ようやく分岐点まで来ました。
「早く起きなさいソル修剣士。貴方の友人が待っていますよ」
澄んだ声に起こされる。大罪人一人だけの独房の扉を開けたのはアズリカ先生だった。
「アズリカ先生……」
「ソル修剣士、私は貴方のことが何一つわかりませんでした。ですが、これだけは断言出来ます。
「よく見てますね」
餞別のつもりなのか、今までに無い優しい声色だった。見てくれていたことに嬉しくも淋しくもある。
「さあ、貴方を迎えの者に引き渡さなくてはいけません」
「……大丈夫です。僕は一人じゃありません」
「それが言えるなら安心です」
淡白な受け答えだが、今はそんな調子が丁度いい。
「こちらです」
後悔は後に悔やむ行為だ。僕に悔いは無い。あるのは心配だけだった。
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「ようソル」
「おはようソル」
「おはよう。目は大丈夫かユージオ?」
「うん。アズリカ先生のお陰でね」
またこの三人で一緒に居られることに安堵し、同時に前の気配に警戒する。
僕らの連行するのはきっとあの金色の騎士様だろう。何処かに見覚えのある面影を感じながら。三人が近付くと騎士は此方に振り向いた。
「アリス? アリス!」
衝動のまま彼女に近付くと、剣で殴られる。間一髪で躱すが、庇った手首がジンジンと痛む。
「危ないじゃないかアリス!」
「言動には気を付けなさい。私はお前達の天命を七割まで奪う権利があります。次に許可無く触れようとしたらその手を切り落とします」
「……アリス?」
彼女は確かにアリスだ。数年会っていなくてもわかった。見間違う訳が無い。彼女はアリス・ツーベルクだ。
「あの騎士がお前達の探していたアリスなんだな?」
「ああ、間違いない」
「うん」
「この場は指示に従おう。罪人のとしてでも、セントラル・カセドラルに入れさえすれば少しは事情がわかる筈だ」
キリトの言葉に僕とユージオは頷く。今はアリスが生きていたことを喜ぶことにする。
「ついて来なさい。上級修剣士ソル、上級修剣士キリト、上級修剣士ユージオ、そなたらを禁忌条項抵触の咎につき、捕縛、連行し、審問の後……処刑します」
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僕らを連行するのは飛竜らしい。キリトは右脚、ユージオは左脚、僕は首にとそれぞれ鎖で繋がれる。特に僕の場合、あの日のアリスを思い出してしまう。
「ティーゼ!」
「ロニエ!」
どうやら傍付き達が来たらしい。
「き、騎士様! お願いがございます!」
「先輩方に剣をお返しする許可をどうか!」
「……いいでしょう。しかし罪人に剣を帯させる訳にはいきません。これは私が預かります。…………会話をするなら一分間に限って許可します」
(優しい所は変わらないな)
アリスはあの頃もそうだった。懐かしい記憶に感慨深くなっていると、ふと目の前が暗くなった。
「先輩……」
「ルーナか……」
「……迎えに行きますから、待ってて下さい」
僕に自前の剣は無いから来ていないと思っていたが、彼女も来ていた。
彼女は何時でもそうだった。マイペースというか、ほのぼのというか、そんな所に安心していた自分が居た。
「なら、待ってるよ。早くしないと処刑されちゃうから、早く来てね」
「……ええ、必ず行きます。……………………私の、先輩」
「時間です。離れなさい」
アリスが飛竜の縄を操ると、飛竜は羽を大きく羽ばたかせる。向かうはセントラル・カセドラル。罪人の処刑台だ。
「絶対! 絶対待ってて下さいねー!」
彼女らしくない、必死な叫び声に微笑みながら、僕らは空へと連行された。
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「お前は私と来なさい」
「僕だけ?」
セントラル・カセドラルの内部に入ると、アリスは僕だけを上に、二人を下に連れていくよう指示した。
アリスは僕の両手の枷に繋がる鎖を握る。
「キリト、ユージオ…………先に行ってるぞ」
「ソル……」
「ユージオ、そんな不安になるなよ。ソルなら大丈夫さ」
気は進まないが、従う他ないだろう。二人なら大丈夫だ。地下牢だとか監獄だとか、そんなもので彼らは止まらない。
「行きますよ」
「……わかったよアリス」
アリスに引かれて回廊を歩く。アリスと二人きり、彼女と話すなら今しかない。
「なあアリス、覚えてるか? 僕らがルーリッド村で過ごしたこと。ユージオのこと……僕のこと」
「……何故お前は私の名前を知っているのです? 私は天界より召喚されし整合騎士。私とお前は初対面のはずです」
「っ! 忘れたのか!? 僕はソル、ソルだよ! ルーリッド村で
「幼馴染……? ソル……?」
アリスの額に紫の光が逆三角の形になる。その光を見た途端、背筋に悪寒が走る。あれは良くない物だと本能が告げる。
「君の名前はアリス・ツーベルク。ルーリッド村の村長の娘、妹の名前はセルカ。得意な料理は果物のパイ。嘘をつく時に目線を左に泳がす癖がある」
「ソル…………。セルカ…………」
「一緒にユージオをからかったり、キリトと森を探検したりしただろ! 思い出せアリス!」
アリスの額から紫結晶の三角柱が出てくる。三角柱が数センチ伸びてきた所で、僕はそれを掴んだ。
「アリス! 僕だ……ソルだ! 思い出せ、全部!」
「ソル……?」
「ああ、ソルだ。何故、何故忘れてしまったんだ…………アリス!」
「毎日、夢に見た……。ソル…………私の…………大切な……人」
虚ろな瞳のアリスは呟く。再びアリスの中に入ろうとする三角柱を引っ張るが、ビクともしない。
(やばい……こいつは何かがやばい)
これが力ずくでは取り除けないことを悟る。歯噛みしていると、頭の中に文字の羅列が思い浮かんだ。
「システム・コール、コネクト・トゥ・メモリアル!」
短い詠唱、だが、その神聖術は僕の望む効果を発動させた。
「これは……」
「あ…………」
この時、僕とアリスの記憶は
「っ痛!」
急激な負荷に頭痛がすると、弾かれるように火花が散り、僕は吹き飛ばされる。
その弾みで三角柱もバラバラに砕ける。砕けた破片は天命が尽きて消え去った。
「……アリス?」
アリスを見れば仰向けに倒れている。傍に近寄ると、ゆっくりと目覚めた。
「……ソル?」
「おはようアリス。調子はどう?」
今のアリスから敵意は感じられない。砕けた口調で話すと、アリスは困惑した表情をする。
「あなた、私に一体何をしたのですか? この記憶は……」
「僕らはルーリッド村で過ごし育った幼馴染。君はアリス・ツーベルク。果ての山脈で禁忌を犯し、離れ離れとなった僕の…………大切な人」
「幻惑の術にしてはあまりにも現実的過ぎます。……正直、信じられません」
「信じなくてもいい。ゆっくりでいいさ、君には時間がある」
僕は手の鎖を鳴らすと、アリスはハッとする。今の僕は大罪人で、アリスは連行任務の途中。今この事実を変えることは出来ない。それに…………
「君はまだアリスであってアリスじゃない。いつか
「…………」
記憶は人格を形成するが、人格を型どるのは記憶だけじゃない。元の記憶と別の記憶が混じると、その人の人格は元の人格に戻る訳じゃ無い。人格の形成は積み重ねだ。記憶の
「早く行こうよアリス」
「……あなたはこれから処刑されるのですよ? 何故そんな顔をしていられるのですか?」
「二人を、君を信じているからさ」
階段を登り終え、昇降盤を降り、厳重な扉の前に着いた。
「オッホッホ! これはこれは……お手柄ですよサーティ。こいつは使える駒になりますよぉ」
跳ねる肉袋と見間違えたが、どうやら人間のようだ。青と赤の道化服を纏った、薄気味悪い血色の肌。カタカタと嫌に気が散る声のピエロにアリスは顔を顰める。
「もう下がってなさい三十号。こいつを猊下の元に連れて行くのはワタシがします。そいつを置いてさっさと立ち去りなさい!」
「…………では、私はこれで」
「ああ、そうだ」
最後の言葉を忘れていた。
「アリス、あの二人は必ず来る。精々身構えてろよ」
空元気の笑顔でアリスに言い捨て、肉団子の前に出る。
「ごちゃごちゃ五月蝿いですよ! システム・コール!」
(どうか、三人の行く末に幸有らんことを……)
僕の意識は、ここで途切れた。