私立あやかし学園――スケバン雷獣娘と男装の狐娘、そして教師のワイ   作:斑田猫蔵

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トリニキ、早速ピンチに陥る

 トリニキが業務を終えて学園を後にしたのは、夜の九時をとうに回っていた頃の事だった。通勤用の鞄の重さは出勤時とほとんど変わっていないのに、今のトリニキにはそれがずっしりと重く感じられた。トリニキはくたくたに疲れ切っていたのだ。

 その疲労は、何も午後九時まで働いていたからではない。予備校の講師をやっていた時も、夜の八時や九時まで働く事はザラだった。というよりも、そんな時間帯まで予備校生が居残って自習をしたり、何となれば講義を受けていたりした事すらあったのだから。

 トリニキの疲労は、むしろ精神的な物に由来していた。予備校講師として授業を教えていた経験はあれど、教師として生徒と向き合う経験は今回が初めてだった。そして――講師としての経験があったからこそ、トリニキは余計に疲れを感じてもいたのだ。講師と教師はまるきり違うのだと、その都度思い知らされるのだから。

 しかも、副担任と言えども初めて受け持ったクラスに曲者が二人もいたのだから尚更だ。その二人が誰であるかは言うまでもない。スケバン編入生の梅園六花と、男装の麗人たる宮坂京子である。この二人だけは、初日と言えどもトリニキは顔も名前もはっきりと覚えている。覚えてしまったと言った方が正しいだろうか。朝のあのやり取りはそれだけ鮮烈な物だった。

 明日からどんな顔をして教壇に立てば良いのだろうか。よせばいいのにトリニキは夜道の街灯を眺めながら考えを巡らせていた。今朝の一件で、梅園六花と宮坂京子は対立してしまったのだとトリニキはまず思った。そりゃあもちろん、対立しても後で仲直りして和解すれば問題にはならない。だが、あの二人がしおらしく和解するようには思えなかった。スケバンである梅園六花は言うに及ばず、宮坂京子もまた中々に我の強そうな少女だったのだから。

 そして――あの雷獣と妖狐の対立は、彼女らだけの問題で収まりはしないだろう。そのような予感がトリニキの胸の中にわだかまっていたのだ。両者ともに、クラスの中での影響力が大きそうな女子生徒である事はトリニキも見て取れた。

 宮坂京子にある種のカリスマ性が具わっているのは明白だった。同じ教室にいた女子生徒などは、彼女の一挙手一投足を見ては嘆息し、或いは黄色い声を上げていたではないか。それに、宮坂京子自身が仲間の憧憬と敬愛の眼差しを前にしてもたじろいだりはしていなかった。まるでその事が当たり前であると言わんばかりに。

 一方の梅園六花はどうだろうか。彼女は編入してきたばかりの外様である。クラスメイト達とも初対面であるだろうし、現時点では教室の中での権力は無いはずだ。委員決めについても、割合無難な整美委員に収まっていたし。

 だが、彼女も宮坂京子と別方面でカリスマ性を持ち合わせているはずだとトリニキは踏んでいた。この娘には人の心を捉えて離さないものがある――一目見た瞬間に、そう思わしめるものをトリニキは感じてしまっていた。そうでなくとも、ふてぶてしさと紙一重の堂々とした朝の振る舞いに、大人しい生徒たちは度肝を抜かれていたのだから。

 

「はぁーっ。大人しく帰るべきか、それとも気晴らしにちょっと居酒屋でも入るべきか。迷う所だなぁ……」

 

 あ、でも流石に居酒屋はまずいな。ここは健全路線で純喫茶にしておくか。そう思いながらトリニキは歩を進めていた。

 

――この世界では、妖怪たちが人間と共存していた。もちろん彼らは人間たちに理解を示し、互いに作り上げてきた法や秩序を護りながら日々平和に暮らしている。妖怪と言う種族は、基本的に邪悪な存在でも何でもないのだ。そうでなければ、このような平和な共存は出来ないはずだから。

 しかし、妖怪と言う種族が邪悪ではないからと言って、悪い妖怪が一匹もいないという事とイコールにはならない。

 

 トリニキがつらつらとそんな事を考えているのは、今まさに彼がガラの悪そうな妖怪連中に絡まれてしまったからに他ならない。

 

「ちょ、ちょっとなんだね君たち……! ぼ、僕は教師だぞ!」

 

 畜生、何でこんな事になっちまったんだよ。本当に悲しいなぁ……そんな考えを頭の中でグルグルさせながらも、トリニキは数分前の出来事を思い出していた。

 純喫茶に入ろうか帰ろうか未だに迷っていたトリニキは、幼い女の子がしゃがみこんでいるのを発見したのだ。妖怪たちも暮らしている町と言えども、幼子が一人っきりでいるのは不用心だ。警察に届けた方が良いのかもしれない。そう思いつつもトリニキはその子に近付いていった。

 それこそが連中の罠だったのだ。女の子はまぁ女の子の妖怪だったのだが、所謂メリーさんとかの亜種であるらしかった。要するに見た目だけ女の子だけど、まぁそこそこ経験とかを積んでいたという事である。人形だったからか色々と融通が利く(?)らしく、爪の先からホラー映画の殺人鬼よろしく刃物を生やしてトリニキを脅すという、可愛げも糞も無い事をしでかしたのだ。その間に彼女の愉快な仲間たち――絡新婦とかモヒカンカマイタチとかギャルっぽい口裂け女とかそんな連中である――に取り囲まれて今に至るという事だ。

 情けは人の為ならずと言うが、まさか恩を仇で返すような所業をしでかすとは。全くもってあんまりな話ではないか。

 

「教師だなんてウッソだろお前! だったらさ、何でこんな夜遅くまでこんな所までウロウロしていたんだよ。しかも俺らのアイドルに近付いちゃってさ~もしかしてお兄さん、ロリとか?」

「ちょっとぉ、ワタシの悩殺ボデーにやられたからってロリ判定するのは失礼じゃない? 主にこのワタシに対してだけど!」

 

 モヒカンカマイタチとメリーさん(仮)がトリニキの言葉に反応し、何やら言い合っている。和気あいあいとしたじゃれ合いと言っていいだろう――どちらも刃物をトリニキにかざして威嚇している事に目をつぶれば。

 

「つーかさ。センセーって言っても所詮は人間でしょー?」

 

 二人の妖怪のやり取りを見ていたギャル風口裂け女が、煙草を吸うのを一度やめ、紫煙をトリニキに向かって吹きつけた。煙草の煙たさとニコチンの強さにトリニキは思わずむせてせき込んでしまった。

 

「人間みたいな下等生物が大きな顔をすんなよな。そう言うのマジでムカつくんだけど!」

「あ、でも思い出したぜ。こいつ確か術者の家のボンだったんじゃないかな?」

「あー。それでワタシらを見ても怯まないのねー。ある意味面白いかも」

 

 どうする? この状況をどうやって切り抜けようか。トリニキは周囲に注意を配りながら、しかしどうにも動けずにいた。それこそスマホを使って警察を呼べば良いのだろう。だが、複数の妖怪たちに囲まれている中で、そんな事は出来そうになかった。

 カマイタチも口裂け女もメリーさん(仮)も、実は下級妖怪や弱小妖怪の枠組みに収まるような、割合弱い妖怪ではある。しかし、弱小妖怪であっても人間には十分脅威になる事には変わりはない。

 万事休すか。そう思っていた丁度その時、硬質な足音がこちらに向かってくるのをトリニキの聴覚は捉えていた。恐らくは他の妖怪たちも。

 

「あっれぇ~、おにーさんたちおねーさんたちで集まって何かやってると思ったら、うちの先生を取り囲んでいるじゃないか」

 

 間延びした、しかしその奥にいくばくかの殺気を秘めたその声は、トリニキにとっても聞き覚えのある声だった。

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