「かなた君、ちょっと良いかな?」
「朝ご飯足りなかったの?小袋のお菓子があるけど食べる?」
「もうお腹いっぱいだから大丈夫だよ!そうじゃなくて、少し相談、というか聞いてほしい事があるの」
ちょっとした朝の時間。朝食が終わり、台所で食器の片付けをしていたところにましろが呼び掛けた。
ましろが、相談と言って話し掛けて来るのはとても珍しいこと。普段から、何事も卒なくこなしており、特に困った様子などもありはしなかったので、余程大事な事だと察する。
「あのね、朝ソラちゃんとランニングした時の事なんだけど」
ソラが朝のランニングで、今も尚体を鍛え続けて、ましろもそれに続いて朝早くから出て行っていたのだ。理由としては、ソラがプリキュアて戦う際に、逃げ隠れするだけでも足を引っ張っており、それを改善したいが為に先ずは体力向上を図っての事らしい。
朝のランニングにはかなたは同行していなかったので、ソラとの会話は何ひとつとして知らない。
「少しずつでも体を鍛えたら、その分だけいつか強くなれるのかなぁって、ソラちゃんに言ったんだ。そしたらソラちゃん、私は私のままで良いって言ったの」
「まぁ、ソラの言う通りかも」
「えっ…」
少し意外だった。こういう時、かなたならましろの事を肯定したりしてくれるだろうと思っていたから。そうでなくとも、少しくらい考える素振りは見せるだろうと。けれど違った。あっさりと、しかも即答でソラと同意見だと答えたのだ。
思わず小さな声が漏れてしまう。
「そもそも、ましろは優し過ぎるから無理だと思うけど?」
「そうなのかな…?ううん、そうなんだろうね、きっと…」
かなたの言葉に納得したのか、それ以上は何も言わず俯いてこの話はここでお終いとなった。言い過ぎではないのかと思うが、かなた自身はあまりそうとは思っていなかった。正直に、そのままの言葉を言っただけ。
「戦いは全部ソラと、あのヘヴンって名乗った人に頼るんだ。良いね?」
「うん…」
念を押すようにかなたに言われて、ましろは完全に押し黙ってしまった。これで良かったのだと、かなたは悪気も無く思う。
2人の会話が丁度終わった時、朝早くから虹ヶ丘家のインターホンが響いて鳴った。
こんな時間帯に訪ねて来るのは誰だろうと、疑問を浮かべながら玄関まで行く準備をする。
「あ、任せて下さい。私が出ます」
ましろが出ようとしたのだが、ソラが買って出たので任せる事にした。
それからして、1分も満たない時間でソラが訪ねて来た人と大きな声で会話しているのがリビングにまで聞こえて来た。
ましろは気になって玄関の方へ行ってみる事にした。そしてそのすぐに、ようやくソラとましろが戻って来たのは良いが、何故か人数が1人増えていた。
その人が虹ヶ丘家に訪ねて来た人なのだが、かなたはその人を見るや否や嫌な顔をする。
「うわっ、あげは姉ちゃんだ…」
「『うわっ』って何?そんなに私の事が嫌いだったのかなたん?」
妖艶な表情でこちらを見る女性にかなたは、思わず一歩身を引いた。あげはと名前を呼ばれた彼女は、後片付けをするかなたにゆっくりと近付き、頭をクシャ撫でる。
「かなたんも大きくなって、あげは姉ちゃん嬉しいよー!」
「そういうのは、ましろだけにしてよ」
「照れてる照れてる!可愛いー!」
突然現れた女性にソラは困惑している。その説明も兼ねて、場所を移してちゃんと説明する事となった。
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聖あげは。かなた達より年上の18歳のお姉さん。
幼い頃からずっと一緒に遊んでいた、近所のお姉さんだった。かなたとましろの事を弟妹の様に愛でて、仲もかなり良好な関係。
ただ、昔ならともかく成長今のかなたは、そんなあげはの事が少々苦手意識を持っている。
そんな仲良しこよしの3人だったが、親の都合によってあげは遠い街へ引っ越しする事になってしまう。
そして今、念願の2人に会えてあげはは歓喜している。
「そんな訳で、はいっ、そっちのターン!」
「初めまして。この家でお世話になっている、ソラって言います」
「この街の子?」
「いえ。エルちゃんと一緒に、別の世界から来ました」
かなたは素早い動きであけばの耳を塞ぎ、ましろは口元で指でバッテンを作ってこれ以上ソラが喋らない様に注意する。
ソラも「ハッ!」として、自分が失言した事に気付いてくれた。安堵したかなたとましろだったが、それを他所にソラは見事な失敗を繰り返す。
「そうでした!大騒ぎになるから、スカイランドの事やエルちゃんがプリンセスだって事は、内緒にするって2人と決めたのに!」
「冗談でしょ?」
何故こうもあっさりと口を滑らせてしまうのか、甚だしく思い口元を卑屈かせる。もう少し、自分達の立場を考えて欲しいものだ。
「スカイランド?プリンセス…痛たたた!?!」
聞こえていたのを誤魔化す為に、かなたはあげはの両耳を握り潰してこの場を乗り切ろうとする。少々強引だが、まあこの程度なら問題無いでしょうとかなたは勝手に決め付ける。
「か、隠し事?」
「ごめんねあげはちゃん、友達の秘密は言えないよ。代わりに、かなた君をあげるから我慢して」
「OK!いつか、私にも教えてくれると嬉しいな」
「ほっ…」
あげはも、ちゃんとこちらの事情を尊重してくれたお陰で何とか丸く収まった。3人共、胸を撫で下ろして一息吐く。が、そんな息を吐いても暇は与えてはくれなかった。
「ところで、ましろんは?」
「1日、かなた君を貸して上げますので我慢で」
「うーん、ましろんも……仕方ない。かなたんと1日ラブラブデートで手を打とう」
「勝手に話を進めないでくれますか2人共?」
後日、あげはに連れられて本当に1日中ソラシド市を歩き回るのだが、またそれは別のお話。
////////
「ましろ、よくも俺を売ったね」
「あげはちゃんと仲良くしたくないの?」
「これ以上仲良くしてどうするの?」
あれからかなた達は、何故あげはがソラシド市に帰って来たのか話となり、その実態を知るべくある場所に来ていた。
その場所というのが、ソラシドの福祉保育専門の学校。あげはは、将来保育士を目指している。
流石にかなた達は中に入れないので、学校前の広場のベンチであげはの用事が終わるまで待っている事となった。
「昔は、あげはちゃんにベタベタだったよね?」
「そうだったんですか?」
「昔の記憶を掘り返すのやめてくれません?」
弄られるかなたを慰めるのはエルで、優しく膝を撫でてくれる。赤ん坊とはいえ、その優しさに触れて染み染み心に響く。
「あげはさんは保育士、というものに将来なりたいのは分かりました。では、ましろさんは何になりたいとかありますか?」
「私?私はねぇー……特にない!?」
突然振られた質問だって事もあったが、何故かその質問に答えられなかった。そもそも、ましろ自身がちゃんと見れていない為、将来の事はこれっぽっちも考えていない。
後は、ましろ自身が得意な事が無い事も原因があるみたいだ。
「うーん…あっ!」
ましろが悩みに悩んでいると、ふと目の前に入った光景に思わず声が漏れた。かなたとソラは、ましろに釣られて視線を追い掛けると、そこには古典的な罠と今も引っ掛かりそうな豚が1匹があった。
ましろはそれを見て怪しいと感じた。先ず罠なのだが、それはつい先日川でも見つけた毒キノコ。何より決定的なのは、その豚というのがカバトンに酷似している事が確信させてしまっている。
こんな罠に引っ掛かる訳無いと、ましろは思っていたのだが、そんな甘い考えはソラには通用しなかった。
「豚さんが危なーい!」
正義感の強いソラはいち早く動き出して、罠を蹴散らして豚を助けるのだった。あからさまな罠から助けるソラの姿は、悪く言えば滑稽なもの。
「どうしようかなた君」
「て、言われてもね。あっ」
かなたとましろがどうすべきか考えていると、子豚だったカバトンの姿に変化が訪れた。黒い煙幕が舞い上がり、煙が晴れるとそこにはいつもの姿のカバトンが居た。
「グフフ、このカバトン様が豚に化けていたとはお釈迦様でも気が付くめぇ!」
「何てズル賢い!」
「コントかな?」
「スカイランド名物的なコントだったり?」
なんて言うか、お互いの緊張感の無いやり取りに呆れている。しかしカバトンは薄ら笑い、そして勝ち誇った表情もしている。
「まーだ気づかないのねん?」
余裕の笑みには秘密があった。カバトンの手には、ソラのミラージュペンを手にしており、いつの間にか奪っていたのだ。
「いつの間に!?返して下さい!」
恐らくだが、カバトンが元の姿に戻るのと同時に奪ったのだろう。抜け目のない、悪党らしい手捌きと言えば賞賛に値する。
正義感の強いソラからしたら、褒められた事ではないが。
当然だが、カバトンが素直に言う事を聞く筈も無く、何回も見たいつもの動作で怪物を呼び起こす。
「カモン!アンダーグ・エナジー!」
先程、罠に使っていた毒キノコを媒体としたランボーグが現れた。今回のランボーグはいつもとは違い、少し小さ目の大きさ。
だが、ミラージュペンを奪われた今、ソラはプリキュアに変身する術が無く戦える者が誰も居ない。
カバトンの作戦通りという訳だ。
「一旦逃げるよ!」
かなたがましろの手を引き、ソラも後に続いて一度退こうとするのだが、それすらもカバトンは許さない。
ランボーグの体から出てくる触手が、いつの間にかかなた達の近くまで迫って来ており、エルも奪おうと襲い掛かる。
「2人共下がって!」
咄嗟にソラが2人の前に出て、触手を見事蹴り返してみせた。だがしかし、その行動が仇となる。
ソラの身体能力は確かに凄いものだが、プリキュアに変身した時も比べるとやはり劣る。一度退けるも、生身による攻撃に臆する事なく再度襲い掛かり、ソラの足首に巻き付く。
足首から全身に触手が巻き付き、完全に拘束されたソラはもう身動きが取れない。
「ましろん!かなたん!こっち!」
騒ぎを聞き付けたあげはが、校舎に逃げる様に促す。ましろは、ソラがまだ捕まっている事が気になり、その場から動くのに躊躇う。
確かにソラの事が心配なのは分かるが、今はエルを奪われない事が最優先。ソラを人質として利用するなら、まだ何もしない。
そう"まだ"。
それを知っているかなたは、ましろの手を強引に引いてあげはの元へ駆ける。
「あいつは、大き過ぎて校舎には入って来られない!」
いつもより小さいとはいえ、校舎には入り切れないランボーグ。それを瞬時に見抜いた、起点の効いたあげはの策で少しは時間が稼げると思った。
だが、それもカバトンにはお見通しであり、その事についても対策は完璧だった。
ランボーグから、更に新しいランボーグが生み出された。更にまたひと回り小さいキノコのランボーグが、かなた達の後を追いかける。
変身する者が誰もいないこの状況。かなたとましろはどう打破するのか。