ジムかん。(トレセン学園内ジムの管理人の話。   作:なっぞのひと

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今回はいつもより短めです。 よろしくお願いします。


22.不味い飲み物ってハマるときはハマるんだよね。

『右ストレート効いたか!?ここで天河の必殺の飛び膝炸裂!!!立てない!コーベット立てるか!立てるかー!?ここでレフリーが止めた!!ZENOキックライト級、新世界王者!天河誠也がここに誕生しました!』

 

 浅い眠りからから醒めて早朝のランニングを終えシャワーを浴びた流は管理人室で、かつて団体のタイトル戦が組まれていた男、天河誠也の世界戦をタブレットで流し見しながら、トーセンジョーダンのトレーナーである谷口に送る資料のための書類作業をやっていた。

 

「やはり、肘無しだと勝てる気がしねえな奴には。」

 

【蝶のように舞い、蜂のように刺す】を体現した無駄のない素早いフットワークと一撃で意識を飛ばす強打を持つ。

 

 流はこの天河という男とは1勝1敗だったりする、1度目は肘無しルールで散々捌かれてポイントアウトでの大差の判定負け、2度目は肘ありルールで、徹底的に組み付いての肘打ちと膝蹴りで塩漬けにしての僅差の判定勝ちとお互いの得意分野での1勝1敗だった。

 

 その後天河は肘無しルールの王者になった後、肘有りルールに参戦しトップ選手に連戦連勝後に空位になっていた肘ありのタイトル戦に流を要求していたのだが、流の交通事故で試合はお流れになっている。

 

 よく話しかけてくる奴で、最初の試合の後は『蒼真さん!不利なルールなのに試合受けてくれてありがとうございました!今度は肘ありでお願いします!』

 

二回目は『やっば強いなあ!もっと肘も組みも磨いて経験積んで来るんで次も肘有りでリベンジさせてください!』

みたいな感じの爽やかな陽キャだったのでそんなに悪い印象は無かった。

 

「やっぱり闘りたかったなあ。」

 

 流はタブレットから流れる動画を閉じ、ロイヤルビタージュースを一気飲みし作業の続きを始めた。

 

 トレセン学園の生徒の不満足度100%のこのドリンクを、流は見かけるたびに数本買って行く事にしている。

 

 グラスに注いだ瞬間からわかる鼻腔を突き刺す強烈な青臭さと飲んだ瞬間に広がる泥付きのまま引き抜いた野草を思わせる異様な風味と最悪な不快感の残る苦味といくら栄養があっても飲みたくない代物だが、流はこれを極限まで冷やしたものを一気飲みするのにハマっていた。

 

「本当に酷え飲み物だなこれ、学園もよく通したなこれ。」

 

 それに見合う効果があるとはいえ、決して年頃の少女に飲ませて良いもんじゃないし、この商品を企画した連中は絶対ウマ娘に恨みがあるんじゃないかと疑ってしまうぐらいには不味いが眠気も覚めるし疲れも取れるので、ガンガン飲んでしまう、さる事情でショートスリーパー気味になっている流には有り難い飲み物だった。

 

 皐月賞前日の今日、ギリギリまでトウカイテイオーとの最後の追い込み並走を終えて調整中のトーセンジョーダンにとって、体力回復を兼ねた疲労抜きの名目でロイヤルビタージュースを飲ませるのはあまりにも酷というか確実にメンタル面で不調に陥るので疲労抜きに良い果糖類を使った甘めのミックスジュースのレシピを彼女のトレーナーである谷口に送ることにした。

 

レース後における疲労回復やケアマッサージのメニューも添えてだ。

 

 格闘技にしろレースにしろ本番は練習以上に体を酷使するのにも関わらず、意外と本番後にはケアせずに休養に入ったりするので、ケアをするように伝えることもまた重要だったりする。 

 

 現に流もそういった試合後のケアを怠り、翌日の筋肉痛が酷くなったりとダメージの回復が遅れることが多々あったので所属ジムの後輩達には試合後もクールダウンはやるようにと指示している。

 

 レース前の追い込みは普通もっと早く終わらせて調整するものだが、トーセンジョーダンは爪と足の形状の問題に加えて素直で直感的かつ全力で行動するので、とにかく力むので、あえて疲労を残す事で少しでも力みを抑えることで爪と足への負担を下げるのが目的だ。

 

 これで走り切る事はできるだろうが、勝利できるかは分からない、勝たせるのはトレーナーの仕事であって流の仕事ではない。

 

 「勝てるといいなあ、とはいえ俺が関わってるなら当然勝つか。」

 流は谷口トレーナーにファイルを送信し終えるとついでこの前整備の約束を取り付けていた、マンハッタンカフェのコーヒーミルの分解整備を始めることにした。

 

 マンハッタンカフェから預かったときに100年近く前のドイツ製と説明を受けていた。

 

 外見に経年劣化が見られ、ハンドルと刃を支える軸がほんの僅かに歪みガタツキがあるが、動作に支障があるほどではなくミルの刃こぼれも殆ど無いのでかなり大事に使われている事がわかる。

 

 まず、ハンドル、軸、軸受、内刃、外刃と外していき完全に分解してからキッチンペーパーの上に置いてから、一つ一つ綿棒と刷毛でこびりついた豆の油や破片を取っていく。

 

 豆の破片や油を取り終えたら、軸の歪みを工具で0.1ミリ単位で修正していき、組み立て直してから、軸受のワッシャーにグリスを綿棒でほんの少し塗布してから、ハンドルを数回まわしてチェックするとガタツキはなくなっていた。

 

 テストに豆を1杯分入れてひいてみると、綺麗に豆が裁断されていき粒度のバラツキがほとんど見られなかった。

 

「すげえな、100年ものでこの粒度か、さすがのドイツ製ってところか、こいつを【お友達】との喫茶店ごっこに使ってたって言うんだから、また贅沢だな。」

 

 ふと、流しか居ない部屋で妙な視線と気配を感じたので戸の方に視線を向けたら視えないが何かがいるのに気づいた。

 

 おそらく【お友達】だろう、相変わらず姿が視えないから何なのか分からないがマンハッタンカフェそっくりな気配だけは感じるので、彼女の姿形をイメージしてその場に像を重ねておく、本来はもっと違う別の何かなのかもしれないと流は認識しているがあまり考えないようにした。

あくまでイメージだが精度は悪くないとはおもっていた。

 

 向けてくるものに敵意は感じなかったので流はこの奇妙な来客に挨拶した

 

「久しぶりだな、カフェの【お友達】でいいのかい?」

 

【お友達】は腕を組んだまま頷いたように感じた。

 

「今は用意出来るもんがなくてね、物理的に飲めるかどうかしらねえけど、ロイヤルビタージュースでいいかい?」

 

直後頭のなかに声でも言語ではなく概念で

 

『いらんというか飲んだ奴が絶不調になるような毒劇物を勧めてくるんじゃない!』

 

という意志が叩きつけられた。

 

その意志に対し流は

 

「いや、俺はこれを飲む度にあまりの不味さに心と体が絶好調になるんだけどな。」

 

【お友達】は、『そりゃあお前だけだ』っていうのをジェスチャーで示してきた。

 

「で、なんの用だい?」

 

 流が問いかけると、【お友達】は腕を組んだままミルを顎で指した。

 

【お友達】はカフェそっくりなのにカフェと違ってワイルドなんだなと流は思った。

 

「ミルなら心配いらねえよ、昔からの思い出の品だもんな、きっちり整備したよ。」

 

流は豆を挽きながら、ミルにガタつきがないことを【お友達】に示すと

 

【お友達】は納得したようだった。

 

【お友達】は『カフェがネルドリップが一番得意だから、ネルと道具を用意しておけよ。』みたいなことを伝えてくるとそのまま消えていった。

 

「ネルドリップなあ、下準備がめんどくせえんだよなあ・・・用意しておくか。」

 

 流はUMAZONでネルドリップに使う道具一式をリストアップすると、開けたばかりの鯖缶を肴にロイヤルビタージュースを流し込むのだった。

 




UA3万超え本当にありがとうございます。
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