虹ヶ丘家の庭で、今日も鍛錬を欠かさず自分を磨く事だけに集中するソラ。拳を突き出し、巧みな脚技で汗水を流す。
そんな光景もましろは見慣れ始めたのだが、そのソラの隣では見慣れない人がもう1人居た。
「ふぅ…かなたさんも、動きにキレがあって良い運動神経を持ってますね!羨ましい限りです!」
「そう、かな?あまり自分ではそう思わないけど…」
「謙遜はせずとも自信を持って下さい。あ、ですがアドバイスするとしたら…」
ソラは、かなたの手足に手を添えて構えなどの確認をする。更にそこから、投げ技や絡み技などと対人で役立つだろう技を教え込む。
ただ、ましろはその様子をハラハラと心配しながら見ていた。お互いの肌と肌が触れ合い、腕が絡み、密着する事が多いからである。
2人は至って真剣にやっている為、余計に口に出しにくい。
「こうして、こうすれば!」
技を掛けるかなたをソラがリードさせて、上手く決まってソラが背中から倒れる。ソラが下、かなたが上となって押し倒す形になる。それもお互いの距離がかなり近い。息をすれば、その吐息が掛かるほど。
「なるほど、これは良いね」
「はい!あ、かなたさん少し動かないで下さい」
ソラは軽く上体を起こしながら、かなたの首に両腕をまわす。その時、お互いの距離は一気に縮まり、唇と唇が接触────、
「た、ターーーーーイム!!!」
我慢の限界に達したましろは、かなたを叫びながらかなたを突き飛ばして、強制的にソラから離れさせた。
吹き飛ばされたかなたは、一体何が起きたのか理解出来ず頭の中が困惑しており、ソラはビックリしてその場から固まっている。
ましろはというと、赤面しながら息を切らしてやり切った感を出していた。
「ましろさんどうしたのですか突然!?」
「だ、ダメだよソラちゃん!ま、ままままだ私達にはそれは早過ぎるよ!」
「えっ?私はかなたさんの髪に、葉っぱが付いていたのでそれを取ろうとしただけですが?」
ましろは思わず「へっ?」と変な声を出してしまう。じわじわと、自分が頭の中に浮かんでいた事を思い出して、火を噴く。
そんなやり取りを家の中から見ていたヨヨは、クスクスと微笑ましい表情をしている。
訳も分からず見ていたツバサは、エルと共に突き飛ばされたかなたを起き上がらせ、この騒動は一度終決する。
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「そろそろ時間だな。いつも通り行って来ますね」
時計を確認したかなたは、布の手提げ袋を持ってお出掛けの準備をしてから玄関へと向かう。「何か用事でもあったのか?」と思ったソラは、真っ先に手を挙げてついて行こうする。
「お買い物ですか?でしたら私も行きます!」
「あー、待って待ってソラちゃん!」
人助けを一番とするソラが席を立った時、ましろが慌てて両肩を掴んで引き止める。
「かなた君は、これからお墓参りに行くの。いつも1人で行ってるから、今回はステイだよ」
「あ、それはすみません。そうですよね、邪魔してはダメですね」
ソラが納得したところで、見送りに玄関へと歩いて行くと、荷物の他にエルも一緒に抱えていた。これは、エルも連れて行くという事なのだろう。
「何でエルちゃん?」
「一緒に連れて行きたいそうなので、エルちゃんを預けました。何かマズかったですか?」
素直にエルを預けたツバサは、首を傾げる。先程ましろが説明した事を、聞いていなかったので、ツバサはその事を知らない。
困惑するツバサをましろは、首を横に振って大きく訂正する。
「そうじゃないの!ただ少し珍しくて…」
ましろとツバサが話している最中だが、もうかなたは出掛ける寸前。かなたは振り返り、エルと一緒に手を振って笑顔で「行ってきます!」と言い出て行った。見送りする3人も、手を振替していく。
「ツバサ君は知っていたのですか?かなたさんが、いつも1人でお墓参りに行くのは?」
「知ってるよ。ただ、1人で行くのが当たり前なのかと思っていたので、気分転換にかと思ったんです」
「はいはい、あまりかなた君の事についてあれこれ考えるのはダメだよ?」
まだまだ不思議と秘密が多いかなた。ソラとツバサだけが知らないこと。ましろはあまり、かなたの過去の出来事を誰にも触れてほしくないみたいだ。
何をそこまでして隠したいのか、さっぱりである。
「あ、ましろさん。これ、かなたさんの忘れ物…」
ツバサがふと、玄関の隅に置かれているマッチ箱に目が行く。空箱かと思うも念の為、中身を確認すると案の定大量のマッチ棒が詰め込まれている。
「忘れ物ですか?それなら私が…あっ」
つい条件反射で手を挙げたソラ。しかしながら、先程ましろに言われた事を思い出して、挙げた綺麗に挙げた手をスルスルと胸元に戻していく。
そんなソラを見て、ましろは思わず笑みを溢してしまった。
素直に聞いてくれた事と、やっぱりソラらしいということ。ましろは、マッチ箱をソラに手渡した。
「ましろさん?」
「場所はメモしてあげるから、ソラちゃんお願い出来る?」
「はい!!」
水を得た魚の如く、一瞬でソラの機嫌が良くなっていつも通りの元気の良い返事をしてくれた。
サラサラとましろは、お墓がある場所での道のりを書き上げて手渡した。
「今からでも、充分に追い付けるから。お願いね」
犬の様に尻尾を振って、元気よく「行ってきます!」の挨拶と同時に外へ飛び出して行った。
道に迷ったりする事は無いと思うが、道中人助けをして追い付けないのではないのかと心配する。
そしてその数分後、ましろの予想は的中するのであった。
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虹ヶ丘家を出てから30分前後の時間が経った。かなたは、立派な墓石の前で感傷的な表情で見つめていた。その墓石には「空園家之墓」と刻まれている。
「先月来れなくてごめん。ちょっとドタバタしてて。だからって言う訳じゃないけど、スペシャルゲストを連れて来たよ」
抱き抱えているエルと墓石を対面させる。エルは、首を傾げて「?」という反応を示していた。赤ん坊には、まだお墓の意味は知らない。
それでも、かなたがエルを連れて来たのには意味がある。
「スカイランドのお姫様──プリンセス・エル。よく似てるでしょ?俺達」
かなたは、エルを抱きしめて古い記憶を掘り起こす。
「君は俺で、俺は君だ。俺と同じ道を歩まぬ様に願うばかりだよ」
エルの頭を優しく撫でるその姿は、まるで兄妹の様にも見える。どこまででも透き通る様な瞳をしている。だけどよく見れば、その奥には烈火の感情を秘めている。
その瞳に何かを感じ取ったエルは、その小さな手の平で、何処からか零れる雫を拭う。
「えるるぅ」
「…ありがとう、エルちゃん。さて!」
気持ちを切り替えて、当初の目的である手を合わせする準備をしなければならない。何をするにも先ずは、周辺の掃除だ。お墓参りするのは月に一度のみだが、訪れる頃にはいつも草が生えて墓石も汚れている。その手入れも兼ねているのだ。
エルを座らせ、念の為に日傘を立てて、いざ掃除開始と腰を落とした時だった。
「えぅ?えるえる!」
エルは空を見て手を伸ばしていた。そして、かなたも一緒に見てと言っている様に呼び掛ける。それに気付いて、かなたもふと空を見上げると、1人の少女が空から舞い降りた。
「かなたさーーーん!!!」
片手、片足、膝などて成されるスーパーヒーロー着地で、キュアスカイが2人の目の前に現れた。突然の登場に開いた口が閉じない状態。そんな事は気にせず、スカイはスタスタとかなたの所まで行き、ある物を手渡した。それは、ましろから頼まれていた物。
「かなたさんこれ、忘れ物です」
「マッチ?まさか、わざわざ届ける為に変身を!?」
「色々あって、少々遅くなりそうでしたので…」
変身して届けるつもりは毛頭なかったが、その「色々」というのが何ともスカイらしい。多分だが、困っている人を見かけたら手当たり次第助けているのだろう。登下校中でも、その様な光景はよく目にする。
「では、私はこれで失礼しますね!」
「帰るの早くないか?もう少しゆっくりしていけば……さては、ましろか?」
スカイは苦笑いをしているうえ、否定をしていないので間違いなくましろに言われたに違いない。
「じゃあ手伝ってくれる?それなら良い筈」
「うーん、かなたさんがそこまで言うのでしたら、お言葉に甘えてもう少し此処でゆっくりしましょうか」
ひと呼吸置き、変身を解除してかなたの隣へと移動する。荷物として持って来た袋の中から、ソラは軍手と小さなビニール袋を取り出して、いつでも始められる様に準備を終える。
それからというものの、2人は黙々と腰を落として周辺の雑草を引き抜いてはビニール袋に放り込んでいく。
そろそろ掃除も終わろうとした時、今更ながらかなたが口を開いてソラに話し掛けた。
「どうしてましろが、俺の両親について話させないのか気になる?」
思わず手を止めてしまった。確かに気にはなる。あれだけ念を押しされたのだ。それに以前一度、それを聞き掛けたところで止められたのだ。その時はそれで済ませたが、今思い返せば段々と気になってくる。
本当は知りたい。けど、目の前にある墓石を見ただけで何となく想像は出来る。あまり、こういうプライベートな事は踏み込む様なものではないが、
「知りたいです。私、まだかなたさんの事を良く知りません。なので、教えて貰えるのなら知りたいです」
そう言ってくれて、かなたは嬉しそうな表情をする。
「元々俺達家族はね、この街の外から来たんだ。全てを失って此処へ辿り着いた。帰る場所も、家も、お金も、友達も、大切な人も全部」
いきなり重たい話になるとは思いもよらず、ソラもこれには聞いたのが間違いだったと後悔し始める。
「そんな俺達家族を拾ってくれたのは、ヨヨ婆ちゃん。お世話になり、その縁でましろとも逢えた。嬉しかったよ」
「それは、良かったですね」
「もうこれ以上悲劇は無いと思ってんだ。でもね、その半年後にちょっとした事件があってそれを解決しようとして、父さんと母さんは俺の目の前で消えた。でもまぁ、その後はましろがずっと側に居てくれたから、今の俺があるんだけどね」
最後の肉親すら、彼から奪った。彼の全てを、人生を世界は取り上げたのだ。
ましろが、かなたについて触れさせない様にしていたのはこの事を本人が思い出せない様にする為。
そんな悲しい出来事を話しているのに、かなたの表情は変わらず和かでいる。
「確かに全てを失った。でもチャンスなんだ」
「チャンス、ですか?」
「あぁ、神様は俺に最初で最後のチャンスを与えてくれた。そのチャンスって言うのが"守るチャンス"だ。ヨヨ婆ちゃん、エルちゃん、あげは姉ちゃん、ツバサ、ソラにましろ。大切な人を守るチャンスを」
過去を振り返り、それをずっと悲観するのではなく、前を向いて、大切なものを守る為に過ごしてきた。だから最近の朝は、ソラと共に鍛錬に励んでいる。
「そして強くなる。あの人達の様に」
「その"あの人達"とはどなたですか?」
「ソラと同じだよ。俺にも昔、ある人達に影響されて目指していたんだ」
「かなたさんもヒーローに!?」
滅茶苦茶食い付いてくるソラに、引け腰になりながらもちゃんと訂正と説明をする。ソラと同じだが、少し事情が違う。
「ヒーローのあの人達を目指してるって言うのかな?自分の思うヒーロー像ではなくて、あの人達と同じ様に真似っこしながら目指していた」
「と言う事は、かなたさんも私と同じヒーローを目指す仲間ですね!あ、その方達から何かアドバイスとかはあったのですか?私も参考程度に聞きたいです」
「殆どソラと同じ様な事言ってたから、参考にはならないけど……強いて言うなら『大事なのは次の世代に何を残すか』かな?」
それ聞いたソラは、目にも止まらない程の早さでヒーロー手帳にメモしていく。しかも、字もかなりの達筆。本当に数ヶ月前まで、スカイランド出身とは思えない程の学習能力。
「かなたさんは、そのヒーロー直々に魂を受け継いだんですか!?」
「どうだろうね。託されはしたけど、まだ受け継ぐに値する器にはまだなれてないかな」
「そんな事はないと思いますが、それならこれから私と共に頑張りましょう!!」
「そうだね。あっ」
話をしながらの作業で、いつの間にか草引きも気付くと全て終わっていた。それだけ夢中で、長く話していたのだろう。とても有意義な時間だった。
そして久しく思う。誰かとこんなにも、長く話をしたのはいつ振りだったかと。
ソラとエルが、この街に来てから毎日が更に楽しくなってきた。ましろと一緒に過ごすのも良いが、1人2人増えるだけで全く違う世界を見せてくれる。
改めて思う──、
「ありがとう、ソラ」
「ん?はい、どういたしまして…?」
線香を焚いて、軽く手を合わせてお墓を後にする。そのすぐだ。かなたは、徐にソラに手を伸ばした。
「どうかしましたか?」
「手、繋いでも良い?」
「お安いご用です!」
パッとかなたの手を取り、ブンブンと腕を振って上機嫌でいる。そこまで機嫌が良くなるとは思えなかった。そもそも、これはかなたのお願いなのだ。嬉しく思うのはかなたの方なのに。
「
「私もかなたさんの手、好きですよ」
「ありがとう。あ、ひとつだけ。今日の話はましろには秘密で。実は、今日の話はましろにも言ってない事なんだ、これもお願いね。それに、知られたら怒られそう」
「それは私も同感です。では2人だけの…いえ、エルちゃんも合わせて3人だけの秘密という事で」
2つの空は、何処まででも澄み渡って混じり気なく重なる。