ジムかん。(トレセン学園内ジムの管理人の話。 作:なっぞのひと
「では、過度な減量のデメリットから説明いたしましょうか、減量の基本は基礎代謝でそこは教官から教わっていますよね?」
「ええ、授業で教わりましたわ。」
「一つ一つ挙げていくなら、筋肉量の低下による基礎代謝の低下、栄養不足による爪の脆さ、カルシウム不足による骨粗鬆症、関節および靭帯への負荷、特にウマ娘ならそれに伴う繋靭帯炎のリスク増加。他にも貧血や生理不順から不妊症とざっとこのくらいは。」
流は淡々と挙げていった
「改めて聞きますと、相当に体への負担が大きいのですね。」
爪の話が出たときにマンハッタンカフェが反応したのがわかった、彼女も体が細いので、栄養が足りていないのかと思った。
「だからこそ、筋肉量と基礎代謝を増やして、減量幅を減らす事で肉体のダメージを抑えるんです、メジロマックイーンさんの場合、骨格を考えれば筋肉量を増やしても良いと思います。」
「筋肉を増やせと言っても、そう仰ってる管理人さんもかなり細身にみえますけど?」
そう言われた直後、流は着ていたジャージを上だけ脱ぐとスポーツインナー越しに、細身だが、研ぎ澄まされた日本刀のように無駄なく確りと鍛え込まれた筋骨隆々の上半身が露わになる。
吸湿性、速乾性に優れたインナーはその特性上非常に薄く、体のラインがもろに出るため、年頃の少女たちには刺激的であるが、流はそんな事は気にしていなかった
「確かに私の体は細い方ですが、この程度には鍛えてありますよ。」
マンハッタンカフェは流の方を見ないようにしていたが、メジロマックイーンは流を観察していた。
「体は細いのに、しっかりと鍛えこんであるのですね。」
「元々骨格が細いから全体的に筋肉がつきにくいというのもありますが、瞬発力と神経系の発達に比重をおいて筋肉に刺激を与えているので、筋肉が太くなりにくいんです。」
「そういったやり方はどういった方法を用いるのでしょうか?」
「基本的にウエイトトレーニングですね。」
「ウエイトトレーニングって筋肉を大きくするのが目的ではないのですか?」
「基本的にはそうですが、重量を調節することによって、目的に合わせた適切な負荷をかけるんです、例えば心肺能力に加えて、筋肉の持久力を上げたりということも可能です。」
メジロマックイーンは興味深そうに流の話を聞いていた。
「ウエイトトレーニングも色んなことができますのね。」
「万能なトレーニングってわけでもないですよ、ただ土台を作るのに重要ってだけです、言われているデメリットも大体が間違ったトレーニング方法による誤解ですから、自分がついているならデメリットになることはありえませんよ、その辺りはすべて調整しますから。」
「トレーナーさんはあまりウェイトトレーニングのメニューは用意しませんわね。」
「レースという競技の特性を考えると、走ることがメインになりますから、ウエイトや筋力トレーニングを重視したり専門的に学んだトレーナーさんは少ないでしょうからね、その時間があるなら走力に時間を割きたい指導者も選手も多いですし。」
「たしかに私も、筋力トレーニングは自主練でも基礎的なものばかりでしたわ。」
「だから私のような中立のフィジカルトレーニングの専門家を学園が用意する形になったんでしょうね、誰でも専門的な教えを受けられるようにと。」
流は全く知らないことだが、怪我防止や秘伝や派閥などに与しない指導者ということだけでなく、凱旋門賞を勝つためのプロジェクトチームのフィジカルコーチとしてメンバーに加えたいという学園の意図もあった。
「話を戻しますが、メジロマックイーンさんは、今のやり方で減量を続けるのはもう肉体的にも精神的にも限界でしょう、今の所は怪我はしていないだけで、負荷が大きすぎるのと軽く立ち方を見ても体に負担が掛かっているのが見て取れますから。」
流からみて、メジロマックイーンの立ち方は重心のバランスがかなりガタガタになっているのがわかった、一見すると何の問題もなさそうなのだが、本人も気づかない微妙な肉体のダメージや筋肉のこわばりなどから無意識に体を庇ってきた結果だろう。
「やはり、今のコンディションを維持して走り続けるのは限界だったのですね。」
メジロマックイーンの言葉の中には今のコンディションに対するこだわりが見て取れた。
「中等部クラスだとまだ成長期ですからね、骨格や筋肉も大きくなりますし、維持は難しいとおもいますよ、私も体に合わせて階級を上げていましたから、あと今のメジロマックイーンさんは今の状態だと本来持っている能力の6~7割が限界でしょう、今の状態が続けば繋靱帯炎や関節炎などの故障に繋がるかと、トレーナーさんからはお話は無かったのですか?」
「トレーナーさんからは、無理な減量をやめるように言われたことは何度か言われていましたが、おばあ様の節制が大事という教えを守り今のコンディションを維持することに努めていました。」
「それは、暴飲暴食をせず健康維持に努め、常にベストコンディションに近い状態で維持するように努めろってことでは?」
メジロマックイーンは固まった。
「・・・え?」
流はそのまま、マンハッタンカフェの方を向いた
「だよな?カフェ」
「ええ・・・私もそのように感じました。」
何とも言えない沈黙が流れた。
「悲しい誤解があったんですね、では基本的な筋トレや体幹トレーニングの話に行きましょうか、沖野トレーナーにはここに来ることは伝えていますか?」
我ながら強引に話を引っ張ったと思うが、このままだと話が進まない。
「もちろん、そこは事前に話を通していますわ、管理人さんに任せると」
「なら大丈夫ですね、まずは体重に関してですが・・・」
流はメジロマックイーンの全身を確認すると
「メジロマックイーンさんの骨格から考えると・・・3キロの増量を目指してみましょうか。」
「あら、思うよりも全然少ないのですね。」
「増量ってのは、減量よりも難しいんですよ、ただ暴飲暴食すれば良いって訳ではありませんし、性別による差異だけなら、まあよくある難しい仕事ですが、ウマ娘という要素が加わるとさらに上がるので、可能な限りゆっくりと調整することになります。」
ウマ娘は個人差というより個体差というレベルで身体能力のバラツキがとんでもなく激しい。かといってやることが人間と変わるわけじゃないのだが、数値の下限値がヒトを遥かに超えるので計算が難しいだけだ、ウェイトに使う重量にしろ摂取すべき栄養の量も。
「筋肉量を増やしていけば一緒に皮下脂肪の量は減りますしね、例えば・・・」
流はマンハッタンカフェの右手を取り、広げてから二の腕の辺りを軽く摘んだ
「メジロマックイーンさんと同じような体型のカフェでもこの位は皮下脂肪がありますからね。」
いつの間にか戻ってきていた【お友達】が『オイオイオイ、死ぬわアイツ』みたいな顔で流を見ていた。
当のマンハッタンカフェは流のことを別に怒ってはいなかった、その理由としては流が真面目で、こちらをからかったりするつもりが一切ないことを感じられたので一度様子を見ることにした。
「筋量を増やしていけば、全体的な体脂肪率もへりますし、少し調子を整える程度の軽い減量で今と同じくらいのパフォーマンスに持っていくことも可能でしょう、そのくらいメジロマックイーンさんは、骨格に対して筋肉が細すぎますからね、第二の心臓という意味でも筋肉は重要です。」
我ながらくどいなあとも思いつつも、マンハッタンカフェの二の腕辺りをタプタプさせつつ、ジャージなので分からないが
「筋トレしておけばこういった二の腕のタプタプも良くなりますしね。」
流が手を離した後今度はマンハッタンカフェが流の左の二の腕を掴んだ。
「流さんの腕は・・・筋肉質なのに、柔らかいんですね。」
「ああ、自重トレーニングとケトルベルがメインでウェイトトレーニングをした後は、確りと柔軟をするからな・・・で何で抓ってるんだよ?普通に痛いぞ。」
「流さんの腕も・・・皮下脂肪を摘めるか気になったので・・・摘んでみようかと。」
マンハッタンカフェはさらっと答えた。
「俺は今の段階で体脂肪率12パーセントぐらいだから、摘みづらかったろ?ちなみに、ウマ娘も含めてだが女子アスリートは20から22パーセント位が適正と言われてるな、それ以上下げるとさっき言ったデメリットが出てくる。」
「流さんは・・・そんなに体脂肪率を落として大丈夫なんですか?背中も・・・お腹も・・・ゴツゴツしていてゴムタイヤみたいな・・・感触がしますね。」
ラッシュガード越しとはいえ、背中や腹を触られるのは多少気恥ずかしかった、指摘するのも恥をかかせる気がしたので流は
「少し冷えてきたから、そろそろジャージを着させてくれ。空調をウマ娘の体温に合わせてあるから、この時期でも俺らには肌寒いからな。」
「あ・・・どうぞ・・でも流さんもそんなに絞っていたら・・・あまり健康に良くないのでは・・・」
「その通りだよ、いつ試合のオファーが来ても良いように、スグ落とせる状態を維持しているのが習慣になっているだけで、一番健康な状態を維持しているわけじゃないからな、正直風邪は引きやすいし、基本的に食いたいもんも食えないしろくなもんじゃない、唯一の娯楽はコーヒー位だよ。」
「そんなに長い間・・・無理をすることはないのでは?」
「レースと違って予め日程が決まってるわけじゃないし急なオファーが多いから、維持していたほうがすぐに調整できるからな、アスリートである限り常にパフォーマンス維持に務めるのは当然の事だからな、試合がないのに何やってんだろうなと思う事はあるけど。」
流はひと呼吸置いてから
「でもまあ・・・カフェありがとな。」
というとマンハッタンカフェに軽く頭を下げると
「じゃあそろそろ、ウェイトトレーニングのメリットですけどシンプルに筋力とパワーが上がり、運動効率も上がって怪我のリスクも減ります。今回はその土台を作るために、筋肥大を重視する方針でやっていきましょうか。」
「筋肥大ってどこからやっていきますの?」
メジロマックイーンの問に流は
「まずやるなら、上半身ですね、皆さん走ることを重視して下半身を重点的にトレーニングしますが、逆にバランサーの役割をする上半身はあまり重視していない方が結構多いんですよ。」
トーセンジョーダンのフィジカルトレーニングとして足の他にもう一つ重視したのが、ケトルベルを用いた上半身と下半身の連動の強化だった。
彼女が今まで爪をかばうを意識してきた分、体幹のバランスが崩れてしまっていたことから、ケトルベルを用いたスイングトレーニングやファーマーズウォークを行うことでバランスを修正させたのだ。
なぜメジロマックイーンにそれを行わないのかと言うと、減量による消耗と元々の筋肉が細いため、先ずは全体的に筋肉を大きくすることが重要と判断したからだ。
「それで上半身のトレーニングですが、ベンチプレスから行きましょうか。」
「ベンチプレスって、またシンプルなトレーニング方法ですわね、もっと反動を使った動的トレーニングが中心かと思いましたわ。」
「確かに動的トレーニングは重要ですが、メジロマックイーンさんの場合は、元々の筋肉量と減量による体の消耗を考えるとシンプルなトレーニングのほうが良いですし、まずは重要な筋肉を鍛えていく事が大事です。」
「もっと結果が早く出るような実践的な動きのある方法が良いのですけど。」
「そう焦らずに、ベンチプレスで鍛えられるのは、上半身でも走るのに重要な筋肉である上腕三頭筋と三角筋を鍛えられますし、フォームをコンパクトにするには大胸筋を鍛えるのも重要です、その上でベンチプレスにはバストアップの効果がありますから。」
その直後、場の空気が変わった。
「本当ですの?それは」
「ええ、そういった方たちは元々の骨格もそうですが、確りとそれを支えられるための筋肉と食事があってこそですから、モデルも兼業されているゴールドシチーさんは遅刻してでもベンチプレスはされていますから。」
メジロマックイーンは流の説明を聞いた直後。
「管理人さん、やはりベンチプレスでお願いしますわ。」
「わかりました、ラックの方に行っててください、私は食器を片付けてきますので」
ラックに向かうメジロマックイーンを見送ると流は一つ疑問があったので道具の掃除をしているマンハッタンカフェに聞いてみることにした。
「なんでメジロマックイーンさんは動的トレーニングが良いと言ってたのにベンチプレスでOKしてくれたんだ?」
「それ・・・私に聞くんですか?」
マンハッタンカフェがなんとも言えない表情で流を見つめるが、流はその意味をわかっていないようだった
「?・・・まあ良いや、ベンチプレスの指導の補助を手伝ってくれ。俺の
筋力だとウマ娘の重量は補助できない。」
「まあ・・・それは良いですけど。」
「ありがとな、じゃあカフェも一緒にやるといい、俺が教える。」
ついで流は奥の方で一人焙煎を続けていた、サクラローレルにも声をかけた。
「サクラローレルさんも参加しますか?」
「私は、椿さんから休養するようにと言われているので、勉強を兼ねて見学でもいいですか?」
「大丈夫ですよ、後でラックの方に来てください。」
道具を片付けた流とマンハッタンカフェはラックの方に向かうと、メジロマックイーンだけでなく何故か10名ほどのウマ娘たちが居た。
「随分集まっているようですけど・・・大丈夫ですか?」
「大変といえば大変だけど複数の指導もそれなりにやって来たから問題ないよ。」
こうして流による突然のベンチプレス教室が始まった。
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