の少女と純粋な青年   作:ポコ

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遅くなりました(土下座)


17話 再会

 ルークとアリエッタが恋人となった日から一ヶ月。二人を取り巻く環境は徐々にだが、確実に変わりつつあった。

 

 まず第一に、ナタリアが屋敷へ押しかける事が無くなった。シュザンヌが言うには、貴族街で騒ぎを起こしすぎた為に、貴族からナタリアに対する評価が有り得ない程の速さで墜ちており、ナタリアを溺愛する国王でも流石に庇いきれなくなり、現在はほぼ軟禁状態であるとの事だった。

 最終的にナタリアが国母になる事は預言(スコア)に詠まれているというのに、そこまでの対応をしなければならなかったと言えば、彼女の精神状態がどれ程危うくなっているかは解るだろう。このままナタリアを野放しにしておけば、預言(スコア)の通りにナタリアが国母になる事は不可能になるだろうと、父である国王を含めた国全体が判断したのだ。

 約束しか見えていない女の、憐れな末路がこの現状だった。

 

 ナタリア以外の王位継承者を支持している貴族は当然のことながら、ナタリアを支持していた貴族も彼女のあんまりな変貌ぶりに離れていき、今はもうナタリアを傀儡にしようと考える一部の小悪党気質の貴族くらいしか、彼女の周りには残っていないのだ。

 今はまだ一般市民まではナタリアの愚行は届いていないが、貴族街には貴族御用達の商人のような国外の人物は出入りしている以上、ナタリアの実態が国外までも広がる事は、最早避けようがない事となっていた。

 

 その報せを聞いたルークは、ナタリアとの婚約がほぼ完全に無くなったであろう事を喜んだが、その自爆とも言える馬鹿馬鹿しい理由に対しては苦笑を浮かべるしか出来なかった。

 

 

 二つに、クリムゾンとシュザンヌが定めた条件下のみではあるが、ルークが屋敷の外に出る事を認められたという事。

 

 王家の証である紅髪を隠す。シュザンヌが指定した日の、陽が高い時間のみ。必ず一人以上は同伴させるといった、十数日に一度。僅か数時間のみという条件ではあるが、それでもルークの世界を変えるには充分すぎるものだった。

 

 短い時間とはいえ、何故預言(スコア)で語られた日まで屋敷から出る事を許されない筈のルークが外出を許されたのかと言うと、先述したナタリアの処遇に原因がある。

 国母になる筈のナタリアが軟禁という末路になったという事を聞きつけたシュザンヌが、兄である国王に預言(スコア)の不確実性を懇々と説明。預言(スコア)は運命を決定づけるものではなく、あくまで生き方の指針を指し示してくれるだけだと。個人の行動次第で未来はいくらでも変わるのだと説き伏せた。

 皮肉にもナタリアの愚行により預言(スコア)の不安定さを実感させられたばかりの王には、苦々しい表情をしながらも黙って頷く事しか出来なかった。

 

 

 最後に、ファブレ邸内限定ではあるが、アリエッタがルークの婚約者として扱われるようになった事。

 ナタリアとの婚約継続がほぼ解消された今、ルークの心を救ったアリエッタが使用人達からルークの伴侶として認められる事は、当然の事だった。

 約一名ほど納得のいっていない庭師見習いがいるが、従者の今は事を荒立てるべきではないという必死の説得に応じ、以前ヴァンに手紙を送ったような暴挙は鳴りを潜めている。

 最も、彼に出来る事はヴァンの時のようにナタリアへ手紙を送る事くらいであったが、軟禁状態のナタリアへ鳩を送れる筈はなく。一介の庭師見習いでしかない彼が正攻法でナタリアに接触出来る訳もないので、どのみち彼に出来る事は周囲の空気を悪くする程度しか無かったのだが。

 

 婚約者と言っても、流石にアリエッタが国母になる事は不可能なので妃教育を受けるような事は無く、今まで通りに修行と勉強にと力を入れながら、ルークと共に過ごす生活を送っていた。

 ただ、今までと明らかに違うのは、恋という気持ちを知ったアリエッタが、軽いものではあるが嫉妬を顕わにし始めた事だ。

 具体的に言えば、ルークが長時間女性と話している姿を目撃すると、頬を膨らませながらルークの服を引っ張ったり、ヤナギやルイのようなルークと仲の良い女性が相手の場合は直接間に入って妨害したりと言ったように。

 根が優しいアリエッタは、そうした行動をしてしまう度に軽い自己嫌悪に陥ってしまうのだが、ナタリアのそれを知るルークからすれば可愛らしい我儘でしかなく。彼女の頭を撫でて慰めた後は、仲よく手を絡ませて過ごすというのがお決まりのパターンになりつつあった。

 

 

 

 ◇

 

 

 

「ルークっ! こっちこっち!」

「ったく。んな急がなくても、まだ門限に余裕はあるだろ?」

「あっても時間は減るもん!」

「あぁ分かった分かったって」

 

 二人が恋人関係になってから、早くも一ヶ月が過ぎようとしていたある日。

 恋に仕事に修行にと、充実した日々を過ごしていたルークとアリエッタは、貴重な外出日に二人で貴族街を歩いていた。

 王族の証である赤髪を、後頭部まで覆う大きなベレー帽のような形の帽子で隠したルークが、自分を連れて行きたい場所があるというアリエッタに手を引かれる形で。

 これで三回目となる二人の外出だったが、アリエッタが行きたい場所があると言ったのは今回が初めての事で、一秒でも早くその場所に行こうと自分の手を引くアリエッタは何を見せてくれるのだろうかと、ルークは柄にもなく若干気分が昂っていた。それを表に出すのは恥ずかしいのか、出来るだけ表情には出さないようにしていたが。

 

「それで、まだ着かねえのか?」

「もうちょっとー!」

「さっきからそればっかだな……ん?」

 

 自分と同じように気持ちが昂っているアリエッタを微笑ましく見守っていたルークだったが、ふと視線を感じ顔を上げた。

 視線の主は、当然だがルークの見知らぬ男性だった。騒がしい自分達が気になったのかと考えたルークだったが、その男性――――青年の目を見た瞬間、その考えは吹き飛んだ。

 

(……なんだこいつ? 人の事を、そこらへんに転がってる石を見るような目で見やがって……)

 

 その青年の無機質な瞳は、まるで物を見るような目だったからだ。

 ルークは自分を石ころのように見ていると感じたが、それは思い違いだった。人は石ころを凝視などしない。対人経験の少ないルークは気付かなかったが、青年の瞳の奥には、必ずルークを排除するという揺るぎない意思が見え隠れしていた。

 

「ルーク? どうしたの…………あっ。え、えっと……」

 

 立ち止まったルークを不思議に思い、その視線の先を追うアリエッタ。

 ルークと視線を交わしている相手を見ると、どこかで見た覚えのある青年である事に驚き、どこで会ったのかと考え始める。

 アリエッタが自分の事に気付いてくれた事を察した青年は、先程までルークに向けていた能面のような表情と無機質な瞳が嘘のように嬉しそうな笑顔を見せ、真っ直ぐに二人の方へと向かってきた。

 

「やぁ、こんにちはアリエッタ」

「え、えと……」

 

 軽く手を上げて挨拶してくる青年だったが、人見知りのアリエッタはサッとルークの背中に隠れると、顔だけを出して軽く頭を下げた。

 

 まるで初対面のようなアリエッタの反応に、手を上げたまま固まる青年――――ラルフ。

 アリエッタを愛している彼からすれば、あの日のルークの真実を知ったアリエッタとの出会いは何が起きようとも忘れる事の無い運命の夜だったが、呆然自失状態だったアリエッタからすれば誰かと話をしたような気がするといった程度のものであり、青年の顔も名前も碌に憶えていなかった。

 まさか覚えても貰えていなかったとは予想もしていなかったラルフは、鬼気迫る表情でアリエッタに問いかける。それはまるで、親に見捨てられた子供のようだった。

 

「……あ、アリエッタ? 僕だよ、ラルフだ! 魔鳥使いの……君の仲間のラルフだよ!」

「…………魔鳥、使い? 仲間……」

「っ! そう、そうだよ! 僕だけが君の――――」

 

 仲間という言葉に引っ掛かりを覚えたアリエッタは、いつラルフと出会ったのだろうと記憶を振り返り始める。

 その様子に希望を見出したラルフは思わずアリエッタに手を伸ばそうとする。だが、既にアリエッタしか見えていないラルフは気付かなかったが、この場にいるのは二人だけでは無く。アリエッタへ伸ばされたラルフの手を、掴む手があった。

 

「…………」

「いきなり何なんだテメェ……アリエッタに触んじゃねえ!」

 

 アリエッタとの時間を邪魔されたと感じたラルフは無言でルークを睨みつけるが、最愛の恋人に手を出そうとする男相手に怖気づくルークではなく。アリエッタを護る為にラルフの腕をを掴む手に更に力を込めた。

 

「なぁアリエッタ。こいつ知り合いか?」

「えっと……うん、多分。どこかで会った……と、思う」

「……っ」

 

 睨み合う二人をオロオロと戸惑いながら見るアリエッタだったが、結局はラルフの事を明確には思い出せず。ルークの問いに、曖昧な答えを返した。

 それを聞いたラルフは血が出る程に唇を噛みしめると、勢いよくルークの手を振りほどき、二人に背を向け歩き出した。

 

「あ、オイ! だから誰なんだよテメェ!」

「る、ルーク! 騒いじゃダメっ」

「うっ……悪い、アリエッタ」

 

 去りゆくラルフを引き留めようとするルークだったが、アリエッタの声に平常心を取り戻すと、渋々ながらも身を引いた。ここで問題を起こすとしばらくは外出が出来なくなるどころか、アリエッタが護衛としては不適格だと思われかねないと思い至った故に。

 

「……ルーク?」

 

 だが、アリエッタが呼んだ名前。その忌むべき名に、ラルフが反応し立ち止まった。

 

「ルーク。ルークルークルーク……そうか、やっぱりお前がルークか」

「はぁ? ……ルークだったらどうだってんだよ。気持ち悪ぃヤツだな」

 

 忌々しげにルークの名を連呼するラルフに、思わず顔を引きつらせる二人。アリエッタに至っては、涙目でルークに縋り付いていた。

 顔だけを振り向かせたラルフはそんな二人の反応を気にすることなく、光の無い瞳でルークを見つめるとぽつりと呟いた。

 

 

「……そこ(アリエッタの隣)は僕の場所だ。いずれ返してもらう…………っ!」

 

 

 それだけ言うと、ラルフは雑踏の中へと消えていった。

 

「……なんだったんだ? アイツ」

「あの人、恐い……」

 

 残された二人はラルフの得体の知れない気迫に当てられ、しばらく動く事が出来なかった。

 

 

 ◇

 

 

 ラルフとの遭遇からしばらくして。アリエッタの案内で辿り着いた場所は、あの日アリエッタがラルフと出会った、水平線の見える高台だった。

 

「おー! 良い景色だなぁ! 前にフーに乗って見た景色も良かったけど、ここからの景色もすっげぇな! アリエッタ!」

「うん……」

「アリエッタ? ……ったく」

 

 自分のお気に入りの景色をルークと一緒に見たいと連れて来たアリエッタ。当初彼女が期待していた通りに自分の好きな場所を気に入ってくれたルークだったが、当のアリエッタはラルフが去ってから上の空。かと思えば、この高台に着いてからは何かを思い出そうとするかのように、両手を頭に置きうんうんと考え込んでいた。

 当然、ルークからすれば折角の貴重な外出が、あんな不気味な男のせいで台無しになるというのは面白く無い。

 

「なぁアリエッタ。さっきのヤツが気味悪ぃのは分か――――」

「あっ!!」

「うぉっ!」

 

 何とかラルフの事を忘れさせようとアリエッタに声を掛けようとしたルークだったが、丁度そのタイミングでアリエッタが大きな声を出した事に驚き、思わず後ずさった。

 そんなルークの様子に気付かないアリエッタは、ようやく思い出したとルークの下へと駆け寄った。

 

「思い出した! ルーク! 思い出したの!」

「落ち着け! 何を思い出したんだよ!」

「あの人! ラルフのこと! ここで会ったの!」

「はぁ?」

 

 ようやく思い出せたことでスッキリしたのか、その内容を矢継ぎ早に語り出すアリエッタ。

 どうやらラルフとは、ルークの真実を知ったあの日に偶然出会ったらしい。最も、その後の出来事が濃すぎたせいで、この場所に来るまで全く思い出せなかったようだが。

 

「あー……つまりあいつもアリエッタみてえに魔獣の友達がいて、だから仲間だって言われたって事か?」

 

 アリエッタが話した内容を簡潔にまとめたルークの言葉に、こくこくと何度も頷くアリエッタ。どうやら全く知らない人物では無くなった事で、多少なりともラルフへの恐怖心ないし警戒心は下がったようで、先程までの暗い表情は消え去っていた。

 

「ふーん……じゃあ、あいつは初めての仲間だと思ってたアリエッタが自分の事を忘れてたから、あんなに怒ってたってことか」

「あ、ぅ…………ごめんなさい……」

「あー……まぁ、また会った時に謝れば良いんじゃねえの? またそのうち、今日みてーにアイツの方から見つけてくるだろ」

「……うん」

 

 タイミングの悪い出会いだったとは言え、すっかりラルフの事を忘れていたことに罪悪感を抱くアリエッタだったが、いつものようにルークが頭を撫でると、微笑を浮かべてルークに寄り掛かった。

 

(……けど、アイツが最後に言ったあれって、どういう意味なんだ? そこは自分の場所だって……そこって何処だよ。ワケ分かんねえっつーの)

 

 嬉しそうに自分に顔を擦り寄せてくるアリエッタを構うルークだったが、去り際のラルフの言葉に言い知れぬ不安を感じていた。

 そしてその発言の意味が分かるのは、そう遠い事では無かった。




季節の変わり目で鼻炎が酷い……熱が出そう。
日常回を書きたかったけど、いつの間にかラルフ回に。
ナタリアには取りあえず少なくとも原作までは退場してもらいます。やらかしすぎですから、この処遇も仕方ないよね!

半年ほど前から職場が変わってて、精神的余裕が無いです。次の投稿はいつになるかなー……最低でも今年中にもう一話は投稿したい。

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