ジムかん。(トレセン学園内ジムの管理人の話。 作:なっぞのひと
「なんでこんなに集まってんだ?さっきまでランニングマシンとかやエアロバイクが盛況だったのにな?」
説明用のホワイトボードを倉庫から引っ張り出しながら流はカフェに問いかけた。
「さあ・・・自分で考えたら良いんじゃないですか?」
マンハッタンカフェは面倒くさそうに答えた。
「そうするよ。じゃあ、カフェはあのセーフティラックにバーベルシャフトをセットしてくれ」
そこで答えを探すように周囲を見渡す。
「ああ、全体的に細身のウマ娘さんが多いからな、上半身のフィジカルの重要性に気づいたのか。」
そこへ【お友達】が流に語りかけるようにジェスチャーを見せる。
『いや、そうじゃなくてあのお嬢サマにベンチプレスの効果でバストアップの話をしただろ、それでだよ。』
「そうか?そんなに大きな声で話していないだろ?」
そこで【お友達】は呆れたような動作をみせた。
『ウマ娘はヒトより耳が良いんだよ、それに、カフェもなんだかんだで、その辺りに興味が
あってお前を手伝うことにしたんだよ。』
「・・・そうなのか?カ…!!!」
流は突如見えない何かにアイアンクローをかまされたような頭痛に襲われた。恐らく【お友達】からの警告だ。
『お前それをカフェに聞こうとすんじゃねえぞ!?』
「いや別に聞いたついでに言ったってよくねえか?体型なんかにこだわらなくても、カフェは魅力的だし可愛いって。」
『お前・・・それカフェに聞こえてるぞ。』
「ん?問題ないだろ?事実だしな。」
『カフェにだけならな、本来俺の姿も声もカフェにしか見えないし聞こえないんだから、ここで一人虚空に話してるアレな奴に見られてるぞお前。』
周りのヒソヒソ声が聞こえるが流はどこ吹く風で気にしていない。
「近くにカフェが居るから平気だろ。別に俺も君が見えている訳でも声が聞こえるわけじゃないからな、君が気配を隠したら意思疎通できなくなる。」
『んじゃどうやって、俺と話してんだよ?』
「フィーリングだな、半分妄想みたいなもんだけど。」
『よくもまあ、それで俺と会話できるな?』
「それだけ、わかりやすく動いてくれるからな。」
流はベンチプレスの説明をホワイトボードに書きながら答える、そのまま一通りの説明と目的別の重量と回数などの着眼点を書き終えるとマンハッタンカフェの様子が気になったので声を掛けようとし近づくと逃げるように離れていった。
音とリズムを読まれているのか、流が動くたびにほぼ一定の距離を保ったまま離れていくので埒が明かない。
流は一瞬だけ膝の力をゆるめると、右脚を前に出し半身になると膝と足首のバネを使い、一瞬で音も無くマンハッタンカフェの隣に立った。
「なんで逃げんだよ?そんな体型改善について気になってたのを知られるのが嫌だったのか?別に恥ずかしい事じゃないだろ?」
突然隣りに来て驚いているマンハッタンカフェの動きを予測しつつ足を動かして初動を抑えながら問うてみた。
ラックの方から好奇と侮蔑の混じった視線をむけられたが、流は良くわかっていないが、年頃の女学生達からすればこういうのは最大の娯楽であり注目の的である。
質問に対しだんまりなので
「別にそんな事気にしなくたって、カフェは可愛いし、魅力的だから問題ねえだろ。」
「・・・そういう所です。」
直後に腿をしっぽで軽くはたかれたのがわかった。
「どういう所だよ?」
困惑した顔で答えた流にマンハッタンカフェは思わず吹き出しそうになった
「それは置いといて、そろそろベンチプレスの指導をするから手伝ってくれ、カフェがいないと支障が出る。」
流はマンハッタンカフェの手首を取るとラックとボードの前に向かった。
なぜ手首を取ったのかというと、何かの拍子に手を握り潰されたらどうしようかという警戒心と、また逃げるような動きを見せても先読みすることが出来る。
力ではウマ娘に勝てなくても経験と技術でなら多少は対応できると踏んだからだ。
そんな事をしないのはわかっているが、それでも圧倒的な膂力で抵抗されていたらどうしようもないが。
そんなこんなで流はホワイトボードをセーフティラックのついたベンチの横に持ってくるとバーをベンチにセットし左右に15kgのプレートをセットした、バーの重量が20kgなので丁度50kgとなる。
「お待たせいたしました、ここに集まられている皆様はベンチプレスについて勉強しに来たと言う事で宜しいのでしょうか?」
流は管理人というより、ジムのフィジカルトレーナー(教官)として話すことを心がけることにした。
こういうときは野郎どもだったら、どこぞの鬼軍曹モードでやれば良いのだが相手はトレセン学園の生徒でウマ娘で年頃の女の子となるとどうにも難しい、個人相手ならどうにかなるが集団であり苦手に苦手を重ねたような状況ではあった。
「ではベンチプレスの前にアップとして動的ストレッチを行いましょうか。」
『ストレッチってゆっくり筋肉を伸ばしたり可動域を広げてするやつだよね』
『それだとアップにならなくね?』
疑問としては最もだ。
「それは運動後の静的ストレッチです、動的ストレッチは動かしながら筋肉を刺激して、可動域を広げるようにするんです、私が実演しますので参考にしていただければ」
流がジャージの上を脱ぎ細身だが鍛えこまれた上半身が顕になると何故か変な声が上がった。
『ヒューッ!』
『これは静的じゃなくて、性的じゃね?』
『この管理人・・・スケベすぎる。』
『どうせならインナーも脱ぎましょ。』
流は一瞬、姉が高校時代に友人をつれて来たときに姉の部屋からやたらオッサン臭く生々しい会話が聞こえてきた時の事を思い出していた。
「なあ、カフェ、女子校生のノリってどこもあまり変わらないんだな。」
「他の学校の事はわかりませんが・・・どうかしましたか?」
「ちょっと男子校体育会系のノリはあるが、その辺のヒトの学生と一緒なんだなとウマ娘って。」
「どう思っていたんですか?」
「何というか、元々ウマ娘に興味がなかったし関わる気もなかったから、なんとも言えないな、住む世界が違うはずなのにやたらと話題が耳に入ってきてめんどくせえな位だな。」
「本当に・・・関わろうとしていなかったんですね。」
「ある意味でウマ娘はアスリートの天敵だからな。何年か前に俺からカフェに話しかけたのが例外だっただけで、トレセンで働く話がなければ、仕事以外で俺から話かけることはまず無かったろうな。」
「あの時、何故私に話しかけてくれたんですか?」
流は当然だろという顔で
「そりゃ、商店街の外れの決して治安の良くない所に迷子かもしれない奴がいるのに、ウマ娘だからって放置できる程、俺は腐ってないよ。」
「そう自分を卑下しなくても・・・良いのに。」
「卑下というか俺は、元々根暗でへそ曲がりで社交性ゼロだからな、ところでさっきから上のラッシュガードを脱げとコールが聞こえるんだがこれ脱ぐべきか?」
流自身は競技柄、人前で脱ぎ慣れているので別段恥ずかしいとではない。
「流石に女子高で脱いでしまうのはのは・・・その・・・良くないと思います。」
「全裸じゃないから恥ずかしくはないだろ、ただラッシュガードは脱ぎ難いんだが。」
そんな事を言いながら流はラッシュガードを脱ぎ初め、バキバキに割れた腹筋が露わになると、黄色い歓声があがった。
流の少し後ろで呆れた目でその光景を見ていたマンハッタンカフェは流の背中を見て
「・・・っ!流さんやはり・・・脱ぐのはよした方が・・・。」
そこへ冗談混じりに、インナーも脱ぎましょうと言い出したウマ娘が
「なんか派手なタトゥーでも入れてたの?」
「見てみれば・・・わかります。」
そのウマ娘は明らかに動揺しているマンハッタンカフェの横に立ち流の背中を見ると言葉を失った。
その背中は無数の刃物で刺されたあとにおろし金をこすりつけられたボロ雑巾としか表現出来ない程に傷だらけになっていたからだ。
ウマ娘は流の前に来るとしどろもどろになりながらも謝罪した。
「あ…えっと…ごめんなさい。」
流は背中の傷のせいで引かせちまったなと、申し訳なくなった。
「此方こそ、見苦しい物を見せてしまったようで申し訳ありません。」
流は脱ぎかけたラッシュガードを整えてからそのウマ娘に謝罪を返した。
全体にどこか気まずい空気が流れたときに、そのウマ娘を顔をみて流れはサクラバクシンオーにラットプルダウンを教えたときに質問のときに『後で筋肉触らせてください』と言ってきたウマ娘だと思い出した。
「そういえば、貴女はこの前、後で筋肉触らせてくださいと言っていた方ですよね?この前は私が書類づくりでそのまま戻ったので、なくなりましたが、どうされます?」
この空気で何言ってんだ?こいつという視線が流に集まる。流としては自分の怪我のせいで重くなった空気を何とかしようとしたのだが、目の前のウマ娘は困惑しながら。
「えっと・・・お言葉に甘えて・・・!やっぱりやめておきます!」
流の少し後ろから放たれた殺気をあびて目の前のウマ娘はすぐに離れてもとの場所に戻っていった。
流は殺気の主であるマンハッタンカフェの方に向きなおした。恐らくこんな事をしている暇があるなら、早く本題に入れということだろうと認識した。
「ああ、そんな事をしていないで動的ストレッチの説明しろって事か、というかカフェも皮下脂肪云々で俺の腕とか腹を触ってきたじゃん。」
今度はマンハッタンカフェに注目が集まり、ヒソヒソと声が聞こえる。
『意外と大胆』とか『独占欲かな?』とか『猫は狩猟動物、はっきりわかんだね。』
流はマンハッタンカフェの方を見ると顔を押さえて俯いてた
「お願いですから・・・もう本題に入ってください・・・本当に。」
「そうだな、たしかにグダグダだな、んじゃそろそろ本題に・・・」
他のウマ娘の方へ向き直った時、一瞬、流の臀部にペンチで強く摘まれたような激痛が走ったが顔には出さないように努めながら指導の説明に努めた
「まずは首から行きましょう、皆様十分なスペースを取ってください、背筋を伸ばして首をゆっくり左右に回します、続いて段々と大きく回していきますそれを10秒ずつ行きましょう。」
続いて肩を内回し、外回しと回していき肘を曲げて内回し、外回しと回していき、次に腰、足とうごかしていく
『なんだか、これラジオ体操みたい。』
「ご名答、ラジオ体操も動的ストレッチの一つです。」
『動的ストレッチと静的ストレッチって、どう違うんですか?』
「静的ストレッチはゆっくり徐々に伸ばす、動的ストレッチは動きながら伸ばしていくと思って頂ければ、わかりやすいですね。一通り終わりましたので、改めてベンチプレスの説明をしましょう。」
「ベンチプレスは、皆様も授業で習った通り、筋トレの中でも大きな筋肉を鍛える「筋トレBIG3(ビッグスリー)」種目のうち、上半身を鍛えるウエイトトレーニングです。効くところは大胸筋(胸)をメインに、三角筋(肩)、上腕三頭筋(腕)などを同時に鍛えることができます。」
流はベンチの方に近づいていくとなんかバーベルがでかい気がしたがベンチを変えるのもカッコ悪いと無視して続行した
流は展示のためにベンチに仰向けになり、頭部、肩、背中、臀部をベンチにつけ、両足も、つま先から踵までしっかりと床につけた。
「この様に頭、肩、背中、臀部をベンチにつけて、両足はつま先から踵までしっかりと床につけてください。」
流は、バーベルを肩幅よりやや広く持ちベンチからユックリとバーベルを下ろしていくが、やたら重いというかセットしたベンチを間違えていた。
この時流が扱っている重量はウマ娘が軽い慣らしで扱う150kg程で展示に使う重量ではなく流も初めて扱う自身の限界を超えた重量だったが流はそのまま続行した
「大きく息を吸い込み、腹に力を入れながらおろしていき、胸より少し上のあたり、肘が90度ぐらいになったらバーベルをまっすぐ上げていきます。」
流はバーベルを一気に押し上げるとすぐにラックにセットし直した。
「これが、ベンチプレスの基本的なやり方です。」
軽い仮眠を取って休んでいたとはいえ、ワンダーアキュートとのノンストップパンチミット打ちの消耗は激しく、そこへ扱える限界を超えた重量で行ったベンチプレスにより流の体力は限界を超えていた。
流は少しふらつく足でベンチからはなれ元の場所に戻ろうとし、数歩進むと、疲労からか視界が突如暗くなったせいで足がもつれてしまい、正面に居たマンハッタンカフェの方に倒れ込む形になってしまった。
転びそうになった流をマンハッタンカフェはとっさに、流の頭を胸のあたりでボール抱え込む様にキャッチした。
気恥ずかしさはあったが転びかけた流が怪我をしなくてよかったという安心感のほうが大きかった。
「大丈夫ですか・・・?」
「硬ってえ・・・何だこの壁・・・カフェか?すまん・・・背中に突っ込んじまったようだが大丈夫か?」
直後流の背中に強烈な平手打ちが叩き込まれ、それを見ていた周りのウマ娘は無言でベンチプレスの実践を行うのであった。
【お友達】は(膝蹴りじゃないだけ優しいな)と思いながらのたうち回る流を見つめていた。
最近ふざけすぎていたので、次回は少しはまともな話になる予定です。