ジムかん。(トレセン学園内ジムの管理人の話。 作:なっぞのひと
「・・・どうでしたか?」
自身の淹れたコーヒーの評価を聞いてくるマンハッタンカフェ。
「俺の教えたレシピ通り、酸味と甘みをしっかり両立できている悪くはないな。」
褒められて耳が動いているのがわかった。
「ただ、挽き目がやや細かいのと温度を2度下げて、一投目をもう少し減らし、二投目を増やして酸味を抑えて、甘みを強くしつつ、注ぐ回数を減らして濃度を下げたほうがコーヒーが苦手なタイプは飲みやすいだろうな。」
「ふむ・・・もう2クリックほど挽き目を荒くしても良かったですね、あとは速度や・・・ドリッパーをはずすタイミングも調整する必要がありますね。」
「バリスタの先輩として、色々批評はさせてもらったが、今のでも充分にそこらの喫茶店に負けないレベルのコーヒーだよ。」
流は難しい顔で試行錯誤するマンハッタンカフェをフォローするように答えた。
「んじゃ、ドリップじゃなくてエアロプレスだが俺の淹れ方も見せておこうか。」
流は電気ケトルの温度を82℃かつミルを粗挽きに調整すると豆を30グラムをセットして挽き始めた。
「粗挽きで30グラムで、お湯の温度も低めって・・・あまり浅煎りのコーヒーに良くないというか未抽出みたいになるのでは?」
「コーヒー好きなだけあって良い質問だな、あえて悪くしてるんだよ。」
豆を挽き終えるとエアロプレスを逆さにして、スケールの上にセットし豆を詰めながら答えた。
「あえて?」
「コーヒーは先に美味い成分が出てきて、次に徐々に雑味につながる美味しくないと言われる成分が出てくる。だから粗挽きにした30gの豆を82℃の低温で抽出するんだよ。」
「あ・・・なるほど、低温で蒸らして空気圧で美味しい部分だけを一気に抽出するんですね・・・ということは・・・お湯の量は少なめですね。」
流は120ccの湯を注ぐと10回撹拌させ30秒蒸らしてから蓋をセットしサーバーに乗せると、ちょうど湯を入れてから90秒で抽出を終えた。
「んでこのままだと味が濃すぎるからから90℃の湯で伸ばして出来上がりだ。競技会なら機械でTDS(濃度)を測るんだがきょうは目分量でいい。」
出来上がった珈琲をマンハッタンカフェ愛用のカップに移して手渡した。
「ありがとうございます。」
流から受け取った珈琲を口に含むと。
「少し酸味が立っているような気もしますが、それ以上に凄くクリアですね、ただコーヒーの持つ質感が弱く感じました。もちろんそれを差し置いてもとても美味しいですが。」
「そうなんだよ、コーヒーの質感っていうのは美味しくない成分のなかに含まれてるからな。其の上で湯で伸ばすバイパス方式を使ってるから更に質感は下がっちまうが、今の俺がシドラを・・・いや、スペシャルティーコーヒーの味を活かすのならこのやり方が一番だと思ってる。」
流はコンポーザーにコーヒーの粉を捨てた。
「ただこいつはコストが高いんだよ。豆をめちゃくちゃ使う上に今回はシドラだ。また淹れるとしたらカフェ専用だな。」
「私だけ・・・ですか?それは少しもったいないような。」
「基本的に俺が出すコーヒーは、家族が生豆を送ってくれるし、趣味でやってるからカフェテリアと違って無料で出せるが、シドラとかゲイシャの高級クラスになるとタダで出すのはちょっと難しくなるんだよ。」
「例えば・・・お金としたら・・・いくらぐらいですか?」
流はエアロプレスを洗いながら少し考えて。
「シドラやゲイシャでトレセン価格で、一杯100円、職員なら一杯500円ぐらいかな。」
「安すぎです。他の喫茶店なら2000近く取る所もありますよ。」
「トレセン価格だからな。原価回収できるならそれで良いんだよ。」
「それでも・・・元は取れていないんじゃ?」
「別に殆どの豆は俺が買ってるわけじゃないからなトントンだよ。経費で落とせばいいんだ。」
「・・・そういう物なのですか?」
「そういうもんだよ。それにそういう豆はカフェが飲むだけにしておけば、全く問題ないわけだからな。」
「お気持ちは嬉しいのですが・・・私一人で飲むのは・・・勿体無い気がしますね。」
「もったいないか?それならカフェが誰か連れてきたときに出せばいいんだが、学生の好みは殆どウマバとかのシアトル系だからなあ。仕事は丁寧で空気も明るいが、とにかく甘いから、ブラック派のカフェとは好みが合わないだろ。」
「そこは・・・私が合うお菓子を選べば・・・大丈夫です。」
「浅煎りのシドラとか酸味系のやつは柑橘類とかフルーツ系菓子が合うが、俺が作る前提で言ってないか?」
面倒くさそうに確認すると。
「駄目・・・ですか?」
「別に良いけど、菓子職人じゃねえぞ俺は。」
「でも、作ってくれるんですよね?」
ねだられると流石に弱い。
「まあな、イタリアの菓子でよけりゃ幾つか作ってやるよ。」
スペシャルティコーヒーに合うものとしてならカッサータや柑橘類を使ったセミフレッドなどのアイスケーキが合うだろうと考える。
「楽しみにしておきますね。」
どんな菓子が出て来るのかを期待しつつもマンハッタンカフェは気になったことをぶつけてみることにした。
「流さんはイタリアンバールでバリスタを努めていたのに・・・イタリア式をベースにしてるのではなく・・・タイのやり方がベースなのでしょうか?」
マンハッタンカフェの質問に流は何かを思い出したように答えた。
「俺の実家がコーヒーや紅茶の商社と喫茶店をやってるって言うのはなんどか話したよな?」
「親父はいろんなコーヒーの競技会で優勝してるから、全国からだけでなく海外からも、バリスタとしてのノウハウを学びに来る人たちが多いんだ。」
「その中にタイの方が・・・居たんですか?」
「ああ、俺のキックの先生、元ムエタイ9冠王、シンサック・バンチャーメーンだったんだよ。」
「そんな方が・・・コーヒーを学びに?」
最もコーヒーと縁遠いであろう人物が、コーヒーを学びに来たという事実に驚くマンハッタンカフェ。
「元々タイはコーヒーの人気がすごいんだよ。王室が麻薬撲滅のためにコーヒーの栽培を推進してるからな。」
タイ北部では麻薬製造や密売が盛んで、国全体に深刻な健康被害を及ぼす芥子の撲滅作戦の一環として麻薬組織を軍や警察が叩き潰した上で、北部の少数民族の生活を守るために、王室が代替品としてコーヒーの栽培を推進したのがきっかけで、その効果は絶大で現在タイでの麻薬栽培は全滅状態になっている。
「それでな、シン先生が強すぎてタイで試合が組まれなくなって、日本に来て試合のあとに日泰交流イベントでムエタイショーにピンチヒッターで入ったんだって。」
「試合の後にイベントに出るって・・・怪我とか体力は大丈夫なんですか?」
「ノーダメージだから余裕だったってな、俺もそうだけどダメージなければ一週間で出たりするからな、でないとアマチュアで100戦以上したりプロで50戦もできねえよ。」
「私達はレース一つでも・・・一月以上は休むことがあるほどに・・・消耗するのに。」
「消耗しない身体の使い方や技術があるんだよ。後は競技特性が全然違うからな、話戻すぞ。」
「はい。」
「そのイベントで親父がタイのコーヒーの試飲会やってたんだ、タイの豆をベースにしたブレンドを使って競技会でJBCCとWBCCのハンドドリップ部門とエスプレッソ部門で入賞してるから、タイ政府からイベントに招待されたんだ。」
「凄い・・・競技会の・・・最高峰ですよね。」
「まあな俺の実家に来たら親父からレクチャー受けられるぞ。そこでショーを終えたシン先生に親父がねぎらいで
「あれ?流さんのお父様がコーヒーの先生なら・・・タイ式じゃなくてイタリア式では?」
「シン先生自分で、エスプレッソが好きで賞金でマシンを買って淹れまくるぐらいだから基礎は出来ていたし、純粋なやり方は世界中どこでも変わらないよ、文化による味の好みが違うってだけで。」
流は練乳を取り出して。
「イタリアでは珍しいが、タイは甘くて濃い味が好きだから、こういうコーヒーが好まれるんだよ。後はフレッシュジュースと混ぜたりとアレンジが大半だからな、豆自体もそれがよく合う」
「ではタイの豆は・・・ブラック向きではないんですか?」
「ドイトゥンコーヒーの深煎りは俺がハンドドリップで飲んだ中で最も美味いコーヒーの1つだよ。基本的にエスプレッソ中心の国はストレートで飲まないし、世界中でコーヒーをブラックで飲むの文化が出来たのはサードウェーブ辺りだから、まだまだ珍しいよ。」
基本的にコーヒーは苦いエスプレッソは特に。
「因みにその時に当時5歳ぐらいだった俺は、コーヒーの住み込み修行に来たシン先生から中学生ぐらいまでずっとほぼ毎日ムエタイやタイ語とか料理とか色々教えてもらったんだ。」
「料理をご自分でつくる人だったんですか?」
「タイの人ってほとんど外食だから自炊をする人が少ないんだけど。ムエタイの選手は大体が寮ぐらしだから自分で料理作れる人多いんだよ、料理も趣味だし腕もいい、俺も作ってもらったよ」
「それで・・・カオニャオマムアンを作れるんですね、あと気になったのですが・・・流さんはなぜムエタイを?」
流は少し考えてから
「正確にはs所属がキックジムだから、キックボクシングなんだけど、最初に習ったのはムエタイだからまあ良いか、当時シン先生が来た頃の俺は気性が荒くて、すぐ喧嘩したりするのを見かねた親父がシン先生にムエタイで心を鍛えてやってくれと無理やりやらされたんだ。」
「無理やりだと・・・辛く・・・なかった・・・ですか?」
「親父からのコーヒーのため地獄みたいな英才教育の中でいい気分転換だったし、シン先生が褒めてくれるから楽しかったし、俺の練習相手を探す為に、実家の近くのキックジムに選手兼トレーナーとして入ってくれたし、俺はシン先生がタイに帰った後も続けて上京してプロになったからな。」
「流さん・・・先生のことが大好きだったのですね。今先生は何をされているのですか?」
「最近都心にも出店してきた、タイのコーヒーチェーン、カフェ・ジャングルって知ってるか?」
「はい・・・タイ最大手のコーヒーチェーンでしたね。私は行ったことがありませんが。」
「行ったことがないなら、チェーン店だがタイの豆やドリンクを出してるしフードやスイーツも充実してて何より安いし、電車で行ける距離だから今度一緒に行くか。」
「それは・・・デートの・・・お誘いですか?」
流は少し考えてから右手で顔を抑えながら少しだけ困ったように。
あ、照れたと思ったがマンハッタンカフェは口に出さなかった。
「あー・・・そういうことになるか、ついでに生豆や他の道具も買いに行くかジャージとTシャツ以外の服を用意しねえと。」
マンハッタンカフェがクスクス笑っているのを見て流は冷静になった。
「話戻すとシン先生は、今タイでそのカフェ・ジャングルのバリスタ部門と品質管理の統括責任者をしながらバンコクでムエタイジムとバリスタの養成学校作って精力的に活動してるよ。」
「バリスタとして大成功・・・されたんですね。」
「ああ、バリスタとしてはタイのトップだからな。ちなみにシン先生の奥さんは俺の実家でホールスタッフのバイトしてた人だから、そのおかげで時々日本に戻って来るし、俺の大事な試合のときは来てくれてたし、タイ行くときはシン先生の所だし、ずっと交流はあるよ。」
流は壁の時計を見ると。
「ちょっと話しすぎたな俺は日課で軽く走ってくるけど、カフェはどうするんだ?」
「私は・・・休養中・・・ですので、一度寮に戻ってから・・・ユキノさんとカフェテリアで朝食を取る予定です。」
「そうか、一緒に出ようか。」
流はマンハッタンカフェと出入り口の前まで来ると
「んじゃ、イタリアとフランスの挨拶で別れるか。」
「どんな・・・挨拶なんですか?」
流はマンハッタンカフェ抱き寄せてからの彼女の左右の頬へ交互に自分の頬を一回ずつ、チュッと音をたてた。
「こんな感じだな、授業が終わったら適当な時間にコーヒーでも淹れに来ると良い。」
赤面したまま硬直するマンハッタンカフェを置いて流はそのままラントレに向かっていった。
因みにその一部始終はトウカイテイオーとマヤノトップガンの二人に見られていたが、マンハッタンカフェの尋常でないレベルの殺気の込められた視線に圧倒され、二人は何も見なかったことにした。
ちなみに流の母方の祖母はフランス人とイタリア人のハーフだったりする。
次回、ラントレに坂路は辛い、無理やり食っても内蔵に負担かかるだけで、あんまり太らないの予定です。
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