私立あやかし学園――スケバン雷獣娘と男装の狐娘、そして教師のワイ   作:斑田猫蔵

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 残念だったな! 今回も健全路線だぜ!!


トリニキ、美少女の間に挟まれる(ド健全)

「品行方正に学生生活を送るだって。梅園さん、君がそんな事を思っていたなんて。ふふふ」

「何がおかしいんだい、()()()()

 

 やや気取った様子で微笑む宮坂京子に対し、梅園六花は静かに問いかける。憤慨の念は無いが、明らかに()()()()()()()()呼びかける様な声音だった。

 もちろん、京子は女子生徒である事には変わりはない。しかし、多くの女子生徒は彼女をあたかも男子生徒であるように扱う事が多かったのだ。宮坂京子がそれを望んでいるのかどうかは別問題として、だ。

 トリニキもまた、そうした女子生徒たちの振る舞いが自然な物だと思い始めていた。だからこそ、他の女子たちとは異なり京子を一人の少女と見做す六花の姿に面食らってしまったのである。

 無論、面食らってばかりでは教師としてはよろしくない事は解っているはずなのだが。

 

「いやはや失礼したね。ちょっと野暮用があって教室に残っていたんだけど、鳥塚先生と梅園さんが何か話し込んでいるからどうしたんだろうと思って近づいてみたんだ。そうしたら、梅園さんが品行方正って言っているのが聞こえて、それで思わず……」

「それも風紀委員長のお仕事ってやつなのかい。それはまたご苦労なこった、宮坂の()()()()

 

 そう言った六花の口許にも笑みが浮かんでいる。今度ははっきりと、京子をお嬢さんと呼んだのがトリニキの耳にも聞こえていた。京子の白い面には相変わらず密やかな笑みが浮かんではいる。だが……笑みの仮面の裏で表情を引きつらせているように思えてならなかった。

 僕としても、編入生である君が学園に馴染んでいるかどうかは気になっていたからね――ややあってから京子の口から出てきたのは、何とも当たり障りのない言葉だった。

 

「でもそれも僕の杞憂だったみたいだけどね。編入して早々に野柴君とオトモダチになったみたいだし、鳥塚先生とも随分打ち解けているみたいだし……」

 

 そう言って目を細める宮坂京子の笑みが、トリニキには何とも恐ろしかった。嫉妬深いのは何も女子だけではない事は知っている。だがそれでも、笑みの裏に隠れる悋気の色に、トリニキは幸か不幸か気付いてしまったのだ。相手が妖狐の血を引き、尚且つ整った容貌の少女であるから一層恐ろしげに見えたのかもしれない。

 

「見ての通り、アタシは鳥塚先生に部活の事について相談していたんだよ。まぁ、意見は聞いても最終的にどうするかはこのアタシが決めるんだけど」

 

 京子の秘めた感情に気付いているのかいないのか、六花はあっけらかんとした様子でそう言った。それから純粋な光を宿す翠眼をぐるりと動かして、京子の方に視線を向けた。

 

「ああそうだ宮坂さん。風紀委員長様の意見も参考がてらに聞いてみようかな。あんたは何の部活に入っているんだい? もしかして、風紀委員とやらの活動が忙しいから帰宅部とか?」

「僕は文芸部に籍を置いているんだ。一応はね」

 

 最後の一言に首をかしげる六花を、京子はさも得意げに見下ろしていた。

 

「所謂幽霊部員ってやつなんだ。もちろん、部内で大切な節目の時には顔を出すようにしているよ。

 だけどその……小説や詩歌と言うのは芸術なんだ。量産品のように、或いは公園の四阿の落書きみたいにすぐに湧き出す物じゃあない。無理に生み出そうとしても、きちんとした物は出てこないんだよ」

「……成程な。要はネタ切れでスランプを起こしたから執筆できないって事か」

「ちょ、梅園さん! もっと言い方を考えてあげて」

 

 ド直球の六花の言葉に、トリニキも慌てて彼女にツッコミを入れた。その通りである事には変わりないのだろうが、もうちょっとやんわりと言えば良いのではとは思っていた。スケバンである六花にそれを求める事自体が愚かしい事かもしれないが。

 

「部活に入っているというステイタスと、私生活の両立を図りたいのであれば、幽霊部員と言う選択もあるからね。

 それじゃあ、僕はそろそろお暇するよ。ごきげんよう」

 

 幽霊部員と言う第三の選択肢を提示した宮坂京子は、そのままトリニキたちに背を向けて教室を後にした。かすかな声で歌を口ずさみながら。聞き覚えのある節回しであるが、彼女の口から出るのは日本語ではなかった。ある意味京子らしいと、トリニキはしかし納得してはいたのだが。彼女は理数系は苦手だったのだが、国語や英語はほぼ満点だったそうだから。

 

「鱒なんて歌いながら立ち去っていくなんて、つくづく宮坂さんは気取ってるなぁ」

「あ、あれって鱒だったの?」

 

 ぼそっと呟いた六花に、トリニキは思わず問いかけた。シューベルトの鱒ならばトリニキも知っている。遠い昔の事であるが、音楽の授業で聞いた事がある。お洒落な鱒が夏の川を泳ぐ。邦訳ではそんな歌であると教わったのだ。もっとも――そんな牧歌的な内容ではない事は大人になってから知ったのだが。

 夏の川を泳ぐ鱒を観察していたら、狡猾な釣り人に鱒は釣り上げられてしまった。それを見た私は一人で憤慨する――字義通りの内容と言うのはそのような物に過ぎない。

 しかし鱒の歌には実は寓意が込められている。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。さもなければ捕まり、血を流す事になるのだ。輝く川を泳いでいた鱒のように。

 トリニキがこの寓意を知ったのは大学を出てからの事であったが、衝撃的な話だというのが率直な感想だった。と言うよりも、そんな意味が込められている歌を無邪気なキッズたちに教育の一環で教えていたとは恐れ入る。

 その鱒を宮坂京子がさも楽しげに口ずさんでいる。その事実をどのように解釈すればいいのかとトリニキは思っていたのだ。宮坂京子が鱒の歌について詳しく知っているのかどうかは定かではない。だが――かつて彼女は男たちに拉致され、それがきっかけで変わってしまったという。それだけはトリニキも知っていた。

 何も知らないで、曲の雰囲気だけで口ずさんでいるのであれば良いのだけれど。()()()()()()()()()()()()()()、どんなに恐ろしい事だろうか……無言のまま、トリニキはそんな事を思い始めてもいた。

 

「どうしたのセンセ。ぼーっとしちゃって」

「あ、いや……懐かしい曲だったから、ちょっと昔の事を思い出しただけさ」

 

 訝しげな様子で六花に問われ、トリニキは慌てて取り繕った。

 

「それにしても宮坂さんも、親切にアドバイスをしてくれたんだね……うん、もしかしたら気の利く彼女の事だ。梅園さんのご家庭の事とかも慮ってくれたのかもね。

 先生は教師だから表立って言う事は出来ないけれど、確かに幽霊部員と言うのも一つの選択肢ではあるよね。と言っても、入部してすぐに幽霊部員になるのはやっぱり――」

「いいや鳥塚先生。アタシは入部したら幽霊部員なんかにはならないよ」

 

 しどろもどろと言葉を紡ぐトリニキに対し、六花はすっぱりと言い放った。輝く翠眼はしっかとトリニキを見据えた上で。

 

「真面目に、充実した学校生活を送るようにって叔父貴たちや春兄からアタシも言い含められているからさ。そりゃあアタシだって早く高校を出て、それで叔父貴の仕事を手伝いたいって思ってるよ。でも今は、そんな事を考えなくて良いって言ってくれてるし

 それに―――宮坂さんの誘導に乗るのも何か癪だったからさ」

「……」

 

 目をすがめた六花の姿に、トリニキは言葉が出てこなかった。宮坂さんと言った六花の眼差しは鋭かった。何より、京子の言葉を誘導であると見抜いていたとは。

 

「あー、安心してくれよ鳥塚センセ。別にさ、アタシだって宮坂さんとバチボコやり合うつもりなんて無いさ。向こうは折に触れてアタシに突っかかろうとチャンスを窺っているみたいだけど、アタシから見たら、小鳥みたいにか弱いお嬢様に過ぎないんだからさ。しかも半妖だし。そんなのを捕まえていびり倒すなんて、それこそ道理に背く事なんじゃないのかい?」

 

 トリニキが微妙な相槌を打っていると、六花はにわかに表情を緩め、呟くような調子で言葉を言い足した。

 

「それにね鳥塚センセ。それこそ野柴君なんぞは宮坂さんの事をあれこれ心配しているみたいでさ。これまでの……事件に巻き込まれる前の無邪気な女の子に戻って欲しいとあいつは思っているらしいんだ。

 気持ちは解らんでもないが、愚かしい話だよ――喪ったものを取り戻す事は出来ないし、変わってしまったものは元には戻らないんだからさ。喪ったり変わってしまった事に折り合いを付けて生きていく事は出来るけれどね」

 

 さてと。六花はそう言うと、勢いよく立ち上がった。椅子が後ろに引き下げられるけたたましい音が、がらんとした教室の中によく響く。

 

「何か色々あったけどさ、相談に乗ってくれてありがと。早速だけどアタシは部活の見学にしゃれ込むよ」

 

 制服姿だと都合が悪いから、体操着に着替える。そう言って立ち去る六花の姿をトリニキは手を振りつつ見送った。

 六花が何処の部活に見学に行くのか、何処を本命だと思っているのか。その事を聞きそびれたのに気付いたのは、六花が教室を出た後の事だった。




 シューベルトの鱒は「お洒落な鱒が~」の歌詞で小学校の頃教わりました。
 就職してから鱒の歌に込められている寓意を知り「ファッ、ウーン」となったのはいい思い出です(謎)

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