ジムかん。(トレセン学園内ジムの管理人の話。 作:なっぞのひと
チムチュムという鍋はタイ東北地方イーサーン発祥の鍋料理で小さめの土鍋に豚骨とナンプラーをベースにしたスープにレモングラスや生姜、コブミカンの葉、玉ねぎに煎った唐辛子を入れた、ハーブの香り漂う鍋で、しゃぶしゃぶのようにスープに肉をくぐらせて辛いつけダレをつけて食べる。
使う肉はしゃぶしゃぶのような薄切り肉だけでなく、モツ鍋に使うようなホルモン類も入れたりもする。
入れる野菜は、長ネギ、榎茸、椎茸、痘苗、長ネギ、バジル、メインの野菜として空芯菜を加える。
この空芯菜、タイ料理には欠かせない野菜で流の大好物でもあり、自炊するときは手に入るなら必ずと言っていいほど、料理に空芯菜を加えている位お気に入りだ。
このトレセン学園の畑が三女神の加護で土壌が異常な程に肥沃で野菜が早く育ち、なおかつ季節を選ばない土壌で有ることを聞いた流はリーダーとして畑を管理しているカツラギエースに頼み込み、収穫の約八割を学園に寄付すると言う条件で、空芯菜を育ててもらっている。
この空芯菜、スーパーフードと呼ばれるに相応しい栄養価が非常に高い野菜で空芯菜をスムージーにした捕食があるウマ娘の助けになるのだが、これは少し先の話になる。
ジムの隣のスペースに適当な机と椅子を2グループ分配置し、その上に土鍋をおいてハーブを入れた乳白色のスープを煮立て始める。
チムチュムに使われる土鍋はモーディンと呼ばれるスープ用の鍋で鍋というよりは壺に近い形をしている。
見た目より深くスープも多く入り、肉も野菜もよく煮立つ。
流は2つの鍋にモツ類と野菜を入れていき煮立てていく。
「随分と・・・変わった香りのスープですね。」
空芯菜を手で千切りながらスープに投入していくマンハッタンカフェ。
彼女が先ほど流から預かった財布は大事に懐にしまっていた。
その財布は紙幣とカード類で分厚く重かった。
緊張していたのでなんの脈絡もなくいきなり渡せと言ってしまったときは、流石に怒られると思ったが、わかったと簡単に渡された時は本当に驚いた。
なぜ簡単に渡すのかと聞いたら「カフェが変なことしないのはわかってるし、仮にも結婚してくれといった相手に財布を渡せないのはだめだろ」と返されたので、気恥ずかしくて頭が痛くなる。
行動も思考も世間一般からズレているなと思いながらも、そこまで悪い気は腹も立たないのは外見に似合わず行動が幼く其の上でストレートだからだろう。
ただ何故このタイミングで鍋を作っているのかよくわからない。
それはそれとして、流のチムチュムを作る手伝いをするのはめんどくさいが一緒に作るのは楽しくもあった。
当の流は肉を入れたクーラーボックスの横でチムチュムの唐辛子ベースのつけダレを作っていた。
「よし、タレもできたな」
真ん中に生の卵黄のせた薄切りの肉を乗せた皿を鍋の隣におけば準備は終わりである。
「カフェ、できたから向こうで格ゲーやってる葛城さんたちを呼んできてくれ。」
マンハッタンカフェに葛城達を呼びに行かせて待っていると。
クソでかい腹の音が聞こえた。
音の方を見ると長い銀髪いや芦毛というのか、流はウマ娘の髪の事など知らないが、ウマ娘が鍋を食べたそうに見つめていた。
そのウマ娘の事は流でも知っていたというか、最近までの流の下宿先の叔父の店、【焼肉のそうま】の常連客、オグリキャップだ。
重賞レースの祝勝会の度に来ていたこともあり、たまたま仕込みの手伝いしていた時に何度か見た事がある。
「どうされました?」
「うむ、キタハラ…いやトレーナーとここでトレーニングするので待ち合わせていたら、嗅いだこともない鍋のいい匂いがして…」
「そこでお腹が空いてしまったと。」
「ああ、さっきまでは平気だったんだ、でもこの時期に鍋は珍しいから食欲が湧いてしまって。」
「なるほど…もう一人分用意しますか。」
「へ?良いのか?それは流石に・・・申し訳ないというか、催し物に割り込んで食べさせてもらうのは・・・」
いきなりもう一人分用意すると言われたオグリキャップは戸惑っている。
「良いですよ、肉も野菜も使い切ってしまいたいので。」
「そうか…それなら、お言葉に甘えさせてもらおう」
オグリキャップがワクワクしながら適当な箱に板を乗せた簡素なテーブルに付くと、流は適当に青マンゴーと海老をすり潰したつけタレを差し出した。
「これは、果物とソースみたいだけど合うのか?」
「前菜の青マンゴーです、タイだと熟してない酸味のあるマンゴーにタレを漬けて食べる文化があるんです。」
オグリキャップは青マンゴーにタレをたっぷり付けて、口に含むと口の中に広がる酸味とタレの甘辛さがたまらない。
「これはなんというか、初めて食べる味だがとても美味しいな、こういう食べ方を知っているということは君はタイの人なのか?」
「いえ、私は日本人ですよ、イタリアとフランス、あとドイツの血も混じっていますが。」
「タイ料理に詳しいからタイの人だと思ったけど日本人なのか。」
「私の家は喫茶店なんですけど、世界中からコーヒーの淹れ方や焙煎の仕方を習いに来るんです、その中にタイの方が居てその人から色々教わったんです。」
「タイの人ってコーヒーを飲むイメージはあまりないんだけど違うのか?」
「コーヒーと言えばヨーロッパとか白人が飲むイメージはありますが、タイは王室主導でコーヒーの栽培をやっている生産国ですから、独自のコーヒー文化ができていて、バンコクには屋台を含めれば、かなりの数のコーヒースタンドがありますし、タイ国内ではウマバに匹敵する規模のコーヒーチェーン店がありますね。」
タイは麻薬撲滅のために王室主導で芥子の代替植物としてコーヒーを推奨し政府が高く買い取ることで麻薬が激減した、殆どが自国で消費されるため輸出量は非常に少ないが、味は素晴らしく流の父は日本のバリスタ大会でタイの豆を使い優勝している。
「なるほど、どんなコーヒーなんだ?」
オグリキャップは海老タレをたっぷり漬けて青マンゴーをかじる
「暑いってのもあるんでしょうけど、エスプレッソという濃く出したコーヒーに冷えた牛乳と練乳とガムシロップを入れたチョコレートのような甘さのある良いコーヒーですよ。」
「それは、是非飲んでみたい。」
「ここに材料と道具がないので今度ジムで作りますよ。」
「コーヒー事を習いに来たって事はタイの人は料理人なのか?」
「いえ、料理人ではないですよ、ムエタイっていう格闘技の選手でタイ国内9冠王者で、他にもヨーロッパや中国でもキックボクシングの複数の立ち技団体の世界王者になった人です。」
「それは凄いということはわかるんだが、競技が違うからよくわからない、レースで例えてもらっても良いだろうか。」
オグリキャップはいつの間にか青マンゴーを食べ終えていた。レースに詳しくない流は知識を総動員して答える
「レースでいうなら、無敗でクラシック3冠とトリプルティアラをすべて制覇してその上でジャパンカップや有馬記念、天皇賞を秋春連覇して、芝ダート問わず複数の海外レースを制覇し更に凱旋門賞も勝利するようなものです。」
オグリキャップはレースで例えてもらい納得したのか。
「凄いヒトがいるものなんだな、でもそんなお金を稼いでいそうな凄いヒトでもご飯は自分で作るのか。」
「ええ、ムエタイのジムは日本で言う相撲部屋みたいに、住み込みの集団生活ですから、自己管理も兼ねて自分でご飯を作ることが出来る選手も結構居ますよ、彼は趣味と面倒見の良さから子供の選手にもご飯を作ったりもしていたので腕が良いんです。」
「なるほど、自分で作れるのは良いことだ私も作れるようになったほうが良いんだろうな、ところで子供ってどのくらいの年齢からやるんだ?」
「ムエタイは年齢制限がないので、早い子は5歳とか6歳でデビューしますね。」
オグリキャップはかなり驚いたのか
「そんな歳でデビューして大丈夫なのか?」
「安全はしっかり管理していますし、基本的に賭けの対象なので防御を重視して派手に殴り合うことは、そこまで多くありませんし、勝敗が明確なら後は流すので、体へのダメージは思うよりも少なかったりしますし、ヒトによっては、月1月2どころか毎週試合して中学生になる頃には150戦を超える子も珍しくないですから。」
「すごいな、そんなペースで実戦は私には無理だな、回復が追いつかないからコンディションが維持できない。」
ヒトは総合的な身体能力はウマ娘に敵わないが、鍛え上げたアスリートの中にはウマ娘を上回る頑健さと回復力を持つものも居る。
「頑丈でないと食べていくことはできませんからね、必然的にそういった体が強く防御に優れた選手が生き残ります。」
「君もそうなのか?」
「ええ、私もプロアマやタイの公式戦を合わせると170戦程やらせて頂いてますね、私がなぜ格闘技をやっていると?」
「競技に凄く詳しいのと、身体つきと地面に吸い付くような柔らかい歩き方を見れば、君が強い人間だということはわかる、あと君の目は私達と同じ勝負に生きる者の目だからそのタイの人から料理だけじゃなく、ムエタイも習っていることぐらいはすぐにわかった。」
「意外に洞察力があるんですね」
「ちゃんと授業を受けているからな。」
感心する流に誇らしげに返すオグリキャップ。
「では学業をしっかりされている貴女にこれをあげましょう。」
流が差し出したのは大根を千切りにしたようなものにいんげんにトマト、ピーナッツ、干しエビをまぶしたサラダのような料理だった。
「これは大根よりも固くて歯ごたえがあって、ドレッシングは酸っぱくて辛いのにどこか甘みもある、コレは一体何のサラダなんだ?」
すでにサラダを頬張っているオグリキャップ。
「コレはソムタムと言って酸っぱくて辛い青パパイヤのサラダです」
「さっきも言ってた熟してないマンゴーみたいなものか」
「そういうことです、バンコクのトレセン学園ではソムタムが食べ放題と聞きます、他にも鶏のスープで炊いたご飯に茹でた鶏を乗せてタレを掛けて食べるカオマンガイ、豚足煮込みご飯カオカームー、豚ひき肉や鶏ひき肉をバジルで炒めたガパオを乗せたご飯ガパオライス、世界三大スープの一つで辛くて酸っぱい海老のスープトムヤムクン、カニのカレー炒めことプーパッポンカリー、タイ風チャーハンカオパット、タイ風焼きそばパッタイ、タイ風ぶっかけ飯カオゲーン、タピオカマンゴーやもち米とマンゴーのデザートカオニャオマムアンも食べ放題だそうです。」
「決めた、私はキタハラに言ってバンコクトレセン学園に転校する。」
「辞めてください、国際問題というか私が理事長に叱られます、この辺のものは私が全部作れますので。」
「君が理事長に怒られるならやめておこう、でもなんで君がそんな事をしっているんだ?」
「私の知り合いのフランスのスポーツマネージメント会社のオーナーの娘がウマ娘で毎年7月8月になるとバンコクトレセン学園の施設を借りて合宿キャンプをやるんです、バンコクトレセン学園は生徒はかなり少ないですが代わりにトレーニング環境がものすごく豪華だと聞いています。」
「其のウマ娘は現役なのか?」
「現役ですよ、いずれくる凱旋門賞の大本命になると言われているみたいですね。」
オグリキャップは、先程の少しボーっとした雰囲気から、戦う者の眼に変わったが、ソムタムを頬張っているせいか、どこかシュールだった。
「今年の夏合宿はバンコクでやれないか、キタハラ・・・トレーナーに頼んでみるか、決してご飯のためじゃないぞ。」
「意図は分かりますよ、もちろん。」
「話は変わるが、他の人達は何処にいったんだ、鍋が待ちきれないぞ早く食べたい。」
「カフェが呼びに行ったんですが、本当に何処へ言ったんでしょうね?」
(続く)
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