私立あやかし学園――スケバン雷獣娘と男装の狐娘、そして教師のワイ   作:斑田猫蔵

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シーズン1:スケバン雷獣現る
トリニキ、教師になるってよ


 レイワ某年。オーサカを中心とするキンキ地方。この地では、いやこの国では妖怪と呼ばれる存在が人間たちと共存していた。

 妖怪と言うのは妖力と呼ばれる生体エネルギーを豊富に持つ生物の総称だった。総称である為に単一の種で成り立つわけではない。多くの生物種――彼らの言う所の種族が、妖怪と呼ばれる者に該当した。動物や植物から派生して進化した妖怪たちは、いつの頃からか人間に擬態する事を覚え、人間と共に暮らす事を選択したのだ。

 いずれにせよ、妖怪は人間の暮らしに大きく関与する存在となっていた。獣の機動力と人間社会の仕組みを理解するほどの知性を併せ持っているのだから。その上妖怪は基本的に長命であり、百年生きた個体ですら妖怪たちの中では若造扱いされるのが常だった。そんな彼らの影響力が大きいのは言うまでもない。

 

 そんな訳で、妖怪たちのいる暮らしと言うのは特段珍しいものでも何でもなかった。オフィスを覗けば人間の中に混じって様々な種族の妖怪が立ち働いている訳であるし、もちろん学校だって似たような様相を見せている。

 キンキ地方某所。セトウチ気候の温暖な一角に、その学園は鎮座していた。その名も「私立あやかし学園」である。妖怪が在籍している事を前面に押し出しているかのような文言であるが、それはやはり理事長が大妖怪だから当然の事であろう。

理事長である浜野宮灰高氏が打ち出した「規律・秩序・清廉」と言う校訓はいささか堅苦しいものであるが、灰高氏が既に九世紀もの長い年月を生き抜いた鴉天狗である事を考慮すれば、まぁ妥当であると見做すきらいもあるだろう。

 天狗らしい秩序を好む姿勢と新しいものを取り組むという二つの特質により、件のあやかし学園は地元の中高一貫校としての地位を確立していたのだ。

 

 そんなあやかし学園に赴任してきた若き生物教師、トリニキこと鳥塚二夫(とりつかかずお)こそが、この物語の主人公なのだ。

 

「ここかぁ……」

 

 四月一日。桜の花弁が舞い散る中で、トリニキこと鳥塚二夫は赴任先の学園を仰ぎ見た。白亜の学び舎と言う言葉が二夫の脳裏にふわりと浮かんだ。あやかし学園の校舎は美しく壮麗だった。やはり私学であり、格式も実績もある学園だから尚更そう見えたのかもしれない。

 そう、私学である。それも金持ちの子女――必然的に妖怪が多くなるのだが――が大多数を占めていそうな学園だとトリニキは思った。いや違う。トリニキはこの学園の内情はうっすら知っていた。何しろ彼の父や叔父、そして二人いる兄たちはかつてこの学園に通っていたのだから。

 トリニキ自身はこの学園の出身ではない。しかし親族たちの縁故があったからこそ、この学園に生物教師として潜り込む事が出来たのだ。

 淡く儚く舞い降りる桜の花びらを眺めながら、トリニキは思わず嘆息した。就職先だった学習塾・サウスカロライナ教育センターが倒産したのが二か月前の事。折角だから研究職に潜り込もうなどと気炎を上げていたトリニキであるが、このあやかし学園で教鞭をとる事で落ち着いたのだ。理科教師と言う教員免許――しかもトリニキは理学部出身なので、学部卒と言えども実験には精通している――を保持していた事、そして親族たちのつてが決め手となったのは言うまでもない。

 

「おはようございます、鳥塚先生」

「おはようございます……」

 

 トリニキを出迎えたのは金髪を後ろで束ねた妖狐の女性教師だった。米田と名乗ったその教師は、見た目だけはトリニキよりも若かった。教育実習生か、それこそ大学生と言っても通じる程に。それでも背後で揺れる二尾が彼女の実力とある程度年齢を重ねている事を物語っていた。

 妖狐の尻尾は妖力と年齢のバロメーターである。個体差にもよるが、平均して百年ごとに一尾増えるものであるらしい。少なくとも、学校に生徒として通うような若妖怪では、二尾以上に至る者は珍しいくらいだ。

 

「初めての事で緊張するでしょうが、どうかあまり思いつめずにほどほどに頑張ってくださいね」

「米田先生。お気遣いのほどありがとうございます」

 

 穏やかな笑みをたたえた米田先生と相対したトリニキの顔には、知らず知らずのうちに笑みが浮かんでいた。優しい言葉をかけて貰った喜びと言うよりも、緊張と照れを隠すための照れ笑いだった。クールビューティーとも言えそうな米田先生を前に、トリニキは男してどぎまぎしてしまったのだ。妖狐には(人間基準で)美形が多い事は知っているというのに。

 

「大丈夫ですよ米田先生。先生もご存じかと思いますが、僕は元々塾講師をしていましてね……人間の浪人生ばっかりですけれど。一応、教えるのには自信があります」

 

 やや虚勢を張ったようなトリニキの言葉に、米田先生は真面目な表情になった。

 

「塾講師と教師。どちらも生徒に物事を教える職業と言うのは共通しています。ですが全く同じと言い切るのはいささか乱暴な事ではないかと私は思うのです。

 こちらのあやかし学園は、確かに教職員の数は多いですわ。それでも、担任や副担任となれば学習面のみならず生徒指導や生活面にも気を配らなければなりませんし……」

 

 すみません。諭されたトリニキは素直に謝罪した。

 

「そうですよね。それに今回は、副担任と言えども一年生のクラスを受け持つ事になりましたし」

「一年生と言いましてもここは中高一貫校ですから、そこはそれほど神経質にならなくて大丈夫ですよ」

 

 初の教師生活で一年生を受け持つとは……密かにその辺りにプレッシャーを感じていたトリニキであったが、米田先生は笑みをたたえながらそのプレッシャーを払拭してくれた。

 確かに。彼女の言葉を聞きながらトリニキも頷いた。あやかし学園は中等部と高等部を擁する中高一貫校だ。多くの生徒は中等部で入学し、高等部まで六年間この学園で勉学に励む。高等部からの編入生は少ないし、中等部から外部の高校に進学する生徒は更にまれだという。それならば、高等部一年生も「ピカピカの一年生」とは別物と言えるだろう。

 自分は中等一貫校じゃあなかったもんな……そんな事を考えていると、米田先生がまたしても真剣な表情を作り、トリニキに言い添えた。

 

「鳥塚先生は確か一年二組でしたよね? 生徒の大半は中等部から持ち上がった子たちばかりですが、一名編入生がいるのです」

「ああ……そう言えばそうだったんですね」

 

 新任の副担任と高等部からの編入生。新しい者同士の組み合わせになるんだな。それは結構珍しい事かもしれない。呑気にトリニキはそんな事を思っていた。米田さんはそんなトリニキに対して言葉を続けた。

 米田先生の話によると、編入生の梅園六花は雷獣の少女なのだそうだ。元々はタルヒの公立中学に通っていたそうだが、叔父夫婦――家庭の事情にて、彼女は幼い頃から叔父に引き取られたという――の仕事の都合上、このあやかし学園に急遽編入する事と相成ったらしい。

 ただまぁ、保護者である叔父共々きな臭い噂がある妖物《じんぶつ》と言う事もあり、もしかしたらその辺りもこの編入騒動に関わっているのではないか、と米田先生は考察していた。

 梅園六花。編入生たる雷獣少女の名をトリニキは静かに反芻していた。

 

「しょっぱなから脅すようなことを言ってしまってごめんなさいね。でも、前もって気になる事は伝えておいた方が良いと思いまして」

 

 いえいえ大丈夫です。急にしおらしい様子を見せた米田先生に対し、トリニキは微笑んだ。

 

「他の子たちは基本的に素直な良い子ばかりですので……鳥塚先生も生徒たちと仲良くなって……いえ信頼関係を構築して下さいね。

 まぁその、中にはべったり甘えてきちゃう子とかもいるのでその辺りの線引きは大切ですけれど」

 

 米田先生も色々と生徒との間で何かあったのだろうか。美人教師だからもしかしたら男子生徒に絡まれる事もあったのかもしれない。そんな事を思いながらトリニキは頷いたのだった。

 

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