頑張って進めます。前書き書いてる余裕も無いです。
すみません
――人界歴380年 3月1日 北セントリア修剣学院。
「キリト、ソル」
「後……五分」
「…………」
「もう。二人とも、安息日だからって……寝過ぎだよ!」
布団を引き剥がされたキリトはゆっくりと起き上がるが、ソルは一向に目覚める兆しは無い。
「おはようユージオ」
「…………」
「おはよう。折角いい天気なんだし、今日は街に出掛けないかい? ソルは後でキリトが起こしといてよ」
「はーい」
「…………」
~~~~~
――北セントリア第6区。
「ふわぁ……」
「はむっ。うんめえ」
「こーら、ソル、歩きながら寝ようとしないの。キリトも、行儀悪いよ」
若き剣士三人は本日安息日、活気賑わう繁華街にて食べ歩きをしていた。
「焼き立てが最高に美味いんだから、すぐ食べなきゃな」
「相変わらずだね、キリトは」
「……はむ」
「あ、こら! さり気なく食いつくんじゃねえソル!」
「焼き立てを見せびらかすキリトが悪い」
噛み付いた一口を飲み込むと、ソルはまたうたた寝を始める。……歩きながら。その様子にユージオは苦笑いし、キリトは慣れたもんだと微笑んだ。
「しっかし、早いもんだなあ。ルーリッド村を出てからもう二年か」
「うん、本当に色々あったもんね。二年前、ザッカリアの街に着いて、農場に住み込みで働かせて貰いながら剣の腕を磨いたり。剣術大会で優勝して、ザッカリアの衛兵隊へ入隊したり。……更にこうやって王都まで来て、修剣学院に入れるなんて、未だに夢なんじゃないかって思うことがあるよ」
「もう学院に入って一年だぞ。慣れろよユージオ」
「あはは、そうだね」
他愛なくも過去を振り返りながら、街道を歩く。
「キリト?」
そんな三人のうち黒いのを呼び止めたのは美しい長髪を下ろし、私服姿の上級修剣士、ソルティリーナ先輩が居た。
「リーナ先輩」
「偶然だな」
「「「おはようございます!」」」
「おはよう」
「そっちの君たちは……ユージオくんとソルくん、だったかな?」
「はい!」
優等生なユージオの声はガチガチに硬い。ソルは小さく溜め息を吐く。
「そんなに緊張するな、そこの二人を見習ってもっと肩の力を抜いてくれ」
「リーナ先輩は何の用事で?」
「実家に帰っていたのだが、買い出しを頼まれてな」
ここでもユージオの優等生が発動される。
「お、お手伝い致しましょうか?」
「君がか? 君はゴゴロッソ・バルトー殿の傍付きだろ?」
「出すぎたことを、失礼しました!」
(固い、固いよユージオくん!)
「それに……」
「ん?」
(お前はもっと緊張しろキリトぉ!)
眠たかった脳が急激に活性化する。ユージオは兎も角、キリトのこういった体質は本当にやばいとここ二年で学習している。
「それに、もし名乗り出るなら私の傍付きが先に言うべきじゃないか?」
「いやー、あっはっはっは……」
「まったく……、気持ちは有難く貰っておくよ。だが、大した物は買わないから大丈夫だ。折角の安息日くらい、仕事を忘れていいんだぞ。と言っても、その仕事ももうすぐ終わるのか。私たちは卒業だからな」
「もっと、色々教わりたかったです」
「そう言って貰えると先輩冥利に尽きるよ」
何とも麗しき素晴らしき先輩であろう。感動していると、キリトは急に頭を下げた。
「明日からも、よろしくお願いします!」
「よろしくお願いします!」
「お願いします」
「ああ」
(ウォロ先輩の次に強い人……か)
~~~~~~~~~~
「今日はここまでだな」
「ありがとうございました!」
修剣士の指導が終わり、礼をする。
「ウォロ先輩」
「どうした?」
「リーナ先輩のことどう思ってますか?」
そう、何を隠そう僕はウォロ・リーバンテイン上級修剣士の傍付きなのだ。ウォロ先輩は首席の修剣士。学内一の剣士だ。貴族によくある傲りや怠慢など無く、人格者の剣士だ。
何故自分を傍付きに選んだか聞いた時には「お前が一番強そうだったからだ」と仰る程に向上心のあるお方だ。だからこそ尊敬もするし、彼に見初められたことが嬉しく思う。そんな彼にこそ、次席であるリーナ先輩がどう映るのか知りたかった。
「ソルティリーナ・セルルト上級修剣士か……。そうだな、彼女のことは誇りを忘れない素晴らしい剣士だと思っている」
「なんか意外……、ってことにはもうなりませんね」
「もう俺の顔が怖いとは思ってないようで結構だ」
「いや、慣れてしまってることが怖いなぁ……いや何でもアリマセン」
そんな顔で真剣を抜こうとされると冷や汗が止まらなくなる。流石に冗談だったのか、気迫を消して剣を鞘に収める。
「もう行け。刻限に間に合わなくなるぞ」
「はい。では失礼します!」
~~~~~
「お待たせユージオ」
「おつかれソル」
「キリトは……遅刻か」
食堂にはユージオだけ、キリトの姿はまだ無かった。どうせリーナ先輩の稽古が特別版でさ、とか言い訳するに違いない。とか考えてるうちに。
「遅いよキリト」
「悪い、リーナ先輩の稽古が特別版でさ」
「ほら、早く食おうぜ。冷めちまうよ」
学院生活でも食事は確かな娯楽だ。毎日美味い飯が食えるだけで学院に入った価値は有る。
「まったく羨ましい話ですなあライオス殿」
そんな娯楽に泥水以下の声が響く。
「我らが汗水垂らして掃除した食堂に、後から悠々とやって来てただ食べるだけとは、いや本当に羨ましい」
「まあそう言うなウンベール。傍付き練士の方々にも、きっと我らには伺い知れぬ苦労があるのさ」
「それもそうですなあ。傍付きは指導生に言われるがまま、何でもしなくてはならないそうですからなあ」
「わざわざ貴族出身者以外を傍付きにするような奇特な方だ、さぞ珍妙な指示が出るのだろう」
ライオスとウンベールは貴族出身の典型的な選民思想を持つ。彼らは剣の修練より小言の創作に時間を割いているらしい。
耳が腐りそうな汚い汚物に思わず美味い飯も不味くなりそうだ。
「相手にすることないよ」
ユージオが諭すように言うが、僕はそんなに寛大じゃあない。
「まったくまったく、首席たるウォロ先輩の指示たるや真剣での打ち合いやら、常軌を逸した鍛錬やらで大変実りの有る物ばかりだ! 鍛錬で血と汗と涙を流してから食べる食事の美味いことよ! このような経験生涯にて以後ないと断言出来ようぞ!」
態と大袈裟に声を上げて、食堂中に響かせる。後ろから二人分の舌打ちが聞こえるまでがセットだ。
「大丈夫なの?」
「何かあれば言えよな?」
「いや、そういうことじゃないと思うぞ……」
~~~~~~~~~
夕食を終えた僕らは学院の花園に来ている。周りに灯の類は無いが、雲のない夜空の月明かりのお陰で花たちの姿もよく見える。
「随分育ったね。もう蕾が膨らんできてるじゃないか」
「咲くまでもう幾許じゃないか? 間に合いそうで良かった」
「ここまでに三回失敗してるからな。今度こそ咲いてくれるといいけど」
「リーナ先輩の卒業祝いに自分で育てた花を贈ろうとするなんて、意外だったよ」
キリトが育てているのは、北帝国では決して咲かないと言われるゼフィリアの花。それでも、キリトは花達をここまで育て上げた。
「しかし、二年も一緒にいるのにキリトにこういう趣味があるとは知らなかったなあ」
「ああ、俺も知らなかったよ」
「へえ、あんなに根気よく世話していたのにか?」
揶揄うように言うと、苦笑いするキリト。実際、彼の行動は出会った時から少しづつ変化してる気がする。
「もしかしたら、記憶が戻る前兆なのかもしれないね。ルーリッドに現れる前、花を育てていたとか。あるいは、そういう天職だったのかも」
「そ、そうだな。俺……水持ってくるよ」
「?」
ユージオに言われると、僕の顔を見つめ、キリトは立ち上がる。訳がわからずキリトを見ていると、ユージオは更にキリトに聞いた。
「ねえ、キリト」
「ん?」
「キリトは、もし記憶が全部戻ったら……どうするんだい?」
「どうするって?」
「キリトが整合騎士を目指しているのは、僕達の目的に付き合ってくれているからだろ。公理教会に連行されてしまったアリスを探すっていう……。でも、記憶が戻ったら、故郷に…………」
キリトは数秒また僕を見て、優しく笑うと、ユージオの背中を叩いた。
「例え記憶が戻っても、俺は帰らないよ。俺は剣士だった、それだけは確かだと思う。剣士なら整合騎士を目指すのは当たり前だろ?」
「……僕は、弱い人間なんだ。キリトと出会わなければ、今もまだ……毎日毎日斧を振って、ソルの足を引っ張ってたと思う。天職を言い訳にして、ソルが傍にいてくれるのに満足して……」
「ユージオ……」
ユージオが僕のことも気に病んでいたことは知っていた。寧ろ、僕の方こそユージオに負担を掛けてしまっていたと思う。
「この学院に入れたのも、キリトが僕らを引っ張ってくれたお陰なんだ。それなのに……僕は今、記憶が戻っても故郷に帰らないってキリトが言ってくれたことに、凄くホッとしているんだ」
「ユージオは心配し過ぎだ。同じベクタの迷子の僕はずっと一緒だったろ? キリトだってそうそう記憶が戻ることも、急に居なくなることも無い、そうだろキリト?」
「ああ、俺はお前らに出会わなかったら、とても王都まで来られなかったからな。道もわからない、記憶も無い、銅貨一枚すら持ってなかったからな。俺たちがここに居るのは、俺たち三人が集まったからだ。これからだって、俺たち三人が力を合わせれば何だって出来る。あれこれ考えるのは、整合騎士になってからでも遅くないだろ?」
「…………そうだね!」
ユージオは僕の手を取って立ち上がると、先程の暗い顔はもう何処にも無くなり、いつもの爽やかな笑顔に戻っていた。
「その為にまずは、修剣士検定試験で十二位以内の成績を取らないと」
「俺、神聖術が少し怪しいんだよな。部屋に戻ったら教えてくれよソル」
「よしわかった。終わるまで寝られるとは思わないことだな」
「あー……。明日は……」
「あ、そういえば」
「ちっ、命拾いしたなキリト」
「楽しみだね」
「なんたって一年も待ったんだからな。早く使いたいぜ」
「ったく。勉強は剣を受け取ってからだな」
~~~~~~~~~
――北セントリア第七区 サードレ金細工店前。
「見ろい! この有り様を! この黒煉岩の砥石は、三年使えるはずが、たった一年で六つも全損してしまったわい!」
音圧のある声で怒鳴るように叫んでいるのはこの店の店主。今回キリトがある物を依頼した人物だ。顔には皺が寄り、立派な髭を生やした、まさに職人といった風貌の店主は、砥石だった物と思われる石を机に散らかす。
「ほんと……すんません」
「あの枝ときたら、どんなに力を込めようと僅かしか削れん。ワシがこの一振にどれだけの時間を費やしたと思っとるんじゃ。そもそも、ワシの天職は金細工師であってだな……」
「そ、それで、剣は出来たんですか?」
やや不満そうな顔をしながらも、店主は何やら重たそうな包みを取り出した。
「若いの、まだ研ぎ代の話をしとらんかったな」
「うぇ!」
店主の真剣な顔からも、相当な物だと容易に想像できた。
「大丈夫だよキリト。念の為に、僕もお金全部持ってきたから」
「安心しろ、最悪ツケにしとけばいい」
そう言いつつも懐の銭入れの中身を確認する。……足りるだろうか。
「タダにしといてやらんでもない」
「「「え? ええ!!」」」
「ただし! お前さんが、このバケモンを振れるならじゃ。こやつ、剣として完成した途端一際重くなりおった」
「化け物……ですか?」
キリトが包みを取る。そこにあったのは、黒い、真っ黒な剣だった。
(黒い、剣…………)
少し頭痛がして、眉を下げた。
─ブン……。
キリトが剣を振ると、辺りには旋風が起こる。それは、
「凄いよキリト」
「ふん、学院のヒヨっ子練士が、そいつを振りおったか」
これには店主もご満悦。
「いい剣です」
「当たり前じゃい。だがまあ、約束だ。そいつはお前さんのもんだ」
「ありがとうございました!」
(やっぱり黒が似合うな)
頭につっかえる何かに気を取られながらも、キリトは素振りに、僕はユージオと寮に帰った。