ジムかん。(トレセン学園内ジムの管理人の話。 作:なっぞのひと
タイ・バンコク バンチャメーンジム
「ヌン!ソーン!サム!シー!…ペッ!ヌン ローイ!オツカレ!ニコラ」
朝の練習の仕上げである5ラウンドのミット打ちの後の左右の100連蹴りを終えたニコラ・ベルナールはクタクタになっていた、完全に息が上がってしまい声が出なかったので、ジェスチャーでトレーナーに謝意を伝えた。
兎に角タイは暑い、アップそのものは軽くていいのだが、しっかり水分を取らないと脱水でやられそうになる。
「お疲れ様、ニコ」
同じジムで練習している黒髪の幼い顔立ちをした大人しめの日本人がミネラルウォーター入りのペットボトルを差し出してきた。
「ありがとう、アカリ。」
彼の名は鬼丸燈。
日本のアスリート界における最強の一族に名を連ねる一人で日本のキックボクシング界で素晴らしい戦績を残し現在は東南アジアを拠点とする格闘技団体1STと契約し連戦連勝で現在タイトル戦を控えている。
ちなみに、鬼丸は名字ではなく所属するジムである鬼丸ジムから取ったものだ。
「日本で試合が決まったんだよね、それも流と。」
「ああ、強い日本人だと聞いてる、君に勝つぐらいだからな。」
「流はサウスボーだから手数は少ないけど、一撃の精度が普通じゃない、その中でも蹴りと肘打ちが飛び抜けてる。ニコに勝機があるとしたら蹴りを防いで首相撲になる前にボクシングで勝負を付けるのが一番いいかな、ニコはサウスポーは得意でしょ?」
「ああ、やり方は心得てる。」
「じゃあ、僕がセコンドに付く必要はないね。」と優しく微笑む鬼丸。
「そりゃないぜアカリ、こっちは、モンジューの奴にソウマをぶっ飛ばして連れて来いって言われてるんだ、何としても勝たなきゃならない、それにはお前が必要だ。」
ニコラの真剣な眼差しに鬼丸は苦笑しながら
「わかってる。君のボスにはタイで試合組んでもらったし、今の契約もボスがオーナーを紹介してくれたからだからね恩は返すよ。」
ペットボトルに入った水を飲みながら穏やかに返していく。
「確かモンジューってボスの娘だよね?流の奴、何をしたのかな?」
「さあな、この前LANEで話した時はソウマにブチギレてたな私の前に連れてこいって。」
ニコラの試合に関しては対戦相手が選びが難航していたらしく、ZENOのオーナーが追加でボスに紹介した選手が蒼真流でその写真を見たモンジューが彼にしろとボスに訴えたということぐらいである。
ニコラから見てモンジューは我が強く傍若無人で近寄りがたいイメージを持たれるが、実際は真面目で面倒見もよく後輩からも慕われ、自身も努力を怠らない真の才女だ。
そんな彼女が冷静で居られなくなるほどの人物というのも気になったし、ブランク明けの復帰戦で自分とやってもいいという傲慢さを叩き折ってやりたいという気持ちから、オファーを受けたが、その後ソウマが歴代最強と言われたタイの王者でこのジムのオーナー、シンサック・バンチャメーンが10年近く技術を叩き込んだ最初で最後の弟子と聞いた。
更に目の前に居る鬼丸やZENOライト級王者でキックルール世界最強の一人と言われる天川に勝ったことがあると聞きその幸運を喜んだ。
「僕もタイに来たとき彼女に何度か会ったことあるけど、流によく懐いてたね、流は顔だけは凄く良いし、素行は悪いけど人柄は優しいし面倒見は良いからね。」
鬼丸はスマホの画面から蒼真の昔の写真を見せてきた、そこには刀を思わせる空気を纏う美少年が写っていた。
「確かに東洋のミステリアスな美男子だな、ウマ娘って割と面食いなのが多いからな、そりゃモンジューも気にいるよな、羨ましい限りだぜ。」
「流石にそれは偏見だと思うし、君は選手として人気あるけど、いつもウマチューブで試合先や練習先で現地の女の子とデートする動画上げてるじゃないか。」
「バ鹿野郎、日中オンリーでご飯までだ。そこは弁えてるよ。」
真顔で返すニコラに鬼丸は若干引き気味になりながら
「そういうところは真面目だよねニコラ。あとご飯食べにいかない?練習明けだし軽くなにか食べたいからさ。」
「そうだな、近くの屋台で
「空芯菜炒めもつけようか。」
「アカリは空芯菜炒めが本当に好きだな。」
「あの味がたまらないんだ。」
二人は、一旦話を切り上げてシャワーを浴びるとジムから出て近くの公園の側の木陰にあるいつも利用しているぶっかけ飯の屋台についた。
ここは
ニコラはガパオにもやし炒め、空芯菜炒めに豚皮のカリカリ焼きに唐揚げとご飯が見えなくなるくらいに丼に乗せていく。
鬼丸はガイヤーン(焼き鳥)トートマンクン(エビのすり身揚げ)ガパオ、空芯菜炒めにした。
「で、ソウマとは連絡取ってるのか?」
ぶっかけ飯を頬張りながら鬼丸に質問する
「昔からアマチュア大会の予定かタイ合宿のジムを決めるぐらいでしか連絡は取らなかったね、僕とのタイトルマッチが決まってからここ4年近く直接は連絡取ってないね、タイに来た時はジムが被ったら一緒に練習したりご飯食べたりはするけど。」
「それは、滅多にない事じゃないのか?」
「タイで練習する時期も場所も僕と流は大体同じだからね、偶然こっちで会うことのほうが多いよ。僕も普段はシンガポールの契約先がやってるメガジムでインストラクターしながら練習してるから、流は日本が拠点だし、場所も違うし時差もあるから都合が合わないんだよね、此方で偶然あった時に話せばいいかなって。」
「俺の対戦相手だから、あんまり言いたくないんだが、アカリから連絡取ってやっても良いんじゃないか?」
「そうかな?今回は君のセコンドに就くから、それまではね。君の試合が終わってからにするよ。」
「そうか、俺があいつをボコボコにした後、慰めてやりな。」
「そうさせてもらうよ。」
偶然というものは、急にやって来るもので鬼丸のスマホにLANEのビデオ通話の着信が入って来た。
それは鬼丸の従妹にあたるウマ娘ドゥラメンテからのものだった。
「ビデオ通話とは珍しいね、ドゥラ。トレセンの方はどうしたんだい?」
『ああ、今は昼休憩中だ、燈大丈夫か?』
「僕も朝の練習が終わったから大丈夫だよ。普段はメッセージなのに珍しいね、どうしたんだい?」
『久々に顔が見たくなったのと、話したいことがあって』
鬼丸がどうしたんだろうなあと、思っていると快活そうなダミ声のウマ娘が乱入してきた
『この方がこの前ドゥラメンテさんが、お話しされてた従兄弟のキックボクサーさんですねドゥラメンテさんによく似てらして、まるで御兄妹みたいですわ!』
「ドゥラ、こちらの快活そうなお嬢さんは?」
『同じ中等部のカワカミプリンセスだ。』
「カワカミさんだね、ドゥラと仲良くしてくれてありがとう、ドゥラをよろしくお願いします。」
画面越しに会釈すると、カワカミは驚いて深々とお辞儀を返してした。
『この方本当に王子様みたいな人ですわ、管理人さんはきれいな顔立ちをしていましたけど、ヤクザ堕ちした王子様みたいでしたけど。』
誰かわからないけど、ひどい言われ方をされている人がなあと思っていたら、ニコラが声をかけてきた。
「アカリ、日本語だからよくわからないが、女の子と話してるのか?俺にも挨拶させてくれよ。友達だろ?」
「ああ、従妹とその友達だね、変なこと言わないでよ。」
ニコラは鬼丸からスマホを受け取ると
「Bonjour, je m'appelle Nicola et je suis une amie d'Akali.」
『ボ、ボンジュール…』『ボンジュール?』
画面越しに髭面のゴツい白人から突然別の国の言葉で話しかけられてカワカミとドゥラメンテ固まっていた。
「ニコラ僕と話すときみたいに、せめて英語にしないと、流石にフランス語は彼女たちはわからないと思うよ」
「そうか、よし簡単なニホンゴで行こうか。」
ニコラは深呼吸して
「コンニチハ、ワタシ、アカリのトモダチ、ニコラ、フランス人デスヨロシク。」
『カワカミプリンセスです』『ドゥラメンテです』
「フタリトモレースガンバッテ!マタネ。」
本当に挨拶だけだったと思いながら、鬼丸はニコラからスマホを受け取った。
「替わったよドゥラ。話があるんだったよね?」
『最近学園のジムの管理人が、お爺さんから別の若い人に代わったんだ。』
「そうなんだ、怖い人だったりするのかい?」
『顔は凄く綺麗なのと同じ位鋭くて怖いし、かなり変わり者だけど優しい人だ。』
「それはよかった。」
「フィジカルトレーナーの資格を持っていてなおかつ、キックボクサーとも言ってた、今度クロストレーニングとしてキックボクシングの基礎を教えてくれると。」
鬼丸は若干思い当たる事があったが、一旦頭から外すことにした
「キックボクシングは全身運動だから、レースでの走りに役に立つことが沢山あるだろうね。」
『カワカミが言ってた伝説の選手、横嶋篤士と引き分けたり、燈兄に勝ったというぐらい強い人みたいだから、為になると思う。』
頭から、外していたことが疑念に変わった。
「ドゥラ管理人さんって、蒼真って名前だよね?」
『ああ、燈兄と友達とも言ってた。』
鬼丸が知っている限り、蒼真は高校生の頃からイタリア最大手のバールチェーンの日本1号店で働いており、バリスタを努める程に腕の良いバリスタだったし、ウマ娘というかURAに良い印象を持っていない感じだったのでトレセン学園で働いているのは意外だった。
「まさかトレセン学園で働いてるとはね、彼はどんな様子だい?」
『元気だとは思うし、問題を起こしてしばらくジムの掃除をすることになったんだが、掃除の度にお菓子を出してくれる、甘いコーヒーとかマンゴスチンを出してくれた、昔タイのお土産にマンゴスチンを持ってきてくれなかった燈兄を少し恨んだ。』
「いや、マンゴスチンを機内に持ち込んだら密輸になって税関に捕まるからね!?というか沢山マンゴーグミあげてたよね!?」
「ああ、あれはとても美味しかった、また持ってきてほしい。」
「わかった、次日本へ戻ってくる時はグミを沢山持ってくるよ。」
『楽しみにしている、それと驚いたのが…高等部のカフェ先輩にいきなりプロポーズしていた。』
「えっ?」
何をしてるんだあいつはというか、モンジューとは僕と同じように何年も連絡してなくて、それで彼女は怒っているんじゃないか、などと頭の中で考えが浮かんできてまとまらなくなってきた。
このまえドゥラがメッセージで今週末がトレセン学園ファン感謝祭と伝えてきていた、日本へ行って流の奴を問い詰めなければ。
「ドゥラ、週末はファン感謝だったよね、僕も遊びに行くよ。」
『え、良いのか?燈兄はタイにいるんじゃないのか?』
「ここは空港に近いし夜の飛行機ですぐだからね、今から準備すれば、明日の朝には日本に着くよ。」
『そうか、楽しみにしている、私のトレーナーや紹介したい人たくさんいるんだ。』
思いの外嬉しそうにしているドゥラメンテを見て鬼丸も嬉しくなった。
「僕も楽しみにしてるよ、またね。」
『ああ、また』
挨拶を済ませてスマホの通話を切る。
「どうした?アカリ、ちょっと機嫌が悪そうだが?」
「ニコラ、今日の午後練が終わったら、日本に行ってくる5日ぐらい。」
「別にいいが、いきなりだな、どうした、オーナーには言っておくが。」
「旧い友人に会って、問いつめてくる。」
「ああ、そりゃあ良いが殴ったりするなよ、俺の相手なんだからな。」
「わかってる、荷物だけ軽く整理してくるよ。」
鬼丸は自身とニコラの食事代を差し出すと、滞在するホテルに戻っていった。
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