ジムかん。(トレセン学園内ジムの管理人の話。 作:なっぞのひと
あーやっちまった。
前日計量を終えての帰り道、突然歩道に突っ込んできた車から子供を突き飛ばしてかばった直後、ドン!と音と衝撃で体が中に浮きあがってその1秒後にはショーケースのガラスに突っ込んだ上に地面に叩きつけられて転がった。
仰向けになって止まったときは全身が痛すぎて逆にどこをどんなふうに怪我をしているのか判別がつかないくらい痛い、痛みと衝撃で呼吸もままならないまま、痛みを無視して突き飛ばした子供を探す、擦り傷はあるが無事なようだ、それを確認した瞬間気が抜けたかの何も見えなくなって、目が覚めたとき2日後の病院のベッドの上。
今は麻酔の影響かそこまで痛くなかったというか、体が動かないというかまぶたも動かさなかったからか固まってる、目が覚めた時に最初に思ったことは、相手には悪いことをした、運営も交通事故って理由なら仕方ないと納得してくれるだろうしやったことに後悔はない。
電話越しに話したプロモーターは表向きは体を治してくれって言ってくれてはいるが、穴を開けてしまった損失は大きかったのか要するに契約解除という形での首ってことだった。
互いに一勝一敗の決着戦でもあったメインイベントそれもタイトルマッチを前日の交通事故という形で中止にさせて興行に穴を開けてしまい無期限出場停止となり、蒼真 流(そうま ながれ)のキック選手としての信用は絶たれた。
メジャーのキック関係での復帰は難しいだろう、キックボクシングはよほど仲の悪い団体でない限り横のつながりが強いので、出られても地下格闘技に近い団体か地方のマイナーキック興行がいいところだ。
それだけ流の所属団体は大きく強かった。
地下は地下で過激なルールもあり、好きにやれるので悪くはないが収入を考えると難しいのだ
二ヶ月程の入院から半年程たったころ、地獄のようなリハビリをこなし、多少筋力を戻す必要はあるが怪我もほぼ完治した流は試合のオファーもなく干されたまま。
所属する伯父のジムで指導員としてすごし、一日の業務を終えてウェイト器具の手入れをしていた、マイナーでも、地下でも良いし、いっそのこと昔のツテを頼って海外に拠点を移して試合をしようかと考えていたとき、いきなり伯父から声をかけられた
「流、お前トレセンのスタッフとして働かねえか?」
「は?いきなり何言ってんすか?伯父さん」
「会長と呼べ、質問を質問で返すな、イエスかハイか喜んで引き受けますで答えろ、女子校だぞ見渡す限り美少女だらけのマンモス女子校だぞ!」
突然振ってこられた胡散臭い話にNOを言わせないのはどうかと思った。
「あ~じゃあ会長、女子校以前にウマ娘たちの教育校でしょ?俺が行っても何もすることはないと思いますけど、レースもライブも専門外でトレーナー資格取ってるわけでもないし、俺は女学生の駆けっこ大会とおゆうぎ会なんか興味ないですし、ウマ娘目当てだったら即弾かれるぐらいには色々調査機関が動いてんでしょ。」
ウマ娘、眉目秀麗で身体能力もヒトよりも優れたフィジカルを持つ種族で中でもレースとライブは連日大盛況での愛され種族で、彼女たちのおかげでこの街は繁盛してんだっけ?
小学校低学年の頃から真剣にキックをやっても周りから、どうせウマ娘には勝てないし野蛮だし、レース程迫力は無いからつまらないとか言われるし中学の時は毎週のように試合してアマの大会でいくつもベルトを巻いても、同じクラスに居たライトハローというウマ娘がクラブのレースで優勝しまくって、中央のトレセンに入学するという話題に埋もれた。
高校に上がってプロ昇格して何度勝ってもウマ娘のレースの話題で格闘技なんて見向きもされやしない。
試合から干された自身にはどうでもいい事だが、そういうこともあり、今流行りのライトノベルの様にどうせ車に轢かれたのならウマ娘の居ない世界に転生したかったが、結局転生どころか死にもせず大怪我だけして現実を見ることになるのだから、神様は残酷である。
元々レースやウマ娘に知識と関心がなかったのと真剣にスポーツをやって結果を出していても結局彼女たちの話題に埋もれてしまうので、競技者として一応の敬意はあるが酸っぱい葡萄という感情が出てしまい、ウマ娘と関わりの深い街に住んでいながら自身はウマ娘と関わることを避けていたし、口汚く罵った言い方をすれば伯父も取り消すだろうと思ったが、読まれていたのか伯父は苦笑しただけだった。
「いいから早く真っ当な職に就けと言っているんだよ、こんな爺が道楽でやってるオンボロジムのトレーナーのバイトなんざ職歴にも書けねえし、試合をしないキックボクサーなんざ無職と一緒なんだよ、お前最近ジムの手伝い以外はコーヒーと部屋でハクスラゲームばかりじゃねえか。」
悪態ついても伯父は諦めずに話を振り続けてくるんだが、自分にどういった職種としてトレセンで働くことを勧めたいのかそのあたりの意図が掴めなかったので流は聞くだけ聞いてみることにした。
そのついでにオンボロジムどころか五階建ての新築ビルで寮完備の上最新機材が勢ぞろいのリング付きのジムじゃねえか、しかも一階と二階は人気の焼肉店だろという突っ込みを流は胸の中で押さえつけた。
「仮に俺がトレセンで働くとしたらどこに行かせたいんすか?」
「あそこのトレーニングジムの管理人が定年退職が決まってな、代わりの人材が欲しいって話を聞いて、お前を推薦したんだよ、管理人兼フィジカルトレーナーとして、お前色々資格持ってんだろ?」
「そういう事なら別のベテランさんでもいいんじゃないですか?かけっこ大会のことももおゆうぎ会も俺は専門外です。」
流自身も最低だと理解している皮肉を混ぜながら答えた流に伯父は淡々と返してきた。
「彼女らだって普通の学生と変わらんよ、だがなウマ娘が現役でいられる期間は人間よりかなり短くてな、ほぼあの年代で現役が終わっちまう、その中で夢を駆けるんだよ、お前もガキみたいな悪態ついてんじゃねえよ20も過ぎてんだろ。」
流もガキ臭いのは理解しているが、わざわざコンプレックスの元になった集団に突っ込むのは辛い、入ればどうにかなるのだろうが。
「話を戻すが、ウマ娘ってのは怪我や故障が多いんだよ、その脚力と速さで自分で自分を壊しちまうし、すっ転んだら一発であの世行きだ、その上でケガ予防やら対処、トレーニング法の大部分がトレーナー達の研究成果として秘匿されてんだよ、名門トレーナーの一族があるくらいにな。」
伯父の言いたいことはなんとなく判った、チョットだけ意地悪に返すことにする。
「要するに、俺がトレセンのジムで他のトレーナーたちの商売道具や秘伝や機密事項になっているかもしれない事をバラ撒けと、それ一部の派閥に消されかねません?」
伯父は少し笑って返した。
「そうじゃねえ、悪い慣例をぶっ壊して一人でも多くの怪我のリスクを抑えて後悔のない現役生活を送れるように、彼女たちの怪我や故障から夢を守ってやって欲しい、それにお前もウマ娘と関わる内にやる気も出るかもしれねえぞ、それに狙われようとお前なら問題ないだろ?」
臭い言い回しの上に断りづらい話ではあるが持ってきた伯父の顔は立てなければならない。
「わかりました、面接ぐらいは受けます、それでいいですか?」
ジムの清掃を終えると、流はトレセン学園のスタッフの採用試験を受けるため、履歴書を書きに寮へ上がり机に向かうと履歴書を書き始めた。
高校在学中から事故に合うまでの数年間、キックボクサーとしてプロ活動はしていたが、ファイトマネーなど微々たるものでかなり大きい団体でも2~5万のはした金がいいところで、それを職と呼ぶのはまあきつかった。
小遣い稼ぎ程度に伯父のジムで指導者のバイトをしたり、焼肉屋で延々と肉を切り続けたぐらいしか職歴として書けるものがない、高校時代のバイトを含めていいならイタリアンバールでエスプレッソを淹れたりパニーノとサンドイッチを作っていたぐらいだ。
資格は、バリスタとサンドイッチ職人関係ぐらいか。実家が喫茶店なので将来を見据えてとったが学園には関係ないし、業務的にはフィジカルトレーナーやケアトレーナーとしての資格は持っていた。
そのおかげで事故からある程度動けるように回復できた。
志望動機に付いては正直に【ウマ娘の事はあまり興味ありませんが、ジムの管理者の交代要員で紹介されたので面接に来ました。】ミミズが這い回ったような字の不備だらけの履歴書を封筒に突っ込んだ、もとより受かるつもりもないのでこれでいいだろう。
予定も特に指定されていないし、嫌なことはさっさと終わらせるのに限るから明日にでも適当にアポ無しで行けばいいのだ。学園からの印象も悪くなるだろうし、万が一受かったら辞退させてもらおうと考えた。
断れない頼みではあるが、コンプレックスの遠因となっている所にはあまり行きたくない、適当にやって落ちれば良い。
ワイシャツとスーツのズボンに軽くアイロンをかけて、ハンガーに掛けるとシャワーを浴びてから愛用の抱きまくらと一緒に流は寝床に入った。