ジムかん。(トレセン学園内ジムの管理人の話。   作:なっぞのひと

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お久しぶりです、妄想の赴くまま書いていたら長くなりました


21.お手軽なスイーツも作るのは時間が掛かる。

 あれからジムに戻って道具を片付けて、カフェテリアに戻ってきた流は、自身のブレンドした豆をキャニスターに補充を終え、職員の休憩時間に戻ってきた流は調理主任から許可を貰い、例のマシンの調節をしていた。

 

流石に競技者や指導者向けのマシンだけあって設定出来る範囲がとんでもなく広い。

 

湯の温度から圧力、通す湯量、速度と工程の全てを完全にコントロール出来るのだ。

 

これは、エスプレッソが高温高圧の蒸気を通して抽出するコーヒーだからで、抽出速度が一秒、粉の量が1g、1つの動作で味にかなりの影響が出る。

 

今持っている豆が、深煎りのエスプレッソ用のブレンドなので、抽出圧はそのままにして苦味が出にくいように温度は下げておき、その上で時間は22秒と早めに設定する。

 

グラインダーの粒度はエスプレッソにしてはやや荒く設定して、タンピングは微調整程度で少し強くしておく。

 

マシンにホルダーをセットして、スイッチレバーを引いて抽出を開始すると、琥珀色のドロリとした濃厚なエスプレッソが抽出された。

 

それを秒で一気に飲む、本来は砂糖をドバドバ入れて飲むのが普通だが、ちゃんと抽出されているか確認のために、あえて砂糖は入れなかったが、まず苦いクソ苦いが、確りクレマも出ててその下の味を司るボディ、

一番下の香りを司るハートのどれもバランスが良かった

 

これをタブレット経由でマシンにプリセットとして3グループ全てに登録しておいた、これでバスケットをセットしてレバースイッチを操作すればエスプレッソを美味しく抽出可能になる。

 

さらに量を半分にしたリストリット、湯の量をニ倍にしたルンゴ、単純にニ倍の量のドッピオの分まで設定しておいた。

 

こうやって色々プリセットをセットしているのはイベントを手伝ってくれるマンハッタンカフェが抽出しやすいようにだ。

 

マンハッタンカフェは学生という立場でかなり高いレベルのコーヒーの知識と技術を持っているが、先程話した時に、エスプレッソマシンについては学園にあるような半自動マシンを扱った位といっていたので経験は少ない。

 

このエスプレッソマシンに関して言うなら、調整無しで行えば、初心者ドライバーが高級スーパーカーで高速道路をフルアクセルでかっ飛ばすようなものだ。

 

 ラテアート類をまかせるのが一番良いのだが絶対やりたがると判断した。

 

 だからある程度調整して、抽出の基準を作っておいてしまえば後はセットしてプリセットを選んで抽出すればいい、それでも粉の粒度の調整やタンピングの腕は必要だが。  

 

 誰でも同じように淹れられるようにマシンを調整するのもバリスタの腕の見せ所である。

 

「やたら手際がいいね、アンタ本当にジムの人間かい?」 

 

 背後から大柄で恰幅のいい女性に話しかけられた、トレセン学園の調理主任だった。

 

「ええ、雇用契約としてはジムの管理人ですよ。運動指導者としても仕事させて貰ってますが。」

 

「そのわりには、エスプレッソマシンの扱いが様になっているじゃないか、どっかで働いていたのかい?」

 

「ええ、高校の時からイタリアンバールのチェーンで働いていたので。」

 

「そうかい、そりゃあ、様になるわけだ。アンタ蒼真って名字だよね。ということはアンタ【焼肉のそうま】の息子かい?」

 

「息子ではなく甥ですね。高校の時からここに就職するまで、叔父のところに下宿していましたけど、叔父のことを知っているんですか?」

 

「商店街でも有名な焼肉屋だからね、そのうえアレとは昔からの腐れ縁でね。アレは元気してるのかい?」

 

「元気も元気です。ただ焼肉屋の上に寮付きのキックボクシングジムを作るのは頭がどうかしていると思いますが。」

 

主任は豪快に笑った。

 

「ジムを作んのと、ウマ娘が腹いっぱい食べられる店を作るのが夢だったからね、アレは。アレの甥ってことはアンタがアレが自慢してた選手だね。」

 

「選手はしていましたね、逸材かどうかはわかりませんが、一杯どうぞ。」

 

 流はグラインダーにバスケットをセットし、フィルター珈琲豆を詰めるときっちり20kgの圧力でタンピングを行うと、マシンにセットして下においたデミタスカップに抽出を開始し、エスプレッソを作り終えると、クレマの上に多めの砂糖を乗せてから、調理主任に手渡した。

 

「気が利くねえ、というか照れ隠しかい?」

 

「照れというか、叔父が私を含めて他者を褒めるのは珍しいので違和感がすごいですね、その上で色々あって今は干されて休止中ですから。」

 

 調理主任は砂糖入りのエスプレッソを受け取ると一気に飲み干した。

 

「そんだけ可愛がられてるって事さ、そんな時にここへのコネを作ってもらえるぐらいには、にしても良いエスプレッソだね。なんと言うかグラッパかカルヴァドスを合わせて飲みたくなるね。」

 

「可愛がりは地獄を通り越していましたね。確かに酒に合わせるには良いでしょうが、流石にここは学園ですのでお酒は用意できませんね。」

 

「仕事から上がったらバールでも探そうかね、どっか良いところないかい?」

 

「それでしたら、最近駅前に出店してきた。エリジオ・ソーラの5号店は如何でしょうか?チェーン店でありながらバリスタも一流揃いですし、あそこは夜はアルコールに強いですし50年物のカルヴァドスが置いてあるはずです。」

 

「詳しいね、今日はそこで呑ませてもらうかね。」

 

「カルヴァドスを用意しておくように、店長に連絡しておきます。」

 

「そりゃ有り難いけど、知り合いかい?」

 

「私の元職場で店長は、バリスタ資格取った時の同期です。あそこは酒類だけでなく、昼間はカフェレストランとしてもに食事に力を入れていますから、ウマ娘さんにも紹介してあげればお店も喜びますし。」

 

「じゃあ、お言葉に甘えようかね。話変わるけど、あんたはイタリアンバールのバリスタだったよね?例えば菓子は作れるのかい?」

 

「まあ、菓子職人程じゃないですが、イタリアの菓子はいくつか作れますよ。」

 

「それじゃあ、ウチで出せそうなのをいくつか作れないかい?」

 

「えっ?」

 

▽▲▽▲▽▲▽

 

 翌日、授業のない祝日の午後、すっかりイタリアンバールの立ち飲みカウンターと化したジムの給湯室前で練習を終えたトーセンジョーダンとゴールドシチーがやってきたので、流はメニューの相談を持ちかけた。

 

 

「で・・・アタシとジョーダンでカフェテリアの新メニュー候補のスイーツを試食して欲しいと。」

 

「まあ、そんな所です。追い込みの後の疲労回復も兼ねて如何かなと思いまして。」

 

「それはありがたいですね。管理人さんがジョーダンに用意したメニューマジでキツいですから。」

 

「なにか効果がありましたか。」

 

「コーナリングの入りと立ち上がりが楽になりましたね、トレーナーからもスムーズになったって言われました。」

 

「それは良かった、あれは普段私がやってるメニューから体幹トレだけを抜粋してウマ娘向けに強化したものです。」

 

「ぐえ、あれで体幹だけ?ジムカン普段からどんな練習してるん?」

 

「まず、アップとして走り込み10キロで日によってはそれに加えて、芝の2400mコースを800mを3分ペースのインターバル30秒で3周してそれから、ジムに戻って、自重の筋トレとHIIT-WBを2セット、皆さんにやってもらっている、ケトルベルのメニューの倍の回数を1時間以内にやって、それからシャドーボクシングを10ラウンドを午前中やって、仕事を終えたら夜は軽めに普通にサンドバッグを5ラウンド叩いて技の基礎の反復練習をやってからシャドーボクシングを15ラウンドを週6位でやっていますね。」

 

「うげ・・・ジムカン本当に人間?そんなに動いてたら普通、体持たなくね?」

 

「レースのように最後の瞬間まで出し切るような練習ではないですし、午前中のメニュー終えたら後は反復練習中心で全力を出し続ける訳じゃありませんし、小学生の頃から似たような事を続けていたので、習慣になればそんなにきつくないですよ。」

 

「それにしたって、詰込み過ぎじゃね?」

 

「朝は学校に行く前に早起きして走って、学校でやれることは全部学校でやって帰って店を手伝って、それ以外の余暇は全てキックボクシングにつぎ込む生活で、毎週末は大抵、何処かの団体のアマチュア大会で試合していましたね。」

 

「それ辛くなかったんですか?」

 

「別に辛くはなかったですよ。家業を継ぐためにコーヒーの勉強をしつつ学業も成績を落とさないようにするのは絶対条件でしたから、全てちゃんとやれないやつが出来るわけがないって考えでしたから、キックのプロになるからってキックの練習だけ頑張って他のことを疎かにしてキックに全てをつぎ込んだ気になるのはタダの自己満でしかないですからね。」

 

「うげ~あたしとか全然勉強できないから、耳いて~」

 

「ジョーダンは補習もしっかりうけて、努力して赤点回避できているん問題ないっしょ。」

 

すかさずフォローを入れるゴールドシチー

 

「ちゃんと努力して、回避できているなら問題ないでしょう。」

 

 流は自身のやってきたことが狂っていることはわかっているし、他者の努力を否定する気はまったくない。

 

「全教科で平均5点上がったよね!」

 

「それは凄い、私は成績の維持は出来ましたが上がることはなかったですからね。」

0と1ではえらい違いだと思っているし、それが平均で5点も上がっているのだから凄いことなのだ。

 

直後にほぼ厨房としか言いようのない給湯室のオーブンから焼き上がりを伝えるアラームの音が鳴った。

 

「例の奴が出来上がったようなので取ってきますね。」

 

 流は給湯室に入りオーブンの蓋をあけると、パリパリのクロワッサンのような薄い生地を何層も重ねた貝殻のような見かけの焼き菓子を取り出した。

 

 そのついでに後ろのガスコンロで手回しロースターのハンドルを回しているマンハッタンカフェにも声をかけた。

 

「焼き菓子出来たけど、カフェも食うか?」

 

 マンハッタンカフェは器用に右耳だけを流の方へ向けて、テストスプーンを用いて豆の煎り具合をみながら

 

「・・・少し待ってもらっても・・・良いですか?もうすぐ焼き上がりに入りそうなので。」

 

「わかった。先にゴールドシチーさんとトーセンジョーダンさんに出してくるわ。」

 

 作った側としては出来たてを食べてほしい気持ちはあったが、焙煎は秒単位で出来が変わってくるので、途中で切りあげろとは言えなかったし、少し冷めたぐらいで味が落ちるような物を作ったつもりもないのでレンジの横に置いておくことにした。

 

「レンジの横に置いとくから上がったら、食うと良い。」

 

 焙煎が終わりそうなので近くの冷却器のスイッチだけいれておいてやると、直後に仕上がったのかマンハッタンカフェが、焙煎機のドラムをコンロから取り外して豆を冷却器へ一気に流し込んだのを確認すると流はそのまま給湯室を出て、カウンターの二人に菓子とジュースを出した

 

「イタリアナポリの伝統菓子スフォリアテッラです。熱いうちに楽しんで下さい」

 

「あ、これ前に、イタリア出身のモデルの子がお土産にくれたやつじゃん。管理人さん作れるんですか?」

 

「働いてたバールに本社からイタリア人の菓子職人が派遣された時に色々教わったので、それなりには。」

 

「それもう菓子職人じゃね?」

「まあ、業務全般やれますからね実家は喫茶店だったので母から教わって小学校の頃からケーキや菓子とか作っていましたし。」

「ケーキってどんなの作るん?」

「そうですね、小中とウマ娘さんの多い学校でしたので、必然的に人参をベースにしたケーキやお菓子を作ることが多かったんです。バレンタインとかでホワイトデーのお返し目当てで義理チョコを持ってくる女子が多かったので、自然と人参を使った菓子作りはうまくなりましたね。」

 

「ジムカン傷がなけりゃモテそうだし、お返し目当てじゃないのも幾つか混じってたんじゃね?」

 

「そりゃないでしょう、当時の私は不良ではないですが、喧嘩沙汰が多くて危ない奴認定されていて中学校では、はぐれ者でしたし。」

 

「ボクシングとかやってるのが喧嘩とかしてたらマズくね?」

 

「地方都市の中学校って【ワルっぽくて喧嘩が強い】がステータスになりますからね、どうしてもそういうぽいのが挑んでくるんですよ。ジムやアマチュアの試合じゃ使えない肘打ちの良い実戦練習になって楽しかったです。それに、学校とジムにバレなきゃどうとでもなりましたし。」

 

さらっと暴力的なエピソードを聞かされて二人は軽く引いていた

 

「シチー・・・ジムカンってやっぱヤバい奴なんじゃね?」

 

 

「初対面のアレはぶっ飛んでたからね。普通に面倒見が良くて人当たりもそんな悪くないから忘れてたけど。」

 

「当時の内申書には、人柄は良いが素行が悪いとだけ書かれていましたね。あ、飲み物どうぞ。」

 

 そんな引いている二人に流はカウンターの上に置いてある小型冷蔵庫から、凍らせたコーヒーの入った冷えたグラスコップに濃い目に出した水出しコーヒーを注ぎ、そこに和三盆シロップを入れてライムを絞り炭酸水で割って差し出した。

 

「水出しスパークリングコーヒーです、ライムとシロップを入れているので飲みやすいかと思います。スフォリアテッラと一緒にどうぞ。」

 

「おお、ジムカン気が利く~。」

 

「ありがとうございます。サングリアもそうでしたけど、コレも結構手間かかってますよね。」

二人とも喜んでいるようだったのでそこはバリスタとしては安心した。

 

「では、しばらく席を外しますね、給湯室にコーヒー淹れてやんなきゃいけないのがいますので。」

 

 流は二人に会釈しカウンターの後ろの給湯室に入っていくと、焙煎を終えたマンハッタンカフェが、冷ました豆のハンドピックをしていた。

 

「おう、やってんな、もう3回目の焙煎だろ?ちょっと休憩したほうが良いぞ、いまコーヒー淹れてやっから。」

流は愛用のハンドミルに棚から取った豆を流し込むとハンドルを回し始めた。

 

「もう少し・・・続けてもいいですか?少しだけ・・・焙煎のコツが分かってきたんです。」

 

「そりゃあ、俺としてはいくらでもやって構わねえが、その手回しロースターだと熱いだろ、せっかくプログラム式のロースターもあるんだからそっちを使っても良いんじゃないか?」

 

「ええ・・・でもこの手廻し焙煎機の難しさと焙煎しているという感覚が・・・楽しくて仕方がないんです。」

 

「そうか、失敗しても俺が何とかするから好きなだけやればいいけど、水分補給しねえと倒れっぞ。」

 

 豆を挽き終えるとサーバーに氷をいれて、その上に金属フィルターを乗せてから豆を入れた。

 

そのまま93℃にセットした電気ケトルから湯をドリッパーに注いで蒸らし、蒸らし終えると、数回に渡って注いでいった。

 

 二杯分をサーバーに注ぎ終えると、氷の入ったグラスに移していった。

 グラスに入ったコーヒーとスフォリアテッラをマンハッタンカフェに持っていった。

 

「ほれ、出来たぞ。」

 

マンハッタンカフェはグラスを受け取り、珈琲を口に含むとコゲを直接飲んだような強烈な苦味とえぐみが舌に走った。

 

「・・・苦っ!これは・・・カネフォラ種ですか?」

 

「最高だろ?キンキンに冷やしたジャバロブスタのフルシティローストだよ。焙煎で火照った体にこいつがよく染みるんだ。」

 

「確かにブレンド主体が基本の豆をストレートで頂くのは・・・初めての体験ですが・・・強いカネフォラ種らしい味ですね。」

 

「ストレートで飲む時のこの麦の焦げたような香りと、この洒落にならない程にガツンとくる苦味とエグ味が好きでね。ストレートでなら一番飲んでるかもな。」

 

「決して美味しいとは言えませんが・・・力を与えてくれる・・・そんな味だと思います。」

 

「無理してフォローする必要はねえぞ。なんだかんだでロブは不味いと言われてる豆の筆頭だからな、俺は嫌いじゃねえけど人に勧める豆じゃないし、俺も美味いと思って飲んでない。」

 

流のその返答に対し、マンハッタンカフェは【じゃあなんで飲ませたんだ】と言わんばかりの物凄く嫌そうな抗議の顔で流を見た。

 

「俺は旨いコーヒーというかコーヒーそのものが好きでね。スペシャルティーとか良い豆で作ったブレンドも大好きなんだけど、実家の近所にあった飯がやたら美味いのにコーヒーがくっそ不味い喫茶店の洒落にならない程にくっそ不味いコーヒーの不味さが癖になって何回もお代わりしてしまうぐらい大好きだったからな。」

 

流は苦さとえぐさの合わさったコーヒーを平然と飲んでいく。

 

「えぇ・・そこは・・・美味しいコーヒーを飲みましょうよ・・・せっかく素晴らしい技術を持っているのですから。」

 

「飽きんだよ・・・旨いコーヒー淹れられるからってそればかり飲んでると。カフェにもいつかわかるさ。」

流の妙なコーヒーへの愛着にマンハッタンカフェは顔をしかめながら答えた。

 

「理解したくないですね・・・それは。」

 

「もっとコーヒーへの造詣が深まるのにもったいねえな、スフォリアテッラも喰っちまいな、ジャンドゥーヤと人参の餡で一個ずつ作ってあるからな、冷めても美味いけど温かいほうが良いぞ。」

 

マンハッタンカフェは流に差し出されたスフォリアテッラを受け取ると食べ始めた。

 

「パリパリ感と・・・チョコレートの甘さが合わさって楽しい味ですね。人参の餡の方は人参の甘さが優しくて・・・美味しいです。」

マンハッタンカフェの満足そうな顔を見て安心した。

 

「そうか、安心した、人参の菓子作るのは得意なんだが、人参苦手だから人参餡はどうにも自信が持てなくてな。」

「人参は苦手なのに・・・人参菓子作るのは得意って・・・何があったんですか。」

 

「作りまくる状況に置かれてたらそのうち得意になってた。」

 

「そういうものなんですか?」

 

「そういうもんだ・・・だが成果はあったみたいだな。」

 

「成果ですか?」

 

「ああ、満足そうな顔が見られた。」

 

「お菓子は美味しかったですが・・・コーヒーは・・・ちょっと美味しくなかったです。」

 

「そりゃあ、俺の好物とはいえ、美味いコーヒーを淹れた訳じゃないからな。」

 

マンハッタンカフェの満足そうな顔が再び、しかめっ面に変わっていった。

 

「わーったよ、美味いの淹れてやるからそんな目で見るな。」

 流は軽くミルの掃除をすると、小さなキャニスターを取り出し豆をミルにぶち込んで挽き始めた。

 

「この豆は?」

 

「ブラジル、トパージオ、ミレイディ農園のシナモンローストだよ。」

 

 マンハッタンカフェはコーヒーの品名を聞いた直後、先程の不機嫌な表情は吹き飛び、耳がよく動いていた。

 

「その豆は・・・交配種で中々育成が難しく手に入りにくい、幻の豆ですよね?」

 

「そうだな、祖父が珈琲豆と紅茶専門の商社やってるから、こういう豆が送られてくるんだよ、今挽いているのは喫茶店やってる俺の父親が焙煎したやつだよ。」

 

「管理人さんのご両親は喫茶店をされているんですか?」

 

「ああ、自家焙煎の喫茶店でね、祖父の会社の実店舗も兼ねているから色んなコーヒーを扱ってるよ。俺もその影響で5歳ぐらいから遊び感覚で焙煎やってたからな。」

 

「ずっと・・・珈琲に囲まれた生活ですか・・・楽しそうで良いですね。」

 

「そうか?嫌じゃなかったが、余暇は殆ど店の手伝いと勉強だから大変だったよ。」

 

 挽いた豆をふるいにかけて、雑味の原因になる微粉を取り除きペーパーを乗せたドリッパーに入れサーバーにセットした。

 

「なら、学園卒業したら俺の実家来るか?スペシャリティーコーヒー飲み放題だし、最高クラスの焙煎機も使い放題だぞ」

 

「そういう事は・・・もう少し・・・お互いを知ってからのほうが、昔・・・一度お会いした事があるだけで・・・殆ど初対面のようなものですし・・・まだ名前も知らないのに」

 

「そんな風に悠長にしてたら、すぐに言えなくなるだろ。俺はカフェ(の知識)が(会社に)欲しいし(優れたバリスタとして)両親に紹介したいと思ってるよ。」

 

 流自身は()に書かれている通り純粋にカフェの知識はかなり評価しているので正直祖父の会社に入ってもらって珈琲の知識をつけてもらいたいと思っていた。

 

流から突然変なことを真面目な顔で言われて動揺しているマンハッタンカフェをよそに、流はコーヒーサーバーをタイムスケールに乗せてオートモードにセットした。

 

「ああ、そういや管理人としか知らないんだったな、蒼真・・・蒼真流。」

 

 スケールで時間を計測しながら蒸らしつつ、ゆっくりとコーヒーを注いでいくとハーブと柑橘類の合わさったような甘く心地よい匂いが広がっていく。

 

「蒼真・・・流さんですか・・・流さんとお呼びしても?」

 

「別にいいけど・・人前ではやめてくれ、俺自身はこの名がどうも苦手でね。」

 

「・・・良い名前だとおもいますけどね。」

 

抽出を終えた流はサーバーからいつもマンハッタンカフェが使っているコーヒーカップに移してから手渡した。

 

「どうぞっと、初めて扱う豆だから味に自信はないが。」

流からカップを受け取るとマンハッタンカフェはゆっくりとコーヒーを口に含んだ。

 

「苦味がほとんどなくて・・・柔らかくて優しい甘さのあるコーヒーですね。」

 

「そうか、冷めてくれば、また味が変わってくる。」

マンハッタンカフェは珈琲を先程より多く飲んでから、恥ずかしそうな顔で流を見つめながら。

 

「あの・・・先程のお話はとても嬉しいのですが・・・あまりに唐突で・・・気持ちの整理がつかないので・・・お返事はまだ先でも宜しいでしょうか?近いうちに・・・必ずお返事しますので」

 

「ああ、全然いいよ、卒業後うちの会社で正社員にならないか?っていきなり言われてもびっくりするよな。」

 

「・・・・は?」

 

直後、マンハッタンカフェから表情が消えた。

 

「ん?どうした?」

流が問いかけるとそっぽを向いてしまった耳は引き絞られている。

 

「・・・知りません、流さんの事なんて・・・もう知りませんし・・・嫌いです。」

 

 流は相手がこういう状態になると話ができなくなることを姉と妹で理解していたがほうっておくわけにもいかなかった。

 

「俺はカフェの事嫌いじゃないけどな、仕事じゃなくて普通に話せるウマ娘はカフェ位だからな。」

 

無視を決め込んでいるように見えるが、少し耳が緩み尻尾が動いているのがわかったのでもう少しだけ話しかけてみる。

 

「俺自身は他者と関わる手段がコーヒーぐらいしか無いから、仕事気兼ねなく話せるカフェに嫌われるのはすっごい辛いんだけどな・・・。」

少しずつ耳と尻尾の動きが大きくなっていくのがわかったので畳み掛けるように

 

「何でもするから、機嫌直してくれ。」

 

 ため息をつきながら、マンハッタンカフェがこちらに向き直ってきた。

 

「もう・・・仕方ありませんね・・・トパージオに合うお菓子を用意して頂ければ・・・許してあげます。」

 

 やれやれという感じの口調だったがどことなく機嫌は良さそうなので、流は一安心した。

 

 「ああ、トパージオに合うか分からないが、冷蔵庫にボネが入ってるからそれでいいか?」

 

「ボネって・・・砕いたクッキーの入ったチョコプリン・・・ですよね?」

 

「ああ、アーモンドプードルを使ったアマレッティっていうメレンゲ菓子を砕いて入れた、固めのチョコプリンだよ、ちなみに俺の手作りで隠し味にカロシベースのエスプレッソを入れてあるから本式より甘苦くてコーヒーに合うと思うぜ。」

 

「本当に色々・・・作れるんですね。」

 

「プリン自体は小学生の頃から作ってたから、それなりにアレンジが効くんだよ、バールで本場の菓子職人から教わってたし。」

流は冷蔵庫に入ったボネを一人分切り分けて更に乗せて、マンハッタンカフェに手渡した。

 

「頂きます・・・甘苦いプリンの弾力とアマレッティのサクサクとした歯ごたえが面白いですね。」

 

「どーも、カフェテリアに提供するメニューだから、スフォリアテッラと同じく、楽しい食感の菓子を作ったんだ。」

 

  ふとマンハッタンカフェのカップを見たらまだまだコーヒーが残っているのがわかった。

 

「随分ゆっくり飲んでんな、冷めちまってるんじゃないか?」

 

「あまり一気に飲むと・・・お腹が痛くなる事が多いので・・・でも温度の違いで味の変化を楽しめますし・・・悪くないですよ。」

 

「そりゃあ、豆の油が傷んでる、良い豆で焙煎から日にちが経ってない良い油のコーヒーは一度に10杯飲んでも大丈夫だと、祖父が言ってたが、試してみるか?」

 

マンハッタンカフェは少し笑った。

 

「さすがに・・・一度に・・・そんな量は飲めません。」

 

ふと給湯室の入り口を見るとトビラが開けっ放しになっていた。カウンターの方を見るとトーセンジョーダンとゴールドシチーが、流をなんとも言えない目で見ていた。

 

「やっべ忘れてた。ちょっと行かねえと。」

 

 流は二人分のボネを皿に取り分けてからカウンターへ持っていった。

 

「申し訳ない、長いこと外してしまって、これは追加の菓子でボネと言います。普通に呼び出してくれて良かったのですが」 

 

流は二人にボネの皿を差し出した。

 

「大丈夫ですよ、そんなに待っていませんから、それにレビューはちゃんと伝えるのが筋ですし、楽しそうにしてたので、邪魔しちゃ悪いなと思って。」

 

「てゆーかさジムカン、あたしらとカフェじゃ態度全然ちがくね?」

 

「そりゃ、仕事のお客とお友達ですから違いはありますよと・・・もしかして聞こえていました?」

 

「そりゃー、モロに戸が開いてたらね。てゆーか、ジムカン・・・実家うんぬんアレマジ酷くね?許してもらえてたからよかったけど。」

 

「立ち聞きしてた身で言えたことじゃないですけど、管理人さんあの言い方は、ホントに誤解招きますって。」

 

?と首をかしげる流にゴールドシチーとトーセンジョーダンは呆れ気味に

 

「シチー、これ、説教したほうが良くね?」

 

「うん、ちょっと状況わかってなさすぎ。」

 二人からの説教という名の状況説明が始まり、流は多少理解した

 

「あー、ちょっと、言い方が良くなかったですね。」

 

「ちょっとどころじゃなくて、年頃の女の子にあれは最悪ですよ。カフェだから許してもらえただけで。」

 

「ほんとまじ気をつけたほうが良いよジムカン。」

 

「本当。気をつけます」

 

 流が一応、反省の意を見せてはいるので2人はこれ以上言及はしなかった、これ以上突っ込んでも仕方ないと思ったのかもしれない。

 「ところで話は変わりますが、スフォリアテッラはどうでしたか?」

 

「パリっと食感が面白くてサイズ的にも食べやすいですし、中のクリームもちょうどいい甘さでボリュームもあって美味しかったですよ、カフェテリアのスイーツであったら、アタシなら絶対ゲットしますね。」

 

「バリ美味だし、形も面白いから、ウマスタとかウマッターに上げたら即バズるんじゃね?」

 

次いでゴールドシチーとトーセンジョーダンはボネの方も食べてみた

「こっちの固いプリンみたいなやつは、味がしっかりしてて中に入ったクッキー?のサクサク感もあって美味しいですけど、味が濃い分飲み物が欲しくなりますね。」

 

「コレも美味いけど、シチーの言う通り喉乾くね。」

 

「ちょっと待っていて下さい飲み物取ってきますので。」

 

 再び流が給湯室に入ると、マンハッタンカフェが流のミルを使って豆を挽き終えてドリッパーにセットしたところだった。

「お、カフェが淹れてくれるのか?」

 

「ええ、お二人がボネを食べ初めたのがわかったので・・・そろそろ珈琲が欲しくなる頃かなと思いまして、耳の良さは良いバリスタの証ですよね?」

 

「ああ、良い耳だ、やっぱ良いバリスタだよ、カフェは、やっぱ長期休みの時にでも俺の実家に遊びに来ないか?いい勉強になんぞ。」

 

「先程は思わせぶりだったのに・・・今度はストレートに来るんですね。」

 

「うるせー、仕切り直しだ俺は元々真っ向勝負でガンガン行くのが好きなんだよ。」

 

「もう・・・コマンドのミルの時もそうですが・・・滅茶苦茶ですね・・・わかりました・・・考えてはおきます。」

 

流はドリッパーを見てみると自身が淹れた時よりごく僅かに挽き目が粗かった。

 

「俺が淹れた時よりも挽き目を少し粗くしたのか。」

 

「はい・・・飲み慣れている私はともかく、お二人にお出しするには濃いかなと思ったので・・・。」

 

「流石だな、ただこのドリッパーはかなり抽出が早いから、湯を入れる速さは少しゆっくりにしたほうが良い。蒸らす時にマドラーで粉をかき混ぜたほうが均等に蒸らせるぞ。」

 

「なるほど・・・蒸らしの時に粉を撹拌することで味を出やすくさせると。」

 

「サイフォンでも似たような事すんだろ、ドリップはここですんのか?」

 

「はい・・・カウンターが小さいので此方で淹れた方が・・・効率がいいかなと。」

 

「そりゃ勿体ねえ、バリスタが目の前で淹れてんのを見るのも珈琲の楽しみ方の一つだし、相手の反応が見えるのは楽しいし、何より俺がカフェの淹れている所が見たい。」

 

「結局・・・自分が見たいだけじゃないですか・・・仕方のない人ですね・・・わかりました。」

 

「言ってみるもんだな、んじゃ用意しておくよ」

 

 流はドリッパーを含めた道具一式をカウンターへ持っていき丁寧に配置した。

 

 そんな流についてくるようにマンハッタンカフェもカウンターへ出てきた。

 

「お待たせしました、これから珈琲をご用意しますので。」

 

「コーヒー?ジムカンが淹れてくれんの?」

 

「いえ、淹れるのはカフェです彼女もコーヒーに詳しいですし、私も彼女のドリップで淹れている所が見たかったので頼んじゃいました。」

 

「ユキノも言ってましたね、カフェの淹れたコーヒーはとても美味しいって。」

 

「マジ!?それなら期待大じゃん!カフェにお願いするわ!」

 

マンハッタンカフェは恥ずかしそうにしつつも姿勢を正した。

 

「ご期待に添えられるか・・・どうかはわかりませんが・・・良いものをお出し出来るように・・・精一杯頑張りますね。」

 

 マンハッタンカフェはドリッパーにごく少量の湯を注いでいきコーヒーの粉全体が湿ったのを確認すると、マドラースプーンで軽く粉を掻き混ぜた。

 

その後ゆっくりと湯をコーヒー全体に何回かにわけて注いでいくと、徐々にサーバーへ琥珀色の液体が抽出されていった。

 

 目的の量までコーヒーを抽出するとドリッパーを外し粉を捨て、余った湯でカップを温めた後に、サーバーからカップへコーヒーを移していき、その所作に魅入っていた二人へ手渡した。

 

「どうぞ。」

 

コーヒーを受け取った二人から出た言葉は称賛だった。

 

「何これ!全然苦くないし。砂糖とか入ってないのにめっちゃ甘くね?」

 

「うん、ユキノの言ったとおりだね、美味しいよ、カフェ。」

 

2人から褒められてマンハッタンカフェは照れくさそうにしていた。

 

「ありがとうございます・・・技術と言うよりも・・・希少な豆を使えたのが大きかったですね。」

 

「謙遜しなくていい、所作も抽出レシピも完璧で俺より上だ。何より楽しそうにしてたのが良かった。いいもん見られたよ。」

 

「それは・・・褒め過ぎです。」

 

「当然の評価しかしてないんだけどな、俺にも今度コーヒー淹れてくれよ。」

 

「はい・・・近いうちに・・・是非。後・・・流さんにもう一つお願いがあるのですが・・・良いですか?」

 

 流は人前でその名を呼ばれたくはなかったが、二人には聞かれているしカフェだからまあ良いやとスルーした。

 

「ん?可能な範囲なら・・・別にかまわねえぞ。」

 

「先程お二人の前で・・・珈琲を淹れた時・・・すごく楽しかったので・・・これからも時間がある時・・・焙煎だけでなく・・・カウンターで珈琲を淹れに来ても良いでしょうか?」

 

「そりゃもちろん、好きにすりゃあ良いさ。」

 

コーヒーメインの立ち飲みオンリーの裏カフェテリア誕生の瞬間だった。

 

 

 余談だが、ウマスタとウマッターにボネとスフォリアテッラの試食の報告が上がった翌日、流に対し、メジロマックイーンが何故試食に呼ばなかったと抗議しにきたが、チームメンバーに連行されていった。

 




主人公がコーヒー以外にハマっている飲料:ロイヤルビタージュース
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