ジムかん。(トレセン学園内ジムの管理人の話。 作:なっぞのひと
「角打ちカフェ飲んだら帰れ。」
「却下だ。つーか蒼真よぉ、お前が勝手立ち飲みプロテインバーに改造した、給湯エリアを時々間借りして、マンハッタンカフェがコーヒー淹れるプチカフェスタンドだろぉ?もう少し可愛らしい名前つけてやれよ、オイ。」
筋肉達磨と呼ぶに相応しい外見の筋骨隆々の小柄な男、目黒雷門は担当であるメジロライアンのトレーニング指導を終えて、給湯室前のカウンターでロックグラスに淹れられた氷出しの濃縮コーヒーをちびちびと飲みながら、流に突っ込んだ。
「基本ハンドドリップですからね、回転率が悪いのは確定ですからね、飲んだら早く帰れというのは当然だと思うのですが。」
「だからって年頃の女生徒のスペースに付ける名前じゃねえだろうが、おい。」
「だから先輩に相談してるんじゃないですか。」
「相談以前に会話になってねえよ、突っ込む気も失せるわ、ちょっと助っ人呼ぶわ」
目黒は担当ウマ娘のストレッチ指導を終えた直後の女性トレーナーに声をかけた。
「明石ィ!」
休日の朝から声がデカくて圧が凄いので管理人の流としては出禁にしたくなる。
当の明石トレーナーは落ち着いた感じでカウンターの方に歩いてきた。
「目黒先輩、お久しぶりです。」
「オウ、フランス研修から帰ってきて担当も付いたんだってな、立派になったじゃねえか。」
「ありがとうございます。私が担当に付く前に暫くローレルがお世話になったみたいで。」
「ライアンと一緒に筋トレしてたからな、ライアンに教えるついでに足の強化の筋トレとか教えてただけだ。」
目黒はグラスに入ったコーヒーを少しずつ口に含みながら流を指さした。
「担当がついたなら、敵に塩を送る気は無ぇ、だからフィジカルに関してなら、カウンターに立ってる奴に聞け、そいつは中立だ。」
明石トレーナーは流を見ると、顔に傷がある仏頂面で白い大きめのジャージ下の体は平均より細く見え、フィジカルの専門家には見えなかった。
「喫茶スペースのマスターさんがですか?」
「オウ、そいつ着痩せしてるだけで滅茶苦茶鍛えてるからな、そいつが細ぇのは軽量級のキックボクサーで鍛え方を瞬発力と神経系の発達に特化させてるから細く見えるだけだよ。んでそいつは喫茶スペースのマスターじゃねぇ、ここの管理人だ。あんまり失礼な態度取ってると出禁にされちまうかもなぁ!」
出禁にするとしたら、ここでやかましくデカい声を上げている目黒の方なのだが、流は黙っておくことにした。
「失礼しました、私はチーム【アルケス】のトレーナーの明石と申します。」
「ご丁寧にどうも、ここの管理人をさせてもらっている蒼真です。」
丁寧にお辞儀をしてくるので流も返礼した。
「明石さんは、サクラローレルさんのトレーナーさんなんですね。」
「ローレルを知っているんですか?」
「ええ、顔見知り程度にはカフェテリアで軽く話した程度ですが。」
そこへストレッチポールを片付けたサクラローレルがやってきた。
「そうそう、あの時カフェテリアでカフェちゃんと一緒にコーヒー淹れてもらったんですよね。」
流はサクラローレル相手に軽く会釈だけ返すと、豆を無言でミルに突っ込んでサリサリと挽き始めた。
こういう時の流はノーコメントを貫く時ということをわかっている目黒は話をきりだすことにした。
「オウ!ローレル久々だな!カフェで思い出したんだがちょいとよぉ!助けてほしいことがあるんだがいいかぁ?」
「目黒さん、お久しぶりです、えーと助けてほしいことって言うのは?」
「蒼真の奴がマンハッタンカフェに時々カフェスタンドとして、ここのスペースを貸すって話なんだけどな、名前をこいつが付けろって話になったみたいだが、こいつには名前を付けるセンスが致命的にねぇんだよ。」
「スペースですか?管理人さん、カフェちゃんには特に優しいですもんね。」
エアロプレスを逆さにセットして挽いた豆を淹れ湯を注ぎ撹拌し、蓋をして抽出準備に入ったところで、サクラローレルがカウンター越しに流にしか聞こえない声で
「LANEの交換は断ったのに周りから見られないように、カフェちゃんに給湯室の鍵を渡していましたよね?」
「あ、見ていましたか、焙煎も本格的にやりたいってならここでやるのが良いかなと思って、サクラローレルさんも興味があるなら、適当な時にカフェと一緒に来てもらえれば良いですよ、鍵の件は一応、内密でお願いします。」
別に鍵を渡して云々は施設の管理上、駿川さんに怒られかねないからという理由なので流としてはやましいところはなにもないので普通に思ってることを答えると、サーバーにコーヒー抽出しサクラローレルと明石トレーナーに珈琲を差し出した。
「あ、珈琲ありがとうございます。今度カフェちゃんと一緒に行きますね。」
「ヒソヒソ話してねえで本題に入るぞ!オメェもとりあえずアイデア出せぇ!明石ィ!」
突然目黒に話を振られた明石トレーナーはカウンターに置かれた、氷の置かれたドリッパーから一滴一滴とポタポタとコーヒーの雫が落ちているのを見た。
「これは?」
「水出しコーヒーのように、氷の溶けた水でゆっくりと抽出する、氷出しコーヒーです。」
「では、この氷出しコーヒーにちなんで、琥珀の雫というのはどうでしょうか?」
その名前を聞いた時、流れは微妙な顔になった。
「なんか水抜き減量でスカスカになった時に出る毒々しい色の…」
「蒼真ぁ!テメェは黙ってろ!いいネーミングだな、明石。そんでローレルからも、いいのねえか?」
「椿さんの名付けた琥珀の雫でも十分良いと思うんですけど、シェードツリーってどうでしょう、コーヒーにも関係しているので、寄り添う影で、カフェちゃんのイメージにも良いかなって、琥珀の雫もアンティークや静かな音楽が好きなカフェちゃんにぴったりでいいかなと思います。」
「静かな音楽ですか・・・カフェがスペースやってる間、BGMはジャパメタとかスラッシュメタルをバリバリにかけようと思っていたのですが・・・困りましたね。」
サクラローレルも明石トレーナーもなんとも言えない視線を流に向けていた。
「ええと・・・管理人さんって結構変わってますよね?」
サクラローレルの問いに答えたのは目黒だった。
「蒼真の事は中学の頃から知ってるが、根暗でへそ曲がりに加えてバトルジャンキーと頭のネジがぶっ飛んでんからな、バリスタって事以外取り柄がねえ、外面は礼儀正しいが、人間性はこんなもんだ。」
「目黒先輩の私に対する印象は、概ね正しいですね。」
流は他人事の様に答えた。
「そのバトルジャンキーの中学時代に喧嘩を仕掛けて肘で返り討ちにされたのは先輩ですよね?」
「まあ、そうだな効かなかったけどな。」
「顎に全力で打ち込んだのに、平然とされていたのには素直に驚きました。その後うちの実家に来てはコーヒーただ飲みしてましたね。」
流は今度は自分用に豆を挽いてをフレンチプレスにセットしてお湯を注ぐ
「良いじゃねえか、減るもんじゃねえし。」
「私は小遣い抜きになりましたけどね。払ってくれとは言いませんが」
「ま、さっさと決めようぜさ、そろそろ名前決めても良いんじゃねえか?」
過去のタダ飲みの件で自分に刺さる視線が痛かったのか目黒が露骨に話題をそらしてきたところに聞き覚えのあるダウナーな声が聞こえた。マンハッタンカフェだ
「・・・おはようございます・・・今日は・・・朝から人が多いですね。」
「おはようカフェ、そりゃ休日だしな、朝体動かしてから出かけるのが多いんだろ、ミル直しといたぞ。」
「ありがとうございます・・・朝【お友達】がミルが直ったと教えてくれたので・・・受け取りに来ました。」
「ああ、部屋に入ってきたのはやっぱり【お友達】だったか、直った報告ついでにロイヤルビタージュースを振る舞ったんだが断られたな。」
マンハッタンカフェは少し驚いたようなリアクションを見せた。
「【お友達】が・・・流・・・いえ、管理人さんの部屋に・・・入ったんですか?」
「ああ、鍵はかけてたのに扉をすり抜けてきたのかいつの間にか居たよ。」
「ということは・・・勝手に入ったようで・・・【お友達】とは少しお話する・・・必要がありますね。」
「思い出のある希少なミルだから気になったんだろ。作業中で起きてたからそこまで気にすることじゃないよ。」
「勝手に・・・人の部屋に入ってお咎めなしは・・・」
流はフレンチプレスを押し下げると小さい使い捨てプラカップに半分ずつ注いで一つをカフェに、もう一つを自分用にした。
「俺が良いって言ってんだから、いいんだよ、【お友達】は責任取れないだろ、連帯責任でカフェを責めるわけにもいかないから、無罪放免だよ、コーヒーでも飲んどけ、豆はコスタリカな。」
流としては全く怒ってないので、周りに自身が怒っているように見えるか聞いてみた。
目黒と明石トレーナーからは顔だけ見ると常に機嫌が悪そうに見えると言われたがサクラローレルからは
「表情があまり変わらないのはカフェちゃんもそうだから、私は怖いとは思わないかな。」
マンハッタンカフェからは
「傷跡が目立って・・・ちょっと仏頂面ですけど、とても・・・とても整った顔立ちをしているし・・・顔にはでないですが・・・何となく読み取れますし、私は怖いと思ったことはないです。」
「ん、そうか、何でかしらねえが比較的ウマ娘の方が俺を怖がらないんだよな、じゃあ俺が怒ってないのわかんだろカフェは。」
「怒っていないのがわかるから・・・逆に怖いんです。」
「俺になんも被害ないからな、気にするなよ、ミルついでにこれ持ってけよ。」
と言いながら流がマンハッタンカフェに渡したものはケースに入った小型レバー式エスプレッソマシンだった。
「コマンドミルの時もそうですが・・・こんな高価なものを・・・こんな変なタイミングで渡そうとするんですか・・・」
流は少し考えると
「うーん、困った顔を見るのが面白いから?」
「オメェは好きな相手困らせて楽しむ小学生かよ、蒼真ぁ!20も過ぎて、くだらねえ事してんじゃねえよ!」
目黒が半ば本気で流にツッコミをいれると流は首を傾げた
「え?私が?カフェの事をですか?・・・うーん・・・どうなんでしょう。」
目黒は真顔で考えんなよ、という気分になった。目黒からみて流はどうにもそういった情緒が欠けているというか理解していないように見えた。目黒は流の事を中学生の頃から知っているが、目黒が進学して上京までの間流はキックボクシングと店の手伝いばかりで学業以外で同年代の他人と関わった所を見たことが無かった。
これに関して言うなら、流自身がキックボクシングにのめり込んでいて休み時間に宿題やその日の予習復習などをやっていたり、話題も合わなかったし興味も無かったので関わることを避けていたのと、当時のクラスメイトも流がよく理解できなかったのと学内や他校の生徒と暴力沙汰が多かったので関わることを避けていたり、当時通っていた中学がウマ娘たちが多く中央への進学率も高く、レースに興味がない流の性に合わなかった。
そのせいでトラブルとなり学校内のウマ娘たちと険悪になったり、中学校生活に良い思い出はなく、上京しての高校進学後も同年代と関わらないようにする生活を送り続けていたせいか、誰に対してもに他人行儀かつ接客業で学んだような対応で接するようにしていた。
そんな流がマンハッタンカフェに対して態度が柔らかいのは、高校時代に偶然治安の悪いエリアに入ってきた年少者かつ、焙煎していた所を見ていた事で、めったに自分から他人、特にウマ娘に声を掛けることのない流から声をかける事になり焙煎を教えたり、安全なエリアに案内したりと、普段ならやらない対応をした経験からよく覚えていて、マンハッタンカフェが流を覚えていたこと尚且つ黒歴史に近い名のりをバラされ、面食らって丁寧に対応するのがどうでも良くなっているのだ。そのうえで珈琲に関しては詳しいし技術的にも話題的にも付いてこれるので、気に入っているのは間違いなかった。
「まあ、かなり気に入ってるのは事実です。仕事のことを考えなくて良いのは気が楽でいい。」
流から思いの外好意的な台詞を言われ、気恥ずかしさから視線を下げると長い前髪がコーヒーの中に入ってしまった。
「あ・・・もったいない。」
「そりゃ、髪長いからな、正直サンプルロースターを使っているとき焼かないか心配だったよ、コーヒーにぽちゃる程度でよかったな、作り直すよ。」
流はタオルを手渡してマンハッタンカフェからコーヒーを受け取ると、そのコーヒーをそのまま飲んでしまった。
「美味いな、流石コスタリカだ。」
周りの驚いた視線もどこ吹く風で。
そのまま流は普通にコーヒーを淹れ直して、マンハッタンカフェに差し出すと当のマンハッタンカフェは複雑そうな顔で受け取った。
「・・・捨ててよかったのに」
「この程度なら捨てるのも勿体ないし、タイのジムだと瓶に溜めた水を飲むのでそれにくらべたら全然いける、カフェの髪は綺麗だから腹は下さないだろ、人前だから行儀が悪かったな素が出たすまねえ。」
「もういいです・・・でもコーヒーは頂きます。」
悪意がないことがわかっていたし、ブレない流に、マンハッタンカフェは苦笑しながら再びコーヒーを受け取った。
「管理人さんは給湯室を改造したりしてますけど、コーヒーを淹れるのは仕事じゃないんですか?」
サクラローレルの問いに
「ジムでやってるのは完全に趣味と暇つぶしを兼ねてですね、あとのカフェテリアでイベントをするのも私があのマシン触りたいだけですから。」
「カフェちゃんもそうですけど、管理人さんも、本当にコーヒーが好きなんですね。」
流は溜息を付きながら
「どうでしょうね、たしかに私はコーヒーが好きですがなんだかんだで、本当にやりたいことから目を逸らすための道具にしているだけかもしれません。」
とだけ答えた。
こりゃ、蒼真の地雷だと認識した目黒は軽く手を叩き話題を逸らすことにした。
「カフェもいるんだしよ、さっさとカフェのスペースの名前を決めちまおうぜ。」
「私のスペースの・・・名前ですか・・・?」
「おう、先に蒼真から相談を受けていてな、ローレルと明石の奴はまともなネーミング出してるが蒼真のネーミングセンスが最悪すぎてな。」
「管理人さんは・・・どんな名前をつけてくれたんですか?」
先に流のつけた名前を聞くあたり少しだけ期待しているように見えた
「角打ちカフェ飲んだら帰れ。」
「カフェスタンドを角打ちに例えることにユーモアは感じますが・・・飲んだら帰れというのは・・・あまり良くないと思います。」
「そうか・・・ならやめといたほうが良いな、サクラローレルさんと明石トレーナーさんの名前から選ぶと良い」
マンハッタンカフェは流から候補になっているスペース名を聞いた
「【シェードツリー】と【琥珀の雫】ですか・・・お二人が付けてくれたのがどちらも・・・素敵な名前で迷いますね。」
「なら、順番で使えば良いんじゃないか?俺はBGMでメタルを流させてくれるならどうでも。」
「それは良いですね・・・私はメタルのような激しい音楽は苦手なので・・・できれば静かな音楽のほうが・・・」
「メタル系は苦手か・・・んじゃクラシックかジャズ系を探しとくよ。」
ジャパメタ好きな流としては、メタルでテンション上げながらカフェのコーヒーを飲みたかったが、苦手なら仕方がないと口に出さずに諦めた。
「決まったようだな、明石ぃ!ゴロー先生のところに連れってくれよ!挨拶に行きてえ。」
「ええ、!ちょっと先輩!」
「んじゃな、蒼真ぁ!コーヒー美味かったぜ」
目黒は明石トレーナーを連れてジムから出ていった。
いきなり席を立っていった目黒と明石トレーナーを見送ると、思い出したように
「後これ、どっちにしろ使わないからやるよ、ここか寮で使えば良いだろ、本格的なエスプレッソ作るのは楽しいぞ。」
流は再び携帯型のレバー式エスプレッソマシンを差し出して有無を言わさずマンハッタンカフェに強引に押し付けた。
「俺はバリスタとしてカフェが淹れたのエスプレッソも飲んでみたいというのが本音だ。焙煎前に生豆をブレンドして焙煎してからエスプレッソ作ろうって考えるのは滅多に居ない。」
マンハッタンカフェはむっとした顔を見せた。
「流さん・・・それについては・・・思いっきり笑っていたじゃないですか。」
「そりゃ、あんなぶっ飛んだやり方を教えてたら笑うだろ、それでちゃんと親御さんの味を再現できるって中々できることじゃない。」
マンハッタンカフェをバカにしているのか褒めているのかわからない流に、サクラローレルは質問した。
「そんなに違うんですか?」
「前にも言いましたが間違いじゃないですけど、機械式でやるなら良いエスプレッソを抽出するのは難しいですね、焙煎したての豆はガスの含有量が多すぎて、クレマが安定しませんし、カフェの使ってるアンティークミルはとても高性能ですが、形が古すぎてエスプレッソのレベルまでは細く引けませんし、粒度がバラバラで安定した抽出は難しくなりますね機械式はかなりの圧力をかけて抽出しますから、カフェのやり方だったら直火式のエスプレッソかエアロプレスを用いたほうが、より完成に近づくと思います。」
「なるほど、道具があっていなかったんですね。」
「カフェは純粋な技術だけで言えば私より上ですよ、知識と経験が足りないだけでハンドドリップでは勝てませんし、方法は違いますが味を再現できるってのは中々出来ることじゃない。」
流は一呼吸おいて
「俺よりもコーヒー好きだからなカフェは。」
毎度流からストレートに褒められるためか、マンハッタンカフェは流の方を見ずに照れくさそうに
「・・・褒めすぎです」
「正当な評価だ素直に受け取っとけ」
と流もお決まりの言葉で返すので埒が明かないので先程気になったことを聞いてみることにする。
「流さんは・・・先程タイのジムと仰っていましたけど・・・よくいったりするのですか?」
「ああ、タイには、ガキの頃からよく行ってたよ、一応実家は金あるからな。」
「タイに行ったのは旅行・・・ですか?」
「いや、ムエタイの練習と試合で小中高と夏休みの半分は向こうに居たよ、観光は殆どしたことは無いな。」
「ムエタイ・・・?されてたんですか?」
ムエタイといえばタイの格闘技でボクシングみたいに殴り合う過激なスポーツである事ぐらいしかマンハッタンカフェにはわからない。
「ああ、実際にはキックボクシングだけどな、この恐い顔は試合中に肘でザクザク斬られまくったせいだよ、一応俺の本業で今も現役だ。」
肘で斬られたと聞いた直後に流の顔を観察すると、その顔には思った以上に傷が額と左眉の辺りが特に大きく目立つが顔全体に大小様々な傷があった、正直、想像したくないし、見たくもない
「物凄く・・・痛そうで・・・怖い過激なスポーツですね。」
「カフェの言う通り、痛くて怖い過激なスポーツだよ。それでも俺はこのキックボクシングが大好きでね、俺は周囲に馴染めず、馴染まずの社会不適合者だから余計にな。」
「そうですか?結構・・・人当たりは良いように・・・見えますけど。」
「そりゃあ、父と母が店の手伝いという形で俺に人との関わり方を仕込んでくれたからな、表向きは取繕えるんだよ、正直こんな女学生だらけの所に転職の話を聞いた時は、俺の人生終わりだとおもったよ。」
「嫌・・・だったんですか・・・?」
「そりゃあな、俺はガキの頃からウマ娘が苦手で関わりたく無かったからな、その事もあって最初は断ったさ。」
マンハッタンカフェは少し寂しそうだった、その表情を見てフォローするように答えた
「だが、色々と学園から裏事情を聞いたのと、ここでの就職を押し付けた叔父が悪い慣例をぶっ壊して一人でも多くの怪我のリスクを抑えて後悔のない現役生活を送れるように、彼女たちを怪我や故障から夢を守ってやって欲しいって言われてな。」
流は無意識ミルに豆を淹れてザリザリと挽き始めるとしかめっつらになった
「俺だってヒトの子だし腐ってもスポーツトレーナーの資格持ちだ、怪我とか故障の話をされたらな、ほっとけねえし断われねえよ、派閥の問題があるから中立の立場のフィジカルトレーナーが欲しいと言われてたり、色々条件も悪くなかったから結局入ったよ。」
怪我や故障を放っておけないというのは流面倒見の良い人物なのでそこはわかったが、なぜ流がウマ娘が苦手なのか知りたかったのでマンハッタンカフェは聞いてみることにした。
「なぜ・・・ウマ娘が苦手なんですか?」
「別にカフェは苦手じゃねえんだけどな・・・ガキの頃からレースとかウマ娘とか興味がないのに、周りが応援しろとか面倒くさいのなんのって、こっちがキックボクシングの大会で何度優勝してもさ、学校の連中はクラスメイトのウマ娘のクラブレースの結果に一喜一憂だしレースの結果やライブの話ばっかりで見向きもされねえからなこっちは。要はつまんねえガキの嫉妬だよ、俺にだって承認欲求はあるんだ。」
コイツにはついつい喋りすぎるなあ、と自分でも思ってしまう。
「後な、俺は人参が苦手でな小学校はウマ娘の多い学校は給食に必ず人参が入るんだよ・・・それを奴らは無理やり食わせようとしてくんだよ、人参ハンバーグとかトラウマもんだよ。中学に上がったらあがったらで、こっちが喫茶店の手伝いでケーキ作ってるのを知ったら、作らされるんだよ・・・にんじんケーキをこっちは人参食えねえから味見もできねえんだっての。」
一呼吸おいて流は続けた
「そのうえ、学校行事には生徒会長兼イベント総括のウマ娘に強引に喫茶店のアドバイザーをさせられた上に、余興で、メイクさせられてオリジナル勝負服を着せられてセンターでうまぴょい伝説を踊らされたりしたからな・・・やってらんねえし、投げキッスのシーンが学校中に出回ったんだぞ・・・地獄だよ。」
「・・・断らなかったんですか?」
うまぴょい伝説の映像はマンハッタンカフェも見てみたいと思ったがそれは口には出さなかった。
「問題起こしてた上に、いろいろ弱味を握られて断れなかったんだよ。うまぴょいの動画はねえが、見たいなら、着ている写真ぐらいはあるぞ。」
なんでわかったって顔をしているので
「俺もそうなんだが、カフェも結構、自分で思っているより顔や空気に出やすい方だと思うぞ、現に顔に出てた、俺もつい愚痴をこぼし過ぎたな、詫びと言っちゃんなんだが見てみるか?」
「はい・・・興味があるので・・・見てみたいです。」
「私も見せてもらっていいですか?」
「まあ、良いですよ減るのは私の名誉だけですし、周りに広めなければ。」
タイミングというものは恐ろしいもので、タブレットからクラウドストレージにアクセスして画像を画像をダウンロードした直後。
「あ、ジムカンこっち居たー。」
トーセンジョーダンと谷口トレーナー、そして友人のギャルウマ娘達が給湯室前の方に集まってきた。
「おはようございます、今日は皐月賞でしょう。もうそろそろ出発じゃないんですか?」
「トレーナーの運転する車だから後一時間くらい余裕あるし、その前にジムカンに挨拶しとこうとおもって。」
「別に私としてはレースが終わってからで良いのですが」
「助けてもらったんだから、スジは通しておかないとダメじゃん。そーいうのおろそかにしたら勝てなくなるってトレーナーが言ってるし、あたしもそう思うから。」
「良い心がけですね、脚の方の調子はどうですか?」
「ちょっと脚は疲れが残って重いけど、それ以外はいくらでも走れそうなぐらい調子は良いかな。」
トーセンジョーダンの当日のコンディション流の想定どおり、つまり言われたことを愚直に丁寧にこなして来たということだった。
「そうですか、では一つアドバイスというか谷口トレーナーからはもう聞いている話だと思いますが、自分の直感を信じて全力で行きましょう、爪の心配はしなくていい。」
少し心配そうな顔をしているトーセンジョーダンに対し、流は当然のように
「言われたこと全部やってきたんだから大丈夫ですよ、私が関わったんですから。」
「マジで?あたし勝てる?」
「当然。そのために指導したんですから、私も谷口トレーナーも。」
不安そうなトーセンジョーダンの顔が明るくなった。
「ありがと、ジムカン。でさ、カフェとローレルさんと話してるところに割り込む形になっちゃったけどへーき?」
「そこは平気です、ちょうどタイミングよく話を逸らすことができたから。」
「・・・駄目です・・・。」
ちょっと不機嫌そうなカフェの声が流の耳に入る
「流石に、人が増えたところで見せるのは、流石に恥ずかしいから勘弁してくれ。」
「私は・・・今見たいです・・・このままだと流さん、結局・・・有耶無耶にして逃げそうだから駄目です・・・逃しません。」
マンハッタンカフェはタブレットを持つ流の手首を掴んで離そうとしなかった。
流はヒトとウマ娘の圧倒的な力の差をその瞬間に理解らされた。
「なになに、カフェどうしたの?ジムカンがタブレットでHな動画でも見てたの目撃したん?」
「いえ・・・そういうのではなくて・・・」
「じゃあジムカンの元カノの写真とか?」
一瞬、流の手首に加わる力が増して痛かったが顔には出さなかった。
「いやそれはない、俺は彼女いない歴=年齢だからな。小中の時は喧嘩沙汰が多くて、割と避けられてたし高校の時は男子校だからバイトの接客以外で女子と話した事は殆ど無いよ。」
真顔かつ素の口調で答えた流に対してトーセンジョーダンはもうしわけなくなった。
「あー・・・なんかごめん、ジムカン。で、カフェは何を見たがってるん?」
「私の黒歴史の写真です、タイミング良くトーセンジョーダンさんが来て有耶無耶になってラッキーだなと思ったのですが。」
「やっぱり・・・誤魔化して逃げる気だったじゃないですか・・・」
少し緩んだ手首に再び力が込められた。
「勢いで見せると言ったけどさ、ガキの頃の女装姿なんて見て何処が面白えんだよ。」
「マジ!?ジムカンの女装姿なんてあんの?カフェ、ウチらも協力するわ、シチー!ジムカンが女装写真見せてくれるって!」
「・・・・まじかよ」
ゴールドシチーとダイタクヘリオスとメジロパーマーも連れてきたことで流は完全に包囲された事で流れは観念した。
「・・・ったく恨むぞ。」
先程ダウンロードした画像をタブレットでひらくと、長い髪をポニーテールにした、白いブラウスと黒のミニスカートでヒールの高いサンダルを履いた、切れ味鋭い整った顔立ちに年相応の幼さが残る、中性的な青鹿毛のウマ娘の画像が現れた。
「おう、見たけりゃ見せてやるよ、笑いたきゃ、笑え。」
周囲の反応は流の想像とはちがうものった
「ええと・・・流さんの面影はあるんですけど・・・なんというか・・・鋭さと美しさと可愛さが・・・」
「これ、マジでジムカン?クオリティガチすぎね?」
「うわー、メイクとか服選びも相当時間かかってますよね?立ち姿もしっかりしてるし、普通にモデルで通りそうなレベルですよ。」
笑われるのかと思っていたら思いの外、高評価だったことに流は何とも言えない気分になったいっその事笑ってもらうほうが良いものだ。
「ねーねー!思ったんだけど、ファン感謝祭のコスプレコンテストにウチらでコーデとメイクしてジムカン参加させたらマジで面白そうじゃね?」
ダイタクヘリオスの一言に流以外のテンションが上がりはじめた。
「勝手に人の黒歴史を増やすような提案してんじゃねえよ・・・」
「管理人さん、顔の傷の印象が強いですけど、元々の顔立ちがすごく整ってるから、アタシ達がメイクとコーデをチョイスすれば、ガチで優勝狙えると思いますよ?」
流れの顔が露骨に嫌そうになっていく。
「嫌でしたら・・・断ったほうが・・・。」
「大丈夫だちょっと待ってくれ頭を冷やす。」
流石にこの展開は予想外だったのか、心配するマンハッタンカフェをよそにカウンターの下に置いてある小型冷蔵庫からロイヤルビタージュースの缶を5本取り出して、ジョッキにそそぐと無理やり一気飲みした、あまりの不味さに精神がハイになっていくのがわかる
「ファン感謝祭のコスプレは、トーセンジョーダンさんが皐月賞勝ったらで参加ということで。」
言葉の意味がわかったのかトーセンジョーダンがニッと笑う。
「ジムカン、それ、あたしが皐月賞勝つのわかってて言ってるでしょ?」
「そりゃ当然指導者として私が関わったんですから、そろそろ会場に向かわれたほうが良いと思いますよ、道が混んでくるといけませんので。」
「じゃ、行ってくるね。」
「ご武運を」
トーセンジョーダン一行は中山競馬場へ向かっていった。
その後トーセンジョーダンが皐月賞勝利のニュースを聞き祝福するも、ファン感謝祭でのコスプレコンテストに参加が確定したことに流は頭を抱えることになった。
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