あたおかぼざろ   作:春風れっさー

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原作ネタバレ注意です。


地雷があるなら全部混ぜればいいじゃない

 少し暗い店内で、二人の少女がテーブルを挟んで会話していた。

 一人は赤毛の少女。もう一人は金髪の少女だ。どちらも快活そうな雰囲気を纏っている。

 だが今、その片方は少しばかり憂鬱そうで、真剣な表情をしていた。

 

「伊地知先輩……実は最近、悩んでいることがあるんです」

「へぇ。どうしたの?」

 

 ライブハウス・スターリー。日々多くのバンドマンがライブを開き客もそれなりに入るこの店だが、ライブハウスである以上ライブのない日に客はいない。そういう日は、当店と密接な関わりがある結束バンドのメンバーのたまり場となる。

 その結束バンドの一人、ボーカルの喜多郁代からドラマーにしてリーダーの伊地知虹夏は相談を持ちかけられていた。

 

「ちょっと言いづらいことなんですけど……」

「うんうん、話してみな? お金以外のことならあたしも喜んで手伝うよ!」

 

 頬に手を当て迷う郁代に対し、虹夏は胸を叩いてみせた。虹夏は妹だが姉御肌だ。それは妹のように手のかかる存在(YAMADA)が間近にいるからであり、決して姉の星歌が頼りないからではない。何故仮にも飲食店を営む社会人の星歌ではなく高校生の虹夏が家事をしているのか……それも料理に関してはほぼ全般的に……それは永遠の謎であるべきなのだ。

 ちなみに金に関しては本当に厳しい。結束バンドの金庫番は伊達ではない。だってそうしなければ山田は止まらないから。

 そんな虹夏に郁代はモジモジと身体をくねらせながら語った。

 

「はい。実は恋愛相談でして」

「れ、恋愛!?」

 

 喜多郁代はかわいい。それは結束バンド共通の認識だ(金を無心する時以外の山田を除く)。明るく社交的で美容にも気をつかう郁代がモテるのは当たり前であり、なるほどあり得ない話ではないだろう。だがバンドメンバーという言うなれば身内から聞かされると中々にショックだ。

 そしてショックから立ち直った虹夏の脳裏に浮かんだのは寿退社という言葉だった。すなわち恋愛によるバンドの解散。所帯を持つことで音楽活動へのモチベーションが消沈し、バンドから離れていくというのはありがちな話だった。

 

「や、やめちゃうの……?」

 

 解散の危機という単語が脳裏に浮かび虹夏は一気に涙目になった。結束バンドに色々賭けて尽くしている虹夏に取っては死活問題だ。うるうると瞳を潤ませながら郁代に縋るような眼差しを向ける。

 

「え、あっ、やめませんよ!」

 

 慌てた郁代のその言葉に虹夏はほっと胸を撫で下ろす。

 

「そうなの? よかったー!」

「はいっ。それに相手はバンドのメンバーですから! やめたら会えなくなっちゃいます!」

「んん?」

 

 しかし安心したのも束の間。郁代に投げつけられたその言葉に首を捻る。

 バンドのメンバー。ということはつまり。

 

「えと、ぼっちちゃん……ってこと?」

「はいっ」

 

 頷かれる。

 虹夏の脳裏に愛すべき我がバンドのリードギター、後藤ひとりの姿が浮かぶ。いつも伸び放題になった前髪の間から目を逸らしへへへと控えめに笑う筈の彼女だが、その時浮かんだ想像では下卑た笑みで片手にワイングラスを持ちもう片方に露出の多い格好をした郁代を抱いていた。金満な格好をしたひとりの腕の中で郁代がトロンとした顔で見つめている光景。酷い光景だが、あのひとりではこのくらいしなければ郁代を射止められないと虹夏は思っている。

 

「え、なんで……」

「だってー♡ ひとりちゃんかっこよくてかわいいんですもん!」

 

 きゃーっと恥ずかしげに目を覆いながら郁代は語る。

 

「いつものナメクジムーブはもちろんのこと、二人で出かけると袖の端を掴んでいじらしく着いてくるんですよ! ちょっと意地悪して人混みの中に置いてくと捨てられた子犬のような目でこっちを探してくるし、姿を現わしてあげるとぱあっと華やいだ笑顔を見せてくれるんですっ! その上ギターを持った瞬間のギャップ! いつもはかわいいひとりちゃんの真剣になったあの表情! あの顔でギターと向き合い一人の世界に没頭する目付きの鋭さと頬を伝う一条の汗! もう最高でいつ見てもじゅんっと濡れちゃうんですよ!」

「あ、うん。分かった、分かったから。あとちょっとお下品よ。おい華の女子高生」

 

 急に捲し立てられた虹夏は既に後悔していた。友人の恋愛相談にはいつも気っ風良く乗っているからと甘く見ていた。まさか身内にこんなドロドロした熱愛を抱えた人間がいるとは。あと弄ばれるひとりが若干哀れだ。

 

「それで、ぼっちちゃんに告白したいとか、そういう話?」

「あっ、それは違くて」

 

 パッと我に返り否定した郁代に虹夏は首を傾げた。違うのだろうか。

 

「実はひとりちゃんとはもうお付き合いしてまして」

「えっ」

「ABCもCまで行っちゃって」

「えっえっえっ」

「でも私ってリョウ先輩も好きじゃないですか。だからリョウ先輩にも抱かれたいなって思うんですけどこれって駄目でしょうか?」

「?????????????」

 

 キャパを越えて詰め込まれる情報の嵐に虹夏の脳はフリーズした。が、すぐに再起動する。バンドの最高頭脳は伊達ではない。他が低いだけだが。しかし再度受け止めてもあまりに常軌を逸した内容だったので、虹夏は素直に言った。

 

「え、狂った?」

「狂ってませんよー!」

 

 やだなー、と冗談を言われたかのように手を仰がせる郁代。しかし虹夏に冗談を言っている気はなかった。真剣だ。真剣にその精神を疑っている。

 

(コイツどうしよう……)

 

 郁代は虹夏が今まで出会ってきた全人類ランキングでも頼りになる後輩として上位に位置していた人間だった。今地に落ちた。ちなみに最下位は廣井きくり。大抵の知り合いの間で共通認識だと虹夏は思っている。

 何と答えるべきか。虹夏は返答に窮す。真面目に諭そうと思っている訳ではなく、どう距離を置こうかという意味で。この場を切り抜けられるキラーフレーズがほしい。

 誰か助けてくれ。この際酒カスでもいい。そう虹夏が思った時だった。

 

「私が答えよう」

「えっ、リョウ!?」

 

 助け船は意外なところから現われた。

 山田リョウ。クールなマスクで多くのファンを魅了する結束バンドの名ベーシスト。虹夏の友人であり、多くの時間において悩みの種となる存在だ。

 それはすぐ隣にいた。

 

「なんでいるの!?」

「ずっといた。虹夏が『へぇ。どうしたの?』と発言した瞬間から」

「最初からじゃん!」

 

 虹夏はまったく気付かなかった。何故なら虹夏にとって山田リョウが隣にいることは息を吸うより当たり前のことだからだ(ちなみに姉は心臓が動くよりも当たり前)。最早自然の摂理であり、虹夏が自力で気付くことは困難である。

 

「もー、そんな近くにいるリョウ先輩に気付かないなんて伊地知先輩ったら頭おかしいんじゃないですかー?」

「黙りな。今の喜多ちゃんに言われたくはないよ。……ん? ってことは喜多ちゃんはリョウに気付いていながらさっきの発言をしたってこと?」

「はいっ!」

「蛆湧いてんのか」

 

 虹夏は戦慄した。最早恐怖を遥か通り越している。本人を前にしながら上記の爛れた発言をしたという事実。虹夏は理解出来なかった。郁代のことではなく、こんな人間と同じ世界に生まれてしまった世の不条理が。どうして人は分かり合えないのか。なにゆえ醜い争いは続くのか。ゲッター線とは。虹夏の意識は宇宙に飛んでいく寸前であった。

 

「それでね、郁代。私の意見としては……」

「何事もなかったように続けるな」

 

 努めて冷静に対応するリョウに虹夏は突っ込む。いつでもコイツはポーカーフェイス。見極めるには顔色を窺う必要がある。その辺の草を食べて腹を壊し青くなっていることが最多。

 そんなリョウは自信満々に郁代へ答える。

 

「ロッカーなんて爛れてナンボだから、いいと思うぜ☆」

「よくねぇよ!!!!!!」

 

 バァンと思い切り虹夏はテーブルを叩いた。遠くでPAさんがビクッとしている。星歌は廣井(ゴミ)新宿FOLT(ゴミ捨て場)へ捨てに行っているので留守だ。

 

「よくねぇよ! なんで二股許容してるんだよ!! しかも彼女がいるくせに自分を抱いて宣言しているあたおかな女の前で!!!」

「虹夏。今は同性愛に偏見を持つ方がおかしい世の中で……」

「そこじゃねぇよ問題にしてるのは!!!」

 

 バンバンとテーブルを叩く。その度に耳のいいPAさんは肩を跳ね上がらせる。店長によって留守番を命じられている今の彼女が一応今日はバイトでもない人間を置いて帰るわけにはいかない。ただ部屋の隅で自分に暴威が訪れないよう震えて耐えることしかできないのだ。あはれ。

 

「なんでっ……!」

 

 虹夏はいよいよ混乱の極地に達した。達した故に、口走ってしまう。

 

「リョウはあたし以外と寝てもいいって言うの!?」

「えっ」

「おい」

「あっ」

 

 パッと口を塞ぐ虹夏。途端に顔が羞恥で真っ赤に染まる。あわよくば聞き逃していてくれていないかと期待した。あるいはもうこのまま世界が終わってくれないかと。しかしノストラダムスの予言は遥か昔に過ぎ去り、終末時計もまだ大分残っているので世界は特に終わらなかった。代わりに郁代が目を輝かせた。

 

 そして言う。

 

「ママ……」

「おいなんでそうなる」

 

 口走ってしまった羞恥も忘れ虹夏はツッコミを入れた。

 

「だってリョウ先輩と寝てるんじゃないですか」

「うっ。いやそれはなんというか、言葉の綾というか」

「今思えばメンバーのことが好きって私が言った瞬間にぼっちちゃんと即答したということは、リョウ先輩が候補から外れていたってことですよね」

「うぐっ」

「そんなに怒ってるのもリョウ先輩が他の誰かに取られたくない独占欲ということですよね」

「うぐぐぐっ」

 

 事実だ。郁代が恋愛相談したときにひとりだと即断したのも消去法だし、さっきテーブルを叩いて無駄にPAさんを怖がらせたのもリョウを狙う泥棒猫への威嚇を含んでいる。ただし威嚇対象はまるで怯まないどころかグイグイと虹夏を追い詰めてくる。

 

「つまりリョウ先輩の娘になりたい私にとってはママっていうことですよね!」

「いやその理屈はおかしい」

 

 まるで三段論法の如く当然の帰結という風に語る郁代。すかさず突っ込む虹夏だが、悲しいかな本当に寝ているという弱味が出来てしまった虹夏に先の力強さはない。

 最早グランドロコモンもかくやという暴走特急と化した喜多郁代は止まらない。

 

「最高ですね! 私、ずっと前から伊地知先輩のことママみたいって思ってたんですよ! バブ味感じてました!」

「最悪だよ。そんなカミングアウト」

「私がパパか。なら家内からお小遣いもらうのは当然だよね」

「お前もなに手を出してんだ」

 

 これ幸いと金をせびり出したリョウの手の平へ虹夏は取り出した何かを叩きつける。それはポケットに入っていたしなびたクローバーだった。

 リョウは涙を浮かべながらひもじそうにそれを口へ運ぶ。

 

「あ、四つ葉だ。嬉しい」

「逆に四つ葉でもないクローバーをポッケに入れる奴があるか。いたとしたら狂人だろ」

「私」

「だから狂人って言ったんだよ」

 

 にべもなく狂人(リョウ)を切り捨て、狂人(郁代)へ向き直る虹夏。

 

「いや、あのさ。つまり、リョウとあたしはもう付き合ってるから、駄目なんだよ。ごめんね。ぼっちちゃんで我慢してくれないかな……?」

 

 実際にリョウと寝ることとなったのは、友情親愛の延長線上でごく近い距離で密着していたらムラッとしたリョウに押し倒されたという人に語るのも憚られるほど爛れた経緯であり、別に付き合うと宣言した訳ではないのだがそれは黙っておく。あとついでのようにぼっちを犠牲にする。この短時間で何故か心証の上がった彼女へ心の中でだけ合掌した。

 しかしムゲンドラモンくらいなら片手でひねり潰せるほど進化した郁代はそれでは止まらなかった。

 

「大丈夫です!」

 

 そう言って、サムズアップしてみせる。

 

「私が伊地知先輩を抱けば全部解決です!」

「何もしないが!? 解決!!」

 

 絶叫する。どういう理屈だ。更に対象が広がってないか?

 

「全員で交わればオールオッケーです! 私伊地知先輩のことは世界で三番目に好きなので全然イケますから!」

「普通は世界で一番目の人とだけするんだよ。そういうことは」

 

 あと世界で三番目に好きと言われて嬉しい人間はいるのだろうか。どんな人間でも「えっ、一番じゃないの?」とならないだろうか。虹夏は思いを馳せた。現実逃避である。

 

「まあまあ。先輩たちにもひとりちゃんを抱かせてあげますから」

「いらないよ。あと勝手に献上してやるな」

「これはご丁寧にどうも……」

「お前も受け取ろうとするな」

 

 隣で許諾しようとする色ボケを割りと本気で殴りつつ、虹夏は溜息をつく。どうしよう。収拾が着かない。そしてこういう場合、結束バンドのメンバーは郁代に押し切られてしまう傾向があることを虹夏は知っていた。このままではリョウ諸共自分も美味しくいただかれてしまう。フルコースだ。トリコも真っ青の充実ぶり。

 意を決し、虹夏は反抗する腹を決めた。

 

「あのさ、喜多ちゃん」

「はいっ!」

「返事は素直っ。……あたしはね、恋心は一人だけに真っ直ぐ向けるべきだと思う」

 

 虹夏は幼子に言い聞かせるように優しく語った。こういうところが郁代にママと言われる所以なのだが、本人に自覚はない。

 

「自分を好きな人が、自分以外へ矢印を向けてるのを見たら嫌だと思うの。喜多ちゃんだってぼっちちゃんが見知らぬ誰かを好きになってたら嫌でしょ?」

「確かにそうですね……」

「でしょ? だったら、」

「そしたらソイツの住所を突き止めて暴徒を送り込みますけどね」

「ヒェッ」

 

 まったく表情を変えず、郁代はそう言った。この手の陽キャには珍しく一切裏表がないのが喜多郁代の特徴だ。一度発した言葉は紛れもなく本心。つまり本気の本気だ。結束バンドはやるときはやる奴らの集まりである。虹夏の自慢の一つだが今それが徒となった。

 

「ただでは○しませんよ。まずはもぎ取って、それから裂いて、ドラム缶にコンクリート流し込んだあと海に捨てます!」

「何をと何も言ってないのに怖すぎる!」

「いや郁代。ドラムコンクリはもう古いぞ。今のトレンドは山で自ら穴を掘らせることだ」

「お前も同意してんじゃねぇ!」

 

 リョウもするのだろうか。いや彼女の場合は両親が勝手にしそうだ。そう考えると虹夏は自然と震えた。いや自分は襲われた側なのだが、愛情に眼を曇らせた連中に話が通じるだろうか。目の前の赤い化け物を見ていると不安になる。

 取り敢えず戸締まりはお姉ちゃんに徹底させようと決めながら、虹夏は食い下がる。

 

「で、でもぼっちちゃんの気持ちはどうかな。喜多ちゃんがよくても、ぼっちちゃんも同じとは限らないでしょ?」

 

 虹夏はこの場にいないひとりへと縋った。我ながら名案だと思った。この場にいない人間とは言葉を交わせない。答えが出ないのなら、この場は収束するように思えた。

 しかしそれはいないなら、の話だ。

 

「私がどうかしましたか……?」

「うわああぁぁぁっ!!」

「え、なんですかその幽霊を見たようなリアクションは……」

 

 ボソリと背後から声をかけたのは紛れも無く結束バンド最後の一人。最強の腕前を持つギターヒーローこと後藤ひとりだった。どうでも良いがあらゆる字面で後藤姉妹は混乱する。アニメ六話で「ふたりは行けないだろ」の言葉に混乱したのは作者だけではない筈。両親二人も行けないのか。じゃあこのアニメはここで終了ですね。

 

「き、嫌われたんですか……?」

「そんなことないわひとりちゃん! 伊地知先輩は混乱してるだけなの!」

「それはそうだけど! 元凶が言うのか!!」

 

 最悪だ。最悪のタイミングだ。よりにもよってここで来てしまうか。常に要領が悪い娘だ。社会を始めとするあらゆる存在と噛み合わないとでも言うのか。

 

「ね、ひとりちゃん」

「は、はい……?」

「ひとりちゃんは私の事好き?」

 

 郁代はひとりの手を握り、真正面から問う。小首を傾げて甘えたポーズだ。輝くモテ女の陽の気に晒されて耐えきれる者はいない。特に陰キャ代表の後藤ひとりでは。

 

「そ、それは……」

「それは?」

「す……好きですけど」

 

 ボソボソとながらもひとりはそう答える。それはそうだろうと虹夏は思う。ひとりが結束バンドを嫌う筈がない。というか基本的に誰かを嫌うことはない。彼女はいつも怯えているだけだ。青春とかに。

 

「よかった! 昨夜も枕元でそう言ってくれたものね!」

「そ、それは……!」

「昨日もシたのか。中々にお盛んだなぼっち」

「わ、わわわ」

 

 顔を真っ赤にしてわたわたするひとり。唐突に性事情を晒された彼女に同情を禁じ得ない虹夏であったが、考慮してはいられない。

 郁代に全てのペースを握られるより早く動く。

 

「ぼ、ぼっちちゃんはさ!」

「は、はいっ!?」

「……喜多ちゃんが浮気してたら悲しい?」

 

 その言葉にひとりはキョトンとした。そしてしばらく言葉の意味を咀嚼した後に答える。

 

「あっえっと、その。私なんかじゃ満足、できなくて。それで他に走っちゃう気持ちは、分かります。でも……」

 

 ポツポツと彼女なりに一生懸命言葉を紡ぐひとり。握られた手に力を籠め、不安に震えながら続けた。

 

「それでも、胸の奥がぎゅっと絞られたみたく痛くなります。ど、どこにも行かないでほしい……ずっと喜多ちゃんと一緒にいたい……だから浮気は、してほしくないです」

「ひとりちゃん……!」

 

 郁代は涙を浮かべ、ひとりに抱きついた。

 

「ごめん、ごめんね! 私、ひとりちゃんのことを考えもしないで……! ひとりちゃんのこと、大事にするから!」

「え、えへへ? わ、分かんないですけど、嬉しいです」

 

 抱き合い始めた二人を前に、虹夏は脱力したように椅子に凭れた。これで解決だ。

 

「はぁ……よかった。これで喜多ちゃんもあたしたちを抱こうとはしないよね」

 

 安心したように吐かれる言葉。その内容にひとりは反応する。

 

「あっ、浮気相手って結束バンドのみんななんですか」

「そうだよー。喜多ちゃんってば突拍子もないこと言いだして。訳わかんないよねー、バンド内で三股なんてさ……」

「じゃあいいですよ」

 

 束の間だった。安心は。

 バッサリと裏切られた虹夏は目を剥く。

 

「ぼ、ぼっちちゃん?」

「それなら、よかったです。もし歌みたくクズ男に靡いちゃったなら悲しかったですけど、でも虹夏ちゃんとリョウさんなら全然大丈夫です」

「ホント? ひとりちゃん!」

 

 パッと笑顔を取り戻し郁代が言う。ひとりは頷いた。

 

「は、はい。私も、結束バンドのみんなで仲良く出来たら……えへへ、嬉しいです」

 

 そうはにかむひとりに一切の拒否感はなかった。つまり……許可が出たということである。

 そして、虹夏の勝機が消えたということでもある。

 

「じゃあ伊地知先輩。このあと早速シましょう!」

「えっ」

「場所は上でいいと思う。店長は情事が始まればヘッドホンで何も聞かないフリしてくれるから」

「えっえっ」

「え、えへへ。みんなでお泊まり、楽しみです」

「えっえっえっ」

 

 両脇を郁代とリョウに。そして足をひとりに持たれ虹夏は引き摺られていく。己の自宅。しかし勝手知ったるリョウはいる。逃げ場はない。

 

「~~~せっ」

 

 そして虹夏は叫びを上げた。

 断末魔の。

 

「せめて総受けだけは勘弁してください~~~っ!!」

 

 パタン(ハウスのドアが閉まる音)。ドタドタ(マンションを駆け上がる音)。ガチャン(家の戸を閉める音)。ジャリン(チェーン)。

 

 そして静寂の戻ったスターリーへ、主が戻ってくる。投棄を終えて帰還した星歌。耳を閉じじっと嵐をやり過ごしていたPAさんはようやく顔を上げる。

 

「……なんか四人が上に駆けていくのを見たんだけど」

「気のせいですよ。そして店長は今すぐ廣井さんを連れ戻して飲みに行った方がいいですよ。夜通し」

「??????」

 

 こうして結束バンドの絆は夜と共に深まってイくのだった。




評価と感想をいただけると続くかもしれません。
いやこんなものは深淵に消えた方がいいかもしれません。
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