あたおかぼざろ   作:春風れっさー

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評価感想ありがとうございます。
承認欲求モンスターが喜びにうち震えてるぜ……!


ときめきはいつだってDistortion

「虹夏、虹夏」

「ん、どしたの」

「これ見て」

 

 休日、昼下がり。伊地知家が虹夏の部屋にて。

 部屋の主が友人、山田リョウとだべっていた時の話だった。

 

「また妙な物でも持ってきたの?」

 

 虹夏とリョウは気の置けない仲だった。どのくらいかというと、部屋の大半をリョウの私物で埋め尽くされているくらいだ。虹夏のスペースはベッドの上と壁に掛けてある写真類が精々。凄まじい浸食率だ。BETAもびっくり。

 何か変な物を持ってきて虹夏と遊ぶこともしょっちゅうのことだ。なのでリョウがなんらかのディスクを取り出したところで、虹夏にとってはいつものことだった。

 

「うん。ゲーム作ってみた」

「またゲーム? FPSとかだとまた一からキャラ覚えなきゃだから面倒くさいんだよね……って、今作ったって言った?」

 

 二人のゲーム傾向は似通っている。多趣味なリョウの影響で虹夏が始めることが多いからだ。高校が真面目なこともあって、互いに貴重なゲーム仲間である。故にゲームの誘いは予想通りだ。

 予想と違っていたのは、後半に繋がっていた言葉で。

 

「そう、作った。私たちを題材にしたギャルゲー。タイトルは『愛と勇気の結束バンド! ~歌と共に君へ愛を囁く~』」

「何勝手に作ってるの!? あとタイトルダサッ!!」

 

 相手がリョウなので限界まで気を抜き、テーブルに凭れるようにだらけて聞いていた虹夏も思わず飛び起きた。

 

「え、作った? ゲームを? どうやって!?」

「PAさんに相談してみたら何故か人脈紹介してくれた」

「なんで!?」

 

 なお紹介された人物たちは揃いも揃って「音戯アルト」の名を挙げたという。何者かはリョウも知らない。

 

「ちなみに音楽は全編私監修」

「そんな暇あるなら作曲しろ!!」

「メインテーマの作詞はぼっちに発注した」

「巻き込むなぼっちちゃんを!!!」

 

 叫ぶ虹夏。いつの間にか変なことに巻き込まれていた作詞担当に同情を禁じ得ない。山田リョウはいつも後藤ひとりに無茶ぶりをする。大抵は借金。

 

「さあ、早くテストプレイをしてみてくれ。そして物販に9000円くらいで置いてくれ」

「いや高いな!? フルプライスじゃん! 同人ゲームでその価格設定は強気すぎる!」

「この開発に当然自腹を切っているので返ってこないとこれから一月のご飯が全部タンポポになる」

「それはもういつものことじゃん! てかいつもそんな博打みたいなことするからそうなるんでしょ!」

 

 物販に置くかどうかはさておき、虹夏は言われた通りにゲームをプレイする準備に入った。気は進まないが、得体の知れない物をそのままリョウに任せて放置する訳にはいかない。彼女の監督はもはや自分の使命だと虹夏は悟っていた。取り敢えずパソコンを起動し、中へ読み込んでいく。

 カリカリと音を立ててダウンロードされていく様子を不安げに見つめる虹夏。

 

「えー……なんかやだなー。ギャルゲーってことは、あたしたちが攻略されていくってことでしょ?」

「大丈夫。ポリコレ配慮で主人公の性別は曖昧にしてある」

「ポリコレに配慮したギャルゲーってそれはもう別ゲーなのでは……」

 

 リョウの視線を背後に背負い、虹夏はゲームの起動に成功した。恋愛ゲームにありがちなやたらパステルなタイトル画面が映し出される。

 

《愛と勇気の結束バンド! ~歌と共に君へ愛を囁く~》

 

「うわボイス流れた。ってリョウの声じゃん」

「声優雇う予算がなかったから、頑張って収録した」

「その熱意でコーラス以外もやってみろよ……」

 

 呆れながら、虹夏はゲームを進めていく。開始ボタンを押すと名前の入力画面になった。

 

「……あたしが攻略対象にいるんだよね。じゃあ『星歌』っと」

「唐突に妹に生贄にされる店長が哀れだ」

 

 そして物語が始まった。四角い飴めいた髪留めやお菓子のリボンという誰かを彷彿とさせる妙に凝ったインターフェースと共に、見覚えのあるライブハウスが映し出される。

 

「背景っぽく加工されてるけどこれスターリーじゃん」

「資料集めすっごい楽だった」

「最近バイト中に写真撮ってお姉ちゃんに怒られていたのはこれか……あ、あたしだ」

 

 クリックして話を進めると、見覚えのあるサイドテールの少女が画面に現われた。何を隠そうプレイヤーと同じ姿だ。

 ゲームの中の虹夏が第一声を発する。

 

《こんにちは!》

 

「うわしゃべった!? なんで!?」

「身内なんだからボイスサンプリングなんて楽勝。特に虹夏は部屋に盗聴器しかけておくだけでいい」

「人の部屋に何しかけてんだ!?」

 

 どこにあるんだよドローン近くのコンセントに刺したこのタコ足配線かあたし相手じゃなかったら犯罪だぞ虹夏じゃなきゃやる意味ない。と一悶着あったのちにゲームを再開する。

 

《ああ、君が募集見てくれたっていう子? よかった! これで遂に我がバンドにもマネージャーが出来た!》

 

「マネージャー?」

「主人公は結束バンドのマネージャーになるという設定」

「ふーん。それなら新メンバーってことにしてキーボードやトランペットとかでもよくない?」

「架空とはいえ今の結束バンドの音楽が変わるのは許容出来なかった……」

「変なとこ繊細だなぁ」

 

 導入部だからか、話は軽快に進んでいく。

 

《へぇ、『星歌』さんって言うんだ。いい名前だね!》

 

「今更だけどもう矛盾してるなこれ」

「流石にそこまでのスクリプトは組めない」

 

 ゲーム内虹夏によって迎え入れられた主人公は、そのまま結束バンドのメンバーへと紹介されていく。どうやらライブの直前らしい。舞台裏へ通され現われたのは愛らしい笑みを浮かべた赤毛の少女、喜多郁代だ。リョウも隣にいる。

 

《初めまして! 私は結束バンドでギターボーカルやらせてもらってる、喜多っていいます!》

 

「喜多ちゃんの素材もあるのか」

「それは歌から採取すれば良いだけだから」

「ああそっか……」

 

《山田リョウ。よろしく》

 

「ちゃんと収録したリョウの声は流石に流暢だね。セリフは妙に短いけど」

「労力を最小限にしたかった」

「導入でもうそんな省エネなの?」

 

 リョウが紹介されれば、残りは最後の一人である我らがリードギターしかいない。

 ゲームの中でも人見知りを発揮しダンボールの中に隠れていた後藤ひとりが引っ張り出されるイベントが挟まれ、自己紹介を強要される。

 そしてやはり前三人と同じようにしゃべった。

 

《ア゛……ゴとうひとりデス。ヨ、よろシ9お願イシまス……》

 

 何故か一人だけクオリティの低いガタガタボイスで。

 

「ねぇ急にゆっくりボイス以下になったんだけど!?」

「ぼっちの声小さいから、サンプリング難しかった……」

「これからぼっちちゃんのシーン全編こんな感じなの!? ホラゲーじゃん!!」

 

 不気味の谷とかいうレベルではない。今際の際の機械生命体が発するような声を絞り出すひとりを最後に、結束バンドの紹介が終わる。

 そして始まるライブシーン。BGMに結束バンドのアレンジが流れており中々の気合いの入れようだ。しかしライブ中にちょっとしたトラブルが発生し、それを主人公が機転で乗り越えるというストーリーが紡がれる。

 

「ここで全員の好感度を稼いで、結束バンドに受け入れられるというストーリーライン」

「無駄に考えられてて小癪だな……」

 

《いやー、おかげで助かったよ!》

《あなたがいなかったらライブ成功できなかったわ!》

 

 陽キャ二人から礼を言われちやほやされる主人公。それを見ていたリョウはポツリと呟いた。

 

「羨ましい……」

「ゲーム内の人間に嫉妬したら終わりだよ、リョウ」

 

 そして打ち上げのシーンになり、更にそれも終わって各々が別れるように帰る場面になる。そこで初めて選択肢が発生した。

 

《【虹夏と帰る】【郁代と帰る】

 【リョウと帰る】【ひとりと帰る】》

 

「ここでルートを選ぶ」

「フィールドで遊んでいる間に好感度上げて~とかじゃないんだね」

「同人クオリティにそこまでを求めないでほしい」

「あるだろ、中にはそういうのも」

 

 分岐点になるのでセーブをする。さて、ここは重要なポイントだ。誰を攻略するか。

 少し迷って虹夏は、【虹夏と帰る】という選択肢を押した。

 

「お、自分を攻略するんだ」

「うん……それが一番精神的負担がないかなって。……いややっぱやだな。これ自分で自分をメスにしていくってことでしょ?」

「言い方」

 

 もう選んでしまったものは仕方ない。取り敢えず虹夏ルートを進めていくことにしたマネージャー星歌ことプレイヤー虹夏。

 

《あたしと帰る? って言っても、あたしの家すぐ上なんだけど……》

 

「そうじゃん。これどうすんの?」

 

 伊地知家はスターリーのあるマンションの三階である。帰路はあっという間だ。

 どうするのか。その疑問は、次に出た選択肢によって晴らされる。

 

《【家に行きたい】

 【今夜は……帰したくない】

 【可愛がってあげるよBE MY BABY……】》

 

「ねぇ碌な選択肢がないんだけど!?」

「監修はしたけどライターは私じゃないし……」

「どこで拾ったライターだよ!」

 

 迷いに迷って虹夏は、一番無難そうな上の択を選んだ。ちなみに主人公がしゃべる時は無音である。

 

《【虹夏の家に行ってみたい……駄目かな?】》

 

「自分で選んでおいてなんだが、初対面でそれは駄目だろ」

 

《え? うーん……ま、いっか。親睦を深める為だもんね》

 

「いいのかよ。ガード緩いなあたし」

「自分にツッコミを入れる図、シュールだな」

「誰の所為だと」

 

 そしてやけに防犯意識の低いゲーム内虹夏によって、主人公は部屋の中へ招かれていく。

 

《あはは、まぁ楽にしてよ》

 

 そんな風に虹夏が笑ったところで次の選択肢が出た。

 

《【この服は虹夏の趣味?】

 【ドラムセットはやっぱりあるんだね】

 【これが虹夏・THE・スメル……】》

 

「三番目の選択肢は絶対にネタじゃないといけないの?」

「大体そうじゃない?」

 

 そうなのか……とギャルゲーの経験が少ない虹夏は納得してしまう。

 

「それで、どれを選ぶの」

「うーん、ここはやっぱりまた無難な奴かな。真ん中にしよう」

 

 序盤からネタ選択肢を選ぶ勇気もなく、虹夏は一番穏当そうな真ん中の話題を選んだ。上はリョウの話題になるし、下は論外。ドラマーの部屋にドラムセットがあるのは当たり前の話だが、話の種としては悪くない……そう思って虹夏は選ぶ。

 

《うん! 叩いてみる?》

 

《【はい】

 【いいえ】》

 

「そうなるか。まぁはいでいっか」

 

 これもまた無難な成り行きだ。実際の虹夏でもそうするだろう。貴重なドラム仲間が増えるかもしれないチャンスだし。周囲の人間がメンバーだけでなく姉やきくりも含めてギターやベースばかりなのは意外と寂しい現実なのだ。そんな思惑は露知らず、主人公はドラムスティックを手渡され演奏へとチャレンジする。

 普通の展開……虹夏がそう思った時だった。

 

《スネアへスティックを振り下ろした。

 その瞬間だった。

 当たり所が悪かったのか、ドラムスティックは半ばでへし折れてしまう。

 そして星歌の方へ飛んできたのだ。》

 

「は?」

 

 そして痛々しいSEが鳴り響き、画面が赤く染まった。

 

《折れた断面が星歌の喉に突き刺さる。

 息が出来ない。身体から温かいものが抜けていく。

 虹夏の声が遠くなっていくのを耳にしながら、

 星歌の意識は闇に落ちた。

 そして二度と目覚めることはなかった……。

 

 BAD END「不幸な事故2」》

 

「ええええええええええ」

 

 タイトル画面へ戻る。どうやらバッドエンドでスタッフロールは流れない仕様のようだ……などと考察する暇もなく虹夏は背後のリョウへ振り返った。

 

「死んだんだけど!?」

「残念。バッドエンド」

「まだ何もしていないんだけど! あと2ってことはさっきの選択肢にも既に含まれてるよね!!」

 

 この短い時間に既に2回の即死トラップがあったようだ。たったの二歩でこれだ。地雷原でももう少し猶予があるだろう。ルナティック難度のマインスイーパだ。

 

「全部こんな難易度なの!?」

「いや、虹夏だけ」

「なんで!?」

「虹夏を簡単に誰かへ渡す訳にはいかない……!」

「じゃあこんなゲーム作るなよぉ! そこに独占欲があるならさぁ!」

 

 先のバンドの話といい、実在の人物を扱うことにとことん向いていない性分だった。何故こんな企画を立ち上げてしまったのか。多分金になるからだろうな……そしてあたしが誰かに寝取られる可能性にあとから気付いたんだろうな……とリョウの行動パターンを推察してげんなりする虹夏。

 

「あたしの前でだけ主人公くんの死体が積み上がっていくの? 死神かよ」

「召されちゃうんだ。天使だけにね(笑)」

「何も面白くないが???」

 

 とにかく、このまま虹夏ルートを進めようとするといくら時間がかかるか分からない。別ルートを選ぶ必要があるだろう。

 セーブポイントからまたゲームを再開する。

 次に選んだのはリョウだ。

 

「お、今度は私か」

「まぁ慣れてるからね。扱いが」

 

 主人公が着いてきたことに画面のリョウが反応を示す。

 

《私? ……じゃあ、こっち》

 

「現実より大分無口だよね。手抜きすんなよ」

「これはローカライズ」

「こういうゲームでキャラ変はただの詐欺だろ」

 

 省エネリョウに導かれて主人公が招かれたのは一軒の洋食店だった。遅めの夕食を取ろうというのだろう。中々に小洒落た店内で、二人は食事を始める。地味にリョウのイベントスチルが入った。

 

《おいしいね。君と来れてよかったよ》

 

「……これって」

「順調じゃん」

「いや、嫌な予感がしてきたよ」

 

 一見は攻略対象との食事というギャルゲーっぽいシーンだが、そこはかとなく虹夏は嫌な予感を覚えていた。そしてその予感は現実となる。

 

《じゃあ、お金ないから奢って》

 

《【払う】

 【払わない】》

 

「ほらこんなことだと思った!!!」

 

 机を思い切り叩く虹夏。予想通りだった。現実でもリョウがよくやるクズムーブ。素寒貧で他者に奢らせるムーブだった。主にひとりが犠牲になっている。

 

「お前ゲームの中でもこうなのかよ! 恥はないのか!?」

「私たちを題材にする以上、改変はよくないかなって……」

「ローカライズって自分で言っただろ!!」

 

 しかし選択肢が出てしまった以上、虹夏はどちらかを選ばなければならない。

 

「えー……あたし払いたくないんだけど」

「その場合私が食い逃げで捕まり、結束バンド解散エンドになる」

「やめろよ嫌な未来を示唆するの……あたし一割くらいはその可能性考えてるんだからね」

「え、それは普通にショックなんだけど」

 

 地味に表情を曇らせるリョウを自業自得だと吐き捨てつつ、虹夏は仕方なく上の選択肢を選んだ。

 チャリンと小銭が鳴るSEと共に、画面の中のリョウが笑顔になる。

 

《ありがとう……君のこと、好きかも》

 

「おいチョロすぎだろ!!」

 

 既にリョウの瞳はハートマークになっていた。手を胸の前で組み、メロメロな状態だ。金を払っただけでこうなった。早い。

 

「チョロいよ! お会計しただけでこれって! 早すぎだろ!」

「私のルートは大体お金を払うことで好感度上げていく」

「あたしのと難易度の格差がありすぎる!!」

 

 イージーモードとかいうレベルではない。ただただ金を貢いでいくゲーム。何も面白くはない。きょうびホストやキャバ嬢を題材にしたゲームだってもう少し起伏があるだろう。

 

 そんなリョウルートを体験した虹夏は、少し考えてまた分岐点をロードした。

 

「え? ルート変えるの?」

「全員のルートを一度見ておこうと思って。なんか全員こうな気がしてきたから」

 

 まともなゲームではない。もう既に虹夏は実感している。なので虹夏はまず攻略対象全員を一通りプレイしてみることにした。あと単純にリョウルートがつまらなそうだった。

 分岐の選択肢まで戻り、今度は郁代を選ぶ。

 

「喜多ちゃんなら変なことにはならないでしょ」

「本当に?」

「……まぁ、少なくとも他人にはまだ……ぼっちちゃんとどっちかと言われたら、マシかと……」

 

 ここ最近の奇行を思い出し虹夏は不安に駆られたが、それでもひとりよりはマシだろうと判断した。他人と接触したひとりは何をしでかすか分からない。あるいは虹夏ルートより難しいかもしれなかった。

 

《私と、ですか? はい! 駅まで一緒に行きましょう!》

 

「流石喜多ちゃんだね。迷いがない」

 

 喜多郁代は屈指のコミュ強だ。友達は多く、初対面の相手でも物怖じしない。虹夏もコミュ力はある方だが、流石に郁代には譲る。なので付き合いが浅い主人公とすんなり話が進んでも、違和感は左程なかった。

 そして話も順調に進んでいく。

 

《うふふっ、星歌さんって面白いんですね。そんな理由で結束バンドを応援してくれるなんて》

 

「おお、なんか好感触だよ」

「まぁ郁代があからさまに人を嫌うことってないし。表向きは」

「嫌な注釈を付けるな」

 

 選択肢も心なしか無難な物が多い。

 

《【応援したいって思ったら、身体が動いてただけだよ】

 【誰かを助けるのに理由がいるかい?】

 【そんなことよりおうどん食べたい】》

 

「三択目ェ……」

 

 明らかなネタ選択肢さえ選ばなければ、虹夏と違って地雷もなさそうだ。そのまま穏当に駅まで辿り着く。

 

《じゃあ、また次の練習で!》

 

《そう言って、星歌は郁代と別れた。

 なんだかこれから楽しくなりそうな予感がする。

 そして翌週。再び結束バンドと顔を合わせる日がやってきた。》

 

「おお……遂に一日目を越えた……!」

「まるでガスコイン神父を倒した時みたいに感動してる」

「誰の所為だと……!」

 

 今までのマネージャー星歌が越えられなかった一日目を終え、物語は次の日に入る。結束バンドが全員集合するスタジオ練習の日だ。マネージャーである主人公も招かれ、一堂に会する。

 

《星歌さん、こんにちは!》

 

《【こんにちは】

 【今日も綺麗だね】》

 

 また選択肢が出る。虹夏は無難な上を押そうとし、そして思い留まった。

 

「……そろそろ口説きにいった方がいいかな?」

 

 マインスイーパをやってる気分になって忘れがちだったが、これは恋愛シミュレーションだ。プレイヤーの最終目標は生き残ることではなく、攻略対象を口説き落とすことにある。何故か死の危険が付き纏っているが。しかしそう考えると無難な答えばかりではよくない。ちゃんと攻略しなければ。

 このまま何もできずノーマルエンドを迎えても面白くないし。虹夏は意を決して下の選択肢を選んだ。

 

《【今日も喜多ちゃんは綺麗だね。まるで現代の女神だよ】》

 

「腹立つなコイツ」

 

《え……もう! 褒めたって何も出ませんよ!》

 

「これでいいのかい喜多ちゃん」

 

 鼻につく気障な台詞だが、郁代はきゃっと顔を赤らめ恥ずかしがった。好印象だったらしい。虹夏は架空とはいえ郁代の将来が心配になったが、それはそれとしてゲームが順調に進んでいるのは嬉しく思う。

 

《………》

 

「ん?」

 

 しかしふと、ひとりの立ち絵が挟まれる。無言でこちらを見ているだけというシーンだが、ここでわざわざ入るのは不自然に思えた。揃っての練習なのだから、いること自体は普通なのだが。

 だが特に言及はされず、郁代との話は進んでいく。

 

《【喜多ちゃんの歌をもっと聴いてみたい】》

《えへへ……改めて言われると恥ずかしいですね。でもボーカルはそれが仕事ですから! どんどん聴いてください!》

 

《………》

 

「ん? また……」

 

 スタ練の休憩中に弾む話へまた割り込むひとりのカット。やはり無言で佇むだけだ。

 

《髪ですか? ホントはストレートだから、朝は大変なんですよ~》

《【へぇ。触ってみてもいい?】》

《ちょっとだけならいいですよ!》

 

「それはそれとしてグイグイ行くなコイツ……」

「肉食系じゃない恋愛ゲーム主人公って需要あるの?」

「それもそうか? ……いや本当にそうか?」

 

 話はいつの間にか親密なものになっていた。歌から女子力に移り、髪型へと発展する。郁代の話からその赤い髪の感触に興味を抱いた主人公は触れようと許可を取る。すっかり心の距離が近くなっていたのか郁代も了承した。

 そして主人公の手が郁代の髪に伸ばされる。その瞬間だった。

 

《あっ、ダ……駄目です!》

 

「え、ぼっちちゃん!?」

 

 ババーン! とひとりが手を広げて立ち塞がったのだ。

 

《き、きギギ奇キきききギギギギ、喜多ちゃんハ渡しません!》

 

「いつものどもりがホラー映画みたくなってる!? っていうか、ええ!?」

 

 不安定なガタガタボイスを叫びながらひとりが口走ったのは、予想外の言葉だった。

 

《ギ、喜多ちゃんは確かにミリョクテキですが、ダカラといってよく知りもしない人に渡す訳にはいかないんデス!》

《ひとりちゃん……?》

《だって、ダッテ喜多ちゃんは、私の大事な……!》

 

「え、あの、これ」

 

 不穏な成り行きに虹夏は動揺する。だがクリックを止めては話が進まないだけだ。プレイヤーには続けるという選択しか許されない。

 意を決し、ひとりが告げる。

 

《私の大事な、お星サマなんです!!》

《ひとりちゃん……!》

 

 トゥンク。そんなSEと共に郁代の瞳がピンクに染まった。ハートを浮かべ、男らしく言い放ったひとりに熱い眼差しを向ける。そしてひとりに向かって抱きついた。

 

《ごめんね、ひとりちゃん! 私には、やっぱり貴女しかいないわ!》

《喜多ちゃん……》

《ねぇ、私をこれからも大切にしてくれる?》

《……はい! 私タチで、星座になりましょう!》

 

《こうして二人は結ばれた。

 お互いの追う星の輝きは、今こうして決して離れない絆で繋がれたのだ。

 そう、愛という、巡り会いのカルマによって……。

 

 LILY END「解かないで、星の線」》

 

「えええええええええええええ」

 

 二人が手を結び合う尊い一枚絵を最後にスタッフロールが流れ出す。どうやらゲーム的にはハッピーエンドの類いになるらしい。

 虹夏は無駄に高いクオリティの書き下ろしメインテーマと共に流れていく戦犯(スタッフ)の名前を前にししばし愕然としていたが、やがて正気を取り戻して振り返った。大戦犯(YAMADA)へ。

 

「寝取られたんだけど!!??」

「ぼっちの前で郁代を口説こうとすると発生する百合エンド。何通りか存在する」

「するな!? ギャルゲーで!!!」

「ちなみに全員のカップリングが存在する」

「じゃあジャンルを変えろよそっちにぃ!!!」

 

 順調だったのに、まさか他の攻略対象に寝取られるとは。NTRか百合ゲーにジャンルを変えた方がいいのではないか。しかもリョウは全員分あると言った。もしかしたら自分(にじか)にやられていた可能性もあるのか。自分に寝取られる。どんな状況だ。武藤遊戯でもなければ体験しようがないシチュエーションだぞ。

 

 虹夏は絶望した。

 

「もう駄目だ……THE・攻略対象みたいな性格をした喜多ちゃんまで無理ならどうしようもない……」

「虹夏、郁代のことをそんな風に思ってたのか……でもまだ、ルートは残ってるよ」

 

 そう言ってマウスを握る虹夏の手の上に重ね、リョウはタイトルまで戻った画面を操作する。ロードされたのは、四度目のあのシーン。

 

《【虹夏と帰る】【郁代と帰る】

 【リョウと帰る】【ひとりと帰る】》

 

《【ひとりと帰る】》

 

「………」

「ほら」

「いや……」

 

 思わず虹夏は退こうとした。だが背中にピッタリと密着されているので逃げられない。

 

「ほらぼっちを攻略して。一人だけ残されるなんて可哀想でしょ」

「いや目に見えてるじゃん! 絶対高難易度だし碌でもない展開になるって!」

 

 虹夏は予想していた。普段からおかしな言動が目立つ後藤ひとり。立てば陰キャ座ればツチノコ。歩く姿はすぐ誰かの後ろに行くのでよく見えない。それが可変式生命体後藤ひとりだ。そんな彼女がこんなはっちゃけたゲームの世界観に染まったら? どうなるかは火を見るより明らかである。

 もう十分このゲームの異常性を堪能した。だから拒否しようとする虹夏の、退路をリョウは断つ。

 

「でも後日自分だけが無視されたのをぼっちが知ったら……?」

「う……!」

「『あっ私は恋愛するに値しないんですね……チャレンジすらも……へへっ、ですよね。少しは仲良くなれたとイキってすみません……』なんて言うかも」

「無駄に解像度高いのやめろ……!」

 

 だがあり得そうな未来だった。というかまずそうなる。例え虹夏が黙っていても、この性悪(やまだ)は嬉々としてひとりへ告げ口するだろう。

 

「分かった、やるよ……一応ね」

 

 故に取り合えずプレイはしなくてはならない。しかしクリアまでやる気概はなかった。どうせもう全ルートできないだろうし。

 適当に進めて、どっかで切ろう。

 そんな気持ちで渋々マウスを操作し【ひとりと帰る】という選択肢をクリックする。

 

《えっあっワタ、私でスか。こんNAド陰キャとナンデ……?》

 

「そうかぼっちちゃんルートだとこのガタガタボイスをずっと聞き続けなきゃいけないのか……」

「聞き分けが鍛えられて耳が良くなる」

「いや悪くなるだろ。耳がおかしくなる」

 

 着いてくる主人公に画面の中のひとりが反応し肩をビクつかせる。その後主人公をオドオド見たりプレッシャーで顔を青くしたりと百面相をするのは現実と同じだった。

 

「あー初対面の人間に対するこの反応。初めて会った時を思い出すなぁ」

「今ではちょっとは進歩してる気がするけどね」

 

 少々感慨深くなりながらもストーリーは進んでいく。

 

《【ぼっちちゃんってギター上手いね】

 【なんで君みたいな子が結束バンドに?】

 【その髪留め飴みたいでおいしそうだね】》

 

「ん、これは……」

 

 沈黙を破るために主人公から話しかける選択肢。その三つの話題を見て虹夏は考えた。一番下は論外として、他の二つ。無難なのは上の方だが……。

 

「……結束バンドに入った理由、か」

 

 それを聞かれたひとりがどんな反応をするのか。それが少し気になった。無論これはゲームの中に再現されたひとりの意見であり、決して本物ではないと分かっているのだが。

 どうせ失敗しても……そんな気持ちで真ん中の選択肢をクリックする。

 

《【なんで君みたいな子が結束バンドに? あんまり人付き合いとか得意じゃなさそう……】》

 

《あっヒッ、ご、ゴメンなさい。私みたいのがミンナに混じってると違和感ありますよネ……鶴の中のゴミって感じで……》

 

「あー、そういう風に受け取っちゃうか」

 

 主人公はおそらく純粋な興味からきいているが、ひとりはどうやら責められているように受け取ってしまったらしい。現実でもこうなりそうだ。

 萎縮させてしまっただろうか。ゲームの中とはいえ心配になる虹夏。

 しかし予想に反して、ひとりは主人公の言葉にしっかりと返答した。

 

《……それでモ、結束バンドのリードギターは私なんです》

 

「お……」

 

 思った以上に力強い返事だった。目を逸らし自信なさげではあるが、それでも言葉は強い。

 

《ずっと私は一人キリでした》

 

 ポツリと語り始めるひとり。

 

《あのトキ、公園に来るまで私は……何者でもなくて》

《ギターを弾くダケしか取り柄のない陰キャでした》

《で、でも見つけてもらっテ、私の人生はようやく動き始めたんです》

 

 いつも通り、あまりしゃべりなれていない話し口調。それでも懸命に、真剣に言葉を紡ぎ続ける。

 

《たくさんの物を貰いました。色んなコトをしてもらって、手間のかかる私を見捨てないでいてくれて。楽しいことも、苦シイことも、一緒に共有してくれて》

《その恩を、私はまだ返せていません》

《何より私が、まだみんなといたい》

 

 ひとりが主人公と目を合わせる。世の中を直視したくないという、後ろ向きな理由で伸ばされた前髪越しの視線。それでも、強くて。

 

《世界にギターが上手い人は他にいても》

《虹夏ちゃんに誘ってもらって、リョウさんと一緒に曲を作って、喜多ちゃんと並んで弾けるのは……》

《私だけ、なんです》

 

「ぼっちちゃん……!」

 

 瞳を潤ませる虹夏。感動していた。ひとりの決意表明のような強い言葉。仲間への想いを語られて不意を突かれてしまった。こんなゲームなのに涙が出そうだ。こんなゲームなのに!

 

《あっダカラこんな私がイても気にしないでクダサイというか、仮にムカついても優しくしてほしいというカ……》

 

 緊張が切れたのか、一転して元通りになるひとり。目を逸らし慌てふためく彼女を前にして、主人公の選択肢が浮かぶ。

 

《【そっか。みんなが好きなんだね】

 【私もそんな風になりたいな】

 【これが……てぇてぇって感情か……!】》

 

「ぐすっ……あっしまった。連打しちゃった」

 

 選択肢が表示された一瞬、感動していた虹夏はうっかりクリックをしてしまった。カーソルをそのままにしていた為、真ん中の選択肢が選ばれてしまう。

 

《【私もそんな風に、ぼっちちゃんみたいになりたいな。そんなに誰かを想えるような、素敵な人に】》

 

「まぁ、いっか。普通そうな選択肢だし」

 

 しかし幸いなことに選んだのは普通のセリフだった。主人公の言葉はひとりの宣言に感動している物だ。一番下とは違い、無難に話が進みそうな……。

 

《あっ、でへへ。な、なりたいデスか……? ――それなら、なりまショウか》

 

「え?」

 

 見間違えだろうか。不穏な言葉が紡がれる。

 ログを見返すか? そう悩みつつもクリックして続けた次の一瞬だった。

 

《【――!?】》

《そうひとりが言うと、突如として彼女は分裂した》

 

「は?」

 

 流れるテキスト通り、目の前のひとりが分裂する。モニュンという音と共にピンク色のメンダコが分離し、そして。

 

《視界が暗くなる。

 何が起きたのか。顔に手を当ててみれば温かい温度を感じた。

 メンダコだ。ひとりから分離したメンダコが顔に張り付いている。

 引っ張ってみるが、強い力で吸着され取れそうにない。》

 

 画面が暗くなった。そしてひとりのボイスだけが響く。

 

《そっか……初対面のヒトでも私みたいになりたいって思うんダ。だったら、きっとミンナなりたいよね》

 

《メンダコが形を崩す。

 違う。これは侵入しているのだ。溶けて、私の肌に染み入ってくる。

 私が私でなくなっていく。これまでの私が、私という人格が、混ザッテ、消エテ――。

 ――ああ、そうか。

 

 私は、(ひとり)になったんダ。》

 

「ひぃっ……!?」

 

 最後の一文。無音の筈の主人公が声を発した。それはひとりのガタガタボイスだった。そして視界が晴れる。だが元に戻った先にあったのは、何やら妖しい笑みを浮かべたひとりだった。

 

《おはよう、私》

《はい、私》

 

 ひとりのボイスが響き合う。

 

《気分はドウ?》

《最高ダヨ。生まれ変わった気分ダ》

《そっか。じゃあ、行こうか》

 

 またひとりが分裂する。生まれるピンク色のメンダコ。だが今度は一匹ではない。尋常ではない数が画面いっぱいに発生し、そして世界へ向け散っていく。

 

《結束バンドのリードギターは私だけ。だったら、この世界ミンナを私にすれば、誰にも取られないよね》

 

 画面が切り替わる。そこに映っていたのは――

 

 ――ピンク色の何かに半分覆われた、見るも無惨な地球の姿だった。

 

《そして世界は変わった。

 新種の生命体、『BOCCHI』。奴らに触れた人間は同化され、同じとなる。

 浸食されていく世界。広がっていくピンク。

 武器は効かず、ツチノコや怪獣と無限に形態変化を重ねて人類に襲い来る。

 何故か青春を表現する歌を苦手とするので、人類はそれを武器に立ち向かう。

 人類対ぼっち。果てない戦いはまだ始まったばかりだ――。

 

 BOCCHI END「みんなと私と蒼い惑星」》

 

「ええええええええええええええ」

 

 そして流れるスタッフロール。ハッピーエンドの定義はガバガバ。

 絶叫する虹夏の前で無情にも流れていく罪人(スタッフ)から視線を離し、虹夏は元凶(YAMADA)の首を捻り上げた。

 

「途中までいい話だったのに! 途中までいい話だったのに!!」

「ぐえええええ!!」

 

 圧倒的パワー差でブンブンと振り回されえずく山田。

 

「なんであそこからこんなのになるんだよ! おかしいでしょ!?」

「ギブ、ギブ。ちょ、マジでギブ」

 

 パタパタとタップする手が弱々しい。解放されたのは散々に振り回され己の髪の如く青くなった後だった。

 

「コッ……コフッ……」

「ゼーハー、ゼーハー」

 

 激情のあまり力を解放し、荒い息をつく虹夏。その親友は息も絶え絶えだが。

 

「結局ぼっちちゃんルートもこんなか……リョウ、判決を言い渡す」

「ゲホッ、ゲホッ……うん」

 

 とにかく、ルートを全てやったのでテストプレイは終わりだ。

 神妙に待つリョウへ、虹夏は結論を告げる。

 

「ボツ。酷いゲームだった。こんなもの売れる訳ないでしょ」

「そ、そんな。店長他アダルト組のアペンドの予定もあるのに」

「コイツ人の姉まで……駄目に決まってるでしょ。肖像権で訴えるよ!」

「じゃあ明日からのご飯どうすればいいの……」

「知らん! ほらもう遅いからシャワー入ってきてよ。泊まるんでしょどうせ」

「うぅ……せめて今日のご飯は作って……」

「分かったからさっさといけ!」

 

 ひもじそうにするリョウを部屋から叩き出し、虹夏はパソコンを閉じようとする。

 しかしふと思った。

 

「……なんか、あたしたちを知られ過ぎてるような」

 

 確かリョウは、ライターは自分ではないと言っていた。それにしては、メンバーの解像度が高すぎないだろうか。要所要所は電波だが、それでも一つ一つのセリフは如何にもみんなが言いそうなことだ。

 それだけではない。考えて見れば立ち絵もそうだ。差分含めてかなり多い。一体誰が用意したというのか。映像が得意そうな、結束バンドをよく知る人間。そんな人間でなくては。

 

「一体、誰が……?」

 

 戦慄する虹夏。得体の知れない寒気が背筋を覆った。

 

 スタッフロールには、「シナリオライター 謎の1号&2号」と記されていたという。

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