ジムかん。(トレセン学園内ジムの管理人の話。 作:なっぞのひと
いつものように軽いアップを終えて、ダートコースの隅で流は800mインターバル走の為の準備に入っていた。
動的ストレッチをこなしながら入念に足首の動きを確認する。
ウマ娘と違って人は靴に蹄鉄をつける事がなく、ウマ娘程足首が強くないので、硬い芝のコースを走ると地面の反発が強く、体が浮いて滑りやすく転びそうになる。
それ故一種のバランストレーニングや体幹トレーニングとして誰もいない時間帯に、毎日800メートルダッシュを10本行っていたが、試合が決まった今転んで怪我をしてもどうにもならないので、ここ数日は反発が少なく転ぶリスクが少なく足首をしっかり使うことが出来る、ダートコースを走ることにしていた。
1分3分でタイマーセットしたスマホを装着し、スポーツ用骨伝導ヘッドホンをセット着けると、タイマーが鳴ったと同時に走り出した。
最初の3本は当然余裕でクリアする4、5本目まではまだ体力に余裕がある、6本目からは流石にスタミナが落ちてくるがペースは維持できるが、8、9本目はスタミナが切れかかるが3分で走れるようにペース上げていく。
10本目は精神もスタミナも疲労もあるが、全力でダッシュすることでぴったり3分で走りきった。
そのまま休むと動けなくなりそうなのでゆっくりとスピードを落として歩きながら呼吸を整えつつジョグでクールダウンに入る。
「あー・・・ゲ◯吐きそう」とかぼやきながら、ゆっくりとしたジョグを続けていると横から。
「コラッ、そこのキミ!コースはウマ娘専用だぞっ!」
「 あ゛?」
疲労と不意を突かれた事からから思わず素で返す流だったが、その声の主はウマ娘だった。
その背はウマ娘と言うか女性にしては比較的高く、中性的な顔立ちに腰まで伸びた髪、右耳のそばに緑と白のラインの入ったリボンをあしらった小さなシルクハットのようなアクセサリーを付けていた。
流の不機嫌そうな顔も意に介さず、そのウマ娘は笑いながら
「な~んて冗談、ヒトにしてはすごいスタミナと速さでダートを走ってたから、何してるのか気になっちゃってつい声かけちゃった。」
「見ての通りただのトレーニングですよ、レースのための物ではないですけど。」
流が事務的に答えるのに対し、そのウマ娘は。
「それは見てわかるけど、そんな他人行儀で話さなくてもいいじゃん。」
「一応職員というか学園スタッフですし、貴女は初対面の他人ですからね、礼儀はわきまえますよ。」
「え~キミ、アタシが話しかけたら、いきなりあ゛?って喧嘩腰だったよね?怖い顔で」
誂っているのか本気で言ってるのかわからないが、流は淡々と対応する事に努めた。
「酸欠で頭が回らなかった上に不意を突かれて素が出ただけですからね。」
「ならそのまま、素で行こうよ。」
「それはお断り致します。」
そのウマ娘は少し考えながら。
「君、周りから、頑固とかめんどくさいとか、言われたりしない?」
「お互い様です、【敬語を使え、使わない】なら分かりますが、【敬語を使うな、使う】ですからね、こんな事互いに時間の無駄でしかない。」
「時間のムダだと思うなら、キミが折れれば良いんじゃないかな?」
目の前のウマ娘が折れる気はなく此方が折れるまで意地でも続けるだろうと流は判断した。
「ハァ…これでいいか?俺としては敬語の方が話しやすいんだけどな。」
「うん、さっきの心のこもっていない、敬語よりずっといいね!キミのそのそれは優しいけど明確な拒絶だから。」
ウマ娘はカラッとした笑顔で流に答えた。
「負けたよ…で君は?」
「相手に名前を聞くときは、まず自分からって言いたいところだけど、アタシから声掛けたんだしね。さすがに筋が通らないか、アタシはミスターシービーだよ。」
「ご丁寧にどうも俺は蒼真、この学園のジム管やってる、宜しくミスターシービーさん。」
ミスターシービーは蒼真という人物が自分をさん付けで読んだとき、もう少しフランクに行こうと言おうとしたが、これ以上はこの男の譲れないラインを越えてしまうと思い留まった。
ジム管と聞いてミスターシービーは何かを思い出そうとしていた。
「ジム管…ジムかん…あー!皐月賞で勝ったジョーダンの怪我治すの手伝ってたって噂のフィジカルトレーナー!ってキミなんだね。」
「ああ俺だ。だが、一時的に走れるように協力しただけで、治ったわけじゃない。」
「でも走れるようにしたんでしょ?」
「原因の一つである足の歪みを調整して、トレーニングプランを提供しただけだ。勝ったのはトレーナーとトーセンジョーダンさんの技量だよ。それに結局残りのクラシック三冠は休養に当てることになっちまったからな、なんとも言えん。」
「それでも、ジョーダンは喜んでたし、出走を取りやめさせられてたら走るの辞めてたと思うよ。」
「そうか。俺はレース側の人間じゃないから、怪我の状態見てあの程度なら何とかなると。判断した。」
「やっぱりね。走ってるときの脚の使い方がレースのそれじゃなくて、別のスポーツのトレーニングみたいな感じだったし、キミの体つきも走る人のそれじゃないもん。その顔の傷跡からすると殴ったり蹴ったりするスポーツかな?」
「まあ、そんなところだよ。俺らの怪我は打ち身に切り傷、捻挫に肉離れや骨折は当たり前だからな、【爪を駄目にすることもよくある】。トーセンジョーダンさんの爪は完全に裂けていた訳じゃないから、皐月賞を走れるようにするだけならなんとかなる。それでも勝たせるとなるのぶっつけ本番の付け焼刃だから焦ったけどな。」
それを聞いてミスターシービーは笑い出す。
「クラシック三冠だよ?ぶっつけ本番でなんとかなるもんじゃないし、入念に準備しないと走りきれるもんじゃない、それも、最も速いウマ娘が勝つ皐月賞で。」
「俺はレースに興味はないし、クラシック三冠どころかの皐月賞の価値も知らん。ただ怪我を悪化させない事と後悔せず無事にレースを終えられるように、フィジカル面の指導をしただけで、勝ったのは本人の実力だ。誰が相手でも俺の指導する事は怪我をさせないことだよ。」
「なるほどね、勝たせることじゃないんだ。」
「俺が理事長から依頼されたのは、怪我の予防と早期復帰のためのフィジカルトレーニング指導だから、レースの結果自体に興味はない。」
「でもどうしても怪我する娘は出るよね?」
「それなら、怪我する前より強くなるようにすればいい。」
「できるの?例えば、アタシより速くとか?」
流はミスターシービーを見て即答した、相当に強いのはわかっている。
「そりゃ、当然可能性はある。スポーツ科学やトレーニング法は日々進化しているし、俺は別競技だが指導者としても長いし選手としても学園のどの生徒よりも長い。」
「へぇ、楽しみだな。よし、決めた!」
突然どこかへスマホをかけ始めるミスターシービー。
「トレーナー!アタシ、トゥインクルシリーズ引退して、ドリームトロフィーリーグに行くって話してたけど、あれやっぱり無しにするね…うん…うん、ちょっと面白い事が起こりそうな気がするんだ。だからもう少しだけね詳しくはアタシんちで話そ。」
電話が切れるのを見計らって
「あれ、学生寮は部外者立ち入り禁止じゃなかったのか?」
「アタシは一人暮らしだからね。トレーナーなら別に問題ないでしょ?ところでさ、キミ、普通の娘でも強くできるの?」
「なるほどな。もちろん本人とトレーナーから頼まれれば指導はするよ。フィジカル面だけになるがというかそっちの方がらくだ健康にこしたことはない。」
「そっか、楽しみになってきたなあ、走るの。」
「嫌だったのか?」
「アタシね、クラシック三冠バなんだ。」
「ほう、そりゃ凄い。」
三冠バと聞いてもナチュラルな流に思わず吹き出しそうになるのを抑えるミスターシービー。
「キミ、本当にレースに興味ないんだ。皆驚いたりとか恐縮したりとか、寄ってきたりとか、凄いリアクションするんだけど、こうまであっさりだと逆に新鮮だね。」
「興味はなくても、君が強いのはわかってたから、別段驚く事でもない、それを言うって事は退屈してたのか?」
「アタシは自由に走りたいだけなんだよね。それで仲間と競い合って熱いレースがしたい。でも強くなりすぎるとそれも叶わなくなるんだ。みんな道を諦めていくし、ならこのままドリームトロフィーリーグの方でいいかなと思っていたら、目の前のヒトが当然のようにアタシに勝てる娘を育てられるって言うもんだからさ、もう少し続けたくなっちゃった。」
「フィジカル面だけならな。他の事は知らないし、そこは本業のトレーナー次第だし、俺に協力を求めるかだから、期待はしないでくれ。」
「そう?でも楽しみにしてるよ。ジョーダンの事でキミに手伝いを頼むヒト多そうだし。」
「それは困るな・・・試合近いし。」
「それで全力でダートを走ってたんだ。でもキミの走り方だと足首が砂に食い込んで走りにくそうだったけど芝じゃ駄目なの?」
「芝は固くて滑るから全速力だとヒトには走りづらいんだよ。とは言えダートは柔らかすぎて踏み込みが悪い。」
「うん、それなら、この先にあるオールウェザーを使ったら?気持ちよく走れるんだけど、アタシ達ウマ娘には負荷が軽すぎて、怪我明けや不安のある子がリハビリに使うことがあるくらいで、実践的じゃないから練習にはあまり使われてないけど、ヒトの脚なら十分な負荷をかけられるし、キミの走り方と走る目的には一番効果があると思う。」
「オールウェザーか・・・試してみるか、ありがとう、なぜ俺に教えてくれた?」
「面白い話をしてくれたからね、そのお礼。」
「そうか、グダグダだったとおもうが。」
ミスターシービーは少し考えてから。
「後これは、言うべきか迷ってたんだけど・・・ウマ娘の目と耳の良さを甘く見ないほうが良いよ。アタシみたいに学園から離れた家とかそっちのほうがオススメ。」
「?。そうか」
「アタシはもう少しさんぽしてくるけど君は?」
「一旦ジムに戻って朝食の時間までフィジカルトレーニングと管理人業務だな。」
「頑張ってね。」
「おう」
軽く挨拶を交わすとミスターシービーと別れジムに帰っていった。
帰った後、トレーニング仲間を連れてきたトーセンジョーダン一行の為にフィジカルトレーニング指導をすることになるのだった。
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