ましろが、プリキュアに変身してから少し長い日が経った。それ以来、カバトンは一切現れず平和そのものが存在した。
というよりは、この平和こそが本来あるべき姿。何か、事件が起きてしまうのは良くない。
エルも機嫌が良く、お世話に専念する事が出来る。満足する日常を送れているが、まだ不安もあるのも確か。
現在進行形で、今その不安要素の壁に激突している最中だった。
朝食が終わって、ヨヨに呼び集められたソラとましろ。どうやら、プリキュアについて伝承程度には記録が残っていたらしく、その事について話してくれていた。
かなたもそれを横目に、食器類の片付けをして聞き入っていた。
内容としては結構ありきたりなものだった。
突如としてスカイランドを襲う敵が現れ、お姫様が天に祈りを捧げると、それに応えて勇敢な戦士が降臨してスカイランドの危機を救った、と。その戦士の名をプリキュアと呼んだ。
しかし、今となっては忘れ去られた遙か遠い昔の話。
問題の不安要素と言うのが、その次にソラが言ったこと。
スカイランドに帰れる方法をヨヨに尋ねるが、それにはまだまだ時間が掛かると言い渡される。
一向に進まない、カバトンは自由に行き来出来る事を思うと、ソラは思わず声に出して言ってしまった。何ともソラらしくない失言に居た堪れ、逃げる様に謝罪の言葉と共にリビングを出て行った。
かなたはその後を追い掛け、そして今、ソラの隣に座って話を聞いてあげようと優しく心に寄り添う。
「意外とせっかちさんなんだね。時間が掛かる事は最初から知っていた筈だ。さっきのはらしくなかったよ」
「はい、またヨヨさんには謝ります」
ソラが言い終わった後、それからの言葉が中々続かなかった。気不味い空気が漂う中、まだソラの表情に曇りがあった。何か、心の中で思う事があるのだろう。
「お悩み相談開催!」
「えっ?」
「理解は出来ないかも知れない。だけど、心に寄り添える事は出来るから。何でも言ってみて」
ソラは躊躇するが、胸の内に秘めている事を言えば少しは楽になる事は知っている。
「…夢を、見るんです。ましろさんが、倒れる姿を。何度も何度も、目にしてそれが毎晩見るんです」
それはつまり悪夢。ましろがプリキュアになって嬉しい反面、同時に危険がセットで付いてくる。
ソラにとってましろは大切な友達。その友達が同じ土俵で、隣で戦う。それは思う以上に苦痛なもの。大切なものが増える事は素晴らしい事だ。だが、大切なものが増えれば増える程に自分を苦しめる呪いにもなる。
それをソラは悪夢を見て、ここ数日独りで抱えて悩んでいた。
きっとましろの事だ。"2人で"なんて言うかも知れない。その優しさが、ソラを余計に苦しませる事も知らずに。
かなたも同じだ。
「ましろがプリキュアになって戦うのは反対?」
「はい。かなたさんはどう思いますか?」
「悩む必要もないよ。ソラと同じ気持ち。俺もましろには戦って欲しくないし、それ以前に変身するのも反対だなぁ」
思っていた通りの返事。殆ど、自分と同じ主張の考え方で良かったと思う。
「かなたさんも、ましろさんの事が大切なんですね」
「そりゃ当然だよ。ましろは大切な人だから。それに──」
かなたは軽くソラの肩を拳で小突き、人差し指を向ける。表情は、いつもましろに向けているそれを同じ。見ているだけで、心がポカポカするくらい屈託のない眩しい笑顔。
「ソラも大切な人だよ」
「私も、ですか?」
「本音を言うと、ソラも変身して欲しくはない。だけど、ヒーローになる事が君の大事な憧れで、追い続けている理由。
かなたの優しさ、温かさを感じた。ましろを思う気持ちと同じくらいの好意が伝わって来る。だけど、言葉の中に妙な違和感を感じた。
まだ誰にも話していない事を、かなたは何故か知っている。何故知っているのか。
スカイランドで一度会った事があるのか。いや、そもそもかなたはこの地球出身の人だ。知る術が無い。
「何で、私が昔は独りだった事を知っているのですか?まだ、ましろさんにも話した事がないのに。どうして?」
「君の事はずっと前から知っているよ。かれこれ、
「かなたさん、貴方は一体何者ですか?」
「俺は空園かなた。ましろの幼馴染で、何の変わり映えもない普通の男の子だよ」
とても嘘を言っている様には聞こえないが、雰囲気では嘘を吐いてるとした言い得ようがない。例え嘘だったとしても、ソラは何故かそれを素直に受け止めれてしまう。
何故だろうか。本当に一度、何処かで会った事があるのだろうか。かなたが覚えているだけで、自分が覚えていないだけなのかも知れない。
だとしてもだ、独りだった故に誰かと接した事があるのなら印象に残っている。
「ソラちゃーん!かなたくーん!」
話が一段落ついた所で、ましろがエルを抱えて呼んでいるのが見えた。
「ましろを変身させたくないのなら、直接言うんだね。俺は言ったけど、聞き入れてはくれなかった。期待しているよ」
期待。その言葉には、ましろを止める事が出来るのはソラしかいないという意味が込められている。
果たして、ましろは素直に受け止めてくれるのか。
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エルを連れての3人でお出掛け。あれやこれやで、ましろに連れ回されてばかりの内容となっている。
ましろは、ソラならこの世界での新しいものに目をして、喜ぶのではないかと思っていたのだが、ちょっと的が外れてしまった。
どこへ連れて行くも、何をするにしても、ましろだけが盛り上がってソラのリアクションがイマイチな模様。かなたも相槌をしてくれててはいるが、ソラ程ではないもののやはり声に覇気がない。
流石にこの様なあからさまとも言える態度と表情を見せれば、ましろも心配する。
「あの、ソラちゃん、かなた君。私何かしたかな?」
2人は、ましろに目を向けた後に互いに顔を見合わせて小言で話し合う。
「ましろが心配し始めているよ」
「少し様子を見過ぎました。今から言います」
横断歩道の信号を渡り切った後、遂に意を決してソラはましろに向けて言う。
「ましろさん、プリキュアにはもう変身しないで欲しいんです」
言い渡されたましろは、豆鉄砲を食らった様な反応をして目が点となった。それもそうだ。「もう変身するな」と言われたら、誰だってそういう反応になる。
「聞かせて」
少し落ち着いて話し合う必要があると思ったましろは、2人を連れて何処か座れる場所に移動する。そこで、何故自分が変身しては駄目なのか聞く事にする。
確かに、冷静に考えたらいきなり駄目と言うのも納得しない。ソラは全て話す。自分が、何を持ってましろを戦いから遠ざけるのかを。
「そっか、そんな怖い夢を見たんだね」
「ただの夢です。分かってます」
「心配してくれてありがとう。でもね、エルちゃんを守らなくちゃ。それにさ、1人よりも2人の方が良くない?」
そんな事は分かってはいる。人数に優位性を持てば、それだけ戦闘の流れを自分達の方へ持って来れる。それだけではない。エルをより守りやすくなる。
だけど、そう単純な話ではないのだ。ましろに戦わせたくない、傷付いて欲しくない。守るべき存在が1人増えてた所で、そう大した事でもない。
自分が2人分の強さを持てば、それで全てが解決する。
「ねぇ、かなた君からもお願いして。2人して力を合わせた方がきっと──」
「この件に関してはソラに同意見だ。俺も、ましろには戦って欲しくはないし、変身して欲しくない」
「そんな…」
重たい空気がのしかかる雰囲気に、更に別の悪い空気が重なる。
それは、目視は出来るが遠く離れ場所。そこでは電車の姿になっているランボーグが、ソラシド市上空を飛び、街の人達を恐怖のそこに叩き落としていた。
「エルちゃんをお願いします」
「えっ、待って!」
ましろの静止の声も聞かず、ソラは1人駆け出して行く。ミラージュペンを空に掲げながら、ヒーローとしての役目を、責務を全うする為に。
「ヒーローの出番です!」
青い光りに包まれながら、ソラは高くジャンプして暴れるランボーグの元へと向かって行くのだった。