場面はもう最終局面。
最後の結末や如何に!
扉から現れた少女、彼女はアリスとキリトの傷を治し、我の傷口を塞いでくれた。
「すまぬ。今のワシにはお主への干渉権を有しておらんゆえ、治せるのはここまでが限界じゃ」
体も口も動かないが、目で十分であることを伝えると、彼女は悔しそうに手に持つ杖を握った。
「キリト……この方は一体?」
「カーディナル、二百年前にアドミニストレータと戦い、追放されたもう一人の最高司祭だ。大丈夫だ味方だよ。俺とユージオを助けて、ここまで導いてくれた人だ。この世界のことを心から愛し、また憂いている」
アリスが我に肩を貸しながらもキリトとカーディナルに近づく。
「わかりました。私の傷を癒して下さったこの方の力の温かさを信じます」
カーディナルという名前に聞き覚えがるように感じるが、今は置いておく。カーディナルはアリスと我の感謝に頷くと、あの蜘蛛の傍に浮遊して行った。
「この頑固者。任を解き労を労い、お前の好きな本棚の片隅で望むように生きよと言うたじゃろうに」
「シャーロットもフラクトライトを持っていたのか?」
「いや、お主の世界の言葉を借りればNPCと同じ存在じゃ」
「で、でも……でもさ、彼女は俺を救ってくれた。俺の為に自分を犠牲にしたんだ。何故……なんでそんなことが……」
「この子はもう二百年も生きておった。その間ずっとワシと語らい、多くの人間達を見守ってきたのじゃ。お主に張り付いてからでも早二年、それほどの時を共に過ごせば例えフラクトライトを持たずとも、例えその知性の本質が入力と出力データの蓄積にすぎなるとも、そこに真実の心が宿ることだってあるのじゃ……。そう、時として愛すら…………貴様には永遠に理解出来ぬことであろうがなアドミニストレータ。虚ろなる者よ」
アドミニストレータは不敵に笑う。何処までも見下した、上に立とうとする者の眼だ。
「来ると思ったわ。その坊や達を虐めていれば、いつかはカビ臭い穴蔵から出てくると思ってた」
「ふん、暫く見ぬ内に、随分と人間の真似が上手くなったものじゃな」
「あら、そう言うおチビさんこそ。そのおかしな喋り方は何のつもりなのかしら。二百年前、私の前に連れて来られた時には心細そうに震えていたのに。ねえ、リセリスちゃん?」
「ワシをその名で呼ぶなクィネラ! ワシの名はカーディナル、貴様を消し去る為にのみ存在するプログラムじゃ」
「ふふ、そうだったわね。そして私はアドミニストレータ、全てのプログラムを管理する者、挨拶が遅れて悪かったわねおチビさん。あなたを歓迎する為の術式を用意するのにちょっと手間取っちゃったものだから……」
アドミニストレータは掌を上に翳し握ると、何かの術式が発動した。窓ガラスが全て壊れ、形容し難い謎の空間がこの最上階を覆い尽くす。
「貴様……アドレスを切り離したな!」
「二百年前、あと一息で殺せるという所でお前を取り逃したのは確かに私の失点だったわおチビさん」
次にアドミニストレータは昇降盤を破壊した。これで、アドレスとやらが繋がらない限りこの場からの脱出が不可能になった。
「だからね、私はその失敗から学ぶことにしたの。いつかお前を誘い出せたら、今度はこっち側に閉じ込めてあげようって。鼠を狩る猫の居る檻にね」
「この状況ではどちらの陣営が猫でどちらが鼠なのかはわからぬと思うが? 何せ我々は五人、そして貴様は一人じゃからな」
「五人対一人? いいえ、その計算はちょっとだけ間違っているわね」
雷で黒焦げとなった剣塊が再度起き上がる。どうやら、奴の天命はまだ残っているようだ。
「正しくは、五人対三百人なのよ。私を加えなくてもね」
「三百……人?」
「貴様……なんと、なんという非道な真似を! その者達は本来貴様が守るべき民ではないのか!」
「民? 民って……人間?」
「人……だと言うのですか……あの怪物が?」
「…………?!!」
つまりは、あの剣塊の剣一つ一つが元人間、我らが守るべき存在であったと言うのか。その事実に驚愕し、目を瞠る。
「守るべき民とか、私がそんな低次元なことを気にする訳ないじゃない。私は支配者よ。私の意思のままに支配されるべきものが下界に存在していればそれでいいの。人だろうと剣だろうとそれは大した問題じゃないわ」
「貴様……!?」
「あら、まさかヒューマンユニットをたかが三百個程度物質変換したくらいで、驚いてる訳じゃないわよねぇ?」
「たかがじゃと?」
「これはあくまでもプロトタイプなのよね。いやったらしい負荷実験に対抗する為の完成形を量産するにはざっと半分くらいは必要かなって感じだわ」
「半分……とは?」
「人界に存在する約八万のヒューマンユニットの半分……それだけあれば足りるんじゃないかしら? ダークテリトリーの侵攻を退けて、向こう側に攻め込むのにね」
キリト達は言葉を失う。民を守る為に、民を化け物へと変えるアドミニストレータの考えは取捨選択と捉えるとまだ情状酌量の余地があるが。アドミニストレータはそれを低次元と罵った。彼女が求めているのは己の支配だけ、そこに他者は入らない。何処までも独りよがりで、冷たくて悲しい。
実際、彼女の”色”はドス黒を何重にも重ねた形をしている。その下にあったはずの色が見えなくなる程、重ね、隠し、怯えてきたのが解る。
「どう、これで満足したかしらアリスちゃん? あなたの大事な人界はちゃんと守られるわよ」
アリスの剣を握る手が震える。
「……最高司祭様、もはやあなたに人の言葉は届かない。故に、神聖術士として尋ねます。その人形を作っている三十本の剣、その所有者は何処にいるのです? 例え最高司祭様が、完全支配できる剣は一本のみという原則を破れたとしても、その次の原則は破れないのです。記憶解放を行うには、剣と主の間に強固な絆が必要となる。司祭様、その人形を形作る剣の源となったのが罪なき民達だと言うのなら……貴方が剣に愛される筈が無い!」
「答はアリスちゃん達の目の前にあるわ。ユージオには、もう解ってるはずよ」
ユージオは天井を見上げる。天井には、ステイシア神などの壁画と、光る星のような装飾がある。
「あの天井の水晶、あれはただの飾りじゃない。あれはきっと整合騎士達から奪われた記憶の欠片なんだ」
「な?!」
「おのれクィネラ、貴様は……貴様何処まで人を弄ぶつもりなのじゃ! シンセサイズの秘儀で抜き取った記憶ピースを、精神原型に挿入すればそれを擬似的な人間ユニットとして扱うことは可能じゃ。しかし、その知能は極めて限定され、とても武装完全支配術などという、高度なコマンドを行使することはできん。じゃが、記憶ピースとリンクする武器の情報が重複する場合は別じゃ。…………すなわち、整合騎士達から奪った記憶に刻まれた愛する人間達を使って剣を創った。そういうことじゃな、アドミニストレータよ!」
我らに戦慄が走る。意味のわからない単語ばかりだったが、あの剣塊が元人間……更には騎士達の愛するものであることは解った。未だに動こうとしない身体に必死に力を込める。
「騎士達の模擬人格が望むのはたった一つ。記憶している誰かに触れたい、抱き締めたい、自分の物にしたい、そういう醜い欲望がこの剣人形を動かしているの。彼らは今、すぐ側にその誰かが居るのを感じているわ。でも触れない、一つになれない。狂おしい程の飢えと、渇きの中で見えるのは……邪魔をする敵の姿だけ。この敵を斬り殺せば、欲しい誰かが自分の物になる。だから戦う。どんなに傷を負っても、何度倒れても、起き上がって永遠に戦い続けるの。どう、素敵な仕組みでしょうる? 本当に素晴らしいは、欲望の力という物は」
アドミニストレータは欲望と言うが、それはきっと……。
「違う! その感情を欲望などという言葉で穢すな! それは……それは……純粋なる愛じゃ!」
「同じことよ、愚かなおチビさん。愛は支配、愛は欲望、その実態はフラクトライトから出力される信号に過ぎない。そして何より重要なのは……その事実を知ってしまった今、お前には決して人形を破壊出来ないということよ。何故なら! 人形の剣達は、形を変えただけの生きた人間どもなのだから!!」
「くっ……。ああ、そうじゃな。ワシには人は殺せぬ。人ならぬ身の貴様だけを殺す為に二百年の時を費やして術を練り上げてきたが、どうやら無駄だったようじゃ」
「ふ、ふっふっふっ! なんて愚かな、なんて滑稽なのかしら。この世界に存在する命なるものは全て書き換え可能なデータの集合に過ぎないのに」
「いいや、人だともクィネラよ。アンダーワールドに生ける人々は、我々が失ってしまった真の感情を持っている。笑い、悲しみ、喜び、愛する心をな。それ以上の何が必要であろうか」
カーディナルは杖を放り投げ、その小さな手を広げて叫んだ。
「ワシの命はくれてやる! 代わりに、この若者達の命は奪わんでやってくれ!」
「何を!」
キリトが飛び出そうとするが、剣塊の床を削る甲高い音に怯えてしまう。
「そんな交換条件を受け入れて、私にどんなメリットがあるのかしら?」
「戦闘を望むなら、その哀れな人形の動きを封じながらでも貴様の天命の半分くらいは削ってみせるぞ。それ程の負荷が掛かれば、貴様の心許無い記憶容量が更に危うくなるのではないか?」
「ふぅーん。ま、いいわ」
アドミニストレータは剣塊に待機命令を出して待機させる。
「私も、面白い遊びを後に取っておけるし……ね。じゃ、ステイシア神に誓いましょう。おチビさんを」
「いや、神ではなく貴様が唯一絶対の価値を置くもの、自らのフラクトライトに誓え」
「はいはい。それでは私のフラクトライトと、そこに蓄積された大切なデータに誓うわ」
「おチビさんを殺した後、後ろの三人は無傷で逃がしてあげる」
「四人じゃ! ソルを解放しろ、クィネラ!」
「……はあ、しょうがないわね」
カーディナルは我達を一瞥する。申し訳なさそうな顔で言う。
「すまぬな」
一人、ちいさな背中で我らを庇いながら、アドミニストレータの前に一人その身を差し出した。
アドミニストレータは手に細剣を出すと、黒い雷をカーディナルに放つ。何度も、何度も何度も何度も、命を弄び、高笑いするアドミニストレータに明確な殺意が湧き上がる。
その時、《戦憶の剣》が我に
『急ぐけど時間がかかる。奴の命令を破棄、再度の上書きを実行するんだ僕!』
その声は紛れもない
「さあ、そろそろ終わりにしましょうか。さようならリセリス。さようなら私の娘。そして……もう一人の私!」
トドメとも言える一撃がカーディナルに直撃する。アリスの肩を借りながらも、カーディナルに寄り添う。
「ごめん。ごめんよ……」
「何を……謝ることがある……。お主らには、まだ果たすべき使命があるじゃろ。四人で……この……儚く……美しい……世界を……」
カーディナルの手をアリスは優しく握る。その目には涙が溢れていた。
「必ず、必ず、貴方様に頂いたこの命、必ずや御言葉を果たす為に使います」
キリトも涙を流す。我は、ぎこちないが動かせるようになってきた手でカーディナルの頬に触れる。
「カ……ディ…………」
「ソル……。お主には、ワシの権限を譲歩することができる。三人を……頼んだぞ」
触れた手を伝って、情報が我の中に流れてくる。これは一種の
「僕は……僕は今ようやく、自分の果たすべき使命を悟りました。僕は逃げない。僕には成さねばならない役目があります」
ユージオは話す。何か思い付いた顔で、カーディナルに懇願する。
「カーディナルさん、貴方に残された力で僕を、僕のこの身体を剣に変えて下さい。……あの人形のように」
「ユージオ……そなた……」
「僕らがここから逃げたら、アドミニストレータは世界中の人間達の半分をあの恐ろしい怪物に変えてしまう。その悲劇を防ぐ為の最後の可能性が残されているとすれば、それは……この術式の中に」
ユージオはカーディナルの手を取り、跪く。
「システム・コール、リムーブ・コア・プロテクション」
ユージオは謎の神聖術を発動させると、額から流れるような光が手に集まり、自身の窓を開いた。
「お願いします。カーディナルさん。あの怪物を動かしている力よりも、僕らの絆の方がずっと強いはずです」
「駄目だ、やめろユージオ!」
「いいんだキリト。これが僕の成すべきことなんだ」
「ユー……ジ……オ」
キリトはユージオの覚悟に口を挟めず、アリスは心配そうな顔で頷く。
「よかろうユージオ。我が生涯最後の術式を、そなたの決意に捧げよう」
カーディナルの術がユージオの窓に入り、額に集束する。
術式を受け取ったユージオは天井の水晶の一つを呼び込む。青く澄んだ、綺麗な水晶。
《青薔薇の剣》はユージオに呼応し、融合を始める。
「死に損ないが、何をしている!」
「させない!」
アドミニストレータは悠長に待たずに雷撃を放つが、アリスが花群を床に刺すことで、雷撃を発散させる。
「私に雷撃は効かない」
「騎士人形風情が、生意気を言うわね。みんな燃え尽きてしまいなさい!」
アドミニストレータは神聖術で火弾を放つ。多くの火素で構成された火弾は直撃すれば天命が尽きそうな威力を持っている。
「エンハンス…………アーマメント!」
気合いで一瞬だけ動くと速攻で武装完全支配術を展開。対象と妨害の記憶を司る《無戒盾》を顕す。
「ぐっ!」
「きゃあ!」
右脚で飛び上がりアリスを庇うが、万全では無いこの身体で火を遮断することはできても勢いまでは堪えきれなかった。後ろのアリスを巻き込みながら吹き飛ばされる。
しかし、時間稼ぎは間に合ったようだ。ユージオは青い光に包まれると、一振の剣へと変化した。あの水晶も、剣の窪みに嵌る。
「リリース……リコレクション……」
カーディナルの声でユージオは光と共に完全な剣へと変わってしまった。
無戒盾
其の盾は、ある守護者の記憶を元に創られた。
其れに込められた記憶は、誓約の者を何人からも守り抜いた記憶。
如何なる強敵が害を成そうとて、その悉くの行く手を阻み続けるだろう。
属性は《穿壊無効》
全てを受け止める盾が汝の大切な者達を護るだろう。