アンダーオブウォーも突入します。
時間無さすぎ。
――人界歴380年 10月21日。
ルーリッド村の外れにある山家。木材を使った立派な造りのこの家で、アリス達は慎ましい生活を営んでいた。
「これでよし」
アリスは台所でスープを作っている。整合騎士だった彼女に料理の心得は無いが、ソルに渡された記憶を頼りに覚束ない手つきで作る。
「ただいまアリス」
「おかえりなさいユージオ」
村の依頼の仕事を終えたユージオの帰宅を出迎える。ユージオの手には今日取れた野菜の籠。
「今日も、起きなかったね……」
「ええ……」
食卓に並べられた三人分の食事と、暖炉の近くで車椅子に座るキリトを見る。それらは、今日もまだ彼が目を覚ましていないことを物語っていた。
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――アドミニストレータ殺害後。
ユージオside
「キリト! ソル!」
アドミニストレータとの戦いを終えて、キリトが何かを操作している時の出来事だった。もしかしてと思って身体を触っていたソルが急に飛び出してキリトを突き飛ばすと同時に、二つの光の柱が二人を貫いたと思えば、二人は意識を失った。
「ソル……?」
後ろを見れば、目覚めたアリスが青ざめた顔でソルに駆け寄る。
「ソル! ソル!」
何度呼びかけても、ソルは目を覚まさない。
「何故です!? 何故、あなたは私に与える一方なのですか!? まだ……まだ私はあなたに何も返せていない! お願いだから目を開けてソル!」
アリスは泣き叫ぶ。しかし、彼女に応えたのは銅色の鎧の下に着ていた赤い服に広がる深紅の模様だけだった。
僕もキリトに呼びかけるが、同様に反応は無い。
「キリト……。ソル……」
二人の英雄は、戦いの終わりと共に眠りについた。
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アリスside
最高司祭を失ったセントラル・カセドラルには混乱が生じた。反逆者であるキリトとユージオ、そしてソルの処刑を求める声も次第に大きくなり、小父様の計らいで人懐っこい飛竜を一頭借り受けて私達の故郷であるルーリッド村へと帰って来た。
『去れ……この村に罪人を置くことは出来ん』
『村長! アリスが帰ってきたんだよ。ソルもキリトも全員揃って帰ってきたんだ! 何故……』
『大丈夫よユージオ。仕方のないことだわ』
村長にはこう言われたが、村の外れに住まわせているだけでもありがたかった。
「ソル…………」
あの戦いで、ソルは片腕と片脚を失い、キリトは言葉と感情を失った。キリトは目を覚ましたが、彼に感情が無いと気付いた時は二人でとても驚いた。
キリトは目覚めただけでまだ生きていると安心したが、ソルは一向に目を覚ます気配がない。天命を毎日確認してまだ生きていことに安堵しているが、何時彼が眠りについたまま起きることが叶わず亡くなることを考えると、気が気でなかった。
「あ……あ……」
「あ、すぐ取ってくるよキリト」
言葉と感情を失ったキリトは、常に彼の黒い剣とソルの赤い剣を持つようになった。まるで剣に宿る残滓に惹かれているような様子。剣を抱えると、キリトは少し安心した顔になる。
「キリト、寒くないかい?」
「もう、ユージオは心配性ね。そんなに着込んだら暑くて汗かいちゃうよ」
今日はセルカの誘いでベッドの上から移動させれないソルを除いた四人でピクニックに来ていた。
森の木々も鮮やかに色付いて、空気は少し冷気が強くなっている。
「綺麗だね。ほら、僕達が守った世界だよ。キリト」
キリトの車椅子はユージオが押している。その横で歩くセルカが何かを気にしているような気がした。
「どうしたのセルカ。何か困りごと?」
「……あのね、バルボッサのおじさんが、また開墾地の木の始末を頼みたいって」
申し訳なさそうに言うセルカ。ユージオと顔を見合わせて、少し笑う。
「なんだ、そんなことだったの。あなたが気に病む必要は無いのよ」
「そうだよセルカ。僕は刻み手だったし、木の伐採は得意分野だよ」
「だって……勝手すぎるわ。あの人たち、バルボッサさんもリダックさんも姉さん達を村に住まわせようとはしないくせに困った時だけ助けてもらおうとするなんて!」
私はセルカの肩に手を置いて言う。
「大丈夫よセルカ。村の近くに住まわせてもらえるだけでも、ありがたいことだから」
私達は安らかに暮らせていれれば、それで良い。彼が剣を握らなくて済むなら。
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セルカと別れて、私達はバルボッサさんの居る開墾地に向かう。
「こんにちはバルボッサさん」
「ん? おー、ユージオにアリス。よく来てくれたの」
「何か御用と聞きましたので」
「うむ。ほれ、見えるじゃろう。昨日の朝からあの忌々しい白金樫にかかりっきりなんじゃ。大の男が十人がかりで斧を振ってもこれっぽっちも進まん」
見ると、木の切り口はまだまだ浅い。斧を持ったことの無い素人が雑に振ったことがわかる。このままでは五日はかかるだろう。
「そんな訳でな。月に一度の取り決めではあるが、今回だけ特別に力を貸してもらえんかなぁ?」
気味の悪い猫なで声でバルボッサさんは言う。
「……わかりました。今回だけと言うことなら」
ユージオが承諾する。彼は村の手伝いで日々稼いでいるが、決してキリトやソルの世話を損なわない程度に収めている。今日はセルカの誘いでたまたま空いていたから引き受けたのであって、他の日なら断っていた筈だ。
「ごめんよキリト。少しだけ、その剣を貸してくれるかい?」
ユージオは膝立ちでキリトに優しく尋ねて剣を持とうとするが、キリトは渡すまいと剣を握り直す。
「……お願い、キリト」
ユージオが再度尋ねると、キリトは剣を持つ手を緩めた。
「ありがとうキリト」
ユージオはキリトの黒い剣を取ると、そっと抜剣する。黒く美しい剣身が光を反射する。
「てやぁ!」
青い光を出しながらユージオは剣を一閃させると、風圧で小さな竜巻が巻き起こる。
(もう完全に心意をものにしていますね)
ユージオはあれから一人で剣を振り続けている。心意の力は、整合騎士となった時から使えるようになったと言うが、そもそもの才能もあったのだろう。剣を持ってから二年で整合騎士と渡り合える剣技を身に付けたのだから、有り得ない話では無い。
事実として、ユージオの見事な剣技によって、大木は滑らかな断面を残して倒れた。
「素晴らしい! なんという腕じゃ、まさに神業じゃ! どうじゃ? 礼金を倍にするから月に一度と言わず週に一度、いや一日に一度付き合ってくれんかの?」
「いえ、月に一度という約束でしたので」
ユージオはやんわり断ると、バルボッサさんに手を出す。
「ではお代を」
ユージオがバルボッサさんから受け取っている時、ガタッと何かが倒れる音がした。
「「キリト!」」
見れば、キリトが車椅子から転げ落ち、必死に這いつくばっていた。
「あ……あ……」
「うおっ、何だこれすごい重いぞ」
「だからあいつでも一発で倒せるんだろ」
「いいから。ふん!」
キリトからソルの剣を奪った村人は、あろう事かその手で触れるだけでなく乱雑に抜こうとしていた。
「おい!」
ユージオが叫ぶ傍ら私はその愚か者共の前に接近して、ありったけの心意で睨む。
「その剣はお前たちが軽々しく触れていい代物ではありません。早く返しなさい!」
「お、俺たちはちゃんとそいつに剣を貸してくれって言ったぜ」
「そしたら、そいつ気前よく貸してくれたんだよ。ああ……ああ……って言ってさ」
怒りの限界を超えたユージオと私の心意が放たれる。
「……わかったよ。怖ぇ顔しやがって」
村人はそう吐き捨て、剣を置いて去る。ソルの《戦憶の剣》を回収すると、鈍く光を反射する。
村人の私達に向ける視線は、まるで化け物を見るかのようなものだ。自分たちが苦労してやっと倒せる木を難なく倒し、剣技を操る。私達が命を懸けて戦って得られたのは、こんな視線だけだった。
(私達は……一体何の為にあれ程の苦しみに耐えて戦ったの?)
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陽も落ちた夕暮れの頃、私達は家に帰っていると、キリトが突如顔を上げる。
「あ……ああ…………」
手を伸ばした先を見るが、そこには何も無い。
「キリト、そっちに何かあるのかい?」
ユージオはキリトの向く先に何があるかを考える。
「……まさか」
「何かあるのですか?」
「わからない。……でも、行ってみよう」
キリトが手を伸ばす方へと進んでいると、拓かれた場所に出た。その中心には巨大な切株が残っている。
「ここは、《ギガスシダー》があった場所だ」
「……私も記憶にはあります」
私達四人が長くを過ごしたこの場所を、私は彼の記憶から知っていた。
「あ……あ……!」
「キリト?」
キリトが反応を示す。キリトが手を伸ばす先には、赤茶色の髪の青年が立っていた。
「ああ……」
此方に振り向く青年。でも、その顔は何故かよく見えなかった。
青年はキリトの前に立つと、手を伸ばした。二人の手が重なる時、二人から黄金の光──心意が溢れてこの空間を満たす。
青年の手を取ったキリトは青年に引っ張られると、立ち上がった。
「ああ……わかったよ。ソル」
キリトの瞳には光が戻っていた。キリトが別れを切り出すと、その青年は光となって消えてしまった。
「ただいま。ユージオ、アリス」
英雄の一人が、帰還を果たした瞬間であった。
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キリトside
(俺は……)
俺に関わった人の、俺のこれまでしてきたことが、俺を苦しめる。
(もう嫌だ……この先を知りたくない……)
強い自己嫌悪に襲われる。拒絶しようとしても、どうにもできない。
(あ……あああ…………)
ヒースクリフとの戦いで俺のせいで死んでしまったソル。俺のせいで須郷に洗脳を受けたソル。俺のせいで人殺しをさせてしまったソル。俺のせいで、片腕と片脚を失ったソル。
(全部、全部俺のせいだ……)
後悔と懺悔で自身の心臓を取り出そうと手を動かす。しかし、俺の手は誰かに止められる。その時、あの約束の記憶の光景を見る。
『なあソル』
『どうしたキリト』
『お前って悩み事とかあるのか?』
『悩み……。うーん、強いて言うならキリトが女の子を沢山引っ掛けるからアスナの目線が怖いことぐらいか』
『お、俺はそんなつもりねえよ!』
『余計タチ悪いわ阿呆。………………そうだな、もしキリトが僕に何かしたいって思ってるなら』
『…………僕が居ない時、その時僕にできた大切なものを守ってくれ』
『例えば?』
『例えば………………』
『無いのかよ!』
『黙らっしゃいキリト! その時と言っとるだろぉがよぉ!』
俺たちが出会ったアインクラッドで交わした約束。もうそんなこと覚えてなかったけど、今思い出したのはそういうことなんだろう。
「ソル…………」
顔を上げると、俺の半身とも言えるソルがそこに立っていた。
『キリト。あの約束忘れてないだろうな?』
「ああ、ちゃんと覚えているよ」
『ならば結構、……どうやら僕はここまでみたいだ』
「何言って……」
『陽月 湊の記憶は全て《戦憶の剣》に変換し、ソルのフラクトライトは過電流によるサージでボロボロになってしまった。もう僕には剣を持って戦うことは出来ない。もう君の隣に立つことすら叶わないんだ』
「そんな…………」
『ほらキリト、約束したろ? お願いだ……アリスを、ユージオを、みんなを守ってくれ』
「ソル……お前はどうなるんだ?」
『……こうやって君に語りかけている僕は《戦憶の剣》に残された陽月 湊の電子残滓だ。僕も再度ソルへの接続を行ってみるが……もし駄目なら、僕は脳死といった状態になると思う』
「ごめん……俺のせいで……」
『嘆かないで、哀しまないで、悔やまないで。言ったじゃないか、どんな結末を迎えようと君を責める者は誰もいない。そんなの僕が許さない、それがキリト自身であっても。だから僕は君に託す。ああ、そういえばキリトの黒い剣、《夜空の剣》ってのはどうだ?』
「ああ、いい名前だ。唐突だけどな」
『仕方ないだろもう時間なんだ。いってらっしゃい。後は任せた、僕の親友、僕の英雄、僕の…………星』
気が付いた時には、俺は白い剣を左手に持っていた。アドミニストレータにトドメを刺した時の、白い剣。
「ただいま。ユージオ、アリス」