ジムかん。(トレセン学園内ジムの管理人の話。 作:なっぞのひと
夕食の時間が終わり美浦寮の自室で今日はどの豆を挽くか選んでいたところ、そういえば今日相部屋のユキノビジンが持ってきたジムの管理人から貰ったという珈琲豆があった事を思い出して、試してみようと豆の入った容器を手にとり銘柄を見た瞬間、マンハッタンカフェは驚いた。
セレベス・カロシ、インドネシアのトラジャ種の中でも更に希少品で買い手が多く専門店でもなかなか見つからず手に入りにくい。
マンハッタンカフェ自身も現物を見たのは初めてで、その豆が自家焙煎が売りのコーヒー専門店でもなかなか見ないレベルの焙煎と下処理をされていたからだ。
しかもそれが空気に触れないように真空式のガラスキャニスターに入れて手渡されていた200gも。
キャニスターのガラス越しに軽く見ただけでも不良豆が全く無く、生豆の状態から一つ一つ手作業で徹底的に取り除き、焙煎後にも手作業で見逃した豆や割れてしまったり火が通りきっていない豆を取り除いているのが解った。
深煎り特有の豆に見られるそのコーヒーオイルの光沢は、オニキスの様に
美しく黒い輝きを放っていた。
真空式キャニスターのボタンを押して蓋を開けると芳醇なビターチョコレートに似た香りが鼻腔を擽ってくる。
香りを楽しむ中で気づいたのがここ迄の深い焙煎だと普通はガスや薪、炭火系の香ばしい香りも合わさって来るものだがこの豆には其れがない。
考えられる焙煎方法としてはコンピュータ式のジェットロースターによる高速熱風焙煎なのだが、この焙煎士要らずと言われる代物でどのくらいトライアンドエラーを繰り返せばこのような焙煎ができるかはわからなかった。
薪や炭火によるスモーキーな香り付けのアクセントも凄く楽しいものだが、この珈琲豆は焙煎した豆の香りを純粋に楽しんでほしいという焙煎者のメッセージが伝わってくる。
丁寧なハンドピックと計算しつくされた焙煎に加えブラックコーヒーが苦手なユキノビジンが美味しく飲めてしまう程の抽出の技術。
どんな人物なのだろうかと思案していたところ後ろから
「カフェさん。」
マンハッタンカフェはその声に驚いてやや猫背気味の背中が跳ね上がったが豆は落とさなかった。
「ああ、脅がしてすみません、カフェさんがあの珈琲豆見ながら楽しそうにしてらったすけどやしたのがなど」
「こちらこそ…ボーっとしていたようですみません。この珈琲豆を渡してくれた…管理人さんの事がどんな人物かと気になって。」
「ジムの管理人さんだが?普通さ礼儀正しい、良い人ですけどのあたしのトレーナーと知り合いどいうが昔のお友達みだいです。」
昔のお友達ということに多少含みがあった。
「…高槻トレーナーさんの…昔のお友達ですか。」
「そうみだいです、トレーナーさんとは色々あったみたいで嫌ってらような感じではながったげど、トレーナーさんにやだらあだりがつえがったです」
なんとなくわかる気がした、高槻とユキノビジンが出会ったきっかけがトレセン学園を騙った募金詐欺集団にユキノビジンが絡まれていた所を高槻が全員殴り倒して安全な場所に連れて行ってくれたとユキノビジンが話してくれた、その後暴力は良くないと高槻を叱ったら素直に謝られた事も聞いた。
マンハッタンカフェも高槻と面識が合ったが大柄で見かけもワイルドというか、アウトローっぽい危険な空気を漂わせてはいるが彼女のことを一番に考える優しくて気のいいトレーナーだった。
「あの人は良い人ですが…トラブルを引き寄せそうな空気を纏っていますから。」
あの高槻と古くからの知り合いだという事は結構怖い側の人なんじゃないかと思ってしまう。
「そうなんですよ、でもトレーナーさんは管理人さんの事を恩人でへってましたね、多分ほんに良い人だと思います。」
ユキノビジンがキャニスターを指をさす。
「この貰ったやづとおんなじコーヒー豆を使って私とトレーナーさんにとても美味しい珈琲を淹れてくれてミルクチョコレートど合わへだら苦えんだどもホットのビターチョコドリンクみだいで美味しく飲めました。」
「…なるほど…最初に甘めのチョコレートを口に入れてもらうことで深煎りのコーヒーの強い苦味を和らげて、口当たりを優しくして飲みやすいように…管理人さんはとても珈琲に詳しくて珈琲が好きなようですね。」
「ほんだなすバリスタの資格持ぢでへっていましたし、カフェさんがいづも淹れでいる透過式?ってへるやり方ど違って大ぎな注射器みだいな道具逆さにして挽いだ豆入れでお湯さ漬げ込んでいました。」
「ああ…バリスタさんでしたかそれなら納得です。注射器みたいと言えば…エアロプレス…でしょうか、逆さにして漬け込んでから戻して空気圧で押し出していくインヴァート方ですね。」
「このやり方はこういった苦味の強くなる深煎り豆で行うと…濃く出る代わりに雑味が出やすいので、このような希少豆で行う場合、よほど腕に自身があるか大胆な方でないと…やりたがらないです。」
雑味を抑えるために調整された、抽出レシピに加え丁寧な豆の選別と焙煎、飲みやすくするためにチョコレートを添えてくる気遣い、腕の良いバリスタなら納得だ。
「後、管理人さん顔ぁ傷だらげでずっと不機嫌そうな顔してらんだども、日本刀みたいでおっかねえですけど綺麗な顔でした、でもあたしのトレーナーさんの方がワイルドでかっこいいです。」
「…ええ、ユキノさんのトレーナーさんは、精悍で…危険な魅力がありますから。」
優しく微笑みながら返す姿はどこぞの白衣のウマ娘へとは違う柔らかい対応だ。
「…この豆、早速挽いて淹れてみようと思うのですが、ユキノさんも如何でしょうか?」
「頂きあんす、購買で買ったチョコレートがあるんだげど飲む前さ一緒さ食うどうめぇすけカフェさんもぜひ試してみでけせ」
袋入りのチョコを机においた。
「ええ、試してみます、砂糖とミルクも用意しておきますね。」
一般的な中細挽きよりやや引きを荒く設定したアンティーク調のミルにコーヒースプーンでニ杯分の豆を入れると、ゆっくりと挽き始めると、ザリザリと言う音ともに豆のままだった時以上に、強いチョコレートのような芳醇な香りが広がる。
挽き終えた豆の粉を、予めペーパーフィルターをセットしサーバーに乗せておいた一つ穴のドリッパーに入れ粉を平らに整える。
サーバーもカップも十分にお湯で温めてある、電気ケトルの沸騰したお湯を細口のドリップケトルに移し替えて少しだけ温度が下がるのを待つ。
少しだけ温度が下がったら抽出開始、ゆっくりとのの字を書くように、粉全体にお湯を染み渡らせると、粉がみるみる内に膨張していき更に強い香りが鼻腔をくすぐってくる。
珈琲に対する期待で胸がいっぱいになる蒸らし終えた直後少し早めに湯を注いでいくと、蠱惑的な香りのする黒い液体がサーバーに注がれていく、約半分まで注ぐと、残りの半分を二回に分けて注ぎ終えた。
マドラーで軽くかき混ぜると、用意したカップに一杯分ずつ入れると、片方をユキノビジンに手渡した。
「頂きます。」
珈琲を口に含むと、強い苦味の後にチョコレートのような甘みが口いっぱいに広がり、チョコを齧ってからだと口当たりが一気に優しくなる。
「…美味しい。」
雑味の原因になる不良豆が徹底的に取り除かれていることで豆の持つ個性がしっかりと伝わってくる。
「うんめぁー、管理人さんが淹れでくれだ珈琲はなんかガツンどした甘えチョコど良ぐ合う強い味でしたんだども、カフェさんがいつもみたいに淹れでくれだのはスッキリして優しい味がします。」
「…ありがとうございます、紙のフィルターを通して珈琲の油分を抑えているのと、挽いたコーヒーにお湯を通す形ですので…浸漬式と比べて…お湯がコーヒーに触れる時間が短い分…味がスッキリするんです。」
「同じ豆でも入れ方を変えるだげでこったら違うんだね、どぢらもうんめぁーどもあたしはカフェさんが淹れでくれるいつもの飲み慣れだ味のほうが好ぎです。」
淹れ方のよる好みの差でも満面の笑顔で言われると素直に嬉しい。
「それで管理人さん近えうぢにカフェテリアにあるエスプレッソマシンのテスト兼ねで試飲会やるみだいだんだども、カフェさんも一緒さ行きませんか?」
「……私は構いませんけど、高槻トレーナーさんも一緒に行かれるのでしたら、私はお邪魔にならないでしょうか?」
「あたしがカフェさんと一緒さ行ぎでんですし、トレーナーさんも邪魔どは思わねですよ、それにカフェさんコーヒーさ詳しいがら管理人さんきっと喜ぶどおもいますよ、あの豆、カフェさんにってくれだんです、カフェさんの事を少しお話したらカフェさんなら美味しく淹れられるって。」
ユキノビジンが一緒に行きたいと言うなら断る理由もなかったし、管理人にも豆のお礼は伝えたかったし、色々と聞いてみたい。
「…ではその時は予定を開けておきますね。」
その時が楽しみだ。