待遇は絶対に主人公のそれではないが。
「それではライブ成功を祝って~」
「「「(あっ)かんぱーい(…)(!)」」」
リーダーである虹夏が音頭を取り、ジュースを注いだコップを打ち付け合う。小気味よい音を立て、宴会の幕が上がった。
とある日。結束バンドはライブ成功の打ち上げパーティーをしていた。
パーティーといっても派手なモノではない。テーブルに並べられているのもジャンクやお菓子などで、非常に安上がりである。もう何度か成功させてきた箱ライブの入場者が一番を更新したという、ほんのささやかなお祝いだ。
「いやー、貧乏バンドマンの打ち上げっぽくてこういうのもいいね!」
「あっはい」
「私こういうのも好きです!」
「でもなんだって私の家で」
はしゃぐ三人を見ながらジュースを飲むリョウが問う。今回の打ち上げはスターリーではなくリョウの家、山田家がリョウの部屋で行なわれていた。
主催者である虹夏がその訳を語る。
「ホントはスターリーでやろうと思ったんだけど、お姉ちゃんに他の用事があるから駄目って言われてさー。まぁ毎回ライブハウスでっていうのも確かに味気ないし、でもお金がないから他のお店に行くのもねぇ」
「それは分かったけど、それで何故山田ハウス」
「リョウの家が一番広くてどんちゃん騒ぎ出来そうかなって。あと原作で四人が揃ったことのある家がリョウのところしかないから」
「おいメタはやめろ人を選ぶぞ」
そんな事情があって、今日は山田家を打ち上げ会場にしていた。
しかしそれで何かが変わるわけでもない。結束バンドの面々はいつも通りだ。郁代は憧れの先輩の部屋に目を輝かせていたり変わり果てた姿になってしまった六弦ベースから目を逸らしたりという一面もあったが、概ねみんな平常運行だった。
こういうテンションの高い場で話に華を咲かせるのは大体二人。陽キャの虹夏と郁代だ。
「喜多ちゃんもすっごく上手くなってたよ! もうへたっぴだなんて笑えないなー」
「えー、伊地知先輩そんな風に思ってたんですかぁ? ちょっとショックー」
「あはは、うそうそ! でも先生が上手いんだろうね。ね、ぼっちちゃん!」
「あっはい」
急に話を振られビクッと肩を跳ね上げるひとりも、それをただ黙って見つめ我関せずと菓子を食べるリョウも含めて、いつも通りの光景。
このままただ楽しいだけの時間が過ぎていく――筈だった。
事件が起こったのは打ち上げを始めて1時間ほど経った頃だった。
「ちょっとリョウ、食べ過ぎだってば。みんなの分なくなっちゃう」
「いいじゃん。貴重な栄養補給」
「普段から気をつけていれば要らないし、しかもお菓子ばっかじゃ偏るでしょ!」
宴もたけなわというところ。始まってから少したち、各々もだらけてきた具合。
ここで食い溜めておこうと菓子を腹に詰め込んでいくリョウを虹夏は叱りつけた。この場を仕切るリーダーとして、そして親友としてリョウの過食を窘める。
「でも虹夏もそこまで気をつかってないよね。現にこの間海に行った時は夏休み食べ過ぎて――」
「わーわー! その話はやめて! ……はぁ、もう。ぼっちちゃんと喜多ちゃんも何か言ってよー」
弱味を突かれた虹夏は後輩たちに助けを求める。だが、返事がない。
「……ぼっちちゃん? 喜多ちゃん?」
不思議に思ってクルリと振り返る虹夏。するとそこには――
「うぇーい! 喜多ちゃんももっと呑みましょうよー!」
「うぅ……っ! 私は何をやっても駄目な奴なんですぅ……!」
――いつもとは真逆のテンションで盛り上がる二人がいた。
「!!??」
目を見開いて驚愕する虹夏。一度目を擦り、そしてもう一度見る。そうもしたくなる。だってそこにあったのはそれほどあり得ない光景だったからだ。しかし二度見しても変わらなかった。
陽キャのような笑みを浮かべたひとりが、凄まじく落ち込んだ郁代に絡んでいる。
「え、な、ななな、なんで!?」
「もー、喜多ちゃんノリ悪いですよー? こういう場では周りに合わせなきゃー!」
「口が裂けてもぼっちちゃんが言っちゃ駄目だよ、その台詞! 一体何が……」
明らかにおかしいひとりの肩を掴んで郁代から引き剥がしつつ、虹夏は原因を探す。実を言うとこんな風になる症状に心当たりはあった。主にスターリーに出没する迷惑客――某廣井がよくなっているから。
つまり、酒だ。
「で、でもお酒なんて買ってないよね、リョウ?」
「うん。そもそもコンビニで私たちが買える訳がない」
虹夏の疑問に頷くリョウ。今回持ち込んだ食材は全部、先輩組がコンビニで買い集めた物だ。当然全部レジを通したし、そもそも未成年の結束バンドが酒類を買える訳がない。年齢確認のボタンを押すようなこともなかった。
一応万が一を考えてテーブルの上に並ぶジュース類のラベルも確認してみるが、どれも見覚えのあるソフトドリンクばかりで――
「……ん?」
しかしふと、気付く。
ひとりの抱えている2リットルペットボトル。それ自体は普通のオレンジジュースなのだが、違和感があった。
「リョウそれ、蓋の色がちがくない?」
「……ホントだ」
ひとりの手からそれをひったくり、手に取って確認するリョウ。虹夏の手の中で「あー、返してくださいよー」とひとりがぐずっているが、虹夏の筋力には勝てず容易に抑え込まれる。
リョウはペットボトルのキャップを外し、確認する。そしてその正体を曝いた。
少し大振りで、機械的な、それは。
「ホンワカキャップだ……」
「なんであるの!?」
それは国民的アニメに登場したひみつ道具だった。
「今21世紀だよね!? いやなんで!?」
「分からない。ぼっち、これどこで?」
「えへへー、お姉さんがくれました。『ぼっちちゃんは、まずこれで練習するといいよー』って」
「廣井ぃ!」
この騒ぎの元凶へ虹夏は叫ぶ。なけなしの金で買ったであろう酒瓶を手に笑い、「なんか記憶ない内に拾ってた~」などとのたまうきくりの笑顔が宙に浮かんだ。
ホンワカキャップ。それは某青狸が主役の漫画で登場した未来の道具だった。
ジュースの蓋をそれに変えると中身の液体で酒を飲んだように酔えるようになるという、現代だとちょっと物議を醸しそうなひみつ道具だ。ちなみにアルコールが発生する訳ではないので、未成年飲酒には当たらない。未来の世界でも法にも穴はあるんだよなぁ……。
「原因は分かった! いやどうしてあるかは分かんないけど! とにかく二人はお酒に酔ったみたくなっちゃってるんだ!」
ひみつ道具の由来はさっぱり分からないが、ひとりと郁代が陥っている状況はよく理解出来た。泥酔している。即ち酔っ払いということだ。
「ぼっちちゃんお願い、正気に戻って!」
「うへへー、幸せがスパイラルー」
「何も意外じゃない! 廣井さんみたくなってる!」
「まさに正当進化だ……アグモンがグレイモンになったみたいに」
ひとりはきくりのようになっていた。顔を赤らめ楽しそうににへらと笑っている。きくりはかつてひとりと同じような陰キャであったことを語っており、故に同じように泥酔したひとりはきくりと瓜二つの性格になった。まるで自然の摂理の如く。
目をグルグルにし、夢に浮かされているようにひとりは笑う。
「頭がほわほわするー。気分がいいー。嫌なこと全部忘れられるー」
「あぁみんなが怖れていたことが……将来絶対ぼっちちゃんにお酒飲ませたら駄目だねこれ」
「確かに。サイケデリックロックへ路線変更することになる……いや待てよ?」
キラリとリョウは不穏に目を輝かせた。そして手にしたペットボトルを掲げる。
「ぼっち。これ返してほしい?」
「あっはい! もっと呑みたいです!」
「いつにない良い返事! ……リョウ?」
突然何を言い出すのかと相方を見る虹夏。しかし返事の代わりに目線でひとりを解放するように指示をされ、大人しく従う。
自由を得たひとりの前で、リョウはこう言った。
「だったらちょっと……脱いでみようか」
「それでいいんですか? お安い御用です!」
そしてひとりは思い切り上のジャージを脱ぎ捨てた。Tシャツを押し上げる、たわわに実った双丘が露わになる。
「おお。じゃあ次は下を……」
「おい山田ァ!!」
ぐわし、と虹夏のアイアンクローがリョウの頭部へ炸裂した。
「ぐ、ぐああああっ」
「何してんだお前は!?」
「よ、酔って気が大きくなったぼっちなら酒を餌に露出してくれるかなって……そしたら泥酔水着写真集で一儲け……ぐええええええっ」
事情を聞き出し、情状酌量の余地なしと判断して虹夏はそのままコブラツイストに繋げリョウを締め上げる。
メキメキ、ポキン。
「えっあの……今私の腕から嫌な音が」
「ぼっちちゃん駄目だよ。これは没収ね」
「あーそんなー」
「ねぇ虹夏。右肩から先が動かないんだけど。これ関節外れてるんじゃ、あの」
プラプラと右手を揺らすリョウをさておき、虹夏はひとりの手からホンワカキャップ付きジュースを遠ざけた。
「ぶーぶー」
「なんだコイツ可愛いな……いや絆されちゃ駄目だあたし。やってることは廣井さんと同じなんだから」
三十路も近いきくりがやっても虹夏にとってはウザいだけの行為も、愛すべきバンドメンバーであるひとりがやれば母性がくすぐられる。甘やかしたくなる欲求に抗い、虹夏はひとりの酔いが覚めるまで介抱することを決めた。
「ほらぼっちちゃん。向こうで横になろう?」
「えーなんでですかー。こんなに楽しいのにー」
いつも隙さえあれば隅っこで丸くなってしまうひとりだが、今日に限ってはそうしたくないようだ。それどころか大胆にも虹夏に抱きつき、もたれ掛かる。もにゅぅと擬音がしそうだ。何がとは言わないが。
「わ、ちょっとぼっちちゃん?」
「えへへー、虹夏ちゃん温かい♪」
「なんだこのキュートな生き物は……くっ、駄目だあたし。正気を保て!」
ぐらっと悩殺されそうになった虹夏は頭を振って煩悩を追い出す。そして気付いたが、自分もホンワカキャップで入れられた飲み物を既に飲んでしまっているようだ。頭の中に霞がかかったようなところがある。
「まずい、これ以上飲んだら……ってそうだ、影響が出てるのはぼっちちゃんだけじゃない!」
ひとりにばかり絡まれるので忘れていたが、酔っていたのはひとりだけではない。
パッと振り返るとそこにはグラスに残ったジュースをちびちびと傾けながら涙を流す喜多郁代がいた。
「うぅっ……! 私は駄目な奴ですぅ……!」
「絵に描いたような泣き上戸!」
泣きながら決してグラスを傾ける手を止めることのないその姿は、紛う事なき泣き上戸。普段の天真爛漫とした様子からは考えられない……いや、そういえばリョウ不足で同じようになっていた時はあった。それと似たようなジメッとした空気を漂わせている。
「き、喜多ちゃんしっかり。喜多ちゃんは決して駄目な子なんかじゃないよ」
「でも実際私の楽器が一番下手で……」
「あれこれさっきのあたしの発言が災いしてる?」
先程の自分の迂闊な発言を後悔しつつ虹夏は郁代の介抱に努めた。その背に溶けかけたひとりを背負いながら。その姿はさながら赤子をしょって老人の介護をする母親のよう。
あたし何をしてるんだろ……遠い目になりながらも虹夏はナメクジのようになってしまった郁代を励ます。
「いや前と比べてずっと上手くなったって! それに喜多ちゃんには唯一無二、ボーカルとしての仕事があるじゃんか。喜多ちゃんの歌あっての結束バンドだよ。ね、ぼっちちゃん!」
「うへへー、そうですよー。喜多ちゃんの歌声は『天地神明に響き渡る至上の歌声』と書いて『エンジェル†ボイス』って読むんですからー」
「そこまでは言ってないけど……」
過剰に褒め称えるひとり。だがその評価を受けても郁代の泣きっぷりは改善しなかった。
「それもまだまだ下手じゃないですかぁ! カラオケで一番上手い女程度じゃプロでやっていけないんですよぉ!」
「いやそんなこと……向上心があるのはいいことだけど」
「確かに伊地知先輩よりは遥かに上手いですけどぉ!」
「おい」
「でもそんなことなんの自慢にもなりませぇん! 所詮私は友達の多さとSNSと運動神経しか取り柄のない美少女なんですぅ!」
「さては結構余裕あるな?」
さらっとディスられる虹夏。確かに歌にそこまでの自信は持っていないが、人に言われるのは別だ。
しかし郁代は一向に泣き止む気配を見せない。しまいには酷く喚き散らし始める。
「私なんか先輩たちの大事なライブでドタキャンするような女ですよぉ!!」
「引き摺りすぎぃ! なんでいつもはもっとサバサバとしてるのにそんなとこだけ粘着質なの!? もう誰も気にしてないって!」
「でもそのおかげで私は結束バンドに拾われたしー。ナイスドタキャンだよ喜多ちゃーん」
「ぼっちちゃんは黙ってようね! ああもう!」
グダグダと管を巻き合う酔っ払い共に挟まれ虹夏は悲鳴じみた声をあげた。
「リョウ! せめてどっちか請け負って! ……リョウ?」
キャパシティを越えつつある虹夏は相棒とも言える存在に助けを求めた。だが、返事はない。そう言えば、さっきからずっと発言をしていない気がする。
プラスとマイナスが相殺しないかな……と一縷の望みに賭けて背中から下ろしたひとりを郁代に乗せつつ、虹夏はリョウの姿を探した。
テーブルを見渡しても見つけられなかった為、虹夏は一瞬だけこの場にいないのかと思った。しかし膝立ちになって視線をあげてみると青い髪が垣間見えた。いつの間にか並んでいた空のペットボトルが壁になって遮られていたので見つけられなかったのだ。
「リョウ?」
「………」
返事はない。だが寝ていたりとかそういうこともない。
リョウはただ黙って嵌め直した腕でグラスを傾け、空になったら注ぎ、それをまた飲み干すという行為を繰り返していた。
――ホンワカキャップ付きのペットボトルで。
「ちょっとリョウ!?」
「……何」
いつも以上に少ない口数で返答し、ギロリと睨み付けてくるリョウ。それを受けて虹夏はギョッとした。ここまで据わった眼差しは長い付き合いでも経験がなかったのだ。
「え、いや……」
「………」
虹夏が言い淀むと、リョウは興味を失い再びグラスにジュースを注ぐ作業に戻る。そして虹夏は察した。
自分と同じく、既にホンワカキャップのジュースを飲んでしまっていたのだ。そして目を離した隙にそれが回り、酔ってしまった。
しかもタチの悪い方に。
「リョウ!? 駄目だよ飲んだら! もうこんな……こんな!?」
止めようとした虹夏はそこで並んだ空のペットボトルの正体を悟り愕然とした。これはリョウが今まで飲み干した成れの果てなのだ。軽く五本を超えている。今キャップを付けているのが六本目。つまりそれだけのアルコール(正確に言えばそれに値する酔える液体)を摂取しているということになる。
「リョ、リョウさん……!?」
「………」
慄く虹夏にも構わずリョウはただ黙って飲み続ける。
山田リョウは酔うと静かになり、ただアルコールを取り続ける生き物になってしまうタイプだったらしい。
「リョウ、いくらなんでもストップだよ! ほら離して!」
「………」
「ち、力強い!? あたしでも勝てないぐらい本気でしがみついてる!」
キャップを奪い取ろうとする虹夏だが、リョウの本気の妨害に遭いそれが果たせない。
挙げ句、いつも以上に力強く強引なリョウによって隣に座らせられた。
「え、ちょ」
「虹夏」
「な、なに」
困惑する虹夏の前にグラスを置き、リョウはキャップ付きのジュースを注いだ。そして差し出す。
「飲んで」
「え、いや、でもあたしが飲んだら収拾がつかなく……」
「私の酒が飲めないって言うの」
「厄介極まる絡み方! アルハラだよそれは!」
「うるさい。黙って飲んで」
「いや、だから……」
グラスをグイグイと押しつけられても虹夏は抵抗していた。自分がここで酔ってしまえば誰がこの場を収めるのだろうか。そんな使命感に駆られて。
そんな虹夏をテーブルの対岸で見ている後輩組がからかう。
「飲んじゃおうよ虹夏ちゃーん。私酔った虹夏ちゃんも見たいよー」
「無責任すぎるよぼっちちゃん! あといつの間にか敬語も外れてるし!」
「うぅ……かくなる上はみんなを私レベルにまで引き下げるしかないの……?」
「そして喜多ちゃんは良くない方への覚悟を決めるな!」
折り重なってやいのやいの言う二人へ虹夏は叫ぶ。それが悪かった。
視線を離した一瞬のことだった。一向に飲もうとしない虹夏に業を煮やしたリョウは、驚くべき手段に出たのだ。
虹夏へ飲ませる予定だったグラスを傾け、口に含む。
「んぐ……にひは」
「え、リョウ? ……むぐ!?」
「んむ……」
グラスを置いたリョウは虹夏へ密着して押し倒し、なんとその唇に口付けした。突然のキスに目を白黒させる虹夏を見つめながらリョウは、口内に含んでいたジュースを押し流す。
口移しである。
「むぐぐぅ!?!?!?」
唇に触れる柔らかい感触と、口内に入り込む冷たい液体と絡まってくる舌。あらゆる事象に混乱し虹夏の思考は真っ白になってしまう。酔いも回る。
「ぷはっ。……虹夏、私ガマン出来ない。一緒に狂っちゃおう……?」
「あう、駄目だよ、リョウ……駄目なのにぃ」
あとはもう、されるがまま。
「わー、リョウさん大胆だなぁ。……喜多ちゃん、私たちもやろっか?」
「うぅ……でも私なんかひとりちゃんに相応しく……ひゃう」
「そんなこと言っちゃう口なんて塞いじゃうぞー……なんて」
そしてリョウに倣うようにひとりも郁代を押し倒し、テーブルの影に隠れてしまった。くぐもる声。小さく響く水音。
夜は更けていく。
「はっ」
虹夏が目覚めたのは小鳥の鳴き声が響き澄んだ涼しい空気が肩を撫でていく、すがすがしい朝のことだった。
「一体何が……うっ」
現状を確認する為に起き上がると頭が痛む。それで全てを思い出した。
「そうだ、みんなで打ち上げして、酔っ払って……あ……」
そして気付く。自分が寝ているのがリョウのベッドであることに。
「むにゃ……虹夏、今日は激しい……」
「喜多ちゃん柔らかーい……うへへ……」
「うぅ……ひとりちゃぁん……」
隣で満足そうな笑みを浮かべたリョウが寝ていることに。ベッド脇に凭れた二人が寄り添うように布団にくるまっていることに。そして全員の衣服が、そこら中に散らばっていることに。
不幸にも自分は記憶が残るタイプであることに。
「………」
首元にいくつもの痣を作った生まれたままの姿で天を仰ぎ、現実逃避を図る虹夏。今からでも全てなかったことにならないか。空からもしもボックス辺りが降ってきたりはしないかと期待したが、当然そんなことはなくただただ無為に時間を過ごしただけだった。
山田両親への言い訳を考えつつも、虹夏が取り敢えず誓ったことは。
「……次に廣井さんに会ったら全身全霊でぶっ飛ばそう」
後日、きくりからの呼び方がしばらく「妹様……」になったという。