最近、早寝になりました。
まぁ、早く寝ても眠いのは眠いんですが。
ではどうぞ
落ち着いたシノンを撫でていると、シノンがふと呟いた。
「……《死銃》……」
「?」
「じゃあ、あのぼろマントの中にいるのは、実在する、本物の人間なんだね」
「当たり前だよ」
「……そう……。じゃああいつは、SAO時代のことが忘れられなくて、またPKをしたくなっててGGOに来た……ってこと?」
「……そうだね。奴は、誰かを本当に殺すことに固執している。それからしか自分を見いだせないからだと思うけど」
「……でも、どうやってそんなことが……。アミュスフィアは、初代の……ナーヴギア、だっけ? あれとは違って、危険な電磁波は出せない設計なんでしょう?」
「もちろん、奴はこんな仮想世界から現実に干渉することなんて出来ない。…………奴はね」
「……どういうこと?」
これを言えば、彼女が危険だ。いや、言わなくても危険なら言った方が……。自問自答を繰り返す。
疑惑の目を向けてくるシノンを見て、僕も覚悟を決める。
「……落ち着いて聞いてくれ」
「え、ええ」
「《死銃》が拳銃を撃ったのを合図に、奴の仲間が現実の肉体を殺す。それが《死銃》のトリックだ」
「なっ! …………いや、無理よ。どうやって現実の家を……」
「奴の使う《メタマテリアル光歪曲迷彩》は街中では使用不可だと思う? しかも、BoBエントリー端末は個室じゃなくオープンスペースに設置されてある。推測としては不可能じゃない」
「……仮に、現実世界の住所が判ったとしても……忍び込むのに、鍵はどうするの? 家の人とかは……?」
「被害者の二人、《ゼクシード》と《薄塩たらこ》は一人暮らし、古いアパートだった。鍵は型落ちの電子錠。この二人が襲われたことから何かしら開ける手段を有してると思っていい。侵入さえすれば無意識の体を殺すだけ」
「でも、それだと犯人を特定するのは難しくないんじゃない?」
「外傷は無く、心不全で死んだことから毒だと思う。しかも、発見された時は腐敗が進んでいて解剖じゃ判らなかった。それに昨今のVRMMOプレイヤーが無飲食でそのまま心臓発作で亡くなる例が存在する。警察はその線で事件を監査してるから気付いてないんだろう」
「…………そんな……」
シノンが僕のジャケットを摘まみ、頭を振る。
「……狂ってる」
「そう……狂ってる」
静かに、震えを抑えきれずに彼女に問う。
「シノンは、一人暮らし?」
「う……うん」
「鍵やドアチェーンは?」
「いちおう、電波ロックじゃなくてシリンダー錠も掛けてあるけど……鍵そのものは、うちも初期型の電子錠……。チェーンは……」
眉を寄せるシノン。固唾を呑む。
「……してない、かもしれない」
「そうか。…………落ち着いて聞いて」
震える唇を噛み締め、言い切る。
「君は、奴に拳銃で撃たれた。命中はしなかったけど、
シノンを恐怖が染めるのを見て、いても立っても居られず抱き寄せる。
「嫌……いや……」
強く、強く胸の中に抱き締める。
「いやよ……そんなの……」
後悔なんてしている暇は無い。
「あ……ああ……」
「深呼吸して。ゆっくり。ゆっくり。危なくないよ。大丈夫、安心して」
「あ……あっ……」
「ゆっくり……吸って、吐いて」
右手で背中をしっかり抱き、左手で髪を撫でる。
「僕が居る。ここに居る。だから大丈夫、君を殺そうとする奴らは何も出来ないし、何もさせない」
呼吸が安定したのを確認して、声を掛ける。
「……落ち着いた?」
「もう少し……このままでいて」
そう言われ、撫で続ける。
「……あなたの手、とても落ち着く。お母さんに似てる」
「そう、それは良かった」
胸に頬を押し付けられる。
「どうすればいいのか、教えて」
シノンの様子を見てもう大丈夫だと判断して、口を開く。
「死銃を倒す。そうすれば、君は命を狙われることは無い。僕がさっさと倒してくる。だから、ここで待っててくれ」
「本当に……大丈夫なの?」
「ああ、僕の現実の肉体は安全な場所にある。人の目もあるし、自宅でも無い。大丈夫だよ」
「でも……あのぼろマントはかなりの腕だわ。たった百メートルからの、へカートの狙撃を避けたの見たでしょう? 回避力だけでも、あなたと同等かもしれない」
「キリトが消耗させてるし、SAOでも何度も追い詰めた。確実に倒すよ」
シノンが時計を見る。つられて見ると、午後九時四十分、この洞窟に隠れてから二十五分経っている。
「多分、私もこのままここに隠れてはいられない。そろそろ、私たちが砂漠の洞窟に隠れてることに他のプレイヤーも気付いてる。洞窟はそんなに数がないから、もういつグレネードで攻撃されてもおかしくない。むしろ、三十分近くも無事だったのはずいぶん運がいいわ」
「……そう。ッ!!」
気配を感じて二丁を抜く。洞窟の入口に銃口を向けて徐々に近付く。
「ソル?」
入口の外側、一人のプレイヤーがこちらの様子を伺っている。
左手のS&W M500をアイトールに持ち替えて、一息に外に出て銃口を向ける。相手も手練だったようで、銃口を向けあって拮抗した。黒ずくめの装備に光剣と銃の二刀流。
「……キリトか」
「……ソルか」
無事だったキリトとの再会。銃口を向け合った再会は感動的と言えるかは置いといて、今は無事だったことを喜ぼう。
「死銃は?」
「追い詰めはしたけど逃げられた、すまん」
「いや、情報が得られるからこっちとしては大分助かる。おつかれ」
肩を乱雑に叩く。倒さなかったのはしょうがない。それにキリトの合流はとてつもない戦力上昇だ。
「それで、情報は?」
「やっぱりプレイヤースキルはかなりのものだった。ただ、立ち回り的に何かしらの隠し玉を持っているかもしれない」
「他のプレイヤーは?」
「残りは俺たちを入れて八人。……一人、死銃に撃たれた」
「……そうか」
死銃の共犯者が一人とは限らない。残念だけど、僕にはこれ以上被害を抑えることしかできない。
「行くぞキリト、うかうかしてられない」
「待って!」
シノンに呼び止められる。
「ここまで来たんだもの、最後まで、一緒に戦おう」
「……わかった。僕とキリトが外で次のスキャンを受ける。シノンはスキャン後、僕らが引き付ける内に狙撃ポイントへと移ってくれ」
「……気をつけてね」
シノンに手を振りキリトと外に出ると、何か言いたげな顔でキリトが見てきた。
「いいのか?」
「何が?」
「死銃はシノンを撃とうとした。この意味が解らない訳じゃないだろ」
「彼女は立ち向かった。僕らは、護りきるだけだよ」
「……この事件について何処まで気付いた?」
「全部。犯人も解ってる」
「菊岡に言ったのか?」
「……なんで?」
首を傾けると、キリトはやれやれと言って溜息をつく。
「はぁ、菊岡に言えば本名も住所も特定してもらえるだろ」
「は?」
言われてみれば、彼は政府でも立場を持っていたことに今になって気付く。
「あー」
「後で言っとけよ。はぁ、俺も色々考えたけど、やっぱりソルの方が早くに気付いてたか。……死銃のSAOでの名前も知ってるのか?」
「《赤目のザザ》」
「あのザザか!?」
《笑う棺桶》の幹部の一人だ。有名と言えば有名なのか。
二人で砂漠のド真ん中で雑談する。傍から見れば舐め腐った行為だが、二人とも隙なんて晒してない。
~~~~~
午後九時四十五分。本大会開始から七回目の《サテライト・スキャン》が行われる。キリトが夜空を見ている隣で端末を取り出し、起動させる。マップが表示され、光点が出現する。まだ光ってる点は五……いや、二人やられた。これで残ってるプレイヤーは僕入れて五人。表示されてるのは僕、キリト、
「ソル」
「何?」
「お前はシノンの傍に居てくれ」
いつになく真剣な表情のキリト。無意識に背筋を伸ばす。
「死銃は俺たちを無視してシノンを狙う可能性がある。お前はシノンに付きっきりで守ってくれ」
「……」
後悔なのか、表情に影が見える。シノンが死銃に襲われたことで自責していると感じた。ここは甘える所だと思い、洞窟の方に向けて歩き始める。
「わかった。任せたぞ、親友」
「ッ! 任せろ親友」
~~~~~
洞窟に戻ると、丁度シノンが移動しようと出てきた所だった。
「あれ? どうしたの?」
「僕はシノンの護衛になることになった。キリトを囮に発見次第狙撃するのは変わらない。大丈夫、キリトなら音のない狙撃を避けるくらい造作もない」
「そ……そう。状況はどう?」
「僕達以外は死銃と闇風だけ。闇風は此処から南西に六キロ。死銃も砂漠内に居るのは確定している」
シノンは顎に手を当てて考え込む。GGOでは彼女の方が圧倒的に経験値が高い。作戦が有るなら従うし、懸念事項ならば対応してみせる。
纏まったのか、顔を上げて決然と言う。
「闇風は、私が相手する」
驚きで少し固まってしまう。浅く調べた限りだが、闇風は前大会の準優勝者。AGI一極ビルド、プレイヤースキルは日本一とも言われるGGO日本サーバー最強のトッププレイヤーだ。
「いや、シノンはキリトの援護をしてくれ。闇風がキリトの方に行ったら……まあ、ご愁傷様ってことで」
「えぇ……」
「嘘嘘、来たら僕が相手する。だからシノンは死銃に集中してくれ」
「はぁ、わかったわよ。しっかり護ってね。私の護衛さん」
「どんと来い」
~~~~~
日は落ちて、空に星が散らばり始めている。シノンが狙撃位置に選んだのは潜伏していた洞窟の低い岩山の頂上だった。シノンはスコープを右眼で覗き、周囲を視認している。
キリトは砂浜の天辺にひっそりと立つ。北側には燃料のきれたバギーを並べ、北側からの狙撃を困難にしている。
(……来たか)
西から、闇風の接近を感知する。真っ直ぐ高速に移動する姿は暗さも相まって影のようだ。距離はあるが、ロングバレルにした我が愛銃たちの射程にはギリギリ入っている。岩山を降りて、少し前進する。二丁とも左右に構え、着弾予測円を縮め、息を吹き切り……
──Boom!!
銃声、シノンの持つライフルのように轟音とまではいかないがかなりの爆発音を嘶き銃弾を放つ。闇風はキリトまで一キロ以内にまで接近しており、意識はもう目の前の黒い的に注がれていたのかもしれない。
弾丸は両方とも左腕に命中、ただ威力減衰により仕留めきれていない。
進路を変えて闇風がこっちに向かってくる。僕は岩山の上に戻り、シノンを背に構える。左右に揺さぶりを掛けながら接近する闇風の進路上に弾をばら撒く。
視覚に頼れば避けられる。足の向き、体感の角度、慣性まで計算に入れて撃つ。初弾は脚を掠め、次弾は脇腹に入る。面白いように全弾吸い込まれ、五十メールまで接近された時には【Dead】タグが回転を始めた。反撃はされたが、アイトール一本で事足りた。
「ふぅ……」
「……化け物ね」
「失礼な。それほどでもないけど」
軽い絡みをする暇は無かった。白い光がキリトを横切る。死銃の狙撃弾だ。キリトは回避し、光剣の刃を展開する。オレンジの発光がキリトの向かい先で光り、弾丸が飛来する。難なく光剣で斬るキリト、ストロライドの広い走行フォームで距離を詰める。もう予測線の見えるキリトに弾丸は無意味だ。
シノンはスコープを弄って、狙撃体勢をとった。
轟音とともに発射炎が二つ発生する。――二つ!?
アイトールを抜きざまに左手でシノンの右肩を引き、右手で銃弾を弾く。軌道上はシノンに命中しなかったものの、体が反射で動いた。シノンにダメージは無かったがシノンのスコープは壊れてしまった。
目を凝らすと、シノンの放った弾丸は死銃のライフルに命中し、バラバラと部品が砂の上に落ちていた。
「ごめん。私が手伝えるのはここまでみたい」
「ナイスショットだったよ」
シノンの背中を撫で、あとは親友に任せる。
~~~~~
キリトが死銃に突進し、距離が零になる。キリトの光剣が死銃を容赦なく切り刻む。大会の視聴者を含めこの場の全員がそう思っただろう。しかし、死銃は壊れた銃身から一本の剣を取り出した。
「エス……トック」
目を瞠る。先端が針のように尖った細い剣身。SAOで奴が得物にしていたエストックだ。
(何故?)
僕が調べた所、GGOにはナイフ以外の金属剣というものは存在しない。だが、あれは確実にエストックだ。GGOでの死銃のステータスは恐らくキリトを上回る。そこに得意の得物を持つ死銃、慣れない光剣のキリト、勝負はかなり危うくなった。
「……キリト!」
シノンが叫ぶ、見ると、エストックがキリトの肩を深々と貫いている。
(……キリト)
~~~~~~~~~~
キリトside
貫かれた左肩に氷の針で貫かれたかの如き苦痛に錯覚を覚える。いや、これは錯覚ではない。記憶だ。かつてあの世界で、同じ武器に同じ場所を貫かれた時の感覚が蘇っている。
「……珍しい武器だな。というより……GGOの中に金属剣があるなんて、聞いてないぞ」
深く被ったフードの奥で、掠れた笑い声を漏らしなす。続いて切れ切れの声。
「お前と、したことが、不勉強、だったな、《黒の剣士》。《ナイフ作製》スキルの、上位派生、《銃剣作製》スキルで、作れる。長さや、重さは、このへんが、限界だが」
「……なら、残念だけど俺の好みの剣は作れそうにないな」
そう応じると、再びの笑い声。
「相変わらず、STR要求の、高い剣が、好みなのか。なら、そんなオモチャは、さぞかし、不本意、だろう」
俺の右手で低く唸る光剣《カゲミツ》は、オモチャ呼ばわりされたのが不満だったようで、ぱちぱちっと細いスパークを散らした。
「そう腐ったもんじゃないさ。一度こういうのを使ってみたいと思ってたしな。それに……」
ぶんっ、と振動音を響かせ、低く下げていた切っ先を中段に据える。
「剣は剣だ。お前を斬り、HPゲージを吹っ飛ばせれば、それで充分さ」
「ク、ク、ク、威勢が、いいな。できるのか、お前に」
フードの奥で、赤い眼光が不規則に瞬く。スカルフェイス状に造形された金属マスクが、気のせいかニヤリと嗤う。
「《黒の剣士》、お前は、現実世界の、腐った空気を、吸い過ぎた。さっきの、なまくらな《ヴォーパル・ストライク》を、昔のお前が見たら、失望するぞ」
「……かも、な。でもそれはお前も同じだろう。それとも、お前だけはまだ《
「……お前には、興味が、無いな。《黒の剣士》。《蜃気楼》は、どこだ?」
「お前なんかに教えると思うか?」
死銃は嘲笑うように囁く。
「お前は、邪魔だ。ここでオレに無様に
人形のように唐突な動きで、死銃は右手のエストックを突き出した。
正確に心臓を狙って伸びてくるその針を、俺は無意識のうちに光剣で迎撃しようとした。エネルギーの刃が唸り、エストックを横腹から断ち切った。はずだった。
嫌な、とてつもなく嫌な音が、アバターの内部から響いた。
俺は目を見開き、自分のみぞおちを貫く金属の輝きを眺めた。
死銃のエストックは、一部を焦がしているだけで、完全に形を保っている。後方に跳び、二、三歩と距離を取った俺に、死銃はエストックの刀身を舐めるかの如く口元で動かして見せた。
「……ク、ク。こいつの、素材は、このゲームで手に入る、最高級の金属、だ。宇宙戦艦の、装甲板、なんだそうだ。クク、ク」
そして、もうこれ以上会話をする気はないというように、死銃はマントを大きくなびかせて一直線に突っ込んできた。右手が霞むほどの速度で動き、切っ先の光が空中に無数の残像を描く。スラスト系上位ソードスキル《スター・スプラッシュ》八連撃。
剣によるパリィを封じられ、足元が砂地ゆえにステップもままならない俺の全身を、鋭利な針が次々に抉った。
~~~~~~~~~~
(……キリト!)
足を踏み出そうとして、地団駄を踏む。
約七百メートル離れた戦場で、キリトが全身からダメージエフェクトの光を零しながら吹き飛ばされている。死銃のあの動きは間違いなくソードスキル、それも上位のものだ。キリトは倒されていないが、慣れない戦況に苦戦を強いられている。
今にも走りだそうとする足を抑え、オレンジのダメージエフェクトが出るほど唇を強く噛む。シノンの狙撃はキリトに当たるかもしれない、僕が加勢すれば、死銃は一直線にシノンを狙うかもしれない。
(シノンを狙わないのを賭けるか? いや、危険過ぎる)
爪が掌を抉り、微小のダメージが発生する。
「ソル……。私、進んでみる」
「シノン?」
強く握った手を両手で優しく包まれる。手を開かれ、ダメージが発生した箇所を撫でられる。
「あなたは、進もうとしてる。辛くても、苦しくても、進んでいる。だから私も、進む。立ち向かってみせる」
「……シノン」
「作戦がある」
シノンは自身の考えた作戦を僕に話した。それは成功すれば死銃を倒せる効果の見込めるものだが、失敗すればシノンの命が危険に晒されるものだった。
「駄目だ! 危険すぎる!」
「でも、このままじゃキリトがやられて、あなた一人で私を守りながら戦う羽目になる。そんなのキリトの二の舞だわ。……大丈夫よ。私、これでもずっとこのゲームをやってきたのよ。やり遂げてみせる。それに、もし失敗しても、あなたが助けてくれるでしょ?」
「当たり前だ」
──本当に、僕は彼女に弱いらしい。