私立あやかし学園――スケバン雷獣娘と男装の狐娘、そして教師のワイ   作:斑田猫蔵

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一人でお留守番、出来るよな(圧)

 朝。京子が目を覚ましたのは目覚ましのアラームではなく、蒸し暑さと肩のあたりをペシペシと叩く感触によるものだった。

 蒸し暑いのはまぁ仕方がない。六月であるから梅雨時と言えども温度も湿度も上がっているのだから。だが、肩のあたりを叩く感触は一体何だろうか。少なくとも家族、母親や兄たちでは無いはずだ。幼い頃はさておき、京子ももう十五歳の高校生だ。寝坊したからと言って、部屋に入り込むなどと言う事が行われる事はもはやない。ましてや、肩を叩くなんて。それに肩を叩く手(?)の感触も、心持ち小ぶりであるし。

 

「んもう、一体誰なのよ」

 

 頭まで被っていた布団を跳ね上げ、京子は半身を起こした。寝ぼけ眼で左右を見渡すと、視界の隅で転がっている物が見つかった。ぬいぐるみのようなそれは、銀黒色の毛並みに覆われている。それが何であるか京子は知っている。妖狐の塩原玉緒だ。

 布団の急な動きに跳ね飛ばされて転がっていた玉緒であるが、京子の視線に気づくや否や、即座に体勢を立て直した。仔狐の姿の彼は、一本だけの尻尾(尻尾の多い妖怪は、逆に尻尾の少ない姿にも化けられるのだ)を身体に巻き付け、京子を見上げた。

 

「おはようございます、ご主人様。目覚まし時計の方は電池が切れていたので、電池を入れ替えておきました。ですがその、アラームの設定時間は過ぎてしまっていたので、それで僕の方で起こしたという次第です」

「そう。それじゃあ私、少し寝過ごしたって事?」

「少しくらいなら大丈夫ですよ」

 

 玉緒はそこまで言うと、こちらをじっと見つめた。

 

「もうすぐ夏ですし、どうしても寝苦しくなってしまう事もあるでしょうから、ね」

 

 そうね。京子はあっさりとした声で応じ、彼女もまたベッドを降りた。

 夏が来たから寝苦しくなる。それは単に熱帯夜やそこまでいかずとも不愉快な温度と湿度であるがゆえにそうなるという簡単な話ではない。少なくとも京子の中では。

 二年前の()()()から、京子は夏や夏を想起させるものを忌み嫌うようになっていた。その引き金が何であるかは、京子も、彼女の分身である塩原玉緒も知っている。忘れられない、二年前のあの出来事こそが、塩原玉緒を顕現せしめるきっかけにもなったのだから、尚更だ。

 塩原玉緒の存在を生み出しつつも、京子は男性への恐怖心を払拭できず、また夏に対する負の感情を克服する事も出来なかったらしい。寝過ごしただけであるが、京子はその事をまざまざと思い知った。

 変わったと思ったのに、まだ変われなかったのだろうか。京子はそんな事を思い、少しだけ憂鬱になった。昨日の放課後は、クラスメイトである野柴君と、ほんの少し会話をする事が出来た。あの時彼から「宮坂さん、梅園さんと仲良くなってから明るくなったすよね。良かった、元通りになりそうで」と言われたではないか。だというのに、本質的にはまだまだだった。

 

「そろそろリビングに行きましょう。お母様たちも待っているでしょうし」

 

 そう言うと、玉緒は京子の影の中に入り込み、姿を消した。

 

「おはよう、京子。あんた今日はちょっと寝坊したのね」

「……まぁね。目覚ましの電池が切れていたから」

 

 リビングにいたのは母親だけだった。京子が寝過ごした事もあるのだが、父親も兄たちも何だかんだで朝の出発が早い。父はある意味公務員であるし、兄らはそれぞれサラリーマンと大学院生という身分であり、やはり出勤や通学に時間がかかるためだ。

 一方、京子の通うあやかし学園は家からほど近く、歩いて十数分で到着できる立地にはある。朝食も弁当も母親が(時には兄が)用意してくれる事もあり、一番朝に余裕があるのは京子だったのだ。

 ともあれ寝坊してしまった京子であるが、母親は上機嫌と言った様子で京子に朝食を差し出してくれた。弁当は既に作ってあって、しかも既に風呂敷に包まれている。

 

「でも前よりも元気そうになったわね。まぁ、まだ男の子みたいな恰好をしているみたいだけど」

「お母さんは、朝から元気だね」

 

 何気ない体で放たれた母の言葉にどきりとしつつも、京子もまた何てことない体を装って呟く。母が元気な理由は京子も知っていた。午後から夜にかけて開催される、女優や俳優たちとの会食を心待ちにしているのだ。母は若い頃女優として活躍しており、主婦になった今でも、その事を誇りに思っていた。だからこそ、今回の会食も楽しみで仕方なかったのだろう。

 ちなみに件の会食は、泊り込みなどは無いらしいが帰りは深夜近くになる可能性もあるという。母も帰宅は夜遅くになるかもしれないと言っていたが、大丈夫なのだろうかと京子はついつい思ってしまった。もっとも、母は年齢的にも立場的にも立派な大人だし、夜行性の妖怪たちもいるので大丈夫なのかもしれないが。

 案の定、京子の言葉に母は会食がどれだけ楽しみであるかを語って聞かせてくれた。若干話がくどく、加えて前にも聞いた話も含まれていたのはまぁ致し方なかろう。

 ひとしきり話し終わった後で、母は思い出したように言い足した。

 

「京子。そんな訳でお母さんはお昼から出かけていないんだけど、お父さんや宗一たちも今日はちょっと職場とか研究室から戻って来れないんですって。お父さんと宗一は出張とかで、誠二は昨夜実験をミスったからその分を今日巻き返さないといけないんだって」

「え」

 

 京子は目を丸くし、僅かに首を傾げる。そんな京子に対し、母は言葉を続けた。

 

「今日は帰ったら京子一人だけになるって事よ。まぁ、お母さんは十時過ぎには帰ってくるつもりだし……もしも一人で心細いって言うのなら、お母さんも会食は休んで家にいるけれど?」

 

 どうするの? 母に尋ねられた京子は、思わず首を振った。

 

「大丈夫だよお母さん。私、一人で留守番できるから。もう高校生だし……この格好なら多分……」

「それなら良かったわ」

 

 会食を休まなくて大丈夫。京子のその主張に、母はそれは嬉しそうに微笑んだのだった。

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