異世界でスプーン曲げの超能力を使った結果、色々と深読みされてしまっている件   作:ランサード

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17話 英雄とは

 

「……ネンドウくん――ネンドウくんっ!」

 

 ネンドウと別れた直後のノインは悲観的だった。

 『(アルマ)(みちびき)』が邪教徒に遅れを取り、英雄が死に向かう羽目になったとばかり思っていた。

 

 しかし、実際は違った。

 アインスやツヴァイ(No.2)達が邪教徒の計画を掴み、対策を講じていたのである。

 

 それを知らず絶望していたノインの元に、すぐにアインスが助けに来てくれた。

 

「立ちなさいノイン。私達も動きましょう」

 

 説明を求める暇もなく、彼女は邪教徒のフードを被せてくれた。

 

 邪教徒のフードを被っている限りは、魔封領域の影響を受け付けないらしい。

 

「ネンドウ様が気を引いてくれています。今のうちに動きましょう」

 

 屋内通路を歩いていると、『(アルマ)(みちびき)』のメンバーが何者かに殺されそうになった。

 

 すぐさま駆けつけると、騎士団長のケルッソと副団長のセリシャがいた。

 

 すんでのところで歯の欠けた青年を救ったアインスは、ケルッソとセリシャが力尽きたのを見届けて、邪教徒の鎮圧を再開し始める。

 

「……ネンドウくんは流石ですね。……今も『(アルマ)(みちびき)』が動きやすいように人々の注目を攫っている……」

 

 アーティファクト起動と同時に邪教徒に成り済ました『(アルマ)(みちびき)』のメンバー。彼らが更に動きやすくなるように、ネンドウはあの手この手で注目を集めているのだろう。

 

「俺は知ってるんだよ、フェイド先生……もうアレの遂行は諦めた方がいい……!」

「な、な、何故……『魂の石』のことを……!? そのことは幹部と幹部候補の僕しか知らないはずです!!」

 

 しかも、ネンドウは言葉巧みに敵から『魂の石』という単語まで引き出してしまった。

 

「『魂の石』! なるほど、まさかその単語を聞くことになるとは……」

「……アインスは知っているのですか?」

「もちろんよ」

 

 アインスは『魂の石』に関する説明をしてくれる。

 

 『禁じられた森』の最奥でしか採取できないため、その名を知る者はほとんどいない特異な鉱石だ。

 

 その石は負の感情や周囲の魂を溜め込む性質を持ち、石の貯蔵量が限界を超えた時には何が起きるか分からないという。

 

 噂では、その鉱石が満たされた時に厄災が舞い降りると言われているのだが……。

 

(……つまり、騎士団に手渡した暗号の真の意味は『魔法石』のアーティファクトではなく――『魂の石』に関するメッセージだった……?)

 

 ノインは視界の先に英雄(ネンドウ)を映す。

 

 彼はどこまで先を読んでいるのだろう。

 それに比べて、自分はどうだ?

 

 ノインは全身の力が抜けたかのような感覚に襲われ、己の無力を悔いる。

 

 自分はアーティファクトに関する捜索を一任されていたにも関わらず、手がかりひとつ掴めていなかった。

 

 ネンドウはその『魔法石』のアーティファクトだけでなく、『魂の石』のことにも気付いていたというのに。

 

(……ワタシは……無能だ)

 

 ――ノイン。

 その名に込められた意味はナンバー9。

 

 つまり、彼女は『(アルマ)(みちびき)』の幹部の中では最弱の位置にいるということだ。

 

 『(アルマ)(みちびき)』に入る前は、剣の腕に絶対の自信があった。

 世界最強は自分だと、臆することなく吹聴して回れるほどの天狗だった。

 

 だが……ある日、ノインは人生で初めての絶望と敗北感を味わうことになった。

 

 街の暗部に巣食う邪教徒を狩っている最中、『(アルマ)(みちびき)』のナンバーツーであるツヴァイと出会ってしまったのだ。

 

 正対した瞬間に分かってしまう。内に秘めた魔力の量、鍛え抜かれた肉体、卓越した戦闘技術……何もかもレベルが違った。

 

 この剣さえあれば、何処までも昇っていける――そんな甘い幻想は容易く打ち砕かれた。

 

 自分とは余りにもかけ離れたツヴァイの佇まい。

 月光を背に受けて戦う彼女の姿は、心の底から感服してしまうほどの美しさを纏っていた。

 

 ――貴女は何者ですか。ワタシも仲間に入れてくれませんか。

 

 邪教徒を殲滅し終わると同時、ノインはツヴァイに対して膝をついていた。敬語を使っていた。

 自分を中心に回っていたはずの世界は呆気なく崩れ去り、深い夜の闇が広がっていく。

 

 ――オマエ、面白いな。オレんとこに来るか?

 

 『(アルマ)(みちびき)』に入ると、彼女は9番目の古参ということで『ノイン』の名を授かった。

 

 元の名前を捨て、戸籍を捨て。アインスやツヴァイ、そして『無力な英雄』の背中を追い続けた。

 

 追い続けて、追い続けて――

 

 それでもまだ、追いつかない。

 

 頭脳でも、魔法でも、剣でも……。

 

「ノイン、スタジアム内に邪教徒幹部と思しき男を発見したわ。フェイドのことはネンドウ様に任せて、私達は奴を始末しに行きましょう」

「……はい」

 

 ノインは地下に落ちていくフェイドとネンドウを見届けて、アインスの背中を追った。

 

 彼なら1人でもフェイドを倒せるはずだ。

 彼は自分の役割を理解しているから。

 

 疑惑のあったモヒカン先生を泳がせた上で真犯人を暴き、暴走するフェイドを独りで止めにかかり……しかも地下にあるというアーティファクトも壊そうとしている。

 

(……凄い人だ)

 

 アインスだけでなく、ネンドウの背中もまた遠く思える。

 

「……アーティファクトが見つからなかったこと、まだ気に病んでいるの? そんなに気にしなくても、十分役に立ってくれてるのに」

「……っ」

「そんな顔するんだったら、ノインには挽回の機会をあげる。貴女はネンドウ様と共にフェイドを倒し、アーティファクトを停止させてきなさい。失敗は許さないわ」

「……はっ、了解しました」

 

 その声を受けて、ノインはスタジアムの地下へと走り出した。

 

(……皆の足を引っ張ってばかりいられない! ……アインスがくれた挽回のチャンス――絶対に失敗しないっ!)

 

 ノインは密かに決意した。

 

 

 

----------

 

 

 

 フェイドは希望に満ち溢れていく地上の様子を遠隔視して、深い絶望を感じていた。

 

「僕の計画は……失敗したのですか……?」

 

 沸き立つ観衆。彼らの雄叫びを止めようともしない邪教徒。

 特に教徒の様子は異常だった。まるで正常な人間そのものである。

 

「……また『(アルマ)(みちびき)』ですか! クソっ!」

 

 フェイドはスタジアム内に配置された邪教徒たちが次々に入れ替えられていることに気づいた。

 

 あっという間に味方がいなくなっていく。

 

 それどころか、邪教徒幹部・タバーレスの反応も消えていた。

 

「使えない奴め……!」

 

 苛立ちのあまり足元の『魔導石』のアーティファクトを蹴り飛ばそうと思ったが、すんでのところで怒りを呑み下す。

 

 胸ポケットの中には教団から託された『魂の石』がある。

 

 もはや『魂の石』を満たすことは不可能だ。この石を使ってでも英雄暗殺を成し遂げるべきだろう。

 

 そう決意すると同時、フェイドのいる厨房に『無力な英雄』が現れた。

 

「……やっぱりアーティファクトはここにあったんだ」

 

 スタジアムの地盤を崩落させたのは正解だった。これなら英雄だけでも道連れにできる。

 

「フェイド先生。もうやめにしよう」

「……断ります」

「大勢の人を危険な目に遭わせてまで成し遂げたいことなのか?」

 

 肩で息をするネンドウ。彼の発言にカッとなったフェイドは、言葉を荒げて唾を飛ばした。

 

「――君には分かないだろうがね、この世界は差別と理不尽に満ち溢れているんです!! 僕は教団の皆さんと一緒に、その間違いを正さないといけない!! 誰かがやらないといけないんですよ!! ついでに研究のための金も欲しいんです!!」

「最後の一言が一番の理由だろ! 言い訳してんじゃねぇ!」

 

 ネンドウの本心は「頼む、何か良い感じに改心するか観念するかして諦めてくれ」という、英雄とはかけ離れた思考だったのだが……売り言葉に買い言葉。ルミエールを洗脳した上、ゴドリックを踏み躙ったフェイドに怒っているのは本当なので、それっぽい言い争いになってしまう。

 

 そして、怒りのままに言葉を言い切って、ネンドウは激しく後悔した。

 今のは明らかに開戦前の言い争いじゃないか、と。

 

 ヤバいと思った時には、既にフェイドが魔法を放っていた。

 

「これ以上の議論は無駄でしょう! ――土の精霊よ、土塊を浴びせよ! 《ロックスライド》!」

 

 咄嗟に大きめのスプーンを取り出し、土魔法を弾き返そうと思ったが――

 

「うおお!」

 

 ネンドウは太刀打ちできないと瞬時に察知し、物陰に飛び込んだ。

 

「上手くいかないもんだな……!」

 

 軽くなった手元を見下ろすと、金属製のスプーンが根元から綺麗に抉り取られていた。

 

 フェイドの魔法が掠めたのだろう。フェイドの魔法の源である土は少ないが、それでもこの威力。震えが喉元まで上がってくる。

 

 彼の脳内の妄想では、周囲にあったスプーンを滅茶苦茶に曲げてビュンビュン飛ばすだけで割と何とかなる算段だった。

 

 だが、フェイドのような魔法使いを相手にするとそんな暇がないのだ。というか、簡単に撃ち落とされる。だってスプーンだし。

 

 抱え込んだ大量のスプーンはゴミと化した。フェイドに投げて攻撃してみるが……どれも彼を傷つけるには物足りない。

 

「ハハハ! 奥の手を使うまでもないようですね!」

 

 万策尽きたネンドウは、リスのように貯め込んだスプーンをドラゴン型に曲げたり、(きり)のよう伸ばしたりして解決策を探す。

 どれもインパクト不足だ。フェイドは倒せない。

 

 ただ、アーティファクトだけなら破壊できそうだ。

 

 ぶん投げたスプーンをアーティファクトに引っ掛けさえすれば、繊細な装置を破壊できるだろう。

 

「せめてアレだけは何とか壊してみるか……」

「ブツブツと何を言っているのですか!!」

 

 脆弱な人間でありながら『無力な英雄』と勘違いされているネンドウだが、その立場に胡座をかいているわけではなかった。

 

 肉体では太刀打ちできないから、せめて頭脳だけは……と、本を読み漁っていたのだ。

 

 その結果、アーティファクトはもちろん、魔法に関する有用な知識を少しだけ蓄えることができた。

 

「アーティファクトは繊細な魔道具で――込められた魔導回路が大規模であるほど取り扱いに注意しないといけないんだよな、先生?」

「くっ――」

「つまり、そのアーティファクトは滅茶苦茶壊れやすい」

 

 食器棚に隠れていたネンドウは、密かに持ってきていた小麦粉袋をぶちまけて煙幕を作り出す。

 

 粉塵爆発の原理は知らないままだったが、とにかくフェイドの意識が防御に回ってくれればそれで十分だった。

 

「ふん!」

 

 少年は尖らせたスプーンを投げる。

 

(まず――ネンドウはアーティファクトを破壊するつもりかっ!!)

 

 アーティファクトが命綱であるフェイドは、投擲されたスプーンからアーティファクトを守るべく防御に全力を尽くした。

 

 だが――フェイドの読みは外れた。

 

 煙幕の向こう側から飛んでくる尖ったスプーン。

 

 そのスプーンは、アーティファクトではなくフェイドを狙っていたのである。

 

「ぐ、ああああああああぁぁぁっっ!!?」

 

 自身の防御が疎かになったフェイドは、飛んできたスプーンに首筋を撫でられて絶叫した。

 

 フェイドの首から凄まじい熱が溢れ出す。戦闘慣れしていないフェイドの早計な判断が引き寄せた結果だった。

 

「あ……ああぁっ! あっ、ち、血が……血がぁぁ! 僕の命がぁぁ!」

 

 人間が他の動物に比べて優れている点は、物の投擲能力だという。

 

 例えば、小石程度でも本気で投げつけられたら怪我をしてしまうのは容易に分かるだろう。

 

 しかも、ネンドウ少年はスプーンを単純に投擲するのではなく、ブーメランのように回転させながら放り投げたのだ。

 

 当たれば相当痛い。しかも尖らせてあるため、よく切れる。

 ナイフを投げられるのと同じくらいの脅威である。

 

 少しでも自分への防御に魔法を使っていれば、フェイドはこの攻撃を簡単に防ぐことができただろう。

 

 とはいえ、ネンドウは厨房に有り余った小麦粉袋が尽きるまでこの作戦を繰り返すつもりだったので、いつかは防御が崩れていたのかもしれないが。

 

「必殺は決まるまで叩き込むぜ。……ネンドウ七大奥義……《逃れられぬ因果律(セイクリッド・アロー)》だ……」

 

 床に倒れたフェイドを見届けて、ネンドウは溜め息を吐いた。

 

「ギリギリ何とかなった……のか?」

 

 とにかくアーティファクトを止めないと。

 

 そう思ってフェイドを視界から外した瞬間、唐突に小麦粉の煙幕が晴れる。

 

 不気味な風の流れがフェイドを中心に回り始め、厨房内に異臭が充満していく。

 

「な、何だ!?」

 

 異様な雰囲気であることは、魔力無しのネンドウでも分かった。

 

 風が更に強くなっていき、フェイドの身体が水疱のような異物を噴出しながら肥大化していく。

 

「――は、は! はははははっ!! 奥の手だけは使いたくなかったんですけどねぇ!!」

 

 老婆と赤子の声が混じったような声を発しながら、肉塊は体積を増していく。

 

「せ、先生……巨大化は負けフラグだって……セオリー知らなかった感じっすか?」

 

 2メートル、3メートルと大きくなっていくフェイド。

 

 あまりの恐ろしさに、思ってもいない軽口が飛び出した。

 

 広い厨房の天井をぶち抜いて、巨大化していく。

 

 明らかに普通の人間が太刀打ちできるような相手ではない。

 

 流石に死ぬ。ネンドウは、心臓に冷水がぶっかけられるような感覚を覚えた。

 

 四肢の末端の感覚が飛ぶ。恐怖で動けなくなる。

 

 怖い。縮こまって、泣き叫んでしまいたい。

 

 そんな時――彼の元に英雄(ヒーロー)がやってきた。

 

「……ネンドウくんっ!!」

 

 英雄の名はノイン。

 

「の、ノインっ!? 助けに来てくれたのか!!」

 

 英雄や『(アルマ)(みちびき)』のトップに追いつきたいという嫉妬、羨望、憧憬をしかと背負って、ノインは『無力な英雄』である暁ネンドウを助けに来たのだ。

 

「ありがとうノイン! 君は俺のヒーローだぜ!」

 

 ネンドウにとってのヒーロー、ノインにとっての英雄が背中を合わせる。

 

 嘘を本物にするために、或いは蟠りを振り払うためにこの場に立った2人は、お互いを信じて背中を預けた。

 

「……すみません、遅れました! ……2人で敵を倒しましょう!」

「まっ任せとけ! アーティファクトもぶっ壊す!」

 

 ネンドウとノインは、互いの本当の姿を知らない。

 

 しかし、この事実だけは薄らと知っていた。

 

 英雄になれるのは、強い人間ではない。

 

 強くあろうとする人間なのだ、と。

 

 

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